複雑・ファジー小説
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.28 )
- 日時: 2014/09/01 22:06
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: wf9BiJaf)
【第一章 再会編】
〜〜第四話:狙われた王子〜〜
若女将と親方の両方から了承を得たキリ一行は、こうして『宿屋ヴィクト』に無料で宿泊することになった。
キリたちの側が殆ど無理矢理押し切ったと言えばそれまでだが、両者がキチンと了承して至った結論であるからして、不当な取引とは言えないだろう。
ただ、キリたちは無料で『宿屋ヴィクト』に宿泊させてもらう代わりに、この村で最近起こっている《神隠し騒動》の真相を解き明かすという無理難題を引き受けてしまったのだった。
一文無しにも関わらず、こんな辺鄙な村に滞在しなくてはいけなくなった理由が《神隠し騒動の真相解明》であったため、一石二鳥とも言えるが。
そもそもルルーヴ村を訪れることになったのは、イズミがウェルリア王国の牢獄から脱するために課せられた条件のせいであった。
【ルルーヴ村で起こっている不可解な事件を解決して、その犯人をウェルリア王国に連れ帰ること】
その任務遂行のために、キリとアスカも仕方なくイズミの付き添いでルルーヴ村に滞在する羽目になったのだが、ここで1つの矛盾が生じていた。
イズミが公言している【条件】は、果たしてイズミにとってはあくまで表向きの条件でしかなかった。
イズミの本来の目的を遂行するためにでっち上げられた【偽りの条件】でしかないのだ。
しかし、そのことを知っているのはイズミと任務を課した人物だけであった。
「……ひとまず、僕の【本来の目的】を遂行しましょうか」
真夜中、午前3時を丁度回った頃ーー
イズミは静かに身体を起こした。
長めの前髪がイズミの表情を覆い隠す。
イズミは寝静まった2階の寝室の廊下にゆっくりと姿を現すと、そのまま、自室として使用することになった部屋に隣接する部屋の前で立ち止まった。
そして音もなく眼前の扉を開いて室内に無言で侵入したイズミは、安らかに寝息を立てているキリを無表情で見下ろす。
ーー不法侵入、夜這い、はたまたストーカーか。
どれも良い響きでは無い。
イズミは脳内に浮かんできた単語を全て叩き潰した。
己が可愛いがために引き受けた条件に、キリを巻き込むことになってしまったが。
こうしてキリは、何の疑いもなくイズミの口車に乗せられて、今この場所にいる。
「まあ……アスカ王子がここまで着いてきたのは想定外でしたが」
微かに苦笑して、キリの安らかな寝顔を優しく見つめる。
「スミマセンね、キリさん。嫌かもしれませんが……僕と一緒に、ウェルリア城にきてもらいますよ」
服の擦れる音が静かな寝室に響く。
わずかな音でも今のイズミにとっては緊張感を煽るのであった。
イズミは自身の手を伸ばして、ゆっくりとその腕を掴もうと——
「うわああああんっ!」
「?!」
驚いたイズミの髪の毛が数本跳ね上がる。
不意打ちであった。
キリがものすごい勢いで喚いて、上半身を起こした。
まさか、バレたっ——?!
「……食欲が無くなるなんて、イヤああ…………」
そして、パタンと再度ベットに倒れ込み、そのままスースーと寝息を立て始める。
「…………」
どうやら寝ぼけていただけらしい。
「全く……ややこしい……」
胸を撫で下ろし、再度その手を掴もうと……
『キイッ——』
微かに、廊下の方からドアの開く音が聞こえた。
声には出さなかったものの、イズミは動揺を隠せずにいた。
誰だ——
靴を引きずってしまい、慌てて廊下に神経を集中させる。
コトン、コトン、コトン——
次いで、何者かが階段を降りる音。
ウェルリア兵士時代に鍛錬した気配を消す技術を駆使して、イズミは気になったその正体を追うことにした。
こんな夜更けに、一体誰が何を……
気になるーー
不信感からくる震えを押し留め、イズミは音もなく不審者の後をつける。
否、イズミも十分深夜を徘徊する不審者であるのだが、この際気にする必要はない。
そうして薄暗い月明かりの下、イズミが認めたその姿は、まごうことなき"彼"であった。
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.29 )
- 日時: 2014/07/16 21:27
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Omr4T4uD)
「アスカ王子が……どうして…………」
驚きで思わず咳き込みそうになった。
イズミは己を落ち着けるために静かに深呼吸をした。それから一息をついて、イズミはアスカの後を追うことに決めた。
アスカが真夜中に徘徊している目的が"ただの散歩"であれば、イズミも2階に引き返して己の真の目的を遂行していたかもしれない。
だが、何かが引っかかるーー
そうだ、アスカの"歩き方"がおかしいのだ。
夢遊病者のようにふらつく足取りではない。
なにかを目指して、しっかりとした足取りで歩いている。ただし、本人に意識は無い。
パジャマ姿で裸足のまま宿屋の外に飛び出したアスカが向かった先は、あろうことか例の"摩天楼"であった。
アスカは摩天楼の入り口前までくると、つと、その場で立ち止まった。イズミも少し離れた所で同じく足を止め、息を殺してアスカの様子をうかがう。
しばらくすると、摩天楼の扉がきしんだ音を立てて勝手に開いた。
驚くイズミの目の前で、アスカはそのまま誘われるように摩天楼の中へと吸い込まれていった。
「————ッ!」
ぞわり、と。背筋に冷たい戦慄が走った。
ーー何か嫌な予感がする。
イズミは、何を考えるでもなく、反射的に摩天楼へと駆け込んだのだった。
その背後で、摩天楼の扉がガシャン、と大きな音を立てて閉まった。
まるで塔と外界を遮断するかのようにーー
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.30 )
- 日時: 2014/07/19 15:36
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: SsVmP61.)
