複雑・ファジー小説

Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【第二章 開幕】 ( No.47 )
日時: 2014/08/12 23:45
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: x0V3O7oL)

【第二章 捜索編】
〜〜第二話:聖なる遣い〜〜


「キリ、入るよ」

数回のノック音の後、キリの部屋のドアが遠慮がちに開いた。
ベッドにもぐり込んでいたキリがタオルケットの間から顔を出すと、マルカが満面の笑みを浮かべてドア付近に立っていた。

「キリ、折角せっかくだしさ。ルルーヴ村を案内してやるよ!」

マルカなりの気遣いだろうか。
キリはマルカの提案に一度ためらう素振りを見せたが、その後こくりと頷いた。

こうして2人はエマに断りを入れ、足早に宿屋ヴィクトを後にしたのだった。


「何処か行きたい所はある?」

開口一番、マルカはそう言うやいなや、宿屋の手前で立ち止まっているキリの顔を覗き込んだ。

「この村の名物って何なの?」

対するキリの回答は、少々ピントのずれたものであったが。マルカは満面の笑みを浮かべると「任せろ!」と声を上げた。
それからキリの右手を半ば強引につかむと、そのまま駆け出した。


立ち並ぶレンガ造りの建物を横目に、2人は石畳の上を駆け抜ける。
風にのって微かに金木犀きんもくせいの香りがキリの鼻をかすめた。
掴まれた右手が暖かい。町中はこんなにも閑散かんさんとしているのに。
それでもキリは、何故だか心が落ち着いていくのを自分でも感じていた。

「ルルーヴ村の名物といえばコレ、ラミリアおばさん特製のポポルだ!」

摩天楼を通り抜けて、その四つ辻に当たる一角に構えられた店は、やはりレンガ造りの建物であった。
布張りのひさしが日光を遮断し、店先に日
影を作っている。
キリが手渡されたのは、小麦で出来た薄い生地に包まれたチョコレートらしきものであった。
どうやらこれがルルーヴ村の名物"ポポル"と言うものらしい。
出来たてのポポルは熱く、生地に包まれたチョコレートがみるみるうちに柔らかくなっていく。

「ほらキリ、早く食べないと溶けちゃうぞ」

マルカが口元にチョコレートをべっとり付けながらわざと意地悪そうにキリを小突いた。
キリは口を一文字いちもんじに結んでむくれると、それから大口を開けてポポルを頬張った。
口の中でチョコレートがとろりと溶ける。ほろ苦さと生地の甘みが合間あいまって、程よい口当たりである。
次いで、キリは急くようにしてポポルを完食した。そうして、一言。

「はああーっ。幸せ」
「だろー? ポポルはレミリアおばさんのがこの村で1番美味しいんだ!」

満足そうにマルカが頷く。
それから自身も最後の一口を頬張ると、にこにこと2人を見ていた目の前の女性に硬貨を手渡した。

「おばさん、ご馳走さまー!」

女性が笑顔で手を振る。
2人は軽く会釈えしゃくを交わすと、その足で再び村の散策に出るのであった。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【参照500ありがとう】 ( No.48 )
日時: 2014/09/01 22:08
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: wf9BiJaf)

一通りの散策を終えた2人は木陰近くにある崩れかけたへいに腰掛けて涼んでいた。
その手には食べかけの焼き菓子が握られている。

「……で、ここだけの話だけどな。ルルーヴ村の住人の4割は、ドのつく方向音痴でさあ」

そんな風に他愛もない会話で笑いあっていたキリの耳を震わせたのは、突如告げられた鐘の音だった。

「何の音?」
「ああ、正午を知らせる時計塔の鐘だよ」
「時計塔って……」
「アンタたちの言う、摩天楼さ」
「ああ……そういえば、時計塔、だっけ」
「あたしら村民にとっては、生活のかなめになっているんだ。村民はこの時計の示す時間に従って生活してる」
「ふうん」
「……あのさあ、キリ。……その、アスカのことなんだけどな」

マルカの言葉は、そこで途切れた。
遠くの方で呼び止められたからだった。

「マルカかい?」
「あ、神父さん」

マルカは塀から軽やかに飛び降りると、その足で声の主に駆け寄った。
キリも片足で地面に着地して、焼き菓子を口に放り込むやいなや、同じように声の主に駆け寄る。
マルカとにこやかに会話を交わしていたのは、黒の神父服に身を包んだ30代前後の優男であった。
男性はキリに気がつくと、右目に掛けたモノクル越しに優しく微笑んだ。
柔らかい声でキリに話しかける。

