複雑・ファジー小説

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【新キャラ登場!】 ( No.52 )
日時: 2014/08/13 01:06
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: x0V3O7oL)

ブンブンと顔を振り、両手を握りしめて、定まらない視線のまま答える。

「神父さんには、ただお世話になってるだけだっ!」
「へえ……」
「モチロン、あたしだけじゃない。村人全員だよ。困ったことがあったらまず神父さんに相談にいくんだ」
「そうなんだ。神父のミナトさんって、凄く信頼されてるんだね」
「そりゃあね。みんなの先生だからさ」
「そう言ってもらえて、嬉しいよ」

いつの間にか神父が客間に戻ってきていた。
柔らかな口調ではあったのだが、マルカはびくりと身体を震わせ、キリは思わず立ち上がっていた。
神父は笑みを浮かべながらドアを閉めると、お茶とお菓子の乗ったお盆をテーブルに置いた。

「まあまあ。2人とも席についてよ」

そうして神父はキリたちの向かい側に腰掛けた。
キリとマルカは顔を見合わせると、言われるがままにゆっくりと席に着いた。


「それで、何があったんだい?」

神父の質問は唐突であった。
キリは一瞬、その言葉が自分に投げかけられているものだと気づかなかった。
一度マルカを見て、それから目の前の神父を見つめる。

「……私?」
「そう、『私』」

神父は依然、にこにことした表情を崩さない。

「何か抱えているね」
「私…………何もない、です」
「そうか。初対面の人物にやすやすと出来る話では無い、かな」
「…………」
「でもやっぱり1人じゃ抱えきれない。か」
「えっ」
「分かるよ。だってキリ君、今にも泣きそうな顔してるもの」

途端、キリの目に涙が溢れ出た。
突然のことであった。
何故だかわからない。
ただ、泣きたくなった。それだけだ。

「私……私だって、何が何だかわからないよ」

嗚咽おえつしながら、それでもこの場で全て吐き出してしまいたかった。

「でも、今朝は突然で……何かが突き刺さったような感じがして……」

今まで溜め込んでいた分、涙が止まらなかった。
さながら涙腺が決壊したかのようであった。
何がキリをそうさせたのかは分からない。
神父の人柄か、場の雰囲気か。
何にしても、ただ、胸の内をさらけ出したくなった。
それが全てだ。
それ以上もそれ以下も、無い。

「…………ごめん、なさい」

それからしばらくして、キリは真っ赤な目を腫らして頭を下げた。
ほとんど初対面の人の前で、……情けない。

「いやいや。けど、泣いたらスッキリしただろう」
「……ハイ」
「溜め込むのは良くないからね」

ああーーこの人はなんて優しく笑うのだろう。

「それで、初対面の私が聞いても良い話なのかな」

深呼吸して、ソファに座り直す。
キリは目の前の人物をしばらくじっと見つめた。
神父の暖かな眼差しがモノクル越しにキリを射抜く。
優しい雰囲気だが、その芯はぶれがないように感じた。
これが、神に遣えし者のまとう空気なのだろうか。

「……聞いて、もらえますか」


キリはそうして、重たい口を開いたのだった。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【新キャラ登場!】 ( No.53 )
日時: 2014/08/20 01:59
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: m.v883sb)

「私、一緒にこの村に来た男の子がいるんです。アスカって言うんですけどーーその子が今日の朝から、何故か私のことを避けるんです」
「ほう。『アスカ』君が」
「気のせいかもって思ったんだけど……。そもそも、アスカは私のこと知ってるはずなのに覚えてないみたいで……」
「【記憶喪失】、というヤツだね。キリ君。そうなった理由、もしくはきっかけになるような心当たりはあるかな?」
「心当たり……」

キリは思案してから、伏し目がちに神父を見た。

「……摩天楼に……行きました、ケド」
「摩天楼? 摩天楼って、時計塔だよね」
「ハイ。そこの、最上階に」
「最上階……あそこは今、封鎖されて入れないはずだけれど……」

最後、つぶやくように言い放った神父は、ティーカップに口をつけてから、キリに微笑みを返した。

「なるほどね。話してくれてありがとう」

そうして席から立ち上がった神父は、ティーカップを手にしたまま窓際まで近寄った。
町外れの小高い丘の上に建っている教会からは、ルルーヴ村の町を十分に見渡すことが出来た。
摩天楼を視界に捉えた神父は、つと次の言葉を放った。

「キリ君は知らないかな、この村の噂」
「うわ、さ?」
「ルルーヴ村で今、行方不明者が沢山発生してるって話なんだけど」
「ああ……」
「その素振りだと、知っているようだね。だったら話が早い。単刀直入に言うよ。もしかするとアスカ君は、その【行方不明事件】と何らかの関わりがあるとみて良いね」

神父が射抜くようにキリを見つめる。
キリはひるんだ顔で神父を見返した。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【新キャラ登場!】 ( No.54 )
日時: 2014/08/21 10:46
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: OQN7GsL9)



