複雑・ファジー小説
- Re: 【新章突入!】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.129 )
- 日時: 2015/07/15 18:41
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Ib5HX0ru)
【第五章 秘めごと編】
〜〜第三話:侵入〜〜
「夜になったね」
暗闇の中、キリがひっそりとした室内でつぶやいた。
「ええ、ここからは大人の時間です」
イズミがそれに答えて相槌をうつ。
隣でリークが、うへえと声をあげた。
「なんかお前がそういうと、気持ち悪ぃな」
「リーク君、次に無駄口を叩いたらお城に強制送還させますよ」
「なんでだよーっ! お前にそんな権限ないだろうがっ」
「やかましいヤローは放っておきましょう。さ、キリさん。この時間だと流石に村人も寝静まっているでしょう」
「そうだね」
「な、何をするつもりなんだ……?」
マルカが恐る恐る言葉を発した。
キリとイズミは首をかしげた。
「うん?」
「いや、なんかアンタ達、良からぬことを企んでそうだなって……」
キリがニイッと歯を見せて笑った。
「えへへへ」
イズミが頷く。
「そうです。これから侵入するんです」
そこで、パチンと音がした。
刹那、漆黒の闇から目映い光の世界が広がる。
マルカを含め一同はチカチカした目を瞬かせた。
リークが室内の電気のスイッチを入れたせいであった。
「ってか、いつまで電気点けずに話すつもりだよお前ら」
リークが眉を顰めて言う。
と、打って変わってゆるりとした空気が室内に流れ、キリが笑顔で答えた。
「えー、だって雰囲気でるじゃあん」
「いらねぇだろ、雰囲気とか! 緊張感ってもんがないのか、お前っ」
「お前じゃないもん、キリだもん」
「そういうことじゃねえっ……」
噛み付くリークを横目に、イズミは「それでは」とキリに告げた。
「キリさん、ひとまずキリさんはリーク君と摩天楼に向かってください」
キリが不安げにイズミを見つめる。
「イズミさんは?」
「僕はマルカ君のそばにいます。さすがに摩天楼に行くのは……神父さんとの約束があるんでね」
「分かった」
「もし、君たちが長時間摩天楼から帰って来ないようでしたら……」
真剣な眼差しでキリを見つめる。
「その時は、僕たちも向かいます」
「……分かった」
キリは頷くと、未だ憤慨しているリークの袖口を引っ張った。
「じゃあ、トゲトゲ君。アスカ王子救出に向かうよ!」
「だから俺はリークだ! ……って、なんで俺まで?!」
「アスカ王子が誘拐されたんですよ。ウェルリア兵士であるリーク君も向かうべきです」
いつになく威圧的なイズミの言葉に、リークは、ぐっと唸り、それから背を向けて大きな声で言った。
「……しゃーねえ。ファーン家の姫様、行くぞ」
「トゲトゲ君っ……!」
「だから俺はリークだっての」
騒々しい会話を交わしながら、こうしてキリとリークは摩天楼を目指すことになったのであった。
それから、キリがふと、ある「違和感」に気づいたのは、摩天楼の入り口に差し掛かった時であった。
「……あれ? そういえば、なんでイズミさん……」
「何してんだー。行くぞ、姫様」
「あ……う、うん!」
月だけが照らす深夜の町で一際目立つ摩天楼。
鍵が掛かっていたはずの摩天楼の入り口は、キリが触れると、錆びれた音を立てて簡単に開いたのであった。
- Re: 【新章突入】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.130 )
- 日時: 2015/07/15 19:06
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: povdN7Wc)
扉をくぐると、すぐ目の前に灰色のコンクリートで固められた踊り場があり、そこから先は螺旋階段が存在する空間のみであった。
入り口付近から空を仰ぐと、虚空へ続く空間と先の見えない螺旋階段が何処までも繋がっている。
見ているだけで心もとない錯覚に陥ってしまう。
「ここを行かないといけないのか……」
リークの言葉は、もはや撤退することを前提に置いたものであった。
確かにこのような延々と伸びている階段、登っている途中でノイローゼになってしまう。
「とにかく行ってみよう」
2人はとにかく階段を昇り始めた。
しかし、いっこうに最上階は見えてこない。
それどころか、何処かの階に辿り着くことさえ無い。
ひたすら階段が螺旋状に延々と続いているだけだ。
「おい」
最初に口火を切ったのは、リークだった。
「本当に最上階に辿り着けるのか、コレ」
