複雑・ファジー小説
- 参照5500ありがとうございます(*^^*) ( No.170 )
- 日時: 2015/10/29 18:42
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: H65tOJ4Z)
【最終章 黎明編】
〜〜第四話:王様〜〜
アスカの姿をした悪魔が、唇を歪めてこちらを見ている。
そのまま悠然とこちらへ近づいてくる悪魔を前に、キリたちは素早く身構えた。
短剣を握る手がカタカタと震えているが、自分でも抑えることは出来なかった。
『————なあ』
はっと息を飲んだ直後、キリはしまったと口にしていた。
アスカがマルカの首を勢いよく掴んで締め上げ、鋭い目つきでこちらを威圧していた。
『——国王はどこだ』
「マルカを離してっ……!」
『答えなければ此奴を消す』
マルカの喉を締め付けていた指に、急激に力が込められる。
ぐっとえづいてマルカは息を詰めた。
「やめてっ!」
キリは悲痛な声を上げた。
アスカの顔がぐにゃりと歪む。
『どのみち生贄になって死んでいた者だ。ここで消えても変わりはない』
「でもマルカは生きてる! 殺しちゃダメだよ!」
『鬱陶しい奴だ』
「っ……マルカを離してっ!」
キリはそう言うやいなや、地面を蹴り上げ素早くアスカに駆け寄った。
マルカの喉を締め付けているその両の腕を捕らえ、両手を使って力一杯引き剥がす。
アスカは不意を突かれた表情をキリに向けた。
『何をするっ……!』
「離して、って、言ってるっ……でしょっ!」
『邪魔をっ……するな!』
腕を振り払った反動で、アスカとキリはそのままもんどり打って倒れ込んだ。
アスカから解放されたマルカはがはごほと咳き込み、崩れ落ちるようにしてその場に伏した。
マルカ、と名前を叫んですぐに神父が駆けつける。
マルカは胸元を抑えながらも大丈夫だと掠れた声で告げた。
「それよりも……キリが……」
- 参照5555ありがとうございます…! ( No.171 )
- 日時: 2015/11/05 16:45
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: qiUm6b63)
キリは反動で床に叩きつけられ、しばらく動かなかった。
アスカの身体を借りた悪魔も、吹っ飛ばされた後キリに覆い被さる形で倒れ込み、そのまま微動だにしなかった。
マルカは顔を引きつらせてキリとアスカの行く末を見守っていた。しかし、神父とジュリアーティは何もせずにただじっと立ち尽くすだけであった。
相手の出方を伺っているのか——ピリピリとした異様な空気が室内を包み込んだ。
「ん…………」
程なくしてキリが呻き声を上げながら起き上がった。
上半身を起こすと、身体の上にアスカが寄りかかっていた。彼は未だ目覚めずぐったりとしていた。
キリは一瞬こわばった表情を作って見せたが、しばらくアスカの寝顔を見つめて、何故だか困ったように眉根を寄せ微笑した。
冷え切った右手で彼の頬を撫ぜて————
そして、それは一瞬の出来事だった。
アスカが目を覚ました。
と、辺りに転がっていたキリの短剣を掴んでそのまま勢いよくキリを押し倒し、アスカは短剣を構えたまま鋭い視線を落とした。
『残念だったな』
強く押さえつけられた肩が床に打ち付けられて悲鳴を上げている。
『お前から先に殺してやる』
アスカの身体を借りた悪魔が大きく顔を歪めた。
キリは汗で張り付いた前髪を振り払うためにも大きく首を振った。
アスカの顔がすぐ眼前まで迫っていた。
『抵抗したって無駄だ』
言うや否や、高く掲げていた短剣を勢いよく振り下ろした。
ヒュッ————と空を切り裂く音がして、マルカは思わず声にならない声を上げていた。
- Re: 【11/5*更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.172 )
- 日時: 2015/12/03 20:43
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Ib5HX0ru)
『何っ…………?!』
「…………っ。……?」
キリは、強く瞑っていた目を薄っすら開けてみた。
アスカの振り下ろした剣の切っ先が眼前で鋭く光っていた。
しかし——
それはそのままキリに突き立てられることはなかった。
『な……んで…………ダっ!』
「っ?!」
キリは大きな瞳を更に見開いた。
剣を振りかざすアスカの左手は、己の右手に阻まれていたのだ。
指が食い込むほどに強く己の腕を握り締め、その両手はぶるぶると震えていた。
(…………キリ)
声がする。
キリはハッと息を止めた。
誰……? この声は、どこから……?
