複雑・ファジー小説
- Re: 【新章:漆黒編】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.139 )
- 日時: 2015/08/14 20:37
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: U0hMzT3c)
【第六章 漆黒編】
〜〜第二話:幻影〜〜
「イズミさん、付いてきてくれるよね」
キリは強い口調でイズミを振り返った。
イズミがゆっくり頷いた。
「もう一度摩天楼へ向かうってんなら、俺も付いて行くぜ」
見ると、リークが腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべていた。
「と、いうか、イズミだけに良いカッコさせらんねぇっ!」
「素直に加勢しますって言ったら良いのに」
「だーれが素直じゃないってえ?!」
イズミとリークのやりとりに、キリは思わずくすくすと笑った。
そうだ。私には、心強い仲間がいる。
アスカを助け出す。
マルカたちを貶めた張本人をやっつけてやる。
「行こう」
キリの言葉に、イズミとリークは神妙な顔で頷いた。
気を失っているエマを2階の寝室に運んだ3人は、身支度を整えて摩天楼に近い勝手口から飛び出した。
時刻は深夜を過ぎている。
町中はしんと静まり返っていた。
近くの草むらから虫が奏でる鈴の音が響いているだけ。
時折吹く風が隙間から抜けて、ひゅうひゅうと乾いた声を立てた。
「2人とも、大丈夫ですか?」
「うん」
「眠たくないですか?」
「へっ。徹夜は任せろ!」
「ハハハ……」
一歩踏み出したキリたちに、軒下の陰から聞きなれた声が問いかけてきた。
「……行くのか」
地面に足を抱えてうずくまるマルカの姿があった。
3人は立ち止まった。
「うん。……アスカを助け出さなくっちゃ」
「…………」
マルカの瞳は、遠くを見つめていた。
しばらく沈黙があって、マルカがつぶやくように言った。
「連れてってくれないか」
「え?」
「自分で、全てを終わらせに行きたいんだ」
その目はしっかりとキリを見据えていた。
「…………」
キリもその目を見つめ返し、頷く。
「分かった」
その時キリたちの背中を、鋭い悪寒が駆け抜けた。
振り返った先には摩天楼が高く高くそびえ立っていた。
いつの間にか昇っていた月は、黒い雨雲に覆われて、ぼんやりとした光を発していた。
- Re: 【新章:漆黒編】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.140 )
- 日時: 2015/09/27 20:03
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: fl1aqmWD)
++++++++++++++++
リークと共に来た時には、それは気が遠くなるほどの時間がかかったと言うのに、摩天楼に踏み込んだキリたちは数十分もしないで最上階に辿り着いていた。
やはりこの塔には、何かがある。
再度訝しんだ所で、全員を激しい眩暈が襲った。
ぼやける視界の先に、フードを被って水晶玉持った人物が現れる。
あっ、と思ったが時すでに遅く。
刹那強い立ちくらみを覚えてそれを立て直はした彼らは、個々に幻影を見ていた。
「…………」
白い靄に包まれた中で、イズミは茫然として立ち尽くしていた。
まるで幽霊にでも遭遇したかのようである。
ーーイズミの目の前に現れたのは。
紛れもなく、彼女。
ーー深紅の民族衣装に身を包んだ女性が、優しく微笑んでいた。
「なん……で……」
カノン……
なんで君が……ここに……。
思考が停止しそうなほど驚いたイズミであったが、それが幻影であることを頭の隅に置いて、なんとか理性を保つ。
彼女は長い黒髪を揺らして、微笑みながら、ゆっくりとイズミに近づいてきた。
「イズミ。覚えているかしら、私のこと」
ーー聞いちゃ、駄目だ。
イズミは凍りつく顔をゆっくりと下げた。
コイツの言葉に、耳を傾けたら……
「イズミ……?」
ーーああ……でも……
「私、貴方とこうして会うことができて、本当は嬉しいのよ。ねえーー、イズミは?」
「カノン……」
会いたかった。
また会いたかった、というのが本音だ。
小さい頃から微かに想いを寄せていた、そんな淡い思い出に……今すぐ逃げ出したい思いに駆られていた。
けれど……
「でも……僕は行かなくちゃいけないんです」
強く強く目を閉じて、つぶやく。
ふと、まぶたの裏側に、彼女の吐息を感じた。
ハッと目を開けると、すぐ目の前に彼女の顔があった。
全身でイズミを抱き締めている。
美しい黒髪がイズミの頬を撫ぜた。
「イズミ……そんな哀しいこと、言わないで」
ぐっと奥歯を噛み締める。
こんなこと……
【幻影】だ。
こんなことをして……
【幻影】だから。
でも、もう彼女は…………
「うわあああぁーー!」
叫びながら、イズミは所持していた剣で彼女の胸を突き刺していた。
