複雑・ファジー小説
- Re: 流浪のガンナー ( No.3 )
- 日時: 2014/10/12 19:11
- 名前: ミュウ (ID: nWEjYf1F)
一通りの質問を終えた後、ニックは適当な料理を作り、ロイに「腹が減ったらこれでも食え」と言い残してから家を出た。
そうして1人で、砂漠独特の直射日光をテンガロンハットで遮りながらふらふらと町を歩くこと数分。
風に、僅かにテンガロンハットから零れた金の短髪を遊ばせながら、彼は街の中心にある噴水広場の一角に聳え立つ、荒くれ共が集っていそうな質素極まりないバーに立ち寄った。
一応彼はこのバー"ジャシー"の常連ではあるが、中でビールを呷る連中にはどうしても好感を持てずにいる。つまりはゴロツキ、それか野郎共だ。静かに1人で、或いは2人位で飲みたい酒でさえ、ここではとても叶わない。
だが、バーと言ってここ以外に近い場所はなく、仕方なくここに来るしかないのである。
「やれやれ」
ニックは暫く、薄い空色の瞳で"JACY"と書かれている錆びた鉄の看板を眺め、その後にそう呟くと、なるべく静かに中に入ろうと務めた。中にいる男達と関わると、毎度碌なことがないからである。
そうして彼がゆっくりと押した扉は、密閉されるようなものではない。客人の足元と顔が店内から、店内の様子が外から見えるような、鍵さえついていない、ついていたとしても意味を成さない扉だ。
現在中はかなり騒がしく、貸切で宴会でも開いているんじゃないかと思えるほどの喧騒振りだ。これなら気付かれずにカウンターまで足を運べるだろう。彼はそう思った。
しかし、それは間違いであった。ギィ、と錆びた蝶番がかなり大きな音を立てて開かれ、なるべく静かに入ったにも拘らず、不本意ながら彼は、中にいる男達の目線を一気に集めた。
「あぁ?」
一番手前にある右側のテーブルに座っていた男が、突然の訪問者——もといニックの顔を見てそう零す。
鬚のみならず、顔面の毛全てが無造作に伸ばされていて、服装も"荒くれ"という言葉がピッタリなそれで、おまけに額には脂汗。そして右手にはビールのジョッキ大と、左手には潰されたような煙草。誰が見ても、同類でない限り思わず一歩退いてしまうような形相である。
しかし、ニックは退かなかった。同類というわけではない。決してありえない。ただ慣れているだけだ。
「何だぁ? ニック」
続いて、問うた。
しかし問われたニックは、只平然と「酒を飲みにきた。馴れ合うつもりは無い」と言い放つのみである。
「ンだよ、ンなこと言わずに、お前も一緒にやらねぇか? 1杯といわず10杯くらい、おめぇならいけるだろぉ?」
否定はしない。ニックは言った。
彼は酒豪というわけではないが、酒にはかなり強い方であり、蒸留酒でない限りは恰も飲料水かのように酒を呷ることができる。酔うまでの時間もかなりかかるほうであり、また、酔ったとしてもそれなりに理性は働く。
そんな彼は、不貞腐れたように酒の同席を勧めてくるその男と一緒に酒を飲むことに特に吝かではなかったが、今日の彼には、もっと大事な用事があった。ロイの今後について、相談してくれる相手がここにいるのだ。
「ランディ」
「よっ、お勤めゴクローさん。調子はどうよ?」
「まーぼちぼちってトコ」
ニックは男の誘いをあくまで丁重に断り、真っ直ぐにカウンターへと進む。
目的の席の隣には既に先客がいた。彼が"ランディ"と呼んだ、赤髪と緑の瞳が印象的な青年である。
ニックはそんなランディと軽い挨拶を交わした後に彼の隣へ座り、カウンターの店員に「ジンジャーカクテル1つ」とだけ言って本題を切り出すことに。
「ちょっと相談したいことがあるんだ」
「はぁ? 何だ? お前から相談を持ちかけられるとは、明日は雨でも降るのかよ」
ケラケラと馬鹿にしたように笑っているランディだが、ニックは特に険悪感を抱くことはしなかった。
これはこれで、彼なりの意思表示をしているのだから。素直に「相談に乗ってやるよ」と言えない、彼なりの意思表示を。
「んで、何だよ? 仕事絡みか?」
「……まあ、半分正解だな」
「?」
そう言いながらニックがテンガロンハットを取ったのと、それを聞いたランディが訝しげに眉根を寄せたのと、仕事が速いらしい店員さんがニックの前に、彼が頼んだジンジャーカクテルを差し出したのは全てほぼ同時。
「子供を拾ったんだよ。それも、まだ年端もいかない幼い男の子をよ」
「子供?」
「あぁ、そうだ」
見た目12歳くらいか。ニックはそう言うのと同時に、差し出されたカクテルのグラスを手にとって、周囲の荒くれ共とは違って上品な仕草でグラスに口をつけ、ほんの少量だけ口へと流し込んだ。
生姜独特の香りと炭酸ならではの爽やかさが相俟って、ジンジャーカクテルならではの風味が広がる。ニックはそれを感じて、これだよこれと言った風に満足気な表情を浮かべた。
ランディもそれを見て、負けじと自分の分のカクテルを口へと運んだ。
オペレーターという名のついた彼のカクテルは、独創的で何ともいえない風味と見た目が特徴。あらゆる果実から集められた香りと風味が見事なユニゾンを奏でていて、飲んだ瞬間にその名の通り、自分の中の何かが動き出しそうな感覚に見舞われる。
しかし、ランディの飲み方はニックとは違い、カクテルらしくない飲み方で喉を潤している。何と言うか、乱暴だ。
ニックはそんな彼を、周囲でまだ騒いでいる荒くれ共と姿を横目で重ねつつ、続きを話し始めた。
ランディも、彼の話を真剣に聞き始めた。