複雑・ファジー小説

Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.93 )
日時: 2015/04/15 16:35
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: J3GkpWEk)

【第三章 帰国編】
〜〜第四話:見慣れた影〜〜


薄暗い室内に蝋燭の火が頼りなく揺れている。
イズミは、老婆と机を挟んで対峙たいじしていた。
バタンと扉の閉まる音が聞こえて、同時に老婆がかすれた声を発する。

「……坊主には知られたくないんか」
「彼はまだ、自分の身に何が起こったのか知りません。キチンと本当のことを話しても良いんです。それで記憶も戻るかもしれません。けれど、それより何よりショックの方が大きいでしょう。……自分の好きな人の記憶を無くした、なんて。そうなったら彼、耐え切れませんよ」
「ほお」
「彼はつい半年前にも多大な精神的ダメージを受けているんです。だから……潰れてしまいます」
「ふむ」

納得したようなニュアンスの声を発し、思案するような素振りをしばらく見せたジュリアーティは、次にポツリとつぶやいた。

「《この先、お前さんにとって辛い選択肢が現れるとは思うが……最後に信じられるのは自分の本当の心。判断を間違えるでないぞ》」
「…………え?」

イズミが顔を上げる。

「お前さんの目の前にある選択肢は2つ。……お前さんは"そちら"を選んで、後悔はせぬか」
「…………」

張り詰めていた空気を溶かすように、イズミは息を吐く。

「……後悔…………」

アスカに対して、イズミは子どもの頃から何かと面倒を見てきた。
自分の養父ちちと王様が仲が良かったために、よく遊び相手になっていた。
それも、イズミがウェルリア兵から脱するまでの期間ではあって、幼かったアスカが覚えているのかは定かではないが。
自分にとってアスカの存在はーー

「…………こんな僕でも……アスカ王子の記憶を取り戻すことは出来るのでしょうか」

ジュリアーティの表情は微動だにしない。

「ジュリアーティさん……。僕に、呪術を教えてください。彼を……アスカ王子を助けたいんです」

イズミの言葉に、ジュリアーティはこれでもかというほどに唇を歪めた。

「厳しいぞい?」



Re: 続・ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.94 )
日時: 2015/04/16 08:06
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: CPfMtcyT)


*******

アスカは自分の頭上に気配を感じ、素早く顔を上げた。

「……お前……は」

天を仰いだアスカの目にまず飛び込んできたのは、ツンツンツンと逆立った髪。所謂いわゆるトゲトゲ頭というやつだ。
そしてどこか見覚えのある顔。

「あっ……!」

突如、相手が大きな声を上げた。
その顔にみるみる驚きの表情が広がっていく。

「あ、あんた……は、アスカ、王子っ!」
「しっ…………!」

アスカは慌てて目の前の人物の口を塞ぎにかかった。
もがもがとうめくのを無視して、アスカは必死の形相で注意喚起する。

「城の外で王子を連呼するなっ……!」
「わ、分かった分かったっ……」

ゲホゲホとむせ込んで、よろめく。
口元を袖でぬぐって、相手はしばしアスカをてっぺんからつま先まで、まじまじと見つめた。
そうして、

「な、なんで女の格好なんかして……」

独り言のようにそうつぶやいて、ハッと目を丸くさせた。

「ま、まさか、いつもそうして女装して門番の目を欺き、脱走していたんだなっ!」
「……まあ……そんなところだ」

説明するのも面倒なので、アスカは一呼吸おいて肯定してみせた。

「そういうお前は……確かウェルリア兵Aクラスの1人だろ」

アスカの言葉に、目の前の人物は「いかにも」とでも言うように、腰に手を当てて胸をらした。

「俺は、ウェルリア兵Aクラスのリークだっ!」
「またどうしてこんな所をうろついてるんだ?」
「俺はっ……」

突然眉根を寄せて唇を噛み締めると、リークは悔しそうにぐっと拳を握りしめた。

「フィアルを探すために、ウェルリア兵の先生から有給休暇をもらってな。それで今、ここにいるんだっ」
「フィアルっていうと……。お前と同じウェルリア兵Aクラスの奴で、現在行方不明のままになっているっていう……アイツか」

アスカの後頭部がわずかにうずいた。

「そうだ。俺の唯一無二の親友だ。勝手にいなくなっちまいやがって……俺が見つけ出してな、あいつ自身の口から直接、ワケを聞くんだ」
「それで制服も着ずに、私服でこんなところをうろついていたのか」
「王子。フィアルを見なかったか」
「いや、見てないなーー」

《本当に?》

「?!」
「どうした? 王子……顔色が悪いぞ」
「今の……誰だ」
「は?」

《お前はーー見ているはずだ》

女とも男ともつかない声。
否、複数の声が木霊する。
それは、アスカの頭の中で絶えず反響している。

《見ただろう、″奴″を》
《見た。見た見た見た》
《出会っただろう、″例の場所″で》
《見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た》
《見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た見た》

《見タダロウ》


「見てないっーー!」

アスカの声に、リークは驚いた様子で目を瞬かせた。

「おい王子……何もそんな大声で否定しなくってもーーあっ、オイ……!」


アスカは、軋む頭を抱えながら唐突に走り出した。
自分ではない何かに支配されるような違和感。
入り込んでいる、すでに、何かが……
けれど、いつの間に?
先ほどの呪術師の話が蘇る。

『お前さん、呪われているね』

呪われている……やはりオレが、ウェルリア王国第一王子だからか、あの国王おとこの子どもだからか。
あの、残虐で非道な男の子どもだからか。
恨まれるとか、そんなもの、小さい頃から慣れている。だって、これは王子として産まれてしまったオレの宿命だ。
今までもそうだ。
国王の子だから、と、犠牲にしてきたものは幾つもある。
オレの周りはいつも偽善者ぶった大人ばかりだった。
その実、私利私欲を求めた者たちがオレの周りを取り囲んでは、オレを褒め称えて持ち上げる。オレ自身には何も無いのに……

散々だ。
もう、散々だ。こんな世界なんてーー



だから、オレはあの日城を飛び出した。


そうだ。

あの日も、いつも通りクラーウ爺さんの時計店を目指して城を飛び出したんだーー

そこでーー


【そこで、誰に出会った?】


アスカの胸が、突如キュッと締め付けられる。
【暖かい】ーー三文字が脳内をリフレインする。
思いだせない。出会った人物のことを。



この空白の記憶は、なんだ。何なんだよ。
一体……

「チッーークショ……!」

ザワザワと頭の中がノイズで埋め尽くされる。
そうしてアスカは、己の意識を手放した。


【第三章 完】