複雑・ファジー小説

Re: 妖退治屋 いざよい ( No.1 )
日時: 2014/07/11 16:54
名前: 蜂蜜 (ID: MLDU0m30)

:其の一:人食い女


まるで墨をこぼしたような暗い夜。
女は町からすこし外れた森の空き地に立っていた。
ぽっかりと浮かんだ月を見上げ、照らされている。

「へえ、月見ですか?まだ早い時期だとは思いますが。」

聞こえてきた声に女は月から視線を外し、ゆっくりと顔の向きを変える。
視線の先は闇。木々に囲まれた森には、月の光は届きにくいのだ。
そこから現れたのは、まだ15の年を数えていないような子供だった。

「ああ、申し遅れました。ボクは空と申します。」

女が黙っているのを見て、空は女の警戒を解くように近づいていく。
女はいぶがしげに空をみるものの、空から遠ざかったりしない。単純に、空のような子供がなぜこんな時間に出歩いているのか不思議に思っているのだ。

「今日は月見などやめておいたほうがよろしいかと。なんでも、人食いの妖怪がでるそうで。」

完全に空の一方的会話。
だが、それを聞いた女は顔をこわばらせた。

そして影が広がっていく。
そう、影。
女を中心として、まるで地面に水を垂らしたときのように。

「そうかいぃ。なら、なんであんたはここにいるんだい。」

女がはじめて口を開いた。

「ボクは、」

空は影をにらみつけながら言う。
目には鋭い光をたたえているというのに、口元はにっこりとほほえんでいる。


「妖怪退治屋ですから。」


空は地面を蹴った。
体が宙に浮き、着物の裾が風になびく。

手には赤いなぎなたを持っていて———。

———周りを取り巻くように、白い犬が現れた。


「空、体勢がなってないよ。」
「うるさい斑毛。」

女はそれを唖然と見つめていたが、なぎなたの刃が自分に迫ってくるところで、はっと我にかえり後ろに飛び退いた。

「卑怯じゃないかい?力を隠しておそうなんてさぁ!」
「あやかしに卑怯もなにもないでしょう?っていうか、これがボクの仕事なんで、そこらへんは割り切ってはやく・・・逝けよ。」
「最後口調悪くなってないかい!?」

斑毛はそれをおかしそうに見ると、空を離れて闇に消えた。

「ちょっと。薄情じゃないか、斑毛。」

空が問いかけても戻ってこない。
女はこれを好都合ととらえたのか、空との間合いを狭める。

空はなぎなたを持ち直す。

「さっきからおもってたんだがねぇ。あんた、なんでなぎなたなんかもってんのさ?なぎなたは女の武器ってモンだよ。」
「え?あ、ボク女ですけど。それ言われると女としては悲しいです。」

とは言ってるが空の顔からは悲しみなんてみじんも感じられない。

女と空の間は、一歩踏み出せばなくなるほど狭くなっていた。
いままで動かなかった空が、なぎなたの刃に近い方を持ち、もりのように突き刺す。
女はそれを予想していたかのようにかわし、影を空に飛ばした。空は足を地面にたたきつけて、飛び退いた。

再び間が開いた。
空はなぎなたを普通の持ち方に変えて、女につきだした。

「あんたぁ、同じ攻め方しかしらないのかぃ?」

女は攻撃をかわす。
空は口角をすこしあげた。


「すみません、こっちが本命です。」

「・・・!?」

女の背後から大きな白い犬が飛び出してきた。
斑の毛が月明かりに輝き、うねる。
女はふいうちの攻撃を食らい、地面に倒れた。

「いやあ、空、名演技だね。芸者になったら?」
「無理。」

空はその場にしゃがみ込み、ふところから札を取り出した。
それを女の体に貼り付ける。うごかなくなった、妖怪の体へ。

詠唱はごく短い物だった。
それが終わりに近づくと、札から月より明るい光が出始め、すぐに消えた。
札も、女も、血も、もうどこにも見あたらなかった。


「最近増えてきたね、人を襲う妖怪。」

空はつぶやいた。
夜風が空の髪をゆらす。空は気持ちよさそうに目をとじた。

「ま、ね。あ、もしかして守神って貴重?ねえ、貴重?!」

斑毛は楽しそうに目をきらきら輝かせた。