複雑・ファジー小説

Re: 【新章:漆黒編】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.149 )
日時: 2015/10/01 19:11
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: GqvoTCxQ)

【最終章 黎明編】
〜〜第一話:咆哮〜〜

ああ……ああ。

バレてしまった。
実の妹に。
いや、そうに違い無い。
自分の正体が、バレた。
私が本物の王子では無いと。

バラされる……?
否、そうなる前にやるべきことは一つ。
《消さなければ》
無論、躊躇いはない。


ーー彼奴ユメノは、この寝室の中にいる。


目の前の固く閉ざされた扉を開こうと手を伸ばした所で、アスカはある人物に呼び止められた。
素早く振り返ると、メイド服を着た女性が洗濯カゴを抱えて微笑んでいた。
ユメノのお世話係、ウィンクであった。

「あら王子。相変わらず可愛らし……いいえ、素敵でいらっしゃいます」
「…………」
「ええと、王子? ユメノ様に何かご用で?」

そこでウィンクは、アスカが剣を手にしていることに気がついた。

「剣の修行ですか? とても熱心な…………」

そこまでだった。
次の瞬間、アスカは剣を素早く抜き去るとウィンクに向かって突き出した。

「っ……、王子…………?!」

それは、刹那の出来事。
ウィンクはすんでのところでかわすと、そのまま大きな悲鳴を上げていた。

悲鳴を聞きつけて、直ぐ城内をパトロールしていた数人の兵士たちがやって来た。
震えるウィンクを後手に庇うようにして、アスカの前に立ちはだかる。
そして剣を抜き、兵士たちは険しい顔つきでアスカをじっと見つめた。

「いくら王子様でも、女性に手を出すのは……。お父上が悲しみますぞ!」

アスカの口元がぴくりと痙攣した。

「お父上、か」

ひきつった笑い声を上げて、アスカが呟く。

「そうだな。……国王様は絶対だものな」
「……王子……?」

訝しげに首を傾げた兵士は、刹那耳をつん裂く程の甲高い悲鳴をあげていた。
アスカが手に持っていた剣を振り回した。
切っ先がひゅおっと空を切り、血飛沫が舞った。

「ぐっ……あ、あ……」
「なんで、お、王子……?!」

兵士たちは、今自分たちが置かれているこの状況を未だ理解出来ていなかった。
内、一人の兵士が腕を押さえ勢いよくその場に倒れ込んだ。
ーー突然の出来事。
アスカ以外、その場にいる誰もが茫然とするしかなかった。

そうしている間にも、呆気にとられた兵士たちは反撃虚しくアスカの手によって次々と倒されていく。

「はっ……な、なんで……。アスカ、様…………」

五人全員が折り重なるようにしてその場に倒れ込んだのをアスカは冷めた目で見下していた。
その視線が徐々に上がっていき、そこで顔面蒼白のウィンクと目があった。

「あ……」

恐ろしいものを見たような。そんな感覚。
ウィンクは全身に冷水を浴びたような衝撃を受けた。
無理矢理につばを飲み込むと、素早く扉を開けユメノの寝室に飛び込んだ。
そうして内側から鍵を掛けた。
心臓が早鐘のように鳴っている。


……どうしよう、どうすれば良いのだろう。
あれは、アスカ王子なの……?

先ほどの光景が蘇ってくる。

笑みを浮かべながら兵士を斬っていく王子。
しかしその笑みは決して優しいものではなく、とても冷たかった。

一体アスカ王子の身に、何が……?

ウィンクは扉を背にして思わず呟いた。

ふと、前方に気配を感じて彼女は顔を上げた。

Re: 【最終章突入!】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.150 )
日時: 2015/09/30 12:10
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: iGp9Ir2k)



ユメノが真っ青な顔をして立ち尽くしていた。

「ウィンク……ウィンク」
「……ユメノ様」
「あ、兄上が、兄上じゃないのだあ……」

目にいっぱいの涙を溜め、ドレスをギュッと握りしめる姿にウィンクは思わず彼女を抱き締めたい衝動に駆られた。
それを抑えきれずに、ウィンクはユメノを思いっきり抱き締めた。

「ユメノ様。落ち着いてください」
「う……ウィンク……」
「大丈夫です、大丈夫……」

言いながら、ウィンクは計り知れない不安を抱いていた。

どうしよう。どうすればいいんだろう。
こんな時、あの子ならどうするだろう……


「助けて……イズミ……」

++++++++++++++++

「…………?」
「どうしたの? イズミさん」
「いえ、誰かに呼ばれたような気がして」
「怖いこと言わないでよう」

キリはイズミの言葉に自分の腕を抱いてぶるりと身体を身体を震わせると、恐怖をごまかすために口元に笑みを浮かべた。

「で、イズミさん。久々のウェルリア城だけどさ」

キリたちが目指す目と鼻の先には湖の真ん中に堂々とそびえ立つウェルリア城の姿があった。


Re: 【最終章突入!】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.151 )
日時: 2015/10/13 13:42
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: zPsmKR8O)