『なんだっ……この手、は……!』
「——アスカ?」
『ぐっ。邪魔っ…………だっ……!』
振り絞るように叫び声を上げ、アスカの姿をした悪魔は、言うことを聞かない腕をなおも振り解こうと必死になっていた。
(……キリ)
また聞こえた。
(キリ————)
優しい少年の声。
だけど、
——アスカじゃない。
誰か、別の声。
「誰なの…………?」
瞬間——
目の前が真っ白になった。
遠のく意識の中で、悪魔のつん裂くような咆哮が聞こえた。
『貴様、キサマっ——』
絶叫の中で、確かに悪魔の声を聞いた。
『っ……ファーン家の、者、か……ッ!』
それはいつまでも頭の中で木霊し、
キリの頭の片隅に深く深く刻み込まれたのだった。
- Re: 【11/26*更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.173 )
- 日時: 2015/12/03 20:42
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: Ib5HX0ru)
+++++++++++
柔らかな陽射しが差し込む窓辺で、彼はふうと小さなため息をついた。
そこは、ウェルリア城内の一室であった。
白いシーツに横たわっていると、瞼が重たくなってくる。
包帯を巻いた頭と上半身の傷が未だ疼くが、幸い重症には至らなかった。
どうやら回復も早そうで、これもユメノ皇女のお世話係であるウィンクがつきっきりで看病してくれたお陰であろう。
「イズミさん……大丈夫?」
そこへひょっこりと顔を出したのはキリであった。どうやらイズミの容態を案じてやって来たらしかった。
「……おかげ様で。まだ死ぬわけにはいきませんよ」
「よかった」
「キリさんも、大丈夫ですか?」
「うん」
頷いて。
少し間を置いてから、キリは改めて、
「……うん」
頷いた。
何事かを思案していた。
「————それで、アスカ王子は?」
「まだ眠ってるよ」
「そうですか」
イズミは続けようとして、ぐっと口をつぐんだ。
ああ——忘れていた。
「イズミ〜。言われたもの、持ってきたよ」
ガチャリ——とドアノブを回して入ってきたのは、マルカ=ヴィクトリカその人であった。
相変わらず硬くてバシバシした髪の毛をてっぺんで一つくくりにして、竹箒のように広がっているそれを揺らして近づいてきた。
手には銀のお盆、その上には白いティーポットが乗っかっていた。
「あ…………」
マルカはキリの姿を見るや否や、思わずくるりと踵を返した。
「ご、ごめん。邪魔…したよな」
「マルカ君」
立ち去ろうとするマルカを、イズミが引き止めた。
マルカはうつむいたまま、ベッドのそばまでやって来て、傍らの小さな丸テーブルに静かにティーポットを置いた。
キリはマルカに声をかけようとして、思わず躊躇ってしまった。
(なんて、声をかけるべきなんだろう)
女の子だと思っていたのに、実は男の子で。
マルカはマルカなんだけど……。まるで別人のように思えてならなかった。
戸惑うキリの様子に、イズミが笑顔を浮かべて話題を振った。
「キリさん」
「な、何?」
「先ほどマルカ君から、『非常に興味深い話』を聞いたんですよ」
「キョーミブカイ話……?」
「ねえ。話してもらえますか?」
イズミが前髪をさらりと流して首をかしげる。
マルカはこくりと頷いた。
- Re: 【11/30*更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.174 )
- 日時: 2015/12/02 20:26
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: /XK1VBbn)
キリの顔を伏し目がちに見つめてから、幾度か口をパクパクと動かした。さながら空気を求める金魚のように。
それから、マルカは言った。
「記憶、戻ったよ」
「そっか。よかった」
キリは柔らかな笑みを浮かべた。
「それで、思い出したんだけどさ」
「なに?」
「あたし、誰かに助けられたんだ」
「…………?」
「摩天楼の最上階に連れて行かれて……そこで悪魔に魂を取られそうになったんだけど、『完全な記憶喪失』にはならなかった」
「それって、アスカと同じ……」
「そうなんだ。一番大切な人の記憶だけがすっぽり抜けていた。……それであたし、……助けられたことを思い出したんだ。あの時、『摩天楼にいた少年に助けてもらったんだ』って」
「少年…………?」
思わず聞き返していた。
イズミはベッドの上で黙ったまま頷いた。
「ここら辺じゃ見ないような格好をしてた。古いローブを身につけて……その少年が悪魔にこう言ってたんだ。『コイツなんかより、アンタにとって最も因縁のある人物が訪ねて来るだろう。あの憎きウィルア国王の息子がやって来るぞ』ってさ」
キリの中で、一つの疑問がむくむくと湧き上がっていた。
「その子……アスカが【ここ】を訪ねることを知ってたっていうの……?」
「…………」
マルカはそれには答えずに、話し続ける。
「お礼を言ってから聞いたんだ。『アンタ、何者だ?』って。そしたらヤツはこう答えたんだ」
「なんて……?」
マルカが唇を舐める。
なんだか嫌な予感がする——
「ボクは【ファーン家の王様】だ、って」