複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.1 )
日時: 2018/01/14 14:22
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†主要登場人物†


◆ルーフェン・シェイルハート◆
本作の主人公。サーフェリアの次期召喚師。
貧しいヘンリ村で育つが、八歳の時から王宮で暮らすようになった。
十四歳で正式に召喚師として就任し、王都をシュベルテからアーベリトに移す。

◆シルヴィア・シェイルハート◆
ルーフェンの母。サーフェリアの召喚師。
国王の寵愛を受け、サーフェリアでは第二の地位を築いている。
ルーフェンが息子であることを否定し続けている。

◆サミル・レーシアス◆
アーベリトの領主。医術師でもある。
ヘンリ村から運ばれてきた瀕死のルーフェンを助けた。

◆オーラント・バーンズ◆
サーフェリアの宮廷魔導師。
南方で務めていたが、王都シュベルテに帰還した際、成り行きでルーフェンの外出時の護衛を命じられた。


†その他の登場人物†

◆エルディオ・カーライル◆
サーフェリアの国王。

◆ガラド・アシュリー◆
サーフェリアの政務次官。

◆ルイス・シェイルハート◆
シルヴィアの息子。シェイルハート家の長男。

◆リュート・シェイルハート◆
シルヴィアの息子。シェイルハート家の次男。
国王エルディオを父に持つため、王位継承権をもつ。

◆アレイド・シェイルハート◆
シルヴィアの息子。シェイルハート家の四男。

◆フィオーナ・カーライル◆
サーフェリアの第一王女。

◆ロゼッタ・マルカン◆
港町ハーフェルンの領主の娘。

◆クラーク・マルカン◆
港湾都市ハーフェルンの領主。

◆アンナ・ルウェンダ◆
ルーフェンの侍女。代々召喚師一族に仕えている家系。

◆イオ・レーマン◆
サンレードの生き残りであるイシュカル教徒の子供。
サンレードが焼き払われた際に、火傷を負って聴覚を失った。

◆リーヴィアス・シェイルハート◆
サーフェリアの旧召喚師と思われる人物。
移動陣に名が組み込まれていた。

◆ドナーク・レーシアス◆
アーベリトの初代領主。今は故人。
元は診療所を営む医師であったが、慈善活動の功績が認められ、伯爵の爵位を授けられることとなった。

◆アラン・レーシアス◆
アーベリトの前領主で、サミルの兄。
サーフェリアで初めて、遺伝病の治療魔術を確立するが、今は故人。

◆レック・バーナルド◆
サーフェリアの宮廷医師。
アーベリト出身。

◆モルティス・リラード◆
サーフェリアの事務次官。

◆イグナーツ・ルンベルト◆
ノーラデュース常駐の魔導師団の隊長を務める魔導師。
リオット族を憎んでいる。

◆エリ・ルンベルト◆
イグナーツの娘。かつてシュベルテで起きたリオット族の騒擾に巻き込まれ、命を落とした。

◆ラッセル◆
リオット族の長。

◆ハインツ◆
リオット族の少年。

◆ノイ◆
リオット族の女性。

◆ゾゾ◆
◆リク◆
◆ラシュ◆
◆グルガン◆
◆エルダ◆
リオット族の青年。

◆バジレット・カーライル◆
サーフェリアの王太妃。エルディオの母。

◆シャルシス・カーライル◆
サーフェリアの第二王子。

◆ヴァレイ・ストンフリー◆
サーフェリアの宮廷魔導師。

◆レオン・イージウス◆
サーフェリアの騎士団長。

◆ジークハルト・バーンズ◆
魔導師団所属の少年。ルーフェンと同い年で、オーラントの息子。

◆ダナ・ガートン◆
アーベリトの医師。

◆アリア・ルウェンダ◆
アンナの母。かつてシルヴィアに仕えていた侍女。

◆ユリアン・カーライル◆
国王エルディオの正妃。フィオーナの母。今は故人。

◆クロエ・カーライル◆
国王エルディオの妾。シャルシスの母。

◆ユタ・オーギン◆
◆モリン・タシアン◆
アーベリトの孤児院で暮らす子供たち。

◆バスカ・アルヴァン◆
軍事都市セントランスの領主。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.2 )
日時: 2018/01/19 17:19
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†用語解説†

◆イシュカル教◆
全知全能の女神、イシュカル神を信仰する宗教。
サーフェリアにのみ存在する。
悪魔を闇の象徴としているため、召喚師一族に対して否定的。
教会は国王に次ぐ権力を持っている。

◆イシュカル神◆
かつて、世界をミストリア、サーフェリア、ツインテルグ、アルファノルの四国に分けることで、争いをおさめたという女神。

◆騎士団◆
サーフェリア国王、及び王都シュベルテの守護を中心とする武人達。
最高権力者は国王。

◆宮廷魔導師団◆
サーフェリア魔導師団の中でも、特に能力の高い者のみを集めた集団。
貴族と同等の地位を持つが、人数が少ないため多忙。

◆獣人◆
獣の特徴を持った種族。姿形は種によって様々。
ただし、親が獣と人間というわけではない。
身体能力は人間より長けているが、召喚師一族以外に魔力をもつ者はいない。

◆召喚師◆
契約悪魔の召喚という、高等魔術を操る唯一絶対の守護者。
四国それぞれに一人ずつ存在する。
サーフェリアでは国王に次ぐ権力を持っており、他三国では国王と同一の最高権力者である。
代々特定の一族が引き継いでおり、子が召喚術の才を発揮し出すと、親は召喚術を使えなくなる。
契約悪魔も基本的には引き継がれるが、新たに契約することも可能。

◆魔導師団◆
サーフェリア全体の守護を勤める武人達。
最高権力者は召喚師。

◆ランシャムの魔石◆
魔力量を制御する効力がある緋色の魔石。
サーフェリアの召喚師一族に、耳飾りとして受け継がれている。

◆シシムの磨石◆
暗闇に持ち込むと光る性質をもつ石。ノーラデュースでしか採れない。

◆リオット族◆
「地の祝福を受ける民」の名をもつ、特別な地の魔術を操る一族。
ノーラデュースの谷底で暮らしている。
リオット病により全身の皮膚がひきつったように爛れており、寿命が短い。

◆リオット病◆
リオット族にのみ発病する遺伝病。
症状としては、皮膚の硬化と蛋白質異常による全身の筋肉の異常発達、及び変形。
それに伴う心肺機能の停止、などが挙げられる。

◆ゼル◆
サーフェリアの通貨単位。
通常の大きさの銅貨一枚で一ゼル、銀貨一枚で一万ゼル、金貨一枚で十万ゼルの価値がある。

◆ガドリア◆
ガドリア原虫を持つ刺し蝿に刺されることで感染する感染症。
発症すると短時間で全身に黄疸が生じ、数日後には多臓器不全に陥り早晩死する。
サーフェリア歴一二○○年代に、南方で猛威を奮っていたが、現在は簡単に治療できる。

◆クツララ草◆
耐暑性に強い多年草の一種。
根にある毒は、多足症を引き起こす要因となるが、かなり微弱なもの。

◆ルマニール◆
オーラントの愛槍。

◆アーノック商会◆
サーフェリア有数の商会の一つ。

◆カーノ商会◆
サーフェリア有数の商会の一つ。輸出入品を主に扱う。
ルーフェンと契約してリオット族を雇用している。

◆レドクイーン商会◆
魔法武具の生産を主とする商会。ルーフェンと契約してリオット族を雇用している。

◆魔語◆
悪魔召喚の呪文が記された魔導書に使用されている、召喚師一族しか扱えない特殊な言語。

◆禁忌魔術◆
その危険性から発動を禁止された、古代魔術の一種。大きく分けて、『時を操る魔術』と『命を操る魔術』の二種類が、これに該当する。

◆術式◆
その魔術を発動させるための陣や呪文のこと。


†地名紹介†

◆ミストリア◆……獣人の住む東の国。生を司る。
 
◆サーフェリア◆…人間の住む西の国。死を司る。
・シュベルテ………サーフェリアの王都。
・アーベリト………シュベルテの南東にある街。医療が発達している。
・ハーフェルン……シュベルテの北東にある港町。
・ヘンリ村…………シュベルテの東門近くに位置する村。今は廃村。
・サンレード………イシュカル教徒のすむ集落。今は消滅した。
・ノーラデュース…サーフェリアの南西端にある、深い峡谷の連なった乾燥地帯。「奈落」を意味する。
・ココルネの森……かつてリオット族が住んでいた森。高温多湿、常盤木の密林が広がる地域。
・ライベルク………サーフェリアの南西にある街。街としては最南に位置する。
・リラの森…………アーベリトに隣接する小さな森。
・ガルム村…………南大陸に位置する村。
・ネール山脈………ランシャムの魔石が採掘できる、北方の山脈。
・セントランス……シュベルテの西に位置する軍事都市。旧王都。

◆ツインテルグ◆…精霊の住む南の国。光を司る。

◆アルファノル◆…闇精霊の住む北の国。闇を司る。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.3 )
日時: 2017/08/18 15:36
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 かたり、と鉈(なた)を手にとる音がした。
夜の帳に響いたその無情な音に、子供は死を予感する。

 農作業中、冷たい土の上に転んで、ついに動かなくなった母。
一人一人、日を追うごとに骨と肉塊だけになっていく兄弟たち。

 空腹で正気を失った父が、まず初めに喰い殺すのは、きっとこの家族で唯一血の繋がりを持たない自分だろう。
子供は、冷静にそう思っていた。

 ひたりひたりと忍び寄る、死の足音。
子供は、硬い藁の上に身を横たえながら、ただその足音を聞いていた。

 死を、怖いと思ったことはなかった。
むしろ、望んでいたはずだった。

 それなのに、振り下ろされた鉈を避けてしまったのは、なぜだったのだろう。
熱い衝撃が走って腹を割かれたとき、涙が出たのは、なぜだったのだろう。

 のろのろと血の噴き出る腹を押さえながら、子供は泣いた。

(死にたく……ない……!)

 涙が、堰を切ったようにぼろぼろと溢れて——。
子供は、ただ生きたいと渇望した。

(死にたくない……!)

 背後で、とどめを刺そうと、父が鉈を振り上げる。
必死に這って逃げようとするが、もう体は動かなかった。

(死にたくない、死にたくない、死にたくない——!)


 強く強く、魂が絶叫した刹那。
暗い闇の奥から、声が聞こえた。


『……生きたいか?』


 瞬間、時が止まったように、周囲が静かになる。

(……誰……?)

『お前が呼んだ、主よ。我は、汝の強い欲望に惹かれたもの』

 子供は、緩慢な動きで顔をあげた。
しかし、目の前に広がるのは、やはり暗闇しかない。

『……生きたいか?』

(…………)

『生きたいのだろう? 汝がそう望むなら、我が叶えてみせよう』

 響いた言葉に、子供は心震わせた。

(生き、たい……!)

 広がる暗闇に、子供は手を伸ばす。

(生きたい——!)


——生きたい!
 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.4 )
日時: 2017/12/16 18:36
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†序章†
『渇望』


 その日、サーフェリアの王都シュベルテは、召喚師の話題で持ち切りだった。

 召喚師とは、契約悪魔の召喚という高等魔術を扱える唯一の魔導師である。
彼らは、世界に在る四つの国——獣人の国ミストリア、人間の国サーフェリア、精霊の国ツインテルグ、闇精霊の国アルファノルに、それぞれ一人ずつ存在する絶対的守護者であった。

 サーフェリアの現召喚師、シルヴィア・シェイルハートは、銀の髪と瞳も持つ美しい魔女である。
サーフェリアの場合、国王と召喚師が同一とされる他三国と違い、召喚師は国王に次ぐ第二の権力者という位置付けだったが、強大な魔力に加えて妖艶な容姿を持つシルヴィアは、国王エルディオ・カーライルの寵愛(ちょうあい)を受けており、その地位を絶対的なものにしていた。

 ただ一つ、問題なのは、彼女の才能を受け継ぐ子——つまり、次期召喚師が未だに生まれていないことだった。

 シルヴィアには、国王エルディオを含めた三人の男たちとの間に、各々子供がいた。
だが、その中に召喚師としての力を持つ子供は、一人としていなかったのだ。

 異様と言えるほど若々しく、美しい姿のシルヴィアだったが、今年で三十を迎える。
万が一次期召喚師が生まれない、などということがあれば、サーフェリア存亡の危機である。

 そう騒がれていた、折のこと。
なんと、その待ち望まれていた次期召喚師が、発見されたのだという。

 シュベルテの町民たちは、外に出ては皆口々に噂し合っていた。

「おい、ヘンリ村で次期召喚師様が見つかったらしいぞ」

「ヘンリ村……って、あのごみ溜めか? 嘘だろう?」

「本当さ。数日前、王宮から沢山の騎士様がヘンリ村の方に歩いていくのを、見たやつが大勢いるんだって!」

「でも、なんだって次期召喚師様がヘンリ村なんかに……? 本当なら、召喚師様の元で育てられるはずじゃないのか?」

「さあ、そこまでは分からねえが……。ただ、ヘンリ村で子供が一人、生きてたらしい。その子供が、召喚師様と同じ銀の髪と瞳を持ってるっつぅんだ。こいつぁ、次期召喚師様に間違いねえだろう?」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.5 )
日時: 2021/04/13 00:13
名前: 狐 (ID: WZc7rJV3)

 ヘンリ村は、王都シュベルテと山や森を挟んで並ぶ、貧しい村だった。
王都からあぶれた者たちが移住し、過密化しており、使い物にならなくなった奴隷を棄てる場所だとさえ、囁かれるようになっていた村である。

「それにしても、ヘンリ村の人々が全員変死って、どういうことなのかしら。騎士様が仰るには、村ごと消し炭になってたらしいわ……怖いわね。次期召喚師様がやったっていう噂よ」

「そうとしか考えられないじゃない。ヘンリ村なんて、村人でない限り誰も近づかないし……ましてその中で生きてたのが次期召喚師様一人だっていうんだから……」

 大概、噂には尾鰭がつくものだが、シュベルテに出回っていたこの噂は、ほとんどが真実だった。

 数日前の深夜、山向こう——ヘンリ村の方に大きな雷が落ち、騎士数名が視察に向かった。
すると、そこは辺り一面焼け野になっており、ヘンリ村の人々は一人残らず炭になっていたのだという。
ただ一人、銀の髪と瞳を持つ子供を除いては。

 子供を焼け野の中心で見つけた騎士たちは、大急ぎでその子供を王宮へと連れ帰った。
サーフェリアでは、銀の髪と瞳は、召喚師一族の象徴のようなものだったからだ。

 子供は、七、八歳ほどの少年だった。
痩せこけてはいるが、顔立ちもシルヴィアに似ており、誰もが次期召喚師だと信じていた。
しかし、当の召喚師シルヴィアは、首を縦に振らなかった。

「私、そんな子供知りませんわ」

 にこやかに微笑んで、シルヴィアは言った。

 だが、ヘンリ村の人々の変死も、この子供が衝動的に召喚術で起こしたものだとすれば、辻褄が合う。
現に、あの落雷が尋常ではない魔力で引き起こされたもの——悪魔召喚術によるものだろうと、宮殿中の魔導師達が口を揃えて言っているのだ。

 シルヴィアは、最後まで否定を続けていた。
しかし、この子供こそが次期召喚師だと確信した国王は、子供の治療が済み次第、彼をシルヴィアの住む離宮で同居させることにしたのだった。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.6 )
日時: 2017/12/16 18:18
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *

 子供は、恐ろしい夢を見ていた。
父の断末魔が耳に響き、育った村が一瞬で灰に変わる。
肉の焦げる臭いと、眼に焼けつく死の光景。

 涙さえ、流すことはできなかった。
身の内に入り込んだ闇が、身体中を這い回り、まるで自分を取り込もうとしてるかのようだ。

(苦しい、苦しい——!)

 水中に沈められたように、息ができない。
助けを求めて、もがきながら手を伸ばすと、誰かがその手を取った。

「大丈夫、夢ですよ。怖いことはありません」

 低くて、穏やかな声だった。

「眠ってください。次に起きたときは、きっと楽になれましょう」

 温かな手に頭を撫でられて、ふっと呼吸ができるようになった。

 子供は、そのまま水中から引き上げられるように、ゆっくりと悪夢から解放されていった。


  *  *  *


 サミルは、子供の顔に浮いた汗を布で拭ってやりながら、静かに溜め息をついた。
子供の熱が、一向に下がらないのだ。

 刃物で切り裂かれたと思われる腹の傷が、化膿して地腫れしている。
おそらく、高熱はこの傷のせいだろう。

 痩せ細ったこの身体は、これほどの高熱に耐えられるだろうか。
少しでも体力を付けさせるため、果汁や薬湯を飲ませようとしたが、子供は全て吐いてしまった。
長い間なにも口にしていなかったせいで、身体が受け付けなくなっているのかもしれない。

(さて、どうしたものか……)

 ヘンリ村で見つかったという、銀の髪と瞳を持つこの子供。
医師として、命を救いたいという気持ちはあったが、とんだ重荷を背負ってしまったと思った。

 先程までなら、ちょうど王宮から派遣された他の医師たちもいたのだが、事態が落ち着いた今、無責任にも引き上げてしまったから、この子供の命をどうにかできるのは自分一人である。

 サミルは、顎に手を当てて考え込んだ。

(とは言っても、もうこれ以上できることといったら、祈るくらいだろうか……)

 どうか、この子供が助かるように。楽になれるようにと。

 しかし、助かったところで、この子の未来に待つものが希望でないことなど分かっていた。
可哀想に、まだこんなにも幼いのにと、サミルは眉をひそめる。

 国の守護を宿命付けられた、召喚師。
ただですら縛り付けられたような人生を強いられるというのに、イシュカル教徒の増加で今後はどんどんと召喚師の居場所はなくなっていくだろう。

 イシュカル教は、絶対の守護者——召喚師ではなく、全知全能の女神イシュカルを信仰するものだ。
ついこの前までは少数派の宗教団体だったが、近年このシュベルテで、急速にその勢力を拡大させてきた。

 召喚師の力ではなく、女神イシュカルの加護の下、自分達の手で国を護る。
正しいことのようにも思えるが、他国が召喚師の力を保持している以上、これは理想論でしかない。

 人間とは、本当に不思議な生き物だと思う。
強い力をもつ者を前にしたとき、守ってほしいと懇願するのと同時に、自分とは違うその力を拒絶し、また、その力が敵対した仮定を考えて恐怖するのだ。
現に、世間は次期召喚師が見つかったことを喜びつつ、この子供を慈しもうとはしない。

 イシュカル教の拡大は、まさにその表れと言えよう。

 子供の銀髪を撫でながら、サミルは目を閉じた。

 この子供は、唯一同じ苦しみを分かつことになる母——シルヴィアにすら拒絶されている。
今、命が助かったとして、一体この子供は何を支えに生きていくのか。

 頑なに次期召喚師の存在を認めようとしないシルヴィアに、サミルは苛立ちのようなものを感じていた。

(そんなはずないでしょう、召喚師様……。この子は、間違えなく、あの時死産だと貴女が決めつけたときの御子だ)

 はあ、はあ、と忙しなく息をする子供の手を握って、サミルはただ祈った。

 今ここで助かるか、あるいは死ぬか——。
どちらにしても、この子供にとって良い方に繋がる選択が、成されるように。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.7 )
日時: 2017/12/16 18:41
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 鳥のさえずる声で、子供は目を覚ました。
部屋の窓から、爽やかで清々しい風が入ってきて、さらりと頬を撫でる。

 悪夢の名残も消えて、子供は深呼吸した。
そして、痛む腹を庇いながらゆっくりと寝返りをうったとき、自分の手が誰かに握られていることに気づいた。

 その腕を視線でたどっていくと、寝台の脇の床に、見知らぬ中年の男が座っていた。
よほど疲れているのか、子供の手を握ったまま寝台の端に寄りかかって熟睡している。

 子供は、ぼんやりとその様子を眺めて、それから辺りを見回した。
柔らかい寝台に、白亜の綺麗な天井——どれも、初めて見るものばかりだ。

 一体ここはどこなのだろう。
そんなことを考えていると、ふと、男が呻き声を上げて目を覚ました。
そして、こちらをしげしげと見つめると、ぱぁっと笑顔になった。

「おお、良かった良かった! どうです、お体の調子は?」

 突然のことに対応できず黙っていると、男は子供にかけてある毛布をめくった。

「少し、傷を見ますからね」

 男は、そう言うと腹に巻かれた包帯を見て、ほっとした顔になった。

「出血も少なくなりましたし、腫れも昨日より引いているようです。これでひと安心ですよ」

 男は、うんうんと頷いて、子供に笑いかけた。

「いやはや、流石は運がお強い。昨日は死の淵まで行きかけたというのに……」

 死——。
それを聞いた途端、どっとヘンリ村での光景が甦ってきた。
全身にぴりぴりとした痛みが駆け巡って、ぶわっと寒気が押し寄せてくる。

 真っ青な顔になって、突然がたがたと震え始めた子供の頭を、男が優しく撫でた。
夢の中で、撫でてくれていた手だった。

 男は、しばらくそうして眉の辺りを曇らせていたが、やがて子供の震えがおさまると、静かに立ち上がった。
そして、一度寝室を出ていくと、すぐに椀を一つ持って戻ってきた。

「食べたい気分ではないかもしれませんが、とにかく栄養をつけないといけませんから。どうぞ、朝食です」

 子供の頭の下に手を差し入れて起こすと、男は手に椀を持たせてくれた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.8 )
日時: 2017/12/16 16:53
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 手渡された椀の中には、卵粥が入っていて、子供は驚いた。
米や卵なんて口にできるのは、一体いつぶりだろう。

 匂いを嗅いだ瞬間、猛烈にお腹が空いてきて、子供はがっつくように粥を口に流し込んだ。
しかし、すぐにぎゅっと腹が痛くなって、思わず吐き出しそうになると、男が慌てて桶を口元に持ってきた。

 しかし、子供は吐かずに、無理矢理喉の奥に粥を送り込んだ。
これは、こんなに美味しいものを吐き出したくないという思いからくるものと、本能で行ったものだった。

 つい最近まで、ヘンリ村にいたときは、土や虫を食べることもあったのだ。
慣れるまでは、口にいれた瞬間吐き出しそうになったものだが、吐いていては生き延びられない。
意地でも腹に収める方法を、その時に覚えたのだった。

「ゆっくり、ゆっくりお食べなさい。一気にかきこむと、胃もびっくりしてしまいますから」

 言いながら、男は温めた牛の乳を飲ませてくれた。
微かに果物の風味がするそれを、今度はゆっくりと飲むと、じんわりと身体が温かくなった。

「……美味しい」

 呟くと、男は嬉しそうな顔になった。

「それは良かった。私のお屋敷の料理人が、心をこめて作ったんですよ」

 子供は、何度も何度も咀嚼しながら、夢中になって食べた。
そうしてる内に、考える余裕が出てきたのか、自分はどうしてこんなものを食べられるようになったのだろうと、不思議に思い始めた。

 そもそも、こんなに綺麗な部屋で、身分の高そうな男に敬語まで使われるなんて。
こうなった経緯が全く分からない。

「……あの、これ、全部食べてもいいの?」

 急に不安になって尋ねると、男はもちろんだと言った。

「好きなだけお食べなさい。この粥も、美味しいでしょう?」

 子供が頷くのを見ながら、男は穏やかに問うた。

「最後に食べたのは、いつなんですか?」

 男が心配そうに表情を歪めたのを見て、子供は小声で答えた。

「……覚えてない」

「そうですか……。ヘンリ村は、いつからそんなに貧しくなったんです?」

 子供は、少し考え込むようにして黙った。

「……ひどくなったのは、冬が、終わった辺り。急に税の取り立てが厳しくなって、お役人が家畜を全部連れていっちゃったから」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.9 )
日時: 2017/12/16 18:24
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 今年の冬は、確かに実りが少なかった。
農業をして暮らす土地は、全体的に飢餓に苦しんだはずだ。
ヘンリ村は、その中でも特に貧しい村だったから、空腹で苛立った役人たちの八つ当たりの対象にでもなったのだろう。
元々ヘンリ村は、悪意の捌け口として利用されるような人々が意図的に集められたような村なのだ。

「……ヘンリ村が貧しいことは知っていましたが、まさかシュベルテがなんの援助もしていなかったとは……」

 まるで他人事のように呟かれた言葉に、子供は俯いていた顔を上げた。

「ここ、シュベルテではないの?」

 ヘンリ村に最も近いのは、王都シュベルテである。
どんな経緯があったのかは分からないが、自分はてっきりシュベルテの貴族か何かの家に連れてこられたのだと思っていた。

 男は、子供に微笑みかけた。

「ここは、アーベリトという街ですよ。シュベルテから南東にある街です」

「……アーベリト?」

「はい。どうしてここまで来たか、覚えていますか?」

 子供が首を横に振ると、男は視線が合うようにしゃがみこんだ。

「……貴方は、焼け野になったヘンリ村で、倒れていたのですよ。生きていたのは、一人だけでした。それを騎士団が見つけて、一度は王宮で治療を受けていたのですが……その、召喚師様の意向で、アーベリトの医師である私の元に貴方を預けられたのです」

 最初、この子供の治療には、シュベルテの宮廷医師達が当たるはずだった。
しかし、その時シルヴィアが、この子供を自分の子ではないと拒否していたため、子供はひとまず医療の街とも呼ばれるアーベリトに預けられたのである。

「……ただの子供だったならば、こうして貴方が私の元に来ることはありませんでした。ご自分の立場を、知っておいでですか?」

 男は、問うた後、後悔したように子供の顔色を伺った。
酷な質問をしてしまっただろうかと思ったからだ。

 案の定、子供は顔をこわばらせていた。
もし自分が何者なのか知らなければ、こうした表情は浮かべないだろう。

 ヘンリ村の村人が、お前はきっと次期召喚師だ、などとこの子供に言ったのかは分からない。
だが、自分の瞳の色や力が、異質であることはなんとなく理解していたのかもしれない。

 男は、顔を曇らせて、更に尋ねた。

「……ヘンリ村に、なにがあったんです?」

 瞬間、子供は唇を噛み締めて、息を飲んだ。
その反応を見て、男は確信した。

(……この子は、全て分かっている。村を焼け野にしたことも、自分の立場も)

 子供は、うつむいたままなにも答えなかった。
父に食べられそうになったことも、闇の中から聞こえた声のことも、何故か口に出すのが怖かった。
心のどこかで、ヘンリ村が焼けたのは自分のせいな気がしていたのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.10 )
日時: 2017/12/16 18:45
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 ただ黙ったままの子供を見て、男は目を細めた。
そしてぽんぽんと頭を撫でた。

「嫌なことを聞きましたね。ご自身で分かっているのなら、答えなくて良いのですよ」

 そう言って立ち上がろうとした男の腕を、子供は慌てて掴んだ。
男の一線引いたような言葉が、ひどく恐ろしかった。

「知らない、何も……!」

 咄嗟に出た言葉は、嘘だった。
本当のことを言えば、自分はこの男に見捨てられてしまうような気がしたからだ。

「……無理に話すことはありません。言ってもいいと思えるようになったとき、教えてくれればそれで十分です」

 男は、そう言うと少し悲しそうに微笑んだ。

「……そうだ、自己紹介が遅れてしまいましたね。私は、サミル・レーシアスと申します。貴方は?」

 少し間をあけてから、子供は首を左右に振った。
ヘンリ村での呼び名はあったが、もうその名前を使うのは、嫌だった。

 サミルは、一瞬戸惑ったように眉をさげ、子供の手を握った。

「……では、王宮に戻ったときに、つけてもらうといいでしょう」

「王宮?」

 訝しげに聞き返すと、サミルは口を固く閉ざした。

「いいえ、こちらの話です。……さあ、お食事中にすみませんでした。早く傷を治すためにも、どうぞ食べてください」

 子供は、ちらりとサミルを見てから、再び持っていた椀から粥を食べだした。
サミルの言う通り、ゆっくりと咀嚼して飲み込めば、吐き気を催すほどの腹痛をもう感じなかった。

 辺りは、とても静かだった。
時折、この屋敷の中で人の立ち働く物音がしたが、それ以外は子供が口を動かす音しかしなかった。

 やがて、子供が食べ終わると、サミルは食器を片付けに部屋を出ていった。
そして戻ってくると、子供の寝台の横に毛布をひいた。

「昨晩はほとんど寝ていなかったので、少し私は休ませてもらいます。でもここにいますので、何かあったらすぐに起こしてくださいね」

 それだけ言うと、サミルは毛布にくるまった。
やはり疲れていたのだろう、ほどなくしてサミルの胸が上下し始めたので、彼はもう寝てしまったのだと分かった。

 子供も、しばらくすると寝台に横たわった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.11 )
日時: 2017/12/16 18:47
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 耳をすませても、本当に微かな物音しか聞こえない。
それは、きっとこの屋敷の壁が厚くて頑丈だからだ。
ヘンリ村の、あってないような、薄くてぼろぼろの石壁とは違う。

 きっとここにいれば、厳しい寒さに震えたり、血眼になって虫を探して食べたり、死にゆく家族を見たりすることはない。
そんな日々とは、無縁になれる。

 今、自分は、温かくて美味しい食事が出てくる、そして優しく頭を撫でてくれる人がいる、そんな場所にいる。
自分を殺して食べようとした父の手から、こうして逃れ、生きているのだ。

——ヘンリ村を、犠牲にして?

 ふと、声がした気がして、子供はぎゅっと目をつぶった。

(違う……そんなんじゃない。僕は、ただ、生きたいと思っただけ……)

——そう、生きるために、自分を殺そうとした奴等を消したんだ。

 そんな自分が、一人生き残り、平穏に身を置いている。
そう考えると、息苦しいほどの恐怖が襲ってきた。

 自分を憎み、責め立てるヘンリ村の人々の声が聞こえる。
今もぐっている寝台の中からも、彼らの手が伸びてきて、自分を闇の世界に引きずり込むかもしれない。

 子供は顔を歪めた。

(……違う、知らない。僕は、あの声に頷いただけ。村があんなことになるなんて、知らなかった……)

——知らなかった……? 本当に?

 脳内に、あの時の声が響いてきた。

——お前が我に命令した。己を生かせ、と。お前がやったのだ、主よ。

(違う……!)

 子供は、枕にぐっと顔を押し付けた。

 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.12 )
日時: 2017/12/16 18:49
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)


 七日も経つと、子供の体調はほとんど良くなっていた。
幸い傷の化膿は治まり、感染症になることはなかったので、熱もすっかり下がった。

 寝ている間、この屋敷ではばたばたと人が出入りしているようだったが、一体何が起きているのは分からなかった。
時折、サミルではなく別の宮廷医師が訪ねてきていたから、出入りしているのは彼らかと思ったが、それにしても随分と騒がしかった。
ただ訪問者がいるという風ではなく、言い争っているような声も聞こえてきていたのだ。

 しかし、何もなかったかのように、サミルはいつも優しかった。
それが、暗に首を突っ込まないでほしいと言われているようで、子供は何が起きているのか、尋ねることができなかった。

「ああ、もう立ち上がれるようになったんですね。本当に良かった」

 朝食の後、食器を片付けに自ら部屋を出た子供を見て、サミルは嬉しそうに笑った。

「その分なら、今日はもう王宮に戻れそうだ。いかがですか?」

 子供は、こくりと頷いた。

 傷が治れば、王宮に住むと、これは前々から言われていた。
だから昨日、子供は、明日サミルと王宮に行くと約束したのだ。

 正直、王宮などという未知の世界に行くのは不安で、何度もこの屋敷で働かせてほしいとサミルに頼もうと思った。
しかし、働くといっても、何もできるようなことは思い付かなかったし、そもそもそんなことは許されないような雰囲気だったため、言えなかった。

「では、どうぞ。これを着てください」

 見たこともないような綺麗な刺繍の服を渡されて、子供はいそいそとそれを着込んだ。
随分と複雑な構造をした服だったため、所々手間取ったが、そこはサミルが手伝ってくれた。

 子供は、馬車を手配しているサミルに、ずっと気になっていたことを尋ねた。

「……なんで、王宮に住まないといけないの?」

 すると、サミルは少し考え込むようにして、答えた。

「……貴方の、本当のお母上が、王宮にいるからですよ」

 予想もしていなかった答えに、子供は驚いた。
てっきり、ヘンリ村でのことを詳しく聞きたいからとか、そのような理由かと思っていたのだ。

「本当の……お母さん?」

「ええ、そうです」

 ヘンリ村に住んでいたときも、自分は拾われた子だと言われていたから、本当の母親がどこかにいるのだろうとは思っていた。
ただ、まさかその母親が王宮にいるとは、考えたこともなかった。

「お母さん、偉い人なの?」

 思わずそう尋ねると、サミルは複雑な表情を浮かべて、子供の肩に手を置いた。

「シルヴィア・シェイルハート様。現召喚師様が、貴方のお母上です」

「召喚師……」

「……召喚師のことは、分かりますね?」

 子供は、頷いた。

 案外心は冷静で、母親が召喚師だと聞いても、今度は驚かなかった。
むしろ、心の穴にすとんと何かが嵌りこんだかのように、納得した。

 なんとなく、自分でも分かっていたのだろう。
ただこれまでは、自分が異質であることと、自分が召喚師の息子であることを、結びつけていなかっただけだ。

 サミルは、黙りこんでしまった子供の背を軽く押して、馬車に乗るよう誘導した。

 子供は、最後に一度、屋敷の方を振り返って、サミルと共に馬車に乗り込んだ。
白亜の屋敷は、改めて全体を見渡してみると、少し寂れた雰囲気を漂わせていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.13 )
日時: 2017/08/18 15:54
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)



 屋敷を出た時は、雨が近いかと思われるような曇り空だったが、サミル達の馬車が王都シュベルテに入った頃には、すっかり晴れていた。
強風に煽られて流れていく雲は、日光に縁取られて、白く輝いている。

 王宮は、重厚な白壁に囲まれていて、王の住まう場所というよりは、牢のようだった。
思っていたような華やかさはなかったが、想像以上に荘厳で、これからここに閉じ込められるのかと思うと、子供は少し怖かった。

 王宮の門前に到着して、馬車から降りると、サミルは門衛に声をかけた。
何を話しているのかはよく分からなかったが、既に話は通っていたようで、門衛はすぐに開門した。

 それと同時に、門の更に奥にある大扉が、ぎしぎしと軋みながら開いて、中から細長い人影が現れた。

 ひょろりと背の高いその人影は、初老の男だった。
白髪交じりの髪は後ろで一つにまとめてあり、纏っている緑色の衣からは墨なような臭いがした。

「よくぞ参った、レーシアス伯」

 男がそう声をかけると、サミルは両の掌をあてて礼をした。

「アシュリー卿、遅くなり大変申し訳ありませんでした」

「いや、構わぬよ」

 男は、言いながら、子供の方に視線を移した。

「ほう、これはこれは……確かに、召喚師様によく似ていらっしゃる」

 舐めるように子供を見回すと、男はぎらぎらとした目を細めた。

「お初にお目文字つかまつります。私、政務次官のガラド・アシュリーと申します。以後お見知りおきを」

「…………」

 聞いたこともないような言葉遣いに戸惑って、子供は助けを求めるようにサミルを見た。
すると、サミルは微笑んで言った。

「ここからは、アシュリー様に案内してもらって下さい。次期召喚師様、私とはここでお別れです」

「えっ……?」

 急な別れの言葉に焦って、子供はサミルの袖を掴んだ。
もちろん、サミルは王宮の人間ではないから、いつか別れるだろうとは予想していた。
しかし、こんなにすぐに置いていかれるとは思っていなかったのだ。

 まるで牢のような王宮で、こんなぎらぎらした目のガラドという男と残されるのは、不安だった。

「もう、帰るの……?」

「はい。次期召喚師様の命をお救いすることができて、光栄でした。どうか、お元気で」

「…………」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.14 )
日時: 2017/12/16 18:52
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

 冷たく、突き放されたような気がした。

 子供が黙ったまま俯くと、サミルは少し躊躇いがちに、自分の袖から子供の手を外した。
それからゆっくりと踵を返して、馬車の方へ歩き出した。

 こんなにも、あっさりと別れがくるとは思わなかった。
自分にとっては、初めて優しくしてくれる人だったというのに。

 そう思うと、じわじわと悲しみが心に滲んできて、子供はぐっと歯を食い縛った。

「……参りましょう、次期召喚師様」

「——っ!」

 そうして伸びてきたガラドの手を振り払って、子供はだっとサミルの元に駆け出した。
そして、既に馬車の近くまで戻っていた彼の腰辺りに飛び付くと、勢いよく顔を上げた。

「嘘、ついてた……!」

 突然のことに驚いたらしく、サミルは目を丸くして子供の方に振り返った。
子供は、続けた。

「本当は、全部知ってた。自分が普通と違うこととか、ヘンリ村がどうしてああなったのかとか」

「…………」

「あの日、ついに食べるものがなくなって、父さんが僕のこと食べようとしたんだ。僕は拾われた子だったから、それも仕方ないと思ったけど……急に死ぬのが怖くなって。そしたら声がしたから——」

「声?」

 聞いているだけだったサミルが、口を開いた。
子供は、これまでにないほど真剣な目をして、頷いた。

「声がしたんだ、生きたいか? って。それに、生きたいって答えたら、急に大きな雷が落ちてきて……」

「…………」

「よく分からないけど、多分、僕がやったんだ。ごめんなさい、嘘ついてました」

 すがり付くように言ってきた子供を、サミルは強く抱き締めた。
こんな風に抱き締められたのは、初めてで、途端に喉の奥から熱いものが込み上げてきて、子供は泣いた。

「……そうして嘘をついたと言えるのですから、貴方は本当に立派で、心根の良いお方です。大丈夫、貴方は何も悪くないのですから」

 そう言いながら、サミルはあやすように子供の背を撫でた。

「これから、大変なこと、辛いことが沢山あるでしょう。でもどうか、道を誤らぬように、真っ直ぐ生きてください。私は、いつでも貴方の味方ですよ」

 それだけ言うと、サミルは子供を離した。
そして、すぐ近くに来ていたガラドを一瞥すると、最後に子供の頭をくしゃくしゃと撫でて、馬車に乗り込んだ。

「……ありがとう」

 泣いていたせいで、あまり大きな声は出なかった。
しかし、ちゃんと届いていたらしく、サミルは微笑んだ。

 馬車が走り出したのと同時に、子供の手をガラドがぐいと引っ張り、歩き出した。

 どんどん遠くなる馬車を見つめながら、子供は、ただ小さくなっていく車輪の音を聴いていた。
 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.15 )
日時: 2017/08/18 15:57
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)



 本殿から続く、長い廊下を歩いている途中。
ガラドから、離宮に向かっていること、離宮には召喚師であるシルヴィアと、その三人の息子たちが住んでいることなどを説明された。

 自分はこれから、会ったこともない母親と、兄弟に囲まれて暮らすのだ。
そう考えても、実感など湧かなくて、嬉しいとも嫌だとも思わなかった。

 色とりどりの花が咲き乱れる庭園の真ん中に、離宮はぽつんと建っていた。
荘厳な本殿の雰囲気とは一変、離宮は御伽の国から飛び出してきたような、きらびやかな建物だった。

 庭園に足を踏み入れると、朝露に濡れた草の匂いと、花の甘い香りがふっと頬をかすった。
離宮の扉の奥からは、微かに物音がしてきて、誰かが庭園に出ようとしているようだった。
おそらく、召喚師とその息子達だろう。

 離宮と距離をあけたまま、呆然と立ち竦んでいると、ガラドが声をかけてきた。

「今からいらっしゃるのが、召喚師シルヴィア・シェイルハート様とそのご子息です。ところで、次期召喚師様はおいくつで?」

「……多分、八」

 これまで迎えてきた冬の数を数えて答えると、ガラドはふむ、と頷いた。

「では、兄君が二人、弟君が一人ですな。どうぞ、あちらに」

「…………」

 ガラドが離宮に向けた視線をたどると、扉から三人の子供が出てきた。
これから、自分の兄弟となる子供たちだ。

「あちらの黒髪のお方が、ご長男のルイス様、金髪のお方が次男のリュート様、年齢的に次期召喚師様を三男として、最後のあの茶髪のお方が四男のアレイド様でございます」

 ガラドの言う通り、ルイスとリュートと呼ばれた二人は、自分よりも歳上に見えた。
おそらく、もう十歳は越えているだろう。
最後の、アレイドと呼ばれた子供は、自分より年下ということだったが、ほとんど同い年くらいのようだ。

 三人とも、髪色も顔立ちも全然似ていなかったが、それぞれ父親が違うことは聞かされていたから、疑問には思わなかった。

「……あとは、召喚師様との時間をお過ごしください。それでは、私はこれで」

 ガラドは、深々と礼をすると、そそくさと庭園を出ていった。
子供は、その後ろ姿を見送って、再び兄弟達の方を見た。
すると、子供の一人——アレイドが、一瞬ちらりとこちらを見て、それから扉に目を向けた。

「母上! もう来ていますよ!」

 それが、自分を指した言葉だと分かって、子供は後ずさった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.16 )
日時: 2016/05/26 12:06
名前: 狐 (ID: q6B8cvef)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=196.jpg

 その時、ひゅうっと、花弁を乗せた風が吹き抜けた。
子供は、目を閉じかけ、そして、再び前を見て、瞠目した。

 離宮の扉から出てきたのだろう。
いつの間にか、子供たちの中に銀髪の女が佇んでいる。

(……シルヴィア・シェイルハート……)

 全身を、稲妻が突き抜けたような感じがした。

 血が通っているとは思えないほど白い、陶器のような肌と、絹糸を思わせる艶やかな白銀の髪。
音もなく現れた彼女は、間違いなく自分の母親——否、同類だと思った。

 本当に美しく、綺麗な女だった。
だが、それを見た瞬間、子供は地面に縫い付けられたように動けなくなった。

 子供が動かないことを不思議に思ったのか、アレイドがこちらを見て、駆け寄ってこようとした。
すると、シルヴィアが口を開いた。

「アレイド、行っちゃあ、だめ」

 鈴のような声だった。

 アレイドが、何故か問うように見つめ返すと、シルヴィアは薄い唇をほころばせた。

「あの子は、私の子供ではないの。だから、だめ」

「……でも、今日から一緒に住むのでしょう? 母上」

「あの子供が次期召喚師だと、父上も仰っていました」

 続いて口を開いたルイスとリュートを、シルヴィアは包み込むように抱くと、笑みを浮かべた。

「……あの子は次期召喚師よ。でも、私の子供ではないの。ねえ? ルイスも、リュートも、アレイドも、あの子に近づいてはだめ」

 三人の子供たちは、少し躊躇ったような表情を浮かべていたが、やがて頷いた。
それに対し、いい子ね、と呟くと、シルヴィアはついにこちらを見た。

 まるで、氷のような微笑。
シルヴィアと目があった途端、ぞくぞくとした寒気が身体を巡って、震えが止まらなくなった。
この恐怖は、あの日、闇から声が聞こえてきた時に感じたものと、よく似ていた。

「ねえ、貴方。お名前は?」

 尋ねられて、子供は必死に首を振った。
声を出すことは、出来なかった。

「あら……名前がないのねえ。でも、これから一緒に暮らすなら、名前がないと不便だわ」

 そう言いながら、シルヴィアは立ち上がった。
そして、ゆったりとした足取りで、浮いているのではないかというほど軽やかに、子供の目の前に来た。

 シルヴィアは、青白い指先をこちらに向けた。

「……それなら、貴方の名前はルーフェンにしましょう。古の言葉で、奪う者って意味よ」

 銀の髪を揺らして、シルヴィアの唇が会心の笑みを浮かべる。

 ここで初めて、自分はひどく拒絶されているのだと気づいた。
だって、こちらをじっと見ているのに、彼女の瞳に自分は映っていない。
シルヴィアは、ルーフェンではなく、どこか遠くを見ているようだった。

 さあっと甘ったるい風が吹き抜けて、花園がさわさわと揺れる。
その草花のざわめきに不安を掻き立てられて、ルーフェンはごくりと息を飲んだ。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.17 )
日時: 2017/11/04 17:45
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†第一章†——索漠たる時々
第一話『排斥』


 シュベルテがサーフェリアの王都となって、今年で五百年目を迎えた。
今日は、その式典が開かれる日で、シュベルテ中がこれまでにないほどの賑わいを見せている。
式典自体は毎年行われているが、五百年目ということで、今回は特に盛大な規模だったのである。

 王宮では、各街の領主や貴族たちが集まって、王族を囲んでの晩餐会を始めていた。
そこには、当然召喚師一族も出席が義務付けられており、ルーフェンは人目から外れた広間の隅で、窓の外を眺めていた。

 華やかに飾り付けられた広間に、豪華な食事。
誰もが羨むであろう祝いの席だが、街に降りた方がずっと楽しいだろうと、ルーフェンは常々思っていた。

 こういった席は、晩餐会と称した腹の探り合い会に過ぎない。
あるいは、家柄への媚売り会、娘を嫁がせたい貴族達のご機嫌とり会、とも言えるだろう。

 嫌悪感がする、とまではいかないが、息が詰まるのは事実だった。
わざとらしい笑顔を浮かべて、機嫌をとられるのはもちろん、立場上こちらも相手が機嫌を損ねないように接しなければならない。
それが、些か苦痛だった。

 とはいっても、最近はそれさえ癖になって、なにも感じなくなってきた。
慣れとは恐ろしいものである。

「ルーフェン、窓の外なんか見て、どうしたの?」

 背後から可愛らしい声がして、ルーフェンは我に返った。
振り返ると、鮮やかな巻き毛の金髪の少女が、笑みを浮かべて立っていた。
第一王女のフィオーナ・カーライルだ。

 その横には、銀のドレスを来たブルネットの少女が、恥ずかしげに立っている。
どこかで見たような顔だったが、いまいち思い出せなかった。

「どうもいたしませんよ、フィオーナ姫」

 如才なく微笑んで見せると、隣のブルネットの少女の顔が、一瞬で赤くなった。

「あの、次期召喚師様……お、お久しゅうございます。えっと……」

「ご機嫌麗しゅう存じます。再びお会いできて光栄です」

 緊張からか、上手く話せない少女の手を取って軽く口づけると、彼女が更に真っ赤になって黙り込んだ。

「……この子、あまりそういうのは慣れてないのよ。社交界にも、最近出てきたばかりなんですもの」

 フィオーナに睨まれて、ルーフェンは苦笑した。
そしてブルネットの少女を一瞥すると、優雅に礼をした。

「それは、大変失礼いたしました。お顔が赤いようですので、何か冷たい飲み物でも持ってこさせましょう」

 慇懃(いんぎん)にその場を誤魔化して立ち去ると、ルーフェンは近くにいた使用人に飲み物をフィオーナ達の元へ持っていくよう告げて、そのまま人気のないバルコニーへ出た。
晩餐会中にこんなところへ出る人はほとんどいないから、ここにいればしばらく人目を避けられるだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.18 )
日時: 2016/08/21 13:31
名前: 狐 (ID: yWbGOp/y)

 冷たい夜風に当たりながら、シュベルテの街を見下ろすと、そこは見渡す限り人で埋め尽くされていた。

 どの通りにも、露店が所狭しと立ち並んでいる。
様々な色合いに装飾された街は、高いところから見ると息を飲むほど綺麗だった。

 加えて、今日ばかりは各店の予算を公費で落としているらしく、酒や食べ物全てが無料同然になっているため、旅人達も数多く訪れているようだった。
街全体が、楽しげな雰囲気に包まれている。

(……色んな、世界があるんだな)

 家族すら食い殺そうとするヘンリ村での生活が脳裏に蘇って、ルーフェンはふと思った。
別に、だからといってシュベルテの民が妬ましいとか、そういった感情は抱いていない。
ただ、同じ国の民であるのに、どうしてこうも差があるのかと疑問に思った。
現に、自分は底辺から上流階級での暮らしに移ったのだ。

 物思いに耽っていると、すぐ近くに誰かの気配がした。
今度は誰だと、面倒に思う気持ちを抑えながら振り返ると、アレイドが立っていた。

 彼は、自分のように面倒だからといって、人気のないところに身を隠すような性格ではないから、おそらくルーフェンを追ってきたのだろう。
アレイドは、他の二人の兄——ルイスやリュートと違い、ルーフェンに話しかけてくることが多いのだ。

「兄さん、ロゼッタ嬢たちとは、もう話さなくていいの?」

「……ロゼッタ嬢?」

 興味がなさそうに聞き返してきたルーフェンに、アレイドは眉を下げた。

「さ、さっき話してたじゃない。フィオーナ姫と……ほら、ハーフェルンの領主様のご息女だよ。この前、花祭りの時にもお会いしたでしょう?」

「ああ……そういえば、そうだった気がする」

 ハーフェルンは、シュベルテの北にある港町である。
なかなかに発展した街で、おそらくシュベルテの次に大きいだろう。

 アレイドは、ルーフェンと広間とを交互に見て、困ったように言った。

「……よ、良かったの? 多分、兄さんともっと話したかったんじゃないかな……ロゼッタ嬢……」

 ルーフェンは、わざとらしく肩をすくめた。

「さあ? どっちにしても、戻る気はないよ。……まあ君が素直に、ロゼッタ嬢と話したいからついてきてって言うなら、考えるけど」

「ちっ、違うよ! そんなんじゃ——!」

「そ。じゃあ戻らない」

「…………」

 分かりやすく肩を落としたアレイドとは対照的に、ルーフェンはふっと笑うと、再び街の方を見た。

 ルーフェンは、王宮に身を置くようになったこの六年間で、すっかり少年らしくなっていた。
身長も随分と伸びたし、当初は上流階級としてのことなど何一つ身に付けていなかったが、今は文字も作法も覚え、次期召喚師として多くの魔術を使えるようにもなった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.19 )
日時: 2017/12/16 19:06
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 さあっと吹いた夜風に、ルーフェンの銀髪が靡くのを見ながら、アレイドは、やはり彼こそシルヴィアの息子なのだろうと感じた。
未だに、彼を我が子ではないと言い張っている母、シルヴィアだが、その銀髪も、整った顔立ちも、そして魔術の才も、血が繋がっているとしか思えないほど似ている。

 アレイドは、小さな頃は母の言葉を鵜呑みにして、ルーフェンから遠ざかるように生活していたが、今は兄弟として、その距離を縮めたいと思っていた。
こんな気持ちを母や他の兄達が知ったら、良い顔はしないだろう。
それは分かっていたが、ルーフェンとは年の差も一つしかなかったし、単純に仲良くなりたかったのだ。

 ただ、ルーフェンには、どこか人を寄せ付けない独特の雰囲気があった。
普段共に過ごしているときは、そんなこと微塵も思わない。
しかし、一人で物思いしている時のルーフェンからは、とても十四の少年とは思えない、深く暗い静けさを感じることがある。
それは、時折、自分と彼は薄い壁を隔てて違う世界にいるのではないだろうかと感じるほどだった。

 だから、どんなに仲良くなろうと思っても、ルーフェンにはあと一歩というところで、距離を置かれているような気がした。
薄壁一枚分、線一本分、そんな本当にわずかな距離だけれども、近づくと彼はいつも逃げてしまっている感じがするのだった。

 広間の方から、わぁっと拍手が沸き起こった。
驚いてそちらを見ると、国王エルディオが何やら壇上で話しているようだ。
バルコニーにはほとんど声は届いていなかったし、何を話しているのかはっきりとは分からなかったが、単に式典の挨拶というだけのことだろう。

 アレイドがぼんやりとその様子を眺めていると、ルーフェンが街を見下ろしたまま呟いた。

「……戻りたいなら、戻った方がいいよ。二人も広間にいないってなると、流石にばれるかもしれない」

 アレイドは、首を横に振った。

「僕は、いいよ。兄さんこそ、戻った方がいいんじゃないかな……次期召喚師だもん」

「……俺はしばらく戻らないよ、面倒くさい」

「でも、兄さんと話したいって人、沢山いたよ?」

「…………」

 煩わしい、とでも言いたげに軽く睨まれて、アレイドは黙り込んだ。
しかし同時に、ルーフェンがアレイドの背後を見て、硬直した。

 アレイドの影に、別の影が重なる。
微かに香る花のような甘やかな匂いに、アレイドがゆっくりと振り返ると、そこにはシルヴィアが立っていた。

「母上……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.20 )
日時: 2017/12/16 19:03
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 アレイドが呟くと、シルヴィアはふわりと微笑んだ。

「こんなところで、何をしているの? まだ晩餐会の途中でしょう。戻りなさい、アレイド」

「は、はい。すみません……」

 慌てて頭を下げ、顔をあげると、ルーフェンが素早くシルヴィアの脇を抜けて、室内に入っていくのが見えた。
表情は伺えなかったが、きっとルーフェンは、恐ろしく冷たい表情をしているだろう。
彼は、シルヴィアに対して、いつもそうだった。

 一方シルヴィアは、ルーフェンには目もくれずに、アレイドの手を握ると、そのまま室内に導いた。
その手はまるで絹のようになめらかで、白く美しい。

「……あの、母上。ルーフェン兄さんと話したこと、怒ってますか?」

 か細い声で問いかけると、シルヴィアは優しげな顔でこちらを見た。

「……話して、楽しかった?」

「…………」
 
 楽しい、とは少し違う気もしたが、ルーフェンとは仲良くなりたい。もっと話してみたい。
アレイドは、そう言いたかった。

 しかし、穏やかなようで、どこか威圧感のあるシルヴィアの言葉に、アレイドは何も言うことが出来なかった。
どうして自分には、こうも度胸がないのだろうと、時々悲しくなる。

 シルヴィアは、何も言わないアレイドを見つめながら、にこりと笑んだ。

「楽しくなんて、ないわよねえ。だってあの子、シェイルハート家の子ではないんですもの」

「……はい……」

 シルヴィアの笑顔につられるように、力ない笑いを浮かべて、アレイドはそう返事をした。

 ルーフェンのこととなると、シルヴィアは「我が子ではない」と、その一点張りだった。
今や、誰もがルーフェンを次期召喚師として認め、シルヴィアの子だと認知しているにも拘わらず、だ。

 シルヴィアは、世間的にも美しく気高い召喚師として、立派な地位を築いていたし、当然アレイドも、そんな母を慕っていた。
だが、繰り返し繰り返し、壊れたようにルーフェンの存在を否定するシルヴィアは、少し異様だと思うこともあった。

 今更、いくら「ルーフェンは自分の子ではない」と言ったところで、もう彼が次期召喚師であることは絶対に揺らがない。
それでも、ひたすらそう主張するシルヴィアは、まるでその言葉を自分に言い聞かせているようで──。

 常に浮かべられたその笑顔の裏で、母は何を思っているのだろうと考えるようになったのは、つい最近のことであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.21 )
日時: 2015/06/07 16:35
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 1866/WgC)


 背筋にざわめくような寒気を感じながら、ルーフェンはバルコニーから遠ざかった。

 シルヴィアの笑顔は、相変わらず気味が悪い。
人々は彼女を美麗だと讃えるが、なぜその美麗さの奥に恐怖を感じないのか、ルーフェンは不思議でならなかった。

 時間が流れることを知らないかのように、いつまでも若く、変わらぬ姿の女。
瞳には何も映さず、微笑む以外の表情は一切浮かべない女。
まるで、精巧に作られた人形のようじゃないかと、ルーフェンは思う。

 鼓動が速くなり、胸が苦しくなってきた。
今にでもこの広間を抜け出して、自室に戻りたいと思ったが、流石にそういうわけにはいかない。

 後ろを見て、シルヴィアとアレイドの元から十分に距離をとったことを確認したとき。
前を見ていなかったせいで、ルーフェンは、どんっと何かにぶつかった。
その衝撃で我に返って前を向くと、目の前には上品な口髭を蓄えた、中年の男が立っていた。

 そのすぐそばに、先の少女──ロゼッタが寄り添っているのを見て、ルーフェンは、すぐにこの男が彼女の父、ハーフェルンの領主クラーク・マルカンであることを思い出した。

「おお、次期召喚師様ではありませんか」

 葡萄酒の入ったグラスを片手に、クラークは快活な様子で言う。
ルーフェンは、悟られぬ愛想笑いを浮かべると、一歩さがって畏まった。

「……申し訳ございません。私の、前方不注意だったようで」

「いやいや、とんでもない。こうしてお会いすることが出来たのだ、光栄の至りに存じますぞ」

 クラークは、大袈裟に手を広げて、歓迎の意を表した。
すると、彼の声につられるようにして、周りから人が集まってきた。

 皆、各街の領主や貴族というだけあって、それぞれ煌びやかで上品な身なりをしている。
しかし、途端に周囲に充満する香水のきつい匂いが、ルーフェンにとっては不快だった。

「聞きましたぞ、次期召喚師様。なんでも、魔術で大変優秀な成果を残されているのだとか」

「いえいえ、魔術だけでなく、文武共に秀でていらっしゃるとも」

「これで、サーフェリアの未来に憂いはありませんわ」

「何せ、次期召喚師様はたった八歳で召喚術を成功させたのだから」

「次期召喚師様がいれば、サーフェリアはこれからも安泰ね」

 口々に称賛の言葉をかけてくる人々を、まるで蠢く絵のように感じながら、ルーフェンはその一つ一つに笑顔で応えた。
その一方で、胸の中にはどす黒い感情が沸き起こってくる。

──次期召喚師様!
──次期召喚師様!
──次期召喚師様!

──どうか、この国を守って。
──どうか、お願いします。
──どうか、どうか……。

 破れ鐘のように頭を廻る、声。

 思わず耳を塞ぎたくなるようなこの声を、王宮に入ってから、ルーフェンは何度聞かされたことだろう。
全て、世の真実を見ようとしない、無知な愚か者どもの戯言だとしか、思えなかった。

 無意識の内に、ルーフェンの拳に力が入った。

(……サーフェリアなんて、どうでもいい)

 こうして波風立てまいと笑顔で対応しているのは、刹那的に己の居場所を王宮内に作っているだけだ。
今、ここで宮殿を追い出されたら、自分には他に行く宛などないのだから。
別に居場所さえあれば、すぐにでも本音をぶちまいて、こんな牢獄のような場所、出ていってやるのに。
そう心の中で毒づきながら、ルーフェンはただ、下心の滲む人々の言葉に、耳を傾けていた。

 サーフェリアの平和、安定。
それを守るべき召喚師の運命、役割。
そんなものを果たす義理はないし、興味もない。

(俺は、絶対に召喚師になんか、ならない……!)

 シルヴィアを初めて見たときから、心に居座り続けている、この強い思い。
だがそれ以上に、召喚師を縛る鎖が強いことを、ルーフェンはまだ知らなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.22 )
日時: 2017/12/16 19:12
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 自室に戻り次第、倒れこむように眠りについたルーフェンは、明け方に一度目を覚ました。
ふと自分の格好を見てみれば、まだ晩餐会用の正装を着たままでいる。
道理で窮屈なはずだと納得して、ルーフェンは部屋着に着替えた。

 窓を開けると、ひんやりとした空気が部屋に流れ込んできた。
同時に、早朝とは思えぬ喧騒が、微かに耳に入ってくる。

 こんな早くに、何かあったのだろうかと部屋を出ようとすると、扉に手をかける前に、こんこん、と外側から扉を叩く音が聞こえた。

「次期召喚師様、朝早くに申し訳ございません。少々よろしいでしょうか」

 侍女の、アンナの声だった。

 ルーフェンは、返事をする代わりに扉を開くと、眼下で控えるアンナを見た。

「……なに?」

「あの……召喚師様が、お倒れになって……」

 アンナは少し慌てた様子で言ったが、ルーフェンは至って落ち着いていた。
ただ冷静に、だから先程から騒がしいのか、と頭の中で結論付ける。

「今すぐ、離宮の方にお越し下さい。ルイス様方も、既に集まっていらっしゃいますので……」

 ルーフェンは、離宮の方に視線をやった。
召喚師の家系は、本来離宮で寝食しているのだが、ルーフェンだけは、離宮に近い本殿のこの部屋を自室としている。
これは、ルーフェン本人の希望で、最近移したものであった。

 ルーフェンは、小さく溜め息をついた。

「……行かない。俺が行ったって、どうにもならないでしょ」

 淡白に答えると、アンナはすがるようにルーフェンを見た。

「お母上様が、お倒れになったのですよ? 次期召喚師様が傍に居てくだされば、召喚師様もきっとご安心なさいます」

「…………」

 力説するアンナを横目に、再度溜め息をついて、ルーフェンは上着を羽織った。

 ルーフェンが近くにいれば、シルヴィアが安心するなどということは、まずあり得ないだろう。
だが、そんなことをアンナに言っても、仕方がないと思った。

 王宮内には、ルーフェンとシルヴィアの間に深い亀裂があることを、よく理解していない者も多い。
アンナも、ルーフェンの世話をすることが主な侍女だったが、その内の一人だった。

 しかし、だからといって、ルーフェンはこの気持ちを理解してほしいとは思っていなかったし、またシルヴィアも、不仲なことを表に出すつもりはないようだった。

(……どうせ、またいつもの理由だろ)

 シルヴィアは、最近体調を崩すことが多く、こうして呼び出されることは度々あった。
だから、今回もその類いだろう。

 そう淡々と考えながら、アンナを連れて部屋を出る。

 空には、見渡す限りの曇天が広がっており、大気は思ったよりもずっと冷え込んでいた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.23 )
日時: 2017/12/16 19:15
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 シルヴィアは、離宮の最上階──自室の寝台の上に横たわっていた。
ただですら白い顔を真っ青にして、微かに口を開いたまま、目を閉じている。

 既に来ていたルイスやリュート、アレイドも、不安を隠せない様子で、寝台の脇に立ち尽くしていた。
確かに、今回はいつもよりも体調の崩し方が深刻なようだ。
アンナが必死にルーフェンを呼びに来たのも、頷ける。

 ルーフェンが部屋に入ってくると、気づいたアレイドが近寄ってきて、小声で言った。

「昨晩、晩餐会が終わった時から具合が悪かったみたいなんだけど、今朝侍女が様子を見に来た時から、声をかけても眠ったまま起きないんだ……」

「……そう」

 ルーフェンは、入ってすぐの壁際に寄り掛かると、短く返事をした。

 シルヴィアの腕をとり、脈を確かめている宮廷医師に、リュートが苛立ったように言った。

「おいレック、早く治療をせぬか。先程から、何もしていないではないか!」

 年老いた宮廷医師は、首を横に振った。

「これ以上は、何も……。召喚師様は今、体内の魔力が急激に減少している状態にございます。ちょうど今は、召喚術の才が次期召喚師様に遷っている時期なのかもしれません。とすれば、ただ回復を待つしか……」

 その瞬間、宮廷医師に集中していた視線が、ルーフェンに注がれる。
ルーフェンは、居心地が悪そうに眉を寄せて、低い声で言った。

「……俺のせいだと、言いたいんですか」

 ルーフェンの問いに、返事をする者はいない。
しかし、この不穏な空気を払拭せねばと焦ったのか、宮廷医師が慌てて立ち上がった。

「いっ、いいえ! この現象は必ず、起こるべくして起こることなのです。召喚術の才が遷るということは、召喚師様のお身体に大きな負荷がかかるということ。歴代の召喚師様にも、こういった体調不良は当然ございました。決して、次期召喚師様のせいなどということは──」

「そうだとしても、今回の母上の衰弱ぶりは異常だ。事態の責任の追及など、どうでもいい。今は母上の回復を考えるべきでしょう」

 宮廷医師の言葉を遮って発言したのは、長男のルイスだった。
その鋭い声音に、アレイドやアンナは、思わずびくりと顔をあげる。

 ルイスは、とん、と手を額に当てて目を閉じると、やがて何か思い付いたように口を開いた。

「ルーフェン、母上に魔力を送って差し上げることはできないのか。お前の魔力の波長が、母上のものに一番近い。拒絶反応も起きないだろう」

「…………」

 再び全員の視線を受けて、ルーフェンはぐっと黙りこんだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.24 )
日時: 2017/12/16 19:18
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 魔力とは、その発現に得手不得手はあるものの、人間や精霊族ならば誰もが持っている体内のエネルギーのようなものである。
その波長は一人一人違うため、他人に自分の魔力など流し込めば、本来は拒絶反応を起こしかねないのだが、血族間の波長が似た者同士であれば、魔力の貸し借りも出来る場合が多かった。

 そして、シルヴィアとルーフェンの場合でも、それはおそらく可能なことで、もし成功すれば魔力量の増加、回復が望める。
仮に、そのせいで魔力の乱れが生じたとしても、シルヴィアはランシャムの魔石から作られた耳飾り──代々召喚師に伝わる緋色の耳飾りを身に付けているから、問題はないはずであった。
この耳飾りには、魔力量を制御する効力があるのだ。

 シルヴィアに触れることはあまりしたくなかったが、ここで拒否すれば周囲の反応が面倒である。
ルーフェンは、ごくりと唾を飲むと、ゆっくりとシルヴィアの白い手に、腕を伸ばした。
すると、その時。
 
──殺せ……!

 突然、頭に声が響いて、ルーフェンは弾かれたように後ろに飛び退いた。

──我に力を与うる、血肉を捧げよ……。
──殺せ……!
──殺せ……!

 脳内にこだまする恐ろしい声に、耳を塞いでしゃがみこむ。
同時に蘇った六年前の記憶に、ルーフェンの全身から脂汗が噴き出した。

(あの時の……! ヘンリ村で聞こえてきた声……!)

