複雑・ファジー小説

参照200ありがとうございます。 ( No.20 )
日時: 2014/07/14 22:32
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: AwUzQTp7)

【第一章 再会編】
〜〜第三話:新たな犠牲者〜〜


レンガ造りの家々が連なる通りをひたすらに歩く。
先ほどまで町全体を包んでいたもやは、既に晴れていた。
少し先を行く少女の背中を追いかけていたキリたちは、見慣れぬ町並みに半ば緊張しながらも、その後をついていった。

「ここだよ」

それから少しして、少女が竹ぼうきのように広がったポニーテールを揺らして、キリたちを振り返った。
指し示した場所には、漆喰しっくいで塗り固められた白い壁があり、扉には金具で留められた看板が掛かっている。
レンガ造りの家が軒を連ねる中で、白い漆喰しっくいの壁は別段目立っていた。

「宿屋……ヴィクト?」
「ウチがやってる宿屋さ」

チリリンーーと軽やかなベルを鳴らし、少女が宿屋の扉を開ける。


「ただいまあー」
「お帰り、マルカ」

玄関を入ってすぐ、店の奥から男性の声が聞こえてきた。
少女が声のする方へ声をかける。

「親方、お客さんだよ。また迷ってる人たち見つけてきた!」
「おお、そうか。ありがとう」

奥の方から、親方と呼ばれた男性が返答する。
少女はキリたちに目配せすると、自身は紙袋を抱えてそのまま店の奥へ入っていった。

「…………」

そうして、取り残されたキリとアスカとイズミは玄関で立ち往生しているわけであるが、だからと言って、見ず知らずの人の店の中に勝手に入るわけにもいかない。
しばらく店の前で困ったようにお互いに顔を見合わせていると、代わって、細身で温厚そうな女性が3人の目の前に現れた。

「いらっしゃい。あなた達も『お婆さん』に惑わされたのかしら?」
「えっ……と、あの……」
「まあまあ。積もる話はこちらで。ね」

優しい微笑みを浮かべる女性に誘われるがままに、キリたち3人は店の奥へと案内される。
案内された先は、小さな食堂であった。
表の看板には『宿屋ヴィクト』とあったので、ここは朝夕に宿泊客が食事をする場所なのだろう。
キリたちが席につくと、女性は水の入ったコップを3つテーブルに並べてくれた。

「あ、スミマセン。ありがとうございます」

お礼を述べて、キリたちはコップに口をつける。

「それで……」

女性はお盆を抱えた立ち姿のまま、眉尻を下げて、次に耳を疑うような言葉を発した。

「ミストのお婆さんに、何か吹き込まれたんじゃないかしら」
「『ミストのお婆さん』……?」

耳慣れない言葉に、思わず身を乗り出すキリとイズミ。アスカは不機嫌そうにコップを持ったまま身じろぎ1つしない。どうやら、ただの水道水は口に合わなかったらしい。
女性はキリとイズミの反応に大きく頷くと、心なしか声のトーンを落として、告げる。

「この村には、朝と夕方に霧や靄が発生するんです。その時に決まって老婆が現れる……で、外から来た人をおとしめるんです」
「なんだよソレ」

それまで不機嫌そうに眉をしかめていたアスカが、対照的に青ざめた顔でつぶやく。
女性は口を開きかけ、それから、「そういえば」と、笑顔を作った。

「自己紹介がまだだったわね。私はこの店の若女将わかおかみ、エマ=ヴィクトリカよ」
「よろしくお願いします、エマさん。僕はイズミです。そして僕の隣に座っているのが……」
「アスカだ」
「それと、ラプール島の、キリです」

エマの目が大きく開かれる。

「まあ、ラプール島から、わざわざ?」
「ああーっと、ウーン……えへへへ」

困ったようにキリは頭をかき、イズミが仕方なしに助け舟を出す。

「彼女はそうなんですが、僕と隣の彼は、この村の隣にあるウェルリア城下町出身です」
「オレは城下町出身じゃない」
「ーー失礼しました、《アスカくん》。……で、話をもとに戻しましょうか」

アスカはまた不機嫌そうな表情を浮かべて、椅子に深く腰掛けた。
その様子を見て苦笑いしながらも、イズミがエマに視線を送る。

「エマさん、その……『ミストのお婆さん』とは……」
「私は直接見てないんだけど、噂によると、外から来た旅人にこの村の歴史を語るんですって。そして、そのあと宿を聞かれたら、必ず《ある場所》を教えるんです」