複雑・ファジー小説

Re: 【12/7 *更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.182 )
日時: 2015/12/20 00:20
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: BjWvuHd0)



「あ、ああ……イヤ……」


リークはその手足をバタつかせると、逃げるようにしてその場を立ち去っていった。
女性は首をかしげ、そばに立っていた案内係のメイドは苦笑した。

「……それでは。失礼いたします、イズミ様。エマ=ヴィクトリカ様をお連れいたしました」

軽くノックしてから、メイドは目の前の扉をゆっくりと開けた。
その隙間から室内にいるキリたちがゆっくりと振り返るのが見えた。

「あれっ、エマさん!」
「もう大丈夫なんですか?」

その表情は驚きに満ち満ちていた。

「ええ……。……あのイズミさん……いえ、呪術師様。この度は……」

ベッドの上でイズミが微笑した。

「やめてください。僕は呪術師じゃあありませんから」
「え……? で、でも……」
「それよりも。突然お呼び立てして申し訳ありません」

エマは頭を振った。
それから、マルカを迎えに来ましたと言って、すぐに表情を曇らせた。

「あの……城内で、何かあったのですか」

エマの言葉に、キリとイズミの顔がこわばった。

Re: 【12/20 *更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.183 )
日時: 2015/12/21 06:53
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: mvmekIau)

マルカも青ざめた顔をして、なんとかその場に立っている状態だ。
そこでようやく重たい口を開けたのは、イズミであった。

「…………あなたにとって……いや、ルルーヴ村の皆さんにとっては願ったりかなったり……な、状況なのかもしれませんね」
「……?」

イズミの声が重たく響く。

「呪術師ハノイの、【ウィルア国王に対する復讐】が実行されたんですよ」
「…………っ!」

エマはハッと息を飲んで口許を押さえた。

「それって…………」


その目は動揺で大きく揺らいでいた。
イズミはそれ以上余計なことは言わず、代わりにぽつりと呟いた。

「…………ある意味で、最期まで呪術師ハノイはルルーヴ村の英雄だったってわけだ」

マルカが唇を噛んだ。
その表情には、悔しさが滲んでいた。
今回の一連の騒動は果たして避けることが出来なかったのか……。
そんな気持ちを代弁するかのように、エマが一言、

「…………避けられなかったのよ……」

かすれた声でそう言って、頭を垂れた。


「あなた達には本当に……。……本当に、ああ……こんなとき、なんて言ったらいいのかしら……」

両手が小刻みに震えている。
己がしでかした事の重大さを、ようやっと把握したかのような驚愕の表情を浮かべていた。
しかし、いくら嘆いたところでもう取り返しはつかない——そうした現実に、エマは打ちひしがれていた。

「『ごめんなさい』、だよ」

つと答えたのは、キリだった。

「エマさんがやってしまったことはいけないことだよ。…………でもね。私も分かる。その気持ち。大切な人が亡くなって……なんとか平穏な毎日を取り戻したいって。
でもね、自分の幸せのために他人の幸せを奪っちゃダメなんだって。自分だけ幸せになっても、それは幸せとは呼べないんじゃないかって。
……そう。残された私たちが出来ることは、今を精一杯生きること……だよね?」

エマはそのまま泣き伏した。
それを見つめるキリの脳裏に、赤い炎がちらついた。

そう。
あの人なら、きっとそう言うんじゃないか。
なんて————。



《ありがとう》

顔を伏せたまま掠れた声でそうつぶやかれて、キリはにっこりと微笑んでみせた。