複雑・ファジー小説

Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.39 )
日時: 2014/09/01 10:11
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: vGUBlT6.)

アスカであった。

部屋の中には壁に沿うように幾つも燭台しょくだいが置かれ、全てに明かりが灯されている。
アスカは燭台に囲まれる形で、無表情のままその場に立ちすくんでいた。
部屋の中は死角になるような場所は無く、他に人影は見受けられない。
どうやら部屋の中はアスカだけのようだ。

「イズミさん……」
「キリさん。少し様子を見ましょう」
「うん……」

蝋燭の炎が揺らめく度にアスカの陰影も揺らめく。
ちらちらと揺れ動き、息を吹きかけたらば消し飛んでしまいそうなその情景は、まるで彼の存在自体が消えてしまいそうな焦燥感に駆られるものであった。

彼は一体、何を考えているのだろう。
虚ろな表情のアスカは、ある一点を凝視していた。
その立ち姿ははかなくも見える。だがしかし、彼は空っぽにも見えた。
薄闇の中で目を凝らしていたキリは、そのようなアスカの様子に、思わず鳥肌が立った。
それでも現状をキチンと理解しようとアスカを直視し、その両の手にすっぽりと収まった透明な水晶玉に気がついた。
蝋燭のほのかな明かりを受けて"ソレ"はわずかな光を反射していた。
見た目は透明で輝きを放っているものなのだが、キリやイズミにとっては何やら不穏なものが渦巻いているように思えてならなかった。


取り越し苦労ならよいのだがーー

イズミの口からぽろりとそのような言葉が漏れた。

「え?」
「さあキリさん、アスカ王子を連れて帰りましょう」
「そ、そうだよね! そういうわけだからさ、アスカ。帰ろ!」

キリが明るく取り繕ってアスカにそう声をかけたのだが、アスカはまるで聞いていないようだった。

水晶玉に吸い込まれるかのように、アスカは水晶玉をただただ見つめていた。
かと思うと、アスカは虚ろな目つきのまま、何の前触れもなくその水晶玉に接吻せっぷんした。
その行為に、キリとイズミは思わず息を飲む。
アスカは次に、何かに捧げるかのごとく、水晶玉を高々と持ち上げた。
そして——

「やめろっ————!」

それを叩き割ろうとした動作を、イズミがアスカに覆いかぶさる形で食い止める。
そうして、イズミは両手で強く握りしめられた水晶玉をアスカから力づくで奪い取るーー

ーーと、その直後、
アスカはそれまでの緊張が解けたかのように全身の力を抜き、ふにゃりとその場で崩れ落ちたのだった。

「アスカ……王子……?」

イズミはアスカの口元に耳を近づけ、アスカが規則正しく寝息を立てているのを確認する。
イズミは思わず、ほう、とため息をついた。

キリがオロオロとした様子でやってきた。

「アスカ……大丈夫、なの?」
「分かりませんが、多分」

覗き込んだアスカの寝顔は、陶磁器の様に真っ白であった。
冷たいコンクリートに転がっている水晶玉を見つめ、イズミは独り言のようにつぶやいた。

「これは、思った以上に厄介なことになりそうですね……」


【第一章 完】