「そうは言うけど……イズミさんと私、この間アスカを追って最上階まで行ったんだ」
「何?!」
「……まって。もしかしたら…………」
「もしかしたら……なんだよ」
「この摩天楼の主に歓迎されていないと、辿りつけないのかもしれない」
「なんだその不思議空間はっ……!」
「だって、相手は悪魔と呪術師らしいしっ……不思議空間だって、おかしくは無いよ」
「じゃあ何か。俺らもどうにかしてその悪魔とやらに気に入られないと最上階に辿り着くことは出来ないってことか?!」
「うーん……かも」
「ったく、気に入られるったって、どうやって……」
八方塞がりのキリとリークは、とにかく螺旋階段を昇った。
1段……2段……3段……、…………。
……何分、否、何時間経ったのだろう。
下を見ると既に入り口は見えなかった。ただし、上を見ても永遠に螺旋を描く階段が続いているだけでーー
「ヤメだヤメだ!」
リークはそう怒鳴って、階段の途中で座り込んでしまった。
「こんなん、キリがねぇよ。姫様、諦めて降りようぜ」
「……も、もう少しかもしれないし……」
「もっともっと掛かるかもしれないだろ!」
「でも……アスカが……」
「あのなあ。そもそも王子がこの摩天楼にいるって、確かな根拠がある訳じゃ無いんだろ?」
「それは、そうなんだけど……」
「だったらよぉ。今頃もしかすると、宿屋に戻ってるかもだぜ。ーーいや、寧ろ俺たちが神隠しにあったってことになってるかもな」
「…………」
「はあーあ。俺、何してんだろうな」
階段に座り込んだまま、リークはため息をついて自身の足元を見つめた。
「フィアルを見つけに来たはずなのに、神隠し騒動に巻き込まれるとかさ。なーんかツイてないんだよなぁ、俺。最近さ」
自嘲するように笑みを漏らす。
「兄弟同然で育ってきたフィアルは国家反逆罪に問われて行方知らずだしさ。そう……そうだ。前兆はあったんだよ。フィアルが何かしら思い悩んでいたのを……俺は、見てたんだ。なのに……俺のせいで……」
「ーーあの、トゲトゲ君ってさ」
俯くリークを見下ろす形で、キリは言った。
「なんか、見た目よりも思い悩むタイプなんだねえ」
「みっ、見た目よりってなんだ!」
「羨ましいなあ、そのフィアルくん。こんなに想ってくれる人がいるだなんて」
「まあ……兄弟同然の付き合いだからな」
「…………」
しばらく思案するような仕草をし、キリはそうして、ぽつりとつぶやくように言った。
「私も、同じ」
リークは思わず「え……」と声を漏らした。
「家族同然の人を亡くしたんだよね、半年前のあの事件で」
「あ……」
「……。ってね。トゲトゲ君に言っても、どうにもならないんだけどね」
苦笑してから、キリは、リークのいる位置から数段降った段差にしゃがみ込んだ。
スカートの上で両手を組んで、足をぶらつかせながら自身の靴のつま先を見つめる。
そうして、ふと、まるで独り言のように。
「残された方はなんだか無駄に、色々と考えちゃうんだよね。『なんで私を置いて行ったんだろう』……なんてさ。私も一緒に連れて行って欲しかったのに……」
数段高い階段に腰掛けているリークの位置からキリの表情は見えなかったのだが、その背中はいつもより一回り小さく見えた。
「だけどね、ふと思ったの。このままいなくなった人のことばかり考えて自分を蔑ろにしちゃったら、逆にいなくなった人に失礼なんじゃないかって」
キリはリークを振り返った。
「だってそれって、いなくなった人に責任を押し付けちゃってることになるもんね」
リークは微動だにしない。
「いなくなった人のせいにして、自分は可哀想な人なんだ、って擁護する。それってエゴに近いんじゃ無いかなって。そりゃあ、被害者なのは事実だし、肉親同然の人を失うのは辛い、辛すぎるよ。だけど……私はそれを理由にして、もう自分自身を可哀想な子にしたくない。その人の分まで生きて行こうって、前向きに考えようと思うの」
睫毛を伏せ、それから息を吐きながら黒のプリーツスカートを叩いて立ち上がった。
「なーんて。いつも自分に言い聞かせてることなんだけどね」
そう言ってくるりと振り返ったキリの表情は、あっけらかんとしたものだった。
先ほどまで重い雰囲気をまとって語っていた人物の表情では無かった。
「『フィアル君』。見つかると良いね」
「お、おう……」
キリはニッコリと満面の笑みを浮かべると、リークを追い越し再び階段を登り始めた。
リークはしばらくぼんやりとその場に突っ立っていたのだが、キリの後を追うために慌てて立ち上がった。
こんな所に置き去りにされても、どうしようも無い、という想いを抱きながら。
(フィアル…………)
呟いたところで、届くはずは無いのにーー
リークは妙に高鳴る胸を抑え、ようやく一歩踏み出すのだった。