複雑・ファジー小説

Re: 【新章突入】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.130 )
日時: 2015/07/15 19:06
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: povdN7Wc)

扉をくぐると、すぐ目の前に灰色のコンクリートで固められた踊り場があり、そこから先は螺旋階段が存在する空間のみであった。
入り口付近から空を仰ぐと、虚空へ続く空間と先の見えない螺旋階段が何処までも繋がっている。
見ているだけで心もとない錯覚に陥ってしまう。

「ここを行かないといけないのか……」

リークの言葉は、もはや撤退することを前提に置いたものであった。
確かにこのような延々と伸びている階段、登っている途中でノイローゼになってしまう。

「とにかく行ってみよう」

2人はとにかく階段を昇り始めた。
しかし、いっこうに最上階は見えてこない。
それどころか、何処かの階に辿り着くことさえ無い。
ひたすら階段が螺旋状に延々と続いているだけだ。

「おい」

最初に口火を切ったのは、リークだった。

「本当に最上階に辿り着けるのか、コレ」
「そうは言うけど……イズミさんと私、この間アスカを追って最上階まで行ったんだ」
「何?!」
「……まって。もしかしたら…………」
「もしかしたら……なんだよ」
「この摩天楼のぬしに歓迎されていないと、辿りつけないのかもしれない」
「なんだその不思議空間はっ……!」
「だって、相手は悪魔と呪術師らしいしっ……不思議空間だって、おかしくは無いよ」
「じゃあ何か。俺らもどうにかしてその悪魔とやらに気に入られないと最上階に辿り着くことは出来ないってことか?!」
「うーん……かも」
「ったく、気に入られるったって、どうやって……」

八方塞がりのキリとリークは、とにかく螺旋階段を昇った。
1段……2段……3段……、…………。
……何分、否、何時間経ったのだろう。
下を見ると既に入り口は見えなかった。ただし、上を見ても永遠に螺旋を描く階段が続いているだけでーー

「ヤメだヤメだ!」

リークはそう怒鳴って、階段の途中で座り込んでしまった。

「こんなん、キリがねぇよ。姫様、諦めて降りようぜ」
「……も、もう少しかもしれないし……」
「もっともっと掛かるかもしれないだろ!」
「でも……アスカが……」
「あのなあ。そもそも王子がこの摩天楼にいるって、確かな根拠がある訳じゃ無いんだろ?」
「それは、そうなんだけど……」
「だったらよぉ。今頃もしかすると、宿屋に戻ってるかもだぜ。ーーいや、むしろ俺たちが神隠しにあったってことになってるかもな」
「…………」
「はあーあ。俺、何してんだろうな」

階段に座り込んだまま、リークはため息をついて自身の足元を見つめた。

「フィアルを見つけに来たはずなのに、神隠し騒動に巻き込まれるとかさ。なーんかツイてないんだよなぁ、俺。最近さ」

自嘲するように笑みを漏らす。

「兄弟同然で育ってきたフィアルは国家反逆罪に問われて行方知らずだしさ。そう……そうだ。前兆はあったんだよ。フィアルが何かしら思い悩んでいたのを……俺は、見てたんだ。なのに……俺のせいで……」
「ーーあの、トゲトゲ君ってさ」

うつむくリークを見下ろす形で、キリは言った。

「なんか、見た目よりも思い悩むタイプなんだねえ」
「みっ、見た目よりってなんだ!」
「羨ましいなあ、そのフィアルくん。こんなに想ってくれる人がいるだなんて」
「まあ……兄弟同然の付き合いだからな」
「…………」

しばらく思案するような仕草をし、キリはそうして、ぽつりとつぶやくように言った。

「私も、おんなじ」

リークは思わず「え……」と声を漏らした。

「家族同然の人を亡くしたんだよね、半年前のあの事件で」
「あ……」
「……。ってね。トゲトゲ君に言っても、どうにもならないんだけどね」

苦笑してから、キリは、リークのいる位置から数段降った段差にしゃがみ込んだ。
スカートの上で両手を組んで、足をぶらつかせながら自身の靴のつま先を見つめる。
そうして、ふと、まるで独り言のように。

「残された方はなんだか無駄に、色々と考えちゃうんだよね。『なんで私を置いて行ったんだろう』……なんてさ。私も一緒に連れて行って欲しかったのに……」

数段高い階段に腰掛けているリークの位置からキリの表情は見えなかったのだが、その背中はいつもより一回り小さく見えた。

「だけどね、ふと思ったの。このままいなくなった人のことばかり考えて自分をないがしろにしちゃったら、逆にいなくなった人に失礼なんじゃないかって」

キリはリークを振り返った。

「だってそれって、いなくなった人に責任を押し付けちゃってることになるもんね」

リークは微動だにしない。

「いなくなった人のせいにして、自分は可哀想な人なんだ、って擁護ようごする。それってエゴに近いんじゃ無いかなって。そりゃあ、被害者なのは事実だし、肉親同然の人を失うのは辛い、辛すぎるよ。だけど……私はそれを理由にして、もう自分自身を可哀想な子にしたくない。その人の分まで生きて行こうって、前向きに考えようと思うの」

睫毛を伏せ、それから息を吐きながら黒のプリーツスカートをはたいて立ち上がった。

「なーんて。いつも自分に言い聞かせてることなんだけどね」

そう言ってくるりと振り返ったキリの表情は、あっけらかんとしたものだった。
先ほどまで重い雰囲気をまとって語っていた人物の表情では無かった。

「『フィアル君』。見つかると良いね」
「お、おう……」

キリはニッコリと満面の笑みを浮かべると、リークを追い越し再び階段を登り始めた。
リークはしばらくぼんやりとその場に突っ立っていたのだが、キリの後を追うために慌てて立ち上がった。
こんな所に置き去りにされても、どうしようも無い、という想いを抱きながら。


(フィアル…………)

呟いたところで、届くはずは無いのにーー
リークは妙に高鳴る胸を抑え、ようやく一歩踏み出すのだった。