複雑・ファジー小説
- Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.117 )
- 日時: 2015/07/15 18:34
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Ib5HX0ru)
【第五章 秘めごと編】
〜〜第一話:昔々のお話〜〜
「あれ、紅茶は嫌いかな?」
神父の問いに、リークは一文字に結んでいた唇を開いた。
「べ、別に嫌いってわけじゃねー……んですけど」
「無理しなくて良いよ。じゃあ君はミルクだね」
机の上に5つのティーカップを並べて、神父はようやっと椅子に腰かけた。
「さて。何処まで話したっけね」
「自己紹介までです」
「そうだったね」
失敬と微笑んで、ミナト神父は真向かいのキリを見つめた。
「君たちが神隠し騒動を追い掛けているのはエマさんから聞いたよ」
「神隠し騒動を解決する代わりに、エマさんのところの宿屋に泊めてもらっていたんですけど……」
キリの言葉に、神父の隣のエマがハッと顔を上げた。
青ざめた表情で、キリたちをジッと睨みつけ、裏返った声で神父に訴える。
「知らなかったわよ。あなたたちがウェルリア王国のスパイだって」
「だから、それは誤解なんですって……」
「嘘おっしゃい。そこの少年が言ってたじゃないの。……ウェルリア兵たちが私たちに復讐しに来たのよ」
「エマさん、落ち着いて」
「先生。先生が何故こんな奴らと話す場を設けたのか。信じられないわ。纏めて部屋に閉じ込めておくべきよ」
「落ち着きなさい、エマさん」
神父が強い口調でエマを諌めた。
エマはびくりと身体を震わせると、ティーカップを両手で抱えて黙り込んでしまった。
「それで……君たちはスパイなのかな」
「違います!」
キリが即座に答えた。
「私たち、この村の神隠し騒動の犯人を捕まえたくって、それでこの村に来たんです」
「なるほど。まあ……誰かに頼まれたっていうのは、そうみたいだね」
紅茶をすすって、神父は言った。
「けど、少なくともスパイでは無いようだ。それは分かっているよ」
「神父さん……」
「呪術師に、そうそう悪い人はいないからね」
軽く片目を瞑って、イズミを見る。
「呪術師の、イズミ君」
「まあ……血筋は、ですけど」
「それでも呪術師の素質は受け持っているはずだ。私で感じ取れるんだ。良いものを持っている」
「…………」
「それを見越して、君に頼みたいことがあるんだよ」
「……なんでしょう」
懐疑の念を持ちながら、イズミが尋ねる。
すると黙り込んでいたエマが素早く顔を上げた。
真っ青な顔で神父を食い入るように見つめている。
神父は小さく頷くと、エマをなだめるように「大丈夫」と言った。
「頼みごとをする前に、少し昔話に付き合ってもらえるかな」
神父の口ぶりは、内容にそぐわず、やけに軽いものだった。
- Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.118 )
- 日時: 2015/08/17 18:55
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Zn9JBKpx)
「この村に伝わる昔話は皆、知っているよね」
「お天道様に生贄を差し出すっていう、アレだよね」
「正解。この村は12年前まで言い伝えに従って生贄を差し出していたんだ。豊作祈願のためにね」
神父は歴史の教科書を読み上げるように、淡々と述べていく。
「でも、呪術師禁止令が出て、今は儀式は行われていないと聞きました」
イズミが口を挟み、神父はゆっくりと頷いた。
「そうだね。……今からちょうど12年前、呪術師禁止令が発布されて生け贄の儀式は無くなった。……その年に起こった出来事を、君たちに聞いてもらいたいんだ。良いかな」
真っ直ぐな瞳を受け止め、キリたちはこくりと頷いた。
「その年最後となる生け贄が、呪術師によって選定されたんだ」
「呪術師ハノイによって、ですか」
「さすが呪術師君だ。詳しいね。そう、この生け贄の儀式が始まってからずっとハノイという聡明な女呪術師が生け贄の選定を務めていた。その年の生け贄はこう告げられた。『産まれたばかりの男児』を生け贄に捧げろと」
「酷い……」
キリは思わずそうつぶやいていた。
零れ出た言葉をすくうように素早く口を塞いだキリを、神父が神妙な顔で見つめた。
「そうだね。けど、この村では呪術師の言うことは絶対なんだ」
「それで、赤ん坊は生け贄に捧げられたのかよ」
リークが青ざめた顔で問う。
「はい」
神父は即座に答えた。
その言葉にはなんの感情も込められていなかった。
ただ事実を認めるために吐き出された言葉。
たった一言が、キリの胸にズシンと響いた。
「……その、お父さんとお母さんは、産まれたばかりの我が子を差し出す時にどう思ったんだろう」
ぽつりとつぶやいた。
自分がもし、そのように宣告された時に、果たして差し出せるだろうか。
自分たちの小さな希望を。
もしも、私の両親だったら……
そこまで考えて、キリは冷えた手を膝の上で強く握りしめた。
私のお父さんとお母さんは、私を命懸けで守ってくれた。
……何があっても、我が子を守ってくれるだろうか。
「……それでね」
神父の話は、まだ続いていた。
「勘の良い君たちなら、もう気づいてるだろうけどね」
声を潜めて、しかしハッキリした口調で神父は言った。
「実は今でも、生け贄の儀式が行われているらしいんだ」
「今でも……?」
「やはりそうですか」
「…………」
キリとイズミとリークはそれぞれに反応を示した。神父がゆっくりと3人の顔を見回し、口を開いた。
- Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.119 )
- 日時: 2015/08/17 19:00
