複雑・ファジー小説
- Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.158 )
- 日時: 2015/10/10 12:07
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: gJZglt4F)
【最終章 黎明編】
〜〜第二話:亡者〜〜
血の匂いが強くなってきた。
キリたちは鼻を覆い、口で息をしながら進んでいった。
城内はまるで死んだように静まり返っていた。
イズミは左手で鼻と口を塞ぎその下でボソリとつぶやいた。
「静かすぎる……ウェルリア兵たちは何しているんだ……」
眉根を寄せて、廊下の先を睨みつける。
どうしてもその先に生きている人間の気配を感じ得ることが出来なかった。
「早く国王様のところに!」
リークが叫ぶ。
イズミは間髪入れずに答えた。
「そのことに関しては心配ありません」
「は……?」
虚をつかれたようにリークが目を丸くする。
「ひとまず、アスカ王子を捜しましょう」
イズミの言葉に、一行は廊下の奥へ奥へと進んでいく。
赤い毛氈が敷かれた廊下の両側には白い石像や胸像が飾られていた。
しかし、それらの置物は廊下の奥へと進んでいく毎に片耳が削がれた石像や右半分が破壊された胸像が目立つようになり、廊下には白い石灰の塊がバラバラと砕け散っていた。
それらを踏み越え、廊下の角に差し掛かったところでキリは反射的に声を上げていた。
「イヤッ……!」
体全体が拒絶していた。
その光景は。
廊下の至る所に肉塊の山が築かれていた。
一面埋め尽くすようにして重なり倒れる兵士の姿——辺りには大量の血が流れていた。
まさに地獄絵図。
キリたちは蒸せ返るような生臭い匂いに顔を顰めながら、ただただその光景に圧倒されるしか他なかった。
その中で冷静に現状を整理していたイズミは、その中に息がある者がいないか捜して直ぐに見知った顔を見つけた。
「ヨハン先生っ……!」
- Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.159 )
- 日時: 2015/10/11 18:59
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: gJZglt4F)
イズミは恩師の名前を叫ぶとそのまま血溜まりに突っ伏していたヨハンを抱きかかえた。
「先生、どうされたんです?!」
イズミの腕の中でヨハンが閉じていた瞳を薄く開く。
「イズミ、か……? まさか。ああ——私はもう少しで死ぬのか」
「幻じゃありません。イズミです。先生、何があったんです……?!」
「…………ああ」
視点の定まっていない瞳を彷徨わせて、ヨハンが苦しそうに言葉を続ける。
「あれは、悪魔だ」
「…………?!」
「人の皮を被った悪魔だ……」
「先生、先生?!」
「我々の剣では、太刀打ち出来ん……魔術、が……」
震える唇をなんとか動かし、何かを伝えようとイズミに向かって手を伸ばす。
イズミは血に塗れたその手をを強く握りしめると浅い呼吸ののち矢庭に叫んだ。
「先生っ、すぐに医療班を呼んできます——リーク君っ……!」
「あたっ……と、おお……」
突然名前を呼ばれ、リークが態勢を立て直す。
しかし、ヨハンが小さく頭を振った。
「ああ……大丈夫だよ」
「え?」
- Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.160 )
- 日時: 2015/10/12 20:57
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: gJZglt4F)
「もう呼んである」
「……そう、ですか……」
一応は安堵の息を漏らすがここで足を止める訳にもいかない。
「見つけたぞ! ハノイ!」
出し抜けにマルカが叫んだ。
一行は弾かれたようにハッと顔を上げた。
その目にマルカが駆けてゆく姿が映った。
「待って、マルカ……!」
一人じゃ絶対に死んでしまう……!
キリもマルカの後を追って廊下を全速力で走り出した。
一瞬にして辺りは緊迫感に包まれた。
イズミは唇を噛み締めた。
腰を浮かせるとヨハンの顔を覗き込んだ。
「先生、僕行ってきます」
「………………」
もう返事は無かった。
イズミはヨハンの冷たい手を両手で握り締めるとしばらく彼の顔をじっと見つめた。
それから側にいたリークに顔を向けると、やっとのことで聞こえる声量で告げた。
「……すみませんリーク君。先生のこと、頼んでも良いですか」
「…………ああ。任せとけ」
リークの返事は掠れてはいたが、己に託されたものの重さをしっかりと受け止めていた。
イズミはその瞳を真っ直ぐに見つめ返すと大きく頷いた。
「信じてますからね」
「………………は、あ?」
去り際に放たれたイズミの言葉に、リークは思わず口許を拭った。
「……あンの、人たらし……」
廊下はますます血の匂いで満たされていった。
吐き気を堪えて救護班を待っていたリークは朦朧とする意識の中、確かに救いの声を聞いた。
- Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.161 )
- 日時: 2015/10/29 18:27
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: H65tOJ4Z)
+++++++++++
「待ちやがれ……! ハノイっ……!」
息を荒げ、廊下の角を曲がる。
前方に見えた影に飛びかかろうと構えたマルカの肩を、誰かがぐいっと掴んだ。
すんでの所で追いついたイズミであった。
「待ってくださいマルカ君。冷静になってください」
「冷静になれるかってんだよ…!」
「よく見渡してみてください。周りを」
イズミの声に促され渋々辺りを見回したマルカは瞬間、息を飲んだ。
それは地獄の光景だった。
砕け散った電球の下、返り血を浴びて彼は立っていた。