 全てを引き裂く雷鳴と、灰になった村。
それを、ただ呆然と、けれど確かに見ていた自分。
今なお鮮明に思い出される光景に、ルーフェンは浅い呼吸を繰り返しながら、身体を震わせた。

「おい、どうした?」

 声をかけてきたリュートを、蒼白な顔で見上げると、ルーフェンは言った。

「で、できない……」

「……なんだと?」

「触れようとすると、声がするんだ……! この声は聞いちゃいけない! 絶対に悪いことが起こる……!」

 普段物静かなルーフェンの錯乱した様子に、その場にいた全員が、一瞬言葉を失った。
だが、リュートはすぐに眉をしかめると、ルーフェンの胸ぐらを掴んで立たせ、怒鳴った。

「できないってどういうことだよ! まだやってもいないだろ! 早く母上に魔力を──」

「うるさいっ!」

 銀色の眼が、強くリュート睨み付ける。
ルーフェンは、自分より一回り大きなリュートの身体を押し退けると、大声で叫んだ。

「大体、魔力の受け渡しなんて成功する訳ない! 俺は、この人の息子じゃないんだから……!」

「なっ、お前、まだそんなこと言って……!」

 ルーフェンは、横たわるシルヴィアを指差した。

「俺じゃない! この人が言ってんだろ! 息子じゃない、息子じゃないって、馬鹿の一つ覚えみたいに! いっつもこいつが、俺を拒絶してるんだ!」

「────っ!」

 途端、リュートは、怒りに任せてルーフェンを殴り付けた。
だんっ、と音を立てて、ルーフェンが激しく壁に叩きつけられる。
それでも、怯むことなく睨み付けてくる銀色の眼に、リュートの怒りは益々増幅した。

「黙れ! 母上を侮辱するな! お前がそんな風だから、母上だって息子と認めたくないんだろう……! 召喚術の才が歴代に比べて優れてるんだか知らんが、調子に乗るなよ!」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.25 )
日時: 2017/12/16 19:20
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 更に言い募ろうといきり立つリュートを、ルイスが止めた。

「二人とも、いい加減にしないか」

 落ち着きつつも、静かな迫力が感じられる声に、リュートは押し黙る。
しかし、まだ納得がいかないと言った様子の彼に、ルイスは一つため息をつくと、次いで壁際でうずくまっているルーフェンを見下ろした。

「ルーフェン、声とはなんのことを言っている。分かるように説明してくれ」

「…………」

 ルーフェンは、口の端に滲んだ血を拭うと、リュートを一瞥してから、ルイスを見た。

「知らな……知りません。ただ、何かが私に、殺せ殺せと語りかけてきました。あれは、王宮に来る前にも聞いたことがあります。おそらく……」

「……おそらく?」

「……いえ、なんでもありません」

 ルイスから視線を反らして、ルーフェンは口を固く閉じた。

 おそらく、身の内の悪魔の声です。
こう答えることは、ルーフェンには出来なかった。
否、したくなかった。
あれを悪魔の声だと認めれば、召喚術の才が己の内にあると、認めているようなものだからだ。

 息子ではないと繰り返す母親と、召喚師にはなりたくない自分。
真実がどうであれ、この二つの条件が揃っているなら、いっそ自分は本当にシェイルハート家の子ではないということにして、召喚師を継がなければいいと、ルーフェンは考えていたのだ。

 不意に、「失礼いたします」と外から侍従の声がして、扉が開かれた。
そうして部屋の中に入ってきたのは、国王のエルディオ・カーライルであった。

 一斉に頭を下げた皆に対し、顔をあげるように指示を出すと、エルディオは悠然とシルヴィアの寝台に近づいていく。
筋骨隆々とした大柄な身体に、更に分厚い毛皮のマントを纏ったその姿は、さながら熊を思わせた。

「……シルヴィア」

 エルディオがそう声をかけると、眠っていたシルヴィアが、ゆっくりと瞼を上げた。

 シルヴィアは、まだ夢見心地な様子で、慌てて近寄ってきた息子達や宮廷医師、そして最後にエルディオを瞳に映すと、柔らかく微笑んだ。
 
「ああ、エルディオ様……」

 すっと手を伸ばして、エルディオの頬に触れる。
エルディオは表情を変えず、返答することもなかったが、それでもシルヴィアは、幸せそうな表情をしていた。

 ルーフェンは、それらを遠巻きに見ながら、放心して立っていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.26 )
日時: 2017/12/16 19:22
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 シルヴィアの、あんな表情は見たことがなかった。
普段浮かべている、冷たく余所余所しい笑顔ではなく、本当に心の底から安心したような、穏やかな微笑。

 体調不良のせいで、いつも以上に顔に血色はないのに、エルディオに対するシルヴィアの先程の顔は、これまで見た中で最も生き生きとしているように見えた。

(あんな顔、できるのか……)

 ルーフェンは、リュートに殴られた頬を擦りながら、よろよろと立ち上がった。

 ずっと、感情の欠如した人形のような女なのかと思っていた。
誰に対しても笑顔を浮かべて、何を考えているのかも分からない、気味の悪い女だと。

 けれど、もしかしたらそう見えていたのは、自分だけだったのかもしれない。
シルヴィアは、嫌っている相手に冷たく接しているだけで、本当はちゃんと感情を持っているのだ。

(あいつ、陛下のこと愛してるんだ……。きっと、その子供であるリュートのことも、他の息子達のことも……。だから、あんな顔するんだ)

 そう考えると、これまでの出来事を、冷静に整理することができた。
ルイスやリュート、アレイド達にとって、道理でシルヴィアは優しい母親でしかないわけだ。

 穏やかな笑顔のシルヴィアは、美しく優しい母であり、そして国の誇る召喚師だ。
そんな彼女と並べられれば、ヘンリ村を焼きつくした挙げ句、のうのうとシルヴィアの息子という肩書きで王宮入りしたルーフェンのほうが、悪者になるのは当然である。

 これまで理不尽な仕打ちを受けていると思っていた自分が、ひどく馬鹿馬鹿しく感じられた。

(なんだ、結局……邪魔なのは俺か)

 全てのことに納得がいったのと同時に、ルーフェンの胸に、深い虚しさが広がった。

 自分はこんなにも邪険にされているのに、それに耐えてまで王宮にいる必要は、あるのだろうか。
別に、ルーフェン自身ここにいたいわけではない。
他にいく場所がないから、とりあえず次期召喚師として居座っているだけだ。

(……このまま、王宮を出たら……)

 出たら、どうなるだろう。
シルヴィアの目覚めを喜ぶ面々を見ながら、ふと思った。

 きっとこの銀の髪と瞳では、シュベルテでは暮らせないから、どこか遠くに行くことになるだろう。
遠くに行って、そこで仕事を探して金を稼ぎ、暮らす。
また雨風すら凌げないような小屋で、毎日貧しさに苦しむことになる可能性もあるが、ここでこのまま召喚師になるよりは、いいかもしれない。

 飢えと渇きの恐怖は、八歳までの生活で身に沁みて分かっている。
しかし、その生活に戻るという選択肢が浮上するくらいに、王宮での暮らしには嫌気が差していた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.27 )
日時: 2015/09/12 00:43
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 4xvA3DEa)


 ルーフェンは、こっそりと扉を開けると、シルヴィアの部屋を抜け出した。
長い螺旋階段を降り、離宮から廊下に出て、本殿の自室に向かう。

 途中、自分を追って同じように螺旋階段を降りてくる足音がしたが、ルーフェンはそれを無視して歩き続けた。
むしゃくしゃして、とにかく動いていないと頭がおかしくなりそうだったのだ。

 なぜ、こんなにも選択権のない人生を歩まねばならないのだろう。
どうせなら、六年前、ヘンリ村で自分も焼け死んでしまえばよかったのに。

 そう、そう思っていたのだ。
六年前も。
それなのに、あの時『生きたい』と願ったのは、紛れもない自分自身で──。

 己の中に抱える稚拙な矛盾に、目眩がするほどの吐き気がした。

「じっ、次期召喚師様!」

 その時、背後から勢いよくルーフェンの腕にすがり付いたのは、アンナだった。
追ってきていたのは、彼女だったのだろう。

 アンナは、はあはあと息を整え、やがて自分がルーフェンの腕を掴んでいることに気づくと、顔を真っ赤にして後退し、かしこまった。

「次期召喚師様、何故急に出ていってしまわれたのですか? 戻りましょう」

「……嫌だ」

 聞いたこともないような怒気を含んだ低い声に、アンナは驚いて顔を上げた。

「で、ですが……」

「さっき分かっただろ、俺はお呼びじゃない」

 それだけ言って、身を翻す。

 アンナは、おろおろと困ったように、ルーフェンの後ろ姿を見つめた。
引き留めなければと分かってはいるのだが、今の彼は、とても恐ろしかった。

 それでも、なんとかして振り向かせなければと思い、声を出そうとしたとき。
ふと、先にルーフェンが振り返って、アンナの背後を見て目を丸くした。
ルーフェンにつられて背後に視線を移すと、そこには、こちらに歩いてくるエルディオの姿がある。
どうやら、エルディオも先程部屋を出ていたようだ。

 アンナは慌ててひざまずき、頭を下げたが、ルーフェンは立ったままであった。
その様を横目で見て、アンナは冷やっとしたが、エルディオにルーフェンの態度を気にする様子はなく、彼は、ひざまずくアンナの横を抜けると、ルーフェンの元に歩み寄った。

「そなた、どうしたというのだ。突然出ていきおって」

 ルーフェンは、ばつの悪そうな表情で、地面に視線を落とした。

「……少々、気分が悪くなりまして。お許しください」

「…………」

 エルディオは、無愛想なルーフェンの返事に僅かに眉をしかめた。
しかし、問い質しても仕方がないと思ったのか、小さく肩をすくめると、再び口を開いた。

「まあ、良い。本題はそこではない。ルーフェンよ、そなた、今年十四であったな。既に召喚術は使えるのか」

 エルディオの突然の言葉に、さっとルーフェンの顔がこわばった。
目の前に、ずっと越えたくなかった一線を、ついに突きつけられてしまったと思った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.28 )
日時: 2015/09/23 19:56
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: HijqWNdI)


「……分かりません。王宮に来てからは、使ったことがありません故」

「……そうか。だが、そなた、幼き頃に一度成功させているのだろう。ならば、使える可能性は高いと言えような」

 ルーフェンは顔を伏せたまま、エルディオの方を見なかった。
しかし、エルディオはそのまま太い声で続けた。

「ルーフェン、サンレードを知っておろう。奴等の暴挙、今は騎士団の力で鎮圧しておるが、最終的には召喚術にて圧するのが最も有効だ」

「…………」

 ルーフェンはうつむいて、床の一点を見つめていた。

 サンレードは、シュベルテの北西に位置する、イシュカル教徒たちの集落である。

 近年勢力を伸ばし始めているイシュカル教徒の活動は、王宮では基本的に黙認している状態であったが、過激な信者達によって起こされた暴動は、制圧の対象となっていた。
半月ほど前、シュベルテで騒擾(そうじょう)を起こしたサンレードは、その対象となっている集落の一つなのである。

 また、こうしたイシュカル教徒たちの暴動の鎮圧は、必ず召喚師の役目となっていた。
召喚師一族を良しとしないイシュカル教徒たちだからこそ、召喚師の圧倒的な力で捩じ伏せる。
彼らにとっては想像を絶するような屈辱であろうが、実際その方法が最も手っ取り早く、他のイシュカル教徒たちへの見せしめにもなるのだ。

 ルーフェンは、気がつくと強く唇を噛み締めていた。
身体が内から冷たくなって、額には汗が滲んだ。

 エルディオが何を言おうとしているのか、予想できていることが、とても辛かった。
 
「サンレードとの小競り合い、明日終結させるつもりだったのだが、見た通りシルヴィアはあの調子だ。そなた、代わりに我らの軍に同行し、サンレードを鎮圧せよ。そして、もしシルヴィアの力を借りず、良い働きをしたなら、ルーフェン。そなたに正式な召喚師としての位を授けよう」

 どくん、と心臓が痛いほど収縮した。
全身に冷水をかけられたように、身体が冷たくなった。

 一度動き出した歯車は止まらず、むしろ加速したようで、色々な出来事が一気に訪れてしまった。
ついに、召喚師になれと、告げられたのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.29 )
日時: 2015/09/21 20:13
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: HijqWNdI)


 ルーフェンは、深く息を吸って、エルディオを見上げた。

「わ、私は……」

 声が、震えた。
しかし、再び深呼吸すると、ルーフェンははっきりとした声で言った。

「……私は、召喚師の位など、いりません。もし、それで王宮から追放されることになったとしても……それでも私は、召喚師になりたくありません……」

 言い終わった途端、エルディオの眼が、すっと細まった。
先程までの静かな表情が、一変して厳しいものになる。

「……そなた、自分の発言の意味を分かっていて申したのか。今の言葉、サーフェリアの守護を拒んだとしか、余には聞こえなんだ」

 厳格な光を宿して、こちらをきつく睨むエルディオの瞳を、ルーフェンは見つめ返した。

「……意味は、分かっています。ですが、召喚師の地位に就くのは、私の本意ではありません」

 しん、と辺りが静寂に包まれる。

 エルディオが、息を吸った音が聞こえた。
強い怒りが込められたその音に、ルーフェンは、それ以上なにも言えなかった。

「……召喚師一族の子は、たとえシルヴィアが何を言おうとも、そなたしかおらぬ。そのそなたが守護を拒むということが、どういうことなのか。……考えてみよ」

「…………」

「王宮を追放されるだけで、済むはずもない。もしそなたが本気ならば、斬首に値する重罪に問われようぞ」

 エルディオは、静かに言った。

「……召喚師としての生が与えられながら、それを拒むような者に、存在理由などない」

 呼吸が、うまくできなかった。
全身の血液が凝り固まって、身体中が麻痺してしまったように、動かなくなった。

 エルディオは、ルーフェンの悲痛に歪んだ表情を見つめた。

「……先程の言葉、聞かなかったことにしよう。今一度言う。明日、我らと共に来い。勘違いするでないぞ、これは命令である」

 エルディオは、そう言い終えると、しっかりとした足取りで本殿に続く廊下を歩いていく。
そんな彼の後ろ姿を見送って、アンナは慌てて立ち上がると、ルーフェンの元に駆け寄った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.30 )
日時: 2016/01/06 01:14
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WO7ofcO1)

 ルーフェンは、苦しそうに息を吸って、つかの間、目を閉じていた。
そして、ゆっくり目を開けると、不安げにこちらを覗きこむアンナを見据えた。

「次期召喚師様……何故、あのようなことを……」

 恐る恐る尋ねると、ルーフェンは冷ややかな笑みを浮かべた。

「何故って……。俺の意思関係なく王宮入りさせられて、人形みたいな母親に存在否定されて……挙げ句、化け物使いの召喚師になれだなんて、納得できるわけないじゃないか」

「そんな……」

 アンナは首を振って、ルーフェンに向き直った。

「そんなこと、仰らないで下さい……。次期召喚師様は、間違えなく召喚師様の御子ですし、それに、召喚師は化け物使いなどではありませんわ。国の、偉大なる守護者様です。……私ごときが、このようなことを申し上げるのは僭越ですが、私は、どんなときも次期召喚師様のお側におります。ですから、そんな悲しいこと仰らないで……」

 硝子のような澄んだ眼が、ルーフェンを見つめる。
アンナは、小さく微笑んだ。

「きっと、貴方様なら、最高の召喚師になれますわ。だって、とても素晴らしい魔術の才をお持ちなんですもの」

「…………」

「ね、どうか、私たち国民を──サーフェリアを守ってくださいまし。次期召喚師様」

 その瞬間、ルーフェンの表情が微かにくすんだことに、アンナは気づかなかった。
ルーフェンの視線は確かにアンナに向けられていたが、その眼に、アンナは映っていない。

 ルーフェンは、ぽつりと呟いた。

「……守れ守れって、皆、そればっかりだな……」

 突然、背を向けて本殿の方に歩き出したルーフェンを、アンナは急いで追いかけた。
しかしルーフェンは、彼女の行動を拒否するように立ち止まると、アンナの肩を軽くとん、と押し返した。

「……放っておいて。傍にいなくていいから」

 冷淡な一言に、アンナは目を見開いて、動かなくなった。
彼女のひどく傷ついたような表情に、ルーフェンは一瞬、戸惑ったように口を開いた。
だが、結局何かを言うことはなく、口を引き結ぶと、そのまま身を翻し、アンナを残してその場から去った。

 アンナは、しばらくそのままでいたが、やがてルーフェンの後ろ姿が見えなくなると、胸元で手をぎゅっと握りしめた。
そして、震えながら深呼吸すると、目から零れ落ち始めた雫を拭いながら、再び離宮の方へと向かったのだった。
 

To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.31 )
日時: 2017/12/16 22:50
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第一章†——索漠たる時々
第二話『再会』


「次期召喚師様、陛下がお呼びです」

 天幕の外から声をかけられて、ルーフェンは、兵の一人によって捲られた戸布をくぐり、外に出た。

 濡れた草と岩の匂いが、強烈な風雨と共に頬を叩く。

 シュベルテからこの丘陵に来る途中──馬車に揺られていた時から、凄まじい風の唸りが聞こえていたが、外は想像以上の悪天候だった。

 稲妻が、腹に響くような轟音を立てて、雲中を暴れまわっている。
どこまでも広がる分厚い雲は、強風に煽られてどんどんと流されていたが、それが途絶えるようには思えなかった。

「……彼処の、見えるであろう。あれがサンレードの陣営、その奥に見えるのが集落よ」

 脇に立っていたエルディオが、眼下の開けた風景を見下ろして、言った。

「既に騎士団は撤退させておる。いずれ、サンレードの者共もそのことに気づくであろう」

 ルーフェンは、風に嬲(なぶ)られる髪を押さえながら、茫洋とした眼差しで、丘陵の裾野を見つめた。
点々と連なる、小さな天幕。
そこには、サンレードの者であろう簡素な武装をした人々が、ちらほらと見受けられる。
だが、彼らはまだ、こちらの存在には気づいていないようだ。

 ルーフェンは、暗い瞳でエルディオを見上げると、口を開いた。

「……私は、何をすれば?」

 エルディオの唇に、満足げな笑みが浮かぶ。

「奴等を消せ」

 低い声音が響いて、サンレードの陣に向かって手を翳す。
その時初めて、ルーフェンは自分の手が震えていることを知った。

 しかし、こうする道しか、もうルーフェンには残っていない。
サンレードの軍はどちらにせよ必ず殲滅させられるだろうし、今ここで昨日のように拒否をすれば、次に飛ぶのはルーフェン自身の首だ。

 嫌悪すら胸の奥底にしまいこんで、ルーフェンは目をつぶった。

 召喚術を初めて使ったのは、六年前のことだ。
それ以来一度も使っていないが、それでもルーフェンは、どうすれば召喚術を発動させることができるのか、分かっていた。

 ヘンリ村を出てから、時折聴こえてくる悪魔の声──すなわち、殺戮を望むその囁きに、耳を貸せば良いのだ。

 耳を澄まし、闇に語りかける。
すると、途端に身体中に水が染み渡るような、不思議な寒気が襲ってきた。

──殺せ……殺せ……。

──応(いら)え、我が主……。

 恐ろしい、血を寄越せという声がわき上がってくる。
同時に、ルーフェンの中に、今まで感じたことのないような胸の高まりが昇ってきた。

 ルーフェンは、目を見開くと、すっと息を吸い込んで、叫んだ。

「──汝、支配と復讐を司る地獄の王よ。
従順として求めに応じ、我が身に宿れ。
──バアル!」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.32 )
日時: 2017/12/16 20:21
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 暗い、漆黒の底からかけ上がってきたものが、ルーフェンの身の内に流れ込んでくる。
その瞬間、米粒ほどにしか見えなかったサンレードの陣営の光景が、すさまじい速さで脳内を巡った。

 流れる雲が厚さを増し、不気味な光を孕む。
突然の天候の変化に、サンレードの人々は、狼狽えたように、辺りを見回し始めた。

 刹那、大気に巨大な輝く亀裂が走り、落ちた。

 その場にいた全員の視界が、一瞬青白く染まり、轟音が耳を貫いたのと同時に、熱線がサンレードの人々に降りかかった。

 雲間から走る光の帯が、いくつもいくつもサンレードの陣営を包む。
人々は、呆然と空を見上げた姿のまま、まばゆい光に目を閉じた次の瞬間には、地面に影となって貼り付いた。

 熱線を浴びた建築物、天幕、人。
その全ての表面に一瞬で気泡が生じ、あっという間に蒸発した。
熱線に続いて巻き起こった衝撃波は、溶かされた物々を更に破壊し、吹き飛ばす。

 これらの出来事が瞬く間に起こり、騎士団側の人間が、チカチカとした視界の違和感から解放された時には、既にサンレードの陣営は跡形もなかった。

 陣営に起こった突然の惨劇に、集落の人々が恐怖で騒ぎ始める。

 ルーフェンは、頭に流れてくるそれらの光景を見て、笑った。
急に笑いが込み上げてきて、止まらなくなった。

 燻り、煙を上げる陣営と、それを見て怯え、震える人々の姿が、ひどく愉快に見えた。

 肉の焼ける臭いと、濃い体液、そして血臭。
それらが鼻孔をくすぐる度に、耐えがたいほどの喉の渇きに襲われる。

 血がほしい。もっとほしい。
血が、こんなにも甘美な臭いのするものだったとは、知らなかった。

 雷光に撃たれ、人々の身体から一瞬にして血が蒸発した瞬間、感受しきれないほどの快感が這い上がってくる。
それがたまらなく心地よく、ルーフェンは更なる快感を求めて、集落の方へと目を向けた。

 人々が泣き叫んで、逃げ惑っている。
その様子を見た途端、脳天が痺れるほどの快楽を感じた。
しかし、同時に、誰かが自分の手を止めた。

(これ以上は、やめろ……!)

 己の中から、制止の声が聴こえてくる。

──なぜ? こんなにも、気持ちが良いのに。

(やめろ……! 集落には、無力な人間ばかりだろう……!)

 誰かが、盛んに邪魔をしてくる。
苦しそうに身悶えしながら、これ以上はいけないと、何かを思い出せと語りかけてくる。

 ルーフェンは、その煩わしい声を無理矢理頭の中で消し去ると、欲望のまま、集落にむけて手をかざした。

 確かに、サンレードの暴動の主力となっている男たちは、ほとんどが陣営にいたようだ。
集落にいるのは、女と子供ばかりである。
だが、そんなことは、今のルーフェンにとってはどうでもよいことだった。

 とにかく殺して、殺して、殺したい。
その殺戮の欲望だけが、ルーフェンの頭を支配していた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.33 )
日時: 2017/12/16 20:23
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 悪魔の圧倒的な力を前に、恐怖する人々の顔。
それを見たときの優越感、そして快感は、六年前にも感じたことがあった。

 成す術もなく震えていた自分を、鉈で引き裂こうとした、血の繋がっていない父親。
そいつを──強者を、それ以上の絶対的な力で捩じ伏せ、屠(ほふ)る快感。

 悪魔の力を借りてしまえば、向けられた鉈など、ただの枝きれのように見えた。
恐ろしくて仕方がなかった父親も、ちっぽけで柔らかい、ただの肉塊になる。

 嗚呼、なんて素晴らしい力なのだろう。
何故自分は、これまで召喚師になることを拒んでいたのか。

(やめろ……! こんなこと、したくない……っ!)

 最後の力を振り絞って、己を引き留めてくる手を振り払って、ルーフェンは、口元に弧を描いた。

──殺せ……!

 その時だった。
ぱんっ、と乾いた音が響いて、ルーフェンの身体は地面に叩きつけられた。

 頬がじんじんと痛む。
殴られたのだと気づいて、ゆっくりと顔をあげると、そこにはシルヴィアが立っていた。

「……止めずとも、よい。集落の奴等も殺せ」

 抑揚のない、エルディオの声が聞こえる。
シルヴィアは、ルーフェンを一瞥して、エルディオに向き直った。

「いけませんわ、陛下。この子にはできません」

 怪訝そうな顔をするエルディオに、シルヴィアは微笑むと、眼下の集落に視線を移し、唱えた。

「──灼熱の炎よ、猛り、集い、全てを焼き尽くせ……」

 詠唱が終わるのと同時に、集落が炎に包まれた。
炎は、みるみる勢いを増して、集落の人々を飲み込み、食らい尽くす。
そして、やがてシルヴィアが、ふっと手を握り込むと、一気に収束した。

 完全に瓦礫の山と化した陣営に比べ、集落には、いくつか煤けた建物が残っていた。
それでも、サンレードの土地に、もはや人の気配はない。

 頭の中に見える、ぽっかりと口を開いた焼死体を眺めていると、ルーフェンの興奮しきった脳天に、冷たい何かが刺さった。
むくむくと膨れ上がっていた悦びが、嘘だったかのように消えていく。

 大勢の人々が、こちらを見ている気がした。
稲妻に撃たれ、一瞬で蒸発した人々の、怨みを孕んだ目。
炎に焼かれ、もがき苦しんでいた人々の目。
呆然と、しかし微かに恐怖の混じった、騎士団の者達の目。
それらが全て、自分に向けられている。
お前が憎い、怨めしいと言いながら、ルーフェンを見ている。

 そんな思いに襲われて、浮かれていた快感が一気に冷めると、どっと身体中に感覚が戻ってきた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.34 )
日時: 2017/12/17 12:05
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 闇の底から、声が聴こえてくる。
サンレードの人々が、憎悪に染まった目でこちらを睨み、糾弾した。

——お前が憎い、お前が憎い、お前が憎い……!

 恐怖で見開かれた目が、はっきりとルーフェンを映している。
それを自覚した瞬間、甘美に感じていた濃い血臭が、生臭いものに変わった。

 エルディオが、口を開いた。

「……双方よくやった。ルーフェン、そなたもな。もう、昨日のようなことは言うでないぞ」

 最後に、夕刻まで休め、とだけ淡白に言って、エルディオは天幕へと戻った。
騎士団の兵たちも、それぞれ馬の様子を見に行ったりと、仕事をするために散らばる。

 まるで日常だとでも言うような周囲の様子に、ルーフェンはその時、ごぷりと吐いた。

 鼻の奥に残る血臭が、死体の焦げる臭いが、気持ち悪い。
人々が恐怖する様子を、笑いながら見ていた己の姿も、気持ち悪い。

 次いで、先程のエルディオの言葉を思い出しながら、ルーフェンは、声にならない声で、呻いた。
そして、シルヴィアを強く睨み付けると、掠れた声で言った。

「なんで……! どうしてあんなことしたんだ! 集落には、戦う術も持たないような女子供しかいなかった……!」

「……あら、正気に戻ったのね」

 シルヴィアは、涼しげな様子で、ルーフェンに笑いかけた。

「私がやっていなかったら、貴方がやっていたわ。ねえ、そうでしょう?」

「違う! お、俺は……!」

 言いかけて、ルーフェンは言葉を詰まらせた。
何が、違うと言うのだろうか。

 心の奥底で、これ以上はやめろと、もう一人の自分が言っていたのに。
それでも、殺したいという欲望にまみれて、殺戮を続けた自分がいたのは、紛れもない事実である。

(お、俺は……人を殺したいと思っていた……!)

 全身に震えが走って、腹から腕にかけて、身を食われるような激痛が走った。
ふと見てみれば、腕の皮膚が、まるで黒い鱗が貼り付いているかのように、変色している。

 震える指先を見つめて、ルーフェンは叫んだ。
絶叫して、皮膚の変色した部分をかきむしり、身体の奥に留まる死の臭いを体外に出すかの如く、再び吐いた。

 シルヴィアは、そんなルーフェンの様子を見ながら、くすくすと笑った。

「ああ、哀れで無力なルーフェン。貴方はまだ幼く、何もできないのね」

 屈んで、ざらりとした黒い皮膚を撫でる。

「欲望がなく、力も求めない主人に、悪魔は従わないわ。従わず、代わりに取り込んでしまおうとするのよ。この皮膚の疾患は、その証……」

 シルヴィアは、恍惚とした表情で、ルーフェンを見た。

「ねえ、ルーフェン。貴方は確かに、私にそっくりよ。けれど、私には悪魔が使役できて、貴方にはできないの。なぜなら、貴方は悪魔を欲していないから」

 ルーフェンは、恐怖が頂点に達したまま、目を見開いてシルヴィアを見つめた。

「六年前、必死に生にしがみついていた貴方のほうが、ずっと優れた召喚師だったわ。何もかもを拒否している今の貴方じゃ、いつまで経っても召喚師になんてなれない。そうして、身の内から悪魔に食われて、死んでしまうのよ。イシュカル教の犬共を殺すことすら躊躇うようじゃ、貴方は永遠に無力だわ……!」

 シルヴィアは立ち上がり、雲が薄くなった空を見て、楽しげに笑った。
ルーフェンはつかの間、彼女の様子をただ黙って見ていたが、やがて腰をあげると、ぐっと拳を握りしめて、言った。

「人殺し……!」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.35 )
日時: 2017/12/16 22:47
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 低く強い声に、シルヴィアがぴたりと動きを止める。
ルーフェンは、そのまま続けた。

「イシュカル教徒が、なんで召喚師一族を嫌うのか、分かった……! 嫌われて当然だ……! こんな、いかれた人殺しの、化け物使いが──!」

 ふと、目を細めてこちらをみたシルヴィアを、ルーフェンは睨み返した。

「なにが……っ、なにが召喚師だ、国の絶対的守護者だ! 守るどころか、人を殺してるだけじゃないか!」

 言い終えた時、シルヴィアは表情から笑みを消して、黙りこんでいた。
しかし、ふと俯くと、くつくつと喉を鳴らして、冷笑し始めた。

「人殺し? 何を今更……」

 はあっと息を吐いて、ルーフェンを見る。

「サーフェリアの召喚師は、命令通りに人を殺すしかないのよ。それ以上を望むなら、自分でもがいて、地位を手に入れなければ……。貴方のいう通り、守護者だなんてとんだ戯れ言だわ。知らなかった? 人殺しなの、私も、貴方も」

 シルヴィアの発言に、ルーフェンの心中は、恐怖を通り越して静かになった。

「それなら、召喚師なんて、いらない……!」

 苦しげな声で言い返すと、シルヴィアは、冷笑を浮かべたまま、嘆息した。

「……ああ、本当に、本当に何も分かっていないのね。愚かなルーフェン。無知で、無能で、無意味で……そう思うのなら、そのままいなくなってしまえばいいのよ」

 シルヴィアの言葉は、ルーフェンの胸をえぐった。
この女に、どう思われようが構わないと思っていたのに、それでも、彼女が発した存在否定の言葉は、ルーフェンの心に残酷に響いた。

「…………」

 何も、言えなかった。
考えることすら嫌になって、立ち尽くしたまま、ルーフェンはただ黙っていた。

 シルヴィアの、虚ろな銀色の瞳が、ひどく恐ろしい。
目を合わせれば、あっという間に吸い込まれて、空虚などこかへ押し込まれてしまいそうだった。

 シルヴィアの視線から逃れたくて、全身に力を込めると、ルーフェンは天幕の方へと歩いた。
横を過ぎるとき、シルヴィアが何かを言うことはなかったが、その視線はずっと、こちらに向けられているようだった。

 天幕に戻り、一人になっても、全身を蝕む鈍い痛みは、一向に治まらなかった。

──足りぬ、足りぬ……。

──血を、贄を捧げよ……。

 再び響き始める、声。
それは、際限なく血を要求する悪魔の声と、己に贖罪を求めるサンレードの人々の声だった。

 まるで脳が沸騰してしまったかのように、頭がぐらぐらと痛んで、ルーフェンは思わずしゃがみこんだ。

 すると、次の瞬間。
地面から無数の手が生えてきて、ルーフェンに掴みかかった。

──許さない、許さない……!

──よくも、私達を……!

──返せ! この、醜い人殺し……!

 手が、ルーフェンの腕や脚に絡み付き、闇の底に引きずりこもうと蠢く。

「あっ……!」

 慌てて逃げようとするが、襲いかかるその手はあまりにも多く──。
ルーフェンは、自分を責め立てる多くの声を聴きながら、そのまま伸びてきた手に飲み込まれて、気を失った。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.36 )
日時: 2017/12/16 22:49
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



  
  *  *  *


 サンレードの地からシュベルテに帰った後、ルーフェンは、半月近く本殿の自室に籠っていた。
身体にまとわりついた血の臭いが落ちず、食べ物はほとんど口にすることが出来なくなっていたし、また、恐ろしい夢を見るのが怖くて、深い眠りにつくことも出来ず、ただただ寝台の上で毛布にくるまって過ごしていた。

 一日に数回、様子を見に来る者も当然あったが、ルーフェンは一切取り合わなかった。
侍女のアンナも、サンレードの地に赴く前の、あのやり取りを気にしているのか、ルーフェンの部屋に来ても話しかけてくることはなく、毎日食事を届けては、ほぼ減っていないそれを悲しそうに引き上げていった。

 しかし、日に日に弱っていくルーフェンの様子に、そろそろ医師達が部屋を訪れるかもしれない。
そうなれば、流石に取り合わないというわけにはいかないだろう。

 極力人とは会いたくなかったのだが、そろそろ潮時か。
そんなことを考えていると、不意に、とんとん、と扉が叩かれて、アレイドが入室してきた。

 彼も、毎日ルーフェンの部屋を訪れる者の一人である。
扉を叩いたところで返事がないのはもう分かっているため、最近は待つことなく部屋に入ってくるのだ。

「兄さん、起きてる……?」

 小声で語りかけてくるアレイドに、仕方なく視線をやると、アレイドは心配そうにこちらを見つめ返してきた。

「顔、真っ青だよ。ご飯も全然食べないってアンナが言ってたし……。傷も治っていないじゃないか。レックに診てもらおうよ」

 アレイドは、ルーフェンの袖口から伺える、全身に巻かれた包帯を見て、そう言った。

 悪魔の皮膚のように、身体が黒く変色する疾患は、だんだんと広がって、今や胸から腕、腹にかけて、広範囲に及んでいた。
そのことを、ルーフェンは帰還してから誰にも言っていなかったため、疾患を隠すために毎日増えていく包帯を、アレイドは傷が酷くなっていると思い込んでいるのだ。

 アレイドは、困ったように寝台に近づいた。

「……稽古や講義にも来ないし、皆、心配してるよ。もう半月も、こんな状態で──」

「うるさいな、出ていけよ」

 ルーフェンは、毛布に潜り込んでから言った。

「俺と関わってると、他の兄達に何か言われるよ。頼むから、放っておいて」

 アレイドは、一瞬ぐっと黙った。
だが、すぐに強気な口調で言い返した。

「ほ、他の兄上たちは、関係ないよ……。僕は、ルーフェン兄さんと話してるんだ」

「…………」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.37 )
日時: 2015/10/13 00:37
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 5VUvCs/q)


 尚も沈黙を決め込むルーフェンに、アレイドは苛立った様子で、勢いよくルーフェンの腕を掴んだ。

「だ、大体、いつまでそんな、ふてくされてるのさ! 晩餐会でも、色んな人に誉められてるのに、愛想が良いのはその場だけで、後々煩わしいみたいな顔して……!」

 アレイドは、手に力を込めた。

「兄さんの分からず屋! 兄さん、僕の気持ちなんか考えたことないだろ! 僕なんか、シェイルハート家の長男でもなくて、王位継承権もなくて、次期召喚師でもない! おまけに、他に何か才能があるわけでもなくて……兄さんの方が、ずっとずっと恵まれてるのに、なんでいつまでもそうやって、ふてくされてるんだよ! どうして、一人で気取ったような顔して、僕に何も教えてくれないんだよ……!」

 アレイドの言葉に、ルーフェンの中でぷつんと何かが切れた。

 ルーフェンは、アレイドの腕を乱暴に振り払うと、素早く上半身を起こして怒鳴った。

「お前こそ! 俺の何を知ってるんだよ! そんなに次期召喚師の位が羨ましいなら、くれてやるさ! 魔力だって、なにもかも、やれるものならくれてやる……!」

 アレイドは、思わず蒼白になって後ずさった。
怒らせるつもりは、なかったのだ。
ただ、ろくに口をきいてくれないルーフェンに苛立って、ついいらぬことを口走ってしまっただけだ。

「ご、ごめん……。違うんだ、僕、兄さんと話がしたかっただけで……」

「早くどこか行けよ! お前と話すことなんて何もない!」

 びくりと肩を震わせて、アレイドはその場にへたりこんだ。
ひとまず自分は、部屋から出ていくべきなのだろうと思ったが、腰が抜けて、動けなかった。

 ルーフェンも、そのことに気づいたようだ。
小さく舌打ちすると、引ったくるように壁にかかっていた上着を取って、自分から部屋を出ていった。

 だんっ、と凄まじい音を立てて、扉が閉まる。
それに驚いて、アレイドは再び肩を震わせた。

 アレイドはただ、ルーフェンに頼ってほしかっただけなのだ。
何に悩み、困っているのかを聞いて、距離を縮めたかったのである。

 ぐるぐると頭を巡る後悔の念に、アレイドは、静かにため息をつく。
そして、ルーフェンが出ていった扉を、しばらくの間見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.38 )
日時: 2015/10/13 00:49
名前: 亜咲 りん (ID: UgGJOVu5)

■ まずはご挨拶。

どうも。雑談スレッドで少し絡ませていただいた、そして小説にコメントをいただいた、亜咲です(^^)
あのときはすいません……、私の壮大な勘違いだったようでした!


■ 恐れながら、感想を。

題名は、知っていました。
そして、参照数を見て、ひっくり返りました(事実)!
すごいです……尊敬します!
読んでみて、さらにその気持ちは深まりましたが(笑)

世界観が、私の好みにドストライクでした!
魔法とか、悪魔とか、そういうものがある世界って、良いですよね……
私もデビュー作以外は、全て、狐さんと同じような世界観です。(あ、私と同じにされて、不快ですよね!)
文章も大変読みやすく、情景や、主人公の気持ちがすぐ伝わってきました。格が違いますね!
これからの展開が、毎回楽しみなるような、魅力的な作品ですね(^.^)


■ 最後に(最期に)

ふう……
久しぶり(実に2年ぶり)に複雑板にきたので、緊張しました……もうっ、すごい方がいっぱいで!
昔と全然違いますね……あ、昔もスゴイ方はいらっしゃいましたけど。
これからも一読者として、読ませていただきます(^-^)
機会があれば、私の作品にもまた、お立ち寄りくださいね。もちろん、機会があれば、です!


失礼しましたm(__)m



Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.40 )
日時: 2015/10/15 13:44
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 5VUvCs/q)

亜咲りんさん

 お越しくださってありがとうございます!
サーフェリア編では初のお客様、感謝感謝です♪

 いえいえ、どうやら私と同じお名前の方がいらっしゃったようですから、仕方ないですよ(笑)
どうぞお気になさらずに(*´ω`)

 題名をご存知だったとは……私も驚きでひっくり返りましたw
そ、尊敬だなんて、身に余るお言葉ですよ(´゜д゜`)
そんなこと言って頂いたら、嬉しくて小躍りしてしまいます(∩´∀`)∩
いえ、調子に乗りましたごめんなさい嘘です(笑)

 同感です^^ファンタジーは本当いいですよね!
最近は根っからのファンタジー作品って少ないので、こうして同じ趣味を分かち合える方とお話しできて嬉しいですっ
りんさんの作品、他のものも含め、また探して拝読させて頂きますね(*´▽`*)
 私自身、分かりやすさは心がけているつもりなので、そう言って頂けて安心いたしました(´ω`*)
主人公のルーフェンくんは、今はただのうじうじ野郎ですが、だんだん更生してきて最終的にはまあ変な奴になるので、宜しければその成長を今後も見守って頂ければと思います←おいw

 私はまだカキコさんに来てから一年強しか経っていませんが、確かに複ファ板は最近一気に賑わってきたなぁと感じます。
スレの流れが早い早い……(;^ω^)<つらいぜ!

 また、お時間あるときに出も覗いて頂けると幸いです(*^^*)
ありがとうございました!


リオさん

こんばんは、はじめまして^^狐と申します。

えっと、小説を投稿するスレをお間違えではないでしょうか?
もしもう一度ここを覗いて下さった場合は、ご確認お願いいたします。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.41 )
日時: 2017/12/16 20:44
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 どうしても一人になりたくて、動けなくなったアレイドを放って部屋を出たのはいいものの、行く宛などあるはずもなく、ルーフェンは長い本殿の廊下を歩き続けていた。

 久々に外に出たせいか、頂点に程近い太陽の光が、異様にまぶしく感じる。
乾いた生温い大気が吹き付けて、強い悪寒を感じ、身体の芯がぞくりとした。

 廊下の一角を曲がり、ガラドの執務室の前を通り過ぎようとしたとき。
ルーフェンは、ふと、不思議な感覚に襲われた。
執務室の中から、聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。

 足を止めて、執務室の扉に耳を近づけてみると、その奥からはやはり、何か言い争っているような声が響いてきた。
しかし、その声の主が誰なのか、一体何を言い争っているのかまでは分からない。

 しばらく、そうして声を聞くことに集中していたルーフェンだったが、神経を使いすぎたのか、ふいに目眩がして、耐えきれず床に腰を下ろした。
がんがんと叩かれているような、ひどい頭痛がして、おまけに生温いはずの空気がとても冷たく感じる。

 朦朧とし始めた意識のまま、床にそのまま倒れこむと、幾分か身体が楽になった。
もうアレイドもいなくなっただろうし、部屋に戻ろうとも思ったが、一度床に体重を預けてしまうと、もうその場から動く気力など失せてしまった。

 半月分の疲労と眠気が、全身を包み込む。
未だ聞こえてくる声を聴きながら、ルーフェンはその微睡みに意識を奪われつつあった。

 どれくらい、そうしていただろう。
いよいよルーフェンの意識がうつらうつらとしてきた時、耳元で、甲高い声が響いた。

「……ちゃ……ぶ? だい……ぶ?」

 ひんやりとした手が、ぺちぺちと頬を叩く。
僅かに浮上した意識を動員して、うっすらと目を開けると、見知らぬ子供が目に映った。

(誰……?)

 はっきりとしない視界のまま、目を細める。
子供は、その顔を覗きこんで、少し驚いたような顔をしたが、そのままルーフェンの額に掌を当てた。

「あついね。だいじょうぶ? おにいちゃん、だいじょうぶ?」

 舌ったらずな子供の声は、ルーフェンの身を案ずるものだった。
そういえば、自分は今、床の上に倒れこんでいるのだ。
何故こんなところに子供がいるのかは分からなかったが、声をかけられて当然の状況である。

「もうすぐ、おいしゃさん、くるからね。だから、なかないで。だいじょうぶだよ」

 医者がくるとは、この子供が宮廷医師を呼んだということなのだろうか。
泣かないで、とは、自分に対して言っているのだろうか。
何か言わなければ、そう思って口を開こうとしたが、襲いくるあまりの気だるさに、ルーフェンの意識はそこで途切れた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.42 )
日時: 2017/12/16 20:47
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、夢を見ていた。
サンレードの人々を殺して以来、眠る度に見る恐ろしい夢だ。

 闇に引きずり込もうと伸びてくる無数の手と、自分を責め立てる声。
そして、怨みと絶望を孕んだ、多くの目。

「許して……! もう、絶対にしない! 絶対にしないから……!」

 声が枯れるまで許しを乞うても、それでも己に向けられた怨恨の嘆きは、鳴り止まない。

「もう、やめて……お願いだから、やめてくれ……!」

 耳をふさいで、うずくまる。
すると、どこからか別の声が聞こえてきた。

──もう、絶対にしない?

──あんなにも愉しかったのに……?

 脳裏に、人の死を笑っていた自分の姿が、鮮明に蘇った。
甘美な血の臭い、心地よい人々の断末魔。
嗚呼、なんて、なんて素晴らしい──。

「違うっ! あれは俺じゃない──!」

 叫んで飛び起きると、ルーフェンは呼吸を乱して、しばらく寝台の上で震えていた。
全身から冷や汗が噴き出して、顔もぐっしょりと濡れている。

 何度か苦しげに深呼吸を繰り返して、辺りを見回すと、そこはルーフェンの自室ではなく、王宮の客室であった。

「だいじょうぶ?」

 視界の下で声がして、小さい手がルーフェンの袖をぎゅっと握る。
先程、倒れたルーフェンに話しかけてきていた、小さな四、五歳ほどの少年だった。

「君は……?」

「…………」

 ルーフェンが問いかけても、少年は反応しない。
おかしく思ってよく見れば、少年は、耳に包帯を巻いており、聴力を失っているようだった。

 この少年から、状況を聞き出すのは、難しそうである。

 さて、どうしたものかと思案していると、もう一人別の気配を感じて、ルーフェンは顔を上げた。

「……お久しぶりです、次期召喚師様」

 目の前に立っていたのは、白髪混じりの髪を後ろで一つに結い、毛織りの衣を纏った、中年の男。
その優しげな目元を見た瞬間、ルーフェンは、鼓動が速くなるのを感じた。

「お加減はいかがですか?」

 それは、執務室から聞こえていた声であり、六年前にも聞いたことのある声であった。

「なんで……」

 ルーフェンの瞳が、微かに揺れる。

「サミルさん、どうして……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.43 )
日時: 2017/11/29 12:24
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 これまで、式典にも花祭りにも、晩餐会にも顔を出さなかったのに、何故。
かつて、自分の命を救ってくれたその人、サミル・レーシアスには、もう二度と会えないと思っていたのに。

 その瞬間、一気に色々な思いが込み上げてきて、ルーフェンは一度うつむいた。
小刻みに震える唇を、ぎゅっと結んで、そして、再びサミルの顔を見つめる。

 何と話しかけたら良いか、迷っていると、サミルが先に口を開いた。

「私のこと、覚えていてくださったのですね。それにしても、驚きましたよ。イオが、急に人が倒れているなんて言い出すものですから……」

 イオ、というのは、少年の名前だろう。
イオは、ルーフェンから離れ、サミルの元に駆け寄ると、にこりと笑った。
どうやら、彼が来ると言った『医者』とは、サミルのことだったらしい。

 サミルは、ぽん、とイオの頭に手をおいて、それからルーフェンの額に触れた。

「少し、熱があります。軽い栄養失調も起こしているようだ。どうしたというのです、あんなところに倒れて。それに、この包帯は一体……」

 ルーフェンの全身に巻かれた包帯を訝しげに見つめながら、サミルは問うた。
いつも穏やかだったサミルにしては珍しく、その眉間には、皺が寄っている。

「迷惑をかけてしまって、すみません……」

 ルーフェンがそう呟くと、サミルは、悲しそうに眉を下げた。

「誰が迷惑だなどと言ったのです。私は、貴方様を心配しているのですよ。王宮に入って、まともな生活が出来ているのかと思えば、随分とお痩せになられて……」

 サミルは、辛そうな表情を浮かべて、ルーフェンの頬を慈しむように撫でた。
温かくて、優しい手だった。

 ルーフェンは、思わず目頭が熱くなるのを感じて、声が出なくなった。

 本当は、王宮に入ってから、各街の領主たちが集まる行事が開かれる度に、ずっとサミルを探していたのだ。
けれど、一度だってその姿を見かけたことはなかったから、もう会えないものなのだと思い込んでいた。

 それなのに、まさか、こんな形で再会できるなんて。

「おいしゃさん、きてくれたね。よかったね」

 サミルの脇で、イオが言う。
ルーフェンは、それに対してぎこちない笑顔を返すと、イオも嬉しそうに笑った。

 サミルは、そんなルーフェンを眺めて、一旦その場から離れると、机においてあった壺から椀に牛乳を注ぎ、ルーフェンにそれを勧めた。

 微かに果物の香りがするそれは、六年前に飲んだものと同じもので、勧められるままに飲んでみると、あまりの懐かしさに、鼻の奥がつんとした。
口にしたものを美味しいと感じたのは、久しぶりだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.44 )
日時: 2017/11/29 12:25
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「貴方様がこの客室にいることは、誰にも伝えていません。少し、落ち着いて話しましょうか」

 ルーフェンは、こくりと頷いた。

「俺も、ずっと話したかったんです。でも、この前の式典ですら見かけなかったし、貴方とは、もう二度と会えないと思っていたから……」

 サミルは、すっと息を吸った。

「申し訳ありません。レーシアス家の者が式典等に参加するのは、あまり良く思われないのです」

 ルーフェンは、ゆっくりと首を振って、じっとサミルを見つめた。

「じゃあ、何故ここに? 執務室で、何を話していたんですか?」

「それは……」

 サミルは、言うか言うまいか、少し迷った様子で黙りこんだ。
しかし、ルーフェンがじっとこちらを見据えてくるのを見て、何か決心したように、口を開いた。

「……アーベリトが、難民の受け入れを行っているのは、ご存知ですね」

「はい」

 ルーフェンは、寝台の上に座り直して、頷いた。

「……しかし、最近は特に戦が多く、天候のせいか、貧しい村も増えている。難民は日に日に増して、もはやアーベリトでは、これ以上受け入れられません……施療院も、養護施設も、資金も、何もかもが足りないのです。ですから、陛下にそのことをお伝えしに参った次第です」

 サミルは、大きなため息をついた。
対してルーフェンは、怪訝そうに首をかしげた。

「でも、アーベリトの慈善事業は、シュベルテからも公認されていることでしょう? 援助がされるはずではないのですか?」

 ルーフェンの言葉に、サミルは首を振った。

「援助は、確かにされてますよ。ですが、この子達に関しては別です……」

 サミルは、イオを見ながら言った。
この子達、という言葉が、イオを指しているのは明らかである。

「イオのような子供たちは、急増しています。ですから、今日も含め、私はこれまで何度も王宮に訪れて、この子達でも援助してもらえるようにと頼んできたのです。しかし、それは叶わない」

「……何故ですか」

 眉を寄せて尋ねたルーフェンに、サミルは強い視線を向けた。
そして、まるで探るような目付きになると、はっきりと言った。

「この子達は……イシュカル教徒の子。イオは、半月前に焼かれた、サンレードの生き残りなのです」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.45 )
日時: 2016/06/27 20:31
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 途端、胸の奥まで亀裂が入ったような、強烈な痛みが走る。
ルーフェンは、目を見開いたまま、言葉を失った。

「イシュカル教徒は、召喚師一族に対して否定的です。王宮にとって……シュベルテにとっては、言わば反乱分子のようなもの。援助される対象ではないのです」

「…………」

「サンレードだけではありません。暴挙に出たイシュカル教徒たちは、これまで何人も召喚師様の手により葬られ、その度に子供たちは帰る家を失っています」

 サミルは、ルーフェンの動揺した様子を見ながらも、あえて続けて言った。
ルーフェンの心中を、確かめたかったのである。

「サンレード、の……生き残りって……」

 ルーフェンは、全身が震えるのを抑えられなかった。
皮膚を突き破るような痛みが身体中を這い回って、黒い痣が、また広がったようだった。

「じゃあ……この子の、頭の包帯は……」

 弱々しい声を聞いて、サミルは頷いた。

「イオの場合は、首から頭にかけて、酷い火傷を負いました。聴力は、その時に失ってしまったようです」

 ルーフェンは、両手で顔を覆った。

 再び耳の奥から、自分を責め立てるサンレードの者達の声が、割れ鐘のように響いてくるような気がした。

 イオの顔も、サミルの顔も、見られない。
どんな表情なのだろうと想像することすら、恐ろしくて出来なかった。

「……俺が……」

 ルーフェンは、乱れた呼吸で呟いた。

「俺が……サンレードを、焼き払いました……。召喚術を使って、逃げ惑う人々を……俺は、殺した」

 ルーフェンは、顔を手で覆ったまま、絞り出すような声で言った。

「本当は俺だって、あんなこと、やりたくなかった……。だけど、もう、どうしようもなくて……! 悪魔の声がして、頭の中が、真っ暗になるんだ……自分の意思を乗っ取られたみたいに、思考を奪われて、何も考えられなくなって……!」

 ルーフェンは手を下ろすと、強ばった表情で、恐る恐るサミルを見た。

「皆が、俺に、人を殺せって言うんです。国を守るために、力を使って、人を殺せと。そうしないことは、罪だって……。もう、頭の中がぐちゃぐちゃで……っ、何が正しいのか、分からなくなる……!」

 サミルは、寝台に腰を下ろすと、ルーフェンの頭をそっと抱き寄せた。
優しいようで力強いそれに、ルーフェンはサミルの胸にしがみつくと、何かに耐えるように歯をぎりっと食いしばった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.46 )
日時: 2017/11/29 12:26
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「……貴方様のしたことが正しいのか、正しくないのか、それは私にも分かりません」

 サミルは、ルーフェンの体の震えが止まるように、頭を撫でながら言った。

「殺すことと守ることは、表裏一体なのです。貴方様がもし、サンレードを焼いていなければ、今度はサンレードの暴徒たちによって、新たに別の被害が生み出されていたことでしょう」

 きつくしがみついてくる手を、優しく握りこんで、サミルは、ルーフェンから身体を離す。

「けれど、殺しを良しと思うことだけは、あってはならない……」

 赤くなった目で、ルーフェンは、サミルの瞳に宿る儚い光を見た。

「誰が何を言おうと、そのままの心でいて下さい。六年前にも、言いましたね。次期召喚師様、人の死を悼む気持ちは、絶対に忘れてはなりません」

 サミルは、かすれた声で言った。

「……貴方様のように、どうしようもない状況に追い込まれて、結局そのまま壊れてしまった人を私は知っています。己の居場所を作ろうと、必死にもがいて……最終的に彼女は、自身の強さに陶酔し、おぞましい闇に取り込まれてしまった。……次期召喚師様には、彼女のようになって欲しくはないのです」

 サミルは、まだ微かに震えているルーフェンの手の上に、自分の手を重ねた。

「ご自分の立場ではどうにもならないことがあるでしょう。それでも、蔓延(はびこ)る闇に、耳を傾けてはいけません。心だけは、強く持って」

 サミルの目には、悲しさや苦しさ、それらが混ざり合ったような、複雑な色が浮かんでいた。
しかし、ルーフェンを責めるような色は一切ない。

 ルーフェンは、唇を噛んで頷くと、イオに視線を移した。
イオには、サミルたちの会話を理解できるはずもなかったが、それでも彼は、ルーフェンを真っ直ぐに見つめている。

「ごめん……」

 ルーフェンは、顔を歪めた。

「……本当に、ごめん」

 喉の奥からこみ上げてきた熱を堪えて、消えそうな声で告げる。

「君の人生を、奪ってしまって……」

 サミルは、イオを引き寄せて、低い声で言った。

「……サンレードの、イシュカル教徒の行いが正しいとも、言い難い。ですが、子供に罪はありません。凝り固まった思想は、傲慢な我々のものであって、子供達のものではないのですから」

 ルーフェンは、サミルの言葉を聞きながら、目を伏せた。

「この子達から全てを奪ったのは、紛れもなく王国の大人たちです。だからこそ私達には、この子達を守る義務がある。奪ったからには、新たな居場所を与えねばなりません」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.47 )
日時: 2017/11/29 12:27
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、浅く息を吸って、顔をあげた。

「……俺に、何か手伝えることはありますか。理由はどうあれ、直接的には俺が奪ったんだ。贖罪だなんて大層なことを言うつもりはないけど……責任を取りたい……」

 ルーフェンは、悲痛さの滲む声で言った。
しかし、サミルは首を横に振った。

「いいえ、その、お気持ちだけで。召喚師一族に仇なすイシュカル教徒の子に、次期召喚師である貴方様が手を貸したとあれば、周囲の反発を招くでしょうから」

「そんなの、どうだっていいです。反発だろうがなんだろうが、俺は……」

「次期召喚師様」

 サミルが、再び首を振る。
ルーフェンは、一度口を開いたが、何かを言うことはなく、そのまま黙りこんだ。
頭に渦巻くこの思いを、どうサミルに言えば良いのか、分からなかった。

 サミルの手が、ルーフェンの頬に触れる。

「恐れながら……貴方様も、まだ子供です。生まれる場所を選べなかった、まだ十四の少年なのです。ですからどうか、無理をなさいますな」

「…………」

 サミルはうつむき、悲しげに言葉を紡いだ。

「……ルーフェン様、召喚師という柵(しがらみ)から解放できない私を、どうぞお許しください。それでも私は、本当に貴方様の幸せを願っています。せめて、これ以上の災いが、貴方様に及びませぬようにと……」

 サミルは、ルーフェンの頬にかかった髪を、さらりと払った。
ルーフェンは、その手をぎゅっと掴むと、目線を上げた。

「……サミルさん、貴方の力になることを、災いだとは思いません。それに、俺は確かに子供ですが……ただの子供じゃない」

 窓から射し込んだ夕暮れの残光が、ルーフェンの顔に影を落とす。
その表情の奥によどむ、ひどく大人びた陰を、サミルははっきりと見たような気がした。

 ルーフェンは、サミルの手をするりと外すと、微かに笑みを浮かべた。

「……サミルさん、ありがとうございます。ずっと、貴方にはお礼を言いたかったから、今日、言えて良かった」

 今朝までとは比べ物にならないほど、心中が穏やかになったのを感じて、ルーフェンは微笑んで見せた。

「もう、戻ります……」

 サミルは、ルーフェンの言葉にはっとして、辺りを見回した。
部屋の中には、夕暮れの光がたゆたっている。
話を聴くつもりが、いつの間にか夢中になっていたのは、自分の方だったらしい。

 申し訳なさそうに頭を下げると、サミルは苦笑した。

「これはこれは……大変申し訳ありません。随分と長く引き留めてしまっていましたね」

「いいえ……」

 ルーフェンは、相変わらず疲れたような顔をしていた。
しかし、その顔には、心に溜まったものが取り払われたような、すっきりとした表情が浮かんでいた。

「また、会えますか」

 ルーフェンの問いに、サミルは頷く。

「ええ、きっと。貴方様がそう望んで下さるのならば」

「……はい」

 ルーフェンは、サミルの目を見て、表情を和らげた。
次いで、サミルの腰辺りにしがみついているイオを一瞥すると、最後に一度頭を下げて、部屋を出た。

 それを見送った後、サミルは寝台に腰かけると、膝の上で組んだ手に、額つけて目を閉じた。
手の震えが、おさまらない。
そうして脳裏に兄の姿を思い浮かべると、サミルは深く溜め息をついた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.48 )
日時: 2015/11/06 17:23
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: Ga5FD7ZE)

 ルーフェンが戻ると、アレイドはまだ部屋の扉の前にいた。
壁に寄りかかって俯き、そして、ルーフェンの姿を認めると、気まずそうにこちらを見た。

 まさか、ずっとここで自分の帰りを待っていたんだろうかと、ルーフェンは内心驚いた。
しかし、それを口に出すことはせず、また、アレイドも、何を話せば良いのか考えているようで、しばらくは互いに黙ったままであった。

 部屋の前で佇む二人の間に、静寂が流れる。
それを先に破ったのは、ルーフェンの方であった。

「……ねえ」

 声をかけると、アレイドは、びくりと顔をあげた。

「な、なに?」

「今、講義ってなにやってるの?」

 予想外の質問だったのか、アレイドは拍子抜けしたように、数回瞬きした。
てっきり、今朝言い争ったことに関して何か言われると思っていたのだが、そうではないらしい。

 アレイドは、困ったように口ごもると、ここ何日かの講義内容を思い出すべく思考を巡らせた。

「……えっと……兄さん大分長い間、講義に来てないし、その間に色々やったけど……」

「……うん」

「とりあえず、昨日は古語をやったよ。古代魔術に関する、魔導書の読解。あとは、政のこととか……」

 質問の意図を伺うように、ちらちらと視線を送りながらアレイドが答えると、ルーフェンは、古語か、と一言呟いて、眉をひそめた。
それからルーフェンは、何かをじっと考えながら、尋ねた。

「……地理や歴史もやるでしょ? あと、経済学とか」

「う、うん……そりゃあ、もちろん」

 こくこくと頷くと、ルーフェンが一歩前に出て、アレイドに近づいた。

「それだ。それの、教本貸して」

「それって……地理とか歴史の?」

「そう、あと経済学」

 あくまで落ち着き払った様子で言ってくるルーフェンを、アレイドは少し戸惑ったように見つめた。
内容はともかく、こんな風にルーフェンに頼み事をされたことなんて、これまで一度もない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.49 )
日時: 2016/05/02 00:21
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 アレイドは、またルーフェンの怒りに触れないだろうかと考えながら、慎重に言葉を選びつつ、言った。

「それは、構わないけど……普通に、明日から講義に出ればいいじゃない。そろそろ出ないと、いくら兄さんでも、ついていけなくなっちゃうよ」

 ルーフェンは、首を横に振った。

「自分で教本読んで覚えた方が、早い。……いいから貸して」

 不機嫌ではないようだが、もはや聞く耳持たずなルーフェンに、アレイドは仕方なく頷いた。

「分かったよ。じゃあ、とりあえずは地理の教本だけでいい? 経済学と歴史の教本は、明日の講義で使うから……」

「いや、全部持ってきて」

「えっ、全部?」

 アレイドは、驚いたように目を見開いた。
そして、否定するようにルーフェンの前で両手を振った。

「そっ、それは無理だよ……教本なしで講義に出たら、怒られちゃうもの。それなら、兄さんは図書室で借りてよ……。教本があるかは分からないけど、図書室なら詳しい文献とかあると思うし……」

「大丈夫。今晩全部読んで、明日の朝に必ず返すから」

 ルーフェンは、まるで何でもないといった様子で、はっきりと言った。

「いやいや、一晩でなんて無理だよ。教本といっても、すっごく分厚いんだよ?」

「知ってる。俺だって講義には出たことあるし、魔法学なら何冊か教本持ってるから。でも、あれくらいなら出来るさ。別に、全項目完璧に読み込むわけじゃないんだ」

 綽々と言い切ったルーフェンに、アレイドは言葉を失った。
同時に、これ以上は何を言っても変わらないだろうと悟ると、再び頷いた。

 ここで何か反論して、また今朝のようにルーフェンと喧嘩になっては敵わない。
一晩教本を貸すだけで、彼が満足するならそれでいいじゃないかと、アレイドは自分に言い聞かせた。

「……じゃあ、離宮から持ってくるから、兄さんはちょっとここで待っててくれる?」

「……分かった」

 ルーフェンが頷いたのを確認して、アレイドは離宮の方に体を向けた。
だが、ふと足を止め、顔だけルーフェンの方に振り返ると、躊躇いがちに尋ねた。

「……でも、兄さん。なんで急に教本を貸せなんて言ったの? 学問なんて、前まで全然興味無さそうだったのに……」

 すると、ルーフェンは、心なしか表情を明るくして、言った。

「……やりたいことが、できたんだ」

 その口元が、微かに弧を描く。

「やりたいことができたから……そのために、知識を増やそうと思って」

 いつになく力強く言ったルーフェンの、光を宿した銀色の瞳を見ながら、アレイドはどきりとした。
ルーフェンのこんな表情を見たのは、初めてであった。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.50 )
日時: 2021/04/13 13:34
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

†第一章†——索漠たる時々
第三話『曙光』



 城下の、王宮へと続く一本の本通りには、何十軒もの露店が並んでいる。
売られている主な品は、他の地域から入ってくる干された果実や肉、毛皮などで、つまりは輸入される故に保存のきくものばかりであり、常に新鮮な物々が売られる港町ハーフェルンの者達から見れば、この通りの市場はいくらか味気ないのかもしれない。
それでも、辺境の南の地で大半を過ごしているオーラントにとっては、久々のシュベルテの市場は、やたらと豪勢な品揃えをしているように見えた。

「あー、三年ぶりかあー」

 ぐっと伸びをして、多少白の混じる黒髪をがりがりと掻きむしると、ぽろぽろと古い頭皮が飛び散る。
その汚ならしい行為に、周囲の人々から冷ややかな視線が送られてきているのを感じて、オーラントは苦笑いした。

 王宮に程近い城下ともなれば、商人の姿はあっても、旅人の姿などはほとんどない。
明らかに長旅をしてきたという風体のオーラントは、ひどく目立ってしまっているようだった。

 王宮に顔を出す前に、少し身綺麗になった方が良いかもしれない。
自分の纏っている擦りきれた外套を見ながら、オーラントはそう思った。
そして、周囲を見回していると、ちょうど前方に衣類を扱っている店を発見した。

 露台の上には、色鮮やかでありつつも派手すぎない、品の良い多くの衣が並べられている。
それでいて、値段もそれほど高くはなく、なかなかの店を見つけたとオーラントは満足げに唸った。

 店の主人は、衣を選び始めたオーラントを、しばらく怪訝そうに見つめていた。
このいかにも胡散臭そうな男に、代金が払えるとは思えなかったのだ。

 そして、オーラントがついに深い碧色の衣を手にとった時、主人は、眉間に皺を寄せて、声をかけた。

「……お客さん、あんた、旅人だろう。その衣は質は良いが、少々重い。旅にゃあ向かないよ」

 客相手とは思えないほど、素っ気ない声であったが、オーラントは満面の笑みで答えた。

「あ、いーのいーの。俺、明日王宮に行くからさ。そのための衣選んでんの」

 王宮に行くという言葉に、主人は、ぎょっとしたように瞬きをした。
続いて、オーラントの腕の宮廷魔導師の腕章に気づくと、その顔色がみるみる青くなっていく。

「きゅ、宮廷魔導師様……! 申し訳ありません、ご無礼を……!」

「んあ? ああ、別に気にせんでいーよ」

 オーラントは、快活に笑いながら、主人の肩をばしばしと叩いた。
しかし、主人の顔色は青いままである。
宮廷魔導師を相手に、一瞬でもあのような口を利いてしまったことを、後悔しているようだ。

 サーフェリアは、召喚師を筆頭に、魔導師団と騎士団の二大勢力によって守られている国であるが、宮廷魔導師といえば、その魔導師団の中でも特に能力の高い者のみを集めた、国王直属の武官である。
地位でいえば、貴族と同等。
平民階級の者が、そう簡単に話しかけられる相手ではないのだ。
店の主人が慌てふためくのも、無理はなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.51 )
日時: 2017/12/16 23:45
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「本当に、申し訳ありません。どうぞお許しください」

 深々と頭を下げる主人に、オーラントは肩をすくめた。

「いやいや、本当に気にすんなって。実際、俺怪しいだろ? しかも今、汚いし臭いだろ? 三日くらい風呂入ってねーんだわ」

 何故か、実に愉快そうなオーラントに、どうすればよいか分からないといった様子で、店の主人は狼狽した。

「いえ……その……あ、その衣は、どうぞお持ちください。お代は要りませんので……」

「えっ、いや、いいよ。遠慮すんなって! 五千ゼルだろ? 出す出す!」

 主人の言葉に、オーラントはぶんぶんと首を振ると、懐から巾着を取り出す。
しかし、その巾着を開けてすぐに、あっと声をあげた。

「しまった! 換金するの忘れてたわ! 俺金持ってないじゃん!」

「…………」

 騒がしい男だ、と内心呆れながら、主人は苦笑を浮かべた。

「は、ははは……いえ、ですからお代は──」

「いや、待て待て! 言ったからには払う!」

 オーラントは大声でそう言って、どんっと背負っていた荷を下ろした。
そして、何かを引っ張り出すと、それを主人に差し出した。

「これ、やるよ。結構値打ちもんだかんな。足りるはずだ」

 ころり、と掌に転がされた、銀白色の石。
それを見た途端、主人は、あまりの衝撃に口をぱっくりと開いて叫んだ。

「こっ、これは、シシムの磨石じゃ──」

「うん、そうそう。御守りにするなり、質屋に出すなりしてくれや」

 主人は、口を何度も開閉しながら、言葉にならない感動と共に、磨石を握りしめた。

 シシムの磨石は、暗闇に持ち出すと光る性質を持っており、最近はほとんど採れなくなったという理由で、貴重とされている石である。
オーラントから渡されたものは、かなり小さいものではあったが、一商人である自分が易々とお目にかかれるものではない。

 主人は、信じられないという思いからまだ覚めぬまま、何回もオーラントに礼を述べた。

「いやはや、しかし……シシムの磨石をお持ちということは、貴方はノーラデュースからお越しなのですか?」

 宮廷魔導師と会話をする緊張など吹き飛んだ主人は、磨石を握りしめたまま、そう尋ねた。

 ノーラデュースとは、奈落を差す言葉である。
サーフェリアの南西端にある、深い峡谷の連なる地を、一度地下に落ちてしまえば二度と地上には戻れない、という意味を込めて、人々はノーラデュースと呼んでいるのだ。
また、シシムの磨石を含め、貴重な鉱石のいくつかは、ノーラデュースでしか入手できない。

