複雑・ファジー小説

Re: 三千世界の軌跡-Hope of glow-キャラ募集 ( No.47 )
日時: 2014/08/06 09:23
名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: gOBbXtG8)

 逃げて逃げて、とにかく逃げた。肺が悲鳴を上げつつも、本能のままに逃げ続けた。
 もう追ってこないだろう。そう思って足を止めた雄介と朱音。
 一瞬だがクレープと相対した時、何か絶望の虚像を見た気がして、いつも以上の速さで逃走していたらしい。

「朱音、無事か?」
「うん、何とかね」

 乱れた呼吸を整える2人の間に、重く長い沈黙が流れる。
 裏世界にも時間はあるのか、既に夕暮れ時は過ぎ去って、満月が天に昇り始めている。
 2人は近くの建物にも垂れて座り、休息をとることにした。
 長い間裏世界にいた所為で、双方共に明らかな疲れが現れている。

「————訊かないの?」
「は?」

 数分、否、数十分にも及ぶ静寂を先に切り裂いたのは、神妙そうな表情を浮かべた朱音だった。

「訊かないの? 私が錬金術を使おうとしてた原因とか」
「あぁ、まあ」

 それに関しては聞く必要がない。
 雄介は知っている。朱音が錬金術を使えるようになる切欠や、それによる選択の過ちなどの全てを。
 錬金術がどのような存在なのかも。朱音に乗り移った魂や、彼女の前に現れる大きな水晶の正体でさえも。
 雄介は全て知っているのだ。

 錬金術という魔法にも似た技術は既に廃れているが、扱うことが出来れば強力な力になりえる。
 しかし、それに対するリスクも大きい。所謂、諸刃の剣だ。
 錬金はそもそも使用者の強い願いや希望に呼応するものであり、絶望に駆られた者が使用すれば自分に害が及ぶ。
 故に朱音が錬金術を使えるようになった今、彼女が絶望に落ちるという最悪の事態を何としてでも避けねばならない。
 彼女の死はつまるところ、バッドエンドだ。

『本当は、朱音に錬金術を使わせたくないんだがな……』

 一度錬金術を使えるようになったなら、絶望に落ちた時点でその人の人生は終わる。
 だったら、最初から朱音に錬金術に関わらせない方がいいんじゃないかと思っている雄介。
 だが何度も同じ時間を経験して繰り返してきても、どうしても上手くいかない。
 朱音を常に視界に入れておけば万事解決なのだろうが、それはそれで無理がある上、彼女も嫌がることだろう。
 一度だけそれが成功した経験こそあるのだが、そうすると後程現れる"最強の敵"に勝ち目がなくなってしまうのだ。
 だから、彼は悩んでいる。どうすれば、朱音に明るい未来を見せてあげることが出来るのだろうか、と。

「————?」

 ふと、朱音が雄介の手を握ってきた。
 反射的に彼女の顔を見る雄介。朱音の表情は、何かを知って悟ったような、そんな表情を浮かべている。

「もういい。もういいんだよ、雄介君」
「……?」

 同時に、涙も流している。
 頬を伝う一滴が、月明かりに照らされて儚く輝く。

「雄介君が今まで何をしてこようとしたのか、全部分かったんだよ。この腕輪で」

 朱音は雄介に、左手首に嵌っている白い腕輪を見せる。それは、因果の腕輪と呼ばれるものであった。
 因果の腕輪。それは時の腕輪を使用した者が現れた際に、その使用者にとって最も身近な人物の持ち物となり、生み出された因果を広大な宇宙の情報世界"スペクトル"から消去(デリート)するという役割を担う。
 朱音は因果を消去する際に、雄介が辿ってきた三千世界の軌跡をその目で見てきたのだ。

「私に明るい未来を見せてくれるために、雄介君は色々なことを頑張ってくれる。凄く嬉しいよ。でもね……」
「でも、何だ?」
「雄介君は知らないだろうから教えてあげるけど、雄介君が時間を遡るたびにね、因果って言うものが生まれるの」
「因果?」

 朱音は全て、雄介に話した。
 因果が生まれる理由と、因果が生まれることが何を意味しているのかを。
 だがそれを知っても尚、雄介の想いは変わらなかった。
 朱音は激昂する。

「どうして!? いくつもの営みが無駄になってるんだよ!?」

 何を言われても、雄介は動じない。
 何度も時間を遡ってきた中で、彼は1つ、悟ったことがあるのだ。
 実際に時間を何度も遡らないと、理解できないようなことを。

「いくつもの営みが無駄になっても、必ずハッピーエンドはあるんだろ? だったらそれでいいじゃんか」
「そ、そりゃそうだけど……」

 朱音は視線を落とす。
 ここでさらに、雄介は考えついた。
 もしかしたら、自分と朱音が知り合っている時点で、ハッピーエンドは来ないんじゃないか、ということ。
 そして、朱音が何時か言っていた言葉"あいつに騙される前の私"の正体は、後程現れる最強の敵なんかではなく、朱音に錬金術を齎そうとする"錬金王女"の魂なのではないか、ということ。

『なるほどな』

 それを知った雄介は時の腕輪に手を掛けた。
 しかし、それは阻まれた。彼の隣にいる朱音の手によって。

「今まで雄介君が辿ってきた軌跡はすべて見てきたんだもん。雄介君が考えてること、もう手に取るようにわかるよ。そんなくだらない事で、また因果を作り出す気?」
「だったら他に方法はあるのか」
「じゃあ考えてみて。全てを知った私が貴方のそばにいたら、どうなると思う?」
「……」
「ほら、予想つかないでしょ? 私だってつかない。だったらさ、因果を作り出す前に僅かな可能性に掛けてみようよ」

 僅かな可能性など、所詮は不可能なことだと、雄介は知っている。
 だが、何故だろうか。絆された所為だろうか。この時の彼は不思議と、朱音の考えに賛同する気になれた。

「ま、それもそうだな。お前のためにも俺のためにも」
「くすっ、やっと雄介君が私の話聞いてくれた。もう、頑固なのに変わりはないんだね」
「うるせぇ、お前も大分頑固だろうがよ」

 いつか笑い会ったように2人は笑い会い、気を取り直してこの裏世界から脱出することにした。