複雑・ファジー小説
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【毎日更新中】 ( No.27 )
- 日時: 2015/03/16 02:47
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: OhjxYZN.)
入り口付近にハンチング帽を被った男性が息を荒らげて立っていた。
「あら……ハンスさん」
エマが柔らかい笑みを浮かべて男性を迎える。
対して男性は酷く慌てていた。
「ああっ、エマさん……大変だ。マッジのとこの娘さんが、行方不明なんだ……」
「!」
店内が一瞬で凍りついた。
《行方不明》ーーその単語が何を指すのか、この場にいる者は十二分に分かっていた。
「マルカ。私、すぐにマッジさんの手伝いに行ってくるわ。アナタはお客様のお相手をしていて」
「…………分かった」
何故かしゅんとうなだれているマルカを優しく見つめたエマは、その手にお盆を押し付けるのうに渡すと、次いでキリたちに向いた。
「——こういう事態です。私は席を外しますが……スミマセン、お客様はごゆっくりなさってくださいね」
それでは、と言って、店を後にするエマ。
しばらく沈黙が訪れた店内であったが、
「ああっ、そうだ!」
キリが素っ頓狂な声を上げる。
「その……【大事なもの】って、なんなの?」
しかし、マルカはそれには答えずに、ぽつりとつぶやいた。
「……また、仲間外れなんだ」
「ん?」
キリの目が見開かれる。
「ええーっと、マルカ……ちゃん。どういう意味かな?」
問うてきたキリをじいっと見つめるマルカ。
そうして、「キリ……だっけ」
キリに向かってそう尋ねた。
「そうよ。私はラプール島のキリ」
「キリはさ……自分だけ人と違うようにされるのって、気にする?」
「んー……」
質問の意図を汲み取って、しばらく思案するキリ。
「……時と場合によるかな?」
「——あたしは気にする……」
「オイ、話に脈絡がないぞ」
反射的にイズミは横槍を入れたアスカの口を塞いでいた。
「ちょっと……アスカ様」
イズミが小声でアスカを止めに入る。
「もがっ……な、何すんだ、イズミのバカ」
「レディーの話は最後まで聞くのが紳士の嗜みですよ」
「一体……どこの執事だ、お前」
「ふふっ。なんてね」
そのような取り止めの無いやり取りを交わす男性陣はさておき、キリとマルカの会話は続く。
「……最近、あたしに対する接し方が、みんな変なんだ」
「みんな?」
「若女将に、親方に……ううん、それだけじゃないんだ。村のみんながあたしに対して……」
「それって、お前が"反抗期"だからじゃないか?」
再度、アスカがそう横槍をいれた。
マルカの顔に一気に血が昇った。
そうして。
『ガッーー』
エマに手渡されたお盆をそれは大きな音をたてて目の前の机上に叩きつけると、その両脇に勢いよく手をついた。
『バンッーー』
そうしてマルカは真向かいに座っていたアスカにググッと顔を近づけると、弾丸のごとく反論していた。
「あたしは"反抗期"なんかじゃないっ!」
「いや……だーってさ、」
マルカから逃れるように、アスカは身体を引いて深く椅子に腰掛けると、頭の後ろで手を組んでマルカを見据えた。
「さっきからエマさんに注意されてもさ。さらっと無視してただろ、お前」
「なっ……」
図星だったのだろう。
マルカは言葉に詰まり、そのまま微動だにしなかった。
「聞く耳持ってませーん、ってな。そりゃあ可愛い我が子に無視されたら、実の母親としてこんなツライことは……」
「……母親なんかじゃ、ないもん」
「ん?」
ぽつりとつぶやいたマルカは刹那、店の外に向かって走り出した。
丁度そのタイミングでエマが帰ってきたのだが——
「ちょっと……マルカ?!」
扉のところでエマを振り切り、マルカはそのまま店を飛び出していった。
エマはその後ろ姿をしばらく見届けてから、我に返ったかのようにキリたちを振り返った。
「……スミマセン、お見苦しいところを……」
「いえ、お気になさらないでください」
「あのお、ところで行方不明の娘さんは見つかったの?」
「それが……」
キリの質問に、伏し目がちに答える。
「行方不明の、ままです」 
「行方不明のまま……」
キリとエマのやり取りを黙って聞いていたイズミは、少し間をあけ、エマに1つの提案を持ちかけた。
「よろしければ僕達にも手伝わせてください」
「え……」
「イズミさんっ……?!」
「キリさん。ほら、ね?」
イズミがキリに向かってウインクした。
イズミが牢屋から出して貰える代わりに、国側から持ちかけられた【とある条件】ーー【昨今、ウェルリア王国の北東に位置する《ルルーヴ村》で多くの村人が忽然と姿を消すという事例が当方に数多く報告されている。此の謎を解き明かすこと、及びその犯人を捕まえてくること。ウェルリア王国】
イズミに連れられてキリとアスカがこの村にやってきた、本来の目的である。
そして今まさに、その出来事が目の前で起こっている。
これは、否が応でも飛び込むしかない。
「…………っ」
覚悟を決めて、キリは噛み締めていた唇を開く。
「エマさん。わ、私達でよければ力になる……なります。その……行方不明者たちの手がかりを、掴んでみせますっ!」
一生懸命なキリの様子に圧倒されたのか、エマは反射的に頷いていた。
キリはイズミに向かってガッツポーズをすると、そのままエマに向かって踵を返した。
「それで……あの、お願いがあるんですけどお……」
「はい?」とエマが首を傾げる。
キリは言いにくそうにして唇を引き締めて喉を鳴らすと、上目遣いでイズミに視線をやった。
その目は助けを求めている目であった。
イズミは、軽くため息をついた。
「こういう役回りは、やはり僕ですか……」
そう呟いて。
イズミはにっこりと笑みを浮かべーーエマの手を優しく握り締めた。エマの頬が自然と紅潮する。
「エマさん。1つ、お願いがあるんです」
「な、なんでしょうか……」
「行方不明事件を解決する代わりと言っては、なんですけれど……」
軽く握った手に口付けを交わすと、イズミは爽やかな笑顔を浮かべてエマに告げた。
「宿代、まけてもらっても良いでしょうか」
「は……あの……」
エマの顔に困惑がうかがえる。
当然だ。
突然何を言い出すのかと思えば、この青年はーー
「実は僕たち、一文無しなんです……他は何も望みません。宿代をまけてもらうだけで良いんです。ただ……その代わりと言っては何ですが、必ず僕たちで行方不明事件の真相を解き明かしてみせますから。ね」
握り締めた手に力がこもる。
エマは黙ったままコクコクと上下に首を振ると、状況はいまいち把握出来ていないようだが、その場の流れで思わず賛同していた。
イズミが安堵の表情を見せ、気前の良い若女将に丁寧にお礼を述べる。
エマは今だに状況を上手く噛み砕けていないようだが——
かくして、ルルーヴ村に長期滞在することとなったキリ達は、推理小説とは全くの無縁であるにも関わらず厄介な謎に立ち向かわなければならないのでは、との不安に駆られていた。
そしてそれは、果たして予感だけでは終わらないのであった。