傍らには折り重なった兵士たちが山のように積み上げられていた。
剣を手に携えて佇むアスカの背後にはどす黒い闇が大きな口を開けていた。
「ひっ……」
思わずマルカは喉をひきつらせた。
足がもつれてしまい、イズミに両肩を支えられた。
顔が強張って上手く言葉が出てこない。
「怖い……。ね、もうやめてよアスカ……」
そこでポツリと呟いたのはキリだった。
イズミやマルカと同じく青ざめた顔色をしているが、その瞳は確かにアスカをしっかり見すえていた。
「キリさん、奴はアスカ王子じゃありません」
イズミはそう言ってから、グッと眉間に皺を寄せた。
ああ、それでも目の前にいるこの人は……。
刹那、その一切を意に介さずアスカが踵を返した。
背中を向けて廊下の奥へと歩を進める。
国王の元へ向かおうとしているのだ。
「っ……行かせませんよ……!」
イズミはとっさに足許に転がっていた兵士の剣を素早く掴み取った。
柄を握るとべっとりと乾きかけの血がイズミの手のひらに付着した。
- Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.162 )
- 日時: 2015/10/14 23:50
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: gJZglt4F)
——気にしてられるかっ。
イズミは前方に歩くアスカを咎めた。
「これでも元ウェルリア兵士Sクラスっ。王子であろうと何であろうと国王様を殺そうとする者には、容赦しませんよ……!」
背中から斬りかかろうとして、イズミは顔を顰めた。
アスカが振り向いた。
まるでスローモーションを見ているかのようだった。
その顔には先ほど浴びたばかりの鮮血が飛び散っていた。
じわりと脇腹から血が滲む。
イズミは腹を一突きされ、その場に崩れるようにして倒れこんだ。
「イズミさんっ…………!」
絶叫が木霊す。
名前を呼び、キリは大量の涙を浮かべてアスカを見た。
「酷いよっ……」
紅い宝石がはめ込まれた短剣を手にとり、アスカに向ける。
「酷いよっ!」
けれども、決して睨みつけはせず——。
キリは唇を噛み締めた。
短剣を握りしめた手がガクガク震えていた。
なんでこんなことになっているのか、キリには全く理解が出来なかった。否——自分のこの現状でさえ、飲み込めていなかった。
どうして? なんでこうなってるの?
全ては呪いのせい——そうだ、悪魔に取り憑かれているんだ。
それで?
私に何が出来る?
キリはそこでハッとした。
己の無力さを。
自分に出来ることはただ一つ……
彼を信じて待つことだけだ。
「…………」
……なんだけれど。
そう言おうとしたのだけれど。
キリの唇はカサカサに乾き切っていた。
- Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.163 )
- 日時: 2015/10/15 19:50
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: M0NJoEak)
アスカはしばらく無表情のままキリを見つめていたのだが、つい、と身を翻して再び歩き始めた。
国王の元へ向かって——その足が瞬間、何者かにグイと引っ掴まれた。
蔑んだ眼差しを足元に向けたアスカは、瞬間大きく顔を歪めた。
傷口を押さえ倒れこんでいたイズミがもう片方の手でアスカの足を必死で掴んでいた。
アスカはそれを一瞥すると、フッと軽く息を漏らし——
直後。
『ガッ——』
イズミの頭を強く踏みつけた。
そのまま剣を左手に持ち直すとそのまま悠然と歩いていってしまった。
「ま、待てっ!」
マルカが弾かれたように駆け出した。
キリはマルカを呼び止めようと手を伸ばしたが、マルカはそのまま振り向くことなくアスカの後を追いかけていってしまった。
キリはその後を追いかけようとはしなかった。
それよりも——。
「イズミさんっ!」
キリは大声を上げてイズミに駆け寄った。
アスカに蹴られた側頭部には薄く血が滲んでいた。
キリは躊躇無く自分のスカートの一部を噛みちぎって、その布を怪我した部分に当てがった。
黒い布にみるみる血が染み込んでゆく。
「キリさん……」
イズミはキリの名前を呼んだ。
その間もじわりじわりと血は滲んでいた。
うつ伏せのまま、振り絞るようにキリに告げる。
「早く……アスカ王子を追いかけてください」
「ダメだよ。動いちゃダメ、イズミさん」
「僕は大丈夫です。さあ、早く……」
「分かってるっ」
唇を噛み締めキリは立ち上がった。
「動いちゃダメだからね!」
振り向きざまにピシャリと言い放ったキリは、
「すぐにここにも人を呼んでくるからっ」
そう続けると、ボロボロになったスカートを翻して駆け出した。
「はい……」
キリの足音に耳を傾けながら、イズミは小さく頷いた。
それから暫くした後、ふう、と浅い息を吐いた。
頭の怪我もそうだが、不意打ちを食らった脇腹からは尋常じゃない程の血が流れ出していた。
寒い……。
真冬でも無いのに歯がガチガチと鳴っていた。
浅い呼吸を繰り返しながら、イズミは不味ったな、とぼんやりとした意識の中で呟いた。
- Re: 【毎日更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.164 )
- 日時: 2015/10/16 21:27
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: nA9aoCfQ)
予想外の攻撃を喰らいこの状況下、おまけに出血過多なのだとぼんやりと考えていたイズミの震えは止まらなかった。
寒い……寒い……。
俺はこのまま凍え死んでしまうんじゃ……。
唇はすでに紫色に変色していた。
なのに、腹部の傷口は酷く熱い。
イズミは空気を求める金魚のごとく口を動かした。
「カノン……まだ、待っててくれないか……まだ死ぬわけには、いかない……んだ」
霞んでゆく意識の中で、赤い服に身を包んだ彼女が確かに微笑んだ気がした。