複雑・ファジー小説
- Re: 三千世界の軌跡-Flash of wisdom- ( No.2 )
- 日時: 2014/07/21 09:09
- 名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: gOBbXtG8)
人という生き物は皆、認めたくない現実を目の当たりにしたり、越えられない壁に遭遇すると楽をしたくなる。
目の前にある、今認めなければならない現実を認め、乗り越えるべき壁を乗り越えて、そこで初めて人は強くなれる。
だというのに人は、そういった境遇になると遠回りになってでも楽をしたがる。つまるところ、現実逃避だ。
後ろを振り返って、ありもしない分かれ道を歩むのと同じで。
『俺は……また……』
時には現実逃避をしない、意志の強い人だって存在する。
それでも、現実逃避をしたいとは思わない。否、思わない人なんていない。
現にこの、何もない真っ白な世界にいる青年がそう思っている。
「ねぇ、雄介君……お願いがあるの。私には出来なくて、貴方にしかできないこと、お願いしたいの」
雄介と呼ばれたその青年は、壁も天井も、空も景色も無いこの空間で倒れている少女の手を握る。
小さくて白い手であり、同時に非常に冷たく傷だらけ。少女は手だけでなく、全身に重傷を負っている。
雄介の目からは涙が零れていた。一滴ずつ、ゆっくりと。
「雄介君、過去に戻れるんだよね……?」
「——あの話、真に受けていたのか?」
「ふふっ、当然だよ……私、雄介君のこと疑ってないもん」
健気に笑みを浮かべる少女だが、活力は目に見えて落ちている。
その明らかな衰弱は声色にも表れている。
何故なら、静寂の中でその2人の声だけがするこの空間においても、耳を澄まさねば少女の声は聞き取れないのだから。
少女は、自分の手を握る雄介の逞しい手を弱々しく握り返す。
「じゃあ、お願い……過去に戻ってさ、あいつに騙された馬鹿な私を、助けてくれないかな……」
何時しか、少女も涙を流していた。
「——分かった。必ず救ってやる。過去にいる浅はかなお前を、絶対に助けてやる!」
雄介の涙ぐんだ言葉を聞くと、少女は安心したかのような表情を浮かべ、やがて瞳から光を消失した。
雄介はその様子を見ていられなかったが、それでも少女の目蓋が永久に開かなくなるまで、彼女の蒼い瞳を見ていた。
————少女の瞳は、光を失っても輝いていた。
やがて雄介は、息をしなくなった少女の目蓋をそっと閉じさせる。
光を失っても尚、彼女の目蓋は開いていた。彼をこよなく愛していた証なのだろうか。
『何度でも繰り返す。この世界をハッピーエンドに導くため。こんな俺を愛してくれた少女に、明るい未来を見せたいから』
雄介は、右腕に嵌っている腕輪に手を伸ばす。
『願わくは、希望を見失って絶望に支配される前に……』