 主人の問いに、オーラントは頷いた。

「そーそー、俺、ノーラデュース常駐の宮廷魔導師だからな。リオット族の見張りが仕事ってわけ」

「なるほど……」

 主人は、神妙な面持ちで頷いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.52 )
日時: 2015/11/19 19:26
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: gF4d7gY7)


 リオットとは、古語で『地の祝福を受ける民』を意味し、その名をもつリオット族は、文字通り、特殊な地の魔術を操る民である。
彼らは二十年ほど前から、ノーラデュースの谷底に棲んでおり、度々王都からの旅人や行商人を襲うため、南方常駐の宮廷魔導師団、及び魔導師団に監視されているのだ。

 オーラントは、どこか得意気に鼻をならしてみせると、次いで、他にも聞きたそうな顔の主人に、にやりと笑って言った。

「おっと、これ以上は聞かないでくれよ。こっちも仕事なんでね」

 主人は、焦ったように顔の前で手を振った。

「いえ、申し訳ありません。決して、詮索しようと思ったわけでは……」

「あはは、分かってるよ」

 オーラントは、それだけ言って再び主人の肩を叩くと、店を出た。

 久しぶりにシュベルテに帰ってきて、その町民に触れ、つい話し込んでしまった。
けれど、任務地の暑苦しい面々では、こんな会話はできないのだから、たまにはこれくらい仕方がないとも思う。

 オーラントは、近くの宿に入り、湯浴みを済ますと、早速買った碧色の衣に着替えた。
南西端のノーラデュースに比べ、シュベルテは幾分か肌寒かったが、長旅の疲労が身体に蓄積している。
今夜はよく眠れるだろう。



 翌朝、オーラントは宿で朝食を食べると、その足で王宮に向かった。
通りの市場の賑やかな雰囲気とは一変、巨大な白壁で囲まれた王宮は、やはり静かな迫力がある。

 呆然と、その傷一つない白壁を見つめていると、こちらに気づいたらしい門衛が、鋭い声で言った。

「何者か」

 オーラントは、大股で門まで近づき、腕章を見せた。
 
「ノーラデュースから参った、宮廷魔導師のオーラント・バーンズだ。ガラド・アシュリー卿にお目通り願いたい」

 それを聞くと、門衛はかしこまり、すぐさま二重になっている門を開いた。

「失礼いたしました。どうぞ、お通りください」

「どうも」

 オーラントは、敬礼の姿勢をとった門衛に軽く会釈を返すと、門をくぐった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.53 )
日時: 2021/04/20 08:35
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: EVwkkRDF)

 オーラントは、ガラドの仕事場である執務室に通された。
今、ガラドは不在であるために、少し待つように言われたのだ。

 部屋の真ん中には、書物がどっさりと乗った机があり、オーラントはその向かいに置いてある長椅子に腰かけると、荷物を投げ出した。
部屋の中は、相変わらず紙と墨の匂いが充満している。

 そうしてしばらく寛いでいると、人が歩いてくる気配がして、オーラントは入り口の方を見た。
扉を開けて入ってきたのは、目的の人物──ガラド・アシュリーである。

「お待たせしてすまない。よく無事に帰還した、バーンズ殿」

「アシュリー卿、お久しぶりです」

 一度長椅子から立ち上がり、ガラドに頭を下げる。
ガラドは、それに対して満足げに頷くと、再び長椅子に座るよう促して、自分は執務机の椅子に腰かけた。

「シュベルテには、何日ほどいられるのだ?」

「一月ほど。王都での仕事も含めて、多少休暇を頂きました」

 ガラドはふむ、と頷くと、静かな声で言った。

「……そうか。かの地までは、移動だけでも一月はかかるからな。お主が長期間空けるわけにはいくまいて……。せめて、シュベルテにいる間は、ゆっくりと休むが良い」

「はい、ありがとうございます」

 オーラントが、再度礼をする。

 ガラドは、息を吐いて、細く伸びた顎髭を撫でた。

「……して、ノーラデュースはどうだ。リオット族の様子は?」

 オーラントは、大きな溜め息をついた。

「大きな変化はなし、といったところでしょうか。しかし、奴等の移動圏が把握できてきましたから、その周辺に魔導師を配置することで、かなり被害は減っているように思います」

 ガラドは、そうか、と返事をすると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「……穢らわしい害虫共め。これ以上被害が拡大する前に、我々の手で駆逐したいものだが……」

 オーラントは、首を振った。

「それは、簡単には叶いますまい。奴等は強靭な肉体を持っているからこそ、あの奈落の底から這い上がれるのです。私達では、あの谷底に入って帰ってくることはそう簡単にできません。それに、いくらリオット族相手でも、大義というものがございます。特別な理由もなしに大規模な争いを起こすことはできません」

 ガラドの顔が、さっと曇った。
聞きようによっては反論にも聞こえるオーラントの発言が、気に入らなかったのかもしれない。

 しまった、と内心焦りながら、次の言葉をどうしようかと考えていると、不意に、扉の外が騒がしくなった。
扉の前に配置されていた騎士と、誰かが言い合っているようだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.54 )
日時: 2017/08/18 17:04
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ガラドは顔をしかめて、扉の方に視線をやった。

「何事だ」

 一言、厳しい声で尋ねると、扉越しに騎士の困ったような声が聞こえてきた。

「ああ、えっと、その……」

 くぐもったその声と同時に、ばんっと扉が開かれる。
入ってきたのは、銀髪の少年と、彼を止めようとする一人の騎士であった。

 ガラドが目で騎士に下がるように合図すると、騎士は怨めしそうに少年を一瞥して、扉を閉めた。

 ガラドは、執務机から立つと、少年の前で正式な礼をし、呆れたように言った。

「次期召喚師様、このようなことをされては困ります。恐れながら、私に御用がある場合は職務時間外にと何度も申し上げているではありませんか。それに、宮廷医師から了承を得たとはいえ、まだ本調子ではないのでしょう」

 説教じみたガラドの言葉を、少年はさして気にする様子もなく聞いている。
そんな彼に、オーラントは思わず笑いそうになった。
王宮内の影の権力者、政務次官ガラド・アシュリーの小言を聞き流す者など、なかなかいない。

 続けてオーラントは、じっと少年を見つめた。
母譲りの整った顔立ちと、色素の薄い肌、そして銀の髪と瞳。

(……ああ、こいつが噂の次期召喚師様ってやつか……)

 存在は当然知っていたが、間近で見るのは初めてだった。

 六年前、何故かヘンリ村で発見され、しかもわずか八歳で召喚術を使い、村一つ吹き飛ばしたという前代未聞の経歴をもつ召喚師の子。
有智高才、社交性も問題なし、しかしその実かなりの変わり種だという噂が、ノーラデュース常駐の魔導師団の中でも話題になっていたものだ。

(なるほど、執務室に押し入ってくるなんざ、こりゃあ確かに変わり種だ)

 くくっと、笑いを漏らして、再びルーフェンを見る。

 ルーフェンは、そんなオーラントを一瞥すると、釈然としない顔つきでこちらを見るガラドに向き直った。

「来客中にすみません。一瞬で終わる要件なので、聞いてください」

 ガラドは小さく肩をすくめると、ルーフェンに続きを促した。
すると、ルーフェンは、はっきりとした口調で言った。

「外出許可を下さい。三日……いえ、二日でいいので」

「なんですって?」

 ガラドは、とんでもない、といったように目を見開いた。
遠征ならともかく、私的な事情で次期召喚師が外出するなど、あり得ないことだ。

 ガラドは、低い声で返した。

「いけません。外出などして、何か問題が起こったらどうするのです」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.55 )
日時: 2021/04/13 14:23
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

 ルーフェンは、その返答を予想していたのか、すぐに切り返した。

「問題とは、具体的になんですか? 私は、そこらの騎士や魔導師よりも腕が立ちます。大抵のことは自力で切り抜けられますから」

「いいえ、いけません。万が一イシュカル教の暴徒たちに襲われでもしたら、大問題ですよ。貴方は、ご自分の立場をまるで分かっていらっしゃらない」

「分かってますよ、次期召喚師だって。召喚師一族はこの国で一番力があると騒いでるのは、貴方たちでしょう」

「そういう問題ではございません!」

「では、どういう問題ですか」

 ああ言えばこう言う状態に陥り、ガラドは頭痛の起こる頭を抑えながら、目を閉じた。
そして、再び目を開けると、弱々しい声で言った。

「……ちなみに、理由をお伺いしても?」

 ルーフェンは、間髪入れずに答えた。

「城下に下りて、街の人々の様子を見ようと思います。私は、これまであまり街に下りたことがありません故。己が守るべき人々の姿を、この目で見定めようかと」

 ガラドは、胡散臭そうに顔をしかめた。

「……それは、立派な志ですな。しかし、要は城下に行きたいだけでしょう。無意味な外出に、許可を出すことは出来ません。見定めるとは言いますが、最近の貴方様は、すぐ感情的になって、駄々ばかりこねる子供のようですよ。次期召喚師としての立ち振る舞いが、全くなってらっしゃらない。街の様子を見たいというなら、一層教養を深め、相応の弁別と所作というものを身につけて下さい。今の貴方様では、外部に赴こうとも、物事を正しく見定めることなど出来ませぬ」

「…………」

 ルーフェンは、つかの間俯いて、何か考えているようだった。
だが、すぐに顔をあげると、堂々と言った。

「実際、私はまだ子供ですよ。感情的で何が悪いんですか」

 開き直った様子で、ルーフェンは続けた。

「それに、正しく見定めることと知識が深いことは、必ずしも結び付きません。人の土台を形作っていくのは、机上の空論などではなく、子供の頃に見聞きした多くの経験と感情だとも言います。私は、利口なだけで人の心も分からないような、精巧なお人形にはなりたくありません」

 ガラドは、面倒くさそうに黙りこんだ。
そうしてしばらく、ルーフェンを凝視していたが、やがて、大きな溜め息をつくと、口を開いた。
 
「わかりました……外出許可を出しましょう。ただし、二日はいけません。一日です。あと、護衛はつけさせて頂きます」

「……一人で平気です」

「いいえ! 絶対につけます!」

 多少声を荒げたガラドに、流石のルーフェンも引き下がって、反論はしなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.56 )
日時: 2017/12/16 22:27
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ガラドは、執務机に戻り腰かけると、苛立たしそうに貧乏ゆすりをしながら、しばらく何か思案していた。
そして、顔をあげると、オーラントの方を見た。

「バーンズ殿、すまないが、次期召喚師様の護衛を引き受けてはくれまいか」

「えぇっ、俺!?」

 思わず素っ頓狂な声をあげて、オーラントは立ち上がった。

 冗談じゃない。俺は休暇に来たのだ。
こんな可愛いげのないガキのお守りをしに、シュベルテに帰ってきたわけではない。
そう心の中で叫んで、オーラントは首を振った。

「い、いやいや、他にもいるでしょう。魔導師団の奴等とか、騎士団の奴等とか……」

「一介の魔導師や騎士に、次期召喚師様の護衛など勤まりはせぬ。今、空いている宮廷魔導師はそなたしかおらん」

 オーラントの額に、びっしりと細かい汗が浮き上がる。
先程までルーフェンとガラドのやりとりを面白おかしく眺めていただけなのに、とんでもないことを押し付けられてしまった。
しかし、だからといって、何か逃れられる言い訳も思い付かない。

 オーラントは、ぎゅっと拳を固く握ると、ルーフェンの方に振り返った。

「いや、えっと、ですがねえ……ほら、この通り、次期召喚師様も嫌そうなお顔を……」

 そう言って見たルーフェンの表情は、無表情だった。
必死に嫌がれと視線を送るが、それに気づいているのか、いないのか、ルーフェンは、淡々とした様子でガラドの方を向いた。

「……護衛をつけなければ、外出許可は下りませんか」

「無論です」

 ガラドが、厳しい口調で言う。
ルーフェンは、それを確認すると、オーラントに視線を戻した。

「……そういうことらしいので、出来ればお願いします」

「…………」

 ああ、今日はなんて運の悪い日なのだろう。
折角の貴重な休暇だというのに。
そう嘆きながらも、ガラドとルーフェン、双方の視線に挟まったオーラントには、大人しく頷くことしかできなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.57 )
日時: 2017/12/16 22:30
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 翌日、腑に落ちない気分のまま、集合場所である王宮の裏口に向かうと、ルーフェンは既にその場所にいた。
一応、立場的にはルーフェンの方が上であるため、オーラントは自分が先に着くようにと早めに出たのだが、その試みはどうやら失敗したらしい。

(……全く、次期召喚師のお守りなんて、立派な要人警護の任務じゃねえか。ぜってえ今日のことは勤務時間に含めてやる)

 そう決心して、ルーフェンに近づく。
ルーフェンは、大きめの外套の頭巾で銀髪を隠し、ぼーっとした様子で壁に寄りかかっていた。

「おはようございます。随分とお早いですね」

 そう声をかけると、ルーフェンは、頭二つ分ほど高いオーラントを見上げて、ぼそりと答えた。

「……早く目が覚めてしまったので」

「ふーん……」

 味気ない返事を聞きながら、オーラントは、ふと、ルーフェンの無表情を壊してみたくなって、からかうように言った。

「なんです? 今日が楽しみすぎて、興奮して目が覚めちゃったみたいな?」

「…………」

「冗談ですよ……」

 子供らしく憤慨してくると思ったのに、思いがけず冷たい視線を返されて、オーラントは肩を落とした。
本当に、恐ろしく可愛いげのないくそガキである。
どうせ護衛をするなら、もっと可愛らしい子供がよかった。

 オーラントは、はあっとばれないように嘆息した。
すると、ルーフェンが目を細めて、抑揚のない声で言った。

「……別に、着いてきたくないのなら、着いてこなくて良いですよ。ガラドさんには、貴方はちゃんと護衛の任を果たしたと伝えておきますから。俺も、一人で大丈夫ですし」

 ルーフェンの言葉に、オーラントは、げっと顔を強張らせた。
そんなに露骨に態度に出ていただろうかと反省して、気まずそうに頭を掻く。

「ああー、いや、まあ……でも、引き受けちゃったもんは、最後までちゃんとやり遂げますよ。俺だって、そこまで落ちぶれちゃいません」

「……そうですか」

 ルーフェンは、淡々と答えると、そのまま目線を下げる。
その横で、身悶えするほどのやりにくさを感じながら、オーラントは再び、頭をばりばりと掻いた。

 この次期召喚師の少年は、きっと自分にとって、一番苦手なタイプだ。
冗談は通じないし、会話も続かない。おまけにくそガキだ。
プライドばかり高い、取っつきにくい奴なのだろう。
こういう奴とは、極力関わりたくない。

 次期召喚師ということは、将来的にはこのルーフェンが、魔導師団の統括を担う──つまりは宮廷魔導師の上司にもなるわけだが、その頃にはオーラントも、年齢的に引退しているだろう。
とにかく、こいつとは今日限りでおさらばだ。
今日だって、さっさと用事を済ませてしまおう。

 そう結論付けると、オーラントは、ルーフェンに向き直った。

「ま、ちゃっちゃと行きますか。城下ですよね。馬だと目立つんで、歩きでいいですか?」

 早口で尋ねると、ルーフェンは、小さく首を振った。

「……城下には、行きません」

「へ?」

 突然の告白に、オーラントが硬直する。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.58 )
日時: 2015/12/08 17:03
名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: hYCoik1d)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode

小説の方、読みました!!
私は、サミルが一番好きですw

ファンタジー物はホント自分でも書けないので、読むのが凄く好きですw

これからも頑張って下さいね^^

またお邪魔したいと思います<(_ _)>

byてるてる522

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.59 )
日時: 2015/12/09 08:06
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: bOxz4n6K)


てるてる522さん

読んで下さってありがとうございますー!

おお、サミルさんがお好きという方は初めてです。
渋いですね(笑)

是非、お時間あるときにまた覗いて頂いたら嬉しいです(*´-`)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.60 )
日時: 2017/08/18 17:17
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「い、行かないって……じゃあ、昨日仰ってたことはなんだったんです?」

「あれは……全部嘘です」

「うそぉ!? ものすっごいそれっぽいこと言ってたのに!?」

 素っ頓狂な声を挙げたオーラントに、ルーフェンは微かに溜め息をついた。

「だって……それっぽいこと言わないと、ガラドさん納得しないでしょう。あの人、すごい面倒臭いんですよ」

 ルーフェンの意外な言葉に、オーラントは眉を上げた。
くそガキであることには変わらないが、その反骨精神には、若干の親近感が湧く。

 それに、確かにガラド・アシュリーは、敏腕ではあるがとてつもなく柔軟性がないことで有名だ。
彼はとにかく、自分のやり方、価値観以外、絶対に認めないのである。

 加えて、そんな性格のくせに、妙なところにこだわる性分だから、余計に面倒臭い。
ガラドがいなければ仕事効率は落ちるであろうが、彼の部下だけには絶対になりたくないと、オーラントも常日頃から思っているのだ。

 ルーフェンは、微かに眉を寄せて、続けた。

「……ああやって、職務中にそれなりのことを屁理屈っぽく言えば、許されることが多いんです。ガラドさん、いつも忙しいし、仕事中はそれ以外のことを考える余裕がなくなってくるんでしょうね」

「……なるほど。まあ、考えたら俺も、若い頃よくアシュリー卿に口喧嘩で挑んでましたし、貴方の気持ちも分からんでもないですよ……」

 懐かしそうに目を細めて、オーラントが呟いた。

「ほら、あの人、なんか知らんが、やたら古い考えにばっかこだわるでしょう? それが、若い頃の俺は気に食わなくてね。アシュリー卿、今は年取ってちょっと目元が優しくなったけど、昔はもっと、ぎらぎらぎょろぎょろした目だったんですよ。それで俺、一回、『このカマキリ野郎!』って指差して、叫んじゃったんだよなあ……」

 途端、ルーフェンが、ぶっと吹き出した。
顔を背けて、背中を震わせながら笑っている。

 オーラントは、しばらくそんなルーフェンをまじまじと見つめていた。
しかし、ついに彼の無表情を切り崩せたことに気づくと、更に続けた。

「いや、だって、あいつ全体的にカマキリに似てません? 細いし、顔も逆三角形だし、目玉でかいし。もしカマキリが、『それはなりません、次期召喚師ぁ!』とか言い始めたら、それもう、ただのガラド・アシュリーじゃん」

 追い討ちをかけるように畳み掛けると、ルーフェンは更に笑いながら、こくこくと頷いた。
そういえば、六年前に初めてガラドに会ったとき、ルーフェンも、随分と眼力のある男だと思ったのだ。
あの時は、何か下らないことを考える余裕なんてなかったから、なんとも思わなかったが、言われてみれば、確かにガラドはカマキリっぽいかもしれない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.61 )
日時: 2016/06/27 21:28
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、何度か深呼吸を繰り返して、必死に笑いを収めると、目尻に軽く溜まった涙を拭いながら、オーラントに視線をやった。

「はあ……。貴方のせいで、これからガラドさんの顔、まともに見られない」

 息も絶え絶え、といった様子で言うルーフェンに、オーラントもつられて笑う。

「いや、大丈夫大丈夫。俺も、アシュリー卿と会う度に、頭にカマキリがちらつきますけど、だんだん慣れてきますから」

「じゃあ昨日も、カマキリを思い浮かべながら、ガラドさんと話してたんですか?」

「ええ、もちろんですよ」

 意味もなく自慢げに頷くと、オーラントは鼻をならした。
そんな彼に再び笑いを溢して、ルーフェンは肩をすくめる。

「……貴方、面白い人ですね」

「そうですか?」

 オーラントは、少し嬉しそうにはにかんだ。

「なんなら、尊敬の意を込めてオーラント様と呼んでくれていいですよ」

「分かりました」

「えっ?」

 しかし、ルーフェンの返答に焦ったように目を見開くと、慌てて首を振る。

 当然、様付けで呼べなどというのは、冗談で言ったのだ。
次期召喚師に様付けで呼ばれるところを目撃されたら、お偉方に何を言われるか、想像するだけで恐ろしい。

「いやいや、ちょっと。本気にしないで下さいよ……普通にオーラントでいいですって」

 困惑したように返すと、ルーフェンはいたずらっぽく笑った。

「そっちこそ、本気にしないで下さい。冗談に決まってるでしょう?」

 続けて、苦笑しながら言う。

「まあ、言われた通り、オーラントさんとでも呼ばせてもらいます。実際、堅苦しいのはやりづらいですしね。別に敬えとか言うつもりもないので、貴方もそんなにかしこまらず、俺のことは、適当に名前で呼んでくれて構いませんよ。次期召喚師って、なんか長いし」

「は、はあ」

 オーラントは、それを聞いて、思わずルーフェンを見つめた。
気取っていて、若干人を小馬鹿にしたような冷めた態度のクソガキだと思っていたが、今度は、妙に気さくなことを言い始めたからだ。
いまいち、どれが本性なのか分からない。

 オーラントは、やりにくそうに前髪を掻き上げた。

「……と、言われましてもね。貴方は俺より上の立場ですから、そんな友達みたいには呼べませんよ」

 そう答えると、ルーフェンは大して気にした様子もなく、意外に真面目なんですね、と返した。

 オーラントは次いで、人差し指をぴんと立てると、ルーフェンに向き直った。

「じゃあ、『じっきー』ってどうです? 次期召喚師のじっきー。確かに、次期召喚師様と呼ぶのは、長いですからね」

 あからさまにふざけた様子で言ったが、ルーフェンはにこりともせず、きょとんとしてオーラントを見た。

「……じっきー?」

「……あ、いや、これも冗談ですからね? じっきーなんて馬鹿みたいな呼び名、使いませんよ?」

 まさかこれも通じないのか、あるいはまたからかわれているのかと、オーラントは補足したが、それでもルーフェンは、しばらく笑わなかった。
しかし、ふと思い出したように吹き出すと、笑いながらオーラントを見つめた。

「やっぱり、貴方は面白い」

「はあ……えっと、誉め言葉として受け取っておきますよ?」

 くすくすと笑うルーフェンを見て、何か少し安心に近い感情を抱きながら、オーラントは息を吐いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.62 )
日時: 2017/12/16 22:36
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「……それで、話の腰を折っておいて何ですが、城下じゃないならどこに行くんです?」

 オーラントが問うと、ルーフェンはああ、と呟いて、歩き始めた。

「アーベリトに行きます」

「アーベリト?」

 ひとまず歩き始めたルーフェンに着いていきながら、オーラントは首をかしげた。

「アーベリトって……。馬車で行くにしても、二刻はかかりますよ? 行って帰ってきたら、それだけでもう日が暮れちゃいますけど」

「ええ。だから、これを使います」

 そうして立ち止まったルーフェンの視線の先には、地下へと続く階段への入り口があった。
王宮の裏口に程近いこの場所は、普段は滅多に使われることがないため、入口の天井には蜘蛛の巣がはっている。

「これって……まさか、移動陣使うんですか?」

「はい」

 ルーフェンの返答に、オーラントは目を見開いて驚嘆した。

 移動陣とは、シュベルテに三ヶ所、ハーフェルンに二ヶ所、他には各街に一ヶ所ずつ敷かれている特殊な魔法陣のことで、これを使用すると、陣から陣へと瞬間的に移動できるのである。
しかし、使用した場合は魔力の消費が著しいため、一般の商人などが荷物の運搬に使うことなどは当然不可能であったし、魔導師でさえも、通常は五人から十人でかからなければならないので、ほとんど日常的には使われていなかった。

 特別な事態が発生した場合にのみ、使用されるこの移動陣を、ただの散歩に使うなど聞いたことがない。
オーラントは、どんどんと地下への階段を下りていくルーフェンを追いかけながら、早口で言った。

「ちょっと、こりゃあまずいですって。移動陣は、勅令が降りたときしか使わないような代物ですよ?」

「大丈夫です。言わなきゃばれません」

「いや、そうじゃなくて」

 まるで大したことでもないかのように言うルーフェンの腕を、オーラントは掴んだ。

「二人じゃ無理があるって言ってるんですよ。第一、あんた移動陣使ったことあるんですか?」

 ルーフェンは、立ち止まってオーラントを見上げると、静かに首を振った。

「ありませんけど。……オーラントさんは?」

「俺は、一応ありますが……」

「なら大丈夫です」

 きっぱりと言い放って、ルーフェンはオーラントの腕を外すと、再び歩き出す。
オーラントは、慌てて彼に追い付くと、呆れたように言った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.63 )
日時: 2017/12/16 22:37
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「何が大丈夫なのか、さっぱり分からないんですが。俺は、若い頃に任務で二回使ったことがあるだけです。しかも、何人もの魔導師の手を借りてやりました。未経験のあんたを含めて、二人だけでなんて──」

「貴方は、自力で移動陣を使えるってことなんですよね?」

 落ち着き払った様子でありつつも、オーラントの言葉を遮って、ルーフェンは言った。
それに対し、オーラントがおずおずと頷く。

「分かりませんけど、まあ、俺一人なら……」

「それなら、大丈夫なんです。俺も講義で習いましたし、多分自力でできると思うので」

「多分って……」

 机上と実際は違うというのに、何を根拠に出来ると言ってるんだ、と反論したくなったが、その瞬間、ぱっと辺りが明るくなって、オーラントは反射的に口を閉じた。

 ルーフェンが、石壁にかけられた無数の燭台をなぞるように、手を空中で動かす。
すると、次々と蝋燭の火が灯されて、薄暗かった地下通路があっという間に明るくなった。

 同時に、自分達が既に開けた場所──移動陣の間にたどり着いていたことに気づくと、オーラントは、いよいよ本気か、と顔をしかめた。

「……本当にやるんですか? 失敗したら、時空の狭間に迷いこむって聞きましたよ」

「…………」

 ルーフェンは、オーラントの言葉を無視して、広間の中心に敷いてある移動陣の上に立った。
そして、ゆっくりと屈み込むと、その表面をさらりと撫でる。

 石床に蓄積していた土埃がふわりと舞って、かび臭さが鼻をつく。
だが、ルーフェンは気にせず、しばらくそのままでいた。

 揺れる燭台の光に照らされたルーフェンを眺めながら、オーラントは妙な不気味さを感じていた。
おそらく気のせいではないこれは、昔、移動陣を使用したときにも覚えのある感覚である。

(何度来ても、気味悪いところだな……)

 寒気に身を震わせて、オーラントは嘆息する。

 そもそもこの移動陣というのは、オーラントが思うに、古代魔術から引っ張り出してきた強力なものか何かなんだろう。
禁忌魔術、とまではいかないかもしれないが、あまり安全な魔術と言えないのは確かである。
だから、流通も然程しなかったに違いない。

 サーフェリアの魔導師たちは、この移動陣から発せられる奇妙な違和感を、感覚的に察知していたのだ。
でなければ、いくら魔力の消費が激しいとはいえ、瞬間移動などという便利な魔術が放っておかれるはずもないのだから。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.64 )
日時: 2015/12/24 19:18
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 5VUvCs/q)


 目に入ろうとした虫を手で払いながら、そんなことを考えていると、ふと、ルーフェンが呟いた。

「……リーヴィアス・シェイルハート……」

 聞いたことのない名前に、オーラントが眉をあげる。

「どなたです? それ」

「さあ。俺も聞いたことないので、十代以上前の召喚師でしょうね。移動陣の術式に名前が組み込まれてました」

「術式に?」

 オーラントは、思わず目を剥いた。

「じゃあ、移動陣を作り出したのは、召喚師一族ってことですか?」

「そうなんでしょうね」

 平然と返ってきた答えに、オーラントは納得したように声をあげた。
道理で、移動陣からは危ない臭いがすると思っていたのだ。
召喚師が関わっていたとなると、なんとなく頷ける部分がある。

 ルーフェンは立ち上がって、汚れた掌をぱんぱんと払うと、息を整えた。

「では、時間もないので行きましょうか」

 意気揚々と告げたルーフェンに、オーラントは嫌そうに顔を歪める。

「……すごく、行きたくないです」

 それを聞くと、ルーフェンはさらりと答えた。

「じゃあ着いてこなくていいです」

「いや、もしそれで、あんたに何かあったら、俺の首が飛ぶんですけど」

「それなら、着いてくればいいんじゃないですか?」

 勝手極まりないことを言ってのけるルーフェンに、わずかな殺意を覚えながら、オーラントは渋々移動陣の上に移動した。
仮にここで何かあっても、それは次期召喚師の命令に従った結果である。
護衛の任を投げ捨てた上に、問題を起こされるよりは、後々科される罰が軽い気がする。

 急に老け込んだかのように項垂れるオーラントの横で、ルーフェンは目を伏せて、手を床と平行に翳した。
途端、移動陣が中心から縁へと目映い光を放って、二人は、その光に圧縮されるように包みこまれ、目を閉じた。

 ふと、目を開くと、目の前に一本の光の筋が見える。
オーラントは、それに沿って舞い上がると、ひたすらその筋を追って飛んだ。

 周囲は一面暗闇で、自分が移動出来ているのか分からない中、ひたすら全身で強い向かい風を受けながら進む。
すると、光る筋の先に、ぼんやりと鈍い光を放つ、穴のようなものが見えてきた。
あの中に入り込めば、アーベリトに敷かれている移動陣に出られるのだ。

 ルーフェンのほうは大丈夫だろうか、と思ったが、己にもそんなことを確認している余裕はなく。
強風に飛ばされないよう、筋を見失わないようにと集中しながら飛び上がると、オーラントは、その穴の中に舞い込んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.65 )
日時: 2017/12/16 22:55
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 身体にかかっていた圧が消えて、一瞬の解放感の後、どんっと背中を打ち付けられる。
どうやら、背中から着地したらしい。

 けほっと咳き込んでから、鈍く傷む関節を摩りながら辺りを見回すと、そこには森が広がっていた。
アーベリトに隣接する、リラの森だ。

 鼻に残る地下通路のかび臭さを払拭するべく、森の匂いを吸い込むと、次いで、オーラントはルーフェンの姿を探した。
すると、立ち上がった瞬間、存外近くにルーフェンが佇んでいることに気づいて、思わず後退した。

「うわ、びっくりした……」

 声を出すと、ルーフェンは一通り周囲を見回してから、ゆっくりとオーラントに視線を向けた。

「成功しましたね」

「あ? え、ええ……大丈夫ですか?」

「何が?」

 心配して尋ねると、ルーフェンは、不思議そうに首を傾げた。

 オーラントが移動陣を初めて使ったのは、二十歳の頃であったが、目的地に到着したとき、身体中の関節が恐ろしく痛んで、しばらくまともに動けなかったものだ。
これは、オーラントが特殊というわけでなく、普通はそうなる。
しかし、ルーフェンは例外らしい。

 オーラントは、多少納得がいかない気持ちで、小さく肩をすくめた。

「いや、大丈夫ならいいんですけどね」

 そう言って、目の前に広がる茂みを掻き分ける。
ルーフェンも、そんなオーラントに続いて、少々ぬかるんだ地面を踏みつけると、一気に身体を前に出して、茂みから抜け出した。

 木々の遮りがなくなって、日光が二人を照りつける。
その眩しさに、思わず目を閉じたとき、すぐ近くで、きゃっと高い悲鳴が上がった。

 驚いて顔をあげると、同じく驚愕の表情でこちらを見つめる、中年の女性と目が合った。

 女性は、腰を抜かしたのか、地面にへたりこんでいた。
そして、採ったばかりであろう薬草籠を抱えて、その細い目を目一杯見開き、硬直している。
当然だろう。茂みから、突然人が二人も飛び出してきたのだから。

「あ……えーっとですね……」

 口ごもりながら、オーラントが必死に言い訳を考えていると、脇に控えていたルーフェンが頭巾を深くかぶり直して、前に出た。

「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか?」

 そう言って、ルーフェンは笑顔で女性に手を差し出す。
女性は、しばしぽかんとした様子でルーフェンを見上げていたが、やがて、状況が把握できたのか、恥ずかしそうに手を握って立ち上がった。

「あ……あらあら、嫌だわ。声なんて上げてしまって。まさか、森に人がいるなんて思ってもいなかったものだから……」

「いいえ、悪いのはこちらですから。お怪我はありませんか?」

「ええ、全く」

 優雅に、そしてにこやかに女性と会話するルーフェンを見て、呆気にとられたのは、今度はオーラントのほうであった。
誰しも、余所行きの顔や愛想笑いといったものは持ち合わせているだろうが、ルーフェンのそれは、極端すぎる。
もはや先程までのルーフェンと、今のルーフェンは別人なのではないかという錯覚に陥りながら、オーラントは絶句した。

 ルーフェンは、その完璧な笑みを崩さぬまま、穏やかな口調で言った。

「実は私達、シュベルテに行商に出たその帰りなのですが……道中で常備用の薬が切れてしまいまして。よろしければ、傷薬を少し分けていただけないでしょうか?」

 女性は、すぐに頷いた。

「あらまあ、それは大変。ええ、もちろんです。私、ちょうどそこにある施療院の者ですし、どうぞいらっしゃってください」

 とんとん拍子に事を運ぶと、ルーフェンは何食わぬ顔で女性についていく。
そんな彼の意図がよく理解できないまま、オーラントもそれに続くと、ルーフェンに耳打ちした。

「施療院なんか上がり込んで、なにするんです?」

 ルーフェンは、女性の方を向いたまま、目線だけオーラントのほうに移した。
しかし、開きかけた口を閉じて、その質問に答えることはなかった。

 オーラントは、怪訝そうにルーフェンの後ろ姿を見つめながら、ただその後を着いていくことしかできなかった。



To be continued....


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.66 )
日時: 2017/12/16 23:15
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第一章†──索漠たる時々
第四話『探求』


 アーベリトの初代領主、ドナーク・レーシアスは、元は診療所を営む医師であった。
彼は、内戦や飢饉があったと聞けば、自らその地に赴き、一ゼルも払うことができないような貧しい人々を、治療し続けた。
そして、それが原因で自分の診療所の経営が苦しくなっても、その活動をやめることは、決してなかった。

 サーフェリア歴、一二五二年。
やがて、その手腕と活動が時の国王に認められ、ドナークは、伯爵の爵位を授けられることとなる。
土地を与えられ、貴族の仲間入りを果たしたのだ。

 ドナークを領主としたその街は、アーベリトと名付けられ、医療技術に特化した街として、瞬く間に名を挙げた。
しかし、それでもドナークが慈善事業をやめることはなく、シュベルテからの援助はあったものの、アーベリトの貧しさはいつまで経っても変わらない。
加えて、貴族の大半は、人が良いだけの平民出の医師ごときが、自分たちと同じ階級になったことを快く思わず、レーシアス家は長年苦汁を舐め続けることになる。

 そんな中、転機が訪れたのは、十一代目領主、アラン・レーシアスの時代であった。
彼は、実弟であるサミルと共に慈善事業に取り組む傍ら、医療魔術の研究に没頭し、遺伝病の治療法を確立したのである。

 この治療法に食いついたのは、リオット族を奴隷として雇っていた、サーフェリア中の宝石商や武器商であった。
当時、南方のココルネと呼ばれる森に棲む、特殊な地の魔術を操るリオット族は、鉱物の採掘に大いに役立つと注目され、沢山の商会に奴隷として取引されていた。

 しかし、リオット族は多くが短命で、おまけに身体中の皮膚が焼け爛れたかのように変形しており、不気味な容姿をしていた。
その原因が、リオット族のみに発症する遺伝病──リオット病だったのである。

 リオット病は、劣性の遺伝病と言われていたが、リオット族の半分以上にその症状が見られた。
もし、アーベリトで治療を受け、リオット族の寿命が伸ばすことで、長く労働力として使えるようになり、かつ見た目も改善されるならと、商会の人々は目の色を変えて、アランに遺伝病の治療を求めたのである。

 これにより、莫大な財力を得たレーシアス家は、ついに下流貴族を脱却。
他の貴族達の不満など、簡単に蹴散らせるような地位と名誉を、手に入れたのであった。

 だが、その数年後、事件は起きた。
奴隷として不当な扱いを受けていたリオット族達が、シュベルテにて暴動を起こしたのだ。

 肉体の発達したリオット族達の騒擾は、騎士団の動員も余儀なくされる大事となり、最終的に、手に負えないと判断した王宮、及び商会の人々は、リオット族を追放。
彼らを、南方のノーラデュースと呼ばれる険しい谷底に、押し込めた。

 それと同時に、リオット族を手放した商会の関心はアーベリトから離れた。
加えて、リオット族の力に未練のあったいくつかの商会が、ノーラデュースの様子を見に行った際、治療により幾分か整っていたはずのリオット族の皮膚の変形が、元の化け物のような形状に戻っていたことを発見する。

 商会は、揃ってアーベリトを非難した。
「レーシアス家の医療はでたらめだ。遺伝病の治療法は、確立などできていなかったのだ」と。

 あっという間に広まったこの噂は、アーベリトの栄華を途端に没落させた。
レーシアス家は、再び下流貴族の烙印を捺され、シュベルテからの僅かな援助金で慈善事業を繰り返す、哀れでお人好しな一族というレッテルを貼られることとなる。

 更には、この年、領主であったアランが出先で死亡。
こうして、アーベリトの地位や名誉がみるみる失われていく中。
街を背負って立つことになったのが、アランの実弟であり現領主の、サミル・レーシアスである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.67 )
日時: 2016/05/15 00:40
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *


 ルーフェンとオーラントは、施療院の診察室に通された。
薬をとってくるから、少し待つようにと言われて、用意された椅子に腰を下ろす。
その間、ルーフェンは、終始ぼんやりとした様子で、窓の外を眺めていた。
アーベリトに来たのは、六年前にサミルに救われた、あの時以来である。

 外からは、楽しげに騒ぐ子供達の声が聞こえてくる。
ルーフェンは、その声に耳を傾けながら、ぽつりと呟いた。

「近くに、孤児院があるのかな……」

 独り言のようなそれに、オーラントは、返事をするべきかどうか悩んだが、一瞬間をおいてから、そうかもしれませんね、と答えた。

 梁(はり)部分には、沢山の薬草が吊るされて干されており、その独特の香りが、そよぐ風に乗って部屋に充満している。
ルーフェンは、その匂いを嗅ぎながら、アーベリトのどこか寂れた雰囲気を、確かに感じ取っていた。

(……六年前も、こんな感じだっただろうか)

 かつて、サミルと暮らしていた白亜の屋敷を思い出しながら、ふと、考える。
あの時は、ヘンリ村から移ってきて最初に見たのがサミルの屋敷であったから、とても豪勢で綺麗な屋敷だと思ったけれど、アーベリトは本当は、こんなにも廃れた街だったのだろうか。
それとも、ルーフェンが離れたこの六年間で、廃れてしまったのか。

 どちらにせよ、今のアーベリトは、ただ人の気配がするだけの廃墟のような、物寂しい雰囲気に包まれていた。

──もはやアーベリトでは、これ以上受け入れられません……施療院も、養護施設も、資金も、何もかもが足りないのです。

 王宮でのサミルの言葉が、脳裏に蘇る。
ルーフェンは、無意識に窓から白亜の屋敷を探しながら、しばらく、その言葉を頭の中で繰り返していた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.68 )
日時: 2017/08/18 17:31
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ふと、人の歩いてくる気配がして、ルーフェンとオーラントは扉のほうを見た。
すると、小さな薬瓶を二本、お盆に乗せて、先程の女性が入ってきた。

「お待たせしてしまって、ごめんなさい。これ、一応切り傷とか擦り傷用のお薬なんですけど、日持ちもしますし、創傷面の消毒作用もありますから」

 そう言って渡された薬瓶を手に取ると、ルーフェンはオーラントのほうを見て、小声で言った。

「……いつか立て替えるので、とりあえず薬代払ってください」

「えっ」

「手持ちがないんです。お願いします」

 オーラントは、不審そうな目付きでルーフェンを見たが、こんなことで言い争うのも大人げないと思ったのか、渋々といった様子で、女性に金を手渡した。

女性は、それを会釈してから受け取り、懐に大切そうにしまいこむと、オーラントのほうを見た。

「行商ということですが、そのご様子だとほとんど売れたのですね。どうでしたか、シュベルテは」

 オーラントやルーフェンの手荷物の少なさから、そう判断したのだろう。
女性はにこりと笑って尋ねると、自分も近くの椅子に腰かけた。

「ああ、えーっと、相変わらず賑やかでしたよ。やっぱりいいもんですね、中心部は。華がありますから」

 あはは、と笑いを浮かべながら、オーラントが答える。
この女性には、ルーフェンが先程、自分達はシュベルテまで行商に出ていた、と説明しているのだ。
おそらく彼女の中で、ルーフェンとオーラントは、地方から出てきた商人の親子か何かだと思われているに違いない。

 ルーフェンが頑として、頭巾で銀髪や表情を隠している辺り、次期召喚師と明かす気はないようだから、きっとこの設定で押し通す気なのだろう。
そう予想して、自分も宮廷魔導師の腕章をさりげなく外すと、オーラントは話を合わせた。

 女性が、きらきらと目を輝かせて言う。

「いいですね、羨ましいわ。シュベルテなんて私、もう何年行ってないのかしら。若い頃に一度、花祭りに参加したことがあったのですけれどね。街中が色とりどりの花々に装飾されて、本当に綺麗だったのを、今でも覚えてますわ」

 オーラントが同調して、うんうんと頷いた。

「花祭りは、まあ名物みたいなものですしねー。あの行事の人気っぷりは、衰えを知らないと言いますか。とにかく毎年、すごい盛り上がりを見せますから」

「ふふ、変わらないんですね。機会があれば、是非また見に行きたいものです」

 女性は、昔を思い起こすように目を細めて、楽しそうにそう言う。
その横で、不意に、ルーフェンが呟いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.69 )
日時: 2017/12/16 23:19
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「……アーベリトは、変わりましたね」

 オーラントと女性の視線が、ルーフェンに移る。
女性は、不思議そうな表情を浮かべると、ルーフェンに向き直った。

「前にも、アーベリトに来たことがあるのですか?」

「……はい、六年前に。といっても、短期間しかいなかったので、記憶も曖昧なのですが」

 困ったように笑って、答える。
次いでルーフェンは、窓の外を一瞥してから、何か決心したように真剣な顔つきになると、女性を見つめた。

「……付かぬことを伺いますが、貴女は、賑やかだった頃のアーベリトを、知っていますか?」

「え……?」

 思わぬ問いに、女性が瞬く。

「賑やか、というと……?」

「アラン・レーシアス伯が、領主だった時代。彼が、遺伝病の治療法を確立した頃の話です」

 その瞬間、女性の目が揺れる。
この質問には、オーラントも驚いたらしく、どういうつもりだ、というようにルーフェンに視線を送った。

 先程までの、楽しげな表情を暗いものに変えて、女性が問うた。

「……貴方、いくつなの?」

「十四です」

「そう……」

 女性は、浅く息を吸った。

「若いのに、よく知ってるわね。もう、アラン様が亡くなってから、十年以上も経つのよ」

「……少し、興味があるんです。表面的な史実は、歴史書を読んで知りました」

 そう、表面的な史実は。

 だが、ルーフェンの仕入れた知識は、あくまでそれだけだった。
アレイドに借りた教本と、図書室の歴史書をかじった程度である。
だから、サミル以外の当事者の話を聞きたかったのだ。
今日、アーベリトに訪れたのも、そのためである。

 女性は、小さくため息をついた。

「……知っています。あれは、誰もが革新的な医療魔術の進歩だと思ったわ。遺伝病に治療法が存在するなんて、今ですら信じられないでしょう? だから、アーベリトはあの時、サーフェリア中の注目を集めたのよ。考えられないくらい、莫大なお金が流れ込んできてね。街中の建物がすべて一新されたんじゃないかってくらい、施療院も孤児院も、とにかく大きく立派になった。患者も増えたけれど、慈善事業に協力したいっていう商会や貴族も、次々に名乗り上げてきて。でも……」

 女性は、微かに俯いた。

「そんな時代、すぐに終わってしまったわ。本当に、あっという間に。……その様子じゃ、知っているのかもしれないけど、遺伝病の治療を主に受けていたリオット族が追放されて、しかも、あの治療法はでたらめだ、なんて噂が流れてしまったのよ」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.70 )
日時: 2018/01/22 13:17
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 女性が、再び顔をあげて、ルーフェンを見る。

「途端に、アーベリトは全てを失ったわ。慈善事業を続けてはいたから、シュベルテからの資金援助は継続して受けられたけど、それ以外の後援者はすべて失った。患者も、それなりにお金のある家の人達は、皆、騙されたみたいな顔をして、アーベリトを去ったわ。……ほら、外に見える建物。大きいけれど、崩れた壁は修繕出来てない。あれは、あの時代の名残なんだけどね。実際、お金がない状態では、大きい建物なんて負担なだけだわ」

「…………」

「しかも、不幸なことって続くものでね。その頃、アラン様は度々王宮に召集されるようになっていたのだけど、シュベルテからアーベリトへ帰る途中、馬車ごと崖に転落して、亡くなってしまったのよ。それで、アーベリトは一層活気を無くしてしまったの。こんな、はずではなかったのにね……」

 ルーフェンは、しばらく黙って女性の話を聞いていたが、女性が話を終えて息を吐くと、口を開いた。

「その、遺伝病の治療法というのは、本当に失敗していたんですか?」

 女性は、首を振った。

「失敗なんかじゃない。アラン様は、とても研究熱心で、それこそ睡眠や食事の時間もほとんど摂らずに、必死の思いであの治療法を完成させたのよ。それに、あの人は天才だったもの。失敗なはずがないわ。リオット族の病状だって、確かに改善されていたし……」

 女性は、瞳にきつい光を宿して、言った。

「ノーラデュースで病状が復活していたなんて、そっちの方こそでたらめなんじゃないかって、私は思うのよ。きっと、商人が見間違えたか、腹いせにそんなこと言ったんだわ。リオット族もリオット族で、なんて野蛮なことを仕出かしたのかしら。これじゃあ、アラン様が蛮人を救った逆賊のように思われてしまって、報われないじゃない……!」

 ルーフェンは、女性を見つめて、静かに言った。

「……では、あの治療法は本当に確立されたものだったんですね? アランさん以外に、施せる人はいますか」

「ええ。私の知る限りだと、サミル様なら」

 ルーフェンは、確信的な女性の目を見て、胸の底が冷たくなるのを感じた。
領主であるだけでなく、遺伝病の治療法を扱える数少ない人物の一人だとすると、今後アーベリトをどうこうするには、少なからずサミルがその鍵を握ることになるだろう。

(とすると、どうしても巻き込んでしまうことになるか……)

 出来れば、ルーフェンの思惑にサミルを巻き込みたくはなかったのだが、やはりそれは難しそうである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.71 )
日時: 2016/01/15 20:21
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)


 ルーフェンが何かをじっと考えていると、同じく黙りこんでいた女性が、はっと顔をあげた。

「いえ、そういえば、もう一人。レック・バーナルドという人が、治療法について知っているはずよ。アーベリト出身の方でね、サミル様の古いご友人らしいわ。といっても、今は宮廷医師をやられているそうだから、到底お会いできる方ではないけれど……」

「レック・バーナルド……」

 呟いて、ルーフェンは記憶の糸を手繰った。
どこかで、聞いたことのある名前だったからだ。
しかも、宮廷医師ということなら、探しだして話を聞くことも可能だろう。

 有力な情報を入手できたと、その名を記憶に留めると、続けて女性が言った。

「貴方、本当にこの街に関心があるのね。もし、更に詳しく聞きたいというなら、サミル様をお呼びしましょうか? 今すぐは無理だけれど、今夜なら……」

 女性のその言葉に、ルーフェンは、一瞬焦ったように目を見開いた。
しかし、すぐに落ち着いた表情に戻ると、小さく首を振った。

「いえ、領主様のお耳に入れるほどのことではありません」

「そうですか? サミル様はお優しい方ですから、きっと貴方のお話も聞いて下さると思うけれど……」

「……はい。きっと、そうですね」

 ルーフェンは、ふっと目元を緩めて、穏やかに言った。

「でも、いいんです。ありがとうございました。色々と教えてくださって。あと、薬も」

 軽く頭を下げて、礼を言う。
すると、女性も少しくすぐったそうに微笑んだ。

「いいえ、いいんです。今のアーベリトを気にかけてくださる方なんて、そうそういないもの。私も、お話できて嬉しかったわ」

 ルーフェンは、椅子から立ち上がって、もらった傷薬を外套の内側に入れると、再び女性に会釈して、別れを告げた。
オーラントも、ルーフェンの意図が全くわからないまま、とりあえず女性に改めて礼を述べ、部屋を出る。

 そして、施療院の外で周囲を見回していたルーフェンに追い付くと、呆れたように言った。

「……目的は達成されたんですか? 俺には、あんたが何をしたかったのか、全然分からなかったんですけど」

「はい。来た甲斐はありました」

 ちょっとくらい説明しろ、という皮肉を込めて言ったのだが、ルーフェンはそんなこと一切気にしていないようで、返ってきたのは淡々とした答えだった。

(……ほんと、なに考えてんだ、こいつ)

 多少の苛立ちを、顔に出さぬよう気を付けながら、ばりばりと頭を掻く。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.72 )
日時: 2016/01/19 13:11
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)


 遺伝病の治療云々ももちろんだが、特にリオット族については、サーフェリアの汚点といっても過言ではない存在であり、あまり軽々しく口に出すものではないのだ。
それを、このルーフェンは、平然と口走り始めたものだから、先程は正直驚いた。

 ルーフェンは、相変わらず何やら考えている様子で、施療院の周囲の建物を見つめている。

 うっすらとひびが入った状態で、放置されている白亜の壁。
雑草に覆われた、崩れたままの石積みの塀。
かつては鮮やかな青であったと思われる、灰色の風化した瓦。

 どこもかしこも、昔の栄華の面影が見えるほどに、痛々しい。

 オーラントは、それらを呆然と眺めるルーフェンを見ながら、長いため息をついた。

「まだ、なんか気になることでも?」

「いえ……」

 ルーフェンは、短く返事をすると、そのままリラの森の方へと歩き始める。
本当は馬車で帰りたいところだが、行きがそもそも移動陣で来たため、待っている馬車などない。

 一日に二回も移動陣を使うなんて、なかなかに無謀だと自覚しつつも、諦めたようにオーラントも歩を進める。
すると、突然ルーフェンが立ち止まって、こちらに振り返った。

「帰り、もう一ヶ所行きたいところができました。行き先は、王宮の裏口ではなく、シュベルテの東門付近の移動陣にしてください」

「は?」

 驚く間もなく、ルーフェンが駆け出す。
オーラントは、それを追いかけながら、叫ぶように尋ねた。

「行くって、他にどこにいくんです! もう日暮れ過ぎてるんですよ!」

「多分間に合うので、平気です!」

 今日一日で分かったこと。
それは、次期召喚師がいかに身勝手で奔放なやつか、ということだ。

 オーラントは、このことを他の魔導師連中にも言いふらしてやろうと心に決めて、前を行くルーフェンを恨めしそうに睨み、再度ため息をついた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.73 )
日時: 2017/12/16 23:25
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 シュベルテに存在する三つの移動陣の内、東門近くにある陣に到着するや否や、ルーフェンは、王都とは反対側の、山の方に向かって再び走り出した。

 時刻は、もう夕刻を回っているだろう。
既に、お互いの顔がはっきりとは見えないくらい、辺りは薄暗くなっている。

 オーラントは、ひたすらルーフェンを追いかけながら、彼がどこへ行こうとしているのか、徐々に検討がついてきていた。
東門から、隣山に向かって、かつ短時間で到着する場所と言えば、一つしか浮かばない。

(──ヘンリ村の跡地か……?)

 何故、というのが真っ先に浮かぶ疑問であった。
詳しい事情は知らないが、ヘンリ村なんて、もはやルーフェンにとっては、思い出したくもない土地ではないのか。

 行き先は検討がついても、ルーフェンの考えていることは、一切分からなかった。

 小半刻(約三十分)ほど走って、ついに、低い丘を登りきったとき。
眼下に、かつてヘンリ村が存在していた、狭い平地が見えてきた。

 六年前にはあったはずの瓦礫も、風に流されたのか、あるいは撤去されたのか、そこにはもう何もない。
唯一広がるぱさついた土も、もはや褐色というよりは黒に近く、まるで灰のようだ。
ここは、人が住んでいたとは到底思えない、虚無の空間であった。

 ルーフェンは、上がった息を整えながら、乾燥した唇を一嘗めした。
空気がひどく冷たく、風も強い。
この土地自体が、ルーフェンの訪問を拒んでいるようだと思った。

 ただ広がる黒い土が、日暮れの闇と入り交じっている。
そうしてそこにわだかまっている暗黒が、ふと、見覚えのある人の顔に見えた。
それは、昔、自分を食い殺そうとした父親の顔にも、母親の顔にも、また、兄弟達の顔にも似ていた。

 暗闇は、様々な色の点となり、形を変えて、煙のごとく這い回っている。
そして、ただじっとルーフェンを見つめて、何かを訴えかけてきているようだった。

 本当は、この丘も下って、もっと近くでヘンリ村の跡地を目に焼き付けたかったのだが、その蠢く暗闇が恐ろしくて、ルーフェンにはそれ以上進むことはできなかった。

「ああ、もう……ちょっと、おっさんの体力を考えて動いてくださいよ……」

 はあはあと微かに息を乱しながら、オーラントが追い付いてきた。
ルーフェンは、彼の方を見なかったが、やがて、眼下に広がる光景を見たオーラントが、微かに息を飲んだのはすぐに分かった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.74 )
日時: 2017/12/17 00:15
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 オーラントは、少し気まずそうにルーフェンを一瞥して、黙っていた。
しかし、沈黙に耐えられなくなったのか、しばらくすると、軽い口調で話しかけてきた。

「今更、こんなところに何しに来たんです? 墓参りですか?」

「…………」

 ルーフェンは、無表情のままオーラントに視線を移すと、言った。

「ここ、また人が住んだりできると思いますか?」

 オーラントは、ちらりと眼下の景色を見ると、肩をすくめて言った。

「……無理でしょうね、この荒れようじゃ。第一、こんな曰く付きの場所、住みたいなんて人いるわけないでしょう」

 ルーフェンにとっては、随分と棘のある言い方であったが、さして気にはならなかった。
オーラントが、発言してから、少し後悔したようにこちらを窺っていたからだ。

 ルーフェンは、微かに苦笑を浮かべると、すとんとその場に腰を下ろした。

「……この場所、俺の土地に出来ないかな。一応、俺の故郷だし……」

「……住みたいんですか?」

「そういうわけじゃないけど、あったら使えそうだなって……」

 オーラントは、ためらいがちにルーフェンの横に座ると、ふうっと息を吐いた。

「でも、残念ながら、ここは無法地帯ってわけじゃないらしいですよ」

 驚いて視線を動かすと、同じくこちらを見たオーラントが、肩をすくめた。

「確か、ヘンリ村の跡地はカーノ商会の所有地になってたはずです。だから、自分の土地にしたいなら、買い取らないといけません」

「……そうなんですか。知らなかった」

 数回瞬きをして答えると、ルーフェンは、しかし、再び苦笑いした。

「でも、それにしたって、安く売ってくれると思いません? なんせ、曰く付きだから」

 多少おどけたようにそう言うと、オーラントも口元を歪めた。

「いやいや、それはどうでしょう。相手は金にがめついと有名なカーノ商会ですからね。とんでもない額を提示されるかもしれませんよ」

「あの商会、そんな悪どいことするんですか?」

「まあ、そうですね。あそこは、売り上げ一位の座を狙って、必死ですから」

「へえ……じゃあ、取引する場合は気を付けないと」

「全くです。特にあんたは、次期召喚師ですから、きっと狙われちゃいますよ。世間知らずだろうから簡単に騙せるさ、ってね」

 そうふざけた口調で言ってから、オーラントはふいっと笑みを消して、目を細めた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.75 )
日時: 2016/01/30 23:02
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: Z/MkaSMy)


「……で、そんな次期召喚師様が、結局、何を企んでるんですか? 今日一日、ついて回りましたけど、あんたの目的がさっぱり分からない」

「…………」

 ルーフェンは嘆息すると、目を伏せて、はっきりとした口調で言った。

「オーラントさんには、関係ありません」

 すると、オーラントはなんとも言えない表情になって、はあっと肩を落とした。

「随分と素っ気ないですねえ……こう、十四って歳は、みんなこんな感じなんですかね……」

「……はい?」

 急に年齢のことを出されて、訳が分からないと言ったように、ルーフェンが首をかしげる。
オーラントは、ふてくされたように唇を尖らせた。

「いやね、俺にもあんたと同い年の息子がいるんですけど、これまた無愛想っつーか、素っ気ないっつーか。あんたほどひねくれてはないですけど、とにかくあんた以上に愛想がないんですよ」

「はあ、そうですか」

「なんなんです、あれ? 父親が面倒で仕方ないんですか?」

「……いや、俺は分かりませんけど……」

「臭くて不潔な父親は嫌だと?」

「それは嫌でしょうね」

 オーラントは、肺中の空気を出しきったのではないかというほど、盛大に息を吐いた。

「あー、世の中は頑張る父親に冷たいですね」

「……お疲れ様です」

「……って、いや、違う違う。俺はあんたの真意を聞きたいんですよ。勝手に話をそらさらないで下さい」

「俺はそらした覚えありませんけど」

 そんなルーフェンの突っ込みを無視して、オーラントはぐいと顔を近づけると、真剣な顔つきで言った。

「……言っておきますけどね、俺だって無関係だと思ったのなら、無理に詮索しようとなんてしません。関係あるかもしれないと思ったから、こうして聞いてるんですよ」

 ルーフェンが、微かに眉を寄せる。

「……関係あるとは?」

 問うと、オーラントはルーフェンを指差して、強く言った。

「あんたはアーベリトで、やたらと遺伝病の治療法とやらを気にかけていましたね? あの医療に深く関わっていたのは、リオット族です。そして、そのリオット族に深く関わる人間の一人なんですよ、俺は」

「……どういう意味ですか?」

「どうもこうも、あんたは知らんでしょうが、俺は、ノーラデュース常駐の宮廷魔導師ですよ。リオット族の牽制が、俺の仕事です」

 胡散臭そうにこちらを見ていたルーフェンの目が、驚きで見開かれる。
相当の衝撃だったのだろう。
何に対しても淡々と返していたのに、ルーフェンは珍しく絶句していた。

「……本当ですか?」

「嘘ついてどうするんですか」

 オーラントは、頷いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.76 )
日時: 2016/02/02 20:04
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: PNMWYXxS)


 ルーフェンは、沈黙したまま、ただじっとオーラントを見つめていた。
しかし、何かを心に決めて目を閉じ、開くと、ゆっくりと言った。

「理由を話したら、協力してくれますか……?」

 オーラントは、眉を潜めた。

「そりゃあ、理由によりますけど……」

「じゃあ話しません」

「…………」

 オーラントは、うっと言葉を詰まらせて、憎らしそうにルーフェンを見た。
だが、すぐに諦めたように肩をすくめると、口を開いた。

「分かりました、分かりましたよ……。少なくとも、反対はしないと約束しましょう。あんたのやろうとしていることが、どんなに突拍子のないことでも、絶対に邪魔はしません。聞かなかったことにします」

「…………」

 その言葉に、ルーフェンはどうしようか迷っているようだったが、同じく諦めたように息を吐くと、言った。

「……アーベリトを、昔のように戻したいんです」

「…………」

「昔の、裕福だった時代に」

 オーラントが、微かに顔をしかめる。

「見た通り、今のアーベリトは何に関しても余裕がない。あんな壊れかけの施設、設備で、今後も変わらず慈善事業をしようなんて、無謀にも程がある。だから……」

「いや、ちょっ、ちょっと待った!」

 オーラントは、慌てて口を挟んだ。

「なんで、突然そんなこと思ったんです。確かに、アーベリトが切羽詰まってるのは分かりますよ。でも、あそこはシュベルテの援助も受けているし、最悪慈善事業を一時的にやめれば、生活していけないほどではないでしょう」

「いいえ。サミルさんは、きっと慈善事業をやめようとはしません。難民がいると知ったら、絶対受け入れようとするし、もし受け入れられなかったら……悲しみます。それに、必ずしも援助されるわけじゃないんです」

 ルーフェンは、少し声をあらげて言った。

「いや、まあ、仮に何か事情があったとしても、ですよ? 次期召喚師であるあんたが、手を出すことじゃないはずです」

「違います。俺も関わらないといけないんです」

 オーラントは、興奮した様子で、目を光らせてこちらを見上げてくるルーフェンを、唖然として見つめていた。
まさか、こんなに必死に食らいついてくるなんて、思いもしなかったのだ。
しかし同時に、この少年がここまで執着する理由に、頗(すこぶ)る興味が湧いてきた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.77 )
日時: 2017/12/17 00:09
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 オーラントは、一つ咳払いして姿勢を整えると、ルーフェンに尋ねた。

「関わらなきゃいけないって、どういうことですか?」

 ルーフェンは、ぴくりと唇を震わせた。

 諸々の理由を詳しく理解してもらうには、自分とサミルのことや、サンレードのことをオーラントに話さなければならない。
それは、なんとなく躊躇われた。

 だが、急かすこともせず、ただ返事を待っているオーラントを見て、ルーフェンは観念すると、静かに語り始めた。

 六年前、ヘンリ村から運ばれてきた自分を、サミルが救ってくれたこと。
国王エルディオの命で、サンレードの集落を焼き付くし、多くの人命を奪ったこと。
また、つい先日、サミルと王宮で再会を果たし、そこで、サンレードの生き残りである子供たちが、行き場を失っていると知ったこと。

 流石に、悪魔がどうこうという話まではしなかったが、ルーフェンは、これまでの経緯の大部分を、オーラントに話した。

 オーラントは、半ば口を開けて、その話を聞いていた。
そして、最終的には、だんだんと血の気をなくしたような顔になっていったが、ルーフェンが話し終えると、ゆっくりと言った。

「……つまり、そうか。あんたは、サンレードを焼き払ったのが自分だから、責任をとって、その生き残りたちの居場所は、自分が確保するべきだと考えてるわけですね? そのために、アーベリトを復興させて、彼らの居場所を作り、かつ、レーシアス伯の助けになろうと?」

「……まあ、そんな感じです」

 オーラントは、想像以上の話に、思わず言葉を失った。
それと同時に、とんでもない、とも思った。

 口には出さないが、サンレードを焼き払ったというのは、悔いるべきことではないのだ。
言ってしまえば、反乱分子の駆逐は召喚師一族の仕事な訳で、ルーフェンは当然のことをしたに過ぎない。

 実際、そういった召喚師の一方的で強大な力が、一部の反発を招いていることも確かだが、だからといって勅命だった以上、ルーフェンにはどうしようもできなかったはずである。
もし拒めば、王の意向に背いたことになるのだから。

 オーラントは、顔をしかめると、かすれた声で言った。

「……あんたの、心がけも立派だとは思いますよ。ですがね、それは仕方のないことなんですよ。国に反抗する輩が出て、そいつらが聞く耳持たずな状態なら、攻撃するしかないんです」

「分かってます、そんなこと。でも、子供や女性を殺す必要なんてないでしょう」

「そりゃあそうですけど……そんなこと、召喚師がいちいち気にしてたら──」

「俺は! 召喚師のことなんて、どうでもいいと思ってます」

 思いがけず、ルーフェンが大きな声を出したので、オーラントは押し黙った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.78 )
日時: 2017/12/17 00:12
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「召喚師なんてなりたくないし、召喚師がどうあるべきだとか、サーフェリアのために何をすべきだとか、そんなこと、知ったことじゃありません。だけど──」

 ルーフェンは、一度息を吸って、言った。

「だけど……。もし、仕方ないで済ませたら、帰る場所を失った人達は、どうするんですか」

「…………」

「着る物もなく、食べる物もなく……死に物狂いで地を徘徊して、常に隣り合わせの死に恐怖しながら、生きるんですか……」

 ルーフェンは、微かに悲痛の滲んだ瞳で、オーラントを見た。
オーラントは、その銀の瞳に吸い込まれそうになるのを感じながら、密かに息を飲む。

「……俺は、そんなのおかしいと思う。行き場を無くした人たちを放置して、反乱分子を力でねじ伏せているだけなら、そんなのは、国の守護者なんかじゃない。偽善を語る、ただの人殺しだ……!」

 年若い次期召喚師が、理想を夢見て語っているのだと思いたかったが、思えなかった。
ルーフェンの言う、難民を救いたいという思いは、きっと安っぽい哀れみでも、正義感でもないのだ。

 家もない。親もいない。
そんな絶望的な状態で、唯一手を差しのべてくれたサミルと共に、居場所を探すサンレードの子供たち。
彼らは、紛れもなくルーフェン本人なのだと、オーラントはそう思った。

 オーラントは、ルーフェンの瞳をぐっと見つめ返すと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……具体的には、どうするつもりなんですか」

 ルーフェンは、首を左右に振った。

「まだ、思い付いてません。でも……サミルさんの兄、アランさんの無実を証明して、あの遺伝病の治療法の需要を、再び高めるのが一番確実かと。そうすれば、アーベリトの財政は再び潤いますから」

「……一体、どうやって?」

「もう一度、リオット族の納得する形で、彼らに王都に戻ってきてもらいます」

 予想していた通りのルーフェンの返答に、オーラントは、深い落胆が湧いたのを感じた。
心のどこかで、ルーフェンに期待する自分がいたのだが、こればっかりは、否定せざるを得なかった。

「それは、無理です」

 オーラントは、顔を歪めて言った。

「あのアーベリトのご婦人は、リオット族の病状が戻ったのは嘘だと仰ってましたがね。残念ながら、本当なんですよ。つまり、もし遺伝病の治療法とやらが本当に成功していたのだとしても、その潔白を証明するには、リオット族の奴らに症状が戻った原因を突き止めなきゃいけないんです。しかも、リオット族がどれくらい狂暴な奴らなのか、あんたは知らないでしょう? あいつらは、本当にとんでもないんです。あんなのを王都に戻そうなんて、誰も望んじゃいない。望まれていないことを、やろうっていうんですか?」

「…………」

 ルーフェンは沈黙したが、すぐにオーラントの言葉を否定し返した。

「リオット族は、つい二十年ほど前までは、その能力を見込まれて、多くの商人たちの注目を浴びてたんですよ。王都に戻すと言えば、きっと目をつける商会はあるはず……。それに今、貴方は誰にも望まれていないと言いましたが、少なくともリオット族たちは、あの奈落の底から出ることを、深く望んでいると思います」

 ルーフェンは、次いで、強い意思を瞳に宿した。

「全てがおさまるように……上手くいくような方法を……。思い付くまで、考えます。必ず──」



To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.79 )
日時: 2017/12/17 00:14
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第一章†——索漠たる時々
第五話『壮途』



「はあ? 図書室で寝泊まりしてる?」

 オーラントは、ルーフェン付きの侍女だという少女を、まじまじと見つめた。

「なーんでまた、そんなことを……」

 アンナは、困ったように答えた。

「寝る間も惜しんで、何か調べものをしていらっしゃるようで……。私からも次期召喚師様に、夜は寝所にお戻りになるよう申し上げたのですが、全く聞き入れて下さらないのです」