一突きした箇所から、突如幾筋もの閃光が迸った。
と、続いてガラスの砕け散る音が部屋中に響いて、イズミはハッと息を飲んだ。
「何……だ」
時が止まったように思った。
ーー否、そうではない。
水晶玉から溢れ出ているのは、水晶玉に閉じ込められていた【記憶】であった。
それは、とある人物の 成長記録。
緑の髪の毛を振り乱して駆けずり回る幼児、優しそうな男性に抱きかかえられて幸せそうに微笑むその姿は、紛れもなくマルカその人だった。
「…………」
「これは……マルカ君の記憶……?」
「そうだ。ボクだ……」
いつの間にか隣に立っていたマルカが惚けた顔をして立っていた。
「ボクの記憶だ」
イズミは、キリたちがすぐ後ろで立ちすくんでいることに気がついた。
彼らも、目の前に次々と現れる記憶の映像に、ただただ眼を見張るしかなかった。
止める間もなく水晶玉からはマルカの記憶が次々と溢れ、みるみる最上階を埋め尽くしてゆく。
そうしてそれは、まるで映画上映会のごとく繰り広げられてゆきーー
「ねえイズミさん、これ……」
キリがかすれた声でイズミを呼び止めた。
イズミは無言で頷いた。
それは、今までと違い少しくすんだ色合いの記憶であった。
そこに映っているのは、横たわる女性と見知った男性であった。
「写真の人だ……」
「カイエさん、ですね」
「そこの女の人は誰なんだよ……」
リークがそう言った時であった。
記憶の中のカイエが女性の傍らに屈んだ。
続いて……
「ぐっ…………」
カイエが次に行った行動に、キリは思わず顔を背けてしまった。
リークは辛うじてその場に踏み止まったが、嗚咽を漏らして自身の口を強く押さえた。
「これは……」
イズミが声にならない声を上げる。
過去の記憶とはいえ、それがもたらす衝撃は相当なものであった。
カイエは、手にしたナイフで女性の腹を裂いていた。
それは、マルカの代わりに生贄にされた赤ん坊を妊婦から取り出す光景であった。
ふらりと眩暈がして、慌てて体勢を立て直そうとしたが足がもつれてしまったマルカは、そのままよろめいてイズミの胸中に抱きとめられた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……」
言いながら、マルカは怪訝そうな表情を浮かべ、イズミを押しのけた。
キリも気持ちが悪くなって吐き気を抑えていたが、ふと、赤ん坊を取り出すカイエの傍らに少女が立っていることに気がついた。
やけに目を引くその少女。
目を凝らしてよくよく見ると、その見覚えのある顔はーー
恐怖で引きつったその顔は、紛れもなく幼き頃のリィであった。
- Re: 【新章:漆黒編】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.141 )
- 日時: 2015/08/26 22:39
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ycnzZQhq)
その時キリの脳裏をよぎったのは、生前のリィの台詞だった。
逃げ場のない、狭く、重苦しい空間でリィが言っていたあの言葉を。
「……すぐに親の安否を確かめに城に向かったんだけど、……その途中で……」
そこまで言って、リィは、ぐっとえづいて口元を押さえたのだった。
「……その前後の記憶が、ショックで無いんだけどね……」
12年前に起きた呪術師暗殺事件、その後日リィの身に起こったショッキングな出来事というのは、つまりーー。
「そっか……」
キリの見開いた瞳に、黒髪が美しい少女の強張った表情が映り込む。
「そうだったんだ……」
彼女がウェルリア王国から逃げ出してラプール島に流れ着くまでに見た悲惨な光景というのは、つまり、このことだったのだ。
カイエが妊婦を襲ったこの光景を。
「リィ……さん……」
リィがこの妊婦とどのような関係だったのか定かではない。
一人彷徨い歩く少女ーーリィを、妊婦が放っておけず、共にウェルリア王国から逃げ出そうと準備していた所をこの男に襲われたのか。
もしくはただ単に、通りすがりで出くわしてしまったのか……今となっては誰にも分からない。
ただ一つ確実なのは、リィが婦女暴行事件に関与していたということ。
リィはカイエに脅されていたのだろうか。
このことを誰かに喋ったら、次はお前がこうなるのだ、と。
いや……そこまでは考えすぎだろうか。
でも、とキリは頭を振った。
少女の強張った表情が目から焼きついて離れなかった。
「リィさん……」
確かめるようにもう一度つぶやく。
と、それに呼応するがごとく、間髪を入れずにイズミが叫んでいた。
「マルカ君っ!」
ハッと我に返ったキリがそこで目にしたのは、流れ出るようにして最上階を埋め尽くしていた記憶を全身で受け止めるマルカの姿であった。
それはもはや【器】とも呼べるものであった。
マルカの中に、全ての記憶が押し寄せるように流れ込む。
その反動でバタンと倒れ込んだマルカは硬いコンクリートの上でガクガクと痙攣し、遂にはその場で動かなくなった。
