複雑・ファジー小説

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.108 )
日時: 2015/05/25 17:18
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: rBxtXU8t)


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ーー眠れない。
ぱちぱちと目を瞬かせて、キリはベッドから起き上がった。
何故だか、非常に胸が高鳴っていた。
今日、マルカが帰ってきた。
良かった。
でも……まだその姿を見ていない。

明日の朝にはマルカの元気な姿が見れるのだ。
けれど、キリの気持ちは急いていた。

「確認するだけ……」

衣擦れの音を気にしながら、キリは静かに床に降り立った。
気になって、おちおち眠れなかった。
忍び足で廊下に出て、寝室の扉を閉める。
思ったよりも扉の開閉音が廊下に大きく響き、キリはびくりと肩を震わせた。
今ので誰かが目を覚ましてしまったかもしれない、などと多少の不安に駆られて暫くその場でじっとしていたのだが、別段誰かが起きてくる気配は無かった。
キリは息を吐くと、気をとりなおして抜き足差し足忍び足、再び廊下を歩き始めた。
廊下はひんやりと冷たかった。
まるでこの世界には自分だけしかいないのではないか……そのような感覚に陥ってしまう。
キリは、マルカの寝室に向かう途中でアスカの寝室を覗いた。ベッドの上にはアスカの代わりにリークがグッスリと深い眠りについていた。
アスカの姿はなかった。
小さなため息をつく。
そうして、目的地に向かった。
夜中に他人の部屋を訪問するのは非常識極まりなく、このことをリィさんが知ったら絶対に怒られるだろうなと考えて、軽く笑みをこぼした。
いや。今日だけは目をつぶってもらおう。
今は己の判断に素直に従うことにした。
ギギギ……と音を立ててマルカの寝室の扉を開く。
そして、そこにマルカの姿は無かった。
代わりに、見慣れた影が月明かりのもと揺らめいて、キリは思わず声を上げた。



Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【@毎日更新】 ( No.109 )
日時: 2015/05/26 07:30
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: EX3Cp7d1)

「なっ、なんでイズミさんがいるの?」
「キリさんこそ……」

目の前の青年は、至極慌てている様子だった。
いつもは掴み所のない彼だが、今の彼が焦っていることは容易に察することが出来た。
予想だにしなかったキリの登場に、動揺が隠せていない。
それでも、繕うように、その表情は一貫して平然を装っていた。

「なんでこんな時間にマルカの部屋に……」
「キリさんと同じ理由ですよ」

重たい息を吐いて、イズミが答えた。

「マルカさんのことが気になったから。ですよね」
「それはそうだけど、でもマルカ……」
「ええ。この部屋にはいませんでした」

イズミは後ろ手にマルカの寝室の扉を閉めた。
キリは唸ってから、ぽつりと思ったことをつぶやいた。


「……1階にいるのかな?」

夜中だが、喉が渇いてキッチンに向かったということもありうる。
イズミが同意するようにゆっくりと頷いた。
しかして、続いてその口から出たのは予想だにしない言葉だった。

「じゃあキリさん、おやすみなさい」

思わずキリは素っ頓狂な声をあげていた。
慌てて自分の口を塞ぎ、その下でモガモガと声を荒げる。
イズミは眉尻を下げてキリに言った。

「ビックリさせちゃいました? けど、もう夜遅いですし。他人の家を変に詮索せんさくすると、それこそ不審者扱いされますよ。だから、そういうことにして、我々は寝ることにしましょう」

しばらく不満げに唸り声をあげていたキリであったが、渋々頷いた。

「じゃあ、おやすみなさい。イズミさん」
「おやすみなさい。キリさん」

軽い会釈をして、双方は自分の寝室に引き返した。
しかし、キリはすぐに踵を返すと、廊下に誰もいないことを確認して階下の食堂へ向かった。
あんな風に言われて、納得出来るはずが無い。
マルカの姿をこの目で確認するまで、キリは決して眠らないぞと思った。
ここまでくると、もう意地である。
訳がわからない衝動に駆られて深夜に他人の家を徘徊しているわけだが、一度動き出すと引き返す気にはなれなかった。
一応、ごめんなさいと心の中で詫びてから、キリは食堂に足を踏み入れた。
食堂にはマルカの姿はなかった。
ぶんぶんと換気扇の廻る音がやけに耳の奥でこだまする。奥のキッチンにも、当然ながら誰もいなかった。
ふと、マルカは帰ってきていないのではないかーーそのような疑念がキリの中でフツフツと湧いた。
では何故、エマは嘘をついたのだろう。
確かにエマはあの時、マルカは帰ってきたと言った。
単なる思い込み……?
我が子がいなくなって、気でもふれたのだろうか。
なんの成果も得られずに肩を落としながら食堂を後にしたキリは、不意に、カタンーーという小さな物音が聞こえて足を止めていた。
それは、食堂の奥の部屋からだった。
気のせいだろうか。
しかし、確かにキリの耳にはその音がはっきりと聞こえたのだった。
奥の部屋は、いつもマルカの父親が作業をしている場所である。それ以外に用事がある人は、そうそういない。

「……何の音だろ?」

小さく呟く。
真夜中の真っ暗闇で、視界はほとんど遮られていた。妙に敏感になっている聴神経に響いた、微かな物音が、キリは気になった。
心の中で再度深い謝罪をしながら、キリは奥の部屋にそっと忍び込んだ。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【@毎日更新】 ( No.110 )
日時: 2015/05/28 10:19
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: HWQyDP4e)


微かな音の正体は、ただの隙間風であった。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、それはキリの中で更に疑念を膨らませるきっかけになった。

暗闇に慣れた目に飛び込んできたのは、2人分の食器、そして2人分のティーセット。
ここは宿屋を経営する者の生活の場でもあるはずだ。経営者の家庭は、マルカとその両親の3人家族である。なのに、この空間に存在するのは、全て2つでワンセットのものばかりであった。
何だろ、この妙な違和感……
キリの背筋が、ぞわりと震えた。
何者かに冷たいもので撫ぜられたような気がした。
まるで、その人物が最初からいなかったかのような扱い。
否、その人物を、キリたちはまだ一度も目にしたことがなかった。
言わずもがなーー父親の存在である。
彼女たちの話には何度も出てきた。
声も聞いた。
しかし、その姿をキリたちはまだ見ていない。

「なんで……こんな……?」

波打つ心臓を抑え、キリはよろめいて近くのテーブルにぶつかってしまった。
カタンーー
机の上に置いてあった何かを倒してしまった。
キリは慌てて倒してしまったものを元に戻そうとして、仰向けに倒れていた写真立てをつかんだ。
古びた写真が挟んであり、その真隣にはティーセットが一式並べてあった。
笑顔の3人が写っていた。
目を凝らしてよく見てみると、写真の日付は5年ほど前のものだった。
ガタイの良い男と、その男に抱き抱えられるようにして笑う幸せそうな女と小さな子供。
そのまま、写真立てをそっと裏返してみる。

「ん……『カイエと一緒に』……?」

つぶやいたキリの背後で、エマが鉄パイプを振り下ろした。