複雑・ファジー小説

Re: 【次回、エピローグ】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.184 )
日時: 2016/01/01 00:27
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: QMJmjark)

【エピローグ:花言葉-the precious words-】

「あれ?」

キリは大きな瞳を更に丸くして、にっこりと笑みを浮かべた。
視線の先には肩まで切りそろえた緑の髪を揺らすマルカの姿があった。

++++++++++++++++++

の呪術師による城の襲撃から一週間が経った。
事件の関係者として軍部から取り調べを受けたキリたちは、今日やっと解放され、その足でルルーヴ村にやってきた。
キリとイズミは、宿屋ヴィクトに置きっ放しにしていた荷物を引き取りにいき、その後すぐ帰宅する予定だったが、

「ねえ。もう少しゆっくりしていきなよ」

マルカにそう言われて、キリとイズミは賛同した。
主人がいなくなった宿屋は何処となく寂れた感じがした。
これからどうするの? とキリが聞くと、マルカは苦笑して、それから、

「宿屋はお休みするつもりだよ」

と答えた。

その晩、キリとイズミは結局宿屋ヴィクトに宿泊することとなった。
夕食の支度が終わって後片付けをしていると、マルカが思い出したように声を上げた。

「そうだ。今から神父さんのところに行くって約束してたんだっ」
「ミナト神父さん?」
「そう」
「……その必要はないと思います」

口を挟んだのはイズミだった。
マルカが鋭い視線をイズミにやる。

「…………それ、どういう意味だよ」
「そのままの意味です」
「イズミ、お前っ……! いくら呪術師サマだからって偉そうにっ……!」
「……マルカ」

拳を振り上げたマルカは、名前を呼ばれてピタッと動作を止めた。
そのまま顔だけ声のした方に向けて、フリーズする。

「……あ」
「神父さん!」

食堂の扉の前に、一人の男性が立っていた。

Re: 【エピローグ更新】続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.185 )
日時: 2016/01/01 00:29
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: QMJmjark)

「こんばんは」

黒の神父服に身を包み、常にその顔に笑みをたたえているのはミナト神父であった。
モノクルの向こうの眼差しが柔らかい。

「神父さんっ……!」

マルカが驚いた声をあげた。

「……あの、約束していた時間に行けずに…………ごめんなさい」
「謝るのは、私ではなくイズミ君に。でしょう? マルカ」
「…………っ」

すぐさま唇を噛んで、そっぽを向く。
イズミは困ったように頭をかいた。

「————イズミ。その……早とちりしてゴメン。……なさい」

眉間に皺を寄せたまま、マルカはムスッとした表情で腕を組んでいる。
イズミはやんわりと微笑みを浮かべると、「いいえ」と返した。
そんな二人のやり取りに、ミナト神父は肩をすくめると、困ったように眉尻を下げた。キリと視線があって、くすりと笑う。
そうしてから、横髪を耳にかける仕草をすると、


「お願いがあるんだ」

神父からの頼みごとに、キリとイズミはこくりと頷いた。
ありがとう、と言って神父は続ける。


「私とマルカ、ふたりきりで少し話がしたいんだ。だから……キリ君とイズミ君に席を外して欲しいんだけれど、良いかな」
「もちろんだよ」

「いいよね? イズミさん」
キリにそう問われ、イズミは頷き返した。
キリは直後に満足げな表情を浮かべると、パタパタと足音を立てて二階へ上がっていったのだった。



——その晩、
神父とマルカは夜通し話をしていたらしい。


+++++++++++++++

朝食を済ませ、キリは今、荷物をまとめて宿屋ヴィクトの前でイズミを待っているところであった。
靄が立ち込める中、優しく降り注ぐ朝日が溶け込み、辺りは仄かに陽の光に染まっていた。


チリリン——

ドアベルが鳴り、キリは背後の建物を振り返った。

「も〜、遅いよ〜」と言いかけて、すぐに口をつぐむ。
現れたのは、待ち人イズミなどでは無かった。

「…………マルカ……」

しかも今まで頭の高いところでまとめられていたマルカの若草色の髪は、肩の辺りまでばっさりと切り落とされ、セミロングほどの長さになっていた。
キリが驚いた表情を浮かべ、声を出せないでいると、マルカは照れたように頭を掻いた。