キリは驚いてその身体を揺り動かそうとしたが、イズミが片手で制止した。
「きっと、マルカ君の奪われた記憶でしょう。……それを全て、いっぺんに受け止めたから身体が拒否反応を起こしてしまったのでしょう」
「し、死んじゃったの……?」
「それは無いです。しばらくしたら目を覚ますでしょう。それまでそっとしておきましょう」
「うん……。でも、イズミさん……」
と、その時。ほとんど同じタイミングで、目の前のフードの人物もドサリとその場に倒れた。
キリとイズミはとっさに身構えて振り返り、眉を顰めた。
「どうやら水晶玉が本体だったようですね」
「操られてたってこと?」
「…………」
少し思案して、イズミはゆっくりと倒れている人物のフードを捲った。
- Re: 【新章:漆黒編】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.142 )
- 日時: 2015/08/29 21:16
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: DlcbEiJU)
フードの下から現れたのは、
「王子……!」
紛れも無い、アスカその人であった。
キリはマルカをイズミに預けると、素早く駆け寄ってアスカの身体を抱きかかえた。
まるで氷のように冷たい。
長い睫毛を伏せているその顔は、恐ろしいほど青白かった。
「アスカ、アスカ!!」
ぺちぺちと頬を叩くが、反応は無い。
ーーそんなこと、無い。
キリは心の中で叫んでいた。
まだ生きてる。アスカは……。
『ぎゃはははははははははははは』
いきなり、部屋中にけたたましい笑い声が響いた。
それは叫び声のようにも聞こえた。
『ぎゃはははははははははははははははははははははははははははははははは』
石造りの塔全体に、身の毛がよだつような笑い声が響く。
「ハノイか……!」
イズミがギリリと歯をくいしばった。
笑い声が止む気配は無い。
それどころか、塔全体が笑っているような錯覚に陥る。
「いっ、イズミっ……!」
リークの叫び声に、イズミはハッと息を飲んだ。
見ると、粉々に砕け散った水晶玉の破片からぬろぬろとした液体のようなものが流れ出していた。
液体は冷たいコンクリートの床を這って、一つの大きな塊になった。
それは、むくむくと人を形取ってゆき、艶やかな女性の姿になった。
緩いウェーブがかかった亜麻色の髪が地面すれすれまで伸びている。
薄い唇には薄いルージュが塗られている。その唇が、不自然なほど三日月型に歪んだ。
『キリ……イズミ……リーク……』
キリはゾッとした。
身体の芯から突き抜けるような恐怖。
誰も、何も言わない。否、声が出なかった。
『王子のお友達……うふふふふふふ』
ビリビリとした嫌な空気。
『彼奴の言った通りだ。その通りにナッタもの』
「……あいつ?」
『彼奴が言った。憎き国王の息子がやってくるって。そうダ、国王……アノ男のせいで私の計画は総崩レよ……憎いわ。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎イ』
「…………」
『だから、奴には痛い目にあってモラワナイト』
「ど、どういうことなのよ!」
堪らず、キリは叫んでいた。
アスカの身体を強く抱きしめる。
「なんで、ウェルリアの国王様をそんなに憎んでるの?」
キリの声は、暗い室内に響き渡った。
ふいに妙な沈黙が訪れた。
それから、カタカタと音が鳴り始め、その音が塔全体が揺れている音だと気付いたのは少ししてからだった。
『……なんで、憎いかッテ?』
それは、微かな声だった。
『なんでか。なんでなんでナンデナンデナンデナンデなんで? ナンデデショウ』
虚ろな目がすぅっと細くなる。
笑っていた。
「呪術師禁止令のせいか」
『んん?』
「……悪魔のために生贄の魂を集めていたのにウィルア国王のせいで生贄が公に集められなくなった。長らく摩天楼にこもって力を蓄えていたがその力も尽きかけ、近年、人を惑わせてその魂もしくは記憶を食べてその魔力を維持していた。……違いますか?」
『お前も呪術師か』
イズミを睨めつけるようにハノイの目が動いた。
『だったら分かるダロウ。大きな力、より大きな力が欲しい。塔の悪魔を解放すれば世界を支配出来ると言わレた。私はこの世の全てを統べる者になるべくして産まれタ。なのに、なのにアノ男は私の計画を邪魔シタ』
「だから国王様を……」
『これは呪術師と悪魔の報復ダ。アノ男は国王というただの飾りに過ぎないチッポケな男だ。私が負った痛みをアノ男にも知らしめてヤルノさ』
ハノイの顔が歪んでいく。
『だからそこのボウヤの身体は、ワタシが戴くんダヨ』
「だめえっ」
キリはとっさにアスカの身体を強く抱きしめた。
と、刹那アスカの身体がぶるりと震え、かと思うと、いきなりキリを突き飛ばしていた。
「何するのっ……!」
ーー瞬間。
閃光が迸った。
一瞬の出来事。
キリたちは、気を失った。
微かに聞こえたのは、『殺シテやる』と叫ぶ、聞きなれた少年の声であったーー。