いつもは青い湖面が鏡のように城を映し出しているのだが、ちょうど今の時間帯は湖の水かさが減り、陸地から城門へと続く白い道が露わになっていた。
イズミはそれらを眺め、フッと嘲笑した。

「まあ、僕にとっては数週間ぶりなんですけどね」
「……あ、そっか」
「なんたって半年間牢屋にとっ捕まってたもんなあ、イズミくぅん」
「それ、嬉しそうな顔して言う台詞じゃないですよ、リーク君」
「へんっ」

リークが、してやったりと鼻をすする。

「え……イズミって何か悪いことでもしたのか?」

キリの隣りにいたマルカが震えた声で呟いた。

「ああ……」
「えーっと……」

キリとイズミは互いに顔を見合わせて、それから一呼吸置いて流れるように答える。

「ホラ。人間、生きていたら色々あるものですよ」
「それよりマルカっ、ね、身体大丈夫なの?」

キリに聞かれて、マルカはこめかみを押さえた。

「ん……まだ記憶を取り戻した反動が辛いけど……それでもボクは、自分の手で区切りを付けたいんだ」
「マルカ……」
「……そうだよ。ハノイの野郎っ……。親方と母さんを……よくも……」
「…………」

強く握りしめられた掌には、くっきりと爪の跡が残っていた。
キリは何か言わないと、と口を開いた。
その時だった。

突如として城の方角から大きな咆哮が聞こえた。

Re: 【最終章突入】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.152 )
日時: 2015/10/03 00:02
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: brdCxKVT)



『うおおお……ぉおんん』

巨大な身体をした男性が呻き声を上げている。
否、それは人の声では無くーー。


「これは……」
「城で何かあったんだ」

イズミとリークが顔を見合わせた。
お互い眉間に皺を寄せ、険しい顔つきになっている。

「城内で緊急事態が起こった時の非常サイレンだ」

眉根を寄せてかすれた声でそう告げると、リークは地を蹴って割れた湖の道に降り立った。

「何ボサッとしてんだ。非常事態だ! 行くぞ!」
「おお。いつものリーク君からは考えられないほどのやる気っぷりですね」
「んな軽口叩いてる場合じゃねえんだ! イズミ、城内でヤバいことが起こってんだぞ!」
「分かってます……って!」

一行はリークを先頭に駆け出した。
城に近づくにつれてサイレンの音が大きくなる。
それは、泣き叫ぶ女の声のようにも思えた。

「なりふり構ってらんねえ。正面突破すんぞ」

切羽詰まったリークの声が前方から風に流されて絶え絶えに聞こえる。
キリたちは頷いた。
眼前には城門が迫っていた。

Re: 【最終章】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.153 )
日時: 2015/10/03 18:28
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: h48H16n5)


キリたちが城を目指す様子は、ウェルリア城の門兵たちから良く見えていた。
彼らは城門の前で槍を構えて待機していた。
無断で湖の道を渡り、強行突破しようと駆けてくるキリたちを咎めようと門兵の一人が口を開いたところで、その表情は一瞬にして呆気にとられたものになった。

「あれ、リークじゃんかよ」

私服姿で肩を上下して息を荒げているリークに、門兵は言った。

「お前、ここ数日有給使って街に出てたんだっけ?」
「そーだよ。悪ぃか」
「ハハッ。で? そんな血相変えて飛び込んできて、どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもお前、非常事態なんだろ?!」
「ああ、サイレンは鳴っている。けどな……」

門兵はカリカリと頭をかくと、隣の門兵と困ったように視線を交わし合った。

「俺たち、何も聞いてないんだ。さっきいきなりサイレンが鳴り始めて……」
「それで、中の様子を知りたいんだけれども、オレたちはここで侵入者がいないか見張ってないといけないから動きたくても動けねぇんだよ」
「……そりゃそうだ」
「で、リークはサイレンを聞いて帰って来たのか?」
「ん? ああ、そうだ。嫌な予感がすんだ……もしかすると、オレたち兵士じゃ太刀打ち出来ないかもしれない……」
「何弱気な発言してんだ。リークらしくねえ」
「…………」

リークの顔がみるみる青ざめていく。
門兵たちは流石にリークの様子に、不安げにその顔を覗き込んだ。
と、

「アスカ王子が来ませんでしたか?」

その場の空気を一掃するように鋭い声が門兵たちに投げられた。

門兵の一人が、あっ、と声を上げた。

Re: 【最終章】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.154 )
日時: 2015/10/04 22:09
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: eR9v1L6x)


「いっ……イズミっ……?!」
「なんでお前がここに……」
「気づくのが遅すぎますよ。最初から此処ここにいました。相変わらず視野が狭いですねえ」
「リークが何人かと一緒にこっちに向かって来てるなあ、とは思っていたが……。なんでリークがイズミと一緒に……?!」
「いっ、色々あったんだ」