 オーラントは、呆れ顔でがくっと首を落とした。

 ルーフェンと共に、ヘンリ村やアーベリトを巡ったあの日から、早八日。
様々な理由を聞いたからには、約束通り、なにか協力しようかとも考えていたのだが、ルーフェンからは、とりあえず休暇に入っていい、ノーラデュースに戻る日までは放っておいてくれて構わない、と言われていた。
だが、結局様子が気になって、オーラントは王宮まで足を運んでいたのだった。

 しかし、訪ねてもルーフェンは自室にはおらず、仕方なく近くを歩いていた侍女、アンナに彼の行方を聞くと、とんでもない答えが返ってきた。
「次期召喚師様は、ここ八日間、図書室に籠りきりなのです」と。

「はあ……全く、本当に困ったお坊ちゃんだな」

 盛大な溜め息をついて、肩をすくめる。
アンナは、おろおろとした様子でオーラントを見上げた。

「で、ですが、今回はちゃんとお食事も摂っていらっしゃいますし、最低限の生活はなさってるんです。ただ本当に、夢中になっている、という感じで……」

 オーラントは、驚いたように目を見開いた。

「今回は、って……前にもこんなことあったわけ?」

 アンナは、こくりと頷いた。

「はい。以前は、半月ほどお食事もろくになさらず、自室にこもりきって、体調を崩しておられました」

「うわぁ、なにそれ、こわ……」

 心の底から恐ろしい、といった様子で、オーラントは顔を歪める。
馬鹿と天才は紙一重、などと言ったりするが、ルーフェンは間違いなく馬鹿寄りだろう。

「医者とか、他の奴等は何も言わんの? あいつ、仮にも次期召喚師だろ?」

 オーラントが聞くと、アンナは微かに苦笑を浮かべた。

「ええ、その……もう、皆様諦めていらっしゃるというか……。宮廷医師の方々も、最近までは、次期召喚師様にはかなり厳しく言い聞かせていたのですが、何分、全く聞き入れられないものですから……。今は、次期召喚師様のお食事に、お医者様の指定される栄養剤を混ぜることで、なんとか折り合いをつけていますわ」

 オーラントが、ぽかんと口を開ける。

「……なにそれ。あいつ、てっきり他には猫かぶってると思ったら、とんでもない問題児なのな。大変だろう、あんたも」

「いえ、そんなことは……」

 アンナは、躊躇いがちにそう返事をして、ふるふると首を振った。

「次期召喚師様は、それでも、課されたことは誰よりも上手くこなしてしまうんです。だからといって、威張ったり、偉そうにしたりしませんし……。そんなお方につけて、私は幸せですわ」

「へ、へー……」

 突然、乙女全開なことは語り始めた少女に、オーラントは若干口元をひきつらせながら答えた。

「ま、まあ、とにかくだ。詳しい事情は話せないんだが、ちと次期召喚師様のご様子を伺いたい。お目通り願えるか」

「ええ、伯爵以上のご身分のお方なら、謁見も許されておりますわ。どうぞ、ご案内致します」

 アンナは、一転して手慣れた様子で一礼すると、オーラントを図書室まで案内した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.80 )
日時: 2017/12/17 01:14
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



  *  *  *


 アランの確立した遺伝病の治療法が、失敗ではないという仮定を成立させ、かつ、ノーラデュースに放られたリオット族に病状が戻った原因を突き止めるためにも、まずは、医療魔術に関する知識を得ねばならなかった。
しかし、そもそも医療に関して専門的な知識など皆無なルーフェンは、基礎から学ぶ必要がある。
それ故に、何冊もの医学書を読み漁り、アランの作り上げた治療法の原理をかじった頃には、既に、八日もの時間が経っていた。

 遺伝病の治療は、簡単に言うと、患者の細胞に正常な遺伝子を導入することで、症状の回復を図る、というものであった。
あくまで患者個人の体細胞に施す治療であるため、親を治療したからといって、その子供まで改善されるわけではない。
しかし、これほど高度な技術と知識を、かつてのアーベリトが有していたことには驚きが隠せなかったし、この治療法は、次世代には影響しなくとも、個人個人の治療では、ほぼ確実に効果が発揮されるものであるようだった。

 具体的な治療方法に関しては、アーベリトが独占しているらしく、その医療魔術に関する詳細な文献や魔導書は、王宮の図書室にも置いていなかった。
施療院にいた女性が、「遺伝病の治療を施せるのは、今は亡きアランと、その弟サミルだけだ」と、そう言っていたのも頷ける。
予想はしていたが、確立されたからと言って誰にでも施せるような、そう簡単な治療法ではないのだろう。

 それに、医療の街と呼ばれるアーベリトにとって、医療魔術の知識や技術は財産である。
いくらサミルが心根の優しい人間だとはいっても、その財産を、他の街にそう易々と分け与えるとは思えなかった。
まして、今やその医療魔術は、リオット族に症状が戻ったことで、世間からは「でたらめだ」などと貶され、信用を失っているのだ。

 非難されたことで、もしかしたらサミルは、もう遺伝病の治療法など見放しているかもしれない。
仮に、未だに研究を進めていたとしても、その情報を外部に漏らすことはしないだろう。
王宮の蔵書を読み漁るだけでは、遺伝病の治療魔術について、これ以上掘り下げるのは不可能そうであった。

 遺伝病の治療の主な対象となっていたリオット病に関しては、どの医学書にも、『遺伝子の突然変異によって引き起こされる劣性の遺伝病である』と記されていた。
症状としては、皮膚の硬化と、蛋白質異常による、全身の筋肉の異常発達、及び変形。
それに伴う心肺機能の停止、そして死亡、である。

 どの正規の医学書を調べてみても、こう記されているのだから、おそらくリオット病に関するこの記述は、真実なのだろう。
しかし、そうだとすると、不可解な点があった。
それは、リオット病の患者が年々増え続け、現在に至っては、ほとんどのリオット族がその症状を発症している、ということである。

 サーフェリア歴、一一八四年。
ルーフェンが見つけた文献の中で、最も古いリオット族に関する記述は、この年から始まっていた。
そこには、南のココルネという森に棲むリオット族には、稀に忌み子が産まれる、と記載されており、この忌み子が、つまりはリオット病患者と考えられるから、この時点ではまだ、リオット病を発症していた者は少人数であったことが分かる。
リオット病が劣性の遺伝病だと判断されたのも、おそらくこの時代だったのだろう。

 しかし、それから約百年。
驚くべきことに、リオット病の発症者は増えて、一二九三年には、なんとほとんどのリオット族が、その症状を抱えていたのである。
そして、リオット族が奴隷としてシュベルテで使役されるようになり、数百年。
その間は、発症者が増加することもなく、また、一四六六年にアラン・レーシアスによって治療法が開発されたため、むしろその症状は改善されていった。
だが、一四七一年にリオット族が暴動を起こし、ノーラデュースに押し込められた年から、またしてもリオット病の発症者が増え始め、それから約二十年ほど経った今では、再び大半のリオット族が、リオット病を抱えているというのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.81 )
日時: 2017/12/17 01:19
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 彼らがノーラデュースに棲み始めてからは、ほとんど調査も行われていないため、正確な情報はない。
しかし、発症者が増加しているというこの事態こそが、問題であった。
なぜなら、本来、生存に不利な遺伝子というものは、自然に淘汰されていくはずだからである。

 リオット病の存在が確認されて、約三百年。
これほどの年月が経てば、生物は、不利、あるいは不要な形質を捨て、より強く生きていくために進化していく。
故に、リオット病のような劣性の遺伝子が、減少しないどころか増加するというのは、どう考えてもおかしいのである。

 ノーラデュースに移ってから、発症者が増えたという辺りから、アランの治療法がむしろ悪影響を与えたのだという見解もあるようだが、それでは、一時的にでも奴隷となっていたリオット族に回復が見られたことに説明がつかない。
また、もしアランの治療法が原因ならば、リオット族が奴隷となる以前に、発症者が増えていた理由を、説明できなくなってしまう。

 加えて、徐々に増加した挙げ句、リオット族の大半が患うようになったというのなら、今現在、もはやリオット病は劣性の遺伝病とは言えない。
ちょっとしたきっかけで、偶然増えたとも考えられない。

 ひたすらに医学書とにらみ合いながら、ルーフェンは、一日中気づいたことを頭の中で反復していた。

 最終的には死に至るようなリオット病の遺伝子が、どうして淘汰されずに増えていくのか。
一体、なぜ──。

 ルーフェンは、ひとまず医学書の類いを置くと、今度は、南の土地について調べ始めた。
もし、リオット病の増加の原因が環境的な要因ならば、土地の気候が、大きく関わっていると思ったからである。

 そうして、ひたすら地理に関する書物を捲っていると、かつてリオット族の棲んでいたココルネの森については、高温多湿で常盤木の密林が広がる地域である、と綴ってあった。
そして、一方のノーラデュースは、深い峡谷の連なる砂漠地帯である。

(となると、共通点は……)

 多湿で、リオット族の他にも原住民がいるココルネの森。
それに対し、乾燥地帯で、その環境の厳しさゆえに人など棲んでいないノーラデュース。
出てくるのは違いばかりで、双方の土地の共通点と言えば、高温であること、それ以外に思い付かない。

 しかも、高温といっても、雨量の多いココルネの森と、水などろくに確保できないノーラデュースとでは、条件があまりにも違う。
共通点と言えるのかどうかも、分からなかった。

 ならば、一体なぜ、ココルネとノーラデュース、双方の地でリオット病が猛威を奮うようになったのか。
リオット族達の身に、何が起こったというのか。

 ルーフェンは、書物を開いたまま顔に乗せると、積み上げられた本の隙間に、仰向けになった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.82 )
日時: 2016/02/25 12:54
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 かつては、ココルネの森で暮らしていたリオット族たち。
それが、突然奴隷としてシュベルテに強制的に収容された挙げ句、反抗的になったとあれば、ノーラデュースの谷底へと突き落とされた。

 砂漠化が進んだノーラデュースは、峡谷が連なるといっても、河などとうの昔に干上がっているし、わずかに存在する水場だって、リオット族たちの棲む谷底に都合よくあるとも考えられない。
おそらく彼らは、厳しい生活を強いられているのだろうということは、容易に想像できた。

 リオット族たちは、シュベルテの人間を、どんな風に思っているのだろうか。
奴隷として扱った上、奈落の底に自分達を閉じ込めたシュベルテの人間を、どれほど恨んでいるのだろうか。

 オーラントは、リオット族は野蛮で、本能的に動くことしかできないから、物事の良し悪しなんてものは考えないだろう、などと言っていたが、ルーフェンはなんとなく、そうではないような気がしていた。
ルーフェンはリオット族を見たことがないし、本当に直感的な推論であったけれど、それは違うと思った。

 だって、思考などしないというなら、何故リオット族は、シュベルテに反抗したのか。

 団結して、奴隷として虐(しいた)げられるのはもう嫌だと。
そう主張したかったからに決まっている。
単に本能で暴れたわけではない。
ちゃんと考えて、騒擾を起こしたのだ。

(ノーラデュースでの暮らしが、良いわけはないだろうな……)

 そう思ったとき、不意に、ルーフェンの顔に乗っていた書物が持ち上がった。
真っ暗だった視界に、図書室のぼんやりとした薄暗い光が射し込んでくる。

 ルーフェンが微かに目を開けると、こちらを見下ろしていたのは、オーラントだった。

「もしもーし、生きてますか?」

 取り上げた書物をルーフェンの目の前でぱたぱたと振って、オーラントが声をかけてくる。
ルーフェンは、ふう、と息を吐くと、むくりと起き上がった。

「……おはようございます」

「今はこんにちはの時間ですよ」

 辺りを見回しながら、オーラントは顔をしかめて言った。

「すんごいところで生活してますね。心配してましたよ、あんたの侍女さんが」

 ルーフェンは、本の山を多少ずらして、オーラントの座る空間を作ると、怪訝そうな顔をした。

「心配? 大丈夫ですよ、食べてますし、寝てますし、お風呂も入ってますから。部屋にこもってるので、ちょっと時間の感覚がなくなってるだけです」

「自分の主がそんな生活してたら、普通心配しますよ」

 苦笑混じりに言って、オーラントはその場に腰を下ろす。
そして、先程ルーフェンからとった書物を、ぱらぱらと捲りながら言った。

「これ、全部読んでるんですか?」

「一応。まだ重要なことは、何も分かってませんけどね」

 若干疲労の滲んだルーフェンの声に、オーラントは、呆れたような、感心したようなため息をついて、書物をルーフェンに返した。

 八日も図書室にいるなんて聞いたときは、嘘じゃないかとも疑ったが、この本と散乱した図書室からして、本当にずっと籠っているのだろう。
元々、ただならぬ覚悟だとは思っていたが、まさかこんなにも没頭するなんて、正直予想外であった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.83 )
日時: 2016/06/28 01:14
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、座って身を丸めると、顎を膝にのせた。

「オーラントさん。ノーラデュースとかココルネの森に、なんか、ありませんか。遺伝病の原因になりそうな……別の病気とか、薬とか……」

 ルーフェンは、ちらりと視線だけオーラントにやって、問うた。

「そう言われましてもねえ……。俺だって、医師じゃありませんから、分からんですよ。ココルネに至っては、視察で数回しか行ったことありませんし」

 オーラントが、眉をぎゅっと寄せて、唸る。

「まあ、ノーラデュースでよく出る病って言ったら、一番は熱射病ですけどね。あとは、食中毒とか、ガドリアとか……」

「ガドリアって……感染症のですか?」

 ルーフェンの問い返しに、オーラントは頷いた。

「そうです、ガドリア原虫に寄生された刺し蝿(ばえ)に刺されると、感染するあれです」

 ルーフェンは、微かに眉をしかめると、言った。

「ココルネの森でガドリアが一時期流行ったのは知ってますけど、ノーラデュースは砂漠みたいなものでしょう。刺し蝿なんて、いるんですか?」

「ええ、いますいます」

 オーラントは、少し苦々しい表情を浮かべた。

「ノーラデュースだって、水場が皆無ってわけじゃありません。蝿っていうのは、どこにでも出てくるもんですからね。いつだったか、俺らの砦のごみ溜めに大量発生していて、震撼しましたよ」

 まるでその時のことを思い出したように身を震わせて、オーラントは続けた。

「まあでもガドリアは、昔ならともかく、今じゃ気にするほどのもんでもないです。一度抗原を射っとけば、二度とかかりませんし、万が一かかっても飲み薬で治ります。露出を少なくすれば、刺し蝿にも刺されませんしね」

「…………」

「そんなことよりも……ああ、そうだ」

 オーラントは、何か思い出したように顔をあげた。

「俺がノーラデュースに行ってすぐでしたから、二十年ほどまえのことになるんですが……。魔導師団の砦の近くに、結構大きな湖沼がありましてね。当時、そこを水源にして水を引いてこようって話になってたんですよ」

 ルーフェンは、真剣な顔つきでオーラントを見つめると、先を促した。

「でも、その湖沼を見に行ったとき、その近くに五本足の鼠が死んでたんです。それで、気味が悪いってんで、結局水源は別の湖沼にしたんですが……。五本足の鼠なんて聞いたことありませんし、よく考えたら、その鼠も奇形の一種ですよね。リオット病も皮膚や筋肉に奇形が現れますし、俺には詳しい原因とかはよく分かりませんが、もしかしたら、何か関係あるじゃないかと思って……どうですかね?」

「五本足の……」

 ルーフェンは、そうぽつりと呟いて、しばらく何かを考え込んでいた。
だが、突然はっと目を見開くと、オーラントの側にあった本の山を指差した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.84 )
日時: 2016/03/04 11:39
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: tVX4r/4g)


「それの、下にある緑の表紙の図鑑、とってください!」

「えっ、こ、これですか?」

 慌てつつ、本の山を崩さぬように、革表紙の分厚い図鑑を抜き取ると、ルーフェンにそれを渡す。
ルーフェンは、それを受け取るや否や、素早くとある頁(ぺーじ)を開くと、オーラントにそれを見せた。

「これ、この植物! その五本足の鼠が死んでた湖沼の周りに、生えてませんでしたか?」

 ルーフェンに見せられた頁には、太めの茎から細長い葉が複数生えた、子供の背ほどの植物が描かれていた。
しかし、生えていたかと尋ねられても、二十年も前のこととなると、記憶が曖昧である。

「んー……どうだったかなあ……。確かに、植物は生えてましたよ、それは覚えてます。でも、どんな植物だったかは、流石に……」

 なんとか思い出そうとするものの、どう頑張っても、あの景色が脳裏に蘇るとは思えない。
うんうんと頭を抱えるオーラントを見ながら、ルーフェンは図鑑を手元に戻すと、言った。

「……これは、クツララ草という多年草の一種です。耐暑性に強く、根には毒があって、この根をかじった兎が、多足症にかかったと記録されています」

「それって……!」

 オーラントが瞠目すると、ルーフェンは強く頷いた。

「耐暑性に強いということは、ノーラデュースのような気候でも、湖沼の近くなら群生できる可能性はあります。しかも、クツララ草の根が水に浸っていたとしたら……」

「その毒が、水に溶け出してるかもしれませんね」

 二人は目を大きくして、お互いの顔を見合った。

「人間は根なんてかじらないでしょうが、その毒が湖沼に溶け出していたとなれば、話は別です。その湖沼の水を飲み水として使用していれば、毒は体内に入ります。そして、それをリオット族たちも飲んでいたとしたら、このクツララ草が、皮膚や筋肉の変形を引き起こす要因になった可能性も、大いに考えられる……」

「小動物と人間とじゃ、出る症状も違うでしょうしね」

「ええ。これで、ココルネの森にもクツララ草の群生が認められれば、リオット病が増加した原因として、かなり有力な説になるんですが……」

 ルーフェンはそう言って、悔しそうに本棚を見上げた。

 王宮の図書室は大きく、当然内容も充実しているが、やはり専門書となると、そこまで膨大な数が揃っているわけではない。
医学や南方の土地に関する書物は、この八日間で、ほとんど目を通した。
しかし、これらのことに見覚えはない。
つまり、クツララ草のことも、ココルネやノーラデュースのことも、これ以上、本をあてにしては掘り下げることが出来ない。
手詰まりである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.85 )
日時: 2017/12/17 01:25
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「せめて、クツララ草についてだけでも……」

 ルーフェンが唇を噛むと、ふと、オーラントが言った。

「そういや、あの人の力は借りられないんですか? えーっと……アーベリトのご婦人が言ってた、レーシアス伯ともう一人、遺伝病の治療に詳しいとかいう……」

「レック・バーナルドですか?」

「そう! その人です!」

 オーラントは、ぽんっと手を打つと、腕を組んだ。

「そのレックさんとやらは、宮廷医師なんですよね? 探して、ちょいと手伝ってもらいましょうよ。いくらなんでも、医療魔術の素人である俺たちだけじゃ、無理がありますって」

 オーラントは、名案だとばかりに目を輝かせて言ったが、ルーフェンは、釈然としない顔つきのままであった。
今回のことを、あまり外部に漏らしたくないのである。

 ルーフェンは目を伏せると、小さな声で、でも、と言葉を濁した。
すると、オーラントは肩をすくめた。

「じゃあ、レーシアス伯に相談しますか? 本当はそれが一番いいんですよ、当事者ですし。この件に関しちゃ、彼が一番詳しいはずですから」

 ルーフェンは、すぐさま首を横に振った。

「それは、絶対にしません。サミルさんは、俺がこれ以上、サンレードの子供たちに関わるのを反対してました……もし、リオット族をシュベルテに連れ戻すことで、アーベリトの再興を考えてるなんて知ったら、きっと、心配かけます」

「でしょう? それなら、レックさんとこ行きましょうよ」

「…………」

 ルーフェンは、オーラントの顔を見て、俯いた。

 確かに、宮廷医師に頼れば、詳しい専門書や情報が手に入るかもしれない。
別に、頼るからといって、事情を全て説明しなければいけないわけではないし、こんなところで燻っているよりは、素直に助けを求めた方が良いだろう。

 ルーフェンは、図鑑を手にしたまま、ゆっくりと立ち上がり、ぐぐっと伸びをすると、小さく息を吐いた。

「そう、ですね……レック・バーナルドという名前には聞き覚えがありますし、宮廷医師は皆、宮殿の三階に研究室と自室を持っていますから、探しにいきましょう」

 それを聞くと、ほっとしたような表情を浮かべて、オーラントも立ち上がった。

「聞き覚えがあるっていうなら、話も早いですね。あんた、嘘は得意でしょう。医療に興味が出たとか適当に理由つけて、情報を聞き出せばいいんじゃないですかね」

「嘘が得意って、人聞きの悪い……あ」

「あ?」

 散乱した本を踏まないように、図書室の出口に向かって歩いていたルーフェンが、突如立ち止まったので、オーラントも慌てて歩を止めた。

 ルーフェンは、ゆっくりとオーラントの方に振り返ると、しばしばと目を瞬かせて、言った。

「……レック・バーナルドって……俺たち召喚師一族の、主治医でした」

「はあ!?」

 思わず声をあげて、オーラントが眉を寄せる。

 ルーフェンは、シルヴィアを診ていた、あの線の細い老人を頭に浮かべていた。
そういえば彼は、レックと呼ばれていたし、初めて会ったときも、そう自己紹介されたような気がする。
道理で聞き覚えがあるはずである。

 オーラントは、まだ見ぬレックを哀れむように、眉を下げた。

「主治医の名前を忘れるって……あんたの脳には、一体なにが詰まってるんですか」

「いや、だって……あの人、『次期召喚師様は不摂生な生活を送りすぎです!』とか言って、ご飯に凄まじく苦い栄養剤を混ぜてくるから、苦手で……。ちょっと、記憶から抹消してました」

「なんですか、そのとんでもなくガキ臭い理由は。全体的にあんたが悪いでしょう」

 オーラントは、呆れ返った様子でそう言うと、次いで、ルーフェンの背中を押した。

「ま、主治医だってんなら、更に話が早い。行って、さっさと話を聞きましょう」

「はい。そうですね」

 二人は図書室を出ると、三階に続く階段へと向かって、歩いていった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.86 )
日時: 2016/06/28 01:19
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「クツララ草に関する文献でございますか?」

 研究室に在室していたレック・バーナルドは、突然のルーフェンとオーラントの訪問に、驚きを隠せない様子で問い返した。

 ルーフェンは、それに対して頷くと、先程図書室で見ていた図鑑を、レックに渡した。

「図書室で調べてたんですが、古い文献しか見つからなくて。もし、何か他に知っていることがあったら、教えてください」

 レックは、薬草を擂り潰していた擂り粉木(すりこぎ)を擂り鉢の隣に置くと、老眼鏡をかけて、ルーフェンから受け取った図鑑に目を通した。
そして、ふむ、と頷くと、図鑑を閉じて、ルーフェンに返す。

「なるほど……。確かに、これは百年以上前の文献ですから、クツララ草の記述は少ないですね……」

 ルーフェンは頷いて、レックに返された図鑑を片手に持った。

「そうなんです。何故多足症を引き起こすのかとか、他にどこに群生しているのかとか、そういう記述が一切なくて。レックさん、他に何か知りませんか?」

 再びルーフェンがそう尋ねると、レックは、曖昧な頷きを返した。

「ええ、その……クツララ草は、珍しい毒草でして、研究者も少ないですから、本としては出版されていないのです。しかし、多足症に関しては我々医師の中でも、必要な知識として学んでおりますから、その図鑑以上のことは、お話しできるかと。ただ、恐れながら、なぜそのようなことを?」

「…………」

 レックは、訝しげな顔をして、ルーフェンを見つめた。
彼は、ルーフェンが図書室に引きこもっていることを、当然知っている。
ついでに、なぜルーフェンがそんなことをしているのか、聞き出そうと考えているのだろう。

 ルーフェンは、横にいるオーラントを一瞥すると、レックに視線を戻した。

「この人、オーラント・バーンズさんと言って、ノーラデュース常駐の宮廷魔導師なんですが、砦の近くの湖沼で、五本足の鼠を見つけたそうなんです。俺は、多分その原因は、湖沼近くに生えていたクツララ草の根、あるいは根の毒素が溶け出した水を、鼠が含んだからだと思ったんですが、何分知識が不十分なもので。その湖沼が、砦の水源に使えるのかどうか、レックさんに聞きに来たんです」

 そう言うと、レックはオーラントの方を向いて、深々と礼をした。
オーラントもそれにならってお辞儀をし返すと、レックは、ルーフェンに向き直った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.87 )
日時: 2016/03/17 20:01
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: FSosQk4t)



「お話は、分かりました。では次期召喚師様はここ最近、図書室でずっと、それをお調べになっていたのですか?」

 ルーフェンは、微かに頷いた。

「……まあ。と、いうよりは、オーラントさんから南方の話を聞いていたら、色々と興味が湧きまして。俺は、王宮からほとんど出たことがありませんから」

 レックは、ルーフェンの顔を見つめながら、少し複雑な表情を浮かべていた。
しかし、すぐに真顔に戻ると、顔にかけていた老眼鏡を机に置いて、立ち上がった。

「……なるほど。では、私の持ちうる知識で良ろしければ、喜んでご協力申し上げます」

 それを聞いて、ルーフェンとオーラントは一瞬、視線を合わせると、ひとまずレックの説得に成功したことを喜んだ。
これで、クツララ草が、ココルネにも群生している事実や、人体にどのような影響を及ぼすか、といったことなども分かれば、リオット病の解明はほぼ出来たと言っても良い。

 そうして、期待に胸を膨らませていたルーフェンであったが、レックから告げられた言葉は、思わぬものであった。

「結論から申し上げますと、クツララ草の毒素は、人体には影響がないとされていますので、その湖沼を水源に使っても問題はないと思われます」

 ルーフェンとオーラントは、瞬きをして、硬直した。
人体には影響がない、ということは、リオット族にも当然影響は出ないだろう。
だとしたら、クツララ草とリオット病は関係ない、ということになる。

「……え、影響、ないんですか……?」

「はい、ありません」

 レックは、きっぱりと言った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.88 )
日時: 2016/03/19 17:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OSKsdtHY)


「確かに、その五本足の鼠というのは、次期召喚師様の仰る通り、湖沼近くに生えていたクツララ草が原因でしょう。しかし、それは動植物に乏しいノーラデュースだからこそ、起きた事態かと思われます」

 頭の中で構築していたものが、がらがらと崩れ去っていく音を、ルーフェンは聞いた。
そんな彼の心情など知らないレックは、むしろ水源として使えることが喜ばしい、とでも言いたげに、微笑みながら続ける。

「クツララ草の根の毒素は、非常に微弱なものです。かつて行われた生体実験でも、小動物に根だけを何年も与え続けて、やっと、奇形が生じたのです。ですから、その鼠も、ノーラデュースの砂漠地帯で他に食べ物がなく、仕方なくクツララ草の根を含み続けて、運悪く多足症を発症してしまったのでしょう。小動物ですら、その程度です。人間には何の影響もないでしょうし、もし気になるのであれば、湖沼周りのクツララ草を根ごと引き抜いておしまいなさい。そうすれば、全く問題はありません」

「そう、ですか……。良かったですね、オーラントさん」

「あ、あはは…… 全くです」

 覇気のない声を掛け合いながら、二人は内心、ひどく落胆した。
だが、それを顔に出さないようにしながら、ルーフェンは、レックを見つめた。

「クツララ草は、耐暑性に優れているようですが、暑いところなら、どこにでも生えているものなんですか? ノーラデュースだけではなくて、例えば、ココルネの森とか……」

 レックは、首を左右に振った。

「ココルネの森のような熱帯の地域には、背の高い木々が多く繁っています。クツララ草などの背の低い植物は、それらの陰に入ってしまって、日光を浴びられませんから、生えたとしても、すぐ枯れてしまうでしょう。そうすると、暑くて他に植物のない地域が良いということになりますから、クツララ草が群生しているのは、必然的に乾燥地帯ということになりますね」

「…………」

 言葉を失って、ルーフェンは、ただレックを見つめることしかできなかった。
その横で、今度はオーラントが口を開く。

「クツララ草の毒草っつーのは、なにか遺伝病に影響を与えるもんなんですかね?」

 それに対しても、レックはあっさりと首を振った。

「いいえ、違います。クツララ草の毒素は、単に肉体を構成する細胞を破壊したり、異様に増殖させたりするだけです。根本的な遺伝子に異常を起こして、それを次世代に伝えてしまう遺伝病とは、全く違うものです」

「あー、なるほど……」

 オーラントは、前髪を邪魔そうに掻き上げて、苦々しく返事をした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.89 )
日時: 2016/03/23 10:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 4mXaqJWJ)


 ルーフェンは、微かに口を開けたまま、ぼんやりと手に持った図鑑を見た。
かなり確信に近いものを持って、クツララ草の話をレックにしたというのに、まさか、リオット病とは何の関係もなかったとは。

 まだどこか、気づくべきことがあるかもしれないと考えたが、人体に影響がなく、遺伝子にも関係なく、ココルネにも群生していないとなれば、クツララ草は完全に白だ。

 折角、核心を突けたと思ったのに。
まるで振り出しに戻ってしまったかのような絶望感が、ルーフェンの胸を覆った。

 ルーフェンは、呆然としたまま、尋ねた。

「あと、もう一つ聞きたいんですが……レックさんは、リオット族に関する書物を、持っていませんか?」

 どうせ、図書室にある文献はほぼ読み尽くしてしまったのだ。
戻っても、このお手上げ状態から脱せるとは思えない。
それならせめて、レックから新たな情報源を得ようと考えて、ルーフェンはそう言った。

 すると、レックが瞠目した。

「……そんなもの、どうするんです?」

 先程までの穏やかな声音とは一変、少し警戒の色を混ぜた声で、レックが聞き返す。
ルーフェンは、それを聞いた途端、しまった、と思った。

 ついクツララ草のことに気をとられてしまっていたが、レックには、南方に興味が湧いた、としか言っていないのだ。
かつて、サミルとリオット族に関わっていたであろうレックからすれば、ルーフェンの今の発言は、聞き捨てならない言葉だったに違いない。

 急いで言い訳を考えていると、ふと、オーラントが口を開いた。

「俺がリオット族について、次期召喚師様にお話ししたのですよ。そうしたら、遺伝病の治療なんてすごいって仰るもんで、もっと詳しく教えて差し上げたかったんですが、ほら、俺ぁ、ただの魔導師ですからね。医療魔術の知識なんてちんぷんかんぷんなものですから、それなら、ついでにレック先生にお聞きすればいいでしょう、ってことになりまして」

 オーラントが、ほとんど真実に近いようなことを言い始めたので、一瞬肝を冷やしたが、物は言い様である。
単純に、遺伝病の治療に感動したルーフェンが、もっと知りたいとせがんでいるだけだ、他に裏などない、としか感じられない口ぶりで、オーラントは言ってのけた。

 すると、レックはつかの間、疑わしげにルーフェンを見ていたが、やがて、警戒を解いたようで、少し待つように二人に言い残すと、一冊の本を隣の部屋から持って帰ってきた。
そして、それをルーフェンに手渡すと、言った。

「……今はリオット族について調べる者などおりませんし、ノーラデュースに関しては、何も分かりません。しかし、実は私は、まだ研究員だった頃。ココルネの森で、南方で発生する病について、調べていたのです。それは、その時のことを書いたものです」

 片手では持てないくらい、重量感のあるその本には、レックの言う通り、ココルネの森に棲む原住民の様子や、そこで発生した病の記録などが、事細かに記されていた。
そこにはもちろん、リオット族も含まれている。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.90 )
日時: 2016/03/26 01:54
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HPUPQ/yK)


 図書室の医学書とは比べ物にならないくらいの内容に、ルーフェンは、言葉もなく頁を捲った。
だが、ふと手を止めると、その頁をじっと見つめた。

「これは……」

 ごくり、と息をのんで、目を見開く。
そこに描かれていたのは、ココルネの森における、リオット病の分布図であった。

 すぐそばで、レックが口を開く。

「他の原住民にも、リオット病が発症しないか、観察していたものです。……結局リオット病は、リオット族にしか発症していませんでしたが……」
 
 ココルネの地図の、より森が深い位置を中心に数ヶ所、赤く塗り潰されているところがある。
ここが、リオット族の生息地であり、リオット病が観測される唯一の場所だったのだろう。

 オーラントが、驚いたように声をあげた。

「発症するかどうか観察って……まさか、リオット族に接触して確認したんですか?」

「いいえ、まさか!」

 レックは、手を顔の前で振って、否定の意を表した。

「そんな危険なこと、しません。リオット族以外の原住民は皆、温厚な者たちばかりで、話せば集落にも引き入れてくれましたし、治療だって施せました。しかし、リオット族は、自分達の縄張りを荒らされることを、ひどく嫌います。そんな接触なんて、できるはずがありません……」

「じゃあ、どうやって発症したかどうか、確かめたんですか?」

 ルーフェンが聞くと、レックは目元を緩めた。

「いえ、そんなに難しいものではありません。単純に、見て確かめたのですよ。リオット病は、発症すれば著しい皮膚の変形が見られます。それが現れているかどうか見て、リオット族にどれくらいの発症者がいるのか、記録したんです。……その分布図を書いた頃には、もうリオット病にかかっていないリオット族など、いないように感じましたが……」

 ルーフェンは、納得したように頷いて、もう一度だけ、脳に焼き付けるようにその分布図を見ると、本を閉じて、レックに返した。

 本当は借りられたら良かったのだが、レックにとって、リオット族を研究したという過去は、あまり知られたくないものだろう。
あの野蛮なリオット族を救うために、遺伝病の治療法の確立に尽力したと言えば、やはり、世間的には良い顔をされない。

 別に、ルーフェンがこの本のことを周囲に言いふらすとは思っていないだろうが、あまり公にしたくない過去の産物を他人に貸すというのは、不安で仕方ないはずだ。

 現に、レックは、ココルネの森で研究をしたとは言ったが、リオット病の研究をしたとは言っていないし、遺伝病の治療法に関わったことも、隠そうとしているように見える。
そういったレックの心情を考えると、本を貸してほしいと頼むのは、躊躇われた。

 それにルーフェンは、一度見た内容はおおよそ暗記していられる自信があったし、分布図を持ち帰ったところで、事態が進展するとも思っていなかった。
どちらにせよ現状は、手詰まりなのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.91 )
日時: 2017/12/17 01:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ルーフェンは、レックに礼を告げると、オーラントと共に研究室を出た。
そして、一階にある図書室の前まで戻ってくると、ふと、オーラントが立ち止まり、言った。

「あー、結局、なんも分からず終いでしたね。いい線いったと思ったんだけどなあ……」

 そう呟いて、ため息をこぼす。

「まあ、あとは明日にして、今日はひとまず休みましょうや。久々に頭使って疲れたし……あんたは、明日も図書室にいるんでしょう?」

「ええ、そうですね……」

 問うてきたオーラントに、ぼんやりとした様子で返事をすると、ルーフェンは、窓の外にある、うっすらと夕闇に浮かぶ月を見た。

 なぜ、リオット病の発症者は増加したのか。
条件の違う、ココルネとノーラデュースという土地で。
何が原因で、どうして。

 遺伝病の要因になるものといえば、例えば母体に、何かが紛れ込んで、その胎児の遺伝子に影響をもたらしたとき。
それがクツララ草の毒草だと思ったのに、それは違うという。

 では、他にどんな原因が考えられるだろう。
そもそもこの考え自体が、根本的に間違っているのだろうか。

 より強く、生き抜くための進化を──。
死を招く不利な遺伝子を、淘汰しようという自然選択を押さえつけてまで、何がリオット病の遺伝子を生き残らせているのか。
何が、何が──。

「おーい、聞いてます?」

 オーラントの声に、はっと我に返って、ルーフェンは顔をあげた。

「えっと……はい。何でしたっけ?」

 オーラントは、呆れたように肩をすくめると、がしがしと頭を掻いた。

「だから、あんたは明日も、図書室にいるんですか? って」

「ああ、います。もちろん。リオット病のことを解明できるまで、ずっと、図書室にいます」

 ルーフェンは、上の空といった様子でそれだけ告げると、口元に拳を当てたまま、図書室に入っていった。
 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.92 )
日時: 2016/04/01 09:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: O/vit.nk)


 手元にある一本の蝋燭以外、図書室の壁に設置されている燭台の火を全て消すと、ルーフェンは、本棚に寄りかかってしゃがみこんだ。

 何か他の手がかりを探そうにも、これ以上、何を調べれば良いのか分からない。
ずっと、何百年もの間、どうしてリオット族は、リオット病に苦しめられているのか。

 クツララ草以外にも、何か遺伝子に影響を及ぼすような要因があるだろうか。
例えば病、寄生虫、薬物の副作用、その他の毒草。

(……いや、違う。どれも違う……)

 膝の間に顔を埋めて、強く拳を握る。

 病はそれらしいものなんてなかったし、寄生虫や毒草は、結局水分のあるところでないと生きられないから、ノーラデュースにはないはずである。
仮にあっても、リオット族のいる谷底にはないだろうし、クツララ草のような例外も当然あるが、ノーラデュースにあるような植物は、今度はココルネの森には生息していない。
薬物の副作用だって、そもそも自然の中で生きるリオット族が、薬なんてものを持っているわけがない。

 ノーラデュースとココルネの森、双方の土地で、リオット病の発症者は増えたのだ。
だとしたら、ノーラデュースにもあって、ココルネにもある何かが、原因となっているはずだ。
自然淘汰をも超越してしまうような、強力な何かが。

 ルーフェンは、脱力したようにその場に倒れこむと、ふうっと息を吐いた。

 何も分からないし、思い付かない。
リオット族を奈落の底から引き上げて、遺伝病の治療法の需要を再び高め、サミルの助けになろうと思ったのに。
サンレードの行き場を失った子供たちに、新しく居場所を用意しなければならないのに。

 このまま自分は、何もできないのだろうか。
仮にも、国の守護者として生まれたくせに、出来たことといえば人殺しだけだ。
ああ、なんて無力なのだろう。
そう思うと、胸の中に深い悲しみが広がった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.93 )
日時: 2017/08/24 14:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 そうして、ルーフェンは長い間、じっと横になって目を閉じていた。
辺りはしん、と静まり返っており、聞こえるのは、時折溶けて落ちる蝋の音だけである。

 しばらくは眠れなかったが、やっと意識がうとうとし始めた頃。
ふと、耳の横を不快な羽音がかすった。
なんとも力の抜けるような、か細い音である。

 ぞわっとして、ルーフェンが顔をあげると、枕にしていた腕の部分に、一匹の蚊が止まっていた。
蚊は、片方の手で追い払っても、ルーフェンの周りを飛び続けているようで、姿は見えないのに、ふとした瞬間に何度も耳元を通りすぎていく。

 それが煩わしくて、ルーフェンは少しの間、蚊がこちらに来ないように手を振っていたが、だんだん、それも面倒になってやめた。

 耳障りな羽音を聞きながら、ルーフェンは、一体どこから入ってきたのだろうか、と思った。
図書室は基本閉めきっているし、外に繋がっているような隙間もない。
考えられるとすれば、出入りするときに扉から一緒に入ってきたのだろうが、扉だって、そんな長時間開けていたわけではない。

 こんなところにはいないだろう、入れないだろうと思っている場所でも、蚊というのは、案外どこにでも出てくるのである。

(この感じ、なんか覚えあるな……)

 急に幼少の頃の記憶が甦ってきて、ルーフェンは、静かに目を閉じた。

 暑いときは特に、少しでも水場があれば虫というのは涌くもので、貧しいヘンリ村では、当然薬も袖の長い服も手に入ることなんて滅多になかったから、とにかく刺されまいと躍起になっていたものだ。
運が悪いと、蚊や蝿なんかは人間の身体にも卵を産み付けてくるし、そうなると、痒いとか痛いでは済まない。

 寝ているときに刺されては敵わないと思って、全身に布や藁を巻き付けて寝たとしても、結局翌朝には、どこかしら刺されていたりする。
本当に、油断も隙もないのだ。

 だから、どうしても我慢ならないときは、皮膚に泥を塗ったりして、対策をとっていた。
泥だって綺麗なものではないから、そうすると皮膚病になったりすることもあったけれど、泥は、乾くと固くなって、まるで鎧のように皮膚を守ってくれるのである。

(固くなって……?)

 不意に、何かが、頭の隅で引っ掛かったような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.94 )
日時: 2016/04/03 11:37
名前: 亜咲 りん ◆6/Q8468zb. (ID: QfxSjaEX)

 お久しぶりです狐様。覚えていらっしゃいますでしょうか、亜咲です。
 イラスト、つい先程拝見しました。もーう、希望通りで叫びそうになりました(≧∇≦)
 イメージとピッタリでした!背景なんて必要無いです!本当にありがとうございましたm(_ _)m
 一応、これからは別の作品を中心に執筆していきたいのですが、『花の幻想』は、題名を変えて、ゆっくりと更新していきたいと思います(^_^)イラストに題名まで入れていただいたのですが……そのままで魅力的なので、そのまま使わせていただきます(‾▽‾)
 まだ闇の系譜は読み切れていないのですが、参照数がえらいことになっていてびっくりしました(O_O)さすがです……
 これからも読んでいきますので、更新を楽しみにしています!
 本当にありがとうございました(*^o^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.95 )
日時: 2016/04/03 21:42
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: a0p/ia.h)

 こんばんは、ゴマ猫です。
 遅くなりましたが、更新分は読ませて頂きました。

 サーフェリア編は、ルーフェンさんの過去が描かれていてミストリア編では分からなかったルーフェンさんの生い立ちが知れて「なるほどなぁ」と、頷きながら楽しく読ませて頂きました。
 ゴマ猫の中ではミストリア編のイメージだと、飄々としてるけど凄い人という認識だったのですが、読んで見方が変わりました。ルーフェンさん苦労したんですね、ここまでとは(汗)
 召喚師というのは、生まれながらにして色々なものを背負ってるのですね。幼い頃からの経験が壮絶過ぎます。

 ミストリア編ではアドラさん推しでしたが、サーフェリア編ではオーラントさんが好きですね。途中からルーフェンさんの事を「あんた」と呼んでるところが面白かったです(笑)
 オーラントさんは、きっとルーフェンさんと波長が合うのだろうなぁと思いつつ、そして、相変わらず素晴らしい文章力に感嘆の声を漏らしつつ。
 三話からは、一歩踏み込んだ内容になってましたね。リオット族のリオット病の謎。ファンタジーという物語の性質上、毒草1つとっても、キチンと説明していかなければ読者が理解出来ないと思うのですが、その辺の説明もキッチリとされていて、さすがだなぁと感じました。

 毒草の話で思い出したんですが、根に毒を持ってる毒草(名前忘れました)をすり潰して、浅瀬に集まってる魚を獲るという漁の手法を思い出しました。浅瀬でバシャバシャやると、魚が浮かんでくるというやつです。
 あと蚊に刺されないために顔に泥を塗るという方法も、何かの本で読んだ事があったので、PC前で変な頷きを繰り返してました。

 ちょっと話が逸れましたが、原因を解明するための行動が事細かに書かれていて、少しづつ物語が進んでいく——というのは、読んでいて楽しかったですね。
 相変わらず感想は下手でして。読み込みなど甘かったら申し訳ないです(汗)
 それにしてもこの感想、銀竹さん(狐さん)のスレのお邪魔にしかなってないんじゃないか? という不安を抱きつつも、懲りずにまた覗かせて頂きます。はい。

 これからも更新、応援していますね。ではでは(^.^)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.96 )
日時: 2016/04/06 00:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

>>94
亜咲りんさん

 お久しぶりです^^改名してますが、元・狐です。
もちろん、覚えておりますともー(*´▽`*)

 イラスト、喜んで頂けたようで良かったです!
そのままお使いいただけるということで、嬉しいです。
でも、題名の文字を変えるだけなら瞬時にできますので、もし必要であれば仰ってくださいねー(´ω`*)

 〜闇の系譜〜、応援してくださりありがとうございます^^
読むといって下さるだけで元気100倍ですw
お互い、これからも頑張っていきましょうねっ


>>95
ゴマ猫さん

 ああぁぁ……全部読んで下さったんですね( ;∀;)
本当にありがとうございます!ゴマ猫様……!

 サーフェリア編は、確かにミストリア編と比べて、鬱展開が多いかもしれません。
バッドエンドではないんですけどね、割と最初っから最後までルーフェンには苦労して頂くと思います(;´∀`)
 仰る通り、召喚師大変だぜっていうのがテーマの物語なので、そう感じて頂けて嬉しいです^^
特に、強者(召喚師)=国王である他国とは違い、サーフェリア(人間)は「強けりゃ良いって問題でもないだろ!」という考えが強いです。
故に、だんだんと「皆の国なんだから、女神様の加護の下に皆で国を守ろうぜ!」っていうイシュカル教の思想が強くなってきて、召喚師の立場は徐々に追いやられていく……みたいな感じで今後進めていけたらと思ってますw

 お、おお……オーラントさんですか(笑)
ゴマ猫さんの推しメンは、なぜ不幸体質なんでしょうかw
あ、いえ、オーラントさんは死にませんがw
 彼は、いまいちルーフェンのことを敬ってるのかどうか怪しいですね!
「あんた」呼ばわりに、「クソガキ」の称号勝手につけてますし。
ルーフェンと波長が合うと感じて頂けたのも、私的には万々歳です^^
将来の飄々としたルーフェンの性格には、この時のオーラントさんの性格が少なからず影響している設定なので。
 リオット病の謎——リオット族のお話は、この物語の山場の一つかなぁと個人的には思ってます^^
ちょうど、本当にあと次の1頁で、大体のことが明らかになるので、読んで下さったら泣いて喜びます(笑)

 いわゆる魚毒漁法ってやつですね!毒草の名前は……私も忘れましたw
なんかオニゴロシみたいな名前だったような……それは酒か(笑)
 蚊刺されを防ぐのに泥を塗る方法も、ご存知だったんですね!さすがゴマ猫さん……!
これは、パラグアイ出身の私の友人が教えてくれた方法です。
その友人は、生まれた時、目玉に蝿が卵を産み付けてきて、失明しかけたんだとか……日本じゃ想像できない光景ですよね(゜Д゜;)

 いえいえ、長いのに読んで下さって、本当に感謝感激です(*´▽`*)
私のスレは感想を言いづらい……と、よく言われてしまうのですが(笑)、コメント頂けて本人は超歓喜しておりますので、お気になさらないで下さい!
感想はどこで頂けても嬉しいですが、小説のスレに書きこまれたものは、疲れた時によく読み返してにやにやしています(変態)
 素敵なご感想、ありがとうございました(´ω`*)
今後もまた覗いて頂けるというそのお言葉だけで、完結まで頑張れます(笑)

 私も引き続き、ゴマ猫さんの作品をストーカーさせて頂きますね!


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.97 )
日時: 2017/08/24 14:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

(皮膚の表面を、固く……防御するように……)

 その瞬間、はっと目を開けると、ルーフェンは積んであった本から、リオット病について書かれた本を素早く選び出した。
そして、その症状を説明した頁を開くと、蝋燭に近づけ、ゆっくりとそれを読み上げる。

「……症状としては、皮膚の硬化と、蛋白質異常による、全身の筋肉の異常発達、及び変形……。それに伴う、心肺機能の停止、そして死に至る……」

 皮膚の硬化──。
その言葉が、何度も頭で再生される。

 次いで、ルーフェンは別の本の山から医学書を引っ張り出すと、ガドリアに関する頁を開いた。

──ガドリアとは、ガドリア原虫をもつ刺し蝿に刺されることで感染する、感染症のことである。発症すると、短時間で全身に黄疸が生じ、数日後には多臓器不全に陥り早晩死する。ただし、黄疸が生じた際、早期に治療を施せば──……

 読みながら、ルーフェンの頭に、これまでの会話が思い起こされた。

──ココルネの森でガドリアが一時期流行ったのは知ってますけど、ノーラデュースは砂漠みたいなものでしょう。

──蝿っていうのは、どこにでも出てくるもんですからね。

──一度抗原を射っとけば、二度とかかりませんし、万が一かかっても飲み薬で治ります。露出を少なくすれば、刺し蝿にも刺されませんしね。

──リオット族は、自分達の縄張りを荒らされることを、ひどく嫌います。そんな接触なんて、できるはずがありません……。

 ルーフェンは、息を詰めたまま、目を見開いて、しばらく蝋燭の炎を凝視していた。

(……ココルネにあって、ノーラデュースにもあって、リオット族に接触しうる、何か……)

 もし、皮膚の硬化を起こすことで、リオット族たちが刺し蝿から身を守っていたのだとしたら。
リオット病よりも、ガドリアのほうが危険であると、遺伝子が判断していたのだとしたら。

 リオット病は、なにか負の要因によって増加していたのではない。
むしろ、進化したからこそ、増えていたのかもしれない。

 ルーフェンは、椅子にかけてあった上着を引ったくって起き上がると、すごい勢いで図書室を飛び出した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.98 )
日時: 2016/04/13 17:38
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: DYDcOtQz)


  *  *  *


 翌朝、オーラントは再び図書室に向かった。
しかし、そこにルーフェンの姿はなく、代わりにあったのは、机に広げられた二冊の本だった。

 一冊は、ガドリアについての文献。
もう一冊は、本というよりは冊子に近いもので、中身を捲ってみると、そこには、南方におけるガドリアの有病率の分布が、地図上に描かれていた。
おそらく、かつてガドリアが大流行した時のものだろう。

 冊子に関しては、表紙に地下書庫の印が捺してあり、この図書室のものではないようだ。
こんなものが、一体どうしてあるのだろうと考えていると、扉の方から慌ただしい足音が聞こえてきて、オーラントは捲る手を止め、顔をあげた。

 それと同時に、ばん、と扉が乱雑に開かれる。
飛び込んできたルーフェンの顔は、疲労のせいか全体的に白かったが、走ってきた影響で頬の部分だけは赤みを帯びていた。

「おー、おはようございます。どうしたんです? そんなに慌てて」

 少々驚いた様子で尋ねたオーラントに、ルーフェンは、乱れた息を整えながら、言った。

「オーラントさん……ちょうど良いところに……」

 そして、抱えていた分厚い本を机の側まで持ってきて、どん、と置くと、オーラントに視線をやった。

「……分かったんです。ノーラデュースで、リオット病が再び増加し始めた理由が」

 オーラントは、ぎょっとして目を見開いた。

「なんだって? 本当か!」

「はい。これ、さっきレックさんからまた借りてきたんですけど……見てください」

 広げられた分厚い本の頁には、昨日、レックに見せてもらった、ココルネの森のリオット病の分布図があった。
やはり、森の深い部分を中心としたリオット族たちの生活圏にしか、リオット病は発症していない。

 ルーフェンは、続いて、オーラントの手元にある冊子の頁を捲り、ガドリアのココルネの森での分布図を指差した。

「こっちは一二○○年代後半のものなのですが……この分布図は、ガドリアが猛威を奮った際に、当時治療法を生み出すために南方に派遣されていた医術師団が、作成したものです。ガドリアは、全身に黄疸が生じますので、患っていればすぐに分かります。おそらく医師は、リオット病と同じように、リオット族の集落を目視してこの記録を付けたのでしょう。……この二つを見て、なにか気づきませんか?」

 オーラントは、ルーフェンの言う通り、リオット病とガドリアの分布図を交互に見比べた。
そして、はっと息を飲むと、まじまじとルーフェンの顔を見つめた。

「……リオット族の生活圏にだけ、全くガドリアが発生していない……!」

 ルーフェンは、無言で頷いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.99 )
日時: 2016/04/17 21:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: OSKsdtHY)


「なんで、こんなことが……一二○○年代っつったら、ガドリアで南方の人口が半分以上減少したっていう年だぞ? それなのに、リオット族には一人も発症者が出てないなんて……」

 額に手を当て、信じられないものを見たといった様子で、オーラントが呟いた。

「はい。これは明らかに、偶然発症者が出なかったとは考えられませんよね。リオット族は、その肉体を以て……ちゃんと、ガドリアに抵抗性のある形質を持っていたんです」

「……えっと、つまり、どういうことです?」

「だから、その形質の正体こそが、リオット病だということです」

 オーラントは、眉をひそめた。

「じゃあ、リオット病を患っていたから、リオット族はガドリアに罹(かか)らなかったってことなんですか?」

 ルーフェンは、レックからの文献の頁を、分布図からリオット病の症状について説明された頁に変えると、そこをオーラントに見せた。

「はい、その通りです。ガドリアは、ガドリア原虫をもつ刺し蝿に刺されることで、発症する病です。でも、この刺し蝿は、リオット病によって硬化したリオット族の皮膚を、刺すことは出来なかったんです」

 ルーフェンは、オーラントから本へと視線を移すと、続けた。

「ずっと、不思議に思っていました。何故、生存に不利なリオット病の遺伝子が、自然選択されず、残り続けるのか。残るどころか、増え続けるのか……。俺は最初は、その原因は、何か自然的な負の要因のせいだと思っていたんです。例えばクツララ草の根の毒や、何らかの寄生虫、病……それらを摂取してしまって、その結果、本来淘汰されるべき遺伝子が増殖しているのだと」

 再びオーラントを見つめて、ルーフェンは言った。

「でも、その考えこそが、根本的に間違っていました。リオット病の遺伝子は、淘汰されるべき遺伝子なんかじゃなかった。むしろガドリアの猛威から逃れ、生き残るために選ばれた、進化の産物……つまりは、リオット病の症状に、それ以上の優位性があることを示唆していたんです」

 ルーフェンは一息ついて、落ち着いたように身を戻した。

「……最初はもしかしたら、ただの突然変異だったのかもしれません。しかし、ある日突如現れたリオット病の遺伝子は、ガドリアという病に対抗しうる力を持っていた。だから、ココルネの森で、リオット病の発症者は徐々に増えていったんでしょう。そして、遺伝病の治療法が生まれ、かつガドリア原虫の存在しないシュベルテでは、一時的にその増加は止まったものの、ノーラデュースに押し込められて、再びリオット病の発症者は増加し始めた。ノーラデュースにいれば、ガドリアに罹る危険性がまた出てくるからです。他とは決して関係を持たないリオット族は、薬を手に入れることはもちろん、ガドリアに対して何か対策をとる裕福さなんてものは、当然ありません。だから、自分の身体を使って、ガドリアへの抵抗性を身に付けていくしかなかった。これが、全貌です」

 ルーフェンが言い終えると、オーラントが、微かに眉をひそめた。

「確かに、リオット族がガドリアに罹っていないのは事実だし、リオット病がそのために発現したというのも頷けます。ですが、リオット病だって、最終的には死に至るような恐ろしい病気ですよ? それが、進化した結果だっていうんですか?」

 ルーフェンは、目を伏せて答えた。

「それは……進化しすぎてしまったが故なんです。免疫が行きすぎれば、過剰な拒絶反応に繋がって、己の身体にも害を成してしまうように。刺し蝿から身を守るため、皮膚の硬化を起こした結果、全身に蛋白質異常が生じ、皮膚だけでなく筋肉にまで妙な発達や変形が起こってしまった。筋肉に異常が生じれば、必然的に臓器にも影響が出ます。その末に心肺機能が停止、死に至るような重病に発展してしまったのでしょう」

 ルーフェンはそう言って、開いていた文献を、ぱたりと閉じた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.100 )
日時: 2016/06/30 13:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q6B8cvef)

 昨晩、図書室に入った蚊を見て、これらのことを閃いたルーフェンは、まず、ガドリアの分布図を探しに出た。
これで、リオット族の生息地でガドリアが発生していないことを確認できれば、ルーフェンの推測は、確証に変わるからである。

 図書室にはそれらしき文献はなかったし、病の分布図なんてものを、人の手が入っていない南の土地で作成するのは困難だが、ガドリアは、その病症の恐ろしさ故に研究者は多かったから、必ずどこかにあると思った。

 しかし、再びレックに話を聞こうと、宮廷医師たちの研究室まで行って、ルーフェンは、時刻が真夜中であることを思い出した。
起きているのは衛兵くらいだし、こんな時間に、レックを叩き起こすというのも忍びない。
だが、この思い付きの真偽を確かめないまま、戻って就寝することなど、できる気がしなかった。

 ルーフェンは、この際、製本ではなく記録でも良いといった気持ちで、一か八か、地下書庫へと向かった。
地下書庫は、一般には出回らないような研究論文や、歴史的な記録などが書類として保管されている場所である。
基本的に、事務を取り仕切る重役、あるいはその重役から許可を得た者しか立ち入ってはならない場所なのだが、ルーフェンは、重役以上の地位なら良いだろうと自己解釈して、地下書庫に侵入した。

 整理されているとはいえ、膨大な書物の中からガドリアの分布図を見つけるのは、かなり骨の折れる作業であった。
けれど、確実に見つかるという保証がなくとも、とにかくじっとはしていられないという衝動に突き動かされて、ルーフェンは一晩中書庫内を探し続けた。
すると、運はルーフェンの味方だったらしい。
明け方ごろ、ついにガドリアの分布図を発見したのである。
南方におけるガドリアの、有病率に関する歴史書の一部として。

 ガドリアの分布図は、ルーフェンの予想通り、見事なまでに、記憶の中のリオット病の分布図と、相反していた。
すなわち、リオット病の発症する場所──リオット族の生活圏には、ガドリアが一切発生していなかったのである。

 ルーフェンは、しばらくの間、息をするのも忘れて、ガドリアの分布図が載った冊子を見つめていた。
だが、やがて、改めて推測が確証に変わったのだと分かると、全身が熱くなって、ついにやったのだという思いが、身体中を突き抜けた。

 ルーフェンは、その興奮が冷めぬ内に、一度冊子を図書室の机に置いて、夜が完全に明けきるのを待ってから、レックの研究室に行った。
そして、あのリオット病に関する文献を、ほんの数時間で良いからと約束して、借りた。
いくらなんでも、比較材料の一つであるリオット病の分布図が、いつまでもルーフェンの記憶の中のものというわけにはいかないからだ。

 そうして、再び図書室に戻ったとき。
その場にオーラントがいたのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.101 )
日時: 2016/04/29 14:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: AtgNBmF5)


 食い入るようにルーフェンの話を聞いていたオーラントは、ふと、顔をしかめた。

「……ん? 話は分かったが、待て。あんた、地下書庫に無断で侵入したんですか?」

 ルーフェンは、一瞬ばつの悪そうな表情を浮かべた。

「前に、ガラドさんが入るところを見ていましたから、解錠の術式も覚えていたもので。……大丈夫ですよ、あとでこっそり戻せば、誰も気づきません」

 反省の色を全く見せず、地下書庫の冊子を振って見せる。
オーラントは、それに対して、呆れたように大きくため息をついた。
しかし、すぐにおかしそうに苦笑を浮かべると、肩をすくめた。

「全く、あんたという人は、移動陣のこともそうですけど、色々とやらかしてくれる……」

 くつくつと笑って、ルーフェンを見る。

 ルーフェンは、てっきり規則違反をしたことに文句を言われると思ったのだが、オーラントの表情には、非難どころか、感嘆の色が浮かんでいた。
 
「本当に、色々とやらかしてくれますね……」

 面白いじゃないですか、と付け加えて、口角を上げる。
すると、ルーフェンは、一瞬呆けた様子でオーラントを見ていたが、やがて、いたずらっぽく笑みを返した。



 多くの者が、遺伝病の治療法がでたらめだったのだと信じて、触れようとしなかったリオット族を巡る真実。
それを明かしてしまったこの少年なら、歴史の一つや二つ、動かしてしまうかもしれない。
オーラントはこの時、そう思った。

──もう一度、リオット族の納得する形で、彼らに王都に戻ってきてもらいます。

 そう言ったルーフェンの言葉が、頭に甦る。

 彼がやろうとしていることは、誰一人としてやったことなどなく、やろうともしないことだ。
だが、もしこの言葉が本当に実現するのだとしたら、ルーフェンの名は、瞬く間にサーフェリア中に伝わることになるだろう。

(……俺は今、何かとんでもないもんの、一端を目の前に見ているのかもしれないな……)

 オーラントは、停滞していた何かが、突如音をたてて流れ始めたのを感じながら、再びルーフェンを見つめた。

 
To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.102 )
日時: 2016/05/03 16:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: AdHCgzqg)

†第二章†──新王都の創立
第一話『奈落』


 ずっと後になって、ルーフェンは何度も思ったのだ。
リオット族と関係を持ち、アーベリトを救おうとしたことは、果たして正しいことだったのだろうか、と。

 まだ十四だったあの頃は、己の成すことなど全てが些細で、この選択肢の少ない人生における足掻きだとしか、思っていなかった。
だが、当時の自分は、自らの置かれている立場とその責任というものを、まるで分かっていなかったのだ。
そう、どこまでも無知だったのである。

 しかし、ルーフェンは思う。
己の立場と責任、そしてのし掛かる重圧や後悔を知った今でも、きっと、自分が十四の時、どうすれば良かったのかなんて分からなかっただろう。

 自身の行動で救えた命と、失われた命。
それらを天秤にかけることなど、出来はしない。
だからこそ、未だに分からない。
自分は本当に、正しい道を歩んできたのだろうか。
それとも、悲惨な結果を招く道を開いて進んでしまったのか。

 自分を怨恨の目で見つめる人々と、温かく手を差し伸べてくれる人。
その双方に囲まれながらも、ルーフェンは、未だに己の行くべき道が、見えずにいる。

 それでも、ただ一つ、確かなのは、リオット病の謎を解き明かしてしまったあの時こそが、ルーフェンにとっての、始まりだったということである。

 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.103 )
日時: 2017/08/24 14:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *

 
 ルーフェンが図書室にこもっていた間に、世間はすっかり初夏らしくなっていた。
盛夏に比べれば、まだまだ涼しい時期ではあるのだろうが、それでも、少し外に出ているだけで、全身がじっとりと汗ばんでくる。
その嫌らしい暑さに、森の方から聞こえてくる喧(やかま)しい蝉の鳴き声が、更に拍車をかけていた。

 未だ実証してはいないものの、リオット病とガドリアに関係があることを明かしたルーフェンは、ようやく人間らしい生活を取り戻しつつあった。
決まった時間に寝食し、日中はアレイドと共に稽古や講義に出る。
サンレードの騒擾が収まってからは、召喚師としての業務を国王から申し付けられることもなかったし、ルーフェン自身、戸惑ってしまうほど穏やかな日々が続いていた。

 庭草の上に座り直し、胡座をかいた状態でぼんやりと池の水面を眺めていると、すぐ横から、ひょっこりとアレイドが顔を出した。

「ねえ、兄さんってば、聞いてる?」

「……聞いてなかった」

「もう、やっぱり……」

 ルーフェンが素直に上の空であったことを告げると、アレイドは、困ったように苦笑した。

 近頃、アレイドとは、こうして一緒にいることが多くなっていた。
といっても、基本的にはアレイドが一方的に話しかけてくるばかりで、ルーフェンから近寄ることは滅多にない。
だが不思議なことに、以前まで感じていたアレイドに対する煩わしさを、教本の貸し借りをするようになってから、ルーフェンはあまり感じなくなっていたのだった。

 また、一方のアレイドも、最近ルーフェンの雰囲気が多少柔らかくなっていることに、気がついていた。
一体何がルーフェンをそうしたのかはわからなかったが、アレイドにとって、これはかなり嬉しい変化である。

「だからさ、先生に、明後日までに杯(はい)いっぱいの水を氷に変えられるようにならなきゃ、課題増やすって言われたんだ。でもほら、物質の生成魔術って魔力使うし……僕、杯に水を満たすところまでしか出来なくて……」

 片手に魔術の教本、もう片方の手に硝子の杯を持って、アレイドが言う。
ルーフェンは、手近にあった小石を池に投げると、興味がなさそうに返事をした。

「いいんじゃない、課題頑張って」

「もう……そんなこと言わないで、教えてよ」

 再び石を投げ込もうとしたルーフェンの腕を掴んで、アレイドがぶんぶんと振り回す。
ルーフェンは、面倒くさそうにため息をつくと、仕方なくアレイドの方を向いた。

「……杯に水を生成するところまでは、できるんだね?」

 アレイドは、こくりと頷いて、ルーフェンの目の前に硝子の杯を出した。
すると、ふるっと一瞬、杯が震えて、底の方から水が湧く。
水は、あっという間に杯を満たし、少量溢れてアレイドの手を伝ったところで、止まった。

「杯を水で満たすか、水を氷に変えるか、そのどっちかなら出来るんだよ。でも、両方ってなると出来ないんだ」

 ルーフェンは、一度杯を見つめると、再び池の方に視線をやった。

「……じゃあ、先に熱魔法で水を温めて、それから一気に冷やして氷に変えた方がいいよ」

「え? お湯にするの?」

 アレイドが、不思議そうにぱちぱちと瞬きをする。
しかし、ルーフェンが真顔で首肯してきたので、アレイドは意味が理解できないまま、杯の水を熱した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.104 )
日時: 2016/05/16 15:30
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: uJGVqhgC)


 元々そこに存在する水の温度を変化させるということ自体は、そう大変な魔術ではない。
ただ、水の生成という魔術を使った直後に、温度操作を行うというのは、それなりの重労働なのだ。

 氷にしなければならない水を一度湯にするなんて、余計に温度操作が大変になるじゃないかと疑問に思ったが、ひとまず、ルーフェンの指示に従って、今度は、湯になった杯の液体を冷やしていく。

 すると、そう魔力を使わない内に、杯の湯の表面が凍結した。

「えっ、なんで? できた……」

 驚きの声をあげて、目を丸くする。
そうしてアレイドが杯から目線をあげると、ルーフェンが、少し呆れたように言った。

「水は、高温の方が凍りやすいんだよ。水を氷にするのは、初級魔法といっても凝固反応を起こさないといけない。でも、水を湯に変えるのは、初級中の初級だし、簡単な魔法ならいくつ複合させても魔力の消費量なんてそう変わらないから、結果的に、一度熱魔法を添加して湯を氷に変える方が、水を氷にするより魔力の消費が少なくて済むんだ。つまり、本来足りないはずの、君の残りの魔力でも出来るってこと」

「へえ……!」

 アレイドは、感動した様子で、ルーフェンと凍結した杯の水を交互に見やった。

「すごいよ、こんな方法があるなんて、全然思い付かなかった……! これ、練習すれば完全に氷にすることもできるよね?」

「もちろん。ただ、そもそもが複合魔術なんて使うほどのことじゃないんだ。水を氷に変えるくらい、普通に出来るようになりなよ」

「わ、わかってるよ……」

 アレイドは、痛いところを突かれて項垂(うなだ)れた。
──その時。

 突然、目の前の池の水が跳ね上がったかと思うと、そのまま蛇のようにうねって、ルーフェンに降りかかった。
驚いて目を閉じたアレイドが、再び目を開けたときには、ルーフェンは、頭の先から爪先まで、全身ずぶ濡れになっていた。

「お前たち、こんなところで水遊びとは、随分と暇だな」

 したり顔で、二人の背後から近づいてきたのは、シェイルハート家の次男、リュートであった。
リュートは、掌に魔力を収束させると、座っていたルーフェンとアレイドの前に立った。

