複雑・ファジー小説

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【3/16更新】 ( No.89 )
日時: 2015/04/15 12:05
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: J3GkpWEk)

【第三章 帰国編】
〜〜第三話:最善の判断〜〜


「お前さん、呪われてるね」

唐突に告げられた、【呪い】という言葉ワード
店内に入るやいなや、カウンターの奥に鎮座した老婆の発した言葉がアスカを鋭く射抜く。
アスカは刹那、眉をひそめていた。

「……なんだと?」
「聞こえんかったんか。じゃあもう1回言ってやろう。『お前さんは呪われておる』。それも非常に強い、な」
「なっ……なにをいきなり言いだすと思ったら。ハッ、初対面で失礼な婆さんだな。何を根拠にそんな……」
「本当のことを言ったまでじゃ。お前さん、悪霊かなにか強い力のやからにやられたんかねーーほおお。奪われたんか」
「…………奪われた、だって?…… 何言ってんだよ婆さん。オレは別に、何も奪われてなんかいない」
「ジュリアーティさん」

背後からアスカの左肩をググッと掴み、イズミが落ち着き払った声色で老婆の名を呼ぶ。

「その話は、後ほどお願いします」
「…………それ、どういう意味だよイズミ……」
「ほお。……なるほどなあ」
「な、なんだよ。どういう意味なんだよ、説明しろよ!」

掴まれた左肩に更に力がこもり、アスカは思わず顔をしかめる。

「っ……痛ぇよ、イズミ」
「落ち着いてください王子。周りには僕たちの他にお客さんもいるんです。ですから、落ち着いて」
「こんな状況下で落ち着けるかっ……。どういう意味なんだよ【呪われてる】って。なあ、イズミ」
「この事に関しては……後ほどキチンと説明しますから」
「お前の言葉なんか信じられるか!」
「ああ。まあ確かに、王子の言うことももっともですねえ」
「そこは同意するのかよ!」
「けれど。それより何より、まず優先すべきはマルカさんのことですよ」
「っ……それとこれと、話が違うだろ……」

険しい顔つきで立ち尽くすアスカの額には、薄っすらと汗が浮かんでいる。
キリはそんな不穏な空気を断ち切るようにして、突如声を張り上げた。

「お婆ちゃん、あのね」

ジュリアーティがカウンター越しに、じっとりとした目つきでキリを見据える。目尻に刻まれた皺がぴくぴくと上下した。




Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【3/17更新】 ( No.90 )
日時: 2015/04/11 10:48
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 7pjyJRwL)

「あの、今日私たちがここに来たのは、ある子の居場所を教えて欲しくってなんだけど」
「この老婆に占って欲しい、とな」
「ああ。相変わらず、ご理解が早くて助かります」

いつの間にやら、イズミはカウンターの丸椅子に腰掛けてジュリアーティを眼前に、にっこりと微笑みをたたえていた。
ジュリアーティはそんなイズミの顔を見て、フンッと鼻を鳴らす。

「ワシに頼まずとも、お前さんが占えば良い話じゃないのかえ。"あの"レーゼのご子息なんじゃから」
「ジュリアーティさん。その言葉、皮肉篭こもってますよね」

イズミが笑い声をたてる。
そうしたなんとも言えない空気の中で、キリはふと背中に視線を感じた。
気になって後ろを振り返ると、入り口付近でアスカが腕を組んでじっとこちらを睨んでいた。
ーー気がつかなかった振りをして、ゆっくりと前を向く。

「キリさんキリさん。お婆ちゃんが占ってくれるそうですよ」

視線を元に戻すや、イズミが声色高らかにそう話しかけてきた。
どうやら、キリがビクビクしている間に話の折り合いがついたらしい。
イズミの肩越しにジュリアーティがじっとりとした視線を送る。

