複雑・ファジー小説
- Re: 【最終章】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.165 )
- 日時: 2015/10/18 21:01
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: kDko/hPR)
【最終章 黎明編】
〜〜第三話:報復〜〜
血の雫を滴らせながら剣を引きずって歩いてゆく。
ズズズ…ズズズ…と金属が床に擦れる音が廊下に木霊す。
彼の瞳は目の前の扉を真っ直ぐ捉えていた。
それはこれまでのどの物とも違う金の装飾品で縁取られた絢爛たる扉で、ここが王の間であることを語っていた。
アスカは虚ろな眼をスッと細めおもむろに剣を鞘に収めた。
「…………」
しばらく扉の前に立ち尽くしていたアスカは、血に濡れたマントを大きく翻しその両扉を開けた。
ガコンと音がして、重たい扉が開かれる。
扉の向こうには『奴』が待っている。
殺したいほどに憎んだ、この国の王が——
「死ねえええぇ!」
開くやいなや剣を握り締め、大声を上げて飛び出していった王室の中には、しかしながら国王の姿は無かった。
——そんなはずは無い。
アスカは荒い呼吸のまま辺りを見回した。
先ほどメイドたちの話を盗み聞きして、確かにここに国王がいると聞いたはずなのに。
「待っておったぞ、ハノイ」
「誰だ!」
不意を突かれた。
アスカの。否、ハノイの鋭い声が部屋全体に響き渡る。
「誰だっ。どこにいる!?」
「ここじゃ」
ハッと部屋の奥を見ると、いた。
いつの間に現れたのか。
玉座の前に2人の人物が静かに佇んでいた。
- Re: 【最終章】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.166 )
- 日時: 2015/10/19 22:10
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 3TJo5.cx)
ルルーヴ村神父ミナトと呪術師ジュリアーティであった。
イズミから連絡を受け、悪魔を待ち伏せしていたのだ。
『……国王はどこだ』
「すでに遠く離れた場所に匿われておる」
『ワタシの邪魔をするな』
ハノイは苦々しげにそう言ってジュリアーティを睨みつけた。
『王はどこだ』
「…………ハノイ。お前さんは呪術師としてやってはいけない禁忌を起こした」
『フンッ』
鼻を鳴らしてハノイは蔑んだ瞳を2人に向けた。
『悪魔と契約したことか? ワタシは世界を統べるモノになるのだ』
「お前さんは悪魔に騙されておるんじゃよ。全てはこの世を滅ぼすために悪魔が仕向けたことなんじゃ」
『チガウ』
「国王を殺しても、この地は支配できん。国王の息子の身体を借りてその親を亡き者にしようとするとは、どこまでもバカな女じゃ」
『——フッ。何を言うか』
ハノイは高笑いすると両手を勢いよく広げた。
『此奴は頭の隅では父親を殺したいと願っておった。そんな健気で一途な思いを叶えてやろうとしただけであろう』
狂ったように笑い続けるハノイを静かな面持ちで見つめていたジュリアーティは、しばらくしてその重たい口を開いた。
「それは、誰に聞いたんじゃ」
『——ん?』
「其奴が国王の息子であると」
睨めつけるように視線を送るジュリアーティに、ハノイはニイッと口の端を吊り上げた。
己の人差し指を三日月型に歪めた唇に押し当てると囁くように答えた。
- Re: 【最終章】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.167 )
- 日時: 2015/10/20 22:43
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 16H8oI1w)
『それは教えられない』
「なら、もうお前さんに用はない。消えてもらおう」
ジュリアーティがそう言うや否や、隣で神父が服の袂からロザリオを取り出した。
素早く十字架の印を結んで、ロザリオをハノイに向ける。
「われは天地の創造主、全能の父なる天主を信じ、またその御ひとり子我らの主はすなわち聖霊によりて宿る。……悪魔よ、消え去れ!」
