複雑・ファジー小説

Re: 三千世界の軌跡-Hope of glow-キャラ募集 ( No.32 )
日時: 2014/08/02 08:55
名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: gOBbXtG8)

 雄介と朱音がこの因果で結ばれてから、1ヶ月の月日が経った。
 そんなある日の事である。朱音は不覚にも裏世界に取り込まれてしまい、1人で探索をしていた。
 雄介が傍らにいない現在、彼女は非常に心細い思いをしている。

「はぁ、はぁ……次から次へと、限がないなぁ……」

 現在の裏世界は、寂れた商店街のような町。
 何時か見たような夕日が眩しく、ポジションを誤れば一気に死へと発展する場所だ。

 そんな裏世界で朱音が相対している魔物は、主に力士並みの大きさにまで肥大化した猫。
 動きは鈍いが一撃の威力が高いようで、その巨体からは考えられないほどの大ジャンプの後には必ず地面に穴が開く。
 稀に胃酸のような酸を吐くので、朱音は時折気分を悪くしていた。

 そうして何回か、その猫の死に様を見届けたころである。

「おい朱音!」
「ふぇ!?」

 突然野太い声がしたかと思えば、朱音は自分の視界が反転するのが分かった。
 どうやら突然飛んできた大きな物体に押し倒されたらしく、彼女は背中に痛みを覚える。
 同時にやたらと筋肉質な肉体に包まれているような気がして、彼女はさらに顔を顰めた。
 その上汗臭い。犯人は、番犬の異名を持つ"ドギー=ブルディ"であった。
 朱音は曽我宮学園に転校してから、彼とは同じクラスであったために彼を知っていた。
 因みに曽我宮学園では、個人の学力で学年分けがなされている。
 ドギーと朱音とでは年齢こそ違うが、学力の問題から同じ学年である。

「ど、ドギー君?」
「やれやれ、油断してんじゃねぇよ朱音ちゃんよ」

 ドギーは朱音の怪我がないことを確認すると、視線を彼女から自分の背後へと向ける。
 彼の目線の先では、1本の巨大な大剣が地面に刺さっていた。
 その黒い刀身に走る赤いラインは血管を描いているかのようであり、何故か脈打っている。生きているのだろうか。

「ふーん、すごいね! 私の大剣を避けるなんて」

 ハニーとは似て非なる声がする。
 その声がしたのと同時に数メートル先にある店の屋根から、赤いワンピースを着飾った少女が降りてきた。
 ゆっくりと大剣に歩み寄る少女。優雅な足取りと共に赤い髪が少し揺れる。
 すると顔立ちも体型もまだ幼いが、その身体に似合わず、彼女は何の抵抗もなく地面に刺さっていた大剣を一息に抜いた。
 まるで牛蒡を抜くかのように、軽々と。
 それを見てドギーは一瞬青褪めながら、強靭な牙を爪を生やして臨戦態勢に入った。
 朱音も、若干逃げ腰になりながらではあるが、手に持っている拳銃を構えなおす。

「誰だか知らんが、気にいらねぇぜ。よりにもよって、か弱い女の子を狙うとはなぁ」
「アハハ、全く五月蝿いねぇ! 血肉ぶちまけて消えちまいなよー!」

 明るいトーンで残酷な言葉を発するその少女。
 ドギーが警戒していた次の瞬間、上空から大量の大剣が降り注ぎ始めた。

「うお!?」
「きゃあ!」

 その大剣の雨に、2人は一瞬動きを止めた。
 降り注ぐ大剣は少女が持つものと同じで、どうやら彼女が操っているらしい。

 ドギーは朱音の手を握り、一目散に逃走を始めた。
 頬や肩、腕、脚などを掠め、周辺の建物を尽く破壊し、地面を抉り、一歩踏み出した先に降ってくる大剣の雨。
 細心の注意を払いながら、ドギーは確実に少女から距離を取る。
 しかしその速度は非常に遅いものであるから、少女から距離を離すことは出来ない。
 あろうことか、少女は走ってドギーについてきているのだ。

「耳障りなこと言った罰だよー? 早く、私のために死んでくれないかな〜?」
『し、しれっと怖いことを笑顔で言うな!』

 朱音はドギーに振り回されながら、心の中で少女に突っ込みを入れた。
 だがこのままではやられてしまう。朱音にもドギーにも、走馬灯が見えていた。
 幾ら大人と子供、しかも女と男の差といえど、ドギーは朱音を連れた状態で大剣の雨からの回避行動を取っているのだ。
 ドギーの方が先に体力が尽きてしまうのは目に見えている。

『私、ここで死んじゃうのかな……』

 突然、死という恐怖感に襲われる。
 だが死にたくない。まだ生きていたい。朱音は強く願った。
 強く、ただ強く。ただ生きていたいと、全霊をかけるような勢いで。

「私はまだ、死にたくない!」

 朱音はドギーの手を、力づくで振り払った。
 同時にいつか触れそうになった、大きな水晶が朱音の目の前に現れた。
 中心部から強い光を放つそれを見るなり、大剣を降らす少女もドギーも思わず動きを止める。
 特に少女に至っては大剣の雨を降らすことさえも忘れ、先ほどまでのドギー以上に青褪めている。
 2人とも、この水晶球がどのようなものなのか。その正体を知っているからこそ、動きを止めているのである。

「お前なんかに、殺されて堪るもんかあああああぁぁぁぁぁ!」

 吼える朱音の眼が、碧く変化した。
 変化と同時に少女の頭上に、軽く隕石ほどの大きさはあるであろう巨大な鉄球が出現。すぐさま落下する。
 少女は怯えつつも、大剣を構えて鉄球に対応した。
 大剣から発生させた鎌鼬と同時に、少女は鉄球を切断する。金属の悲鳴がして、鉄球はバラバラになる。

「そ、それって……」

 碧い朱音の瞳と水晶を交互に見て、少女は瞳孔を開いた。
 改めて"その存在"が、過去最大級の恐怖の対象に見えたからだ。
 ドギーも朱音が味方だと分かっていながら、"その存在"尻餅をついている。

「リンだったか、お前。その何処までも腐りきった性根、あたしが叩きなおしてやるよ!」

 別の誰かが乗り移ったかのような素振りを見せる朱音。
 彼女は水晶玉を右手で浮かせながら持ち上げ、先ほどまでとはまるで違う眼差しを少女に向けた。
 "リン"と呼ばれたその少女。がたがたと、全身の震えが止まらなくなる。

「錬金王女……まさか、この人だったなんて……」

 発した言葉さえ震え声だ。
 ドギーに至っては最早、言葉を発することさえ叶わないらしい。
 そんな震え声のリンが朱音に向かって発した単語の"錬金王女"

「ほう。その名を知っていたか」

 朱音はそれに反応し、水晶玉の光を強くした。

「ではその報酬だ。錬金術の理を、今この場で見せてやろう」