「あ、兄上……」

 アレイドが呟いて、萎縮したように縮こまる。
ルーフェンは、ぽたぽたと水が滴る前髪をかきあげて、無表情のままリュートを見上げた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.105 )
日時: 2016/06/30 13:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q6B8cvef)

 リュートは、ルーフェンを見下ろして、小さく鼻で笑った。

「なんだ、その顔は。ルーフェン、お前が暑そうだったから、水をかけてやっただけだろう。感謝してもらいたいくらいだな」

「……それはそれは、どうもありがとうございます、兄上」

 明らかな棒読みで礼を述べたルーフェンに、リュートがわずかに顔をひきつらせる。
そんな二人の緊迫した雰囲気に、アレイドはどうして良いか分からず、ひたすら視線を泳がせていた。

 元々、ルーフェンのことをあからさまに嫌っていたリュートだが、最近は特に、ルーフェンに突っかかってくることが多くなった。
おそらく、前にシルヴィアが体調を崩した際、離宮で言い争いになったことが原因なのだろうが、それにしても、幼稚で露骨な嫌がらせばかりしてくる。
ルーフェンはルーフェンで、演技でもいいから多少下手に出ておけば良いものを、絶対に譲ろうとしないため、毎度こういった諍(いさか)いに発展してしまうのである。

「……ふん、まあいい。私は忙しいのだ。今日も午後から、南方の砦の視察が入っている。サンレードのイシュカル教徒を相手に、尻込みするようなお前とは違う」

 リュートは、ルーフェンが一度、勅命を拒絶したことを知っていたようで、勝ち誇ったようにそう言った。

 リュートは、シルヴィアとエルディオの子であり、王位継承権を持つ王族である。
エルディオ本人から聞いたのかは分からないが、何かしらの王族間のやり取りで、ルーフェンがイシュカル教徒の討伐を拒んだという情報を仕入れたのだろう。

 ルーフェンは、微かに眉をしかめたが、すぐに冷ややかな表情になると、皮肉を述べた。

「そうですか、頼もしいことで何よりです。私も、真っ昼間から弟いびりをして優越感に浸るような兄上が持てて、大変面白いですよ」

「なっ……」

 ばちばちと音をたてて、リュートとルーフェンの間に、激しく火花が散る。
リュートは、怒りを顕(あらわ)すまいと息を吸って、口許を強張らせながら言った。

「言ってろ、この腑抜けが。弱い犬ほど、よく吠えるというものだ」

「……その言葉、そっくりそのまま返します」

 ルーフェンは、それだけ言うと、相手をするのが馬鹿馬鹿しくなったのか、さっさと本殿の廊下のほうに歩いていく。

 アレイドは、慌ててその後を追おうとしたが、その場でリュートに襟首を掴まれ、仕方なく足を止めた。

「……おい、アレイド。お前、最近あいつとよく一緒にいるようだな。どういうつもりだ」

「……そ、それは……」

 リュートからきつい視線を浴びて、アレイドは、口ごもることしかできなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.106 )
日時: 2017/06/06 11:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 全身びしょ濡れのまま、自室に向かって廊下を歩いていると、ちょうど曲がり角のところで、ルーフェンはアンナと出くわした。
アンナは、ルーフェンの姿を見るや否や、大慌てでタオルを持って駆け戻ってくると、それをルーフェンに被せた。

「なにがあったんです、次期召喚師様! こんな、全身濡れて……」

「……別に。なんでもないよ」

「ど、どこがですの!?」

 珍しく声を荒げて、ルーフェンの銀髪の水気を拭き取る。
そんなアンナの必死な様子がおかしくて、ルーフェンは微かに笑った。

「大袈裟だよ、濡れたくらいで」

 アンナは、ふるふると首を振った。

「そんな、何を仰ってるんですか! もし次期召喚師様が体調でも崩されたら、十分大事ですわ」

 怒っている、というよりは、本当に心配しているといった表情で、アンナは再び、ルーフェンの髪を拭き始める。
ルーフェンは、そんな彼女の様子をしばらく見つめていたが、今は大人しくしている方が得策だろうと悟ると、黙ったまま、濡れた袖を絞ることにした。

 ルーフェンより二つ歳上のアンナは、今年で十六歳である。
出会った頃は、彼女の方が背が高かったのだが、今、こうして並んでみると、ルーフェンの方が少し高いくらいの身長差になっていた。

 アンナだけではない。
ルーフェンは、特別背が高いわけではないが、それでも、昔は見上げてばかりいたガラドやエルディオ、そしてシルヴィアとも、今なら簡単に目線を合わせることができる。
今更、そんなことに気がついて、どこか不思議な気分になりながら、ルーフェンは、そっと背を屈めた。

 やがて、髪を拭き終わったアンナは、今度はルーフェンの服に視線をやった。

「次期召喚師様、新しい御召し物を持って参りますから、着替えてしまいましょう。暑くなってきたとはいえ、今は風邪も流行っていますし、濡れたままではいけませんわ」

 ルーフェンは、屈んでいた姿勢を元に戻すと、数回瞬いた。

「風邪なんて、流行ってたっけ?」

「ええ、召喚師様もまだ臥せっておりますし……最近は、陛下も体調が優れないとお聞きしています」

「へえ……」

 そうして、話している最中に、廊下の向かいから、見覚えのある男が歩いてきた。
ルーフェンが、それに気がついたのと同時に、男もはっと顔をあげると、軽く手を上げる。

「おお、こんなところにいた。お久しぶりですね、じっきー」

「オーラントさん。お久しぶりです」

「いや、じっきー呼びに関して突っ込んでくれないと、俺すごく残念な人なんですが……」

 複雑な面持ちで、オーラントがぼやく。
ルーフェンは、そんな彼を無視し、一歩下がって畏まったアンナに視線をやると、口を開いた。

「悪いけど、はずしてくれる?」

「あ、はい。で、ですが……」

 アンナが、ちらりとルーフェンを一瞥する。
彼女の意図を理解したルーフェンは、柔らかく笑うと、小さく頷いた。

「大丈夫、ちゃんとあとで着替えるよ。ありがとう」

 アンナは、ルーフェンの顔を見ると、一瞬嬉しそうに顔を上げた。
そして、タオルを抱えたまま深く一礼すると、そのまま足早に去っていった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.108 )
日時: 2018/07/13 00:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)

「……なんか、邪魔しましたかね?」

 彼女の後ろ姿を見ながら、にやっと笑って、オーラントが言う。
ルーフェンは、冷やかす気満々といった彼の顔を見ると、小さく肩をすくめた。

「まさか。そんなんじゃありませんよ。髪を拭いてもらってただけです」

「へーえ……」

 冷静に返したルーフェンに対し、オーラントは、未だにだらしない笑みを浮かべている。
ルーフェンは、呆れたように半目になると、オーラントを見た。

「……なに生き生きしてるんですか。気持ち悪いですよ」

「いやぁ、ねえ……若いっていいなぁと思いまして」

 ルーフェンの悪態すら耳に入らない様子で、オーラントは、よく分からない頷きを繰り返す。

「可愛らしい侍女に想われて、身分差の恋。なかなかロマンがあるじゃないですか。貴族の令嬢とか、気が強くてお高い感じの綺麗どころも捨てがたいですが、やっぱり献身的で愛らしさのある女の子ってのは、いいですよねえ……」

「…………」

「若い内は、男女の駆け引きなんて楽しんでなんぼです。次期召喚師ともなれば、引く手数多でしょうに。誰かいないんですか? 気に入ってる女の子とか。そういえば、フィオーナ姫やマルカン候の娘と、あんた噂になってたような……って、おい!」

「…………」

 冷たい視線を向けながら、無言で距離をとり始めたルーフェンを、慌てて呼び止める。
オーラントは、ルーフェンの肩をがしっと掴むと、そのまま強引に引き戻した。

「ちょっと、逃げないでくださいよ。折角次期召喚師様のために、お年頃っぽい会話を選んで差し上げたっていうのに」

「オーラントさんが、勝手に感傷に浸っていただけでしょう。はぁ、これだからおっさんは……」

「なに? おっさん馬鹿にしちゃいけませんよ。おっさんは経験豊富なんですからね! 王宮暮らしの長い世間知らずなあんたに、わざわざこうして男女の機微ってもんを──」

「余計なお世話です。そんな心配されなくても、言われた通り、引く手数多なので」

「それ普通、自分で言うかぁ?」

 ルーフェンとオーラントは、しばらく言い争いながら、互いに睨み合っていた。
しかし、やがて同時にぷっと吹き出すと、くすくすと笑った。

「……なに、元気そうで何よりですよ。また何かろくでもないこと思い付いて、図書室に棲息してたらどうしようかと思ってました」

「棲息って、俺は人間なんですけど……」

 からかい半分に、オーラントが言う。

 それに対し、苦笑して返すと、ルーフェンは軽く溜め息をついた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.109 )
日時: 2016/06/07 07:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SUkZz.Kh)

「それで? 王宮までどうしたんですか? わざわざ俺の様子を見に来たってわけじゃないでしょう」

 オーラントは、ああ、と声を溢すと、ぱさついた頭をぽりぽりと掻いた。

「いえ、あながち間違えでもないんですけどね。一応、挨拶してから行こうかと思ったもんで」

「挨拶?」

「ええ。俺、明日からノーラデュースに戻るんですよ」

 その瞬間、ルーフェンが目に驚愕の色を滲ませた。

「……は? 明日?」

「ええ、そうです」

 ルーフェンが絶句した理由がわからず、オーラントは首を傾げる。
すると、ルーフェンは、途端に不機嫌そうな顔になった。

「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか。流石に半日じゃ、外出準備なんてできませんよ。こっちはガラドさんの説得もしなきゃなんないってのに……」

「え? 外出準備?」

 自分が任務地に戻るだけなのに、どうしてルーフェンまで外出準備をする必要があるのだろう。
そこまで考え、ある結論に達すると、今度はオーラントが驚愕の色を浮かべた。

「……って、ええ!? あんたまさか、ついてくる気ですか!?」

「当たり前でしょう! 今までなに聞いてたんですか、全くもう……散々、リオット族を王都に連れ戻す話、してたじゃないですか」

「いや、俺はてっきり、その話を御前会議で通してから魔導師団を動かすもんかと……ていうか、普通そうしますよ」

 次期召喚師自ら、荒れたノーラデュースに赴くなんて誰も許すはずがないだろう。
そういった意味も込めて言い返すと、ルーフェンは呆れたように嘆息した。

「オーラントさん、馬鹿ですか……。こんな突拍子もない計画、御前会議で認められるわけないでしょう。やるなら、ガラドさんを騙して、外出のことだけを伝えたらあとは王宮から抜け出すんです。どうせ真っ向勝負したって無理なんですから、やったもん勝ちです」

「そ、そうか……って、ちがーうっ!」

 びしっ、と華麗に突っ込みを入れて、オーラントは叫んだ。

「馬鹿はそっちでしょうが! ノーラデュースに行って、あんたにもしものことがあったらどうするんです!? 国中大騒ぎですよ? 同行した俺の首だって飛んじゃいます、下手したら物理的に飛ぶんですよ!」

「うるさい、声がでかいです」

 人差し指を口許にやられて、オーラントは押し黙る。
今いるのが廊下で、誰でも通り得るのだということをすっかり忘れていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.110 )
日時: 2016/06/11 00:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 69bzu.rx)


 ルーフェンは腕を組むと、少し声を潜めて言った。

「別に、同行しろなんて言ってません。リオット族の牽制を任務とする貴方が、俺の計画に荷担するのはまずいですからね。だから、道を教えてくれるだけでいいです。ノーラデュースについたら、完全に別行動でいいですから──」

「そういう問題じゃないんですって!」

 ルーフェンの言葉を遮って、オーラントは顔をぐっと近づけた。

「いいですか? あんたはサーフェリアの次期召喚師なんです。あんたの命は、あんただけのものじゃないんですよ! そういう勝手なことをされたら、周りに迷惑がかかるんです。アシュリー卿の前に、まず俺が認めませんよ!」

 説教のつもりでそう言い放つと、ルーフェンは、みるみる冷めた表情になった。
そして、顔を歪めると、ぽつりと言った。

「……協力するって言ったくせに」

「ぐっ……」

 思わず言葉を失って、黙りこむ。

「少なくとも邪魔はしないとか、言ってたくせに」

「……そ、それは、あくまで計画を立てるまでだと思ってましたから……」

「今更掌(てのひら)返しですか、国の誇る宮廷魔導師ともあろう貴方が?」

「こーのクソガキ、よくも抜けしゃあしゃあと……」

「…………」

 本音が突いて出て、オーラントは慌てて口を閉じた。
しかし、ルーフェンはそれを気にした様子もなく、黙ったままオーラントのことを見つめている。
そして、しばらくすると、ルーフェンは口を開いた。

「……じゃあ、もういいです」

 はあっと息を吐いて、続ける。

「それなら、ちゃんと許可をとれば、文句ないんですね?」

「きょ、許可って……そう易々といくわけが……」

「それは、やってみないと分かりません」

 ルーフェンは、何か思案するような表情を浮かべてから、突然踵を返して、元来た廊下を走り始めた。
オーラントが、慌てて追いかけようとする様子が見えたが、王宮の構造に詳しいのは、ルーフェンのほうである。
すぐに本殿の廊下を外れて、中庭の死角に入った。

 そうして、少し時間を空けてから、先ほどアレイドと話していた池に戻り、リュートたちが既にいないことを確認すると、ルーフェンは、今度は離宮の方に足を向けた。
すると、本殿を抜け、離宮に続く庭園の砂利道に来たあたりで、前を歩くアレイドとリュートの後ろ姿を見つける。

ルーフェンは、大気の湿度を読むと、周囲の空気を冷やすことで水を発現させ、それをそのままリュート目掛けて放った。

「──うわぁっ!」

 頭上から水が降ってくるという思いがけない出来事に、リュートが悲鳴をあげる。
アレイドは、これでもかというほど瞠目して、恐る恐る、背後にいるルーフェンを見た。

「……な、なんで……」

 先程の仕返しにしても、流石にこれはまずいだろう、といった表情で、アレイドが視線を向けてくる。
しかしルーフェンは、怒りのあまり引きつった顔でゆっくりと振り返ったリュートを見遣ると、不敵に笑った。

「──兄上、勝負しましょう」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.112 )
日時: 2021/04/20 08:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: EVwkkRDF)

  *  *  *


「バーンズさん、バーンズさん。起きてくだせえ」

 ふと、自分を呼ぶ声がして、オーラントははっと目を覚ました。
同時に、乾燥しきった喉が張り付いて、げほげほと咳き込む。

 荷馬車の御者は、馬車の戸をがらりと開けると、オーラントに水筒を手渡して苦笑した。

「お疲れなのは分かりますが、そんな口を大きく開けて寝てたら、あっという間に干からびちまいますよ」

「すんません。寝るつもりじゃなかったんですが」

 オーラントは、水筒の水で喉を潤すと、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「今、どの辺まで来ました?」

「そうですなぁ……」

 オーラントがそう問うと、御者は、荒涼とした岩だらけの景色を見渡した。

 熱した鉄板のような地面に、鋭く射してくる直射日光。
雑草一本生えることも許さない、この厳しい情景は、まさに地獄と称されてもおかしくない光景である。

「さっき、印岩を通りすぎましたから、あと二日もあればノーラデュースの砦に着くと思うんですがね。でも、今はもう進めねえですだ。大分日が高くなってきてる。日が沈んでから動かないと、俺たちも馬も、暑さでぶっ倒れちまいますよ」

 顔を照りつけてくる日差しを、嫌そうに手で遮りながら、御者は言った。
オーラントも同じように手をかざしながら、目を細めて空を見る。
南方の地では、気温が最も高くなる日中に動くなど、自殺行為なのだ。

 オーラントと御者は、荷の中から巨大な天幕を用意すると、その下に馬と荷物を移動させることにした。

 荷の大半は、水や保存食、薬類などで、これらは全て、リオット族の牽制を任務とする砦の魔導師たちに宛てたものだ。
ノーラデュースは資源に乏しいため、自給自足で生活することは厳しい。
故に、休暇や仕事で王都に戻る魔導師たちが、それぞれ任務に戻る際に、砦に貯蓄するための物資を調達してくる決まりなのである。

 本来、ノーラデュースまでの道のりは、船や馬車を乗り継いで一月ほどで到着する距離だ。
物資が増えている分、一月半近くかかってしまうだろうという算段であったが、シュベルテを発って三十日が経過した今、既にノーラデュース近くの印岩を通過したとのことであったから、もしかしたら明後日くらいには到着できるかもしれない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.113 )
日時: 2017/12/17 02:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 オーラントは、荷馬車に積んであった木箱を天幕の下に移すと、額の汗を拭った。

(そういやあいつ、どうしてんだろうなぁ……)

 次の荷物を運び出そうとしたところで、ふと、ルーフェンのことを思い出す。

 結局、シュベルテを発つ時、ルーフェンがオーラントの元にやって来ることはなかった。
外出の許可が取れなかったのか、はたまた別にノーラデュースに行く方法を思い付いたのか。
前者であることを願うが、あのルーフェンのことだ。
外出許可を取ると豪語したからには、やっぱり取れませんでした、と簡単に引き下がるとも思えない。
まして、ノーラデュースに行くことを諦めるなんて、まずないだろう。

(絶対、なんかあるよな……。でも流石に、もうノーラデュースに到着してた、なんてことは……)

 そんな、もやもやとした不安を胸に抱えながら、木箱を抱えると、天幕のほうに向く。
すると、既に天幕に置いてあった木箱の一つが微かに動いたような気がして、オーラントは動きを止めた。

 鼠でも入ったんだろうか、と眉を寄せる。
すると、その瞬間、木箱の蓋が独りでに開き、中から予備の外套と共に何かがむっくりと立ち上がった。

「あっつ……もう限界……」

「…………」

 全身汗まみれの状態で、木箱から飛び出したのは、一人の少年だった。
銀の髪と瞳をした彼は、ぱたぱたと胸元の衣を掴んで自分を扇いでいる。

 オーラントは、大きな音を立てて抱えていた木箱を落とすと、思考停止したまま立ち尽くした。

「……あ、あれ。おかしいな……疲れてんのかな。次期召喚師の幻が見える……」

 ルーフェンの幻は、オーラントのほうに振り向くと、涼しげな顔になって、言った。

「残念、本物ですよ。オーラントさん」

 今のオーラントにとっては、限りなく無情な一言。
オーラントは、何度も眼を擦りながら、しばらく薄ら笑いを浮かべていたが、やがて、ずんずんと天幕のほうに歩いていくと、ルーフェンの肩にそっと手を置いた。

「……はは、触れる幻があるなんてびっくりだー。まあ、いいや。とりあえず去れ、幻のじっきー」

「こんな荒地のど真ん中に、か弱い少年を放ろうなんてひどいですね。というか、そんな希少生物みたいな呼び方やめてくださいよ」

「…………」

 呆れたように言ったルーフェンに対し、オーラントは、変わらず笑みを浮かべていた。
しかし、だんだんその笑みを引きつらせていくと、最終的には絶望的な表情になって、がばっと地面にうずくまった。

「嘘だ……信じられない……。なんなんですか。あんた、一体いつから着いてきてたんですか……」

 オーラントの心中など、まるで無視したような淡々とした声音で、ルーフェンは答える。

「南端のライベルクからですよ。ライベルクまでは、移動陣で来ました。俺、ノーラデュースまでの道順知りませんしね。ああ、旅支度は自分でしてきましたし、食料とか荷物には手を出してないので安心してください」

「ライベルク……? じゃ、じゃあ、ここ三日くらい、ずっと木箱の中に棲息してたんですか……?」

 オーラントは、ひくっと口元を震わせると、今度はこわばった声でそう尋ねた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.114 )
日時: 2017/12/17 02:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「んー、まあ、オーラントさんたちが荷物から目を離してるときは、結構出てましたけど、基本は木箱の中に入ってましたね。本当は見つかる予定じゃなかったんですが……もう箱の中は暑くて暑くて。死ぬと思ったんで出てきちゃいました」

「出てきちゃいました、じゃねえよ……。うーっわ、もう最悪だわ……信じらんねえ。王宮育ちの坊っちゃんの癖に、どんな生命力してるんですか。この猛暑の中、木箱で三日間だって? あんたはゴキブリか、ああそうかゴキブリか納得だ!」

 もはや正気を失った様子で、オーラントはしくしくと泣き出すと、続いて祈るような姿勢になった。

「……ああ、おしまいだ……。このことがばれたら、俺は次期召喚師の誘拐犯か、どっちにしろ首だな。すまないジークハルトよ。父ちゃんはもう駄目みたいだ……」

 ルーフェンは嘆息すると、呆れたようにオーラントを見た。

「そんなことにはなりませんよ。俺、ちゃんと上から許可とりましたし」

 その言葉に、オーラントがばっと顔をあげる。

「えっ、アシュリー卿にですか?」

「いいえ、王家に。王家から許可が下りたら、もう誰も文句言わないでしょう?」
 
 さらっとそう告げたルーフェンに、オーラントは瞠目すると、すごい勢いで立ち上がった。

「王家!? 王家って、一体どうやって……」

 困惑した様子のオーラントに、ルーフェンはちらっと笑って見せた。

「簡単なことですよ、シェイルハート家の次男は、れっきとした王族です。しかも運よく、最近南の領地を任されるようになったんだとか。だから彼に、勝負して俺が勝ったら、ノーラデュース視察の許可として王家の印を捺印して下さいって頼んだんです」

「シェイルハート家の次男って、ああ、リュート殿下か……」

 感心したような、呆れたような、けれどどこか不安げな面持ちで、オーラントは唸った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.115 )
日時: 2017/12/17 02:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「いやでも勝負って、それ大丈夫なんですか? 危険なことしてないでしょうね? 王族に手を出したなんて、いくら召喚師一族でも洒落になりませんよ」

「…………。……まさか。危険なことなんてしてませんよ」

「あの、沈黙がとても気になるのですが……」

 不安の色を一層深めたオーラントだったが、ルーフェンは、あっけらかんと告げた。

「平気です。リュート殿下は大変プライドの高ーいお方なので、勝負に負けたからなんて絶対に言いません。周囲に問い詰められたとしても、自分の意思で捺印したと答えて下さるはずです」

「この腹黒策士が。リュート殿下に心から同情しますよ……」

 オーラントが、がしがしと頭をかいて、脱力したように息を吐いたとき。
後ろの方から、御者の声がした。

「バーンズさん、どうしなすったんで?」

「どわぁーおっ!」

「ぐへっ」

 オーラントは、目にも止まらぬ早さでルーフェンの頭に手を置き、そのまま木箱に押し込むと、さっと蓋を閉じてその上に座った。

「大丈夫ですかい? なんか今、話し声が……」

「えっ、えっ、話し声ですか? あれ、おっかしいなー、ついに俺も暑さにやられちゃったかなぁ……ははは」

 全身から汗を噴き出しながら、早口で捲し立てるオーラントを見て、御者は心配そうに眉を下げた。

「そりゃあ、えらいことだ。後は私がやっておきますんで、バーンズさんは天幕で休んでた方がいいですだ」

「いやいや、大丈夫ですよ! 意識とかすごくはっきりしてますし、全然問題ないです! ほら、荷物は俺やっておきますんで、馬お願いします、馬! この暑さで、お馬さんも喉渇いてるんじゃないかなぁ、なんて!」

「そ、そうですかい……?」

 半ばオーラントの勢いに押された形で、御者は渋々馬を休ませている方に歩いていく。
その後ろ姿が見えなくなると、詰めていた息を吐き出して、オーラントはゆっくりと木箱からどいた。

「……ちょっとオーラントさん、危うく首が折れるところだったじゃないですか」

 先程、無理矢理押し込まれたルーフェンが、木箱から顔を出す。
オーラントは、そんな彼をぎろっと睨むと、御者が去っていった方を気にしながら、小声で言った。

「さっきの人は、荷物の運搬を手伝ってもらってるだけの一般人ですから、砦に着けば別れることになります。だから、砦に着くまでのあと二日くらいは、なんとか見つからないように隠れてて下さいよ。砦に到着したら……また、どうにかしてあげますから」

「協力してくれるんですか?」

「だってしょうがないでしょ! 今更引き返せないんだから!」

 もはや投槍になった様子で、オーラントが言う。
ルーフェンは、これ以上何かを言ってオーラントの機嫌を損ねるのは得策でないと、大人しく頷くことにしたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.118 )
日時: 2017/12/17 02:36
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ノーラデュースの砦へは、オーラントの言った通り、印岩を過ぎてから二日目の夕方に到着した。

 砦は、分厚い白石で造られた立方体の建物で、見渡す限りの荒地に堂々と建つその佇まいは、簡素だが、異様なほどの存在感を放っている。
随所に見られる小窓は、全て高い位置に設置されており、この砦の全てが、リオット族の動向を見張るために造られたのだということが、容易に想像できた。

 オーラントが馬車から降り立つと、砦の入り口に建っていた二人の魔導師が、そろって敬礼した。

「バーンズ殿、お帰りなさいませ」

 オーラントは、その二人に軽く笑みを返すと、荷馬車のほうを示した。

「ああ、お疲れ。悪いけど、荷物が多いんだ。運び込むの手伝ってくれないか?」

「はっ」

 魔導師たちは、オーラントの指示を聞きながら、早速荷物を下ろしにかかる。
荷馬車の御者は、それを横目に見ながら、オーラントから謝礼金を受け取ると、ほくほく顔で帰り支度を始めた。

 荷物の移動に乗じて、オーラントは、ルーフェンが入っている木箱をこつこつと叩くと、小声で言った。

「……今から荷物を全部、砦の中に運びますから、しばらくはそのままで。頃合いを見計らって、もう一度合図するので、そうしたら木箱から出てください」

 ルーフェンは、了解の意味を込めて、内側から木箱を一回叩いた。
オーラントは、それを聞くと、何事もなかったような顔で、ゆっくりと木箱を抱えて砦に入った。

 持ち上げられ、そしてどこか固い場所に置かれたのを感じながら、ルーフェンはずっと、埃っぽい木箱の外套の中で、息を潜めていた。
しかし、やがて話し声がおさまり、砦の門が重々しい音を立てて閉まる音が聞こえると、再び木箱がとんとんと叩かれる。
続いて頭上から光が差してきたので、眩しさに目を細めると、オーラントが木箱の蓋を開け、じっとこちらを見ていた。

「出ていいですよ」

「……ありがとうございます」

 お礼を言って、箱の中から這い出る。
長時間座って身を縮めていたため、立ち上がって背筋を伸ばすと、全身がぴきぴきと音を立てた。

 ルーフェンがいるのは、先程の砦の入り口──門から入ってすぐの、ちょっとした広間だった。
二人の魔導師は、再び門の外で警備に戻ったようで、御者も既に帰ったらしい。
今ここにいるのは、運び込んだ荷物と、ルーフェンとオーラントだけであった。

 砦の中は、外観と同じく簡素な造りになっており、外みたく刺すような暑さはなかったが、生ぬるい大気が淀んでいた。
最低限の窓しかないため、妙に薄暗いし、武器の鉄臭さが充満しているのか、空気も悪い。
ノーラデュース常駐の魔導師たちは、皆この砦を拠点に動いているわけだが、到底長居しても良いと思える場所ではなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.119 )
日時: 2016/07/03 11:38
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sFi8OMZI)


 汗で貼りついた前髪をかきあげ、ひとまず安堵の息を吐いたオーラントだったが、不意に、奥の廊下の方から足音が聞こえてくると、焦ったように木箱から外套を取り出し、ルーフェンに被せた。

「とりあえず今からは、何もしゃべらないで、俺の側にいてください。いいですね?」

 オーラントの言葉に、素早く頷く。
ルーフェンは、日除け用の薄い外套を深く被ると、顔を見られぬように微かに俯いた。

「……戻ったか。ご無事で何より」

「ええ、只今。ルンベルト隊長」

 廊下から現れたのは、三十半ばほどの赤髪の男と、若くて背の低い男の、二人の魔導師だった。 
オーラントに声をかけた方の赤髪の男は、どうやら位が高いようで、宮廷魔導師であるオーラントにも対等な口調で話している。

 彼は、眉間に深い皺が刻まれているが、しかしそれが真顔らしく、そのままの厳しい表情で、ルーフェンを一瞥した。

「……バーンズ殿、この子供は?」

 警戒心を隠そうともしていない、強い口調。
ルーフェンは、襟元の外套を掴んで引き寄せると、黙ったままオーラントの方に近づいた。

「ああ、この子ですか。実はここに来る途中で、倒れているところを見つけましてね。よほど怖い目に遭ったのか、素性を聞いても全く喋りゃあしない。多分、どっかの隊商の子供で、土蛇(つちへび)かリオット族かなんかに襲われて、はぐれたんじゃないかと思うんですが……」

 ルーフェンの頭にぽん、と手を置いて、オーラントが言う。
すると、赤髪の男の脇にいた魔導師が、ああ、と声を漏らして答えた。

「確かに数日前、カーノの奴隷商がノーラデュースを横断していましたね。傭兵を雇っているから護衛はいらないとのことだったのですが、やはり魔導師抜きでの横断は無謀だったのでしょう」

「……ほう。ではこの子供、奴隷か」

 赤髪の男は、すっと目を細めると、ルーフェンの腕を掴んで、力一杯ねじりあげた。

「────っ!」

 肩に強烈な痛みが走って、ルーフェンが呻く。
オーラントは、大慌ててその間に割って入ると、ルーフェンを後ろにかばった。

「ちょっ、ちょっと待った! 子供相手に、そんな乱暴せんでも良いでしょう」

「……本当に奴隷かどうか、奴隷印を確かめようとしただけだ」

 赤髪の男が、坦々と答える。
オーラントは、焦りを悟られないようにしながら、必死に次の言葉を探した。

 本当は、ルーフェンを近くの村の子供か、あるいはノーラデュースを横断しようとした隊商の子供かなんかだと説明して、適当に誤魔化そうとしたのだが、まさか奴隷の子だと結論付けられるとは思ってもいなかったのだ。
奴隷狩りに遭った人間は、必ず体のどこかに焼き印を捺される。
彼は、それを確かめようとしたのだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.120 )
日時: 2017/12/17 02:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 怪しまれないようにこの場を切り抜けるには、なんと言えばいいか。
なかなか良い案が思い付かず、オーラントが口ごもっていると、赤髪の男の表情がみるみる険しくなっていく。

 しかしその時、ふと、ルーフェンがオーラントに顔を押し付けるようにして、しがみついた。
ぎょっとしてオーラントが振り向くと、それにつられるようにして、赤髪の男と若い魔導師の視線も、ルーフェンに向く。

 ルーフェンの肩は、細かく震えていた。

「……ま、まあ、折角奴隷商から逃げられたんです。見逃してあげましょうよ。少し北にガルムの村がありますし、そこに送り届けてあげてはいかがでしょう?」

 子供を泣かせたということに、流石に罪悪感を感じたのか。
若い魔導師が口を開いた。

「そ、そうだな! 俺は見回るルートが決まってる訳じゃないし、仕事の自由度もきくんで、責任もって届けてきますよ」

 好機とばかりにオーラントが言って、赤髪の男の様子を伺う。
赤髪の男は、しばらく黙ってルーフェンを見つめていたが、やがて、面倒臭そうにため息をつくと、オーラントを見た。

「……どうぞお好きに。我々は巡回に行く」

 赤髪の男は、吐き捨てるようにそう言うと、さっさと門の方に歩いていく。
若い魔導師も、オーラントに一礼すると、急いでそれに着いていった。

 二人が広間から出ていくと、オーラントは、恐る恐るルーフェンのほうを見つめた。

「す、すみません……大丈夫ですか? まさかあんな暴挙に出るとは……。どこか、痛めたりとか……」

 本気で心配しているオーラントに、しかしルーフェンは、先程の様子が嘘だったかのように、けろっとした表情で顔をあげた。

「嫌だな、本気にしないで下さいよ。こんなんで泣くわけないじゃないですか。心に傷を負った、か弱い奴隷少年の演技です、演技」

「…………」

 オーラントが無表情になって、ルーフェンを見る。
ルーフェンは、自分は無罪だと言う風に、両手をあげてみせた。

「怒らないで下さいね。ああでもしなきゃ、乗り切れなかったんだから」

「へーへー、そうですねー。心配した俺が馬鹿でしたー」

 ふてくされたように、オーラントが唇を尖らせる。
ルーフェンは、それを見て苦笑すると、先程の赤髪の男に掴まれた手首を擦りながら、門の方を見やった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.121 )
日時: 2016/07/11 19:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: u5wP1acT)


「それにしても、乱暴な人でしたね。誰ですか、あの赤い髪のおっさん」

 オーラントは、肩をすくめた。

「イグナーツ・ルンベルト。ここの隊の隊長ですよ。実質、ノーラデュース常駐の魔導師の中では、彼が指揮権を持っています。俺は陛下の命令で動く宮廷魔導師ですから、ちょいと別の括りになりますけど、基本他の奴等は全員、彼の元で働いてるんです」

「ふーん……」

 どこか腑に落ちない顔で返事をしたルーフェンに、オーラントは首をかしげた。

「なにか?」

「いえ……。……こちらとしては有り難いので良いんですが、隊長という立場の割には、あっさり引いたなと。普通、子供だろうが何だろうが、素性の知れない奴が入り込んだら、もっと徹底的に調べるでしょう」

 オーラントは、ああ、と声を出すと、言いづらそうに口を開いた。

「まあ、なんつーか、うちはこんなもんなんですよ。仲間とか敵とか関係なく、とにかく他人には興味関心がない連中ばっかりっていうか。ここには、リオット族の排除しか頭にないような、お堅い奴等しかいませんからね」

「排除? どういうことです?」

 ルーフェンは眉を寄せて、オーラントを見た。

 ノーラデュース常駐の魔導師の仕事は、あくまでリオット族の牽制だ。
もちろん、リオット族が旅人や商人を襲ったりして、やむを得ない場合は殺すこともあるだろうが、故意に排除するのは、いくらリオット族が相手でも認められていない。

 オーラントははぁっと息を吐いて、困ったように言った。

「……ですから、前々から言ってるじゃないですか。あんたが思ってるより、リオット族とのいざこざは、複雑で深刻なんですって。牽制なんてのは、当然表面上の理由です。王宮から認められていない以上、リオット族を全滅させる……なんてことは出来ませんが、ここにいる魔導師たちは、出会い頭にリオット族を殺すくらい、平然とやってのける奴等しかいません。第一、こーんな荒れた土地でこんな激務、どうして文句一つ言わずに彼らがやってるのか、考えてみてください」

「…………」

「……皆、深く深く、リオット族を憎んでるからですよ」

 黙りこんだルーフェンに、オーラントはゆっくりと告げた。

「二十年前のシュベルテの騒擾で、リオット族に子供を殺された奴、妻や恋人を殺された奴……ノーラデュース常駐の魔導師は、大半がそういう奴等です。要は、復讐しか頭にない魔導師ばっかりってことなんですよ」

 オーラントは、続けた。

「……どうしてもリオット族に会って、奴等をシュベルテに連れ戻したいって言うんなら、仕方ない。俺だって、あんたがどれくらい本気で頑張って、ここまで来たのか知ってますから、腹を括って最後まで付き合います。だけど、前にも言った通り、あんたがやろうとしてることは誰も望んじゃいないことだ。結果次第では、ここの魔導師たちの怨みとリオット族たちの怨み、その両方を、あんたは背負うことになるかもしれないんです。そのことを、よく覚えておいてくださいね」

「…………」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.122 )
日時: 2016/07/16 20:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 50PasCpc)



 オーラントが言い終えた後も、ルーフェンは何も言わなかった。
ただ黙って、何かをじっと考え込んでいるようだったが、しばらくすると、目を伏せたまま答えた。

「……別に。そんなのは、どうだっていいことです。俺の目的は、あくまでアーベリトの財政を立て直すことですから、リオット族や貴方たち魔導師がどう思うかなんて関係ない。俺は、正義の味方になりたいわけじゃないんです」

「…………」

 この時、ルーフェンがどんな気持ちでこんな発言をしたのか、オーラントには分からなかった。
目的のためなら、なんだって利用してやるのだと、本音を漏らしているようにも思えたし、その一方で、ただ悪ぶっているようにも感じられた。

 どちらにせよ、とにかくこれ以上なにを言っても、ルーフェンの意見は変わらないだろう。
そしてやはり、危険なリオット族の元に単身乗り込もうとする次期召喚師を、宮廷魔導師として放っておくわけにはいかない。

 オーラントは、やれやれといった様子で、盛大にため息をついた。

「わかりました、わかりました。じゃあもうそれなら、さっさと砦を出てリオット族を探しましょうか。俺は、ここの魔導師と違って、見張り場所を決められているわけじゃありませんし、諦めてあんたの護衛に勤めますよ」

「…………」

「さ、行きますよ」

 また誰か別の魔導師に出くわしては敵わないと、オーラントが足早に踵を返したとき。
石床を見つめていたルーフェンが、ふと呟いた。

「……オーラントさんも……」

「ん?」

 振り返ったオーラントに、ルーフェンが顔をあげる。

「……オーラントさんも、リオット族に身内を殺されたんですか」

 ルーフェンは、平然とした表情を浮かべていたが、その声音には、覇気がなかったような気がした。
オーラントは、少し驚いたように眉をあげたが、苦笑して、困ったように答えた。

「もし、そうだったら、流石にあんたの計画に荷担しようとは思わなかったでしょうね。大丈夫、俺はリオット族に個人的な怨みはありませんよ。ここへは陛下のご命令で来ているだけです」

「……そうですか」

 ルーフェンは、素っ気なく答えると、オーラントの隣に並んだ。
オーラントは、そんなルーフェンをしばらく不思議そうに見つめていたが、何かを問うことはしなかった。

 二人は、他の魔導師と出くわさないように注意しながら、警備のない裏口へと向かった。
 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.123 )
日時: 2017/09/10 02:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 砦を出ると、辺りの夕闇は既に夜のものに変わりつつあった。
乾いた大気は、肌寒いとすら感じるほどに冷たく、日中の灼熱が嘘のようだ。

 オーラントとルーフェンは、ひとまず砦から離れるため、最低限の荷物を持つと、更に南の方に歩き始めた。
そうして、完全に夜が更けた頃に、天幕を広げて野宿をしたのだった。

 翌朝、まだ薄暗い内から出発した二人は、暑さが頂点に達する昼間を除いて、再び夕刻になるまでひたすら南へ進んだ。
人や建物が見当たらないことはもちろん、永遠と変わらない岩だらけの景色を見ていると、ずっと同じところを歩いているのではないかという錯覚に陥る。
暑さも手伝ってか、その錯覚はどんどんと悪化しているようで、頭がおかしくなりそうだった。

 しかし、地面から突き出した小高い岩場を登ったとき、初めて景色が変わった。
眼下の地に、見る限り地平線まで続く、巨大な亀裂が見え始めたのだ。

 亀裂は、底が見えぬほど深く、ルーフェンは思わず息を飲んで、その光景を見つめた。

「あの亀裂が、ノーラデュースへの本当の入り口。リオット族の棲む奈落の谷底ですよ」

 オーラントが、同じようにその亀裂を眺めて口を開く。

 まるで、空を走る稲妻のように。
大地を真っ二つに切り裂く、地面の割れ目。
深さは分からないが、底を覗こうとすれば、遠目でも、本当にその深い闇へと吸い込まれてしまいそうだった。

 ルーフェンが、もっと亀裂の近くに寄るために、岩場から降りようとすると、オーラントがそれを制止して、地面に伏せた。
それに従い、ルーフェンも地面に伏せると、それと同時に、どこからか爆発音のようなものが聞こえてきた。

 音のした方に振り向くと、亀裂の近くで、三人の男がもつれるようにして戦っている。
その内二人は、オーラントと似た魔導師団用のローブを纏っており、もう一人は、まるで人とは思えない動きで飛び上がる、猿のような大男だった。

 魔導師の男が、持っていた長杖を振り回すと、立て続けに大男の回りで爆発が起き、火の手が上がった。
しかし、その攻撃は通用していないようで、すぐさま収束した炎を掻き分けると、大男は勢いよく魔導師に殴りかかる。

 こうした魔導師二人と大男の攻防は、しばらく続くように思われた。
しかし、ふと大男は顔をあげると、魔導師たちから距離を取り、亀裂とは反対方向に走り出した。

 その隙に、魔導師の一人が、素早く魔力を練り上げる。
そうして放たれた鋭い風の刃は、大男の上半身と下半身を切り離し、最後に岩壁を切りつけて、大気に溶けていった。

 二人の魔導師は、何やら話し合った後、上下に別れて血まみれになった大男の死体をずるずると引きずっていき、亀裂の中に落とした。
死体は、吸い飲まれるように奈落の底へと落ちていくと、時間を置いて、ぐちゃりと地面に叩きつけられたようだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.124 )
日時: 2016/07/27 01:05
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: /dHAoPqW)



 ルーフェンは、それら一連の出来事を黙ってみていたが、魔導師たちがその場から去ったのを確認すると、静かに立ち上がった。

「……今のは……」

「今の、でっかい猿みたいなのが、リオット族ですよ。あいつらはあの亀裂から這い上がってきて、旅人や商人、あるいは魔導師を襲ったりして、略奪を繰り返しているんです。だから俺たちは、亀裂の周囲を重点的に見張って、ああしてリオット族を討伐してるんですよ」

 ルーフェンからの疑問を予測して、オーラントが先に答える。
ルーフェンは、リオット族が落とされた奈落への入り口を見ながら、呟くように言った。

「……あのリオット族は、最後、どこに行こうとしたんでしょう」

「どこって? 単に逃げようとしただけじゃないですか?」

 先程、戦いの途中で突如走り出したリオット族の姿を思い出しながら、オーラントが首をかしげる。
ルーフェンは、眉を潜めて首を振った。

「逃げて仲間の元に戻りたかったなら、亀裂の方に走っていくはずですよね。でもあのリオット族は、反対方向に走っていった」

「……まあ、そうですけど……」

 オーラントは、言葉を濁らせた。
ルーフェンは、今立っている高い岩場を降りると、魔導師とリオット族が争っていた辺りまで走っていった。

 そして、リオット族の血痕が残ったその先を見て、はっとした。
ちょうど岩場の陰になっている場所──先程リオット族が行こうとしていたところに、なにか巨大な肉塊のようなものが落ちていたからだ。

「……これ、なんですか?」

 近づいて見てみると、その肉塊は巨大なミミズのようで、干からびた部分から飛び出した肋骨とおぼしき骨は、ルーフェンの身長よりもはるかに高かった。

 オーラントは、ルーフェンに追い付くと、同じく肉塊を見上げて答えた。

「こりゃ、土蛇の死骸だな。この辺に棲む、まあ文字通りでっかい蛇みたいな生物で、普段は地中にいるんですが、餌を探しにくるときだけ、こうやって地上に出てくるんです」

「餌? 餌なんて、この荒地のどこにあるんです?」

 ルーフェンが怪訝そうに言うと、オーラントが肩をすくめた。

「こいつらの餌は、人間ですよ。元々この付近の村人を食い荒らしてたみたいですけど、最近ノーラデュースにも魔導師がうろつくようになりましたからね。俺たちを狙うようになった土蛇もいるみたいです。……つっても、俺たちだって戦えますし、基本土蛇は自分の巣から遠い場所にまでは来ないので、大した被害はありませんが」

「…………」

 オーラントの説明を聞きながら、ルーフェンは土蛇の体表を触って、その感触を確かめた。
死後硬直している影響もあるのか、分厚く固いその皮膚は、そこいらの刃物では切り裂けそうもない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.125 )
日時: 2017/08/24 14:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、オーラントの方に振り返った。

「オーラントさん、なにか刃物持ってませんか?」

 オーラントは、明らかに食料と水、そして日除けの天幕しか持っていない風だったが、小さく笑うと頷いた。

「ああ、ありますよ。ちょっと待ってくださいね」

 そう言って、オーラントが右手を出すと、そこに魔力が集結したのと同時に、どこからともなく一本の青光りする短槍が現れる。
その光景に、ルーフェンが思わず瞠目すると、オーラントは得意気に鼻を鳴らした。

「俺の愛槍『ルマニール』です。大事に使って下さいね」

 右手でルマニールを一回転させ、ひょいとルーフェンに渡す。
ルマニールは、ルーフェンでは片手で持てないくらいずっしりと重く、その刃先は、見ていると背筋が冷たくなるほど鋭利であった。

「へえ……『ルマニール』。“一陣の風”ですか。重金属の合成魔術を使えるなんて、オーラントさん、本当に宮廷魔導師だったんですね」

 ルマニールをまじまじと見つめながら、感心したようにルーフェンが言う。

 重金属の合成魔術とは、すなわち、大気中の素粒子の集合、そして鉄元素への置換を同時に行い、それらを合成させることで実際に金属を具現化するという高等魔術だ。
基本、魔術というのは、その時々の自然環境が大きく影響してくるものであるから、水場や湿度の高い場所では水魔法が使いやすくなるし、ノーラデュースのような鉄鉱の採掘など行える岩地では、鉄や地の魔術が通常より使いやすくなる。
しかし、その条件を抜きにしたとしても、合成魔術は熟練の魔導師ですらそう易々と使えるものではない。
その魔術を使用できること自体に、価値があるのだ。

 素直に感嘆すると、オーラントは更に得意気な顔になった。

「そうでしょう、そうでしょう。俺だって国に認められた上位の魔導師なんですから、なめてもらっちゃ困ります。飆風(ひょうふう)のオーラントと言えば、ちったぁ名も通って──」

「とりあえずこれ借りますね」

「最後まで聞けよ!」

 後ろで騒ぐオーラントを無視し、ルーフェンは、ガスが溜まって膨れた土蛇の腹にルマニールを突き立て、そのまま横に掻き斬った。
すると、切り裂かれた体表の隙間から、土蛇の体液が凄まじい腐敗臭と共に流れ出す。

 ルーフェンは、その内容物をルマニールで漁ると、その中に錆びた籠手(こて)のようなものを発見し、オーラントにそれを見せた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.126 )
日時: 2021/02/24 02:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)


「これ、魔導師団のものですか?」

「……ええ、多分」

 微かに読み取れる籠手の紋様を見ながら、オーラントが嫌そうな表情をする。
ルーフェンは、ルマニールに付着した土蛇の体液を振り払うと、オーラントにそれを返して、考え込むように俯いた。

「……生物資源の少ないノーラデュースでは、土蛇の主食は人間。けれど、この土蛇の胃の内容物からは、籠手しか出てこなかった。ということは、鉄の消化はやはり難しいでしょうから、土蛇が食べているのは武装していない人間が大半、ってことですね……」

 頭の中を整理するように、ルーフェンが呟く。

 シュベルテなど他の地の魔導師ならば、身軽さを重視して鎧などは着けない魔導師もいる。
しかし、騎士団がいないため、前衛と後衛双方をこなすノーラデュースの魔導師は、見る限りでは、多少なりとも武装をしているようだ。
すなわち、実際に被害は少ないと言うオーラントの証言も合わせて考えると、土蛇が食べているのは、その多くが魔導師以外の人間である可能性が高い。

 そして、ノーラデュースに存在する魔導師以外の人間と言えば──。

(──リオット族)

 ルーフェンは、一度ノーラデュースへの割れ目に視線をやると、続いてオーラントを見た。

「……亀裂に飛び込んで谷底に行くのは、まあ最終手段として」

「いや、それは最終手段ではなく、ただの飛び込み自殺です」

「──とすると、土蛇の巣とやらを探すのが、リオット族に接触する一番の近道になりそうですね。土蛇が地中でリオット族を食べているなら、土蛇の巣の近くに、必ずリオット族の生活圏があるはずです」

 ルーフェンがそう告げると、オーラントは苦笑して、諦めたように息をはいた。

「仰る通りですね。ここら辺の土蛇の巣穴の位置は、こっちで把握してます。案内しますよ」

「…………」

 ルーフェンは、そんなオーラントの態度に、わざとらしく眉をあげた。

「……オーラントさん、土蛇の巣穴が地底に繋がってること、分かってたでしょう」

「さあ?」

 珍しく優位に立てたことが嬉しかったのか、オーラントがにやりと笑う。

「なに、気づかなかったら気づかなかったで、土蛇の巣穴なんて行かなくて良くなるわけですから、めでたいと思ってたんですけどね。まあ、リオット病を解き明かしちゃった次期召喚師様ですから、これくらいは朝飯前かと思いまして。どうです、冒険らしくなってきたでしょう?」

 ほくそ笑んだオーラントに、ルーフェンも挑発的な笑みを返した。

「……へえ。底意地の悪いおっさんは、嫌われちゃいますよ」

「あんたには言われたくないですね」

 肩をすくめて、ルマニールを再び翻す。
ルマニールは、オーラントの手中で光の粒子となって霧散し、大気中に戻った。

 オーラントは、一度荷物を背負い直すと、ルーフェンを見つめて言った。

「ノーラデュースで確認されている土蛇の巣穴は、全部で三ヶ所。ここから一番の近いところは、本当にすぐそこです。行きましょうか」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.127 )
日時: 2017/12/17 02:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 空が、夕暮れ特有の薄い橙に染まり始めた頃。
二人は、土蛇の巣穴の前にたどり着いた。

 巣穴といっても、あの巨体が出入りするわけだから、ルーフェンやオーラントにとっては洞窟と言った方が近いだろう。
切り立った岩壁にぽっかりと空いたその穴には、外の光が射し込むこともなく、奥には深い闇が続いていた。

 オーラントは、巣穴を一度覗きこむと、ルーフェンに言った。

「ここに入ったら、松明はもちろん、魔術で灯りをつけたり、大きな音をたてたり……とにかく土蛇を刺激するようなことは絶対しちゃいけません。道も正直分かりませんが、リオット族がいるのは奈落の奥底です。会話も最小限に、ひたすら下りの道を行きましょう」

 ルーフェンはそれに頷いてから、怪訝そうに尋ねた。

「でも、これだけ真っ暗だと、道も何も分かりませんよね。灯りが使えないなら、どうするんですか?」

 その問いに対し、オーラントは、ごそごそと懐から銀白色の石を取り出すと、それをルーフェンに渡した。

「灯りには、このシシムの磨石を使います。こいつは暗闇に持ち出すと、微かに光る性質を持ってるんです。本当にぼんやりとしか光らないので、灯りと言うには役不足ですが、まあ、ないよりはましでしょう。ノーラデュースの岩中にはシシムの磨石が山程埋まってますし、こいつの光なら、土蛇にも気づかれにくいはずです」

「分かりました」

 ルーフェンは、磨石をオーラントと同じように紐でくくると、腰に下げた。

「さて、それじゃあ心して行きますかね。はい」

 続いて、そう言って手を差し出してきたオーラントに、ルーフェンは顔をしかめた。

「…………はい?」

「いや、はい? じゃないです。手、握ってください。はぐれるとまずいですから」

 当然だとでも言いたげに、オーラントが言う。
その瞬間、ルーフェンは、みるみる微妙な表情になった。

「いや……おっさんとお手々つないで歩くのは、ちょっと……」

 オーラントのこめかみに、ぴきっと青筋が出る。

「ほーお……じゃあそのご自慢の銀髪でも、掴んで引っ張っていって差し上げましょうか?」

 ひきつった笑みを浮かべて、頭をわしっと掴んできたオーラントに、ルーフェンはくすくすと笑った。

「冗談です、冗談です。でもお手々繋ぐのは嫌なので、肩にします」

「へいへい、綺麗なお姉さんじゃなくて悪かったですね」

 ルーフェンがオーラントの肩に手を置いたのを確認すると、二人は、巣穴の闇の中に、足を踏み入れていった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.128 )
日時: 2016/08/07 16:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Jolbfk2/)



 シシムの磨石は、オーラントの言う通り、本当にわずかな光しか放たず、二人は行く道を探り探りしながら歩くしかなかった。
だが、目前と足場を確かに照らしてくれるその光は、目が暗闇に慣れてくる頃には、思いの外心強いものになっていた。

 何度か枝道も通過しながら、先導するオーラントについて進む。
会話も控えた方が良いと言われていたため、しばらくは黙々と歩いていたルーフェンだったが、一向に地底に到着する気配がないので、耐えきれず小声で言った。

「……これ、道あってるんですか?」

 オーラントが身動いで、答える。

「さあ? 下りっぽい方を選んで、進んでるんですがねえ……」

「下りっぽいって……」

「しょうがないじゃないですか。俺だって、リオット族に会いにこんなところに来るなんて、はじめてなんですから」

 時折ぽろぽろと崩れてくる土くれを手で払いながら、オーラントが言う。

 彼も、完全に勘で進んでいるのだろう。
しかし、同じく道のわからない自分が先導したところで、同様の結果になることは目に見えているので、ルーフェンは再び黙りこんだ。

 更に歩いていくと、やがて、遠くに二つの光が見えてきた。
もしかしたら、外に繋がる道に出てしまったのかもしれない。
そう思い、ルーフェンが進路を変更するべきだと伝えようとしたとき。
オーラントが、急に立ち止まった。

「……どうしたんです?」

 囁くように、オーラントに問いかける。
だが、オーラントは黙ったまま、前を見て硬直していた。

「…………?」

 不思議に思って、オーラントの視線の先を見つめる。
すると、その瞬間、ルーフェンも目を見開いて、身を凍らせた。
オーラントの持つ磨石の光に照らされて、巨大な鱗が、微かな呼吸音と共に目の前で上下していたからだ。

 遠くにあると思っていた二つの光が、土蛇の二つの目であったことに気づくのに、時間は要さなかった。

 じりじりと、慎重に後退りを始めたルーフェンとオーラントであったが、しかし、ふぅっと生ぬるい土蛇の鼻息が頬を撫で、不気味に光る目がぎょろりと二人を映したとき。
オーラントがルーフェンに向かって、叫んだ。

「走れ──!」

 瞬間、耳をつんざくような咆哮があがって、土蛇の鋭い牙が迫ってきた。
二人は、死物狂いで走り出すと、咄嗟に脇道にすべりこむ。
そして、勢い余って直進していった土蛇を見送って、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.129 )
日時: 2016/08/09 21:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: DYDcOtQz)


「はっ、ま、まさか、あんなド真ん前にいるなんて、気配もくそもなかったぞ!」

 焦ったように言って、オーラントが舌打ちをする。
しかし、ルーフェンがそれに返事をする間もなく、直進していったはずの土蛇が、今度は二人の背後から現れた。

「く──っ!」

 迷いなく突っ込んでくる土蛇に、ルーフェンは反射的に魔力を集結させ、手のひらを地面に押し当てた。
すると、土壁から次々と尖った岩が、土蛇の行く手を塞がんと突き出す。

 だが、土蛇はその岩の刃を、鋭い歯が並んだ巨大な口で受け止めると、ばりばりと噛み砕いて飲み込んでしまった。

「そんなの効くわけあるか!」

 オーラントが切迫した声をあげて、ルーフェンの腕を引く。
そうして、素早く別の脇道に飛び出した二人であったが、臭いでルーフェンたちの居場所は筒抜けらしく、土蛇はすぐさま身をくねらせて、こちらに向かってきた。

 相手が、嗅覚にも頼っているなら、隠れようとするだけ無駄だろう。
ならば、今更見つかるとか見つからないとか、そんなことはどうでもいい。
そう判断すると、オーラントは、空を切るように手を動かした。

 刹那、オーラントの手の動きに合わせて、頭上に光の筋が走る。
一気に視界が明るくなったところで、ルーフェンとオーラントは、再び走り出した。

「あいつ、半端な魔術じゃくたばりませんよ!」

 全力疾走しながら、オーラントが言った。

「そんなこといっても、こんなところでぶっ放したら、落盤して俺たちも生き埋め──に、ぅわ!?」

 言い終える前に、ルーフェン目掛けて、土蛇が牙を剥く。
それを、瞬時に跳躍して避けたルーフェンだったが、この狭い穴の中では、距離をとることなどできない。

 狙いを外し、代わりに地面に食らいついた土蛇は、そのまま地面を抉りとりながら、再びルーフェンを飲み込もうと迫ってくる。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.130 )
日時: 2016/08/10 21:50
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

こんばんは、それと初めまして。マルキ・ド・サドと申します。

銀竹さんの描く「闇の系譜」、とても興味をそそられます。
このようなファンタジーストーリーがとても好きです。
遠い昔の話ですが私もかつてこのような世界観をテーマにした物語を書いていました。
こういうジャンルにはロマンを感じますよね。

これからも頑張って下さい!


もしよかったら私の小説を読みに来てください。
決して面白いとは言えませんが・・・・・・

あと最後に、大先輩の助言(アドバイス)を頂けないでしょうか?
どうぞよろしくお願いします。

貴重なスペースを取ってしまい申し訳ありませんでした。

〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.131 )
日時: 2016/08/11 09:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

マルキ・ド・サドさん

 はじめまして、銀竹と申します。
コメントくださり、ありがとうございます^^

 ファンタジーは、夢にロマンに沢山のものが詰まっていて、本当に素敵なジャンルですよね(`・ω・´)
今後も皆様に応援して頂けるよう、頑張っていこうと思います!

 アドバイスですか……そんな、私は大先輩と呼ばれるほどのスキルは持っていませんが(;'∀')
ただ、実はサドさんの作品は、以前覗かせて頂いたことがありますし、私なんかでよろしければお承り致します。
ちゃんとした助言というものができるのか分かりませんが、少々お時間いただければと思います。

 2作品執筆なされているようですが、ひとまずは「ジャンヌ・ダルクの晩餐」からお邪魔しますね。



Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.132 )
日時: 2016/08/13 19:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: A4fkHVpn)



「──ルーフェン!」

 オーラントの、叫ぶ声が聞こえる。
それと同時に、ぼこぼこっと水が泡立ったような音がして、ルーフェンは一瞬動きを止めた。

(水……?)

 つかの間、その水音に意識が向かいかける。
しかし、土蛇の巨大な口が目前に迫ったところで、はっと我に返ると、ルーフェンは慌てて掌に魔力を込め、放った。

「──爆!」

 大気の流れが変わり、土蛇の口内で、爆発が起きる。
土蛇は悲痛な断末魔をあげると、口から黒い煙をあげ、周囲の岩や土壁を破壊しながら、激しくのたうった。

「大丈夫ですか、怪我は!?」

 オーラントは、崩れ落ちてくる岩を避けながら、爆風に吹っ飛ばされたルーフェンの元に駆け寄った。
そして、苦しげに暴れながらも、未だに二人を飲み込もうと突進してくる土蛇の牙を、起き上がったルーフェンと共に避けると、何かを決心したように言った。

「──くそ、こうなったら仕方ない。なんとか生き延びて下さいね!」

「は!?」

 オーラントの発言の意図を図りかねた様子で、ルーフェンが声をあげる。
オーラントは、それを無視してルマニールを発現させると、土蛇目掛けて飛び上がり、早口に叫んだ。

「──其は激情、絶対なる滅砕の爪牙! 全てを散らし、奮い、切り裂け──!」

 ルマニールが、大きく弧を描いて、振り下ろされた瞬間。
凄まじい魔力が、オーラントの周りで膨れ上がったのと同時に、ルマニールの残光が、そのまま巨大な風の刃となって、周辺の岩や土壁ごと、土蛇を真っ二つに切り裂いた。

「────っ!」

 生じたあまりの強風に、ルーフェンは、目を開けていることができなかった。
しかし、途端にあちらこちらから、がらがらと岩が崩れる音がしてきて、すぐさま落盤が起きていることに気がついた。

 落下してくる岩から頭を守りながら、受け身の体勢に入る。
そうして、冷静に次の行動を考える傍ら、自分は今まさに絶体絶命の危機にあるのだと、頭で認識していた。

 ルーフェンは、とにかく意識を失わないように、自分の身体を包むように結界を張ると、踏ん張ることを諦めて、襲いくる飆風(ひょうふう)に身を任せた。

(生き延びろって、こういうことか……!)

