複雑・ファジー小説

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【@毎日更新】 ( No.111 )
日時: 2015/06/12 09:46
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: aW5Ed34M)

【第四章 真実への序章編】
〜〜第三話:遺された者〜〜

イズミは早朝に目を覚ますと、すぐさまリークを叩き起こしていた。
読んで字のごとく、力一杯平手打ちされたリークは、朝から悲痛な叫び声を上げて飛び起きた。

「痛ぇよ、何すんだイズミの馬鹿ヤロー!」
「馬鹿やろーはリーク君ですよ」

寝ぼけ眼のリークを前に、イズミは声を大にして言う。

「カマをかけるなどして悠長に構えていたのが、裏目に出てしまいました。早く起きて。行きますよ!」
「ちょっと、ちょっと待ってくれよイズミ。いつもはカッコつけでキザったらしいお前が焦るくらいだから、今の状況がよっぽどの緊急自体だってことは分かるけどさ。なんでそンなに焦ってんだっ。訳わかんねえよ!」
「別にリーク君は分からなくても良いことです」
「それ、酷くね?! ……へーんだ。一緒に行ってやんね」
「あーもう、面倒くさい人ですね」
「どっちが!」
「簡潔に言うと、ファーン家のお姫様が連れ去られたってことですよ」

しばしの沈黙の後、リークはベッドの上で絶叫に近しい声をあげていた。

「えっ、お前、それ、ヤバイんじゃね?!」
「だから言ってるじゃないですか」
「ファーン家のお姫様を城に連れて帰れって言うのが上からの命令だろ? そのターゲットが連れ去られたって……ヤバイじゃん!」
「リーク君、口が過ぎますよ」

何処で誰が聞いているかも分からないのに……そのような意味合いを含んで、イズミはリークをじっと睨みつけた。
リークは、しかしてそれよりも現在の状況が如何いかに深刻か察したようで、飛び起きると寝巻きを脱ぎ捨てた。
無断で隊から拝借してきた拳銃を腰に差し、イズミに真っ直ぐな瞳を向ける。

「よしっ。イズミ、準備万端だ!」
「はい」
「で、何処に向かうんだ?」

リークの言葉に、イズミは自戒の念を込めて言った。

「分かりません」

本日3度目の絶叫が宿屋ヴィクト内に木霊したのはどうにも不可抗力なことであった。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【@毎日更新】 ( No.112 )
日時: 2015/05/31 23:21
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: fl1aqmWD)


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同日、少し前。

キリは側頭部に僅かな痛みを感じて、目を覚ました。
エマに殴られた傷が疼いている。
周囲を見回したところ、どうやら何処かの個室に押し込められたらしかった。
白い壁が眼に痛い。
わずかにひび割れた天井から、微かに朝陽が差し込んでいた。

「う…………」

霞んだ目をぐしぐしと擦って、キリは冷たい床から身体を起こした。

木の扉の向こうで、ヒステリックに女性が叫ぶ声がする。
それがエマであることを、キリは頭の片隅でぼんやりと理解した。
現在、キリの脳内では、何故エマに殴られたのだろうか、という疑問がほとんどを占めていた。
確かに人様の家を勝手に詮索してしまったことは謝罪に値するが、何も気絶するぐらいに殴ることもないだろうに、とも思った。
振り向きざまに見えたエマの表情は、酷く歪んでいた。恐怖に満ち満ちていた。
今思い出しただけでも背筋が凍るほどのエマの表情は、何かに追い詰められているようであった。


「エマさん……」

キリは呟いてから、その場にゆっくりと立ち上がった。
さて、エマがキリを殴った理由だが、言わずもがな初対面でのリークのあの一言がきっかけであった。
エマとリークが初対面した場で、リークは自分に関して、「ウェルリア王国の兵士である」と、明言した。それによってエマはキリたちのことをウェルリア王国のスパイだと思い込んだのだ。
そうして、深夜遅くにキリが宿屋内をこそこそと詮索していたことに気がついたエマは、積もりに積もった不安から衝動的にキリを殴りつけ、不安を押し込めるようにキリを一室に閉じ込めたのである。

ぺたぺたと壁を障りながら必死に脱出口を捜していたキリは、次の瞬間びくりと身体を震わせていた。
黒い影が一つ、静かに息を殺しながら、キリのいる部屋にそっと忍び込んでいた。
気がつけば部屋の扉が開いている。
あれだけ激しかったエマのヒステリックな悲鳴は、いつの間にか止んでいた。

ーー違う。

キリはグッと身を硬くした。


ーーエマさんじゃない。この気配、この威圧感……男の人だ。

キリは、自分が何も考えずに起き上がって部屋を詮索してしまったことを後悔した。
自分を閉じ込めた人物が舞い戻ってくる可能性くらい、考えなくても分かることだろうに。

今、この場でバタンと卒倒するのもありだと思ったが、不自然この上ない行動パターンである。
キリは背中越しに侵入者の視線を感じながら、じっと目を瞑り、ふところの短剣をグッと握りしめた。
ヒンヤリと冷たい感触が掌から伝わってくる。
柄にはめ込まれた燃えるように紅いルビーが、陽の光を受けて怪しく光った。