複雑・ファジー小説

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.115 )
日時: 2015/06/03 19:15
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: wPqA5UAJ)



背後で靴音が聞こえる。
それは、次第に近づいてくる。

「っ…………」

キリは剣先で空気を掻き切るようにして、大股で振り返った。
ひゅおっと風を切る音が室内に響き、瞬間、背後にいた人物が仰け反った。

「おっと……これは参ったね」

諸手を挙げてはにかむ男の顔を見て、キリは剣を構えたまま驚きの表情を浮かべた。

「やあ」

男が笑顔でキリに声をかける。

「元気そうでなりよりだ、キリ君」

神父がいつもと変わらない様子でそこに立っていた。

「な、なんで神父さんが、ここに……?」
「私の本拠地だからね。ここ」

モノクルの奥の瞳が、キラキラ光っている。

「ってことは、ここって、教会の中……?」
「そうだね」
「なんで……」
「そうそう、キリ君に謝らなくちゃいけないよね。彼女が無理矢理ここに連れて来てしまったんだから」
「彼女……」
「今は落ち着いているよ。紅茶を飲んでね。キリ君もどうかな? 紅茶」
「あ、あの……」

カタカタと震える手を抑えて、キリは目の前の男の頭からつま先までを、まじまじと見つめた。

「あの、よく……よく意味が分からないんですけど……」
「ん?」

部屋の扉を開けながら、神父はキリの言葉を受けて振り返った。
外界の光を浴びて、神父の姿が眩しい。
キリは目を細めて神父から視線を外すと、床に視線を落として更に言葉を続けた。

「なんで、エマさんが、私を閉じ込めないといけなかったのかって……」
「それは……」
「それは本人に聞くのが手っ取り早いンじゃねーの」

ハッとして、2人はそれぞれに声のした方向を向いた。
その声は、あらぬ方向から聞こえてきた。
キリの足元からだった。

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.116 )
日時: 2015/06/15 01:02
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: zWHuaqmK)

2人が固唾を飲んで見守る中、キリの足元の一部がガコッと音を立てて外れ、その中から煤と埃に塗れた顔がニュッと伸び出た。

「よお。やっと見つけたぞ、『姫様』」
「とっ…………」

キリがその人物の名前をつぶやく前に、新たに現れた人物によって、その機会はとうに失われた。

「バカですか、リーク君」

そう言いながらトゲトゲ頭の彼の後頭部を裏拳で殴り、同じく埃で汚れた顔に爽やかな笑顔を浮かべる。

「無事でよかったです、キリさん」
「い、イズミさんまで……?」

なんで? どうして? と訪ねる間もなく、イズミは睫毛を伏せて微笑んだ。

「忘れたんですか。僕の血筋は貴女がたのことをずっと見守ってきたんですよ。この水晶玉と共にね」

イズミがゆっくりと開いた左の手のひらには、ガラスの欠片が一つ。その欠片からは、揺らめく炎のように紅い一筋の光が放たれており、その先はキリの短剣にはめ込まれたルビーに延びていた。

「……あ、レーゼさんの水晶玉の破片…………」
「これは、彼女の形見でもありますからね。……こうして大事に取っておいて、良かったです。この欠片……」
「感謝しろよ姫様。この光を辿って、こうして助けに来てやったんだからな!」
「…………リーク君、少し黙りましょうか」
「なんだよイズミ! ついて来いっていったのはお前だろっ」
「それはそれ、これはこれです」
「だからって裏拳は酷いだろ! 裏拳はっ!」

突然の来客に、神父はしばし呆然として2人を見つめていた。
しかし直ぐに柔和な笑みを浮かべると、半歩進み出て、言った。

「これは、……ああ、本当に参ったなあ。いや、まさか本物の呪術師にお会い出来るなんて。これは……うん、彼女も焦るわけだ」

心配そうな表情のキリを横目に、神父は更に一歩、室内へと足を踏み入れた。
床下で警戒心を露わにしているイズミとリークにゆっくりと近づいてゆく。
そうして神父は、2人を見下ろす格好をとった。

「君は、イズミ君……でしたか」

イズミが頷く。

「なるほどね……神のお導きか」
「…………?」
「君になら任せられるかもしれないね」

ほとんど独り言のように、だが、はっきりとした口調で神父はそう言った。

「着いて来なさい。君たちが知りたがっていることを話そう」

身をひるがえして奥の客間へと向かう。
それから、ふと足を止め、呆気にとられているキリたちを振り返って言った。

「そうそう、がした床は元に戻しておいてね」

3人は一度顔を見合わせてから、揃ってリークの顔を見た。

「いっ……?! 俺が直すのっ……?!」
「わざわざ床下から出たのはリーク君でしょうが」
「だってカッコよく登場したいじゃん?!」
「だからって足元から登場って……ほら私、スカートだしさ?」
「だーから何だってンだ! いつもスカートでも気にせずアクションしてるじゃんかよ!」
「あっ、ひどいよう。私だって女の子なのに……」
「ああリーク君、女の子になんてこと言うんですか。酷いですよ」
「だからって、なんでこーなるんだあ……!」

リークの叫びも虚しく、結局、床の修理は泣く泣くリークが行うはめになったのであった。