「誰がお婆ちゃんじゃい」
「親しみを込めて呼んでみたのですが、……駄目でした?」
「お前さんがそう言うと、皮肉めいて聞こえるのじゃが」
「イヤだなあ。そんなつもり、ありませんよ」
「それじゃ。その言い方じゃい」

イズミとジュリアーティは言い合いをしながら、奥の占いの間へと姿を消す。
キリは苦笑しながら2人の背中を見送り、振り返ってアスカに声をかけた。

「アスカ、行こ?」
「…………」

アスカは無言のままでキリの真横を通り過ぎると、カウンター横の戸をくぐって奥の間へ向かうのであった。

++++++++++

薄暗い室内には様々な魔除けや金の額縁で縁取られた絵画が飾られていた。
一言で表すと、非常に賑やかな空間。
しかし、その空気は緊張感で張り詰めたものであった。
ジュリアーティは室内の中心に位置する絢爛豪華な椅子に深く腰掛けると、水晶玉に手をかざした。
ジュリアーティの真向かいに座るキリたちには、水晶玉の中で何かが渦巻いているように見えた。

「さて、【マルカ】を捜して欲しいとのことじゃったな」

キリは深く頷く。

「そうじゃな……話を聞いておると手がかりが少ない故、期待する占い結果が出んかもしれん。それでも怒らんでくれよ」

誰かがゴクリと唾を飲み込む音が室内に響く。

「ふん……ぼんやりとしか見えてこないが……暗く狭い場所だな。ここは……地上ではない。そして、冷たい場所だ」
「地上ではない……?」

キリとイズミは顔を見合わせた。
アスカもうな垂れていた首を起こして、じっとジュリアーティを見つめる。

「…………駄目じゃ。これくらいしか見えぬ」
「ううん。ありがとうございます、お婆ちゃん。助かりました」

キリが椅子からぴょんと立ち上がって、深々とお辞儀をする。
イズミがその隣で神妙な面持ちで口を開いた。

「あと一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「なんじゃ、レーゼのご子息」
「ルルーヴという村についての話なのですが……」
「ルルーヴ村か」

ジュリアーティのあっさりとした返答に、イズミが目を見開く。

「ルルーヴ村をご存知ですか」
「知っておるぞ。懐かしい響きじゃ」
「懐かしい、ですか」

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.91 )
日時: 2015/04/11 10:38
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 7pjyJRwL)


「ワシの母親がルルーヴ村出身だと申しておった」
「へええ。そうだったんだ」

キリの口がぽかんと開く。
イズミとアスカの脳内に、何故だかルルーヴ村で最初に出会ったミストの老婆が浮かんで消えた。

「けれど、そうだとすると、話は早いです」
「なんじゃ」

ジュリアーティが顔をしかめ、イズミは息つく間もなく言葉を続ける。

「ジュリアーティさんもきっとルルーヴ村についての噂はご存知だと思います。ルルーヴ村は生贄を決めるために呪術師が占っていたというんですが、その呪術師を、貴女は知っていますか?」
「…………」
「……知っていますね」

ジュリアーティは、じっと質問者の顔をめつけて、

「タダで情報を教えるわけにはいかん」

ぷいっと一蹴した。

「もちろん、タダでとは言いません」

イズミが当然とでも言うように頷く。

「それじゃあ、ワシの言うことに一つ、答えてくれるか?」
「なんです?」
「ワシの質問に答えるのか、答えないのか。それ以外の言葉は全てノーとみなす」
「…………僕が答えたら、それで良いんですよね」
「そうじゃな」
「答えます」
「そうか」

ニタリと笑みを浮かべた老婆は、満足そうに顔を綻ばせた。
キリは室内の温度が一気にぐんと下がった気がして、思わず身震いをした。

「呪術師ハノイだ」

「ハノイ……?」

老婆はその名を口にし、ゆっくり頷く。

「女性である。ハノイは占い師であった。非常に欲の強いことでも有名である。風の噂で悪魔と契約を結んだと聞いていたが、現在彼女がどうなっておるかは、知らん」
「悪魔……」
「悪魔だとか幽霊だとか、そんなもの信じぬやつもおるだろう。世の中はそんなものだ。ただの噂かもしれぬし、本当なのかもしれぬ」
「…………」
「さ、答えたぞ。それでは、お主もワシの質問に答えい」
「はい」
「お主……呪術師になるつもりはないか?」
「………………はい?」

