複雑・ファジー小説

Re: 三千世界の軌跡-Hope of glow-キャラ募集 ( No.53 )
日時: 2014/08/09 17:23
名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: gOBbXtG8)

 夜の都会に悲鳴を轟かせた青年は、突然襲われた激痛に暫くの間悶絶していた。
 悶絶の仕方も実に忙しなく、冷たいコンクリート上で、あっちにゴロゴロこっちにゴロゴロと常に転がり続けている。
 理由は至極単純。雄介の踵落としが、見事鳩尾(みぞおち)に命中したからである。雄介は少し焦った。
 何故なら、その青年が思った以上にオーバーリアクションだったので、周囲の視線を集めているからである。

「あ、すまんロコ。鳩尾だったな、ソコ」
「うおおぉぉおぉおあぁあぁあぁああ……」

 "ロコ"と呼ばれた青年には最早、返事をする暇さえ与えられていないらしい。
 見たところオーバーリアクションというわけではなく、本当に痛がっているようだ。
 それを見た朱音はしかめっ面になると、雄介を睨みながら頬を膨らませた。

「ちょっと雄介君! 流石にやりすぎだと思うけど!」
「いでぇっ!」
「もう……」

 そして彼の頬に一発ビンタを放ち、腕を組んで地面を転がるロコを哀れむような眼で見始める。
 愛する少女からの平手打ちは当然、通常のそれと比べて非常に痛いものとなる。
 もう1つの青年の悲鳴——もとい雄介の悲鳴が、あくまで小さくではあるが夜の都会に響き渡った。
 やがて落ち着きを取り戻したらしいロコ。起き上がるなり、雄介の胸倉を掴もうとしてやめた。

「あっれ? 雄介じゃん! チョー久し振りじゃん! いやー、こりゃ運命だねぇ」
「もー一発、食らいたいか? ってかそんなことより、お前得意のアドレナリンはどうした」

 雄介の姿を目撃するなり、自分を襲った相手に対する怒りが喪失したらしい。

「あー、アドレナリン? それなんだけどさー、ちょっと底がつきかけててなー……さっき俺の鳩尾を攻撃した奴がいたみたいなんだけど、そいつの一撃が効いたんだよねーこれまた」
『もしやコイツ、俺が攻撃したことに気付いていない? まあいいや』

 彼の鳩尾を攻撃したのは紛れもなく雄介なのだが、ロコは気付いていないらしい。
 朱音はそれを見て思わず噴出しそうになり、何とか笑いを堪えることに必死になった。
 雄介も見た感じでは涼し気な顔をしているが、実は心の中で爆笑しすぎて、涙が出そうになるのを必死に抑えている。
 当然ながら、ロコはその事に気付いていない。

「だからさっき、悶絶しながらゴロゴロ地面転がってたのか」
「そーゆーことさ」

 因みに、雄介の言うアドレナリンとはロコの体質の事。
 アドレナリン過多気味の彼は、普段の喧嘩や裏世界で戦闘を繰り広げている際、攻撃を受けても痛みを感じないという厄介なのか便利なのか良くわからない体質をしているのである。
 なので突然、まるで糸が切れたかのように意識を落とすことがある。
 そして意識を落としてから暫くはアドレナリンが足りなくなるらしく、痛みに対する感度は通常の人間と同じになる。

「じゃあ、さっきまで誰かと戦ってたのかよ?」
「そーそー。ちょいヤンキーに絡まれちゃってねぇ」
「だ、だからって……」

 ヤンキーに絡まれたというロコは、ちゃんとヤンキーを追っ払うことには成功したらしい。
 だが、その際に使用したと思われる獲物が、彼の近くには落ちている。雄介はその獲物である大斧に目をやった。

「あぁ、この斧? ちょっとヤンキーがめんどくさくなってさ、この斧出したら、みんな逃げてったよ」
『恐喝か』

 ロコが拾ったその斧はとにかく大きい。
 なので彼は普段、空間を切り裂いて出来たポケットのような場所にこれを投げ入れ、持ち歩いている。
 裏世界に取り込まれてしまったときの武器なので、幾ら邪魔でも手放すわけにはいかないのだ。
 そんなこともあって、この斧が突然目の前に現れたとしたら、たとえ不良でも尻尾を巻いて逃げ出すことだろう。
 雄介はそう推測した。

「おっと?」
「うん?」

 ここに至ってロコは、ようやく朱音の存在に気付いたらしい。
 可憐な彼女の姿を認めるなり、ロコは彼女の近くへ歩み寄った。

「やあやあ、可愛らしいお嬢さん。ぼくと一緒に遊ばない? 夜のデートもぎゃああああぁぁぁぁああああ!」
「朱音に手を出すな」
「さ、さ、さ、サーセン!」

 だが雄介がそれを見逃すわけもなく、彼は容赦なくロコの髪を引っ張って朱音から距離をとる。

「痛い! 痛いです雄介殿!」
「大丈夫だ。アドレナリンとやらがそのうち回復すればな」

 取っ組み合う2人を見て、朱音はくすくすと笑っていた。