 身体が吹っ飛ばされている感覚を味わいながらも、うっすらと目を開けると、視界の先には、力なく倒れる土蛇と、こちらを見るオーラントの姿があった。
だが、それらの光景も、滝のように崩れ落ちてきた土砂で、あっという間に見えなくなってしまう。
 
 ルーフェンは、風と土砂の濁流に飲まれて、深い深い奈落の底に吸い込まれていった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.133 )
日時: 2021/04/13 17:17
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

  *  *  *

「次期召喚師様! 次期召喚師様……!」

 ガラドは、複数の侍従と共に、足早に本殿の長廊下を駆け回っていた。
昨日から、ルーフェンの姿が見当たらないと、王宮中が騒ぎになっているのだ。

「君、次期召喚師様のお姿は……」

「い、いいえ、どこにもいらっしゃいません……」

 探しているうちに、出くわした二人の侍従に問いかける。
すると侍従の一人は、蒼白な顔で首を横に振った。

 空を見れば、もう随分と日が高くなっている。
かれこれ、半日は探し回っているのだ。
おそらくルーフェンは、王宮にはいないのだろう。

「いかがいたしましょう、アシュリー様。陛下や召喚師様にも、このことをお伝えしたほうがよいのでは……」

 狼狽した侍従が、ガラドに言う。
しかしガラドは、疲弊しきった表情で目を閉じると、否定の意を表した。

「……いえ、陛下も召喚師様も、今はお身体の具合が優れぬご様子。このようなことをお伝えして、心労をおかけすることがあってはなりません」

「し、しかし……それでは、いかように?」

 侍従の言葉に、ガラドは深くため息をつくと、一拍おいた後、口を開いた。

「……ひとまず、騎士団の者を呼びなさい。捜索の手を城下まで広げましょう」

 ガラドの言葉に、侍従が頷こうとしたそのときだった。
廊下の奥のほうから、高い声が響いてきた。

「政務次官様! こちらを、こちらをご覧ください!」

 息を切らせながら走ってきたのは、侍女のアンナだ。
その後ろには、彼女に連れられて、気まずそうな表情のリュートとアレイドも立っている。

「あの、これ……次期召喚師様のお部屋に、置いてあったのですが……」

 そう言って、アンナが手渡してきたのは、一枚の書き置きだった。
そこには、ルーフェンの文字で、一時的にノーラデュースに渡り、リオット族との接触を試みているとのことが記されており、その右下には、書かれている内容の許可として王家の印が捺印されていた。

「こ、これは……!」

 衝撃の出来事に、ガラドは大きく目を見開く。
そして、すぐさまリュートのほうを見た。

「殿下! これはどういうことですか! この王印、殿下のものでしょう!」

「いや、えっと……」

 焦った様子で口ごもるリュートの横で、アレイドが弱々しく口を出した。

「……違うんです、ガラドさん。リュート兄上は、ノーラデュースへ渡る許可を求められていただなんて、知らなかったんです。ただ、勝負に負けたら捺印しろって──」

「お前は黙ってろ!」

 大声で怒鳴って、リュートがアレイドの言葉を遮る。
何事かと怪訝そうな顔になったガラドに、リュートはたどたどしく語った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.134 )
日時: 2016/08/21 21:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: qToThS8B)


「……あ、あいつが……ルーフェンが、南に行きたいと言うから、許可を出したまでだ。それの何が、問題だって言うんだよ」

「なにがですって? 問題大有りです!」

 ガラドは、大きな目を怒らせて、リュートに顔を近づけた。

「そのようなお話、何故私に一度ご相談してくださらなかったのです! ノーラデュースがいかに危険な土地なのか、殿下もご存知でしょう! しかも、リオット族に接触したいなど、言語道断です。独断でこんなことをして、もし次期召喚師様になにかあれば、全ての責任は殿下、貴方様に向かうのですよ。それをご理解の上で、このようなことをなさったのか!」

 ガラドのあまりの剣幕に、リュートは、しばらく何も言い返すことができなかった。
しかし、やがて、ぎりっと歯を食い縛ると、顔を赤くして言い放った。

「う、うるさい! 俺に指図をするな! ノーラデュースに行ったくらいでどうにかなるようなひ弱な次期召喚師なら、端からいらぬ!」

 言い捨てると、リュートはアレイドの襟首を掴み、踵を返して離宮へとずんずん歩いていく。
ガラドは、それを追うように侍従の一人に指示を出すと、そのまま柱に寄りかかって、再度ため息をついた。

「ど、どうしましょう、ノーラデュースなんて……。申し訳ありません。私が、もっと次期召喚師様のご様子を伺っていれば……」

 今にも泣き出しそうな声音で、アンナが言う。
ガラドは、アンナを一瞥すると、厳しい表情のまま返した。

「誰のせいだと、責任を問うていても仕方ありません。どのような理由でリオット族に興味をお持ちになったのかは分かりませんが、次期召喚師様の御身が危険にさらされていることに、変わりはない。とにかく、ノーラデュース常駐のルンベルト殿とバーンズ殿に連絡を。それと、ノーラデュースまでの道のりに魔導師を配備させましょう」

「は、はい、かしこまりました!」

 ガラドの指示に、勢いよく返事をした侍従だったが、すぐに言葉を濁らせて、しかし、と続けた。

「ですが、その……現在、陛下のハーフェルンへの療養の件に、遠征可能な魔導師はほとんど回しておりまして……。そちらを割いて、ノーラデュースに向かわせますか?」

「…………」

 ガラドはそれを聞くと、考え込むようにして黙りこんだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.135 )
日時: 2017/12/17 03:04
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 最近、体調を崩している国王エルディオと召喚師シルヴィア、加えてシェイルハート家の子供たちに宛てて、ハーフェルンの領主クラークが、療養も兼ねて近々ハーフェルンに一時滞在しないかと、招待状を送ってきたのだ。

 ハーフェルンは、目前に広大な海が広がる港町であり、食料から医療品まで、多義に渡り物資が豊富である。
普段は王宮にこもっているエルディオやシルヴィアにとって、賑やかな港町の空気に触れることは、良い気晴らしになるだろう。
また、今後も良い外交関係を築いていきたいという意思表示の意味でも、シュベルテ側は、クラークからの申し出を快諾したのである。

 しかし、国王と召喚師一族、これらシュベルテの要人が一気に抜けて、他の街に滞在するなど、これまでにはなかった試みだ。
そのため、エルディオたちがハーフェルンへ出発し帰ってくるまで、その道中は魔導師団が総力をあげて護衛に当たろうと、現在準備をしているところなのだ。

 ガラドは、悩ましげに呻き声をあげた。

「……確かに、ハーフェルンの件に関しては、人員を割きたくはない。だが、次期召喚師様を、このままにしておくわけには……」

 その場にいた全員が、言葉をつまらせた時だった。

「──では、次期召喚師様の件は、私にお任せを」

 不意に、側方から声がして、ガラドは顔をあげた。

「これはこれは、リラード事務次官殿……」

 一人の官僚と共に、廊下に現れた小太りの男に、アンナや侍従が慌てて頭を下げる。
リラードと呼ばれたその男は、ガラドに並ぶサーフェリアの事務次官、モルティス・リラードであった。

「なに、魔導師団を使わずとも、この私が騎士団を動員して、必ず次期召喚師様を連れ戻して見せましょうぞ。アシュリー卿はご多忙中と存じます故、どうぞ、私にお任せを」

 モルティスは、きれいに整えた口髭をいじりながら、坦々とそう言った。
それに対し、ガラドは微かに眉を寄せた。

「……しかし、行き先はノーラデュースですぞ? リオット族の蔓延(はびこ)るかの地では、魔導師でなければ遠征は難しいでしょう。騎士団には、王都の守護が命ぜられているはず」

 モルティスは、手を後ろに組んで、ガラドに向き直った。

「いいえ、この緊急時に、何を仰いますか。騎士団とて、リオット族などという蛮族共に易々と倒されるほど、柔ではありませぬ。それに、魔術を必要とするならば、ノーラデュース常駐の魔導師たちにも、力を貸すように言えばよいだけのこと」

「しかし、彼らは……」

「アシュリー卿、どうぞ本来の業務に集中なさいませ。このモルティス、必ずや次期召喚師様をシュベルテにお連れします故」

「…………」

 モルティスが笑顔でそう言っても、ガラドは、しばらく頷かなかった。
というのも、このモルティスという男は、政(まつりごと)を取り仕切ることはあれど、これまで、武力が関わることに口を出してきたことは一度もなかったのだ。

 それが、なぜ突然、このような申し出をしてきたのか。
ガラドは、そこに妙な不自然さを感じざるを得なかった。

 だが、実際、次期召喚師の失踪という心配事を抱える余裕が、ガラドにはなかった。
それに、真意は分からずとも、このモルティスが敏腕であることは事実なのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.136 )
日時: 2018/01/10 15:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ガラドは、長い沈黙の末、微かに顔をあげると、モルティスを見つめた。

「……そこまで仰るなら、この件はリラード卿にお任せします。よろしく頼みますぞ」

「ええ、もちろんです」

 モルティスは、満足げに首肯すると、一度かしこまって礼をしてから、官僚と共に元来た道を戻っていった。

 しばらく歩いて、完全にガラドたちの姿が見えなくなると、ふと、官僚がモルティスに小声で言った。

「モルティス様、ルーフェン・シェイルハートの救助を申し出るなど、なにをお考えなのですか? まだ正式に召喚師に就任していないとはいえ、奴には、サンレードを潰された怨みがございます。モルティス様自らが動く必要など──」

「口を閉じろ。ここでは、誰が聞いているか分からぬ。我々がイシュカル教徒であることが露見すれば、全てが無になるのだぞ」

 言葉を遮って、モルティスが厳しい声音で告げると、官僚は慌てて口を閉じた。
しかし、廊下を更に行った先で、モルティスの自室に入ると、今度はモルティスが先に口を開いた。

「……先程の話だがな」

「はい」

 どかりと椅子に座ったモルティスの前に、官僚がひざまずく。

 モルティスは、先程とはうって変わった不機嫌そうな表情になると、憎らしそうに言った。

「確かに、あの次期召喚師の小僧には、サンレードを潰された怨みがある。そう……だからこそだ」

「だからこそ……?」

 言われた意味が分からず、聞き返した官僚に対して、モルティスは鼻で笑った。

「分からぬか。次期召喚師が、あのノーラデュースの地にいる……この事態こそが、我らにとっての好機。イシュカル様の思し召しなのだ」

 モルティスは、真剣な表情になると、早々に椅子から腰をあげた。

「そなた、礼拝堂に赴き、教徒たちの中から手練れを数人、連れてこい。そやつらを武装させ、次期召喚師救助のために編成した騎士団の部隊に、紛れ込ませるのだ。そして、あの小僧が真実にリオット族の元へ向かっていたのなら、ノーラデュース常駐の魔導師共に伝えろ。サーフェリアの次期召喚師、ルーフェン・シェイルハートがリオット族に拐われ、奈落の底に捕らえられていると」

「捕らわれている、ですか……」
 
 モルティスを見上げて、官僚が言う。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.137 )
日時: 2016/08/30 20:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)


「し、しかし、ルーフェン・シェイルハートがノーラデュースに赴いた真の理由は、まだ分かりません。それに、ルンベルトの隊の魔導師たちが、そのような虚偽の協力要請を、受けてくれるでしょうか。彼らは、リオット族の排除だけを目的とした部隊と聞きます。次期召喚師の捜索に、快く協力してくれるかどうか……」

 官僚の言葉に、モルティスは更に笑みを深めた。

「……ふん、よく考えてみよ。ルンベルトの隊は皆、リオット族の殲滅を願う者ばかり。故に、王宮から正式にリオット族を滅せよとの命令が下りず、長い間燻っていたのだ。ところが、捕らわれた次期召喚師を救うためとなれば、どうだ。野蛮なリオット族を殲滅させる理由として、不足はなかろう。ルンベルトが次期召喚師に興味関心を抱かずとも、リオット族を滅せる理由ができたとあれば、ルンベルトにとってもこの話は朗報。全戦力を以てノーラデュースに攻めこむであろう」

 モルティスは、目付きを鋭くさせると、続けた。

「騎士に扮した教徒が、混乱に乗じて次期召喚師を殺害したところで、皆こう考えるはずだ。リオット族との激しい争いに巻き込まれ、哀れ次期召喚師は死んでしまったのだ、と。素晴らしい筋書きではないか……! なに、覚醒し始めた息子の方さえ殺せば、臥せっているシルヴィアなど容易く首を取れる。召喚師一族などという邪悪な存在は、サーフェリアにあってはならぬのだ」

 頷きながら、目を輝かせる官僚を満足そうに一瞥して、モルティスは部屋の扉に手をかけた。

「さあ、行け。しくじるでないぞ。私も、時間があけばすぐに行く」

「はっ!」

 官僚は一礼し、襟に隠していた小さな女神像を掲げると、祈るように目を閉じた。

「我らがモルティス様に、どうかイシュカル神の御加護があらんことを──」


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.138 )
日時: 2017/12/17 03:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


†第二章†──新王都の創立
第二話『落暉』


 血塗れた地面に膝をつき、目の前の光景に愕然としていると、下からのびてきた小さな手が、イグナーツの腕を掴んだ。
ゆっくりと地面に視線をやると、既に事切れた妻の側で、娘が虚ろな視線をこちらに向けている。

「……おと、さん……」

 娘の目から、涙が一筋落ちる。
イグナーツは、その手を強く握りしめ、祈るように己の額に押し付けた。

「すまない、すまない……」

 身を切るような悲痛な声で、イグナーツは何度も何度も謝った。
まだ十にもならない娘と、生涯を共にすると誓った妻に、救えなかったことを、心の底から詫びた。

 突如、シュベルテの城下で起きた、リオット族たちによる騒擾。
その中心地が、自分の家族が住んでいる地区だと分かって駆けつけた頃には、もう既に遅かった。

「…………」

 現場に来てすぐ、大通りに転がっている、いくつもの死体を見たとき。
その内の一体に、見覚えのある腕輪をした、頭の潰れた女を見つけて、イグナーツの思考は真っ白になった。

 そして、彼女の腕が守るようにかき抱く、小さな娘と目が合ったとき、呼吸ができなくなった。
ひゅーひゅーと喉を鳴らし、弱々しく息をする娘の腸(はらわた)は、ごっそりなくなっていた。

「…………」

 最期に一つ、ほうっと呼気を漏らして、娘の手から力が抜ける。
涙を貯めて、微かに開かれたその目には、もう二度と、光が差すことはない。

「……おのれ……」

 なぜ、妻と娘が殺されなければならなかったのか。
奴隷を抱えていた商家から、逃げ出したリオット族たちの標的に、どうして彼女たちが選ばれてしまったのか。

──ねえ、イグナーツ。
この前もね、リオット族が一人、脱走して子供を襲ったらしいの。
やっぱり、一時的でいいから、シュベルテを離れない?

 ふと、穏やかな妻の声が蘇ってくる。

──まだエリも小さいし……万が一ってことを考えると、怖いわ。
それにね、あのリオット族たちも、なんだかとても可哀想。
奴隷とはいえ、こんな見知らぬ地に連れてこられて、鞭打たれて……。

 悲しそうに俯いた妻を見て、イグナーツは答えた。

──大丈夫だ。
シュベルテは、騎士団にも、我々魔導師団にも守られる、サーフェリアで最も安全な街だ。
リオット族だって、歯向かおうなんて奴はごく一部だ。
だから、心配するな。
お前もエリも、俺が守って──……。

 身の内から込み上げてくる激情を抑えられず、力任せに地面を殴ると、跳ねた血が頬を打つ。
いつもの賑いなど嘘のように、荒涼として静まり返る大通りで、イグナーツは声の限り絶叫した。

「おのれ、おのれ、おのれ──!」

 際限なく沸き起こる怒り、悲しみ、そして憎しみ。
それらは、己の無力さに向けられたものだったのか、それとも諸悪の根源たるリオット族に向けられたものだったのか。

「許さない……っ!」

 イグナーツは、血走った目をいっぱいに開き、全身を震わせながら叫んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.139 )
日時: 2017/08/24 16:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *


 天幕の隙間から、星が一筋、空を駆けていくのが見えた。
それと同時に、瞠目して跳ね起きると、イグナーツは胸を押さえてよろめいた。

 ノーラデュースの夜は肌寒いというのに、全身が汗でぐっしょりと濡れている。
こめかみからも、とめどなく汗が伝い落ちてきて、それを拭いとると、イグナーツは深く息を吐いた。

(また、夢か……)

 二十年前、リオット族による騒擾で、妻と娘を亡くしたときの夢。
これまで自分は、何度この夢にうなされてきたか分からない。

 呼吸を整えながら、しばらくは放心していたイグナーツであったが、やがて、外が騒がしいことに気づくと、立ち上がって天幕から出た。
出入り口のすぐそばには、夜番の魔導師が立っている。

「……なにがあった」

「ルンベルト隊長!」

 魔導師は、一瞬驚いたようにイグナーツのほうに振り返ったが、敬礼の姿勢をとると、向かいにある一般の魔導師用の天幕を示した。

「今し方、リオット族の女が薬品庫に侵入しまして、それを捕らえるのに手こずっていたようです。おそらくは、単なる盗難が目的かと思いますが……」

「女だと?」

 怪訝そうに聞き返してきたイグナーツに、魔導師は少し不思議そうに瞬いてから、首肯した。

 地上に現れるリオット族は大半が男で、捕らえたのが女であるのは、確かに珍しいことだった。
しかし、これといって気にするほど、異例なことでもない。
これまでも、リオット族の女や子供がノーラデュースの割れ目から這い上がってきて、商人や魔導師に対して強奪、殺人を犯してきた例はいくつもある。
そのため、イグナーツが何故、このような反応をしたのかが分からなかった。

「ええ、リオット族の女だと、そう報告を受けておりますが……なにかございましたか?」

「いや……」

 イグナーツは、一度言葉を濁してから、何かを思い出すように目を細めた。

「……そのリオット族の左目に、傷はなかったか?」

「傷、ですか?」

 魔導師は、小さく首を振った。

「申し訳ありません。私は報告を受けただけでして、リオット族の容姿までは……」

「…………」

 その返事を聞くと、イグナーツは黙ったまま、先程魔導師が示した天幕の方へと歩いていった。
すると、呻き声のようなものが聞こえてきたのと同時に、三人の魔導師に捕縛される、リオット族の女が目に飛び込んできた。

 リオット族は、四本の長槍を四肢に突き刺され、地面に縫い付けられている。
獣のような鋭い眼光で、ぎゃあぎゃあと喚いてはいるが、既に手負いの状態で、暴れまわる力は残っていないらしい。

 イグナーツは、そんなリオット族の左目に、なんの傷もないことを認めると、微かに息を吐いた。
どうやらこのリオット族は、イグナーツの知っている女ではなかったようだ。

 魔導師たちは、突然の隊長の訪問に驚いた様子だったが、すぐに敬礼して見せた。

「隊長、お騒がせして申し訳ありません。……いかがなされましたか?」

 イグナーツは、リオット族を一瞥してから、いや、と一言置いて口を開いた。

「……なんでもない。悪かった、続けてくれ」

「はっ!」

 イグナーツの指示を受けると、魔導師たちは慣れた様子で、リオット族の四肢を貫く長槍が、深々と地面にまで刺さっていることを確認し、魔術で火を放った。
リオット族は、喉を必死に震わせて、断末魔をあげていたが、燃え広がった炎が全身を包んだ頃には、弱々しい喘ぎ声しかあげなくなっていた。

「…………ゆる、さない、人間……ゆる、さ……」

 その言葉を最期に。
炭化して脆くなったリオット族の首が、ぼろっと崩れて、毬のように頭が転がる。

 イグナーツは無感情な瞳で、その姿を見届けると、静かに踵を返した。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.140 )
日時: 2016/09/08 06:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Mu5Txw/v)


  *  *  *


 目を開けると、ぼんやりとした淡い光が、ルーフェンを照らしていた。

(……ここは……)

 ぱんぱんと服についた土くれを払って、ゆっくりと起き上がる。
一瞬、ここがどこで、一体なにをしていたのか分からなくなったが、自分の周りに大量に散乱している土砂を見て、ルーフェンはすぐに事の全てを思い出した。

(そうか、俺たち、土蛇に襲われて……)

 結局あのあと、落下してくる際に、ルーフェンは気を失ってしまっていたようだ。
オーラントととも、案の定落盤ではぐれてしまったらしい。

 落ちてきた際に打ち付けた腰をさすりながら、ルーフェンは首を巡らすと、周りの状況を確認した。
辺りは一面岩壁だらけで、ルーフェンが落ちてきた穴以外にも、いくつか岩の裂け目や洞のようなものがある。
また、先の方は急な下り坂になっており、その奥の景色は暗くてよく見えないが、道幅からして、広い場所に繋がっていそうだった。

 上を向くと、地上へと繋がる縦穴が見える。
先程見た淡い光は、その穴から差し込んできた月明かりのようだ。

(……地中の奥底……ここが、ノーラデュース……?)

 遥か遠い、地上の天に浮かぶ満月に、思わず手を伸ばす。
こうしてみると、確かに奈落の底に突き落とされた気分になった。

 あるのは岩と土、暗闇、そしてほんの僅かな月明かりだけ。
もしここが本当にノーラデュースなら、ルーフェンは目的地へたどり着けたわけだが、こんなところに、本当にリオット族は棲んでいるのだろうか。

 そうして、目を細めて考え込んでいたルーフェンだったが、その時、ふと殺気を感じて、反射的にその場から飛び退いた。
瞬間、凄まじい爆裂が生じて、岩壁の一部が木っ端微塵になる。

 ルーフェンは、なんとか受け身をとって地面に落ちると、素早く体勢を立て直した。

「……仕留めたか」

「手応えはあった」

「死んだか」

 ぼそぼそとした声が、下り坂の方から聞こえてくる。
咄嗟に、その暗闇に目を向けると、誰かがこちらに這い上がってくるのが見えた。

 肉食獣のように鋭い目を光らせながら、何かがじりじりと距離を詰めてくる。
それらが、まるで岩肌のような歪でひきつった皮膚を持つ三人の大男であることに気づくと、ルーフェンは、はっと息を飲んだ。

「リオット族……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.141 )
日時: 2016/09/11 10:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 6FfG2jNs)


 思わず声に出して、身構える。
すると、大男たちも目を見開き、跳ねるようにして立ち上がった。

「土蛇、ちがう!」

「人間だ……!」

 驚いたように言ってから、リオット族の男の一人が、ルーフェンの二倍はあろうかという巨体で振りかぶり、唐突に殴りかかってくる。
ルーフェンは、即座に横に跳んでそれを避けたが、男の拳は、まるで鋼のような強靭さを以て、岩壁を打ち砕いた。
万が一直撃していたら、骨折どころでは済まないだろう。

「皆に知らせろ、人間、侵入した」

「殺せ」

「まずは足をちぎれ」

 リオット族たちが、口々に言い合いながら、ルーフェンに近づいてくる。
しかしルーフェンは、構えを解いて、出来るだけ隙を作って立ち上がった。
一瞬でも戦う姿勢を見せてしまったら、リオット族たちに、完全に敵だと判断されてしまうからだ。

 ルーフェンは、小さく息を吸って、言った。

「……やめろ。俺は、貴方たちの敵じゃない」

 リオット族たちは、目を細めて、一歩後ずさる。

「しゃべった」

「人間、しゃべった」

 ルーフェンは、額に脂汗がにじむのを感じながら、穏やかな声で続けた。

「俺はルーフェン。リオット族を訪ねて、シュベルテから来た。貴方たちと、話がしたい」

「シュベルテ! シュベルテと言った」

「シュベルテの人間、俺たちをこんなところに閉じ込めた」

「お前、殺して、人間たちに見せしめる!」

 殺気を灯した瞳をぎらつかせながら、リオット族たちが、再び寄ってくる。
ルーフェンはそれでも構えずに、男たちを見つめた。

「俺は、貴方たちをこのノーラデュースから出したいと思ってる。ここでの生活が嫌だというなら、少しでいいから、話を聞いてほしい」

「黙れ!」

 ひゅんっ、と空気を裂く音がして、なにか鋭いものがルーフェンの頬をかすった。
振り返ってみると、背後の岩壁に、いくつかの石がめり込んでいる。

「人間、殺す」

「まずは足だ」

「次は目を潰せ」

 地面がわずかに振動したかと思うと、岩壁から崩れた細かい瓦礫が、男たちの周りに浮かび、鋭利な凶器となってルーフェンに狙いを定める。
リオット族の地の魔術だ。

(聞く耳持たずか……)

 頬から垂れた血を拭いながら、ルーフェンは顔をしかめた。

 あの石の礫(つぶて)を避けるのは不可能であるし、このまま突っ立っていては、確実にルーフェンは蜂の巣になる。
しかし、反撃すればリオット族の敵に回ることになるだろう。

(どうする……!)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.142 )
日時: 2016/09/14 22:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Xr//JkA7)



 打開策を考える暇もなく、礫が迫る。
しかし、その瞬間、ルーフェンの足元から突風が巻き起こり、ルーフェンを貫かんと向かってきていた石の礫は、その突風に巻き込まれて散り散りになった。

「阿呆! なに突っ立ってるんですか!」

 焦ったように叫んで、岩壁の洞からオーラントが姿を現す。
ルーフェンは、すぐさま洞の方に向いて、目を見開いた。

「オーラントさん……!」

 オーラントは、素早くその場から飛び降り、ルーフェンを庇うように立つと、ルマニールを構えてリオット族の男たちと対峙した。

「人間、もう一人いた」

「殺せ」

「早く殺せ!」

 纏っていた殺気を膨れ上がらせ、三人のリオット族たちが突進してくる。
オーラントは、ルマニールを唸らせて大男二人を斬りつけると、勢いそのままに振り返って、柄で三人目の男の拳を跳ね上げた。

 リオット族の硬い皮膚に、普通の斬撃などほぼ無意味であることは分かっている。
だから、これらの攻撃は全て、単なる脅しにすぎなかった。

 リオット族がここで引かず、立ち向かってくるようなら、今度は魔術を使って致命傷を与えるまでだ。
そう思って、オーラントが再び構えの姿勢を取ったとき。
突如、ルーフェンがオーラントとリオット族たちの間に飛び出してきた。

「────っ!」

 咄嗟にルマニールを引っ込めて、後退する。
ルーフェンは、そんなオーラントを見つめて、強い口調で言った。

「攻撃しないで! 俺たちは戦いに来たんじゃない」

「だからって……!」

 このままじゃ殺されるだろう、と続けようとして、オーラントはすぐに口を閉じた。
リオット族の一人が、ルーフェン目掛けて拳を振り上げたからだ。

 ルーフェンが背後からの攻撃に気づいたのと、オーラントがルーフェンの腕を掴んで地を蹴ったのは、ほぼ同時だった。
オーラントは、ルーフェンを抱きかかえ、すんでのところでリオット族の拳を避けると、素早く臨戦態勢に入る。
だが、この状況におかれて尚、ルーフェンが大声で言った。

「攻撃するな!」

 ルーフェンが、ルマニールを操るオーラントの腕を押さえ込む。
オーラントは、小さく舌打ちすると、ルマニールを使うことは諦め、魔術で強風を起こした。

 舞い上がった粉塵で、視界が悪くなる。
そうして、一瞬リオット族たちが標的を失った隙に、オーラントは近くにあった岩壁の裂け目に、ルーフェンを抱えたまま飛び込んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.143 )
日時: 2016/09/18 18:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: GTJkb1BT)


 裂け目の奥は、思ったよりも長く続いていた。
オーラントは、その洞窟の中を駆け抜け、やがて、先程までいたような月光が射し込む空間に出ると、そこでルーフェンを下ろした。

「ったく、馬鹿ですか! 危うく死ぬところだったじゃないですか!」

 オーラントが、声をあらげて言う。
ルーフェンは、それでも小さく首を振ると、静かな声で答えた。

「……何をされようが、こちらからは絶対に攻撃はしないでください。彼らに敵視されたら、俺たちがここに来た意味がなくなる」

「じゃあ、大人しく殺されろって言うんですか? 死んだら、それこそ全てが無意味になるんですよ」

「……死ぬ前に、なんとかします。とにかく、攻撃はしないでください。オーラントさんは、俺のことを守ろうとはしなくていいです。自分の防衛だけしてくれれば──」

「ふざけるな! あんたは次期召喚師なんですよ、もうちょっと自分の立場ってもんを……!」

 かっとなったオーラントが、ルーフェンを怒鳴り付けたその時。
ふと、誰かが近づいてくる気配がして、オーラントとルーフェンは即座に振り返った。

 洞窟の奥──暗闇から、一人の少女がこちらに歩いてくる。
ほのかに光る、シシムの磨石を手にしたその少女は、左目が潰れており、全身の左半分が焼けたように爛(ただ)れていた。
彼女もまた、リオット族のようだ。

 身構えたオーラントに対し、少女は二人から少し離れたところで立ち止まると、抑揚のない声で言った。

「……私は、戦うつもりはない。構えを解いて」

 片言でない、襲ってきたリオット族たちに比べ、流暢な言葉遣い。
ルーフェンは、未だに警戒した様子のオーラントを一瞥すると、一歩前に出た。

「俺たちも、敵意はないんだ。勝手に君たちの住処に侵入してしまったのは申し訳ないと思ってるけど、少し話を聞いてくれないかな?」

「……知ってる。さっき、ゾゾたちと戦ってるところ、見てたもの」

 少女は、ルーフェンたちにくるりと背を向けると、更に奥へと続く洞窟の方を、シシムの磨石で照らした。

「私はノイ。ついておいで。話がしたいなら、長のところへつれていってあげる」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.144 )
日時: 2016/09/21 19:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HBvApUx3)



「え……」

 ノイから出た意外な言葉に、ルーフェンとオーラントは顔を見合わせた。
だが、オーラントは険しい表情に戻ると、ノイを睨み付けた。

「……何を企んでる。この先に罠でもあるのか」

「…………」

 ノイは、目を細めてオーラントを見た。

「……別に。ついてきたくないなら、ついてこなくていい。私は、貴方たちがどうなろうと構わないから」

「いや、案内頼むよ。ありがとう」

「あっ、こらちょっと……!」

 なんの躊躇いもなくノイの方に行こうとしたルーフェンに、オーラントが慌てて制止をかける。
すると、ルーフェンは嘆息して、小さな声で言った。

「罠だろうがなんだろうが、このまま道も分からない洞窟でうろうろしてたって、仕方ないでしょう。折角話を聞いてくれそうなリオット族に会えたんですから、好機ととるべきです」

「いやいや、さっきのリオット族の俺たちへの敵意、思い出してくださいよ。この状況下で、のこのこ着いていこうとするなんておかしいです。何度も言うように、あんたは次期召喚師なんですから、そんな簡単に危険に飛び込まれちゃ困ります」

「…………」

 そう言った途端、一瞬ルーフェンの顔つきが変わったような気がして、オーラントは黙りこんだ。
もううんざりだとでも言いたげな、疲れの滲んだ表情だった。

 ルーフェンは、やり場のない何かを無理矢理飲み込むように、一度息を吸うと、冷めた口調で言った。

「……じゃあ俺が、次期召喚師でなかったら、問題ありませんか」

「え……」

 つかの間、言葉をつまらせたオーラントに対し、小さく息をつくと、そのまま身を翻して、ルーフェンはノイの元に歩いていく。
その光景を見ながら、オーラントはしばらく頭を抱えていたが、二人の姿が洞窟の奥に消える前に、渋々と言った様子でルーフェンたちを追いかけた。

 確かに、もし一緒にいたのがルーフェンではなく、同じ宮廷魔導師の仲間だったなら、オーラントは無理には止めなかっただろう。
しかし、ルーフェンはどうあがいても、結局のところ、サーフェリアの次期召喚師なのだ。
オーラント自身の体裁を抜きにしても、絶対に死んではいけない存在である。

 召喚術の力を保有している以上、ルーフェンは生きて、サーフェリアの守護に勤めなければならない。
そこに、本人の意思などもはや関係がないのだ。

(そこんところがいまいち分かってないっつーか、まだガキなんだよなぁ……)
 
 先を行くルーフェンの姿を見失わないように気を付けながら、オーラントは肩をすくめた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.145 )
日時: 2016/09/25 10:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q9W3Aa/j)



 ノイに連れられて、枝道の多い複雑な洞窟を抜けると、小さな岩屋に出た。
そこは、月光が射し込むような穴もなく、完全に閉めきった空間であったが、シシムの磨石が複数岩壁に飾られていたため、それぞれ互いの顔が見えるくらいには明るかった。

 岩屋の真ん中には、一人のリオット族の老人が座り込んでいた。
他の者より更に、歪な皮膚をしたその老人は、麻布を巻き付けただけのような格好で、しかも、右手の手首から先が欠如している。

 ルーフェンとオーラントは、その異様な姿の老人に、思わず言葉を失って、立ち尽くした。

「……こんなところまで、よう来たの。わしはリオット族の長、ラッセルじゃ」

 黙りこむ二人に対し、穏やかに言うと、ラッセルは地面を示した。

「まあまあ、そんなところに突っ立っておらずに、座れ。なにもせんから」

 しわがれた、けれど優しい声で告げられて、ルーフェンとオーラントはラッセルの向かいに座った。
ノイも、最初は立ったままでいたが、ラッセルに座れと再度指示されると、どこか遠慮がちに、岩屋の隅に腰かけた。

「先程は、うちの若い奴等が迷惑をかけたの。知っておるとは思うが、リオット族は地上の人間を……特に、王都に住む人々をひどく嫌っているのじゃ。すまなかった、許してくれ」

 ラッセルは禿げた頭を下げると、次いで、懐から腐りかけた生肉のようなものを取り出し、それをルーフェンの前につき出した。

「お詫び、というわけではないが……食うか? 土蛇の肉じゃ。まあ、お前さんの口には合わないかもしれんがの」

 ルーフェンは、およそ食べ物とは思えない悪臭を放つその肉塊を、じっと見つめた。
だが、何かを言う前に、すぐさまオーラントが口を開いた。

「本当に厚意で言ってくれてるなら先に謝っておくが、遠慮しますよ。そんなもん食べたら、腹を壊しちまうんでね」

「……そうじゃの。いいや、そう言われると思うておうたわい」

 ラッセルは、気分を害した様子も見せず、苦笑した。

「折角の客人を、ろくにもてなせず、申し訳ない。だが、本当にこのノーラデュースでは、これしか食糧がないのじゃ。草木がない故、火も起こせんからの。時折岩穴から顔を出す土蛇を捕らえて、我々はその血肉で飢えと渇きを満たしておる。先程おぬしらと対峙した我らの同胞も、最初はお前さんたちを土蛇だとでも思うたのだろう」

「…………」

 ルーフェンは、土蛇の肉を見つめたまま、何かをじっと考えているようだった。
その様子を、どこか可笑しそうに眺めながら、ラッセルは言った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.146 )
日時: 2016/09/28 19:35
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

失礼します、マルキ・ド・サドです。
遅れてしまった御礼文の書き込みをお許しください。

先の大会におきましては銅賞の受賞誠におめでとうございます。
いつ見てもあなたの文章は欠点や矛盾がなくとても読み心地がいいです。
尊敬を抱きながら私もいつかこのような小説を書きたいと思いました。

銀竹さんには今でも感謝しています。
丁寧に指導してくれた事、自分のスキルを与えてくれた事、私の誤りを全て見つけてくれた事、そして『銀賞』という高い評価を譲ってくださった事。

こんなにも良くしてくれた事に嬉しさを感じています。
その反面、この恩に報いることが出来ない無力な自分に腹が立ちます。
あなたがいなければ未熟なままでした。

これからも『〜闇の系譜〜』シリーズを応援しています!
『ジャンヌ・ダルクの晩餐』もまだまだ終わりません。
少し時が経ったら新たな小説を書こうと思っているのですがそちらの方もよかったら読みに来て下さい(笑)

お邪魔して申し訳ありません。そして本当にありがとうございました!

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.147 )
日時: 2016/10/01 01:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

サドさん

 こんばんは^^
改めまして、銀賞受賞おめでとうございます!
そして、お祝いのお言葉もありがとうございます(*´▽`*)
今回の入賞者は皆様、知っている方ばかりでしたので、なんだかうれしいですね。

 いえいえ、私はそんな、大層なことはしていません(笑)
ですが、少しでもサドさんの執筆の手助けになったというなら幸いです。
恩なんて、どうぞお気になさらずに(´ω`*)
こうしてコメントくださっただけで十分です^^

 今後も読み心地が良い文章だと言って頂けるように、私も精進いたしますので、お互いに頑張りましょうー!
サドさんの新作も楽しみにしていますね(^○^)

 こちらこそ、ありがとうございましたっ

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.148 )
日時: 2017/12/17 03:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「……して、お前さんたち、一体こんな土地になにをしにきたのじゃ。見たところ、その銀の髪と瞳……おぬし、召喚師一族の者じゃろう。ついに、リオット族を全滅させにでも来たのかのう?」

「……いいえ、違います」

 ルーフェンは、すっと顔をあげ、一度座り直すと、ラッセルをまっすぐ見つめた。

「俺は、次期召喚師のルーフェン・シェイルハート。こっちはオーラント・バーンズ。俺たちは、貴方達リオット族を、このノーラデュースから連れ出すために来たんです」

 ラッセルの目が、一瞬見開かれ、そして細められる。

「ここから連れ出す? 連れ出して、どうしようというのじゃ」

「……俺たちと一緒に、シュベルテに来てください。貴方たちの地の魔術の力を使って、再び鉱業に荷担してほしいんです。ただし今度は、奴隷としてではなく、俺たちと同じ人間として」

 ルーフェンのはっきりとした物言いに、ラッセルは、少し戸惑ったように唸った。

「そう、突然言われてものう……。第一、二十年前に我々をこのノーラデュースに閉じ込めたおぬしらが、なぜもう一度我らを王都に戻そうと言うのだ。我々がいなければ手も足も出ないほど、産業が廃れているというわけでもあるまいに。シュベルテの王は、一体何を考えている?」

 ラッセルの探るような目付きに、ルーフェンは、小さく首を振った。

「貴方達をシュベルテに戻そうと考えているのは、今のところ俺だけです。今回ここに来たのは、国王の命令でもなんでもありません」

「ほう、おぬしの独断というわけか……?」

「そうです」

「一体、なぜそんなことを?」

 訝しげに歪んだラッセルの顔を見ながら、ルーフェンは目を伏せた。

「……ここで、本当の理由を話さないというのは不誠実ですから、はっきりと言いますが……。俺は、貴方たちを利用したいんです」

 あまりにも率直な言い方に、オーラントとラッセルが目を見開く。
ルーフェンは、言葉を選びながら慎重に続けた。

「……ラッセル老、アーベリトという街に、聞き覚えはありませんか」

 ラッセルの眉が、ぴくりと動く。
ルーフェンは、更に口を開いた。

「アーベリトは、かつて、貴方たちが抱えるリオット病の治療法を作り出した、アランという医師が治めていた街です。今は、アランの実弟であるサミルという医師が領主を勤めているのですが、そのアーベリトの財政を建て直すのが、俺の目的なんです。そのためには、リオット病の治療法の需要を再び高めるのが手っ取り早い。だから、貴方たちリオット族には、再びシュベルテに戻ってきてほしいんです」

「……ふむ」

 ラッセルは、口許に手をやると、身じろぎをした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.149 )
日時: 2017/12/17 03:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「……しかし、のう……あの治療法は効力はないようじゃぞ。ほれ、この通り。かつてシュベルテにいた頃は確かに軽減されていた病の症状だが、ノーラデュースに来た途端、岩のような肌も、硬直していく腸(はらわた)も、しばらくしたら元通りになった」

 乾いてひび割れた地表のような皮膚を見せながら、ラッセルは言う。
それに対し、ルーフェンは否定の意を表した。

「おそらくですが、リオット病の症状は全て、ガドリア原虫をもつ刺し蝿から身を守るための、進化の過程で出来上がったものなんです。つまり、刺し蝿のいない地域で治療すれば、リオット病は改善されます。それにより皮膚の硬化がなくなって、ガドリアに感染してしまったとしても、ガドリアの治療法なら既に存在していますから、貴方達が治療を受けてくれさえすれば、リオット病も再発することはないでしょう」

 ラッセルは、首を巡らせながら唸った。

「……なるほど、といっても、学のないわしには、よう理解できぬが……。とにかくおぬしは、リオット病の治療とノーラデュースからの救出を約束する代わりに、我らに再びシュベルテに来てほしい、というわけじゃな?」

「……はい。シュベルテに移った後の生活も、ちゃんと保証するつもりです」

 ラッセルは、ルーフェンが話し終えたあとも、何かを考え込んでいたようで、しばらくの間黙っていた。
しかし、やがて立ち上がると、手首がついている左手で、真綿でも掴むかのように岩肌を抉り取った。
そして、その岩の塊を握りつぶすと、その手を開き、ルーフェンの目の前に出した。

「……召喚師の血を引くならば、知っておろう。ランシャムじゃ」

 岩の塊を掴んでいたはずのラッセルの手に、小さく輝く緋色の欠片が、突如現れた。
ランシャムと呼ばれるこの魔石は、魔力を制御する力を持った、かなり希少な鉱石で、これを耳飾りに加工したものが、召喚師一族には代々受け継がれているのだ。

「ランシャムは、北のネールでしか採れないと聞きましたが……ノーラデュースでも採れるんですか?」

 ルーフェンが、少し驚いたようにラッセルを見ると、ラッセルは笑った。

「結晶化しているのはネールの地だけじゃろうて、おぬしらが採掘しようとするなら、北に行くしかないであろうな。だが、我らリオット族は、大地に含まれる様々な鉱石の成分を抽出し、凝縮することができる。故に、目に見えて存在しておらずとも、こうして求める鉱石の成分を集め、石として手にすることが出来るのじゃ」

 次いで、ラッセルは、岩屋の壁に目を向けた。

「……王都の人間達は、我らのこの力を、素晴らしいと讃えた。そして己らの鉱業に利用しようと、数百年前に、我らをシュベルテに連れていったのだ。……しかし、その結果どうじゃ。今の通り、リオット族は奈落の底に、こうして突き落とされておる」

「…………」

 ラッセルは、再びその場に腰を下ろすと、息を漏らした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.150 )
日時: 2016/10/16 01:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 62e0Birk)


「つまり、何が言いたいか……王都の人間達は、リオット族を讃える以上に、恐ろしいと思うておるのじゃよ。利用価値があると思っている一方で、我らのこの醜い容姿に嫌悪を抱き、岩をも砕く強健さに恐怖している。故に、再び共に同じ地で暮らすなど、考えられぬ。我らは今や、ノーラデュースから這い出ただけでも、そなたら魔導師に殺されるような立場じゃ。シュベルテでない、どこか別の地に移住したとしても、最終的には殺される。……もう、これ以上争うのも疲れた。このままこの谷底で、静かに滅んでいくほうが良い……」

 瞳に平淡な光を浮かべて、ラッセルはそう言った。
それに対し、ルーフェンは、つかの間沈黙していたが、やがて微かに眉を曇らせると、口を開いた。

「……本当に、そう思ってるんですか?」

 ラッセルが、訝しげに目を細める。
ルーフェンは、その目を見つめながら、はっきりとした口調で続けた。

「……だって、こんな荒れた土地に理不尽に押し込められて、挙げ句そのまま滅んでいくなんて、おかしいでしょう。シュベルテなら、俺が貴方たちを護ることができます。シュベルテが嫌なら、時間はかかるかもしれないけど、いずれ貴方たちが好きな場所で生きられるようにも、できるかもしれない。それでも、本当にここから出たいとは思わないんですか?」

 ラッセルは、これまでの穏やかな表情を、わずかに崩した。
そして、苦しそうにため息を溢すと、目を伏せた。

「……確かにな。出たいか出たくないかと問われれば、皆、地上に出たいと答えるじゃろう。この地獄のような生活から、早く抜け出したいとな。……だが、そう簡単な話ではないのじゃ、若き召喚師よ」

 力のない笑みを浮かべて、ラッセルは続けた。

「仮に、おぬしが約束通り、シュベルテでの良い暮らしをリオット族に与えてくれたとしても、それを誰が受け入れるというのじゃ。先程も言ったように、王都の人間はリオット族を嫌っておる。そしてまた、我々もおぬしらを、憎んでしまっている。深く根を張ってしまった憎悪は、そう易々と断ち切れるものではない」

「……だからこのまま、ノーラデュースで死のうっていうんですか。本当は皆、生きたいと思っているのに?」

 半ば睨むようにしてラッセルを見ながら、ルーフェンは強い口調で言った。

「貴方たち全員が、心の底からこのノーラデュースに留まることを望んでいるなら、俺にそれを止める権利はありません。諦めて帰ります。でも、そうでないなら……少しでいいです。話をさせてください」

 ラッセルは、胡座に頬杖をついた状態で、じっとルーフェンの銀の瞳を見つめていた。
二人は、互いに目をそらさず、長い間沈黙していたが、やがて、ラッセルがむくりと立ち上がった。

「……そこまで言うなら、話してみるが良かろう。納得するまで、おぬしの目で見て、判断するがいい」

 そう言って、ラッセルが左手を差し出す。
ルーフェンは、少し安心したように息を吐くと、その手を握って立ち上がった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.151 )
日時: 2016/10/23 00:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: https://youtu.be/iAsKT8H8Lz4


 皆様こんばんは^^銀竹です。
ごめんなさい、今回は本編ではありません。

 特にこれといって理由はないのですが、サーフェリア編のPVを作ってみましたので、ここに載せさせて頂きます(`・ω・´)
作ってみましたと言っても、使えそうな素材(過去絵)がほとんどなかったので物寂しい感じになってしまったのですが、もしよろしければご覧ください。
AviUtl、すごく久々に使用しましたが、全然使い方を覚えていなくて軽くショックでしたw
製作時間の6割は、思い出す時間だった気がします(笑)

 本編の方は、今後もミストリア編とサーフェリア編を交互にやっていこうと考えていますが、ミストリア編の完結がもう見えてきてるので、どちらかというとそちらを中心に更新していきたいなぁと思ってます。
といいますか、ミストリア編に関しては、一度完結まで書いてストックしていたというのに、そのデータが消し飛ぶという事件があったので、正直私の中でミストリア編はもう終わったものとして考えてますw
……まだ全然データ復旧できてないのにね、まずいね。

 さて、無駄話はここまでにして。
皆様、最近いよいよ冷えてきましたので、どうぞ風邪など引かないようお過ごしください(*´▽`*)
それでは、失礼しましたー!

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.152 )
日時: 2016/10/28 20:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: nWfEVdwx)


 ラッセルとノイの案内で、再び迷路のような細道を通っていくと、ほどなくして、これまでとは比べ物にならないくらい大きな広間に出た。
この場所は、どうやら地上から見た亀裂と直結しているらしく、上を見ると、細長い割れ目から月が覗いている。
ここは、奈落の底の中心部──リオット族たちにとっては、会合場所に近いもののようだった。

「皆、聞け」

 ラッセルが広間の中心に立ち、そう叫ぶと、岩壁にあった沢山の洞から、次々とリオット族たちが出てきた。
彼らは、ラッセルを取り囲むようにして集まると、その横に立っているルーフェンとオーラントを見て、ぎょっとしたように警戒の色を強めた。

「おい、あいつら、さっきの……」

「人間、地上の人間だ」

 最初に戦った三人のリオット族から、既に話は広まってしまっていたのか。
集まった五十人程のリオット族たちは、口々に敵意のこもった言葉を呟きながら、ルーフェンたちを睨んだ。

 ラッセルが、一歩前に出て、言った。

「ここにいる人間は、わしが認めた客人たちじゃ。二人とも、我らリオット族に害を成すつもりはないと言う。皆、手を出すでないぞ」

 リオット族たちの間に、ざわりとどよめきが起こる。
全員一様に、信じられないといった表情を浮かべていた。

 ルーフェンは、しばらく周囲を見回していたが、ふと、集まったリオット族たちの中に、見覚えのある顔を見つけると、そちらに向かって歩き出した。
そして、リオット族たちが警戒して後ずさったところで、立ち止まる。

 ルーフェンの目線の先には、最初に戦った三人の内の一人が、鋭い目付きで佇んでいた。

「……さっき、驚かせてごめんね。本当に、貴方たちと戦う気はないんだ。だから、怖がらないでほしい」

 ルーフェンは、穏やかな声でそう言ったが、男は、それに答える様子はない。
それどころか、ルーフェン目掛けて拳を振り上げると、雄叫びをあげながら勢いよく殴りかかってきた。

「ゾゾ!」

 オーラントと同時に、ノイがルーフェンの前に出る。
殴りかかってきたリオット族──ゾゾは、納得が行かない様子で一歩下がると、ノイのほうを見た。

「ノイ、邪魔するな! 何故そんなやつら、かばうのか! 傲慢なシュベルテの人間どもめ!」

 吐き捨てるように言ったゾゾに対し、ノイは、冷静な口調で返した。

「さっき、長が手を出すなと言ったのが、聞こえなかったの。長の決定は絶対。リオット族の掟よ」

「だけど……!」

 ゾゾは、怒りで言葉をつっかえさせながら、今度はラッセルに視線をやった。

「だけど、長! この前、リクとラシュ、魔導師に殺された! 今朝、土蛇とりにいって、グルガンも、地上から帰ってこない! こいつら、殺したかもしれない!」

 土蛇をとりにいって──。
その言葉に、一瞬、亀裂の近くで土蛇の死骸に向かって走っていたあのリオット族の男が、ルーフェンの脳裏に蘇った。
きっと彼は、食糧となる土蛇を求めて地上に出て、魔導師に見つかってしまったのだろう。
そして、食糧の確保を優先したものの、結果的に殺されてしまったのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.153 )
日時: 2017/08/24 16:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ラッセルは、小さくため息をつくと、黙りこんでいるルーフェンのそばに並んだ。

「若君、ここに来る途中、我らの同胞を殺したかね?」

「……いいえ」

 ルーフェンが俯いて答えると、ゾゾがすぐさま口を開いた。

「そんなの、信じられるか! お前たち、土蛇の巣穴から出てきた! 土蛇探してたグルガン、殺したんだろう!」

「黙れ、ゾゾ」

 穏やかでありつつも、威厳のあるラッセルの物言いに、ゾゾが黙りこむ。
ラッセルは、ゾゾに向き直ると、ルーフェンの肩に手をおいた。

「……こやつは若いが、召喚師の血を継ぐ者じゃ。付き人の男も、腕の立つ魔導師と見える。考えてみよ、我らが敵う相手でもない。それにも拘わらず、こやつらが、我々に自ら攻撃を仕掛けてきたことはあったか? なかったじゃろう。それだけで、少しは信じようという気にはならんか」

「…………」

 ゾゾは、ひとまず押し黙ったが、未だに敵意のこもった眼差しで、じっとルーフェンを見ていた。
ゾゾだけではない。
この場にいるほとんどのリオット族は、ルーフェンとオーラントを完全に敵視している様子だ。

 ラッセルは、この場を包む緊張感には似合わぬ、静かな声で述べた。

「……まだグルガンが殺されたと、決まったわけではない。なに、食糧はあるのじゃ。信じて帰りを待とうぞ」

 そう言って、ラッセルが目配せすると、リオット族の男が一人、大きな洞から巨大な肉の塊を引きずってきた。
腐りかけた、土蛇の肉だ。

 リオット族たちは、ルーフェンたちを横目に見て距離をとりながら、わらわらと肉の元へ歩いていくと、素手でそれを引きちぎり、食べ始める。
オーラントは、鼻をつく腐臭に息を止めながらも、じっとその様子を眺めていた。

 ルーフェンは、皆が肉の近くに集まっていく中、広間の隅で赤子を抱え、うずくまっている女性を見つけると、ノイに耳打ちした。

「あの人は?」

 すると、ノイは一瞬目を細めて、答えた。

「……彼女は罪人。だから、食糧は与えないの」

「罪人……?」

 ルーフェンは、訝しげに眉を寄せた。

「罪人って、赤ん坊もいるのに? せめて子供には、食べさせてあげればいいのに」

「……それが罪よ」

 ノイは目を伏せて、ルーフェンから目を反らした。

「……子供を生むのが、罪なの。だから、食糧は与えない」

「どういうこと……?」

 多少声音を低くしたルーフェンに、ノイは、俯いたまま答えた。

「……我々リオット族は、この奈落の底で滅びるべき一族。ただですら食糧が足りてないのに、これ以上増えて、どうするっていうの」

「なっ……」

 その瞬間、唐突にこみあげてきた怒りに、ルーフェンは激しく顔を歪めた。
やり場のない感情に、いてもたってもいられず、思わずうずくまる親子の元に足を向ける。
だが、一歩踏み出す前に、ノイに強く腕をつかまれた。

「何をする気。部外者のくせに、リオット族の掟に口を出さないで」
 
 ノイが、強い口調で言う。
しかしルーフェンは、その腕を振り払うと、苛立たしげに言い返した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.154 )
日時: 2016/11/05 00:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HhjtY6GF)


「そんな掟なんて、子供には関係ないだろ! 子供は、生まれる場所を選べないんだ。これから一生あの子に、自分は滅ぶべき一族だとか、生まれなければよかったんだとか、そんなこと自覚させて生きろって言うのか。勝手に産み落としたくせに、親の都合で理不尽な生を押し付けるな!」

 突然ルーフェンが感情的になったことに驚いたのか、ノイが絶句して押し黙る。
だが、再び親子の方に視線を向けたルーフェンを、今度はオーラントが止めた。

「少し落ち着いてくださいよ。らしくもない」

 なだめるように、ゆっくりとした声音で告げる。

「……彼女の言う通り、ここはリオット族の地ですよ。無断で入り込んだのは俺たちのほうなんですから、リオット族に決まりがあるなら、ちゃんとそれに従わないと」

「…………」

 ルーフェンは、しばらく何か言いたげに、顔をしかめていた。
だが、怯えた様子でこちらを伺う親子を見ている内に、だんだんと頭が冷静になってきたのか、やがて、オーラントを見て小さく頷いた。

 ラッセルは、そんなルーフェンのほうを向くと、微かに目を細めた。

「……若君よ。おぬし、先程我らリオット族と話したいと言うておったな」

 その場にいる全員に聞こえるように、通る声で言う。

「それならば、我ら全員に、話してみてはくれまいか。おぬしがリオット族に、一体何を望んでいるのか」

「…………」

 リオット族たちの視線が、一斉にルーフェンに向かう。
ルーフェンは、一瞬戸惑ったような顔つきになったが、すっと息を吸うと、顔をあげて言った。

「……俺は……アーベリトの財政を建て直すために、リオット病の治療法の需要を、二十年前と同じように高めたい。だから、リオット族にもう一度、シュベルテに戻ってきてほしいんだ」

 瞬間、リオット族たちの目の色が変わったことに気づいたが、ルーフェンはそのまま続けた。

「そして、またリオット族の力を使って、王都を支えてほしい。もちろん、かつて俺たちがこのノーラデュースに貴方たちを閉じ込めたことを、簡単に許してくださいとは言えない。でもこんな憎しみ合い、いつまでも続けていたって、被害が大きくなるだけだろう? 俺は、この奈落の底から、貴方たちを出したい」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.155 )
日時: 2016/11/12 10:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: rKVc2nvw)



 リオット族の一人が、凄絶な光を孕んだ目で、ルーフェンを睨む。

「お前! またシュベルテで、奴隷になれと言うか!」

「違う! そうじゃない!」

 リオット族から上がった声を、ルーフェンはすぐさま否定した。

「貴方たちを奴隷になんて、絶対にさせない。ちゃんと自由に働けて、幸せに暮らせるようにする。リオット病の治療もして、日の下で生きられるように……約束するから、だから──」

「お前の言葉など、信じられるか!」

「リオット族、お前たち人間とは違う!」

「一緒、暮らせるはずない!」

 ルーフェンの言葉を遮って、次々とあがる非難の声。
その罵声の数々に、ルーフェンが次の言葉を言えずにいると、ラッセルが突然、どんっ、と岩壁を叩いた。

 途端、広間全体が振動するような巨大な衝撃波が大気に広がり、全員が反射的に口を閉じる。
ラッセルは、やれやれといった様子で息を吐くと、呆れたように前に出た。

「全く、血の気の多い馬鹿どもめ。誰が言い争えと言った。わしは話せと言ったのじゃ。言いたいことがあるなら、喚かずに発言せんか」

 ラッセルの叱責を最後に、広間がしんと静まり返る。
リオット族たちも、ラッセルのことがよほど怖かったのか、しばらくは誰一人として発言しようとしなかった。

 ルーフェンは、わずかに前に出ると、ラッセルを一瞥してから、再びリオット族たちのほうを見つめた。

「……貴方たちは、本当にここから出たいとは思わないの……? さっきから俺たちのことを人間人間と呼ぶけれど、リオット族だって同じ人間でしょう。こんなところに閉じ込められたまま滅びるなんて、あっていいわけがない」

 ルーフェンの言葉に対し、リオット族たちは、肯定するわけでも否定するわけでもなく、ただじっと黙っていた。
黙って、怒りと悲しみが混ざったような目で、ルーフェンのことを見つめている。

 その目は、ルーフェンがよく知っている目だった。

 長い静寂の後、不意に、ゾゾが前に出た。

「……お前たち人間が、言った。リオット族、人間ではなく化け物だと」

 続いて、別のリオット族が口を開く。

「地位も力もあるお前、何もわからない」

「ずっと底辺で生きてきた俺たちの苦しみ、分からない」

「…………」

 突き放すような、リオット族たちの静かな視線に、ルーフェンは何も言えなくなった。
そうして、何を言うか迷っている内に、リオット族たちは冷たい目をしたまま、それぞれの洞へと戻っていく。

「…………」

 引き留めようにも、引き留めたところでどうすれば良いのか分からず、結局ルーフェンは、そのまま立っていることしかできなかった。

 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.156 )
日時: 2017/11/28 11:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 リオット族たちが、それぞれの洞に身を潜めてしまった後。
ルーフェンとオーラントは、ラッセルたちが用意してくれた寝床で、ひとまず休むことにした。

 寝床といっても、ただの岩穴であるから、横たわったところで寝心地など良いはずがない。
それでも、朝から晩まで動きっぱなしで疲弊しきった今の状態ならば、すぐに眠りにつけそうな気がした。

 ルーフェンは、この岩穴に入ってから、しばらく座ったまま、ずっと物思いしているようだった。
オーラントも、その間は無言のままでいたが、ある時、沈黙に耐えられなくなったのか、ふとルーフェンに声をかけた。

「……これから、どうするんです?」

 ルーフェンは、オーラントの方を見ると、首を振った。

「分かりません。……正直、リオット族はここから出たいと言うと思っていたので、こうなることは想定外でした」

 オーラントは、静かにため息をつくと、一度立ち上がって、ルーフェンの向かいに胡座をかいて座った。

「……じゃあ、諦めて帰ります?」

「いいえ。……ただ、どうすれば上手く説得できるのか、なかなか思い付かなくて」

 何かをふつふつと思考しながら、ルーフェンが答える。
オーラントは、頭をぱりぱりとかくと、小さく肩をすくめた。

「……あの。こう言っちゃなんですが、どうしてアーベリトのために、そこまでするんです? あんたがレーシアス伯に恩を感じてるのは前に聞きましたけど、恩って言ったって、何日か世話になっただけでしょう?」

 ルーフェンは、それを聞くと、身を縮めるように膝を抱いた。

「……そうですよ、それだけです」

 ぽつんと、呟くように言う。

「でも、それだけでも、俺には大きなことだったから……」

 不思議そうに顔をあげたオーラントの視線を受けながら、ルーフェンは続けた。

「……初めてだったんです。優しくしてくれたのも、心配してくれたのも、全部。サミルさんが、初めてだった。だから……サミルさんが困ってるなら、絶対に力になりたい」

「…………」

 オーラントは、困ったように息を吐くと、次いで、何かを探るような目付きになった。

「……それなら、力ずくでリオット族を連れ帰りますか? できるでしょう、召喚術を使えば。例えば、あのラッセルとかいう長を人質にとって、脅すとか」

「え」

 ルーフェンが、驚いたように目を見開く。
オーラントは、声を潜めて言った。

「逆に、どうしてそうしないのか、ずっと疑問でしたよ。力ずくが一番手っ取り早いし、あんたなら、当然思い付いてる方法の一つかと思ってました。そりゃあもちろん、穏便なのが一番ですけど、この感じだと、どうせリオット族からもシュベルテの人間たちからも、いろんな人達から反発を受けます。それなら、今更強行手段に出たって、さして変わらんでしょう」

「……でも……」

 口ごもったルーフェンに、オーラントは更にいい募った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.157 )
日時: 2017/12/17 03:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「どうして躊躇うんですか? 前に、言ってたじゃないですか。俺は正義の味方になりたいわけじゃないんだって。レーシアス伯の助けになるためなら、リオット族や他の奴らがどう思うかなんて、どうでもいいって。それってつまり、アーベリトのためなら、手段は選ばないってことでしょう?」

「…………」

 オーラントの言い分に、ルーフェンは、戸惑ったように俯いた。
何か返さなければ、と思うのだが、喉の奥に何かがつっかえてるように、上手く言葉が出てこない。

 オーラントは、そんな彼の様子を、長い間黙って見つめていたが、しばらくすると、突然ぶっと噴き出して、大声で笑い始めた。

「ぶっ、ぶははっ、はっ。はははっ!」

 ルーフェンがぎょっとして、顔をあげる。
オーラントは、必死に笑いをおさめながら、目尻に貯まった涙を拭った。

「いやぁ、なんか、すげえ勝った気分。ちょっと安心しました。あんた時々、態度と矛盾してるような発言とか行動とってましたし、いまいち何を迷ってるのか分からなかったので、見ていてもやもやしていたんですが……。ようやく少しだけ、あんたのことが分かった気がします」

「はい……?」

「いえ、良かったですよ。もし、じゃあ長を人質にしましょう、とか言い始めたら、流石に俺、帰ろうと思いましたもん」

 ルーフェンが、意味が分からない、といった風に、眉をひそめる。
オーラントは、一頻り笑い終えると、ルーフェンをじっと見つめた。

「いえね、結局あんたは、正義の味方になりたいんだなってことです」

 にかりと笑って、オーラントが言う。

「サンレードの子供たちの居場所を作りたい。レーシアス伯の力になりたい。それに、リオット族も助けてあげたいし、リオット族を恨む魔導師たちのことも、どうにかしてあげたい。必死に、自分が優先すべきはアーベリトのことで、他のことに気をとられるなと自分に言い聞かせてはいるものの、本当は全部気になっていて、そうやって色々考えている内に、頭ん中ぐっちゃぐちゃになって、自分でも混乱してきたんでしょう」

 ルーフェンは、怪訝そうに口を開いた。

「別に、そういうわけじゃ……」

「いーや、絶対そうです!」

 オーラントが遮って、びしっと言い放つ。

「いろんなことをうだうだと考えすぎて、最終的に自分のこと見えなくなるのが、あんたの悪い癖です。先のこととか他のことは、とりあえず置いておいて、今、あんたはどうしたいのか考えてください。リオット族やリオット病のことを調べていたとき。ラッセル老に土蛇の腐肉を差し出されたとき。罪人扱いされる親子を見たとき。あんたは、何を思ったんですか? ……リオット族を、助けたいって思ったんでしょう?」

「…………」

「違いますか?」

 ルーフェンは、気まずそうな表情になると、すぐに目を伏せ、小さな声で、だけど、と言葉を詰まらせた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.158 )
日時: 2016/12/09 01:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3EnE6O2j)


「だけど……俺は、俺のしていることが良いことなのかどうか……分かりません。リオット族が、こんな奈落の底で朽ちるのは絶対におかしいし、彼らにだって、地上で生きる権利はあるはずです。だから、リオット族をここから出すこと自体は、きっと正しいんだと思います。でも、正しいことが、必ずしも良いことだとは限らないし……そもそも、なにが正しいとかなにが間違ってるとか、全然分からないし。シュベルテに来てほしいだなんて言うのは、俺の勝手な言い分であって、リオット族を助けることにはならな──」

「だぁああー! お前めんどくせえな!」

 オーラントは、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら発狂すると、ぐにっとルーフェンの頬を両手で引っ張った。

「いだだだっ」

「いいですか、もう一度言います。そうやって、うだうだ考えるのをやめろって言ってるんです!」

 頬をつままれ、涙目になるルーフェンに、オーラントはぐいと顔を近づけた。

「あのですね、正しいとか正しくないとか、そんなの誰にも分かりません。わかんないことをいつまでも考えてたって、どうしようもないじゃないですか。良いだの悪いだの関係なく、あんたはリオット族をここから出したいんでしょう。だったら、とりあえずその方向で頑張ればいいじゃないですか。失敗したら、その時はその時です」

 ルーフェンの頬をつねったまま、オーラントは続ける。

「そもそも勝率の低い賭けですが、上手く行かない原因を一つあげるなら、あんたが余計なことばっかり考えてるからですよ。いいですか、リオット族は大半の奴らが、脳みそ筋肉です! だから、あんたがどんな小難しい自己理論を展開しようと、絶対に通じません。アーベリトがどうとか、サンレードがどうとか、そんなことを頭の隅で考えながら、『貴方たちをノーラデュースから出したい』なんて説得しようとしても、伝わるはずがないんです」

「…………」

「最終目標のことばっかり考えて、目先のことが出来なくなってちゃ、元も子もありませんよ。いらんこと考えながら口先だけで説得したって、相手には伝わりません。もっと、自分の今の気持ちを優先して、誠意をもって話すようにした方がいいんじゃないですか。俺はあんたらリオット族を助けたいんだーって」

 そう言って、オーラントが手を離した後、ルーフェンは唖然とした表情で、オーラントをじっと見つめていた。
しかし、やがて、つねられて赤くなった頬を擦ると、ぽつんと呟いた。

「オーラントさん……むかつく……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.159 )
日時: 2016/12/15 20:54
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: jhXfiZTU)


 瞬間、オーラントが勢いよくずっこける。
その様子を見ながら、ルーフェンは何事もなかったかのように、ぐっと伸びをした。

「……あー……オーラントさんが暑苦しいこと言ってくるから、なんか疲れました。……もう寝ます」

「おーまーえー……ふざけんなよ。真面目に語った俺が、馬鹿みてえじゃねえか」

 オーラントが、怒りで拳を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
ルーフェンは、外套を脱いでくるくると丸めると、それを枕代わりにと地面に置いてから、ふと立ち上がって、言った。

「……オーラントさん。俺は、大抵のことは何でもできるんですよ」

「……は?」

 急になんの自慢だ、というように、オーラントが眉を寄せる。
ルーフェンは、真顔で言った。

「魔術はもちろん、座学だって、武術だって、八年分は他の兄弟たちより不利なはずなのに、俺が一番です。一度見たものも、おおよそ暗記できている自信がありますし、弁も立ちます。お偉方や女性に上手く取り入るのも、得意です。皆、俺のことを天才だって褒め称えます」

「いや、あの……頭大丈夫ですか?」

 引き始めたオーラントに、しかし、ルーフェンはくすりと笑った。

「だからね、誰かを尊敬するなんて、初めてですよ」

「……はい?」

 オーラントが、ぱちぱちと瞬きをする。
ルーフェンは、目の奥に穏やかな色を浮かべた。

「……俺が世間知らずで、無力で、オーラントさんの言う、いわゆるクソガキであることは、自分でも自覚してるつもりです。だけど、俺のことを本当に見てる人なんてほとんどいないから、何がいけないかなんて言ってくれる人は、これまで誰もいませんでした」

 ルーフェンは、笑みを深めた。

「……他人のことを本気で見て考えるなんて難しくて、少なくとも、俺にはできません。それなのに、俺が隠していたもの、俺自身ですら見えていなかったもの、分かっていなかったもの……そういうものに気づけるオーラントさんは、本当にすごい」

「…………」

「貴方の言う通り、色々と考えるより前に、もっとちゃんと、リオット族に向き合ってみます。俺は本音で話すのが苦手だから、オーラントさんみたいに出来るか分からないけど……。小手先でどうにかしようとするんじゃなくて、俺の言っていることが本気だって、皆に信じてもらえるように……俺なりに、やってみます。要は、もっと情熱的にリオット族を口説けってことですよね」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.160 )
日時: 2016/12/24 01:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ET0e/DSO)


 ルーフェンは、いたずらっぽくそれだけ言うと、とっとと寝る準備をして、先程置いた外套の枕の上に寝転んだ。
オーラントは、ぽかんとしたまま突っ立っていたが、ルーフェンが本格的に寝ようとしたところで、はっと我に返った。

「もしかして今、俺すごく褒められた!」

 感激した様子で、オーラントが言う。

「えっ、ちょっと最初の下りが意味不明すぎて、ぼーっとしてたんで、もう一回言ってください! もう一回!」

 ルーフェンは、煩わしそうに寝返りをうつと、オーラントのほうを見て、呆れたように言った。

「……ていうか、子供に褒められたくらいでそんなに浮かれるなんて、オーラントさん、案外ちょろいなぁ」

「は!?」

 オーラントは、瞬時に怒りで眉をつり上げると、ルーフェンが頭をのせている外套の枕を引っこ抜いた。

「いでっ」

 ごん、と鈍い音が響いて、ルーフェンの頭が石床に落ちる。
オーラントは、続けてルーフェンの顔面に引っこ抜いた外套を投げつけると、仁王立ちになって怒鳴った。

「おいこら! 俺の感動を返せ!」

「ってて……これくらいで、むきにならないで下さいよ。大人げないなぁ」

「うるせー! ほんと口の減らないクソガキだな!」

 オーラントは、仁王立ちのまま腕を組んで、ルーフェンを睨んでいた。
だが、ルーフェンがどこか楽しそうにしているのを見て、小さく息を吐くと、肩をすくめて言った。

「……まあ、俺はあんたのお守りを最優先しますけど、ここまで来たら成功を祈ってますから。せいぜい頑張ってくださいよ」

「……はい」

 ルーフェンは、打ち付けた側頭部を擦りながら、静かに言った。

「……安心してください。さっき、どう説得すればいいか分からないとは言いましたけど、今日、リオット族の人たちの目を見て、分かりあえる部分は多いと確信してたので、希望が全くないわけじゃないんです」

「目?」

 首をかしげたオーラントに、ルーフェンは頷いた。

「最後に俺が、ここから出たくないのかと問いかけたときの、あの冷たい目です。あれは、怒りにも悲しみにも似てるけど、本当は、深い諦めの目なんです。今を生き伸びるだけで精一杯で、どうしようもなくなって、先が見えなくなって……結局諦めるしかなくなったときの、絶望の目。……俺は、あの目をよく知ってる」

「…………」

 再び真剣な表情になったオーラントが何かを言う前に、ルーフェンは微笑んで、話題を変えた。

「疲れたから、もう寝ましょう。オーラントさんは年なんだから」

「……一言多いですよ」

 オーラントはそう言って、一度ため息をついた。
そして、ルーフェンが寝転んだ近くの岩壁に、寄りかかって目を閉じた。
横になってしまうと、深い眠りに落ちて、敵の気配に気づくのが遅くなってしまうからだ。

 ルーフェンは、そんなオーラントを見て、一瞬何か言おうと口を開いたが、結局何も言わずに、そのままオーラントに背を向けて目を閉じた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.161 )
日時: 2017/01/09 18:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)


 硬い岩の上で、寝返りを打ったとき。
外套の枕から頭が落ちた痛みで、ルーフェンは目を覚ました。

 岩穴の中は相変わらず薄暗く、どれほどの時間が経ったのか、分からなかった。
だが、いくら疲れているとはいえ、これ以上岩の上で寝ていたら、いい加減身体を痛めそうだ。
ルーフェンは、気だるげに起き上がると、岩壁に寄りかかって寝ているオーラントに、自分の外套をそっとかけ、荷物だけ持つと、こっそり岩穴から出た。

 洞窟を少し進んで、また見知らぬ洞に出ると、ルーフェンは、眩しそうに上を見た。
どうやら、外界は朝を迎えたらしい。
地上に繋がる縦穴からは、眩い太陽の光が差し込んできていた。

 日光を懐かしむ思いで、空を仰いでいると、奥の方から、かつかつと何かを削るような音が聞こえてきた。
そちらに視線を向けてみれば、洞の端の方で、一人のリオット族の少年が、何やら屈みこんでいる。

 顔はやはり、焼けたように爛れていて、年齢がどれくらいなのかは分からなかったが、他の大柄なリオット族の男たちに比べれば、体躯が小さい。
身長も、立てばルーフェンと変わらない程度のようであったから、まだ子供なのかもしれないと思った。

 気になって、背後から近づいても、少年は手元に集中しているようで、ルーフェンの気配には全く気づいていない。
何をやっているのだろうかと覗き込むと、少年はどうやら、石を叩いて削ったり、魔術で形を変えるなりして、何かを作っているらしかった。

「……何作ってるの?」

 さりげなく、ルーフェンがそう問いかけると、少年は、大袈裟なほど身体を震わせて、はっと後ろを見た。
そして、前触れもなく現れたルーフェンを認めると、凄い勢いでその場から飛び退いた。

「あ、ちょっと!」

 少年の手から、ころんと石の造形物が落ちる。
ルーフェンは、それを咄嗟に拾い上げると、今にでもこの洞から飛び出そうとする少年に、優しく声をかけた。

「待って、別になにもしないよ」

 両手をあげて、ルーフェンが言う。
少年は、それでもその場から逃げようとしていたが、その時、自分がいじっていた石を、落としたことに気づいたのだろう。

 その石が、ルーフェンの手に握られていることに気づくと、警戒したように立ち止まった。

「……ぁ、ぅ……か、返して……」

 か細い声で言いながら、少年がルーフェンを見る。
ルーフェンは、手に持つ石を一瞥してから、少年にゆっくりと近づいていった。

「ごめんね、作業の邪魔をするつもりじゃなかったんだけど。はい、どうぞ」

 そう言って、ルーフェンが石を差し出すと、少年は、びくびくしながらその石を受け取った。
そして、その石を掌で転がすと、欠けた場所がないことを確認できたのか、ほっとしたように息を吐いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.162 )
日時: 2017/01/21 23:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8.g3rq.8)