不意打ちのように浴びせられた質問に、イズミは拍子抜けしたように腑抜けた声を発するのであった。




Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.92 )
日時: 2015/04/15 11:16
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: J3GkpWEk)

「あの呪術師レーゼのご子息なんじゃ。イズミ、ワシのもとで呪術のなんたるかを学ばぬか?」
「…………しかし」
「さっきお主が言っておったなあ。そこン坊主のことじゃがーー」

そこまで言って、ジュリアーティは押し黙った。
イズミがじっとジュリアーティの目を食い入るように見つめていた。

「お婆さん、そのことですが……二人だけで話がしたい」

イズミの言葉にキリは弾かれるようにして立ち上がった。
神妙な面持ちで頷くと、「おい、どういう意味だよ。さっき言ってたこと教えろよイズミ!」と店から出ることを渋るアスカを連れて先に店を後にしたのだった。

イズミを残して喫茶店を転がり出たキリとアスカは、それぞれに石畳の路上で呼吸を整えた。
アスカは喫茶店を背にした形で唇を噛み締めると、一度躊躇ためらって、そうしてからキリを振り返った。

「なあ、お前」
「なに?」

アスカに声をかけられ、キリが笑顔で振り返る。
その表情に、なぜかアスカの後頭部がうずく。

「さっきの婆さんが言ってたことだ。一体、なんなんだよ」
「…………」
「お前らの反応もだ。お前ら……なにか知ってんのかよ。なあ。オレに何が、あったんだ?」

アスカの顔が青ざめていく。
憤慨するよりも、奇っ怪な、なんとも言えない感情がアスカの胸の内をじわじわむしばんでいく。

「………………」
「なんなんだよ、答えてくれよ。なあっ……!」
「アスカ…………きゃっ!」

思わずキリに掴みかかる形になってしまったアスカは、キリの驚愕した顔を間近で目にすることになり、刹那せつな動揺した表情を見せた。即座に顔を背ける。

「あ……の、アスカ?」
「…………。その」

踵を返したアスカが背中越しにぽつりと呟く。

「なんか、ゴメン」
「ちっ……違うの。その、私、アスカを拒否したんじゃなくて、その……!」
「……分かったよ」

ポツリと呟く。

「しばらく一人にしてくれね? ちょっと……どころかさ。何か、ダメだ。オレ」
「え……」
「なんか、お前といると調子が狂うんだ。オレ…………呪われてるから」
「待って……。アスカっ……!」


はっきり言って、吐き気がした。

呪われているとか、奪われているとか、なんなんだよ一体ーー
ふつふつと湧いてくる、怒りとも迷いとも言い変えられる感情。
何かを忘れている気がするのは自分の気のせいなのか。
頭の隅の方に言い知れない違和感を感じる。空白。
そして、それより何より気になるのが、【キリ】という少女の存在。


「……気持ち、悪りぃ……」


衝動的にキリを突き飛ばし、とにかく無我夢中で走った。
全てを投げ捨てるかのように、身を振り切ってとにかく走った。走った。走った。
細い路地裏に差し掛かった頃、アスカは胸を押さえてしゃがみ込んだ。
呼吸器官が張り裂けんばかりに悲鳴を上げている。
上手く空気が吸えない。
このまま死んでしまうんじゃないか、オレ……
不謹慎だが己の頭に浮かんだ言葉を鼻で笑いとばした。
ああ、気持ちが悪い……
強く目を瞑って、細く息を吸い込む。
震えるアスカに、黒い影が一つ覆いかぶさった。