複雑・ファジー小説
- Re: 妖退治屋 いざよい ( No.16 )
- 日時: 2014/10/15 16:40
- 名前: 蜂蜜 (ID: NihAc8QE)
:其の拾壱:なぎなた
墨のような、のっぺりとした空気だった。
体の細胞のひとつひとつを湯に入れたようだ。ひどくぼんやりとした意識だった。
いつのまにか息を止めていたようで、苦しくなってその空気を吸った。それを待っていたかのように、音が息を吹き返し、まわりの墨は後ろへひいてゆく。
わっと、空の暮らす山の麓の城下町の景色が色づいた。
空は歩いていた。いや、どちらかといえば、数年前の自分が歩いているのを、空中に浮いて眺めているようだった。
右を見れば八百屋が客を呼び寄せ、左をみれば華やかな着物を売る呉服屋があった。昼の、活気に満ちあふれた大通りであった。
どこにいこうとか、そもそも何故ここにいるのだとか、そのような事は頭になく、自然に足をすすめている。それを気にする、ということもなかった。
そのまま進むと、大きくも小さくもない看板が目に入った。
『妖退治屋 いざよい』
木材に、直接墨で、そう書かれている。
「あ、若女将!おかえりぃ」
「どこ行ってたの?あそぼうぜ」
空と同じくらいの、5、6歳の男女が、看板のたてかけてある門から勢いよく飛び出し、空の存在に気がつく。
「ああ、ただいま。——で、また訓練サボってるんだろ」
「げ、お見通しじゃんか。若女将が相手してくれんなら、ちゃんとやるから、花にはだまってて?」
「ほら、早くー」
いざよいの、見習いだ。空は子供と言葉を交わし、そでを引っ張られながら思い出した。
花、というのはこの子達の指導者の名前だ。
ああ、数年もあっていないと忘れるものなのだな———
門の中にはいるとまず見えるのは見習達の訓練場で、お札をそろえている花が見えた。
抜け出した訓練性をみて、あきれているような怒っているような表情を浮かべたが、ひっぱられている空をみて、怒りが消えてあきれ顔になった。
「ねえね、花!若女将がお相手してくれるって!」
「斑毛おこしてきて!模擬戦するぅ!」
それにたいして、空の
「相手するとは言ってない!」
と、花の
「あんた達、若女将には敬語使いなさいって言ってるでしょー!」
が、重なった。
それと———、
「あはは、空は人気者だなー」
という声が少々遅れて被さり、空は驚いて母屋の方を向いた。しめられていた障子が開け放たれ、畳にしかれた布団の上で笑う、貧弱そうな男がいた。
「父さん!今日は起きて大丈夫なの?」
空の父はこのいざよいの旦那であったが、病弱なため店を仕切るのはほぼ娘の空だった。
「大丈夫。今日は調子がい・・・・・ゴハッ」
はき出される血。笑いながら吐血。
「父さん!?」
「・・・いんだよ」
「最後まで言わなくていいから!」
「ああ。こんなカワイイ娘に愛されて父さんは幸せだったよ・・・」
「最期の言葉みたいなの言わなくていいから寝てて。寝ろ!」
なかば強引に布団に押し込めると、笑い、あきれながら花と見習達も来た。
ふすまを開けて、通りかかった母さんに事情を言うと、同じようにあきれながらお茶を持ってきた。その母さんについてきたのか店の男達も部屋に集まった。
ああ。
空は、笑う自分をみながら、目を細めた。
ああ、幸せだ。
そう思うと同時に色もかすれ、町のざわめきも、みんなの笑い声も、遠ざかっていく。
急に、目を閉じた時のようになにも見えなくなった。
しかし目は閉じてはいないし、自分の姿だけははっきり見える。
驚き、慌てたが、障子の外に月が出ているのを確認し、この闇は夜だとわかってほっとした。
みんなは。
みんなはどこだ?
「父さん?母さん?花———?」
部屋の中へ戻ろうと一歩踏み出すと、足にぬめりとした感触が広がった。ぞわっと鳥肌が立ち、しゃがんでみると、それはどすぐろい血だった。
急に恐ろしくなった。
これは、妖怪の血だよな?
部屋を見渡し、倒れている人の姿を見つけ、目を見開いた。
息がつまる。
泣いて、顔を真っ赤にしたような、それと似た言葉にしづらいつまり方だった。
「父、さん・・・?」
人は極度に混乱すると冷静になるのだろうか。
空は父から視線を無理矢理外し、部屋にころがる塊を順番に見た。
父さんのとなりにいるのが母さん、見習いを守るようにおおいかぶさっているのは花、刀を手ににぎっている男が店一番の実力者、真。
「ああ、あああ・・・」
ずうん、と像が地面を踏むような音が響き渡った。
庭のほうからだ。空はへたりこんで血にそまった着物を重そうにひきずりながら、はだしのまま庭へ出た。
ずうん。また、像の足音。ずうん、ずうん。
像の正体を見た空は、驚きも、おののきもしなかった。ただ、ぼぅっとうつろな目で見つめていた。
龍のような姿だった。
月を背にたっているので、細かな部分はわからないが、大きな蛇のような胴と、風になびくたてがみは見て取れた。
ひゅおふ。
風が強く吹いた。
龍のような妖怪が、自分に爪をふるったのだと、遅れて理解した。
死ぬのだ、と、この世からいなくなるのだ、と、自分のあげる血しぶきを見ながら、・・・理解、した。
視界が傾き、体に衝撃が走ったところで、意識は糸が切れるように、ぶつんと切れ飛んだ。
目のあたりがかゆい。
手で触れてみると、涙が乾きかかって、かゆみをおこしているのだとわかった。
「あー・・・・・・・・・夢、か」
そのまま乱暴に目をぬぐう。
千寿丸が自分の体に入ってきたのは、千寿丸が数秒だけ意識を回復させてくれたので、わかった。
『俺は、斑毛兄さんの後輩でぇす。んで、今からそこにつれてくんで、意識とっちゃうねー』
・・・空が聞いたのは、それのみだ。
全く見知らぬ部屋に寝かされている、ということは、その移動が終わったということだろうか。
「なんじゃ!おきとるではないか」
子供のような、青年のような、明るい声がした。
視線を声がした方向へ動かすと、無邪気そうに笑う、少年がたっていた。
その向こうに斑毛と水華、見知らこんじきの狐が並んでいる。
「空様!?起きてる!起きてるぅぅぅぅ!!」
「おはよー、空」
「あ、俺が千寿丸っすよー」
少年の言葉が終わったか終わらぬか、水華が叫びながら突進する。ゆっくりと斑毛があとをおい、そのあとをぴったり千寿丸があとを追う。
上半身をおこしてみるが痛みはどこにもなく、飛びついてきた水華を難なく受け止める。
其の様子を見ていた少年が口の端をすこし上げた。
「んー、じゃ、なぎなたみるか?完成しとるが」
少年はそう言い、部屋を出て行った。
しかしすぐ戻り、障子からぴょこんと頭を出して、口をとがらせた。
「なんじゃい、ついてこぬか。もう立てるじゃろ」
空は苦笑すると、はい、と言って立ち上がった。