「あははは……似合わないよな、コレ。神父さんに切ってもらったんだけど……まいったな……」
「…………う、ううん!」

キリの目は、とても輝いていた。

「かっこいいよ、マルカ!」
「…………っへへへ」

睫毛を伏せると、マルカは後ろ手に持っていた花を一輪、サッとキリに差し出した。
キリの頬がサッと染まる。

「へ……? あ、お花……」
「キリは花言葉って知ってる?」
「すこ〜し、ね。……これってキンセンカだよね」
「そうだよ。さて、問題です。この花の花言葉はなんでしょう」
「…………知らない」

そう答えると、マルカは微笑んでキリを見つめた。

「この花の花言葉はね——《初恋》なんだよ」
「へええ〜。知らなかった」
「……他に《忍ぶ恋》って意味もあるんだけど」
「…………ふうん」
「キリ。キミはあたしの初恋だ」

キリの目が見開かれた。
その瞳を食い入るように見つめ、マルカはきゆっと唇を結んだ。握りしめた拳が微かに震えている。
しばらく呼吸を止めて——キリは潰れた胸に深く息を吸い込んだ。

「……だけど……私…………」

その言葉に、マルカは張り詰めていた緊張の糸をフッと紐解いた。

「知ってるよ」

その顔には、笑みが浮かんでいた。

「キミに相手がいることくらい、ずっと見ていれば分かる……。ねえ、アスカは?」
「ん、なんかまだ起きないみたい。って、イズミさんが。……あの、ごめんね」
「あはは。謝る必要は無いよ」

ひらひらと手を振ってから、マルカは困ったように眉根を寄せた。

「……キンセンカのもう一つの花言葉はね、別離、慈愛……なんだ。キリと別れるのは寂しいけど。いつもキミの幸せを願ってるよ」
「マルカ……」
「あたしと仲良くしてくれてありがとう」

キリはマルカをじっと見つめた。
マルカもキリを見つめ返した。
途端、何故だか笑いが込み上げてきて、二人はそろってクスクスと笑った。

「……ね、マルカ。また遊びに来てもいい?」
「もちろんっ」

大きく頷く。

「——きっと、そのときまでには母さんも帰ってきてると思うから。さ」
「……そだね」

向こうの方でイズミがキリの名を呼んだ。
どうやら準備が出来たようだ。
キリは声高に返事をすると、満面の笑みを浮かべ、マルカを見つめた。

「ねえねえ。またポポル食べに来てもいい?!」
「……ん。レミリアおばさんに、頼んでおくよ」
「絶対ね!」

笑顔で手を振るキリに、マルカは大きく手を振り返した。

キリたちの姿が見えなくなったところで、マルカは後ろを振り返った。
宿屋の入り口前に、ミナトが立っていた。

「これからが大変だね」
「……うん」

言葉の端々に不安を滲ませながら、けれどきらきら輝いた目で前を見据え、マルカは言った。



「————!」




+++++++++++++++

「マルカ君はしばらく神父さんのもとで生活するようになったそうですね」

ウェルリア王国からラプール島への連絡船に無事に乗船したキリとイズミは、疲労した身体をデッキに預け、沈みゆく夕日を眺めていた。
二人が半日かけてルルーヴ村からウェルリア王国に赴いたところ、ラプール島行きの連絡船はちょうど出港したばかりだった。
港で待ちぼうけをくらった結果、もうすでに1日が終わろうとしていた。
船上で二人は、今回の騒動について話を始めた。
そこからマルカの話題、そしてポポルの美味しさについて——これは主に、キリがひたすら持論を述べていた。
イズミは要所要所で相づちを打ち、ポポルの話になった際にはキリに気を使って売店でクレープを三つ買ってやったのだった。

そうこうしているうちに、無事にラプール島に到着し、桟橋に降り立ったキリはイズミの手を握りしめて、丁寧にお礼を述べた。

「もうここまでで大丈夫だから。こんなところまで、お見送りありがとう」

そうして手を離す。しかしイズミはかぶりを振って、その手を決して離そうとはしなかった。

「彼女に挨拶したいんです。彼女のところまで、キリさんも付きあってくれますか?」
「あ……うん」

別段断る理由も無く、二人はそのままその足で小高い丘を目指し始めた。

* ( No.186 )
日時: 2016/01/01 09:51
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: QMJmjark)

++++++++++++


穏やかな青い風が駆け抜ける丘を行き、キリは久しぶりのラプール島の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
潮の匂いが鼻腔をくすぐる。
しばらく歩いて、キリとイズミは海が一望出来る場所にやってきた。
すぐそばの、静かに鎮座しているリィの墓石の前に屈みこんで手を合わせ、イズミは地面に視線を落とした。