「……それ、何を作ってたの?」

 同じ質問を繰り返すと、少年は、戸惑ったように一歩後退した。
しかし、やがておずおずとルーフェンに石を見せると、小さな声で答えた。

「……つ、土蛇……」

「土蛇?」

 思わず聞き返して、少年が見せてきた石の面を見る。
すると、そこには確かに、咆哮する土蛇の顔が、見事に彫られていた。
まだ未完成故か、見る方向によってはただの石ころで、先程は気づかなかったのだが、どうやら少年は、石で土蛇の彫刻を作っていたようだ。

「へえ、すごい……上手だね。思ったより精巧で、びっくりしちゃった」

 感心してそう告げると、少年は、少し驚いた様子で顔をあげた。
まさか、褒められるとは思っていなかったのかもしれない。
相変わらず、ルーフェンの顔を見ようとはしなかったが、心なしか嬉しそうに、彫刻を握りこんだ。

 ルーフェンは、そんな少年を見つめて、にこりと笑った。

「ねえ、それが完成するところ見たいんだけど、作業の続き、眺めててもいい?」

「…………」

 俯いたまま、少年が口ごもる。
やはり、ルーフェンが近くにいるのは嫌なのだろう。
嫌だけれど、話しかけられてしまっては、立ち去ろうにも立ち去れない、という感じだった。

 ルーフェンは、そういった少年の気持ちを汲み取りながらも、引き下がらずに、言い募った。

「俺はルーフェン。歳は十四。君は?」

 少年は、困ったようにもじもじしていたが、ルーフェンのほうをちらっと見ると、低い声で答えた。

「……ハインツ。……八歳」

 八歳、という思いがけない年齢を聞いて、ルーフェンは瞬いた。

「八歳? 本当に?」

 ハインツが、こくりと頷く。
ルーフェンは、ぽかんとした表情でハインツを見つめていたが、ふと笑うと、自分の身長とハインツの身長を見比べた。

「リオット族の男って、やっぱり、子供の内から大きいんだね。身長ほとんど変わらないし、てっきり俺と同い年くらいかと思ってたよ。手が大きくて、指も太いのに、そんな繊細な彫り物ができるなんて、ハインツくんは器用なんだね」

 警戒を解いたわけではないが、あまりにルーフェンが気さくに話しかけてくるため、徐々に緊張がほぐれてきたらしい。
ハインツは、ルーフェンの問いに、間をあけずに返事をした。

「よく、作る。……好き」

 ルーフェンは、微笑んだ。

「そっか。俺、趣味とか特にないし、好きなことがあるのは羨ましいな」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.163 )
日時: 2017/02/03 21:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 そう告げると、ルーフェンは、足元に落ちている適当な石を拾い上げ、ハインツの目の前で、それにぐっと魔力を込めた。
すると、石がめきめきっと形を変えて、あっという間に茎を伸ばし、葉をつけ、花を咲かせる。
しかし、その石でできた花は、やはりどこか歪で、ハインツが作ったような表面の滑らかさはなかった。

「……さっき、ハインツくんが作るところ見てたから、できると思ったんだけど、やっぱりそう上手くはいかないか」

 苦笑して、ルーフェンが肩をすくめる。
その様子を、黙って見ていたハインツは、ふと不思議そうに尋ねた。

「……それ、なに」

「なにって、これのこと? 花だけど」

 花かどうかが分からないほど、出来が悪いわけではないのに、なぜそんなことを聞くのだろうと、ルーフェンは疑問に思った。
しかし、花だという答えを聞いても、ハインツは首をかしげたままである。

「……もしかして、花を知らない?」

 まさかと思い、そう聞いてみると、ルーフェンの予想通り、ハインツは小さく頷いた。

 花を知らないなんて。
これには、流石のルーフェンも驚いたが、よく考えれば、当然のことだった。
リオット族が、このノーラデュースに追いやられたのは、約二十年前のこと。
つまり、八歳のハインツは、生まれたときから、この雑草一本見つけることすら難しい、ノーラデュースで暮らしているのだ。
花を見たことがなく、知らないと言うのも、おかしな話ではなかった。

 ルーフェンは、特に表情を変えることもなく、ハインツに自分が作った石の花を見せた。

「……花って言うのは……えっと、植物が実をつける前に、咲かせるものなんだけど……地上に行けば沢山見られるよ。俺も、庭園の花くらいしか見たことないけど、色とりどりで、良い匂いもして。本物は、俺が石で作ったものなんかより、ずっと綺麗だ」

 地上、というルーフェンの言葉に、ハインツは、ぼんやりと縦穴を見上げた。

 外界から降り注ぐ、ノーラデュースの日光は、大地から潤いを奪い、灼いてしまう恐ろしいものだ。
だがその一方で、こうして暗い奈落の底を照らしてくれていると思うと、とても崇高なもののように感じられた。
あの、いつも変わらず輝いている太陽の光を、もう少しだけ近くで浴びてみたいと思うことだって、ないわけではない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.164 )
日時: 2017/02/11 12:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 393aRbky)



 黙って上を見るハインツを見ながら、ルーフェンは問うた。

「……地上に出たいとは、思わない?」

「…………」

 ハインツは、黙ったままであった。
黙って、しばらくじっとルーフェンを見つめていたが、やがて、小さく首を横に振った。

「……地上、沢山、人間いる。怖い」

「…………」

 ルーフェンは、真剣な面持ちになると、続けて尋ねた。

「じゃあ、俺のことも怖い?」

 ハインツは、微かに俯いて、呟くように返事をした。

「……よく、分からない」

「…………」

「分からない、けど……人間、リオット族、嫌い。俺たち、見ると、ひどいことしてくる。リオット族も、人間、嫌い」

 その言葉に、ルーフェンは、ふっと目を伏せた。

 問題なのは、やはり人間とリオット族たちとの間にある、深い溝だ。
地上に出たくないのかと尋ねれば、昨日も今日も、返ってくる答えは、人間への憎しみの言葉ばかり。
このまま奈落の底で生活を続ければ、リオット族たちは死に絶えるというのに、それでもリオット族たちは、人間との共存を拒んでいる。

(……自分達の命よりも重い、憎悪か……)

 その気持ちが、全く理解できない訳ではない。
それでもこうして、一方的に荒地に追い詰められ、一族が朽ちていくのをただ待っていることが、リオット族たちの本当の望みではないはずだ。

 彼らは、このノーラデュースの奈落の底で、死んでいきたいわけではない。
ただ、地上に出れば人間たちに殺されることが分かっているから、もうこのまま朽ちていくのも仕方がないと、諦めているのだ。

 ──その時。
不意に地面が揺れて、どこからかリオット族たちの騒ぐ声が聞こえてくる。

 ルーフェンは、はっと顔をあげると、ハインツを見た。
ハインツは、複数ある洞窟の内の一つに視線を定めると、ぽつりと呟いた。

「土蛇……」

「土蛇が出たってこと?」

 ハインツは、頷き様に走り出すと、いくつもある洞窟の枝道を、迷うことなく選んで駆けていく。
ルーフェンも、慌ててハインツを追いかけると、やがて二人は、昨日会合が開かれた広間へと出た。

 広間には、沢山のリオット族たちが集まっており、そのすぐ近くには、巨大な土蛇が倒れていた。
全身の至るところに鋭い岩の槍が突き刺さり、だらんと舌を出して力なく横たわっているところを見る限りは、この土蛇は、既に死んでいるようだった。

 集まって騒いでいるリオット族たちの間に、ハインツが身体をねじ込んで前に出ると、その中心には、若いリオット族の男が一人、脚を押さえて呻いていた。
脚には、鋭い刃物で抉られたような傷があり、そこからだらだらと赤黒い血が流れ出ている。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.165 )
日時: 2017/02/22 13:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「……エルダ……」

 ハインツが心配そうに近づくと、側にいたノイが、悲痛な面持ちで言った。

「仕留める直前に、土蛇に噛まれたの。さっきから、出血が止まらなくて……」

 ノイの言葉に、リオット族たちは、こわばった顔でエルダを見た。

 土蛇の牙には、毒がある。
噛まれてすぐに死に至るような猛毒ではないが、清潔な水や医療器具、薬などがないこの奈落の底では、致死率も低くはない。

「今から地上出て、人間見つけて、薬奪おう」

 リオット族の一人が、強い口調で言った。
それに同調して、何人かの男たちが頷き合う。

 ルーフェンは、その様子を遠巻きに眺めていたが、男たちが地上に出る準備を始めようとすると、素早くエルダに近づいていった。

「……そんなことしてたら、間に合わないよ。地上に出て、都合よく旅人や商人が見つかるか分からないし、見つかったとしても、戻ってくる頃には手遅れになってるかもしれない。薬なら、俺が持ってる」

 そう言って、自分の荷物からアーベリトで買った傷薬を取り出すと、全員の視線が、はっとルーフェンに向いた。
しかし、エルダのすぐ近くまで来たところで、別のリオット族の男がルーフェンを強く睨んで、言った。

「ふざけるな! お前の助けなど、借りてたまるか!」

 ルーフェンは、冷静に男を見つめ返した。

「……それじゃあ、その人が死んでもいいの?」

 エルダを示してそう言うと、男がぐっと口を閉じる。
周囲のリオット族たちも、どうするか迷っている様子で、その場に立ち尽くしていた。

 ルーフェンは、彼らの返事を待つことなく、荷物から出した小刀で自分の袖を切り裂くと、それでエルダの傷口の上部を縛り、止血した。
次いで、傷口から、出血する血液と共に毒液を口で吸い出して、ぷっと吐き捨てた。

 ルーフェンは、毒液を吸い出しては吐き出すことを繰り返し、ようやく、ほとんど出血がなくなると、安心したように息を吐いた。

「血の色を見る限りじゃ、動脈からの出血ではないし、今のところ腫れてもいないから、きっと大丈夫じゃないかな」

 そう告げると、その場にいたリオット族たちの顔に、わずかに血の色が戻る。

 ルーフェンは立ち上がって、ノイに先程見せた傷薬を差し出すと、口を開いた。

「あとは、時々止血を緩めながら、完全に出血が止まったら、この薬塗って。でも、これは消毒と傷の治癒のための薬で、解毒作用があるかどうかは分からないから、オーラントさんに土蛇に噛まれた時に使うような薬を持ってないか、聞いてくるよ。土蛇のことなら、オーラントさんのほうが詳しいだろうし」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.166 )
日時: 2017/08/24 16:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンの説明を、リオット族たちは、どこか戸惑ったように聞いていた。

 ノイは、ルーフェンが差し出す傷薬を、手に取ろうとして、しかし、ぐっと拳を握ると、首を横に振った。

「……いらない」

 ルーフェンが、少し驚いたように瞠目する。
周りにいたリオット族たちも、意外そうにノイを見たが、ノイはうつむくと、絞り出すような声で言った。

「……私達は、長の命令があったから貴方をここに引き入れただけで、貴方に心まで許した覚えはない。私達に、これ以上関わらないで」

「…………」

 ルーフェンは、微かに眉を寄せると、厳しい口調で返した。

「今は、心を許すとか許さないとか、そんなこと言ってる場合じゃないだろう? 君たちリオット族の、仲間の命がかかってるんだ。俺達のことが憎くて仕方ないのはわかるけど、そんな意地のために、仲間を見殺しにする気なの?」

 ノイは、ぐっと唇を噛んで、エルダの方を一瞥した。
エルダは、傷の痛みに耐えながら、朦朧とした様子で荒い呼吸を繰り返している。

 ノイは、ルーフェンから目をそらして、言った。

「もし、ここでエルダが死んだら……。……それが、エルダの運命よ」

 ルーフェンは、顔をしかめて、思わず他のリオット族たちの表情も見渡した。
一人くらい、このノイの意見に反対する者はいないのだろうかと思ったが、誰もいなかった。
皆、辛そうに顔を歪めて、俯いているだけである。

 ノイは、半ば睨むようにルーフェンを見ると、続けて言った。

「私達リオット族は、遅かれ早かれ、この奈落の底で全員死んでいくの。そういう運命なのよ」

「…………」

 ルーフェンは、つかの間沈黙していたが、すっと息を吸うと、静かに言った。

「……昨日も言ったけど、本当にそう思ってるの? 俺には、君達が勝手にリオット族は滅ぶべきだって結論付けて、無理矢理納得しようとしているようにしか見えないよ。そんなの、運命でもなんでもない」

「……っ」

 ルーフェンの言葉に、ノイは激昂した。

 込み上げてきた怒りに身を任せ、ルーフェンの持っていた薬瓶を奪うと、思いきりそれを地面に叩きつける。
呆気なく割れた薬瓶を見ながら、ノイは大声で叫んだ。

「だったら何だって言うのよ!」

 普段の落ち着いた態度が一変して、ノイの声が、広間中に響く。

「何もないこの地下で、長年苦しんできて、どう希望を持てと言うの! 私達にはもう、死ぬ以外の道が残されてないのよ! 生きることを諦めて、皆で必死に一族の死を受け入れようとしてるのに、私達の決意を引っ掻き回さないで!」

 全身から押し出したような、ノイの絶叫を、リオット族たちは悲しげな表情で聞いていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.167 )
日時: 2017/08/24 16:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ルーフェンは、凄絶な瞳でこちらを睨むノイを、しばらく見つめていた。
だが、そっと屈むと、割れた薬瓶の欠片を広い集めながら、ぽつりと口を開いた。

「……だから、本当は生きたいって気持ちがあるのに、どうして諦めるの? 理不尽なことを無理に納得して、受け入れようとする必要なんてないよ」

「……は?」

 困惑したように、ノイが聞き返す。
ルーフェンは、拾った薬瓶の欠片をそっと荷物の中にしまうと、穏やかな声音で言った。

「辛くて苦しくて、諦めるしかなくなった時の気持ちは、俺にも分かるよ。今のままじゃ、死ぬ以外どうしようもないって嘆く気持ちもね。でも、俺ならこの状況をどうにかしてあげられるかもしれないって、昨日も言ったじゃないか。……今のままじゃどうしようもないって言うなら、俺が、君達の希望になることはできない?」

 リオット族たちが、驚いたように目を見張る。
ルーフェンは、微かに笑みを浮かべた。

「突然現れた俺の言葉なんて、信用できないのは分かる。ましてそれが、君達をこの奈落に追い込んだ元凶の、王都の人間の言葉なら尚更ね。……でも俺は、本気で君達を地上に出したいんだ。別に綺麗事を並べてるつもりも、正義を振りかざしているつもりもない」

「…………」

「君達はきっと、心の底では、まだ生きたいって思ってる。だから、生き残れる可能性に繋がる一つの手段として、俺を利用すればいい。君達をここから出すことは、俺の願いでもあるからね。……信じてもらえるまで、俺はずっとそう言い続けるよ」

 そう言って、荷物から水筒を取り出すと、ルーフェンは今度はノイの手をとって、それを握らせた。

「とりあえず今は、そのエルダさん、だっけ。どうにかしないと。オーラントさんから新しい薬とか貰ってくるから、その水飲ませておいて。……あとで、また色々話そう。ありがとう、君達の本音が聞けて良かったよ」

 それだけ一方的に告げると、ルーフェンは、元来た道を戻っていってしまう。

 ノイや他のリオット族は、複雑な表情で、じっと黙りこんでいた。
ハインツもまた、生まれてから一度も感じたことのなかったような不思議な気持ちで、遠ざかっていくルーフェンの後ろ姿を見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.168 )
日時: 2017/08/24 19:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


  *  *  *


「──い、おい。起きなくて良いのか? 若君がおらんぞ」

 頭上から、ラッセルのしわがれた声が聞こえてきて、オーラントは跳ね起きた。

 深い眠りに落ちないよう、座ったまま寝たはずだったのに、いつの間にか横たわって、爆睡していたらしい。
自分の上には、ルーフェンが寝るとき枕代わりにしていた、外套がかけられていた。

「……って、へ? あ!? ルーフェンは!?」

「だから、おらんと言っておろうが」

 寝ぼけ半分にオーラントが叫ぶと、呆れたようにラッセルが答える。
オーラントは、ラッセルの顔を見てから、かっと目を見開くと、次いで、空になったルーフェンの寝床を見て、真っ青になった。

「げっ、あいつ……! 一人でどこ行った……!」

 切迫した声で呟いて、オーラントが慌てて立ち上がる。
しかし、焦りのあまり、ルーフェンの外套に足を引っ掻けたオーラントを見て、ラッセルは苦笑した。

「落ち着け、地上の魔導師よ。同胞には、おぬしらに手を出すなと、わしからきつく言い聞かせておる。そう慌てずとも、若君は無事じゃろうて」

 ラッセルの呑気な発言に、オーラントが、訝しげに目を細める。

 昨日は散々リオット族に襲われたわけだし、正直、信用できないと思った。
だが、この迷路のような洞窟の中、どこに行ったのかも分からないルーフェンを探すのは難しそうだし、少なくともあのノイというリオット族の少女は、長の命令に忠実なようだ。
彼女がいれば、他のリオット族が暴れだしても止めてくれるだろうし、ルーフェンだって、戦えないわけでない。
焦って飛び出したところで、迷うだけだと自分を納得させると、オーラントは、再びその場に腰を下ろした。

 そんなオーラントの様子を眺めながら、ラッセルは、ふと口を開いた。

「ずっと不思議に思っていたんじゃが、おぬしは、何故ここに来た? 若君と違い、おぬしは我らリオット族に好意的なようには見えん。このノーラデュースから我々を救いたいなど、思うておらんのだろう。召喚師の命令で、仕方無く着いてきたのか?」

 問いかけられて、オーラントは、ラッセルの方に向き直った。
ここで敵意を見せれば、後々ルーフェンに怒られるかもしれない。
しかし、実際に自分は、リオット族に対して好意的ではないし、今更このラッセルの前で体裁を取り繕うのは、無駄なような気がした。

 オーラントは、小さく肩をすくめた。

「まあ、そうだな。俺は、あの自由奔放なルーフェンぼっちゃんに巻き込まれただけですよ。サーフェリアの人間として、次期召喚師に死なれちゃ困るから、護衛してるようなもんです」

 冷めた口調で言ってから、オーラントは、質問を返した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.169 )
日時: 2017/08/26 09:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「でも、それを言うなら、あんただって何故俺たちに協力してる? 俺は、リオット族の牽制を仕事とする魔導師──つまり、あんたらの敵だ。リオット族を殺したことだってあるし、あんたたちにとっちゃ、憎むべき人間のはずだろう? ルーフェンの無茶苦茶な言い分だって、この奈落で朽ちていきたいと願っているリオット族にとっては、邪魔でしかないはずだ。それなのに、なんでわざわざ俺達を受け入れた?」

 警戒するように、厳しい視線を寄越すオーラントの対して、ラッセルは、自嘲気味に笑った。

「何故受け入れたか、そうじゃのう……」

 少し言葉を濁してから、ラッセルは目を伏せた。

「……若君の目を見ていたら、わしも、自分の選択が正しいのか、分からなくなってしまったのやもしれん」

 言葉の意図を図りかねた様子で、オーラントが眉を寄せる。
ラッセルは、手首から先が欠如した右腕を擦りながら、静かに語り始めた。

「リオット病を抱えながら、わしはもう、随分長く生き永らえてしまった。もう生への執着はないし、このまま絶望と憎悪に苛まれて生きるくらいなら、リオット族は、この奈落の底で朽ちるのが良いと思い込んでおった。……じゃが、本当にそうなのか、不安になってしまったよ。わしのようなじじいと違い、若い連中は、まだ生に希望を見出だそうとしているのではないかと」

「…………」

 オーラントは、黙ったまま、ラッセルの話に耳を傾けていた。
ラッセルは、細く息を吐くと、微かに俯いた。

「……元々、争いは好まん。ノーラデュースに侵入したおぬしたちが、わしの元に連れてこられたとき、速やかに地上に帰そうと思った。じゃが若君が、リオット族をこのノーラデュースから出したいと言ったとき、そんな無謀なことを考える者が、地上におったのかと驚いた。同時に、少し賭けてみたくなったのじゃ」

 目をつぶり、ラッセルは続けた。

「地上に出た先に、希望があるとは思えぬ。再び、絶望を味わうことになるやもしれん。しかし、これからを生き、リオット族の未来を決めるのは、わしではなく、若い衆であるべきじゃ。若君の言葉を聞くか、聞かないかも、ノイたち若い衆に任せようと思う……」

「……そうか」

 神妙な面持ちで返事をしたオーラントに、ラッセルは言い募った。

「それにのう、年甲斐もなく、嬉しかったのじゃ」

 そう言って、ラッセルは、オーラントに自らの左手を見せた。
その掌は、乾いた地表のようにひび割れ、震えており、その節くれだった指先は変形して、黒ずんでいる。

 到底人のものとは思えない、その掌を見ながら、ラッセルは微笑んだ。

「わしが手を差し出したとき、若君は、すぐに握り返してくれた。こんな汚い手、普通の人間ならば、触るのも躊躇しそうなもんじゃが……。それが、わしは嬉しかった。リオット族のことを気にかける人間が、まだおったのかと思ったよ」

 初めてルーフェンの手を握ったときのことを思い出して、ラッセルは目を細めた。

 リオット病で硬化し、岩のように分厚くなってしまった手では、もう握ったものの感触は分からない。
それでも、ルーフェンに手を握り返された時、何か暖かいものに触れたような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.170 )
日時: 2017/09/03 18:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: n3KkzCZy)


 ふうと息を吐いて、ラッセルは、穏やかな声で言った。

「……不思議な子じゃ。奴隷として王都にいた頃、召喚師の姿は何度も見たことがあったが、若君は、その誰とも違うように見える」

 オーラントが、ふと顔をあげる。
その目を見つめて、ラッセルは、オーラントに向き直った。

「召喚師一族として、同じように王宮で育って、あんなにも違う雰囲気を纏うようになるものなのじゃろうか。これまで見てきた召喚師も、皆、どこかほの暗い空気を帯びていた。だが若君からは、その暗い空気の奥に、強い熱のようなものを感じる。子供だからと気を緩めれば、うっかり取り込まれてしまいそうなほどの、強い強い熱が……」

「…………」

 ラッセルの言葉を聞きながら、オーラントは、思わず息を飲んだ。
ラッセルの言うその熱に、オーラントも覚えがあったからだ。

 ルーフェンに同行して、ヘンリ村の跡地に行った、あの時。
アーベリトを救うため、再びリオット族を王都に連れ戻すのだと語るルーフェンを、最初は、幼い次期召喚師の夢物語だと、聞き流そうと思ったのだ。

 それなのに、ルーフェンの目を見ている内に、そんな風には考えられなくなった。
そして、リオット病の謎を解き明かしてしまった頃には、いよいよ、ルーフェンなら本当に、リオット族を奈落から出してしまうかもしれない、とさえ思うようになった。

 ルーフェンと向き合っていると、時折、とてつもない力に引っ張られているような感覚に陥る。
遥かな遠くを透かして見る、彼の銀の瞳には、ラッセルの言うような、力強い熱が灯っているのだ。
半ば強引だったとはいえ、その熱に取り込まれてしまったからこそ、オーラントも、今ここにいる。

 オーラントは、眉間に皺を寄せると、ラッセルを見つめ返した。

「確かにあいつは……ルーフェンは、普通の召喚師とは、違うのかもしれない。ルーフェンは、王宮で生まれ育ったわけじゃないんだ」

 ラッセルは、少し驚いたように眉をあげた。
微かに首を振って、オーラントは続けた。

「俺も、王都にはほとんどいないから、詳しくは知らん。だがルーフェンは、ヘンリ村っつー貧村で見つかって、王宮に連れてこられたんだ。ヘンリ村は、落雷で焼け野原になっちまったらしいが、ルーフェンは、その中で唯一の生き残りだったんだと」

「ほう……道理で、このノーラデュースの荒れ具合にも、動じぬわけか」

「……ああ」

 返事をしながら、オーラント自身も、そうか、と思った。
妙に適応力がある奴だとは思っていたが、そういうことだったのか、と。

 普通、王宮で生まれ育った者ならば、土蛇の腐肉を食らうリオット族の姿を見た時点で、かなりの衝撃を受けるはずである。
しかしルーフェンは、リオット族たちの生活を見ても、驚いてすらいなかった。
おそらく、幼少期ヘンリ村で育ったルーフェンにとっては、腐肉を食らう光景など、珍しいものでもなかったのだろう。

 次期召喚師がヘンリ村から見つかったという噂は、王都から、遠く南にも届いていたから、オーラントも知っていた。
知っていたが、だからといって、ルーフェンの生い立ちなど考えたことがなかった。

 ルーフェンからは、年相応の子供らしさがあまり感じられない。
その理由がわかった気がして、オーラントは言葉を失った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.171 )
日時: 2017/09/10 17:54
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 その時だった。

「なに話してるんですか?」

 突然、背後からルーフェンの声が聞こえてきて、オーラントはその場から飛び退いた。
 
「びっ、びっくりしたぁー……気配消して近づかんで下さいよ」

 ルーフェンは、冷めた視線を送ると、大袈裟な口ぶりで返した。

「気づかないほうがどうかと思いますよ? 宮廷魔導師のくせに」

「ほんっとお前、可愛げがねーな」

 ぴきっと青筋を立てて、オーラントが言う。
しかし、そんなオーラントの文句は無視して、ルーフェンは自分の荷物をごそごそと漁り出した。

「それより、オーラントさん。土蛇の毒に効く、解毒剤とか持ってませんか? リオット族のエルダさんって人が、さっき土蛇に噛まれたんです」

 アーベリトで買った、二本目の傷薬を荷から取り出しながら、ルーフェンが問う。
ラッセルは、ぴくりと眉を上げると、ルーフェンを見た。

「エルダじゃと? 大丈夫なのか?」

 珍しく声音を強めたラッセルに、ルーフェンは頷いた。

「出血も酷くありませんし、少なくとも、命に別状はないと思いますよ。何の処置も出来なければ、危険だったかもしれませんが、幸い俺達が薬を持ってますから」

 ラッセルが、どこかほっとしたように、息をつく。
その様子を見て、ルーフェンは微かに微笑んだ。

 ラッセルは、ちゃんと同胞のことを想っている。
ラッセルだけではない。
先程広間にいた全員が、エルダのことを心配していた。

 もしリオット族たちが、本当にノーラデュースでの死を望んでいるなら、仲間の死を恐れたりはしないだろう。
やはり彼らは、自分達は滅ぶべきだと、無理矢理言い聞かせているだけなのだ。

 オーラントは、ルーフェンの問いに頷くと、自分の荷物を手繰り寄せた。

「ああ、土蛇の被害には、俺達魔導師も遭ってますからね。解毒用の飲み薬が、どっかに入れてあったはずだが……」

 そう言って、オーラントが、荷物から目当ての薬瓶を探し始める。
ルーフェンは、その様をぼんやりと見つめながら、ふと口を開いた。

「ラッセル老……このあと、また皆のことを集めてくれませんか?」

 ラッセルが目線を上げて、ルーフェンを見る。
ルーフェンも、ラッセルの方を向くと、はっきりとした声で言った。

「もう一度だけ、皆を説得する機会を下さい。今度こそ、ちゃんと話を聞いてもらえるように、貴方たちに向き合いたいから」

 ルーフェンの銀の瞳に浮かぶ、強い光を見ながら、ラッセルはゆっくりと頷いた。



To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.172 )
日時: 2017/12/17 03:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第二章†──新王都の創立
第三話『覚醒』



「伝令! 伝令!」

 その叫び声と共に、馬を駆けてきた十数名の騎士たちを見て、イグナーツは眉をひそめた。
身に付けている鎧からして、ノーラデュース常駐の者ではない。
とすれば、シュベルテから派遣された騎士たちであろうが、本来王都の守護に勤めているはずの騎士団が、南の土地に出向くというのは不自然であった。

「貴殿、魔導師団ノーラデュース部隊隊長、イグナーツ・ルンベルト殿とお見受けする」

 騎士たちは、砦の門の前で馬を止めると、そろってイグナーツの前にひざまずいた。
イグナーツは、険しい表情のまま、その面々を眺めると、強い口調で尋ねた。

「いかにも。私がイグナーツ・ルンベルトである。貴公ら、この南の地まで何用か」

 先頭に立っていた騎士の一人が、すぐさま懐から書簡を取り出し、イグナーツに手渡す。
その書簡には、次期召喚師であるルーフェン・シェイルハートが、リオット族の手よって奈落の底に囚われているため、至急救い出し、リオット族を討て、といったような内容が記されていた。
しかし、その書簡に、王家の印などは捺されていない。

 イグナーツは、更に顔つきを険しくすると、騎士たちを睨み付けた。

「……リオット族の討伐は、王宮からの勅命(ちょくめい)が下らねば行えぬ。貴様ら、真に騎士団の者か?」

 その言葉に、イグナーツの周囲に控えていた他の魔導師たちも、ざわりと戸惑いの声をあげる。
騎士は、ひざまずいた状態で顔をあげると、口早に返事をした。

「我々は、次期召喚師様が、リオット族の元に囚われているとの情報を入手致しました。故に、ルンベルト隊長の戦列に加わり、共にリオット族を討伐せよとのご命令を受けております」

「…………」

 持っていた書簡を別の魔導師に渡して、イグナーツは訝しげに目を細めた。

 確かに、本当に次期召喚師がリオット族に誘拐されたと言うなら、勅命が下る前であろうと、救助しに向かうべきなのだろう。
だが、この騎士たちは、一体誰の命令で動いているのか、明かそうとはしない。
そもそも、どのようにして、次期召喚師が囚われているなどという情報を掴んだのだろうか。
普段リオット族を監視している、ノーラデュース常駐の魔導師達より先に、情報を手に入れることなど有り得ない。

 イグナーツの傍らにいた若い魔導師が、そっと、小声で耳打ちをした。

「ルンベルト隊長、我々には、次期召喚師様がノーラデュースにいらっしゃったという情報すら知らされておりません。この者達の言い分が真実かどうかは、信憑性に欠けるかと。ここは、宮廷魔導師のバーンズ殿にも、ご相談してからのほうが……」

 オーラント・バーンズ──。
その名前を聞いて、ふと、イグナーツの脳裏に、数日前王都から戻ってきた、オーラントの姿がよぎった。

(彼奴(あやつ)、確か子供を連れていたな……)

 目を伏せて、オーラントとのやり取りを思い出す。

 オーラントは、連れていた子供を、奴隷の子か何かだろうと言っていたが、思えばあの時の彼は、どこか様子がおかしかった。
子供の奴隷印を確認できた訳ではないし、そういえば、王都に住む次期召喚師は、あの子供くらいの年齢ではないだろうか。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.173 )
日時: 2017/09/25 17:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: O/vit.nk)




 イグナーツは、ひとまず部下の言葉を制すると、再び騎士たちに目を向けた。

「次期召喚師がリオット族の元にいるというのは、真実なんだろうな?」

「……はい、そのように伺っております」

 騎士たちのはっきりとした肯定に、次いで、イグナーツはすっと目を細めた。

「……ほう。では仮に、貴様らの話が真実だったとして、今、ノーラデュースに攻め込むのは得策と言えないだろう。奈落の底に攻めこんだところで、リオット族は、次期召喚師を人質にとる可能性がある。返って次期召喚師を危険に巻き込むことになるぞ」

 探るような目付きで言って、騎士たちの反応を伺う。
騎士たちは、つかの間沈黙してから、先程と同じことを繰り返した。

「……我々は、リオット族討伐の戦列に加わるようにとの、ご命令を受けております」

「…………」

 次期召喚師の救助を理由にしながら、彼の安否を無視し、そして、真の目的を決して明かそうとはしない──。
そんな騎士たちの姿勢に、あることを確信すると、イグナーツは、はっと鼻で笑った。

「……なるほど、我らルンベルト隊を利用しようとは。イシュカル教会も、随分と厚かましくなったものだな」

 魔導師たちが驚いた様子で、騎士──否、武装したイシュカル教徒たちを見る。
イグナーツは、目元を歪めて、言い募った。

「貴様らの目的は、次期召喚師か。我々にリオット族を討伐する大義名分を与える代わりに、次期召喚師を殺害する口実を寄越せと、そう言うわけか?」

「…………」

 イシュカル教徒たちは、何も言わず、ただひざまずいている。
しかしその沈黙こそが、真実を雄弁に物語っているようだった。

 全知全能の女神、イシュカル神を崇め、国の守護者たる召喚師一族を、否定し続けているイシュカル教徒たち。
つまり彼らは、リオット族討伐の争いに乗じて、次期召喚師ルーフェン・シェイルハートの殺害を目論んでいるのだろう。
リオット族を殲滅させるきっかけを、長年欲しがっていたイグナーツたちを、わざわざ駆り立ててまで──。

 囚われた次期召喚師を救うために、リオット族討伐に乗り出したとなれば、王宮側から非難されることはない。
また、その混乱に巻き込まれ、次期召喚師が死んでしまったという偽の筋書きを唱えれば、悪は、リオット族のみということになるわけだ。

 イグナーツは、しばらく不愉快そうに眉をしかめていたが、やがて、すっと息を吸うと、イシュカル教徒たちを見下ろした。

「……いいだろう、利用されてやる。ただし、我々は貴様らの都合など知らん。次期召喚師をどうするかに関しては、一切手を貸す気はない。良いな?」

「……はい」

 イシュカル教徒たちが、短く返事をして、畏まる。
イグナーツは、振り返ると、部下である魔導師たちを見渡し、言った。

「至急、ノーラデュースの底に向かうぞ。リオット族は、全員皆殺しだ──……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.174 )
日時: 2017/09/28 17:38
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: jFPmKbnp)


  *  *  *


 岩壁に等間隔で設置されたシシムの磨石は、柔らかい光を放って、広間に集まった大勢のリオット族たちの顔を、ぼんやりと照らしていた。

 広間の中心には、ルーフェンが立っており、そのすぐ横にオーラント、ラッセル、ノイの三人が控えている。
注がれるリオット族たちの視線は、決して穏やかなものではなかったが、それでもルーフェンは、堂々とした態度で周囲を見据え、口を開いた。

「皆、度々呼び出して、ごめん。だけど、もう一度だけ、俺の話を聞いてほしい」

 しん、と静まり返る谷底に、ルーフェンの声が響く。

「俺は昨日、貴方たちをシュベルテに連れていきたいと言った。俺たち王都の人間の過ちを許し、再び、シュベルテを支えてほしいと……。もちろん、奴隷としてではなく、同じ人間として」

 ルーフェンは、再びその場にいる全員の顔を見回して、続けた。

「……そうしたら貴方たちは、『王都の人間とリオット族は違う。だから、共に暮らせるはずがない』、そう言った。……でもやっぱり、俺はそうは思わないよ。この二日間、貴方たちの暮らしや生き方を見て、改めてそう感じた。俺たちと……少なくとも、俺とリオット族は、同じ人間で、違うところなんてない──」

 言い終えた瞬間、途端に、リオット族たちの表情が激しく歪んだ。
静かな空気は一変し、次々とルーフェンに向かって罵声が飛ぶ。

「王都の人間、リオット族を嫌い、蔑み、こんなところに閉じ込めた!」

「お前たち、敵だ!」

「ここから出ていけ!」

「同じ? そんなわけ、ない!」

 まるで石を投げつけられているような、圧倒的な怒りと憎しみの声をぶつけられる。
だが、ルーフェンは小さく笑みを浮かべると、はっきりと言った。

「違わないよ。何も、違わない」

「黙れ!」

 リオット族たちの中からゾゾが飛び出してきて、ルーフェンの胸ぐらをつかみあげた。

「嘘、言うな! お前、恵まれた召喚師の一族、俺たちの何が分かる! 地を這いずって生きる俺たちを、軽蔑しているくせに、俺たちとお前、何が同じというのか! リオット族、いつも飢えて、渇いて、腐った血肉でも、必死に食べて、死物狂いで生きている! お前、そんなことできるのか。この気持ち、理解できるのか!」

 激昂した様子でルーフェンに詰め寄るゾゾを、オーラントが止めに入ろうと動いた。
しかし、ルーフェンはそれを目配せして制すると、ゾゾの醜い顔を見つめ返した。

「……全部は、分からないよ。俺は、リオット族が受けた苦しみ全てを理解できるほど、まだ貴方たちのことを知らない。……だけど……」

 ルーフェンは、わずかに緩んだゾゾの岩のような太い腕を、そっと外した。
そして、地面の土砂を掬いとると、あろうことか、それを口に詰め込んだ。

「なっ……なにしてる、お前!」

 突然のルーフェンの行動に、リオット族たちがざわめく。
オーラントも、慌てた様子でルーフェンに駆け寄った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.175 )
日時: 2017/10/01 22:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、久々の喉を抉るような異物感に一瞬顔をしかめたが、無理矢理土塊を喉の奥に押し込めると、一拍おいて、もう一度ゾゾのほうを見た。

「……だけど、俺は、気が狂いそうなほどの飢えや渇きを、知ってるよ」

「え……」

 ゾゾが、吐息を溢すように呟く。

「俺は、貴方たちが思っているほど、まともな生き方はしてこなかったし、腐肉だろうが土だろうが、やろうと思えば何だって口にできる。俺も、ヘンリ村という貧村で育ったから」

「村……?」

 ゾゾの目に、驚きの色が浮かぶ。
召喚師一族は、本来王宮で生まれ、先代の元で育てられるのだ。
村育ちと聞いて、驚くのは仕方がないことだった。

 ルーフェンは、小さく息を吸った。

「俺のいた村は、特に貧しい農奴や、役に立たないからと貴族に捨てられた奴隷が集まったような、まるでごみ溜めみたいな村だった。当時、俺の髪や瞳の色を見て、村人たちがどう思ったのかは知らないけど……とにかく、俺は生まれてすぐ、そのごみ溜めに捨てられていた子供だったんだ」

 存外落ち着いた表情で、ルーフェンは話した。

「俺を拾ってくれたのは、農業を営んでいた若い夫婦だった。彼らには息子が二人、娘が三人いて、俺はその中で、一番年下だった。元々貧しい生活が続いていたけど、ある時、村の耕地が完全に朽ちてからは、役人に税も払えなくなって、粟(あわ)も黍(きび)も、家から一粒残らず消え失せた。空腹のあまり、さっきみたいに虫や土を食べることも日常的にあった。最初は受け付けられず、吐いてばかりいたけど、骨と皮だけになって餓死していく人達を見ていたら、いつしか、どんなものでも、無理矢理腹に納められるようになった」

 気づけば、広間に再び静寂が訪れていた。
リオット族たちも、オーラントも、放心したような顔つきで、ルーフェンの話を聞いていた。

「……俺が八歳になった、冬。食べるために残していた家畜を、全て役人に持っていかれて、その翌月には、一番目と二番目の姉が連れていかれた。二番目の兄と三番目の姉は、ある朝起きたら冷たくなっていて、一番目の兄は、虚ろな目をしたままどこかに行って、二度と帰ってこなかった。母親は、痩せた土の上で転び、そのまま動かなくなって。唯一血の繋がりを持たない俺は、父親に喰い殺されそうになった」

「…………」

「飢えて癇癪(かんしゃく)を起こした父親が、俺を狙っていたのは気づいていたよ。でも、その時俺は、別に殺されてもいいと思ってた。本気で、そう思ってたんだ……。それなのに、いざ鉈(なた)を向けられたら、急に、死ぬのが怖くなった」

 ルーフェンは微かに目を伏せると、つかの間、息をつまらせた。

「……俺が、初めて召喚術を使ったのは、その時だ。父を、生まれ育った村を、俺は跡形もなく消滅させた」

 一度目を閉じ、開くと、ルーフェンは、呆然としているゾゾにすっと目を向けた。

「貴方はさっき、リオット族を軽蔑しているくせに、と言ったけれど、俺は貴方たちを軽蔑してはいないよ。軽蔑、できるはずがないんだ。地を這いずりながら、貪欲に、生にしがみついて生きてきたのは、俺も同じなんだから」

 言葉を失った様子で沈黙しているリオット族たちに、ルーフェンは言い募る。

「俺は今、王宮で暮らすようになったけど、八歳のあの時からずっと、どうして同じ国の人間なのに、ヘンリ村とシュベルテの暮らしはこうも違うんだろうと、不思議に思ってた。だけど本当は、王族も貴族も、平民も貧民も、そしてリオット族も、皆、根底は同じ人間なんだ。だから誰にだって、自由に、幸せに、好きな場所で生きる権利はあるはずなんだよ」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.176 )
日時: 2017/10/05 22:36
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 その時、ふいに、ゾゾが口を開いた。

「で、でも……」

 口ごもりながら、ルーフェンを見つめ、ゾゾは、かすれた声で言った。

「俺たち、呪われている。皆、生まれつき、醜い姿、している。病で、すぐ死ぬ。だから、お前たち王都の人間、俺たちのこと、受け入れたがらない……」

 ぽつん、と呟かれたゾゾの言葉に、他のリオット族たちも同調したように、ルーフェンに視線を向けた。
ルーフェンは、瞳に柔らかい光を灯すと、首を横に振った。

「リオット病によって硬化した皮膚は、貴方たちを、ガドリアの感染源である刺し蝿から守ってきたんだ。だから、ガドリアのない地域で治療すれば、貴方たちの病はちゃんと治る。リオット族は、呪われてなんかいないよ。まして、醜いだなんて思わなくていい。だって、生き抜くために強くなっていった結果こそが、リオット病なんだから」

 ルーフェンは、微笑んだ。

「特殊な力や形質を持っているという理由で、軽蔑してくる人間は確かにいる。でももし、それが正しいことなら、人々がまず軽蔑するべきは、召喚師一族だ。自分達だけが醜く呪われた存在だなんて、思う必要はない。地を操る力も、リオット族が持っているものは全て、一族が誇ってよい力なんだと思う」

 思いがけず、目頭が熱くなったのを感じて、ゾゾは慌てて瞬きをした。
全身、ひび割れて乾いた自分の体からも、まだ涙は出るのかと、不思議に思った。

 ルーフェンは、ゾゾを一瞥し、それから顔をあげた。

「かつて、リオット族を否定し追い詰めて、このノーラデュースに押し込めたのは、俺たちの過ちだ。本当に、ごめん……。でも、だからこそ、貴方たちをここから救い出すのもまた、俺たちの役目であるべきだと思う。もし、リオット族の子供たちに、生まれたことを後悔させたくないと思うなら……俺に、託してください。この奈落の底から出て、王都の人々とリオット族が一緒に暮らせるように。貴方たちがこれから好きに生きられるように、きっと、してみせます。ここで朽ちるべきだなんて、諦める必要はないし、自分達の気持ちを押し殺す必要もない。俺にも、貴方たちの存在が必要だから……だから、一緒に、シュベルテに来てほしい……。ここから出て、生きたいと思う自分達の願いを、どうか否定しないで。俺に、賭けてほしいんだ」

 ルーフェンが言い終えたとき、しばらくの間は、その場にいた全員が口を閉ざしていた。
しかし、ややあって、リオット族の中から、か細い声が上がった。

「……本当に、出してくれる……?」

 声を出したのは、昨日ルーフェンが見た、赤子を抱えた女であった。
ルーフェンは、女の方をじっと見て、力強く頷いた。

「はい。約束します」

 すると、女が微かな声で言った。

「……出たい……」

 ぽろぽろっと涙を溢して踞(うずくま)り、赤子を抱き締める。

「ここから、出たい……。まだ、死にたくない……」

 その女の言葉を皮切りに、他のリオット族たちからも、ぽつりぽつりと声が零れ始めた。

「俺も、出たい……!」

「こんなところで死にたくない……」

「出たい……召喚師、様……!」

「召喚師様……!」

 リオット族達は、懇願するような表情になると、口々にルーフェンの名を呼び始めた。
そんな彼らを見回しながら、ルーフェンは、何かを噛み締めるように拳を握った。

 ようやく、成し遂げられた。
ノーラデュースに来て、リオット族達と話し、その本音に触れて──。
彼らのルーフェンに対する思いも、少しずつではあるが、変わってきたように感じる。

 深い絶望の中で、それでもまだ生きていたいと切に願い、涙を流すリオット族たちを見て、ルーフェンは確かにそう思った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.177 )
日時: 2017/10/08 18:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Btri0/Fl)


 しかし、その時だった。
突然、法螺(ほら)を吹きならす音が、頭上から降ってきた。
同時に、地を揺らす馬蹄の音が響いてきて、一同はびくりと顔をあげる。

 天から降り注ぐ日光を手で遮りながら、ノーラデュースの亀裂を見上げる。
するとそこには、太陽を背に奈落を見下ろす、数百の黒い点のような影が、ずらりと並んでいた。

「聞け! 愚かなるリオット族たちよ! 我は、サーフェリアの正当なる忠義者、魔導師団、ノーラデュース部隊隊長、イグナーツ・ルンベルトである! 次期召喚師、ルーフェン・シェイルハート様はご無事か!」

 影の一人が、鋭い声を放つ。
魔術を使っているのか、不自然なほど大きく反響してくるその声に、リオット族達は、何が起きているのか分からないと言った様子で、呆然と亀裂を見上げていた。

 思いがけず名を出されたルーフェンは、はっと身を強ばらせると、オーラントを見た。

「ルンベルト……? ここの魔導師団の、隊長ですよね……?」

 オーラントは頷くと、額に手を当てた。

「まずいな……あんたがノーラデュースに来てること、早速嗅ぎ付けられたか」

 小さく舌打ちして、オーラントは耳に手を当てると、地上のイグナーツに向けて、魔力を練り上げた。
イグナーツ同様、風に声を乗せ、遠くに響かせるのである。

「ちょっと待て! 俺だ、オーラント・バーンズだ! 次期召喚師様はご無事だ! 地上に戻ってから、事情は話す! だから、ひとまず退いてくれ!」

 亀裂を囲む、魔導師の数を目測しながら、オーラントは叫んだ。
距離がある上に、逆光で魔導師たちの表情など伺えなかったが、イグナーツの言葉通りなら、彼らはルーフェンを救出しに来たのだろう。
だが、このノーラデュースの魔導師たちは元々、リオット族に強い恨みを持っている者達だ。
この奈落の底を前に、いつ攻撃をしかけてくるか分からない。

 そんなオーラントの言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
イグナーツは、手に持った長杖を掲げると、続いて口を開いた。

「貴様らリオット族は、二十年前の王都での騒擾(そうじょう)より現在まで、多くの人命を奪い去っただけでなく、次期召喚師様を、この穢れた土地に連れ去り、御身を危険に陥れた! その狼藉の数々は、到底許し難いものである! よって我々魔導師団は、貴様らリオット族に、厳正なる罰を与える──!」

 リオット族たちの顔が、一瞬にして真っ青になる。
地上の魔導師達とは、長年殺し合いを続けてきたが、こうして直接攻め込まれるのは、初めてのことであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.178 )
日時: 2017/10/11 15:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Fm9yu0yh)


「お前、騙したのか……!?」

 リオット族の一人が、ルーフェンに言った。
ルーフェンは、リオット族のほうに振り向くと、慌てて返した。

「違う! 魔導師たちの勘違いだ! 今から俺が行って、彼らに事情を話すから──」

 しかし、言い終わる前に顔面を殴られて、ルーフェンはその場に倒れ込んだ。
先程までの、すがるような目から一転。
殺気立った色を瞳に浮かべて、リオット族たちがルーフェンを睨んでいる。

「最初から、リオット族、殺させるために来たのか!」

「俺達、救いたいというのは、嘘だったのか……!」

 詰め寄ってくるリオット族たちの、深い悲しみの目を見つめ返して、ルーフェンは唇を噛んだ。
ようやくリオット族たちに、思いが伝わったというのに、まさかこのタイミングで、イグナーツたちが攻めてくるとは思わなかった。
この状況では、リオット族たちが、ルーフェンのことを魔導師団からの刺客だと疑ってしまっても仕方がない。

(……だけど──)

 殴られて、血の滲んだ額を押さえて、ルーフェンは立ち上がった。
普通の人間より、遥かに腕力のあるリオット族が、本気でルーフェンを殴ったのなら、きっと流血するだけでは済まなかったはずだ。
だからきっと、彼らはまだ、ルーフェンのことを完全には疑っていない。

 ルーフェンは、まっすぐにリオット族たちを見つめた。

「嘘じゃない。俺は、貴方達リオット族を、この奈落から救い出したい。信じて」

「…………」

 リオット族たちの瞳が、頼りなく揺れる。
ルーフェンは、再び亀裂を見上げると、オーラントの真似をして、風に声を乗せた。

「ルンベルト隊長、私が次期召喚師のルーフェン・シェイルハートです。私は、リオット族に危害を加えられてはいないし、王宮にも、自らの意思でこのノーラデュースに来たことを書き残して来ました。今すぐ魔導師を退いて、砦に戻って下さい。全て貴方達の誤解だ」

 頭に血が昇っているであろう、イグナーツに対し、なるべく冷静な声で告げる。
すると、程なくして、点々と並んでいた魔導師達の影が、見えなくなった。

 緊迫した雰囲気の中、リオット族たちが、詰めていた息を、ほっと吐き出す。
その、次の瞬間──。
凄まじい爆音と共に、上方の岩壁が、一気に弾け飛んだ。

「────っ!」

 砕けて飛び散った岩石が、奈落の底に降り注ぐ。
ルーフェンたちは、大きく目を見開いて、落下してくる巨石を見つめた。

 魔導師たちは、退いたのではない。
岩壁を爆発させて、リオット族たちをこの奈落に生き埋めにしようとしているのだ。

 オーラントが、咄嗟にルーフェンをかばって、前に出る。
同時にラッセルは空に手を翳すと、上擦った声をあげた。

「わしが食い止める! 女子供は、洞窟の奥に下がれ……!」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.179 )
日時: 2017/10/13 19:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Rn9Xbmu5)


 落下していく岩石が、刹那、空中でぴたりと静止した。
ラッセルによる、リオット族の地の魔術だ。

 イグナーツは、手綱を握る手に力を込めると、後ろに控える部下たちを見据えて、口を開いた。

「作戦通りだ。この岩を伝って、奈落の底に下るぞ!」

「──は!」

 魔導師たちが、強い決意を宿した目で、返事をする。
それに対し頷くと、イグナーツは、馬の腹を蹴って、勢いよく亀裂の中に飛び込んだ。

 元より、爆発を起こすくらいで、リオット族たちを皆殺しにできるなどとは思っていない。
リオット族は、その名の通り地の魔術に長けた民なのだ。
落盤など起こしたところで、今のように岩石を止められるだろうというのは、想定の範囲内であった。

「隊長に続け──!」

 だから、イグナーツたちの目的は、生き埋めにすることなどではない。
リオット族に、落下した岩を空中で静止させること──それこそが真の目的である。
そして、その浮遊した岩を足場に、リオット族たちの元に馬で降りていくというのが、今回の作戦なのだ。

 目論み通りいくかどうかは、賭けに近かった。
だが、リオット族たちからすれば、岩を静止させるか、そのまま岩の下敷きになるしかない。
確率としては、作戦通りに進む方が、高いと考えていた。

 また、卓越した乗馬技術が要される作戦であり、不安定な岩場を踏み外せば、魔導師側にも大きな被害が出るだろう。
それでも、深い奈落の底まで、断崖絶壁を下ることはできないし、何より今は、次期召喚師の救出を理由に、リオット族に復讐をできる好機なのだ。

 リオット族を殲滅できるならば、犠牲は厭(いと)わない。
復讐を成し遂げる、この時のために、ルンベルト隊は存在してきた。

 底光りする目で、イグナーツは叫んだ。

「総員、進め──!」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.180 )
日時: 2021/02/24 02:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)

 ラッセルが静止させた岩を足場に、奈落へと駆け下ってくる魔導師たちを見て、リオット族たちは目を剥いた。
オーラントは、降ってくる土砂をルマニールで払いながら、舌打ちした。

「くそっ、あいつらなに考えてる……!? こっちにはまだルーフェンがいるんだぞ!」

 このまま攻撃を開始すれば、ルーフェンが巻き込まれることなど、容易に想像できるはずなのに。
そんなことには構わず、攻めてきた魔導師に、ルーフェンは、吐き捨てるように言った。

「……多分、俺の生死なんて、気にしちゃいないんでしょう。俺を出しにして、リオット族の殺戮を正当化させたに過ぎない」

 次いで、リオット族の女子供たちが洞窟の奥へと下がったのを確認すると、ルーフェンは、ラッセルに駆け寄った。

「ラッセル老、浮遊の魔術を解いて。あとは俺とオーラントさんがどうにかするから!」

 ラッセルは、苦しげに呻くと、翳していた手を引いた。
これだけ大量の巨石の落下を、魔術で制御していたのだ。
相当な負荷を受けていたに違いない。
ラッセルは、ひどく疲弊した様子で、よろよろと後ろに下がった。

 頭上が暗くなり、無数の岩石が、自分達目掛けて落ちてくる。
ルーフェンは、掌を向けて、詠唱した。

「──集え、光輪よ……貫け!」

 宙に出現した光の刃が、鋭く残光を引いて、落下してくる岩々を破壊する。
同時に、オーラントも素早く詠唱すると、四散した岩石を強風で吹き飛ばした。

 足場が崩壊し、飄風(ひょうふう)に巻き込まれた魔導師たちが、地面に落下して、土煙に飲まれる。
しかし、各々魔術で身を守った魔導師たちは、すぐさま体制を立て直すと、雄叫びをあげながら攻め入ってきた。

 馬を失った者も、まだ騎乗している者も、積年の恨みを晴らさんと、一斉に押し寄せてくる。
その足音が大地を揺らし、迫ってきて、間断なく、血塗れの虐殺が始まった。

 空中に複数の魔法陣が展開し、燃え盛る炎の矢が、リオット族たちの頭上に降り注いでくる。
オーラントは、咄嗟に炎の矢をルマニールで弾くと、攻撃体制に入った魔導師たちを睨んだ。
一体どんな経緯で、奈落の底に攻め込んできたのかは分からないが、この無差別な攻撃方法を見る限りでは、ルーフェンの言う通り、次期召喚師の救出というのは建前に過ぎないようだ。

 悲鳴があちらこちらで上がり、炎の矢に貫かれたリオット族たちが、次々と倒れていく。
肉体が頑丈なリオット族も、魔術で攻撃されては、ひとたまりもない。

 絶え間なく炎の矢を出現させてくる魔導師に対し、仕返しとばかりに突進していくリオット族の男たちを見ながら、ルーフェンも、どうすれば良いのか分からなかった。
リオット族の味方をすれば、被害を減らすことができるかもしれないが、それでは、根本的な解決はできない。

 リオット族を地上へと連れ出すには、この魔導師たちとの間に出来てしまった、深い憎しみの連鎖を断ち切る必要がある。
ルーフェンはあくまで、中立の立場にいなければならないのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.181 )
日時: 2017/10/19 17:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: z6zuk1Ot)


「ルーフェン! 伏せろ!」

 突然、オーラントの鋭い声が飛んできて、反射的に屈みこむ。
すると、頭上を剣先が掠めていって、ルーフェンは素早くその場から飛びずさった。

 前に出たオーラントが、ルーフェンを狙った男の顎を、ルマニールの石突で打ち上げる。
仰け反った男の腹を、槍先で突くと、オーラントは、ルーフェンのほうに振り返った。

「無事か!」

 戸惑った様子で、ルーフェンが頷く。
リオット族ではなく、確実にルーフェンを狙ってきたその男を見下ろして、ルーフェンは眉をしかめた。
格好を見るだけでは、素性を特定することはできない。
しかし、ルーフェンの命を狙う者の素性など、すぐに見当がついた。

「こいつ、イシュカル教徒か……」

 ルーフェンの呟きに、オーラントが瞠目する。

「イシュカル教徒って……なんでルンベルト隊と一緒に行動してるんだよ」

「……分かりません。でも、俺の命を狙うのは、イシュカル教徒くらいしかいない」

 言ってから、身を翻すと、ルーフェンは、まるで地獄のような戦場を見た。

 魔導師たちの炎の矢は、リオット族たちを貫き、その身を焦がす。
炎に蝕まれたリオット族は、じたばたともがき苦しみながら、やがて息耐えた。
侵入経路は亀裂だけではなかったのか、洞窟の奥に逃げ込んだ女子供たちも、いつのまにか、魔導師たちに乱暴に引きずり出されている。
泣き叫び、嗚咽を漏らす彼女達の声は、聞くに耐えなかった。

 リオット族に飛び付かれた魔導師たちは、容赦なく殴られ、踏み潰され、即死した。
怒り狂い、凶暴な獣と化したリオット族に襲われれば、魔導師たちも成す術はなく、血と土埃の中に身を埋めていった。

 目の前で、宙を掻きむしりながら灰になったリオット族を見て、ルーフェンは唇を噛んだ。
百近くいる魔導師たちに対し、リオット族は、五十にも満たない。
数だけで言えば、リオット族のほうが圧倒的に不利だ。
このままでは、本当に死に絶えてしまう。

(でも、一体どうすれば……!)

 焦りと混乱で、立ち尽くすルーフェンの横で、また別のリオット族の男が、炎の矢に射られた。
──ゾゾだ。

 ルーフェンは、慌ててゾゾに駆け寄ったが、ゾゾは、それには構わず、苦悶の声をあげながら、自力で立ち上がった。
その目からは、幾筋もの涙が溢れ出している。

 最期に、その瞳にルーフェンを映すと、魔導師たちの陣に目掛けて、ゾゾは走り出した。
炎を纏ったゾゾは、高く飛び上がると、数人の魔導師にしがみついて、もつれるようにして倒れこんだ。
捕まった魔導師たちは、ゾゾの身を焼く炎に巻き込まれて、大声で喚きながら、同じく息絶える。

 なんとか逃れようと暴れる魔導師たちを押さえ込んで、炎に飲まれていったゾゾの泣き顔が、ルーフェンの頭に、こびりついて離れなくなった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.182 )
日時: 2017/10/22 21:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: kEC/cLVA)




 ゾゾの戦い方を見ていたのか、防戦一方になりつつあったリオット族たちが、突如、勢いよく魔導師たち目掛けて突進し始める。

「やっ……」

 炎の矢が身体に刺さるのも構わず、自分の身を守ろうともせず。
ただただ憎むべき相手を見つめて、リオット族たちは前進していく。
ゾゾのように、自分達の命を引き換えにしてでも、魔導師たちを殺そうとしているようだった。

「やめろ……っ」

 ルーフェンは、うずくまっているラッセルの元に行くと、震える声で叫んだ。

「こ、こんなこと、もうやめさせて……! このままじゃ、本当にリオット族は……っ!」

 ルーフェンの必死の訴えに、しかし、ラッセルは耳を貸さなかった。
ルーフェンを見て、小さく微笑むと、ラッセルは言った。

「若君よ、生き残っている我らの子たちを連れて、逃げてくれ。土蛇の通り道を辿っていけば、地上に出られる……」

 天に手をかざして、ラッセルが、魔力を練り上げる。
同時に、このノーラデュースの岩壁全体が振動し始めたことを感じて、ルーフェンは息を飲んだ。
ラッセルは、この奈落全体を崩壊させて、魔導師共々生き埋めになるつもりなのだ。

「駄目だ! 地上に出たいって──こんな奈落の底で死にたくないって、皆、そう言ってたじゃないか……!」

 ルーフェンは、掠れた声でそう言ったが、それでもラッセルは、魔術の発動を止めなかった。

「おぬしには、召喚師一族としての立場があろう。地上の人間として、魔導師を殺すことも、この奈落の底で殺されることも、許されぬ……。行ってくれ……。おぬしがリオット族を救おうとした、その想い……確かに伝わった。我らは、それだけで十分じゃ」

「────!」

 何かを言い返す前に、誰かに羽交い締めにされて、ルーフェンはラッセルから引き離された。
抜け出そうと暴れるも、その腕は力強く、ぴくりともしない。
腕は、オーラントのものだった。

「くっ、離せ! 離せっ!」

「黙ってろ! このままじゃ、俺たちも生き埋めになって死んじまう! 地上に戻るぞ!」

 戦線離脱しようとするオーラントに、ずるずると引きずられながら、ルーフェンは、激しくぶつかりあう魔導師と、リオット族たちの波を見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.183 )
日時: 2017/12/17 04:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


(──……)

 一体自分は、この奈落の底に、何をしにきたのだろうか。
ただリオット族たちを、再び太陽の下に連れ出したかった。
それだけなのに、結果的に、こんな争いを招いてしまった。

(やめてくれ……)

 皆、お前には、次期召喚師としての立場があるのだからと、そう言う。
次期召喚師だから、国を守らねばならない。
次期召喚師だから、強く、非情に、敵を散らさねばならない。
次期召喚師だから、死んではならない──。

 だが、本当に次期召喚師だと言うなら、どうして自分はこんなに無力なのだろう。
アーベリトを救い、リオット族たちを救い、そして、サミルの助けになること──。
初めて、自分の意思で成し遂げたいと思ったことですら、果たすことも出来ずに、何故自分は、国の守護者なのだと言えるのだろう。

(やめろ……見たくない……)

 リオット族や魔導師の断末魔を聞きながら、ルーフェンは、目を閉じた。

(嫌だ……もう、これ以上は……)

 悲しみと虚しさ、罪悪感がせめぎ合う心の奥に、冷たい刃が刺さった。

 閉じた目の、暗闇の先で、沢山の目がこちらを見ている。
いつか見た悪夢と同じように、まるで、ルーフェンを責め立てるかの如く。
悲しみを孕んだ目で、こちらを見つめている。

 ルーフェンに殺された、ヘンリ村の者達や、イシュカル教徒たちの目。
憎悪にまみれた、ノーラデュースの魔導師たちや、リオット族たちの目。
沢山の視線が、ただじっと、ルーフェンを貫いていた。

 同時に、自分の奥底から、いくつもの声が聞こえてきた。

──辛い、苦しい……見たくない……。

 ルーフェンの心情を、そのまま読み上げるかのように。
何層にも重なる声が、語りかけてきた。

──こんな窮屈な運命は、嫌だ、嫌だ……。

──望んで生まれたわけではないのに、何故……?

──ああ、もう見たくない……。それならいっそ、全て消してしまおうか……?

 最後の声は、バアルの声だった。
深く醜い、殺戮願望を促してくる声。

 それらの忌まわしい声を聞いているうちに、どんどん息が苦しくなってきて、ルーフェンは、喘ぎながら身をよじった。

「うるさい……っ!」

 口を閉ざしていたルーフェンが、突然、大声で叫んだ。
驚いたオーラントは、その姿を見て、ぎょっとした。
ルーフェンの手足の皮膚が、ぬらぬらと光る、黒い鱗のようなものに覆われていたからだ。

「お、おい! どうした……!?」

 ひとまず足を止め、抱えていたルーフェンを揺らすが、何の返事もない。
ルーフェンは、真っ青な顔で喘鳴しながら、焦点の合わない瞳をさまよわせている。

 予期せぬ事態に、オーラントは何度もルーフェンの名を呼んだが、その声は、ルーフェンには聞こえていなかった。

──悲しい、虚しい……皆、無くなってしまえばいいのに……。

──力が欲しい……全て思いのままにできる、強大な力が……!

 ルーフェンの中に響いているのは、無数の悪魔たちの声だけだ。
ルーフェンを、終わりのない闇の中に誘い、取り込もうとする甘言。
しかし、その声を聞いても、これまでのような、強い殺戮願望は現れなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.184 )
日時: 2017/12/17 04:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 全員、殺してしまえば──。
そんな思いが過(よぎ)る度に、それ以上の後悔が押し寄せてきて、もう、殺戮を楽しめるような凶暴な欲は、湧いてこなかったのだ。

(うるさい……! 俺はもう、殺したくない……!)

 まとわりついてくる悪魔の声を振り払うように、大きく手を振り回すと、瞬間、すぐ近くに、ふっと生ぬるい吐息を感じた。
びくりと目を開けると、鼻先が触れるほど近くに、自分の顔がある。
負の感情に満ちて、激しく表情を歪ませた、醜悪な自分の顔だ。

──殺したい──! 殺せ……! 血肉を欲せよ……!

 何度も闇に誘ってきた、聞き慣れた声。
ルーフェンの顔で、そう告げてきたのは、紛れもなくバアルだった。

 バアルだけではない。
ルーフェンを取り囲むように、五体の邪悪な悪魔たちが、その場でこちらを凝視していた。

──力を求めよ……! 殺せ、殺せ、殺せ……!

 バアルが、異様に光る目で、何度も何度も語りかけてくる。
そのあまりの恐怖に、一言も発することができなかったルーフェンだったが、バアルの伸ばした爪が、自分の胸を突いたとき、はっと身を凍らせた。

 このまま、バアルが自分の中に溶け込んでくれば、きっとまた闇に囚われる。
そうなれば、再び殺戮の快感に溺れ、リオット族や魔導師たちを、皆殺しにするかもしれない。
──あの日、サンレードを焼き尽くしたときのように。

 そう思った途端、恐ろしさで強ばっていた身体が、急に軽くなった。

(俺はもう、人殺しにはならない……!)

 バアルの目を睨み返して、歯を食い縛る。
恐怖を通り越して、ルーフェンの中で膨れ上がってきたのは、途方もない怒りだった。

(俺は、お前ら悪魔の道具じゃない──!)

 バアルを押し退けるようにして、ぐっと身を乗り出す。
途端、自分の顔をしていたバアルが、凶悪な異形の姿になって牙を剥いたが、ルーフェンは、それでも怯(ひる)まなかった。

(力が、欲しい……!)

 バアルの牙が、不気味に光って、ルーフェンを噛み裂こうと迫ってくる。

──恐ろしかった。
だが、それ以上の強い力に突き動かされて、ルーフェンは、その牙を掴むと、力一杯押し返した。

(だけどもう、お前たちに利用されたりはしない……!)

