複雑・ファジー小説

ボーナストラック「末っ子の憂鬱」4 ( No.93 )
日時: 2015/01/16 22:33
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)

 しばらくしてようやく笑い納めたビリーが、「嫁で思い出した」と口を開く。
「そういや、今日の誕生会、アニーも来るってさ。未来の姉と挨拶するんだって張り切ってたぜ」
「ああ、そう」
 今度はお兄ちゃんがなんとも奇妙な顔をする。
(お兄ちゃんとパパ、血がつながっていないのに、変な顔をするとほんとそっくり)
 なんてのんきなことを考えていたわたしは、ビリーがとんでもないことを口にしていたのにまるで気づかず、ああ、やっぱりアニーもくるのかと思うだけだった。

 アニー。ママの部下だったひとで、いまは別の船の艦長になられたレスター伯ターナー卿のお嬢さんで、六歳のときからのビリーの許婚だ。
 レスター伯爵は、王家に匹敵するほど歴史のあるイーグルフィールド侯爵家の長男で、いずれは侯爵になられる貴族の中の貴族だ。だから、持っている爵位といえばママ一代限りの男爵位でしかないスコット家とは、恐ろしく身分が違う。それなのに、なぜアニーとビリーが許婚なのかというと、アニーが、はじめて逢ったビリーにひと目惚れしたためなのだ。
 アニーのママのレディ・ロッティも、昔、ターナー卿にひと目惚れして、ずっとずっとずっと片思いして、やっとターナー卿と結婚したようなひとだから恋愛結婚に理解があって、「子ども同士の口約束ではあるけれど」って婚約にいたったらしい。

 でも——、
「おや、アニーとは婚約破棄したのではなかったのかな?」
 遣り込められたパパが、お返しとばかりにビリーにいう。ビリーはおかまいなしで、
「いま、舞台俳優の追っかけしてるらしいからな。あと二ヶ月もすれば飽きてまた婚約ってことになるんじゃねえの? いつものごとく」
「きみらは、年に二回婚約破棄して、年に三回婚約してるよね」
「しかたねーんじゃねーの? あいつ、恋してる自分が好きなんだから。ちゃんと好きな男ができるまで、せいぜいつきあってやるよ」
「……」
 ビリーは偉そうにそういうけれど、わたしはアニーの気持ちも知っている。

 ——ビリーもだけど、お父さまたちも全員、あたくしのビリーへの気持ちをおままごとの延長だと思ってると思うのよ。だから、ビリーが膝をついてあたくしに求婚するまで、あたくしは恋に恋する乙女を演じるの。

 どっちが先に認めるかわからないけれど、わたしは、ビリーとアニーは、このまま婚約して破棄して婚約して破棄してっていうのをずっと繰り返して、そのうち自然と結婚するんじゃないかな、なんて思ってる。ママに言ったら笑ってたけど。

「——スコットさま」
 お店の奥から、このお店の責任者みたいなひとが、ちいさな包みを持ってわたしたちのほうへやってきた。そのひとは、わたしとビリーに気づくと上品な会釈をして、お兄ちゃんにそのちいさな箱を差し出す。
「たいへんお待たせをいたしました」
(あら、パパじゃないんだ)
 指輪が入るような箱だったので、てっきりパパが用意したママの誕生日プレゼントだと思ったのに。