「なんでまた、アスカが【行方不明事件】なんかに……」
「まあねえ。まだそうだと、断定出来る訳じゃ無いけどね」

苦笑してから、神父はティーカップの中身を飲み干した。
そうして、言葉を続ける。

「確か彼……アスカ君は、【記憶喪失】だと言ったね」

こくりと頷く、キリとマルカ。

「少し話は変わるんだけどね、この村で行方不明になった子の内、まれに数ヶ月経ってから見つけ出されるケースがあるんだ。……だけど、【彼ら】には決まって、【あるもの】が無い」
「【記憶】ーーだね」

マルカが唸るように言う。
その言葉にキリが咄嗟に反応した。

「まさか……」
「そう。その可能性を疑ってみると、アスカ君は……まあ『間一髪セーフ』だったと言えるね。行方不明にはならずに済んだんだ。それだけでも、キリ君にとっては嬉しいことなんじゃ無いかな?」

キリはわずかながらに頷いた。
そうですね、と。
しかしその後すぐに、「でも……」と呟く。

「私のこと、本当に知らないみたいなの。……別に知らないなら知らないで、これからまた付き合っていけばいいとは思うんだけど、……でも私、何でなんだろう……凄く、寂しい。…………何でなんだろうね」
「キリ……」

ソファに座ったままうつむくキリ。
マルカがソファ越しに神父を振り返った。

「ね、神父さん。どうにかならないのかよ」
「そうだね。けれど、無理やり彼に記憶を取り戻させてとして、もしかするとパニック発作が起きるかもしれない。ひとまず、今まで通り接していくべきだと私は思うよ」
「今まで通り……」

呟いたキリの隣で、マルカがソファから勢い良く立ち上がる。

「そうだよ、キリ! あたしも協力するしさ!」
「うん……」

頷くキリの表情は、やはり何処か陰りがあった。



さて、宿屋ヴィクトではーー
何やらイズミが、また不穏な動きを見せていた。
自室にこもり、その手には通信機を握りしめている。

「……ああ、もしもし。『私』です」

低く抑えた声を発するイズミの口端が、わずかにつり上がった。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【新キャラ登場!】 ( No.55 )
日時: 2014/09/01 10:20
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: vGUBlT6.)

イズミの電話の相手は、モトロという白髪の老人であった。
彼はウェルリア王国の現国王が総括する軍隊の研究チームに属し、昔々ウェルリア王国を治めていた【ファーン家】についての調査研究の中心人物でもあった。
ウェルリア王国が現国王のウィルアに統治されるようになって早10年。
【ファーン家】の歴史を探る彼のもとに、滅亡したはずの【ファーン家】の生き残りがいたとの情報が入った時には、それは驚いた。
当然、研究員であるモトロとしては願っても無い事態であった。
【ファーン家の生き残り】に、一度で良いから会いたい。
彼の想いは日に日に募っていった。
軍政府としても、それは同じことだった。
現国王が起こした革命によって滅亡せざるをえなかった一族ーーその一族の末裔が生きているのだ。放置するのは危険極まりない。
ただし、おもむろに彼女に監視を付けたのでは、逆に神経を逆撫でする恐れもある。
そこで軍政府はモトロと相談した結果、元ウェルリア兵であり、牢屋に投げ入れられていたイズミに彼女の監視役をやらないかと持ちかけたのであった。
ファーン家の生き残りである【彼女】と顔見知りであるイズミを送り込めば警戒心も薄まるだろうとは、軍政府とモトロ研究員の見解だ。
まんまとその話に乗ったイズミは、つまりそういうことで、現在人目を忍んで己の真の目的のために城側の人間に報告をしている最中なのであった。

「ええ。思った以上に事態がややこしくなっていまして……。ハイ、必ず貴方の元にお連れしますよ。【ファーン家の姫様】をね」

電話越しでモトロが満足そうに声を上げる。
しかし途端に声のトーンを落とした。
何かしら察したイズミの顔色も同じように陰っていく。
モトロの口から、出来れば耳にしたく無い人物の名前が告げられた。

「……はあ、アスカ王子……ですか。……ハイ? さあ、僕は知りませんね」

苦虫を噛み潰したような顔で言い放つ。

「また逃げ出したんですか。全く、困った王子様だ」

乾いた笑い声を上げて、イズミは即座に通信を切っていた。

「…………マズイな」

アスカ王子が城から逃げ出したことが既に城中に知れ渡っている。
頬を伝う冷や汗をぬぐって、イズミは通信機をズボンのポケットに突っ込んだ。

アスカ王子は今現在、イズミたちと一緒にいる。
しかもあろうことか、一部の記憶を無くしてーー。

「早いとこ、カタをつけないとな」


様々な想いが錯綜さくそうするルルーヴ村に、新たな陰が差し込むのであった。