しばらく無言の時があり、
——そして。

「……僕と一緒に来ませんか」
「へ?」

唐突にそう言われて、キリは目をぱちくりとさせた。

「えっとお……。ど、どこに?」

苦笑するキリに、イズミはなおも視線を墓にやりながら、淡々とした口調で言う。

「僕はこのままウェルリアのお城に戻るんですけど——キリさんも一緒に来ませんか?」

《ウェルリア》。
その言葉に、キリはびくりと身体を震わせた。

「…………な、なんで、また突然……」

しかしその顔には相変わらず困ったような笑みを浮かべている。
ゆっくりと。その場にしゃがみこんだまま、イズミが振り返った。
翡翠の瞳が夕日を反射して優しく揺れていた。
その奥に光るのは、果たして————

「僕は、キリさんが心配なんです」
「…………! ……えへへへ。なになにっ? いつものイズミさんらしくないよ?」

くるり、と背を向けて、視線を外す。
背中越しに、イズミが大きく息を吐き出す音が聞こえた。
キリは自分の声が震えていることに気がついた。

……ううん。気のせい………気のせい……。


「貴女は強がってるだけだ」

…………。
……違う。そんなんじゃない。

「まだ《あの日》から半年しか経ってない。大事な人を亡くしてひとりぼっちで気丈に振る舞える方がおかしい」
「私っ……」

それまで明るく笑い飛ばしていたキリの表情が強張った。

「アスカ王子も眠ったまま目覚めない。
……キリさん。本当は不安で不安で仕方ないんでしょう」
「そんなこと……ないよ」
「嘘だ」

その場に立ち上がったイズミの声は、鋭くキリの心を突き刺した。

「貴女は自分が壊れないように《何か》を必死で隠し、守っている。それらを変えまいと現実から目をそらして、気丈に振る舞っている」
「そんなこと、ないよ……」
「その行為が『本当に大事なもの』から目を逸らしてしまっていることに気付きながらも、貴女は……」
「もうやめてよっ!」

キリは叫んだ。叫んでいた。
喉が壊れたって構わない。
その瞳からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

「なんでそんな意地悪なこと言うの……?」
「僕は貴女が心配なんです」
「…………」

キリが何事か、つぶやいた。

「……う」
「え?」
「違う……違うよ。イズミさん、おかしいよ」

涙を浮かべる目の奥には強い光が宿っていた。

「…………何考えてるの? イズミさん」
「……はい?」
「私の、不安を煽って、何がしたいの?
ねえ、なんで?」
「…………」

はあ——とイズミが息を吐いた。

「……やっぱり、貴女はどうにも苦手です」
「え、苦手……?」

どうやら本日一番のショックを受けた様だった。
イズミが苦笑して、

「ショックを受けないでください。そうじゃ無くて、扱いにくいって意味です」
「どういう意味よぅ」
「だから……キリさんに遠回しな言い方は通用しない……ってことです」

キリを真っ直ぐな瞳で射抜く。

「キリさん。……僕がウェルリアの牢屋から出るために国から課せられた指令。一体何だと思いますか?」
「……え?」

不意をつかれ、キリは腑抜けた声を出した。

「ルルーヴ村で神隠しの犯人を捜すんじゃなかったの? それで私たちはルルーヴ村に……」
「キリさん」
「…………。……ああ」

イズミの表情から、キリは全てを察した。

——きっと、もうラプール島には帰ってこれない、と。



「キリさん、お願いです。《ウェルリア城》に来てくれませんか」




この人に着いて行ったら——



「キリ=マルカート=ファーン。ファーン一族の唯一の《生き残り》として」

「…………それが、イズミさんが受けた本当の命令?」


イズミが、ゆっくり頷く。

「————そうです」
「私が城に行ったら、イズミさんは牢屋から出られて、自由の身になれるの?」
「……ええ」


そっか。
……そうだよね。

キリはリィの墓をゆっくりと振り返った。


……ねえ、本当にお別れだよ。

リィさん。



でも、私これで良かったと思ってるんだ。
ラプール島にいたら。きっと耐えられないから。
リィさんとの思い出が詰まったこの土地で、ひとりぼっちで耐えるのは辛すぎるから。

それに、


《イズミさんの役に立てるんだ。》


だから、ね。





《さよなら》だよ。



キリは心の中で静かに別れを告げると、
決心したように拳に力を込めた。

そうして、

イズミとともに、再びウェルリア城へ向かうのであった。




【to be continued…】