複雑・ファジー小説
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【参照200突破】 ( No.23 )
- 日時: 2015/06/03 11:19
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: hBEV.0Z4)
「そ。アンタたちが迷ってた所だよ」
「マルカっ……!」
赤のノースリーブに白の短パンを履いた少女が、キリたちの前に立っていた。
相変わらず痛んだ黄緑色の髪の毛をトップで雑にまとめている。
しかし、いつの間にそこに現れたのか。
少女ーーマルカは、エマの隣で腕を組んで仁王立ちしていた。
「マルカ! お客さまを《アンタ》呼ばわりしないのっ! それに、いつも言ってるけど初対面の方には敬語を使いなさいって、あれほど……!」
急き立てるようにマルカを叱責するエマの言葉を遮って、イズミが口を挟む。
「良いですよ、気にしないで下さい。あの……ソレで、『ミストのお婆さん』という人物についてもう少し詳しく教えて頂いてもよろしいですか」
エマが答えようと口を開いて、
「あのね、あそこに宿屋があったのは確かなんだよね」
マルカが含んだ口調で代わりに答えた。
その口ぶりに、思わずキリが「え?」と首を傾げる。
「ただ——そこに宿屋があったのって【50年ほど前】なんだけどね」
ゾゾゾッーーと。
キリとアスカの背筋になにか冷たいものが走り抜けていった感覚があった。
先ほどのマルカの言葉ーー彼女は何と言ったのだろうか。
【50年ほど前にあったはずの宿屋】
その場所を老婆に示された。
ソレってーー
事情をかろうじて飲み込んだキリとアスカの表情が徐々に青ざめていくのを見て、マルカは、してやったりと唇の端を歪めた。
「あたしら村人たちの間ではお婆さんのこと、こう噂してんだよね。"摩天楼に捧げられた哀れな老婆の幽霊"だーーって」
「マルカっ!」
エマは、客人に無礼な態度をとっているマルカに対して声を荒げた。
そんな2人を横目に、身じろぎ一つせず着席していたキリは、目の端に少し涙を浮べ、しかしそれが悟られぬようにしっかと唇を一文字に結んでテーブルの上を直視していた。飲み干したグラスが、蛍光灯の光を鈍く反射している。
アスカはアスカで、同じく緊張でこわばった顔を必死で取り繕っていた。
イズミはそんな2人の様子を見て、軽くため息をつくと、《ミストのお婆さん》について発言を重ねた。
「ええーっと、マルカさんの話からすると、つまりあのお婆さんは幽霊で、霧の出てる早朝や真夜中に旅人を惑わしていると」
「うん。まあ旅人全員って訳でも無いらしいけど……多分、そうなんじゃない? 『脅かすのが楽しい』ってな感じ?」
「ああ……そういえば脅かすのが生き甲斐って言ってたよね……」
「迷惑な話だよね」
キリの言葉に、マルカも声をあげて同意する。
「ーーま、幽霊だったら既に死んでるから生き甲斐もなにもないけどな」
「って、アスカあ。やっぱりなんか冷たいよ、最近。やっぱり……何か心が荒むような出来事でもあった?」
「だから…………別に」
アスカはそう言うなり、黙りこくってしまった。
しばし気まずい空気が流れ、慌ててイズミが言葉を紡いだ。
そうーーそもそもここを訪ねることとなった《本題》を切り出す。
「あの……そういえば、もうお昼間だというのに、この村ではほとんど人が見受けられませんよね。いつもそうなんですか?」
なるべく直球にはならないように、しかし、突きたいところを突く聞き方をーー
イズミはまるで世間話でもするかのような口ぶりでマルカとエマに《ルルーヴ村の神隠し騒動》について言及した。
果たして、村民はどのような反応を見せるのか。
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【参照200突破】 ( No.24 )
- 日時: 2014/07/14 13:45
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: AwUzQTp7)
「…………」
「………………」
マルカとエマは困ったように顔を見合わせていた。
しかし、それは至極当たり前の反応である。
村民が、何も知らない観光客にわざわざ村のマイナスになるような情報など教えるはずもなくーー
「オイ、早く答えろよ。知ってんだぞ、オレたち。そう……噂で聞いたんだけどさ。この村で行方不明者が出てるって」
突如として、アスカの超どストライクな台詞が室内に響き渡る。
エマとマルカの顔は瞬時に青ざめていた。
あえて直球を避けて変化球を投げたイズミは、思わず頭を抱える。自分の思いやり精神が、このワガママ王子のやり方でめちゃくちゃである。
しかしーーこうなってしまった以上、もう内容に踏み込むしかない。
「エマさん。ルルーヴ村で連続して神隠しがあったという噂……本当なんですか?」
「あの……」
イズミの言葉に、エマは目を伏せてから抱えていたお盆を握りしめた。
微かにその手が震えている。
「エマさん……?」
「…………そう、なんです。その……ウェルリアの城下町では、もう噂になってますか?」
「ああ。まあ、ハイ」
曖昧な返事をする3人。果たして本当に噂として聞いたことがあるのだろうか、怪しいところである。
だが、実際のところ《ルルーヴ村の神隠し事件》はウェルリア国内で噂になっていた。
それなのに何故この3人は《ルルーヴ村の神隠し騒動》の噂を知らなかったのかーーイズミは半年ほど牢屋に閉じ込められ、キリはラプール島という孤島のため情報網が薄く、アスカは城に長いこと引きこもっていたためという、非常に深い理由がそれぞれにあるのだが、それにしても驚くほどに世間から孤立している3人である。
果たしてこの先どうなることやらーー神のみぞ知る、である。
「やはり噂になっていますか……」
3人の事情を知るよしもないエマは、そうため息をつくと、自身の村の悪い噂に肩を落とした。
どんよりとした空気が店内を包む。
「あ、あのさ。行方不明者がいるって言ってるけど……その、行方不明になったけど見つかったって人はいないの?」
そう聞いたのはキリだ。
「いるよ。行方不明になって、その後帰ってきた人。だけど…………」
マルカが即座に答え、次に声のトーンを突如として落とす。
「でもね、その人ねーー無いんだよ」
「無い? 何が」
「【大事なもの】が、さ」
マルカが意地悪くニヤリと笑う。
「大事な……そ、それって……」
キリの顔が徐々に青ざめていく。
「そうさ」
「【食欲】がっ……?!」
ガタンーー
音を立てて思わずその場に立ち上がるキリ。
突然大声を上げてそのまま硬直したキリを、マルカとエマは唖然と見つめるしかなかった。
その目の前で錯乱に近い様子のキリが、なおも叫ぶ。
「食欲無くなったら人間オシマイじゃないっ……! やだっ……私、絶対行方不明になりたくないっ……!」
「キリさん、キリさん、」
イズミが妙に落ち着いた口調でキリの袖口を引っ張る。
「落ち着いて下さい」
「ああ……」
脱力するようにその場にストンと力無く座り込んだキリであったが、その表情は愕然としたものであった。
マルカが突然大きな声をたてて笑い始める。
「アッハハハ。面白いね、アンタ」
「マルカっ! だからお客様をアンタ呼ばわりしないのっ……」
「ーーで、その大事なものっていうのは、食欲じゃないんだわ。それはね……」
言いかけた、その時であった。
バタンっーー
突如、勢い良く店頭の扉が開いた。