試しにイズミは摩天楼の扉を、内側から強く押してみた。
だが、扉は何かによって硬く閉ざされていた。
押しても引いても、びくともしない。
予想内の範囲ではあったが、イズミの中で一気に不安が募った瞬間であった。
「外界との連絡手段も断たれた訳か……」
手元に視線を落とし、圏外と表示されたケータイ画面を見つめたイズミは、そうして薄笑いを浮かべた。
こうして自ら誰かの罠の中に飛び込んでしまったわけだがーー
「それにしても……この感じは……」
自分の中の血がざわめく、というと、何だか思春期真っ只中の青少年のようだが、実際のところイズミは17歳という年頃の青年である。
こういう発言も、まだ許される時期であろう。
「気のせいじゃない。前にも感じたことがある……この空気」
これはーーそうだ、呪術師ジュリアーティの元を訪れた時に感じた空気だ。
だとすると、この空間はーー
「ハッ……!」
刹那、イズミは思わずその場から飛びのいていた。
無理もない。
先ほど開くことはないと確認したばかりである。その扉が、きしんだ音を立てて開いたのだった。
そうして月明かりを背に、1つの人影が飛び込んできた。
あっーーと思った直後、扉は再び堅く閉ざされていた。
逃げ出すタイミングを逸してしまったか。
そのような考えがイズミの脳裏をかすめた。
しかし、自分が逃げ出したところで、アスカ王子の行く末が心配である。
イズミはウェルリア兵から逃げ出した身ではあるが、己の目の前で危険な目にあっている"彼"を放っておけるほど、イズミも冷めた人間ではない。
そのような思考を脳内で展開していたイズミの脇で、飛び込んできた人影はそのままよろめくようにして堅い石の床に伏していた。
トサリと軽い音を立てて倒れた人影はそのままピクリともしない。
イズミはまず平常心を保ち、辺りを見回していた。
すぐに飛び込んできた人物に触れなかったのは、己の危機回避のためである。
通風口の役割を果たしているわずかな隙間から漏れている月の光では、じっくりと相手の顔を把握するのも難しい。
ひとまずイズミは摩天楼の中を確認することにした。
当たり前だが、追ってきたアスカの姿はすでに無かった。どうやらこの部屋の奥にある階段を昇っていったらしい。
一階部分に当たるこの空間には、冷たいコンクリートで打ち付けられた階段と扉以外、別段何も無かった。
終始カビ臭いものが鼻をつくが、 長年使われていない所以だろう。
そうして、イズミはようやく自分の足元に転がっている人物に視線を落とした。
顔を確認するために腰を屈める。
そこでイズミは、思わず息を飲んでいた。
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.31 )
- 日時: 2014/07/22 22:08
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: M5w4r0E8)
見慣れた顔が冷たいコンクリートの上で月明かりに照らされている。
キリであった。
「起きてください……キリさん」
ぺしぺしと音を立ててキリの頬を叩く。
普段ツインテールにしている髪の毛は結ばれておらず、肩にかかるくらいの長さの髪を振り乱して床に寝転がっている。
しかし、なぜキリがこのような場所にいるのだろう。
まさか、アスカ王子みたく何かに操られてここまで来たということはーー
「ん…………」
数分して、キリがゆっくりと起き上がった。
瞼がトロンとしている。まだ半分寝ているようにも見える。
そうして、イズミに向かって一言。
「エビフライは?」
「ハイ?」
意味不明な言葉を発して、キリは再度横になった。慌ててイズミがその肩を抱きかかえると、キリはスースーと気持ち良さそうな寝息を立てていた。
この状況下で、良くもまあ……
「起きてください、キリさん!」
耳元で大声を出され、キリは飛び起きていた。
この時、「つまみ食いをしてしまい、スミマセンデシタっ!」などという、相変わらずわけの分からないことを抜かしていたのだが、この際、気にする必要性はない。
