複雑・ファジー小説

Re: 三千世界の軌跡-Hope of glow-キャラ募集 ( No.30 )
日時: 2014/07/31 19:17
名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: gOBbXtG8)

 翌朝————

「ん〜っ」

 今日は土曜日。学校がないので、雄介は午前の9時まで寝ていた。
 実は彼、まだ眠いらしい。眠いなら寝ればいいのだろうが、実際はそうはいかないのが鉄板。
 腹が減って、寝るに寝れないのである。
 色々なことが起こりすぎた昨晩だが、何も食事せずに眠りについたのだ。当然ながら腹は減る。

『さて、何食うかな……』

 この時間軸では、両親は海外出張で忙しくしている。
 故に現在は1人暮らしであり、飯は自分で調達せねばならない。
 ただ雄介は、あらゆる家事の中で料理だけが今ひとつ得意でない。
 結局、今日もコンビニ弁当で済ませることにした。あまり健康にはよくないと分かっていながら。


   ◇  ◇  ◇


「あれ、雄介君?」
「?」

 最寄のコンビニで朝飯を物色していると、雄介は聞きなれた声を耳にした。
 彼は唐揚げ弁当とサラダを適当に商品棚から取り出し、背後を振り向く。
 そこには、パンを数個と清涼飲料水を1つ抱えた朱音が立っていた。

「朱音か」
「おはよう、雄介君」
「おはよう」


   ◇  ◇  ◇


「そっか。雄介君、1人暮らしなんだね」
「あぁ」

 雄介は自分の家に行きたいという朱音を家に招き、2人で朝食を摂り、その後寛いでいた。
 その際に彼は、朱音に1人暮らしだということを告げた。
 何故か。その答えは至極単純である。ただ単に朱音に尋ねられたからである。

「大変じゃない?」
「結構大変だな。やるべき家事は怠ったら駄目なわけだし」
「だよね……」

 朱音は俯いている。まるで雄介の大変さに同情しているかのように。
 同情などしてくれなくてもいい。それが雄介の正直な感想だが、何故か同情してくれることが嬉しかった。
 何故だろうか。それは雄介本人にも分からない。
 しばらくして、朱音は明るい表情で雄介に向き直った。

「ねぇ雄介君。今度私の家に泊まりに来ない?」
「——は?」

 かと思えば彼女は、雄介にとっては直ぐに意味が飲み込めない言葉を発した。
 口へ運びかけていたデザートの蜜柑を、彼は思わず落としてしまう。その口も中途半端に開いたままだ。

「な、何て?」
「だから、私の家に泊まりに来てよってこと」

 女にとっては覚悟も必要なことを、朱音はさらっと口にしたのだ。
 多少でも色恋沙汰に疎めである雄介がすぐに理解できるはずがない。
 そんな朱音は再び悲しそうな表情を雄介に向け、胸の前で白い手を組み合わせる。

「だって雄介君、いつも1人ってことになるんでしょ? そんなの絶対寂しいよ……」
「い、いや」

 ここに至って、雄介はようやく意味が理解できた。彼は少し赤面する。
 ある意味当然だ。これではまるで恋人同士ではないか。彼はそう思ったからである。
 別に、俺は1人でも平気だ。
 そう言おうとする雄介の口を、朱音は自分の口を寄せて封じた。
 不意に強く重なる唇に、雄介は戸惑う。

「……っ」

 数十秒重なり続け、朱音は離れた。
 少しだけ息を切らせている彼女。熱く甘い吐息が、雄介の鼻を擽る。

「別に平気? 絶対嘘でしょ。こうして私がキスしたって、雄介君は全然抵抗しなかった」
「だ、だから何だってんだよ」
「本当に1人でもいいなら、こんな私のキスなんてしてもしょうがないじゃん。本当は心のどこかで、私以外の違う誰かか、私と一緒に居たいって思ってるんじゃないの?」

 雄介は抱きついてきた朱音に対して何も反論が出来なかった。
 それはそうだ。いくつもの因果の中で、朱音とはずっと愛し愛されてきた関係にあるのだから。
 例外は一切ない。さらに朱音に対する気持ちは募る一方だ。一緒に居たくないと思うはずがない。

「————やれやれ、よりによってお前に論破されるとはな」
「えっ……」
「お前が俺と一緒にいてやるって言ってくれて、素直に嬉しいよ。ありがとう」

 雄介は笑っていた。
 一切の汚れがない、屈託のない笑みを浮かべていた。
 勿論、目の前にいる最愛の人へと。
 それを見て思わず、朱音は彼から視線を逸らした。
 頬は桜色を通り越して、完全に真っ赤に染まっている。

『こ、こら私! 何今更雄介君の笑顔でドキドキしてるのよ……あーでも、結構くるなぁ……』
「……おーい? どうした?」
「な、何でもないよ!」

 大嘘である。何でもないわけがない。
 朱音はその場を何とか誤魔化すと、雄介にそっと寄りかかった。
 逞しい彼の腕の中で、小さな笑みを湛えながら。

「っていうかさ、もう帰りたくないよ」
「えっ? は?」
「今夜はもう、帰らなくていいよね……?」
「————全く、仕方ない奴だな」

 雄介は再び笑うと、柔らかい朱音の身体を優しく抱きしめた。