リークが苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「それで? アスカ王子は帰って来たんですか?」
「へっ。なんでお前にそんなこと教えなくちゃなんねえんだよ」
「そうだそうだ! 城から逃げ出したクセに」
「しかも泣きながらなっ!」
「へんっ。ヨハン先生のお気に入りだか何だか知らないけどよ、逃げ出すなんて男が廃るぜ」
「ママのところにでも、逃げ帰ってたのかな〜?」
「ハハハッ!」

門兵たちは揃ってイズミを一蹴する。
イズミの拳に、人知れず力が込められた。
キリとマルカはその様子を不安げに見守るしかない。

……と。

瞬間、イズミがサッと歩を進めた。
門兵二人が身構える隙なく、イズミはその内の一人を、閉じた城門の隅まで追い詰めた。
そして、そのまま両手を壁にドンッと突き門兵の逃げ道を塞いだ。

Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.155 )
日時: 2015/10/06 06:54
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: LIwDSqUz)

「門兵さん」

吐息がかかるくらいの距離感で、イズミがささやく。

「僕のこと、嫌いですか?」
「はあっ……?!」

慣れない顔の近さに、気が動転して言葉が出てこない。

「悲しいです。少しの間だけでも共に苦楽を共にした仲なのに」
「そっんな、こと、した覚えねえよ!」
「ウェルリア城が……どうなっても良いんですか?」
「……何言ってんだよ」
「だから、教えてください。アスカ王子のこと」
「んなっ……」
「ね?」

すぐ目の前に、イズミの端正な顔が迫っている。

やはり綺麗な顔をしている……。
いや……綺麗だけれど、相手は男だぞ……。
というかこの状況は何だ……。
こ、怖い……。

緊張からガタガタと震える門兵と、追い詰めるようにして覆い被さっているイズミをはたから眺めながら、キリは思わずつぶやいていた。

「イズミさん……怒ってるな」

隣でマルカが、え? と首をかしげる。

「あれ怒ってんのか?」
「うん。かなり」
「……意外と短気なんだな」

外野が呆れる中、門兵が遂にを上げた。
力一杯イズミの胸板を押し返し、イズミから逃れると、ぶはぁ、と止めていた息を吐き出した。

「ギブギブ、ギブアップ……!」

床に這いつくばり悲痛な声を上げる門兵を見下し、イズミがクスリと笑う。

「天下のウェルリア兵さんも、こんなもんですか」
「いっ、いい、言うよ。アスカ王子はな、今朝、無事に帰還された」
「…………!」

一瞬にして、空気が凍りつく。

「で? アスカ王子は今どこに?」
「ぐわっ……イズミもうこれ以上近づくなよ……」
「門を開けてくださいっ。ウェルリア城がどうなっても良いんですか?!」
「何が何だか分からないんだが……」
「お願いだ。俺からも頼むよ」

そう言ったのは、リークだった。
いつもとは打って変わって神妙な顔つきのリークに、門兵は黙りこくって首を振った。

Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.156 )
日時: 2015/10/07 17:25
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 5J8asoW6)

「……何が何だかさっぱりなんだけど……」
「お願いだ。城が大変なんだよ!」
「……全く。見張り役が聞いて呆れるよな」

ギギギ……と錆びれた音を立てて、身長の三倍も四倍もある城門が開いた。

「緊急事態ーーま、そういうわけで、だ。……ハイッ。俺たちはさっきまでのことは一切忘れたし、お前らの企みのことも何も知らん」
「けどな。あとでヨハン先生に何を言われても、お前のせいだからな、リーク」

城門を足早にくぐりながら、リークが片手を挙げる。

「なんか矛盾してる気もすっけど……。おう、サンキュー。お前らは見張りの手を抜くなよっ!」
「侵入者ヅラしたお前に言われたくねえ!」
「へへっ、そりゃそーだ」

ニカッと笑うとリークはそのまま城内へと吸い込まれるようにして消えた。

Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.157 )
日時: 2015/10/19 22:18
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 3TJo5.cx)

「……良かったのか?」

一行が去ったあとで、門兵の一人が重たい口を開いた。

「何がだ?」
「簡単に城門を開けて。……リークは同じウェルリア兵士の仲間だとして、だ。残りの奴らは得体の知れない奴らだぞ」
「だけどリークが一緒にいた」
「…………」
「理由はそれだけで充分だろ」

しばらくして、先に口火を切った門兵がため息をつく。

「まあ、あの偏屈リークが行動を共にする奴らだもんな。……ハア。オレ知ーらねっと」

しばらく沈黙が続き、片方の門兵がつぶやくように言った。

「同期のフィアルがいなくなってから、何処となく暗かったもんな、リーク」
「……そうだな……」
「あの訓練バカが有給なんか使って街に行ってたって、やっぱり、フィアルを捜しに……」
「その件に関して、余計な詮索はノーだよ」
「ああ。分かってる」
「国側がフィアルの存在を葬ろうとしている。そんなタブーに自ら飛び込んでって今の地位を無くすことの方がバカだろ」
「ああ……」

ため息を吐いて、湖が満ちていく様子をぼんやりと眺めながら門兵はつぶやく。

「……奴は最初っから、バカだ」

緊急のサイレンは止むことなく、ウェルリア城の周辺を揺るがすのであった。