複雑・ファジー小説

* ( No.186 )
日時: 2016/01/01 09:51
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: QMJmjark)

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穏やかな青い風が駆け抜ける丘を行き、キリは久しぶりのラプール島の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
潮の匂いが鼻腔をくすぐる。
しばらく歩いて、キリとイズミは海が一望出来る場所にやってきた。
すぐそばの、静かに鎮座しているリィの墓石の前に屈みこんで手を合わせ、イズミは地面に視線を落とした。

しばらく無言の時があり、
——そして。

「……僕と一緒に来ませんか」
「へ?」

唐突にそう言われて、キリは目をぱちくりとさせた。

「えっとお……。ど、どこに?」

苦笑するキリに、イズミはなおも視線を墓にやりながら、淡々とした口調で言う。

「僕はこのままウェルリアのお城に戻るんですけど——キリさんも一緒に来ませんか?」

《ウェルリア》。
その言葉に、キリはびくりと身体を震わせた。

「…………な、なんで、また突然……」

しかしその顔には相変わらず困ったような笑みを浮かべている。
ゆっくりと。その場にしゃがみこんだまま、イズミが振り返った。
翡翠の瞳が夕日を反射して優しく揺れていた。
その奥に光るのは、果たして————

「僕は、キリさんが心配なんです」
「…………! ……えへへへ。なになにっ? いつものイズミさんらしくないよ?」

くるり、と背を向けて、視線を外す。
背中越しに、イズミが大きく息を吐き出す音が聞こえた。
キリは自分の声が震えていることに気がついた。

……ううん。気のせい………気のせい……。


「貴女は強がってるだけだ」

…………。
……違う。そんなんじゃない。

「まだ《あの日》から半年しか経ってない。大事な人を亡くしてひとりぼっちで気丈に振る舞える方がおかしい」
「私っ……」

それまで明るく笑い飛ばしていたキリの表情が強張った。

「アスカ王子も眠ったまま目覚めない。
……キリさん。本当は不安で不安で仕方ないんでしょう」
「そんなこと……ないよ」
「嘘だ」

その場に立ち上がったイズミの声は、鋭くキリの心を突き刺した。

「貴女は自分が壊れないように《何か》を必死で隠し、守っている。それらを変えまいと現実から目をそらして、気丈に振る舞っている」
「そんなこと、ないよ……」
「その行為が『本当に大事なもの』から目を逸らしてしまっていることに気付きながらも、貴女は……」
「もうやめてよっ!」

キリは叫んだ。叫んでいた。
喉が壊れたって構わない。
その瞳からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

「なんでそんな意地悪なこと言うの……?」
「僕は貴女が心配なんです」
「…………」

キリが何事か、つぶやいた。

「……う」
「え?」
「違う……違うよ。イズミさん、おかしいよ」

涙を浮かべる目の奥には強い光が宿っていた。

「…………何考えてるの? イズミさん」
「……はい?」
「私の、不安を煽って、何がしたいの?
ねえ、なんで?」
「…………」

はあ——とイズミが息を吐いた。

「……やっぱり、貴女はどうにも苦手です」
「え、苦手……?」

どうやら本日一番のショックを受けた様だった。
イズミが苦笑して、

「ショックを受けないでください。そうじゃ無くて、扱いにくいって意味です」
「どういう意味よぅ」
「だから……キリさんに遠回しな言い方は通用しない……ってことです」

キリを真っ直ぐな瞳で射抜く。

「キリさん。……僕がウェルリアの牢屋から出るために国から課せられた指令。一体何だと思いますか?」
「……え?」

不意をつかれ、キリは腑抜けた声を出した。

「ルルーヴ村で神隠しの犯人を捜すんじゃなかったの? それで私たちはルルーヴ村に……」
「キリさん」
「…………。……ああ」

イズミの表情から、キリは全てを察した。

——きっと、もうラプール島には帰ってこれない、と。



「キリさん、お願いです。《ウェルリア城》に来てくれませんか」




この人に着いて行ったら——



「キリ=マルカート=ファーン。ファーン一族の唯一の《生き残り》として」

「…………それが、イズミさんが受けた本当の命令?」


イズミが、ゆっくり頷く。

「————そうです」
「私が城に行ったら、イズミさんは牢屋から出られて、自由の身になれるの?」
「……ええ」


そっか。
……そうだよね。

キリはリィの墓をゆっくりと振り返った。


……ねえ、本当にお別れだよ。

リィさん。



でも、私これで良かったと思ってるんだ。
ラプール島にいたら。きっと耐えられないから。
リィさんとの思い出が詰まったこの土地で、ひとりぼっちで耐えるのは辛すぎるから。

それに、


《イズミさんの役に立てるんだ。》


だから、ね。





《さよなら》だよ。



キリは心の中で静かに別れを告げると、
決心したように拳に力を込めた。

そうして、

イズミとともに、再びウェルリア城へ向かうのであった。




【to be continued…】