「隣にいる子は初めましてだね」
「そう、あたしんちに泊まってるんだ。ーー紹介するよ、キリ。この人はこの村の神父さん」
「神父のミナト=クロノです、よろしく」

握手を求められ、キリは反射的に神父の手を握り返す。

「私、ラプール島のキリです。初めまして」
「初めまして。ラプール島からわざわざね。観光かな?」

神父の言葉に、キリは曖昧に頷いた、

「……にしても、駄目じゃ無いか子どもだけで出歩いちゃ。昨日もまた1人、行方不明になっているのに」
「危ないのは分かってるけど……キリにこの町の良い所を知ってもらいたくってさ。案内してたんだ」
「その心は素敵だね」

神父はマルカの頭をポンポンと優しく撫でた。

「でも君たちが行方不明になったら、哀しむ人がまた増えてしまうからね」
「はあい」
「そうだね。……ああ、折角だ。良かったら私の教会に寄って行くかい?」
「えっ、良いの?」

マルカが嬉しそうに神父を見る。

「簡単なお茶とお菓子くらいしか出せないけれど」

その言葉にキリも目を輝かせる。

「行かせてくださいっ! ぜひ!」

キリの心は果たして食べ物に奪われていた。
兎にも角にも、2人は神父に連れられて町外れの小高い丘にある教会を目指すのであった。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【参照500ありがとう】 ( No.49 )
日時: 2014/08/11 01:46
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: x0V3O7oL)

++++++++++

教会内に足を踏み入れると、何故だか分からないが、触れてはいけないものに触れてしまった気持ちになる。
キリは慣れない空間に溶け込むがごとく、室内の空気を胸一杯に吸い込んだ。
洗練された空間ーー
心が安らいでゆくのが自分でも分かった。

神父に案内されて一室に通されたキリとマルカは、客間の白いソファに腰を下ろした。
座った瞬間、身体がゆっくりと沈み込んでゆく。

「ふっかふかぁ……」

つい、声に出してしまった。
マルカがニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見てくる。
恥ずかしくなって、キリは慌てて自分で自分の口を塞いだ。
神父はそんな2人を見て笑みをこぼすと、

「さて。それじゃあ、お茶を用意してくるかな」
「し、神父さん。あたしも手伝うよ!」
「いいや、マルカ。今日の君はここのお客さんだ。キリとそこで待っておきなさい」
「でも……」
「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくよ」

神父はにっこりと笑うと、軽く手を振って部屋を後にした。
客間に残されたキリとマルカは、居心地が悪そうに身体をもぞもぞさせていたが、しばらくして緊張感もほぐれてきたようであった。
フカフカのソファに腰掛けて満足そうにしていたキリは、「そういえばさぁ」と声を上げた。
その言葉は当然、マルカにかけたものであったが、しかしながら、隣に座っていたマルカは微動だにしなかった。
不思議に思ったキリがマルカを振り返ると、マルカは心ここに在らずというような表情で客間の廊下に通じるドアを、じっと見つめていた。

「……ふぅん」

試しにキリはマルカの服の裾をグイッと引っ張ってみた。
マルカはそこで、やっと気がついたようであった。
紅潮した顔を振ってーーそうして、キリの肩を勢いよく掴んだ。

「……なあ、キリ。神父さん、カッコイイだろ」

マルカの真っ直ぐな瞳がキリを射抜く。その気迫にキリは、ただただ頷くしかなかった。それほどまでに強い気持ちがその瞳に宿っていたと言えよう。
マルカはキリの反応に、「そうだよな」と一言つぶやいて、いそいそとソファに座り直した。

「だよな、やっぱり誰から見ても、そうだよな」

うんうん、と頷いて、マルカはとても満足げな表情を浮かべる。
キリはその言葉に込められた想いを全くもって理解していなかったが、ひとまずにっこりと微笑み返した。
そうしてから、ふと思ったことを口にする。

「そういえばマルカと神父さんは、どういう関係なの?」
「バッ……!」

マルカの頬が再度、紅潮した。