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Zn9JBKpx)
「神隠し騒動は、儀式の生け贄を獲得するために何者かによって行われている。12年前に禁止されたが、当時よりも頻繁に生け贄が連れ去られている。私はその者が呪術師だとは信じたくないのだが……どうやらそうみたいだ」
「呪術師のハノイが?」
「分からない。ただ、噂で、ハノイは悪魔に魂を売ったと聞いたが……。村人の1人として、彼女のことは信じたいけれど……」
くぐもった声で神父は答え、重い溜息を吐き出した。
そして、
「その生け贄の1人として、マルカ君が狙われているんだ」
神父はそう言った。
「マルカが……?」
「呪術師の君ならマルカ君を安心して預けられる気がする。だから頼みたいんだ。……いいね、エマさん」
エマは何か言いたげな様子で口を開きかけたが、静かに頷いた。
「そう、よろしく頼んだよ。イズミ君」
「あの、神父さん」
キリが言った。
「さっきお話ししてた最後の生け贄の話。それがなんの関係があるの?」
そう言って、キリは慌てて顔の前で両手を振った。
「あ、生け贄の儀式関連の話っていうのは分かるんです、けど。それを今話さなくちゃいけないのって、つまり……どういうことなのかな、って」
「うん」
神父がクスリと笑った。
「キリ君もなかなか鋭いね」
「へ……」
「とにかく、マルカ君のところに案内しよう。こっちだ。生け贄を捜している者に見つからないように、教会の地下室に匿っているんだ」
神父が立ち上がった後、キリたちも一斉に腰を上げた。
「……あれ、どうしたの? イズミさん」
「ああ……いや」
1人ソファに座ったまま眉間に皺を寄せ、何事か思案していたイズミに、キリは話しかけた。
イズミは曖昧な返事をし、両手を合わせるようにして再度思案する素振りを見せた。
そうして強く目を瞑って、言った。
「少し、気になることがありまして」
「気になること……あ、もしかしてさっきの神父さんの昔話?」
「ミナト神父……そうですね」
言葉を濁して、イズミは立ち上がった。
「お待たせしてスミマセン。行きましょうか」
エマと神父は既に部屋の外に出ていた。
エマは神父の横に立って、両手を祈るように組んでいた。
キリたちが部屋から出てきたのを確認すると、彼らは揃って歩き始めた。
廊下を歩くキリたちを寒々とした空気が包み込んだ。
- Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.120 )
- 日時: 2015/06/14 23:29
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: zWHuaqmK)
しばらく歩くと、先頭を切って歩いていた神父がピタッと立ち止まった。
続いてキリたちもピタリと立ち止まる。
何の変哲もない木の扉がそこに存在していた。白い壁に覆われた空間では、木の扉はやけに目立った。
きびすを返して神父がキリたちに言った。
「ここから地下に繋がっているんだ」
「地下……」
「この先にマルカ君を匿っている」
アンティーク調の鍵を取り出し、神父が錠前を外す。
ガチャリと錠前が外れる音を聞きながら、キリは知らず知らず拳を握りしめていた。
ーーこの先にマルカがいる。
なんで生け贄として執拗に付け狙われているのかは分からないけれど。とにかく、マルカが無事で良かった。
波打つ胸に右手を当てて、深呼吸をして、キリは強く目を瞑った。
その隣で、ここまで黙りこくっていたイズミが耳元でこう囁いた。
「ジュリアーティさんが言っていた占いの結果、当たってましたね」
ビックリして、キリは大きく目を見開いた。
声がした方を振り返り、すぐさま顔を背けた。
思ったよりも顔の距離が近くて、イズミの端整な顔を直視することが出来なかったせいである。
「お……お婆ちゃんの占い……?」
「あれ、忘れちゃったんですか」
「覚えてるよ。ええーっと、暗く狭い場所で、地上ではなくって、冷たい所……って言ってたよね」
「相変わらずの記憶力で」
「そっか。私、地上じゃないって言ってたからてっきり摩天楼に閉じ込められてるのかと思ってたけど。地下室だったんだね」
「おい」
そして、それは急な出来事だった。
キリは後ろから背中を強く小突かれ、くっ、と息を止めた。
バランスを崩し前方に大きく前のめったキリの身体は宙に放り出された。
浮遊感。
あ、ダメだ……
キリはギュッと目を瞑った。
目の前に暗闇が広がる。
このまま地下まで落ちてしまう。
次に来る衝撃に備え、身体中に力を込めたキリは、そこでフワリと何者かに抱きとめられた。
イズミだった。
キリは、すんでのところで態勢を立て直した。
「あっ……危ないじゃんかっ……」
膝を折って咳き込む。
すぐ目の前に石段が暗闇に向かって延びている。
その先からコツリコツリと靴音がするのは、すでに神父が地下へ向かったからだろう。
キリは振り返って、自分を突き飛ばした人物を咎めた。
「も……もう少しで、私っ……」
「す、すまん」
リークが頭をかいて、困ったようにキリを見つめた。
「神父が先に地下に降りていったから、早く続けって言うつもりで背中を押したんだけど……」
「リーク君、女性をもう少しいたわってください」
「す、すまん……」
いつもは反論するリークも、今回は素直に謝罪の言葉を述べた。
イズミは小さく溜息をつくと、地下へと延びる階段のその先を見つめた。
「なんだか胸騒ぎがするんですが。行きましょう」
こくりと頷いて、キリも扉の向こうに続く階段を見つめた。
漆黒の闇が大きな口を開けて待ち構えている。
キリは、ふと、宿屋で自身が見た光景をもう一度思い返していた。
「イズミさん……私たち、もしかしたらとんでもない思い違いをしてるのかも……」
イズミが首をかしげる。
キリは震える手をギュッと握りしめた。