複雑・ファジー小説

Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【第一章 完】 ( No.43 )
日時: 2014/08/11 12:40
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ylrcZdVw)

【第二章 捜索編】
〜〜第一話:奪われたもの〜〜


「ふああ〜おっはよう〜……お腹空いたああ」

起床時のキリの第一声はいつものごとく、空腹感を訴えるものであった。
昨日の摩天楼での一件があって、あの後無事に宿屋ヴィクトに帰還したキリたちは特に何を話すでもなく、それぞれ割り当ててもらった自室でぐっすり眠ったのだった。
そうして、今朝。
いつも通り、日が昇るのとほとんど同時に起床したキリは大きな地響きを立てている自身の腹を抱え、廊下にのっそりと姿を現した。
その姿は、はたから見れば冬眠明けのクマさながらだ。
のそのそと寝間着から普段の白いブラウスに着替えたキリは、サスペンダー付きの黒のプリーツスカートを履き、オレンジ色の髪の毛を2つに結わえて1階の食堂に向かうことにした。

キリが寝室のドアを開けると、ほとんど違わぬタイミングで2つ向こうのドアが軋んだ音を立てて開いた。
瞬間、アスカとばっちり目が合う。

「あ……おはよ」

挨拶しかけたキリを一瞥いちべつしたアスカは、まるでキリなどそこに存在しないかのような素振りで、ふい、と顔を背けた。そうして、そのまま1階へ降りて行ってしまった。

「…………ん?」

一連の行為に、キリは思わず呆気にとられていた。
階段を降りてゆくアスカの後ろ姿を目で追いつつ、その場で首をひねり、自分の勘違いだと言い聞かせる。
そうしてから慌てて1階に向かうと、食堂には先にイズミが居座っていた。
4人がけのテーブルを1人で独占し、優雅に紅茶をすすっている。
アスカの姿も、他の宿泊客たちの姿も見当たらなかった。
親方やエマたちもまだ就寝中であろうか。 

「……イズミさん、おはよう」
「ああ、おはようございますキリさん」

いつもと変わらないイズミの笑顔。
キリは思わずホッと胸を撫で下ろしていた。
そうして、イズミの目の前の椅子に、腰掛ける。
昨日のことは、あえて口には出さなかった。

「あ……ねえ、イズミさん」
「どうしました?」
「アスカ見なかった? 私より先に1階に降りてきたと思うけど……」

イズミの紅茶を飲む手がピタリと止まった。
その表情は、何故か思わしくない。

「イズミ……さん?」
「あ、ああ、アスカ王子なら……」
「おはよう、イズミ」

噂をすればなんとやら。
アスカが軽い挨拶を引っさげて、食堂にやってきた。

「おはようございます」
「おはよう、アスカ」

キリもイズミと共にアスカに挨拶を返す。
——刹那、アスカの顔が堅くなった。

「————お前、誰だ」
「ハイっ……?」

思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
イズミもしかりであった。
アスカの、キリに対する反応に、イズミは思わず息を飲む。

そして、


「アスカ王子、何言ってるんです。キリさんですよ……?」
「『キリ』? …………そんな奴、知らない」

眉をしかめて、そう断言する。
キリとイズミは、思わずお互いの顔を見合わせていた。

Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【第二章 開幕】 ( No.44 )
日時: 2014/08/05 16:42
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: nlsJQUXH)

+++++++++++

「盜まれたんだ」

マルカの言葉に、キリとイズミは首を傾げていた。
「ーーと、いうと」
「昨日のさ。話の続きなんだけど……結局言ってなかったよね、『大事なモノ』ってのが何かってこと」

ぶるんぶるんと顔を横に振るキリ。
マルカはため息をつくと、キッチンでエマと談笑をしているアスカの背中をちらりと盗み見た。

「……さっきイズミが言ってた『昨日の晩にアスカが摩天楼の最上階にいた』って話がホントなら、アスカは盗られたんだよ。『その人の1番大切な記憶』を」
「それが、私との記憶ってこと?」
「……と、いうことになりますね」
「それって……」
「僕のことは、特になんとも思ってないってことですかね。なんだか、寂しいです……」

途端、マルカが声を立てて苦笑する。

「いやいや。イズミは記憶が抜き取られた後すぐにアスカを助け出したんだったっけ? その時に記憶の一部……つまり、イズミとの記憶を取り戻したってことだよ」
「なるほど」

頷いてはいるが、果たして納得したのかは定かでは無い。
先ほどから神妙な顔つきで述べていたマルカは先ほどよりも更に眉根を寄せると、キリとイズミの顔を見比べて、

「……ところでさ」

キリとイズミはその不穏な空気に顔を見合わせる。

「なんでキリとイズミはそんな時間なんかに摩天楼にいたんだ?」
「ああ、僕はちょうどトイレに行きたくて廊下に出たところにアスカおう……んんっ、アスカ君が、何やら外に行く気配を感じたので、不思議に思ってその跡を追いかけたんですよ」
「わっ、私は何か目が覚めちゃって! そしたらイズミさんが外に出ていくのが見えたから思わずあとをね……! アハハハハ」
「そうしたら、まあ——案の定でした」
「なるほどね」

マルカがいる手前、アスカ=王子だとは言えない。
キリに関しては、まさか不思議な声に誘われて摩天楼までやってきました、などと言えるはずも無く。
こうした上辺だけの会話を展開していたキリたちのもとへ、会話の種であるアスカがやってきた。
手には若女将エマから受け取った朝食の載ったトレーを抱えている。

「イズミ。ここの席、良いか」

アスカと言葉を交わすイズミを尻目にキリは黙々と朝食を済ませ、一足先に自室に戻ったのであった