さあっと王室に光が射し込んだ。
ステンドグラスから赤や緑の光が幾重にも線となって室内に降り注ぐ。
続いてハノイが大きく唸き声をあげた。
——しかし。
「…………っ!」
ハノイが不敵な笑みを浮かべてその場に突っ立っていた。
『ワタシにそのような呪文は効かないぞ』
「ああ……」
大方、予想はしていた。
何せ相手は元々は高度な呪術師だったのだ。いくら悪魔と契約したとはいえ、悪魔祓いがそう簡単に成功すると思ってはいなかった。
しかし、そうなると残る手段は……。
神父が口を開いた瞬間、扉が大きく開く音がした。
バタンと両扉が開かれ駆けつけたのは果たして。
「あれっ、神父さんにお婆ちゃん?!」
——キリとマルカだった。
キリは予想外の人物にキョトンと拍子抜けした表情をしていたが、すぐにキッと目的の人物を睨めつけて鋭く告げた。
「アスカを返して」
- Re: 【最終章】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.168 )
- 日時: 2015/10/23 20:52
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 3TJo5.cx)
ハノイは鼻で笑って答えた。
『いいだろう。この手で奴を葬ったらな』
「…………」
『ところで——』
ハノイはゆっくりとキリの隣に視線を移した。
『久しぶりだなあ。マルカ』
その言葉にマルカは、キリの横でびくりと身体を震わせた。
その表情は険しいままだ。
『ワタシから隠れていたと思ったら。自ら飛び込んできたか』
「お前ッ……親方と母さんをよくも……!」
『敵討ちか。アハハハハハッ』
小さな身体を仰け反らせて、ハノイが高らかに笑う。
マルカはついカッとなって叫んだ。
「何がおかしい!」
『そもそも、ワタシの言うことを聞かない彼奴らが悪いんだ』
「だからって……殺すことはないだろ」
『奴らは死と等しいことをしでかしたんだ。当たり前だろう』
「そんなことっ……」
「…………なんでなの?」
思わずキリの口から零れた言葉は、素直な疑問であった。
「村の人たちから慕われるほどの……貴女のような人が、なんでこんな……」
『ワタシほどの呪術師は、あのような小っぽけな村にとどまる器ではないのだ』
「悪魔に惑わされてしまったの?」
『小娘に何が分かるッ!』
瞬間、ハノイは隠し持ってた短剣をキリに投げつけた。
鋭く風を切る音がして、キリの頬から血が飛んだ。
すんでのところで躱したので、深い傷は負わなかったがしかし頬には一文字の傷がついた。
それでもキリは微動だにしなかった。アスカの姿形をした悪魔に鋭い眼光を向け、その場でじっと耐えていた。
しばらく、場は膠着状態にあった。一歩でも動いた方が負けだと言わんばかりの緊張感に包まれていた。
それからしばらくして、
「……膏火自煎か」
ジュリアーティがポツリと呟いた。
- Re: 【10/23*更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.169 )
- 日時: 2015/10/26 00:21
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: sx1WyhbK)
「才能ある呪術師めが……馬鹿な奴じゃ」
「コウカジセン?」
聞きなれない言葉にキリは首を傾げ、神父がくすりと笑って教えてくれた。
「『膏火自煎』とは、財産や才能などがあることで、かえって災いを招く例えである。あぶらや火は燃やすと明るくなり、その力を発揮するが、そのために自らを焼いて燃え尽きてしまうところからきているんだよ」
「へええー」
「これでまた一つ賢くなったね、キリ君」
「えへへへ」
キリは恥ずかしそうに頭をかいて、言った。
「そうだ……神父さん」
「なんだい?」
「やっぱり神父さんは悪い人じゃなかった。神父さんのせいじゃなかったんだよね」
澄んだ眼差しに微笑み返して、神父が静かな微笑みをたたえた。
「……真実が見えたんだね」
「ごめんね」
「いや。信じてくれてありがとう」
「えへへ……」
居心地悪そうに笑みを浮かべて、
「うん。……それで、これからどうするかだよね」
ハノイを強く睨みつけた。