「目が覚めましたか? キリさん」
「あ…………」
しばらく辺りを見回して自分の状況を把握しようと努めていたキリは、イズミとばっちり目が合い、その表情に笑みを浮かべた。
「あ、イズミさん。おはよう」
何を悠長なことを抜かしているのだ、この娘は。
イズミは喉まで出かかった言葉を飲み込み、同じく引きつった笑みを浮かべた。
「おはようございますキリさん……なんて言ってる場合ですか! 何でこんなところに来たんです、キリさん!」
「ふへ……」
怒鳴られた本人はキョトンとしている。
まさか、自覚が無いのだろうか。
「何で、ここに来たんです?」
再度尋ねると、キリは思い返しているのかポリポリと頭をかいた。そして、キツく眉根を寄せて「むーん」と唸る。
「それが……あんまり記憶が無いの」
「記憶が、無い?」
「微かに意識はあったんだよ。そうーー確か声が聞こえたの」
「声?」
「そう。男の子の声。『こっちにおいでー』って呼ばれているような気がして……で、気がついたらここにきてた。前にも聞いたことのある声だった」
イズミはその言葉でハッと思い出したことがあった。
半年前、キリと共に行動をしていた時にも同じようなことがあったではないか。
キリが突然、何かに誘われるようにフラフラと歩き始めたことを。
その時も、確か同じようなことを口にしていた。
『こっちなのね、こっちにおいでって呼ばれているの』
キリを誘う謎の声ーー
一体、誰の仕業なんだ。
- Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.32 )
- 日時: 2014/07/20 22:33
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: M5w4r0E8)
「ねえイズミさん。ところでここ、何処なの?」
キリの質問は、言うなれば当然のものだった。
キリからすれば、名も知らぬ人物の声に誘われるがまま、この場にやってきたのだ。
当然、ここが何処なのか把握出来ていないに決まっている。
「ここは"摩天楼"の内部ですよ」
「ひえっ……」
イズミの返事に、キリは悲鳴を上げていた。
無理もない。今朝方、老婆にトラウマを植え付けられたばかりなのだから。
「摩天楼って、あのお婆ちゃんが言ってた、生贄をどうこうして閉じ込めるために使ってたっていう、あの……?」
「そうですよ」
「ひえっ……」
案の定、トラウマと化しているらしい。
「じ、じゃあこの塔の中で実際に沢山の人が生贄に捧げられたっていうのは……本当?」
「まあ、嘘とは言い切れませんよね」
「ヤダっ。私、帰る!」
そう言って扉の取っ手を握り締めたキリの背に向かって、イズミは淡々とした口調で述べていた。
「無理ですよ。さっき僕も試しましたけど、この扉は誰かによって堅く閉ざされてるんです」
「で、でもでもっ……私たちはこの扉からこの塔の中に入ったんでしょ?」
「そうですね。そう……言うなれば、一種の"アリ地獄"でしょうか」
「え?」
「つまり、入るのは簡単だけども一旦ハマってしまったら脱出するのは難しいってことです」
「い、イズミさん……それってつまり……」
イズミもキリも、自分の鼓動がやけに速く波打っているのを感じた。
この場から早く立ち去るべきだーー危機を回避する本能がそう告げている。
しかし、そうは言うものの、何故か扉は堅く閉ざされているため脱出ルートは無いに等しかった。
それに、イズミにはここまで来る羽目になってしまった目的がある。
「キリさん、アスカ王子を助け出しましょう」
キリがキョトンとした表情でイズミを見上げる。
「え……アスカもいるの? この摩天楼に」
「もしかしたら、アスカ王子の身が危ないんですよ」
「何でアスカはここに来たの?」
「それは知りません。ひとまず、階段を登ったようです。僕たちも跡を追いましょう」
胸騒ぎがする。
イズミは唇を噛み締めると、急くようにして階段に足を踏み出した。
カツンと冷たい靴の音が塔の中に木霊した。