 悪魔たちは、未だ口々に、殺せ殺せと告げてくる。
だが、その声には耳を傾けず、ルーフェンは、腹に力を込めると、大声で怒鳴った。

「黙れって言ってるだろ! 勘違いするなよ! お前らの主は、一体誰だと思ってる──!」

 大きく見開いた目で、ルーフェンはバアルを見た。
刹那、脳内に反響していた悪魔たちの声がぴたりと止んで、辺りが静寂に包まれる。

 ルーフェンは、喉が張り裂けそうなほどの声で、身を絞るように絶叫した。

「お前たちの主は、俺だ! 黙って、俺に従え──!」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.185 )
日時: 2017/11/03 17:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JIRis42C)



 暗雲の狭間から、日の光が射し込んだように。
ぱっと目の前の暗闇がかき消えて、悪魔たちの気配が、ルーフェンの中に滑り込んできた。

「────っ!?」

 一瞬、身を食われるような激痛が、全身に走る。
だが、もう悪魔たちの声が聞こえてくることはなく、以前のように、どす黒い闇の塊が、意識を支配するようなこともなかった。

 全身を覆っていた黒い皮膚が、すっと溶け込むようにして、消えていく。
瞠目したまま、ぐっと息を詰めると、ルーフェンは、入り込んできた悪魔の気配を、その身に飲み込んだ。

──瞬間、頭に浮かんだ呪文を、ルーフェンは唱えた。

「汝、獲得と地位を司る地獄の侯爵よ!
従順として求めに応じ、可視の姿となれ……!
フォルネウス──!」

 地面が、まるで液体のように波打ち、飛沫をあげたかと思うと、ルーフェンの足下から、人の五倍はあろうかというほど巨大な銀鮫が、勢いよく飛び上がった。

 亀裂から注いでくる日光を受け、淡く白銀の体表を光らせる銀鮫──悪魔、フォルネウス。
その透き通った胸鰭(むなびれ)を広げ、空中を遊泳する姿に、その場にいた誰もが、息をするのも忘れて見入った。

 ルーフェンは、放心するオーラントの手を振りほどき、立ち上がった。
そして、獲物を捉えた獣のような、煌々と光る目で、争う魔導師とリオット族たちを見つめた。

「……戦いを、やめろ」

 落ち着いた、けれど威圧感のある声で、ルーフェンが口を開く。
同時に、宙を滑ったフォルネウスが、抑揚の強い低音を発すると、それを聞いた途端、全員が、地面に縫い付けられたかのように動けなくなった。

 意識はあるのに、どれほど手足に集中しても、指一本動かすことができない。
ラッセルも、発動させようとしていた魔術を遮られて、立ったまま硬直した。

 リオット族たちは、興奮した様子で、ルーフェンに叫んだ。

「召喚師様! 俺達にかけた術、解け!」

「地上の魔導師、ぶっ殺してやる!」

 目線だけを動かして、戦線に出ていたリオット族たちが、魔導師を睨む。
ルーフェンは、悲しそうに眉をひそめると、首を横に振った。

「駄目だ……こんな殺し合いを続けたって、犠牲が増えるだけだ」

 ルーフェンの言葉に、リオット族たちが、顔を歪める。

「地上の魔導師、リオット族の敵だ! 俺達、同胞の仇、討つ!」

「お前、リオット族助ける、違うのか……!」

 身体さえ動けば、ルーフェンにも掴みかかろうとするような勢いで、リオット族たちが言う。
ルーフェンは、揺らがぬ瞳で彼らを見据え、はっきりと返した。

「助けるよ。俺は、君たちを助けたい。だからこそ、こんな復讐、止めなきゃいけない……」

 驚いた様子で、リオット族たちが言葉を止める。
ルーフェンは、その脇を抜けて、膝をつくイグナーツの元に歩いていった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.186 )
日時: 2017/11/06 18:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e/CUjWVK)


「ルンベルト隊長、もう一度言います。今すぐに、魔導師たちを連れて、この奈落から去ると約束してください」

「…………」

 イグナーツは、ルーフェンを睨むと、つかの間沈黙してから、はっと鼻で笑った。

「恐れながら……貴方は一体、どういうおつもりでこのノーラデュースを訪れたのか。リオット族を助ける? 復讐を止める? お戯れを……。二十年前、この蛮族がどれほどの人間を殺したか、ご存知ないわけではないでしょう。俺の妻と娘も、この化物共に殺されたのだ」

 イグナーツが、憎悪に染まった目を、ルーフェンに向ける。
その目を見つめ返して、ルーフェンは、ぐっと拳に力を込めた。

「妻と娘を殺された、その絶望を知っているなら……。逃げ惑うリオット族の女性や子供たちが、魔導師たちに引きずり出されるところを見て、何も思わなかったのですか? 憎悪に駆られて、泣きながら命を捨てるリオット族たちを見て、何も感じませんか……?」

 イグナーツの眉が、ぴくりと動く。
ルーフェンは、静かに続けた。

「二十年前の騒擾で、リオット族は、沢山の王都の人間を殺した。でも貴方たちも、リオット族を奴隷として狩り、このノーラデュースに追い詰め、殺してきた。リオット族は、蛮族なんかじゃない。同胞を失い、憎しみに取り憑かれた、貴方たちと同じ人間だ」

 イグナーツは、強く歯を食い縛ると、一瞬だけ、ノイの方を見た。
ノイは、他のリオット族たちと同じように、悔しげに魔導師たちを睨みながら、硬直している。
そんなノイの、潰れた左目を見てから、イグナーツは、ルーフェンに目線を戻した。

「……だったら、なんだ。我らのリオット族に対する憎悪は、貴方のお綺麗な戯れ言で収まるほど、小さなものではない! この二十年間ずっと、リオット族を皆殺しにすることだけを考えて生きてきた私達に、一体どうしろと言うのだ……!」

「…………」

 ルーフェンは、微かに唇を震わせて、黙りこんだ。
しかし、すぐにイグナーツに向き直ると、答えた。

「分かりません……。だけど、この憎しみの連鎖は、どこかで断ち切らねばならない。募った憎しみを飲み込んで、相手を許すというのは、何より辛く、難しいことなのだと思います……。それでも、仇なんて討っても、亡くなった貴方の妻子は救われない。こんな争い、続けたところで、新たな憎しみを生むだけです。誰かが必ず、止めなきゃいけないんだ」

 ルーフェンがそう告げた、刹那。
不意に、空気が変わったかと思うと、地面から、鋭い岩の槍が突出してきて、ルーフェンの肩口に突き刺さった。
イグナーツの後ろにいた魔導師の一人が、詠唱して魔術を行使したのだ。

「────っ!」

 咄嗟に急所を避けるも、肩口に熱い衝撃が走って、ルーフェンがその場に倒れる。
同時に、頭上を遊泳していたフォルネウスがかき消えて、全員の金縛りが解けた。

「やめろ! ルンベルト──!」

 叫んでから、凄まじい勢いで走り出すと、オーラントは、ルーフェンにとどめを刺そうと立ち上がったイグナーツに、突進した。

 オーラントの投げつけたルマニールを、イグナーツが、反射的に長杖で弾く。
高い金属音を立てて、弾き飛ばされたルマニールは、しかし、そのまま宙を旋回すると、再びオーラントの手中に納まった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.187 )
日時: 2017/12/17 04:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 オーラントは、素早くルーフェンの前に飛び出すと、強くルマニールを突きこんだ。
それを長杖で受け、イグナーツは怒鳴った。

「邪魔をするな、バーンズ! 宮廷魔導師でありながら、リオット族の肩を持つとは、一体どういうつもりだ!」

 ルマニールと長杖を交わらせたまま、オーラントも、大声で返した。

「それはこっちの台詞だ! 分かってるのか! リオット族云々以前に、お前らは今、次期召喚師を殺そうとしたんだぞ!」

「黙れ!」

 イグナーツの長杖から炎が噴き出して、オーラントに襲いかかる。
その炎を風で巻き上げ、後方に跳びずさったオーラントは、ルーフェンの近くに着地した。
ルーフェンは、どくどくと血の流れ出る肩口をおさえて、うずくまっている。

 イグナーツは、ルーフェンとオーラントを睨みつけた。

「長年憎しみ合ってきた我々が、今更分かり合えるはずもない! 何を言われようと、ルンベルト隊は最期まで戦う! それでも止めたいと言うならば、我らを全員殺してみるが良い! そのご自慢の、召喚術を使ってな……!」

「──っ!」

 ルーフェンが、微かに表情を歪める。
オーラントは、舌打ちすると、すくい上げるようにルマニールを振って、イグナーツの脚を斬りつけた。

「く……っ!」

 バランスを崩したイグナーツに、詠唱させる暇も与えず、ルマニールの穂先が迫ってくる。
イグナーツは、咄嗟にその一撃を受け流したが、そのあまりにも重い突きに、思わず地面に手をついた。

 その隙を逃さず、オーラントのルマニールが、イグナーツの右腕を切り裂く。

 利き手を損傷し、呻いたイグナーツを見下ろして、オーラントは怒鳴った。

「いい加減に頭を冷やせ! あんたが復讐に命をかけるのは自由だが、ルンベルト隊はあんただけじゃないんだぞ! ちったぁ周りを見ろ!」

 オーラントに言われて、初めてイグナーツは、背後にいる部下たちの顔を見た。
リオット族を憎み、怒りに目をぎらつかせている者もいるが、中には、躊躇いの表情を見せている者もいる。

 復讐を果たすためとはいえ、自分の命を危険にさらすこと。
そして、リオット族討伐の大義を手に入れるため、次期召喚師まで手にかけたことに対し、戸惑っているのだ。
もし次期召喚師を意図的に傷つけたことが王宮に露見すれば、極刑は免れない。

 煮え立っていた興奮が徐々に冷めてきて、イグナーツは、周囲を見回した。

 どうすれば良いか分からずに、イグナーツの指示を待つ魔導師たち。
そんな魔導師たちを警戒しながらも、ルーフェンを見つめるリオット族たち。
肩口の痛みに耐えるルーフェンと、こちらを睨むオーラント。
そして、地面で踏み荒らされ、ぽっかりと口を開けたまま事切れる、沢山の死体。

「…………」

──二十年前に起きた、騒擾の現場のように。
血に染まった奈落を見渡して、イグナーツは、歯を食い縛る。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.188 )
日時: 2017/12/17 04:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 不意に、鋭い絶叫があがり、リオット族の中から、ノイが飛び出してきた。

 ノイは、魔導師の死体から抜き取った剣を振りかざし、イグナーツに向かって、一直線に走ってくる。
イグナーツは、立ち上がろうとしたが、脚と腕をオーラントに切り裂かれた状態では、すぐには立てなかった。

「駄目だ! 止まれっ!」

 ノイの意図を汲んだルーフェンが、掠れた声で叫ぶ。
しかし、そんな声に構わず、ノイは走った。

「止めるな! 今なら……今なら殺せるっ! 私の、母の仇──!」

 死を覚悟したように、瞠目するイグナーツを、確かに視界で捉える。
そうして、渾身の力を込めて、ノイが剣を降り下ろした瞬間。
肉を裂く音がして、辺りに、血しぶきが飛んだ。

「────!」

 だがそれは、イグナーツの血ではない。
イグナーツをかばい、ノイの剣を受けたのは、リオット族の長、ラッセルであった。

「……え……?」

 思わず剣を取り落とし、信じられないといった様子で、ノイが、ラッセルを見る。
予想外の光景に、その場にいた全員が、目を見開いたまま立ち尽くした。

 鮮血が溢れだす胸部に、ラッセルが息を詰まらせる。
ノイは、自分の全身に付着したラッセルの返り血を見て、がたがたと震え始めた。

「……ぁ……あ、なんで……」

 ラッセルは、ノイを見た。
そして、力ない腕で優しくノイを抱き寄せると、言った。

「もう、やめよう……」

 ノイの瞳から、涙がこぼれる。
ラッセルは、困惑するリオット族たちを見てから、次いで、ルーフェンに視線をやった。

「……憎しみの連鎖を……どこかで、誰かが、必ず断ち切らねばならない……。そうじゃな、若君よ……」

 ルーフェンが、瞠目する。
ラッセルは、ノイから離れると、今度はイグナーツの方へと近づいていった。

「わしらリオット族は、二十年よりも前からずっと、地上で虐げられ、利用されてきた……。お前たちのことが、憎くて憎くて、仕方がない……」

 身構えたイグナーツの前で、腰を下ろすと、ラッセルは弱々しく告げた。

「じゃがわしは、その憎しみ以上に、我が同胞たちが愛おしい……。だから、頼む。もう、リオット族を殺さんでくれ。わしは、仲間の死を見たくない……。こんな争い、続けても虚しいだけじゃ。殺しを繰り返したところで、犠牲になった同胞達は、浮かばれぬ」

 ラッセルは、ゆっくりとした動作で、イグナーツに土下座をした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.189 )
日時: 2017/11/14 22:17
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: z2eVRrJA)

「これまで、わしらも、沢山の人間を殺してきた。……本当に、すまなかった。リオット族を殺すことで、お前たちの無念が晴れるのなら……わしの命を差し出そう。じゃが、他の者達は、どうか許してやってくれ……」

 魔導師たちが、ラッセルを見たまま、絶句する。
リオット族たちは、はっと我に返ったようにラッセルに駆け寄ると、口々に言った。

「長! 人間に頭下げるなど、必要ない……!」

「地上の人間、ずっと我らを蔑み、貶めてきた!」

「殺されて当然だ……!」

 ラッセルは、顔をあげると、静かに首を振った。

「悪いのは、わしらも同じなのだ……。憎しみに駆られ、道を誤ってしまったのだから……」

 リオット族たちが、涙をこらえるように、唇を歪ませる。
ラッセルは、全員を見回して、言い募った。

「ずっと、この奈落で朽ちることが、我らリオット族にとって一番良いのだと、そう信じ込んでいた。じゃが、違ったのだな。長い間、わしの考えを押し付けて、お前たちには、本当に申し訳ないことをした。最も大切なのは、憎むべき仇を討つことでも、死んだ仲間を想うことでもない。今を生き、そして生きていく、お前たちの意思を尊重することじゃ。だから……まだお前たちが、希望を見出だせるなら。生きたいと、そう思うならば、若君に──召喚師様に、着いていくが良い。どこまでも強く、そして誇り高く、行け、我が同胞たちよ。それが、わしの願いであり、長としての最期の言葉じゃ」

「……っ」

 堪えきれず、涙を流すリオット族たちに、ラッセルはそう告げた。
そして、更に一歩、イグナーツに近づくと、再び土下座をした。

「憎しみを、捨てろとは言わぬ。じゃが、この気持ち、どうか分かっておくれ。もしおぬしら魔導師の中にも、家族を持つ者がいるならば、理解できるじゃろう。憎しみ、争って死んでも、おぬしらの身内とて、誰も喜ばぬ。ただただ、悲しみ、そしてまた、憎むだけじゃ。……わしの首を、くれてやる。じゃから、それでもう、終わりにしよう……」

 まるで、殺されるのを待っているかのように、ラッセルが頭を下げる。
その姿に、ノイは崩れ落ち、激しく息を詰まらせてむせび泣いた。
リオット族たちは、ラッセルの想いを汲んだのか、もう誰も、魔導師たちに攻撃しようとはしない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.190 )
日時: 2017/11/16 17:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: .niDELNN)


 イグナーツは、そんなリオット族を見つめながら、胸の奥に、やるせない怒りが湧いてくるのを感じた。

 部下達も、もはや戦う気力を失っている者達が多い。
自分も、先程のオーラントとの戦いで、負傷している。
だから、これ以上抵抗するのは、得策でないと分かっているのに。

 目の前に、リオット族がいる。
それだけで、心の中に積もった憎悪と怒りが、爆発した。

(そうだ……こいつは、自分から命を差し出してるんだ! 殺しても構わないと、自分から……!)

 イグナーツは、腰にある短剣を左手で引き抜き、痛む脚に力を込めて、立ち上がった。
手を止めなければと、そう頭では分かっていたのだが、目の前にいるリオット族殺してやりたいと思う気持ちの方が、ずっと強かった。

 ラッセルの首めがけて、思いきり、短剣を振り上げる。
だが、それを降り下ろした瞬間、ラッセルの前に、ルーフェンが飛び出してきた。

「──……」

 同時に、イグナーツの首筋に、ひやりとしたものが当てられる。

 ルーフェンを貫く寸前に、イグナーツが短剣を止めたのと、オーラントが、イグナーツの首筋にルマニールを突きつけたのは、ほぼ同時だった。

「……ラッセル老」

 静かな声で、ルーフェンが呼び掛ける。
ラッセルは、おずおずと顔をあげると、自分をかばうように立ちはだかる、ルーフェンを見つめた。

「仲間の元に戻って。……早く、傷の手当てをしてください。俺が、地上に出るときは……貴方も一緒がいい」

「若君……おぬし……」

 涙声で返事をして、ラッセルは、身を起こした。
その身体を支えようと、リオット族たちが駆けてくる。

 ルーフェンは、ラッセルがリオット族たちの元に下がったのを見届けると、短剣を突きつけられたまま、イグナーツを見た。

「……まだ、戦いますか」

「…………」

 ルーフェンの、銀の瞳に射抜かれて、イグナーツが、はっと息を溢す。
それから、持っていた短剣を捨てると、イグナーツは、その場に崩れて、座り込んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.191 )
日時: 2017/11/18 18:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1lEcCkWN)


 オーラントは、未だルマニールを引くことはなく、イグナーツを睨んでいた。
しかしイグナーツは、そんなことは気にしていない様子で、虚ろな瞳をルーフェンに向けた。

「……一つ、教えてくれ。俺に斬りかかってきたあの少女……名は、なんと言う」

 ルーフェンは、微かに眉を寄せると、振り向いて、リオット族たちのほうを一瞥した。
先程イグナーツに斬りかかった少女といえば、ノイのことだろうが、今更どうしてそんなことを聞いてくるのか、分からなかった。

「……何故、名前なんて尋ねるんですか?」

 問うと、イグナーツは、俯いた。

「ずっと、探していたのだ……」

 ふと、昔の光景を思い出すように、目を閉じる。

「……私はこれまで、何人ものリオット族を殺してきた。リオット族は野蛮で、獣のような、理性も心もない害虫だと、そう思い込んで……。だが、あの少女の母親を殺した時のことは、はっきり覚えている。恐怖に震える少女を、母親は、殺される寸前に奈落へ突き落とし、逃したのだ。……あの時の、少女の泣き叫ぶ声が、ずっと私の頭から、離れなかった。私の妻と娘も、あのように殺されたのかと思うと、急に、恐ろしくなった。リオット族たちにも、私たちと同じように、心があるのではないか。私たちがやっていることは、正義でなく、虐殺なのでないか、と……」

「…………」

 ルーフェンは、少し意外そうに、目を見開いた。

「それを分かっていたなら、どうして……」

 イグナーツは、平坦な声で答えた。

「……認めたく、なかったのだ。私たちの仕事は、復讐であるのと同時に、サーフェリアの害虫を消す正義であると、ずっと信じていたかった。しかし、あの少女を見て、果たして本当にそうなのかと、怖くなった……。そして私は、目をそらした。復讐を正義だと考え、生きてきた私の二十年間を否定するより、リオット族を蛮族として憎み、殺し続ける方が、ずっと楽だったのだ……」

「…………」

「分かっていても、根付いてしまった憎しみは、リオット族を殺すことでしか晴らせなかった。私は、そうやって生きてきた……」

 まるで、突然魂が抜けてしまったかのように、イグナーツはぼんやりと語る。
ルーフェンは、しばらくしてもう一度、リオット族たちのほうを見ると、口を開いた。

「……あの子は、ノイという名前です」

「…………」

 イグナーツが、微かに顔をあげる。
ルーフェンは、その顔を見つめて、呟くように言った。

「一体、いつからこの憎しみが始まってしまったのか……。何が正しくて、貴方達がどうするべきだったのか、俺には、分かりません……」

 つかの間、言葉を止めて、ルーフェンは目を伏せた。

「それでも、やっぱり……こんな憎しみ合いは、間違ってるんだと思う」

「…………」

 イグナーツは、うっと息を詰めると、震え始めた。
そして、地面にうずくまると、背を丸めて、泣いた。

 胸の中にわき上がってきたのは、自分の生き方を否定された悲しさでも、妻子を殺された憎しみでもなかった。
イグナーツが感じていたのは、心が悶えるような、底知れぬ虚しさであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.192 )
日時: 2017/11/20 17:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 5TWPLANd)



 争いが鎮まった後でも、奈落の底は、騒然としていた。
動ける者は、負傷者の手当てを急ぎ、休む暇もなく走り回っている。

 手当てといっても、治療道具などないノーラデュースでは、止血を施すくらいしかできない。
だが先程、魔導師たちが数人、土蛇の通り道をたどって、地上に向かった。
砦にある治療道具を、取りに行くためである。

 馬を飛ばしても、行って戻ってくるのに、一日はかかってしまう。
しかし、沢山の負傷者を抱えて、奈落から這い上がることは難しい。
この方法をとるしかなかったのだ。

 怪我人の手当てを終えると、リオット族たちは、死んだ同胞の遺体を埋葬した。
魔導師たちの遺体は、地上に出てから弔うということで、布にくるまれ、一ヶ所に集められていた。

 同胞の亡骸を囲み、リオット族たちが、声を押し殺して泣いている。
魔導師たちも、疲れきった表情で、粛々と遺体を運び続けていた。

 そんな彼らを、呆然と眺めているイグナーツに、不意に、ラッセルが話しかけた。

「……傷は、もう良いのか」

 ぎょっとした様子で、イグナーツが振り向く。
まさか話しかけられるとは思っていたなかったのか、少し躊躇ったように俯いてから、イグナーツは返事をした。

「……私より、貴方の方が重症だろう」

 ノイの一撃で引き裂かれた、ラッセルの胸部を一瞥する。
リオット族の強健さ故なのか、幸い、もう血は止まっているようだ。
それでも、止血に使っていた布切れには、どす黒い血が染み込んでいて、ひどく痛々しかった。

 ラッセルは、イグナーツの隣に腰を下ろすと、小さく嘆息した。

「……どうにも、わしは悪運が強いようじゃな。リオット族の長でありながら、一族に沢山の犠牲を出した……。その、贖罪になるならと、死ぬ覚悟はできておったんじゃが、結局、生き残ってしまったよ」

「…………」

 イグナーツと同じように、立ち働くリオット族や魔導師たちを見つめて、ラッセルは微かに笑った。

「わしらは共に、間違っていたのじゃな。醜い感情に支配されて、本当に大切にすべきは何なのか、完全に見失っておった。そんな我らでも……まだ生きよと、希望を持てと、若君がそう仰られるのならば……。わしはまだ、この世に留まっていようと思うよ」

「若君……? 次期召喚師のことか」

 イグナーツの問いに、ラッセルが頷く。
イグナーツは、傷ついた自らの右腕を見下ろして、口を開いた。

「バーンズ殿から、聞いた。あの次期召喚師、リオット族をこの奈落から出そうと、そのために自らノーラデュースに飛び込んだのだと。……リオット族は、次期召喚師に着いていくのか」

「そのつもりじゃ」

 答えたラッセルに、イグナーツは眉を寄せた。

「……私が言う台詞ではないが、次期召喚師について地上に出ても、お前たちの居場所などないぞ。確かにあの次期召喚師は、強い。あの年で、召喚術も使いこなしているように見えた。……だが、所詮はまだ子供だ。無知で、王宮という狭い檻の中しか知らぬ。そのような者が、あんな強大な力を持っていることが、私は恐ろしい……。イシュカル教徒のように、召喚師一族の存在に異を唱えるつもりはないが、あのような無垢な子供に、国が抱える醜悪に満ちた一面を、理解することはできまい」

 目を伏せて、イグナーツは言った。
長い顎髭を撫でながら、それを聞いていたラッセルは、やがて、ふっと苦笑を浮かべた。

「果たして、そうじゃろうか。若君は、我らが思っている以上に、多くのものを見て、考えているように思える」

 イグナーツが、訝しげにラッセルを見る。
ラッセルは、笑みを深めた。

「なに、我らは元々、この奈落で朽ちるはずだった一族じゃ。今更、何を恐れるというのか。若君は、我らに初めて、手を差し伸べてくれた人間。それに報いることが、我らリオット族の総意じゃ」

「…………」

「醜い我らを、それでも良いと認めて下さる限り、何があってもリオット族は、若君に忠義を尽くそう……」

 イグナーツは、魂が抜けてしまったような顔で、じっと黙りこんでいた。
しかし、ふと立ち上がると、ラッセルに背を向けた。

「……私には、もう何もない。もはや、復讐という生きる目的も無くしてしまった……。此度のリオット族襲撃の件を伝え、王宮に戻れば、私は次期召喚師を殺害しようとした大罪人として、処されることになるだろう」

 イグナーツは、自嘲気味に笑った。

「私はいつから、間違っていたのだろうな……」

「…………」

 それだけ言うと、イグナーツは、長杖で身体を支えながら、ゆっくりと歩き出した。
そして、作業をする魔導師たちの元に向かうと、集合をかけた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.193 )
日時: 2017/11/21 21:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「聞いてくれ……お前たち。私たちは、王宮の許可なくノーラデュースに攻め込み、挙げ句、次期召喚師様を危険にさらしてしまった。……ルンベルト隊は、解散することになるだろう」

 集まってきた部下たちは、不安が隠せぬ様子で、イグナーツを見つめている。
すっと息を吸って、イグナーツは言った。

「……今後、我らがどうなるのか、それは分からない。だが、お前たちはあくまでも、私の命令に従っただけだ。罪に問われることのないよう、私が計らう。……あとは、お前たちの自由にするが良い。リオット族への復讐を果たせなくなった今、魔導師を続ける気がないというならば、去れ。それを止める権利は、私にはない」

 一度、魔導師たちの顔を見回してから、イグナーツは続けた。

「だが、もしまだ魔導師として、陛下に仕える気があるならば、地上に出て、一度王都に戻れ。此度の出来事を王宮に報告したあと、召喚師一族の下で、再び戦いに身を投じることになるだろう」

「…………」

 魔導師たちは、沈んだ表情で、長い間、押し黙っていた。
だが、やがてぽつりぽつりと顔をあげると、口を開いた。

「……俺は、隊長に着いていきます」

「俺も。……まだ魔導師として、陛下に仕えます」

 口々に言いながら、魔導師たちが頷き合う。
その中で、とりわけ疲れきった顔をしていた魔導師の一人が、ずいと前に出た。

「なぜ、復讐が果たせないなどと言うのですか、隊長……」

 すがるように、イグナーツに詰め寄ってきたのは、ルーフェンに最初に攻撃をした、あの若い魔導師だった。

「俺は、リオット族が憎いです! 後々罪に問われようが、仇討ちで命を落とそうが、そんなことはどうでもいい! 私は、妹をリオット族に殺されたあの日から、復讐だけを考えて生きてきたんです! 隊長も、そういうお方なのだと思ったから、ついてきたのに……! 何故、今更そのようなことを言うのですか!」

 瞳孔の開ききった、狂気的とも言える魔導師の瞳を見て、イグナーツは、ぞっとした。
同時に、胸の奥に、鋭い悲しみが広がった。

 憎悪の念に取り込まれ、復讐だけを糧に生きてきた。
そんな自分達の哀れさ、異常さを、改めて目の当たりにしているようだった。

 イグナーツは、苦しそうに顔を歪めて、首を振った。

「すまない……。私ではもう、お前の憎しみを晴らしてやることは、できない……」

 細い声でそう言ったイグナーツに、若い魔導師は、眉をしかめた。
そして、イグナーツから一歩下がると、暗い声で言った。

「そうですか……。それなら俺は、王都には戻りません……」

「…………」

 さっと踵を返して、若い魔導師は、その場から去った。
つかの間、気まずい空気が流れて、何人かの魔導師たちが、その若い魔導師の後を追っていく。

 二十年間、共にいた魔導師たちの後ろ姿を、イグナーツはじっと見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.194 )
日時: 2017/11/22 19:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 07aYTU12)


 意識を失っているリオット族の一人に、右腕と口だけで止血を施していると、突然、オーラントに声をかけられた。

「馬鹿、ルーフェン! お前もさっさと肩の治療をしろ!」

 魔術で抉られた、ルーフェンの左肩の傷を見て、オーラントが駆け寄ってくる。
しかし、出血しているリオット族の男を、放置するわけにはいかない。
そう思って、作業を続けていると、オーラントに軽く頭を叩かれた。

「いいから早く来い! そいつの止血は、他の奴に頼んだ!」

 その有無を言わせぬ口調に、ルーフェンは渋々立ち上がると、オーラントに着いていった。

 広場の隅に座り、魔術で照らすと、ルーフェンの左肩の傷は、幸い出血が止まっていた。
自分で、止血だけは施していたのだろう。
だが、きつく巻いてあるローブの切れ端をほどくと、傷口に砂や土が食い込んでいた。

 よく見れば、ルーフェンの顔も青白く、全身が脂汗でじっとりと濡れている。
このままでは、傷口が化膿するだろうし、もしかしたら、既に熱が出ているかもしれない。

 オーラントは、荷物から水筒を取り出して、その水で傷口を洗い始めた。
ルーフェンは、しばらく黙って、されるがままになっていたが、オーラントが軟膏を取り出すのを見ると、驚いたように目を見開いた。

「……オーラントさん、傷薬持ってたんですか?」

 オーラントは、ルーフェンの顔を一瞥すると、呆れたようにため息をついた。

「言っておきますけど、全員分はないですよ。あんたに使う分しかありません。他の奴に使えとか、ごちゃごちゃ言わないように」

「…………」

 言おうと思っていたことを先に言われて、ルーフェンは、暗い表情で口をつぐんだ。

 予想通りの反応に、オーラントが肩をすくめる。
ルーフェンは、この奈落に魔導師たちが攻め入ってきたことに、責任を感じているようだった。

 傷口に軟膏を塗りながら、オーラントは、ふと口を開いた。

「……そういえば、さっきルンベルトと話したんですがね。三日ほど前に、イシュカル教徒がノーラデュースの砦に来て、次期召喚師がリオット族に囚われているから、奈落に攻め込めと言ってきたそうですよ。今回のリオット族討伐のきっかけは、それみたいです。やっぱりイシュカル教徒は、混乱に乗じて、あんたを殺害するつもりだったのかもしれません」

「……そうですか」

 大して驚いた様子もなく、ルーフェンは、淡々と返した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.195 )
日時: 2017/11/23 21:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「じゃあ、今回の争いの原因は、俺だったんですね」

 オーラントは、一瞬躊躇ったように言葉を止めて、ぽりぽりと後頭部を掻いた。

「……そうですね。……でも、リオット族は皆、あんたに感謝してましたよ。リオット族のあんたに対する態度が、明らかに変わった」

「…………」

 ルーフェンは、ぎゅっと唇を結んで、つかの間、何かを堪えるように俯いていた。
だが、すっと息を吸うと、顔をあげた。

「魔導師たちの中に紛れ込んでいた、イシュカル教徒は?」

 オーラントは、微かに表情を険しくした。

「もう逃げ帰ったんじゃないですか。俺もざっと見て回りましたが、魔導師の中には、見知った顔しかありませんでした。……イシュカル教徒は、何故あんたがノーラデュースに来てることを知っていたんでしょうね。まあ、後々調べさせましょう」

 ルーフェンは、少し考え込むように目を伏せてから、首を振った。

「……いえ、とりあえずイシュカル教徒のことは、放置しておきましょう。調べさせたって、きりがないし。地上に出たら、ひとまずリオット族のことに集中したいので」

 ルーフェンの言葉に、オーラントは眉を寄せた。

 リオット族に集中したいというのは、イシュカル教徒を追跡しない理由にはならない。
きりがない、というのも、方便に違いないだろう。

 おそらくルーフェンは、もう以前のように、イシュカル教徒の殲滅に出向きたくないのだ。
アーベリトを復興させる理由の中に、イシュカル教徒の子供たちの居場所を作りたいという理由も、入っているくらいだ。
自分の命を狙ってくる存在だというのに、ルーフェンは、イシュカル教徒に対して無頓着なように見えた。

 オーラントは、きつい口調で言った。

「んなこと言ったって、いずれまたイシュカル教徒は、あんたのことを狙ってきますよ。気乗りしないのかもしれませんが、やらなきゃやられるんです。それくらいは、諦めて受け入れてもらわないといけません。何度も言うように、あんたは──」

 次期召喚師なんだから、と言おうとして、オーラントは口をつぐんだ。
そして、どこかやりづらそうに言葉を探していると、ルーフェンが、微かに苦笑した。

「大丈夫ですよ。別に俺は、死ぬ気はありません。……ただどうしても、イシュカル教徒を消そうとは思えないんです。正直、国の守護を押し付けて、勝手に安心している奴等より、召喚師一族を疎むイシュカル教徒の考えの方が、よく分かる。……俺も、自分の力が嫌いです」

「…………」

 血に汚れ、荒れた奈落の景色を見ながら、ルーフェンは続けた。

「……でも今回、俺とイシュカル教徒の問題に巻き込んで、沢山のリオット族や、魔導師たちを死なせてしまった。全部、俺の行動が招いた結果です。今後二度と、こんなことは起こしちゃいけないし、もし、イシュカル教徒がまた、俺以外の人間も貶めようとするなら……俺は、彼らを殺さないといけないのでしょうね」

 一瞬、別人ではないかと疑うほど大人びた表情で、ルーフェンは言った。
そんなルーフェンの横顔を見ている内に、オーラントの頭に、あのおぞましい黒い皮膚のことがよみがえった。

 フォルネウスが、召喚される前。
まるでルーフェンを侵食しようとするかのように、皮膚に貼り付いていた、あの黒い鱗のようなもの。

 あれも、悪魔を操る召喚師の力が、原因なのだろうか。
あの黒い皮膚が、本当に全身を覆ってしまったら、ルーフェンはどうなっていたのだろうか。

 己の力を嫌いだと言うルーフェンに、それを問うことは憚(はばか)られる。
だが、問わずとも、あの黒い皮膚を見たとき、はっきりとルーフェンを巣食う闇を見たような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.196 )
日時: 2017/11/24 20:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 オーラントは、ルーフェンの傷口に包帯を巻きながら、ぼんやりと言った。

「……この前から一つ、ずっと言おうと思ってたことがあるんですけど」

 ルーフェンが、不思議そうにオーラントを見る。
その目を見つめ返して、オーラントは言った。

「……悪かったですね。前々から、次期召喚師なんだから、次期召喚師なんだからって連呼して」

「…………」

 ルーフェンが、驚いたように瞠目する。
オーラントは、再び包帯を巻く手に目をやりながら、言い募った。

「つっても、あんたはどうしたって次期召喚師で、無茶されるのはやっぱり困りますから、立場を弁えろとは言います。ただ、俺が思っていた以上に、あんたは次期召喚師として見られるのが嫌だったみたいだから……ろくに事情も知らずに、連呼してすんません」

「…………」

 ルーフェンは、何も言わず、オーラントを見つめていた。
返事がないので、同じく黙りこんでいたが、やがて、沈黙に耐えきれなくなって、オーラントは口を開いた。

「……召喚師になるのは、そんなに嫌ですか?」

「…………」

 尋ねてみても、相変わらず、ルーフェンから返事はなかった。
あまり触れるべき話ではなかっただろうかと、オーラントが話を変えようとしたとき。
ルーフェンから、答えが返ってきた。

「……嫌ですよ、とても」

 穏やかだが、弱々しいともとれる声だった。

「……もう、どうしようもないって散々思い知らされて、頭では分かってるけど……それでも嫌です」

 オーラントは、はっと顔をあげると、ルーフェンの顔を凝視した。
ルーフェンは、平坦な口調で語った。

「……俺は、サーフェリアが嫌いです。貧困を見て見ぬふりする政治も、人形みたいな母親も、上辺ばっかりの貴族も、他力本願に国を護れとか言ってくる連中も、全部、この国の何もかもが、大嫌い。召喚術を使うのも、殺した人たちが夢に出てくるのも……人ならざるものになってしまいそうで、怖い。皆、殺せ殺せと俺に求めるくせに、本当は心の奥底で悪魔の力を恐れ、俺を敬遠してる。こんな窮屈な運命ばかり強いてくるサーフェリアを、守りたいなんて思えない。……俺は、召喚師の立場なんかに、生まれたくなかった」

 ルーフェンの本音に、オーラントは、どう答えて良いのか分からず、逡巡の後、そうか、とだけ答えた。

 ルーフェンは、沈んだオーラントの表情を横目で見て、自嘲気味に言った。

「でもね、皮肉だなぁと、思うんですよ」

「……なにが?」

「だって、次期召喚師の地位と力がなかったら、こうやってリオット族の所に乗り込んで、アーベリトの財政を立て直そうだなんて大事、絶対出来なかったでしょ?」

 苦笑しながら言ったルーフェンに、オーラントも、つられたように笑む。
ルーフェンは、どこかすっきりしたような顔をしていた。

「いつか……」

 目を伏せてから、ルーフェンは、真上に君臨する月を見上げた。

「……いつか、召喚師で良かったと思う日が、来るんでしょうか」

「…………」

 二人の会話は、そこで途切れたが、ルーフェンは、特に返事を求めてはいないようだった。
オーラントも、そんなルーフェンの空気を感じ取ったのか、一瞬だけ口を開いたが、結局何も言わなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.197 )
日時: 2017/11/25 19:18
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 49hs5bxt)

 オーラントは、包帯を巻き終わると、ルーフェンの肩に、ぽんと手を置いた。

「よし、終わり。もうあんまり無茶せんで下さいよ。明日の昼くらいには、砦に行った魔導師たちが戻ってくると思いますから、そうしたら、地上に出ましょう」

「……はい」

 ルーフェンが、そう返事をしたとき。
不意に、目の前を光る何かが通りすぎて、ルーフェンは瞬いた。

(……蝶?)

 淡く輝く蝶が、ぱたぱたと羽ばたいて、ルーフェンの前を通過していく。
こんなところに、蝶などいるはずがないし、そもそも、光る蝶なんて聞いたことがない。

 夢でも見ているような思いで、その蝶を見つめていると、蝶は、やがて岩壁に吸い込まれるようにして、消えてしまった。

(……?)

 あの蝶は、一体なんだったのだろう。
なんだか妙な胸騒ぎがして、ルーフェンは立ち上がると、周囲を見回した。
辺りでは、リオット族や魔導師たちが、遺体を埋葬したり運んだりしている。

 突然険しい顔つきになったルーフェンに、オーラントも立ち上がった。

「どうしたんです? 何かありました?」

 ルーフェンは、オーラントの方を見た。

「……やっぱり、砦に行った魔導師たちを待たずに、もう地上に向かいませんか? 何だか、嫌な予感がします」

「嫌な予感?」

 オーラントは、訝しげに眉を寄せた。

「いや、怪我人が多くいるんですよ? あいつらを無理に動かすのは危険だし、せめてもう少し、回復を待ってからの方がいいでしょう」

「…………」

 ルーフェンは、戸惑った様子で黙りこんだ。
オーラントの言うことは正論だし、ルーフェンだって、先程までは今すぐ地上に向かおうなどとは思っていなかった。
ただ突然、何の根拠もないが、ここにいてはいけないような気がしてきたのだ。

 正体の分からない不安を抱えたまま、もう一度辺りを見回す。
すると、その瞬間──。
奈落の岩壁が、ぎしぎしと嫌な音を立てて、揺れ始めた。

「なっ、なんだ!?」

 さっと身構えて、オーラントがルマニールを具現化させる。
他のリオット族や魔導師たちも、動揺した様子で騒ぎ始めた。

「奈落が、崩れる……!」

 ルーフェンは、はっと岩壁を見上げた。
激しい争いで、このノーラデュースの地盤が緩んだのだ。

 地面が沈み、撓(たわ)みながら、崩れる岩壁を飲み込んでいく。
同時に、崩壊した岩石が、濁流のように押し寄せてきた。

「皆、地上へ……! 洞窟に逃げ込め……!!」

 ラッセルの大声が響いてきて、全員が、弾かれたように走り出す。
リオット族も、魔導師も関係なく、怪我人は馬に乗せ、懸命に迫り来る岩石を避けながら、洞窟を目指した。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.198 )
日時: 2017/11/26 18:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: .YMuudtY)



 ルーフェンは、落下してくる巨石の下に、もたついているリオット族たちを見つけると、駆けていって、咄嗟に手を翳した。

「────っ!」

 魔術で、巨石の動きを止めるも、瞬間、腕に刺すような痺れが走る。
その痺れに耐えながら、振り返ると、下でうずくまっていたリオット族の女は、脚が焼け爛れて、立てない様子だった。
その周りにいる他の女や子供たちも、どうやら上手く動けずにいるようだ。

「召喚師、様……」

 弱々しい声で呼ばれて、そちらを見ると、怯えた表情で、ハインツがこちらを見ていた。
以前、石に土蛇を彫っていた少年だ。

 ルーフェンは、舌打ちすると、近くを走っていく魔導師たちを呼び止めた。

「手を貸して! この人達を、連れていって」

 切迫した声でルーフェンが言うと、魔導師たちは、一瞬困惑した表情になった。
しかし、迷っている時間はないと思ったのだろう。
躊躇いながらも、リオット族の女子供たちを立たせて、その場から走っていった。

「若君! おぬしも早く逃げよ! あとはわしが抑える……!」

 背後から、ラッセルがよろよろと歩いてくる。
しかし、そのとき、地面が激しく揺れて、ルーフェンとラッセルは転倒した。

「……っ!」

 魔術で支えていた巨石が、すぐ近くに落下して、その破片が飛び散ってくる。
それらを防ぎながら、ラッセルの元に急ぐと、傷が痛むのか、ラッセルはうめいて倒れ込んでいた。

(このままじゃ、全員逃げ切れない……!)

 崩れた岩々がぶつかり合い、盛り上がって、逃げ惑う人々を飲み込もうと流れていく。
ルーフェンは、ラッセルを支え起こすと、早口に行った。

「俺が抑えます、貴方は逃げて」

 ラッセルが、目を見開いて、首を振った。

「無理じゃ! この崩壊を、抑えることなど……!」

「俺より貴方の方が傷が深い、早く行って──」

 言い終わる前に、新たに崩れてきた岩石が、降り注いでくる。
ルーフェンは、再び右手をかざすと、魔術でその動きを止めた。

「早く!」

 ルーフェンの鋭い口調に、ラッセルが顔を歪める。
そして、すまぬ、と一言告げると、リオット族の男と共に、その場を去った。

 次から次へと崩れ、襲いかかってくる岩石を、全て魔術で受け止めながら、ルーフェンは、歯を食い縛った。
ラッセルの魔術を、見よう見まねで使っただけだが、時間稼ぎくらいはできると思っていた。
しかし、想像以上に消費されていく魔力に、全身の震えが止まらない。

(あと、もう少し──!)

 全身が、燃えるように熱くなってきた。
同時に、肩口の傷が開いたのか、右手を血が伝い落ちていく。

 そうして、翳していた右手がびくっと痙攣した時。
張りつめた弦が切れたかのように、一気に、魔術が解けた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.199 )
日時: 2017/11/27 18:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 空気が唸って、頭上が暗くなる。
しかし、ルーフェンが押し潰される寸前に、鋭い風の刃が大気を突き破ってきて、迫る巨石を木端微塵にした。

「────っ!」

 飛んでくる岩の破片に、思わず身体を縮めて、その場に屈み込む。
必死の形相で駆け寄ってきたオーラントは、ルーフェンの左腕を掴むと、すぐさま走り出した。

「大方避難できた! 行くぞ!」

 激しく振動する地面を踏みしめ、土蛇の通り道へと繋がる洞窟を目指す。
だが、岩壁の崩壊で、洞窟への退路が断たれていることに気づくと、二人は立ち止まった。

「まずいな……絶体絶命ってか」

 焦った様子で、オーラントが言う。
同様に、ルーフェンも懸命に逃げ道を探したが、そうしている内にも、どんどんと視界が土砂で埋まっていく。

 その時ふと、目の端で何かが光った。
慌てて振り向くと、崩れた岩壁の残骸に、先程の輝く蝶が止まっている。
その内、蝶はまたすうっと消えてしまったが、その様は、ルーフェンに何かを伝えようとしているように見えた。

(そこに、何か……?)

 ルーフェンは、その蝶に導かれたように、岩壁に近づくと、手を出して、唱えた。

「──爆!」

 爆発音と共に、岩壁が吹き飛んで、その奥に開けた空洞が現れる。
奥へと続く空洞は、見る限り、洞窟や土蛇の通り道へと繋がっているように見えた。

 この空洞も、いつ崩壊するか分からないが、今は、この道を行くしかない。

「オーラントさん! こっちです!」

 オーラントが、弾かれたように振り返って、走り寄ってくる。
二人は、勢いよく空洞に飛び込むと、地上を目指して駆け出した。



 最後に一人、洞窟に子供を押し込むと、ノイは、自分も逃げようと洞窟に踏み入れた。
しかしその時、地面が陥没して、足を踏み外す。

「あっ……!」

 崩れる岩石と共に、落下したノイは、反射的に何かにしがみつこうとして、手を伸ばした。
その手を掴んだのは、イグナーツだった。

 一瞬、顔を強張らせたノイを引き上げ、イグナーツは言った。

「行け……まだ間に合う」

 その言葉に、ノイは踵を返して、再び洞窟へと走り出す。
だが、イグナーツが着いてきていないことに気づくと、立ち止まった。

「お前は!?」

 問いかけても、イグナーツは、洞窟に向かおうとはしなかった。
降りかかってきた岩石を避け、イグナーツは、再びノイを見た。

「……行け」

 ノイは、ぎゅっと唇を噛み締めると、潰れた己の左目に触れた。
母を殺されたとき、この男に潰された左目だ。

「…………」

 ノイは、洞窟の方に向くと、一心に走っていった。

 イグナーツは、ノイの後ろ姿が見えなくなると、その場に崩れるようにして座り込んだ。

 すぐ近くで、崩壊した岩同士ぶち当たっては弾け、地面に突き刺さる音がする。
その音を聞きながら、目を閉じると、瞼の裏に、死んだ妻と娘の顔が浮かんだような気がした。

 落下してきた岩石が、己の身体を押し潰す、鈍い音が響く。
その音が、耳の奥で空虚な響きとなって、イグナーツの中に広がっていった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.200 )
日時: 2017/11/28 18:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 地上に出ると、地平線から覗く太陽の光が、全身を照らしてきた。
乾いた風が、岩肌を撫でて、ルーフェンたちを包み込む。
夜明けの空気を吸い込み、顔を上げれば、空は、暁の色に染まっていた。

「太陽……」

 二十年ぶりに間近で浴びた日光に、眩しそうに目を細めて、リオット族たちが天を仰ぐ。
ラッセルは、通ってきた土蛇の巣穴を見て、呟くように言った。

「助かったのは、これで全員か……」

「…………」

 つかの間、辺りが静寂に包まれる。
今、この場にいるのは、十数名のリオット族と、五十名ほどの魔導師たち。
他の者達は皆、先程の争いと落盤で、奈落に沈んだようだった。

 落ち着かなさそうな様子で、周囲を見回す魔導師たちに、ノイが言った。

「あいつは、死んだわ……」

 魔導師たちが、はっと目を見開く。
あいつ、と言うのが、イグナーツを指すのだということは、全員が理解しているようだった。

 ノイは、ルーフェンのほうに向くと、唇を震わせた。

「あいつ、私のこと、助けて死んだんだ……。ずっと、あいつのこと、殺したくて殺したくて、仕方がなかったのに、何でだろう……。今、すごく胸が苦しい……」

 消え入りそうな声で言って、ノイが俯く。
ルーフェンは、静かな声で返した。

「……ルンベルト隊長、言ってたよ。君のことが、ずっと忘れられなかったんだって」

 ノイが、涙を堪えた目で、ルーフェンを見上げる。
ルーフェンは、小さく頷いた。

「リオット族のことが、どうしようもないくらい憎いのに、君の母親を殺した時のことが、ずっと忘れられなかったんだって。自分の妻子も、あんな風に殺されたのだと思ったら、君の泣き叫ぶ声が、頭を離れなくなったんだって、そう言ってた」

 ノイが再び俯いて、嗚咽を漏らし始める。
リオット族たちは、苦しげな表情で、ノイのことを見守っていた。

「……次期召喚師様」

 魔導師の一人が、一歩前に出て、ルーフェンに声をかけた。

「我々は、王都に戻ります……。魔導師を続ける気があるならば、王都に戻り、召喚師一族の元で再び戦いに身を投じよと……。それが、ルンベルト隊長の最期のご命令でした故……」

 ルーフェンは、首肯した。

「……分かりました。俺もシュベルテに戻りますから、一緒に帰りましょう。今回のことをご報告するのに、多少は協力してもらいますが、あとは、現召喚師や魔導師団に判断を委ねます」

「……はい」

 魔導師たちは、神妙な面持ちで畏まると、ルーフェンに頭を下げた。

 次いで、ラッセルが口を開いた。

「若君、皆で話し合うたのじゃがな。……結果はどうあれ、おぬしは我らリオット族を、奈落の底から救ってくれた。わしらは、その恩に報いようと思う。もしおぬしが、我らを王都に連れていきたいと言うならば、その意思に従い、着いていくとしよう」

「ラッセル老……」

 ルーフェンが、微かに目を大きくして、リオット族たちの顔を見る。
リオット族たちは、ルーフェンの目を見て、一様に頷いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.201 )
日時: 2017/11/29 18:04
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 しかし、ふと言葉を濁らせて、ラッセルが言った。

「……じゃが、一つだけ頼みがある。わしだけは、このノーラデュースに残ることを、許してはくれまいか」

 ルーフェンは、眉をひそめた。

「いいんですか? もちろん俺だって、無理にシュベルテへ連れていこうとは思ってません。……ただ、ノーラデュースでの生活は、決して楽なものじゃないでしょう?」

 食料どころか、水もない。
長年暮らしていた奈落も、今は落盤で立ち入れなくなってしまったのだ。
もはや焦土のようなこのノーラデュースで生き延びていくのは、困難なことだろう。

 ルーフェンは、心配そうに問うたが、それでもラッセルは、迷わず頷いた。

「承知の上じゃ。ノーラデュースは、多くの同胞が命を落とし、そして眠っている地……。故にわしは、ここを離れたくない。なに、心配せずとも、大丈夫じゃ。もうここで、二十年も暮らしてきたのじゃから」

 そう言って、笑みを浮かべたラッセルにかぶせて、ノイが口を開いた。

「私も、ここに残りたい。長を一人、置いていくことはできない」

 涙を拭って、ノイがはっきりと告げる。
オーラントは、肩をすくめると、ぶっきらぼうに言った。

「まあ、いざとなりゃあ、魔導師団の砦を使っていいんじゃないか。あそこなら多少の暑さは凌げるし、水も引いてある。リオット族が召喚師一族の傘下に入ったなら、俺らがあの砦を使うことはもうないんだろうし。なあ?」

 オーラントが振り返ると、魔導師たちは、こくりと頷いた。
表情は浮かないが、彼らには、もう敵意の色は見えない。

 ルーフェンが口を開こうとすると、今度は、リオット族の中から、ハインツが飛び出してきた。

「召喚師、様……!」

 ハインツは、ルーフェンの前でひざまずき、頭を下げると、辿々しい口調で述べた。

「俺、ついていきたい、です……! 頑張る、ので……俺、召喚師様、の、手下に、してください……!」

 一瞬瞠目して、リオット族たちが、顔を見合わせる。
ルーフェンも、驚いたように目を丸くすると、ややあって、ぷっと吹き出した。

「手下になんかしないよ。……でも、ありがとう、ハインツくん。一緒に、王都に行こう」

 ハインツの正面に立って、手を差し出す。
ハインツは、つかの間戸惑った様子でルーフェンの顔を見ていたが、やがて、その手を取ると、立ち上がった。

 ルーフェンは微笑んで、リオット族たちを見回した。

「……皆も、ありがとう。ここに残るか、俺についてくるかは、また改めて返事をくれればいいよ。俺も、無計画に出てきてしまったから、一度王都に戻って、貴方たちを受け入れる準備をする。シュベルテでも、それ以外の場所でも……リオット族が、安心して暮らせるように。それまで、俺を信じて待っていてくれる?」

 リオット族たちが、深く頷く。
ラッセルも柔らかく笑って、首肯した。

「いつまでも、お待ちしておりますぞ。召喚師様」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.202 )
日時: 2017/11/30 18:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 ルーフェンは、少し困ったように苦笑した。

「その、召喚師様っていうのは、やめてくれません? 俺、まだ召喚師ではないし……」

 ラッセルは、ふむ、と呟くと、嬉しそうに言った。

「では、親しみを込めてルーフェン、と。わしらは別に、召喚師一族だと言う理由で、そなたに忠義を尽くそうと思ったわけではないからの。我が友ルーフェン、改めて礼を言う。我らリオット族は、どこまでもおぬしに仕えていくことを誓おう」

「…………」

 ラッセルの言葉を噛み締めながら、ルーフェンは、胸の中に暖かいものが広がってくるのを感じた。

 滅びようとしていたリオット族たちの運命をねじ曲げ、沢山の犠牲を払い、ここまで来た。
決して、全員が幸せだと言えるような結末にはならなかったし、今後も、リオット族と関係を持ったことで、周囲の反感を買うことにはなるだろう。
それでも、こうして笑って、感謝してくれる者達がいるならば、自分は少しでも、何かを守れたのだろうと思った。

 ルーフェンは、ラッセルの左手を握った。

「……ありがとう」

 それ以外の言葉は、出てこなかった。
リオット族や魔導師たち、そしてオーラントの顔を見て、ルーフェンは微笑む。

 その笑みに、微笑みを返してくれる者達に囲まれて、ルーフェンは、ずっと心にわだかまっていたものが、溶け出していくのを感じていた。



 翌日、砦に戻り体勢を整えると、ルーフェンたちは、早速魔導師たちと共に王都に向けて出発した。

 日の高い時間帯は避け、ゆっくりと馬車を進めていたが、やはり、疲れが貯まっているのだろう。
明日、王都シュベルテに着くだろうという頃には、皆、終始無言になっていた。

 同じ馬車に乗っていたルーフェンとオーラントも、互いにうつらうつらとしている時間が多くなっていたが、ある時ふと、オーラントが口を開いた。

「……もうすぐ、王都に着きそうですね」

 その言葉に、窓の外を見て、ルーフェンはそうですね、と返事をした。

 橙の空に細い雲が滲む、静かな夕暮れ時。
もう、南大陸は抜けた。
外に出ても、ノーラデュースのような厳しい日差しはない。

 オーラントは、にやっと笑って、続けた。

「帰ったら、大目玉食らわされるんじゃないですか? 少なくとも一月は、アシュリー卿のお小言祭りでしょうね」

 ルーフェンは、うんざりした様子で顔をしかめた。

「嫌なこと言わないでくださいよ……。想像しないようにしてたのに」

「まあまあ、散々好き勝手したんだから、諦めるこった」

 ははっと笑うオーラントに、ルーフェンが嘆息する。
それから、一瞬押し黙ると、ルーフェンは言いづらそうに口を開いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.203 )
日時: 2017/12/01 18:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「……オーラントさんのことも、結局最後まで巻き込んじゃって、すみませんでした」

 オーラントは、更に笑みを深めると、座席の上でふんぞり返った。

「その件に関しちゃ、全く許す気ないんで、大いに感謝して下さいね! ああそうだ、いずれあんたが召喚師になって、宮廷魔導師団も取り仕切るようになったら、俺の給料上げて下さい」

「うわぁ……そういうこと言われると、感謝する気が失せるな」

 ルーフェンがわざと冷たい視線を送って、互いに軽口を叩き合う。
いずれ召喚師になるのだと、そう言われたときの嫌悪感が、不思議と心の中で薄れているような気がした。

 ルーフェンは、再び窓の外を見て、ぽつりと返事をした。

「召喚師になったら……そうですね。仕方ないから、考えておいてあげます」

 オーラントは、ルーフェンの返事を聞くと、どこか安心したように笑った。
そして、同じように窓の外に目をやると、不意に呟いた。

「……そういや、この前は返事できなかったんですけどね」

「この前?」

 問い返して、ルーフェンが首を傾げる。
オーラントは、ルーフェンと目を合わせないまま、続けた。

「奈落で、話した時のやつです。あんた、いつか召喚師になって、良かったと思う日が来るんだろうかって、そう言ってましたよね」

「ああ……はい」

 そんな会話、覚えていたのかと意外に思って、ルーフェンはオーラントの横顔を見た。
正直、返事を期待して言ったものでなかったし、ただの独り言みたいなものだったから、改めて話題に出されると、反応に困る。
本心から出た言葉だったということもあって、今更掘り返されるのは、なんだか気恥ずかしかった。

 しかし、そんなルーフェンの心情には関係なく、オーラントは、明るい声で告げた。

「あんたが、今後どう思うのか。それは分かりません。でも俺は、あんたで良かったと思いますよ」

「…………」

 意表を突いてきた言葉に、ルーフェンが瞠目する。
オーラントは、ルーフェンの方を見て、穏やかに言った。

「召喚師ってのは強い立場だが、あんたは、弱い立場も知ってる。ほの暗い面、汚い面、色んなものを見て生きてきた。だから、色んな立場の奴等の気持ちがわかるあんたが、召喚師でよかったと思うよ」

 まあ、自由すぎる問題児だけどな、と付け加えて、オーラントが笑う。
ルーフェンは、しばらく呆気に取られたように黙り込んでいたが、やがて、すっと息を吸うと、オーラントから顔を背けた。

「……やっぱり、オーラントさん、なんかむかつく」

 窓の方を向いて、素っ気なく答えたルーフェンを見つめながら、オーラントは、くくっと笑いを噛み殺した。

「褒めてやってんのに、ほんっと可愛くねぇークソガキだな」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.204 )
日時: 2017/12/02 18:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: l1OKFeFD)

  *  *  *


 王都シュベルテに帰還したルーフェンは、早速、リオット族たちを国民として迎え入れる準備を始めた。

 独断でノーラデュースに向かったことに関しては、王位継承権を持つ第一王子、リュートの許可を得て行ったことだということで、謹慎処分を受ける程度で済んだ。
しかし、リオット族の受け入れに対する非難は、王宮内に留まらず、今回のルーフェンの計画は、愚作としてあっという間に王都全体に広まった。
ルーフェンは、王都の町民達の反発を招くことになったのだ。

 だが、その一方で、一部の者達──かつて、リオット族を奴隷として雇っていた商人達は、ルーフェンの動きに注目していた。
騒擾を起こしたとはいえ、二十年前まで、リオット族が鉄鋼業に莫大な利益をもたらしていたことは、紛れもない事実である。
野蛮で愚かだと認識されてはいるが、『地の祝福を受ける民』の異名を持つだけあって、リオット族の魔術は、商人達の心を惑わせる魅力があったのだ。

 しかも今回は、商人間だけでリオット族を取引していた時代とは違う。
リオット族の後ろには、ルーフェンがいる。

 強靭な肉体を持つリオット族が騒擾を起こせば、騎士団や魔導師団でも、そう簡単には沈静化できない。
しかし、そのリオット族の手綱を、あの召喚師一族であるルーフェンが握っている。
そのことが、商人達の心に、いくらかの安心感をもたらしていたのだった。

 また、ルーフェンが周囲の反対を受けながらも、リオット族の件を進められたのは、現在、国王エルディオたちが、港町ハーフェルンに長期滞在していたことが大きかった。
最近、体調が優れないという理由から、国王エルディオと愛妾のシルヴィア、そしてシェイルハート家の子供であるルイス、リュート、アレイドは、揃ってハーフェルンに療養に出掛けていたのである。
このことは、以前から計画されていたことであったが、その滞在が、ちょうどルーフェンの帰還と重なった。
つまり、今の王宮には、ルーフェンに意見できるほどの権力を持つ者が、ほとんど存在しないのだ。

 国王が不在なのを良いことに、リオット族を受け入れる準備をするというのが、強引である自覚はあった。
それでもルーフェンは、これを好機として、話を進めていったのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.205 )
日時: 2017/12/03 19:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 1lEcCkWN)

 ルーフェンがまず商談に向かったのは、土地の売買や輸出入品全般を扱うカーノ商会と、武具を取り扱うレドクイーン商会であった。

 リオット族を労働力として提供する代わりに、ルーフェンが商会に提示した条件には、以下のようなものがある。
一、リオット族には、働きに見合った報酬と適切な労働環境を与えること。
二、商会は、定期的にルーフェンと連絡を取り合い、リオット族があげた利潤とその仕事内容を、嘘偽りなく報告しなければならないこと。
三、リオット族の雇い主はあくまでルーフェンであり、商会はその雇用関係に口を出す権限は持たないということ。
四、リオット族があげた利潤の分配に関しては、商会側の意見を尊重するが、その最終決定権はルーフェンが持っていること。
五、リオット族を労働力として受け入れる場合は、必ず彼らにリオット病の治療を施すこと。
これらの契約違反を犯すことは、召喚師一族を敵に回す行為であると、ルーフェンはそう告げたのだった。

 アーノック商会と並び、サーフェリア有数の商会だと謳(うた)われるカーノ商会は、首を縦には振らなかった。
世間はまだ、リオット族を受け入れることに納得していない。
そんな中、労働力としてリオット族を招くことは、世間の反感を買う行為だと考えたのだろう。

 一方のレドクイーン商会は、小さな武具商家であった。
質の良い魔法武器の生産を主として行っているが、貴族の後ろ楯もなく、ただ職人階級の一族が集まっただけの商会であるため、知名度もない。

 何故こんな権力も財力もないような弱小商会に、声をかけたのか。
オーラントは不思議でならなかったが、商談の場で、レドクイーン商会が二つ返事でリオット族の受け入れに頷いたとき、ルーフェンの狙いが分かった。
単純に、レドクイーン商会には後がなく、儲け話に食いつく他なかったのだ。
彼らは、商会として成功するために、リオット族の力でもたらされるであろう利益に賭けたのである。

 その後のレドクイーン商会の躍進は、目覚ましかった。
ひとまずルーフェンは、ほとんど人手の入っていなかったノーラデュースの鉱床を利用して、高価だとされるシシムの磨石を中心とした鉱物資源を、レドクイーン商会に独占させた。
それも、大量に採掘して資源の価値を下げるような真似はせず、少しずつ市場に売り出すことによって、『他にはない、ノーラデュースの鉱物資源は、リオット族しか採掘できない貴重なものである』という認識を、世間に広めていったのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.206 )
日時: 2017/12/17 11:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 加えてルーフェンは、移動陣を利用した。
移動陣は本来、勅命が下った際にしか使用されないような魔術であり、また、膨大な魔力を消費するため、行使には複数の魔導師たちを動員しなければならない。
しかし、召喚師一族が関与すれば別であった。
サーフェリアの召喚師が呼び出せる悪魔に、バシンという悪魔がいるのだ。

 バシンは、移動陣と同じ原理で、人や物を陣から別の陣に、瞬間移動させる能力を持っている。
歴代の召喚師も、この能力を兵力の移送などに使っていたようだったが、ルーフェンはこの召喚術を、軍事ではなく商業に利用した。
すなわち、レドクイーン商会が、採掘場にも移動陣を敷き、そこから鉱物資源を移送させる時にのみ、ルーフェンがバシンの力を貸すことにしたのである。

 元々、知名度がなく大量生産に向かなかったというだけで、レドクイーン商会の魔法武器の加工技術は、卓越していた。
そこに、リオット族しか採掘できない貴重な鉱物資源が加わり、更には、ルーフェンの召喚術により、移送という問題が消え去った。
鉱物資源が、ルーフェン一人の力で瞬間移動できるならば、大幅な時間短縮になる上に、輸送業者等もいらなくなる。
もちろん、ルーフェンとて頻繁に召喚術を使うのは消耗が激しいため、いつでもバシンの力を貸すというわけにはいかない。
それでも、ごく少ない人数と時間で、莫大な利益を出せるというのは、商会にとって大きなことであった。

 短期間で、無名の商会から武具商会の代表格に名を連ねるようになったレドクイーン商会の存在は、他の商会のリオット族に対する認識を変えるのに、十分なものとなった。
愚策だと罵り、警戒の色に染まっていた商人達の目が、レドクイーン商会の快進撃を経て、羨望の眼差しに変わったのだ。
 
 レドクイーン商会の躍進が世間に広まった頃、ルーフェンは、再びカーノ商会を訪れた。
そして、「アーノック商会かカーノ商会、どちらか一方との契約を考えている」と告げた。
すると、一度目は断ったカーノ商会が、すぐに首を縦に振った。
既に、国内有数の商会として、確固たる地位を築くカーノ商会だが、その唯一の競合相手が、アーノック商会である。
競合相手にこの儲け話を取られては敵わないと、カーノ商会は頷いたのだった。

 カーノ商会にとっても、リオット族による鉱物資源の提供と、ルーフェンの召喚術を得られることは、大きかった。
そして、手広く市場を展開し、強い影響力を持つカーノ商会の成功は、輸入品を多く扱う故に、王都シュベルテの市場を潤した。
結果、ルーフェンは、「この市場の活性化は、リオット族を受け入れたことの恩恵である」という認識を、王都に広めることができたのである。

 当然、リオット族の存在に反発する者や、本来軍事に関わるべきルーフェンが、商業に介入していることに対して、疑問を持つ者はいた。
しかし、短期間でカーノ商会とレドクイーン商会を押し上げ、市場に革新的な変化をもたらしたルーフェンに対する非難の声は、王都に帰還して二月が経過する頃には、ほとんどなくなっていた。
ルーフェンは、リオット族を王都に受け入れることに、成功したのだ。

 ただし、ルーフェン自身、商業の世界に深く踏み入ろうとは考えていなかった。
移動陣を商売に使いすぎれば、輸送業者の失業にも繋がるし、もし魔術の素人が安易な気持ちで真似をして、瞬間移動に失敗して命を落とせば、世間に混乱を招くことにもなる。
だから、移動陣は危険な魔術なのだという認識をしっかりと残して、「この魔術はルーフェンと契約した二つの商会のみが使える特権である」とした。
これまでと同じように、勅命が下ったような場合を除いて、一般の使用は禁止のままにしたのだ。

 それに、多くの商会と手を組めば、リオット族もルーフェンも、手が回らなくなってしまう。
ルーフェンの目的は、あくまでアーベリトのサミルに資金援助を行うことであり、必要以上に金儲けをすることではなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.207 )
日時: 2020/02/23 23:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


 次期召喚師としての本来の業務に加えて、商談など慣れない仕事をこなして忙殺されている内に、季節は過ぎ、冬になった。

 最初は愚策だと非難されたものの、ルーフェンの行動が市場を大きく発展させることになり、世間がいよいよ、リオット族の存在を認めざるを得なくなった頃。
ルーフェンは、オーラントと共に、アーベリトを訪れた。
サミルに、リオット病の治療をしてほしいと依頼するためだ。

 サミルには、王宮で「サンレードの子供達の居場所がない」と打ち明けられて以来、ずっと会っていない。
久々にルーフェンと面会したサミルは、かつて、でたらめだと批判された遺伝病の治療法を求められて、少し混乱している様子だった。

「それで、その……私達アーベリトの医師が、リオット族の方々に、治療を施すと……」

 辿々しく言ったサミルに、ルーフェンは頷いた。

「はい。カーノ商会と、レドクイーン商会からの依頼です。今はまだ、リオット族はノーラデュースにいますが、近々、このアーベリトにも連れてきたいと思っています。
その時に、貴殿方にリオット病の治療をお願いしたいんです。かつて、サミルさんとその兄君であるアランさんが確立したという遺伝病の治療法は、医療の街と言われるこのアーベリトにしか、ない技術ですから」

「……しかし、あの治療法は……」

 口ごもりながら、サミルは尚も言葉を濁した。
アーベリトが世間から冷たくあしらわれるようになり、廃れ、ただのお人好しという烙印を捺されたのは、「遺伝病の治療法がでたらめだ」という噂が広まってからだ。
今更その技術を引っ張り出してくることに、サミルは弱気になっているようだった。

 ルーフェンは、サミルの顔を見つめた。

「……サミルさんは、あの遺伝病の治療法が、周囲の言うようにでたらめだと思うんですか?」

 サミルは、はっと顔をあげると、すぐさま首を横に振った。

「いいえ! あの治療法は、私と兄が大成して、自信を持って世に送り出したものです。決して、でたらめなどではありません!」

 口調を強めたサミルに、ルーフェンはにこりと笑った。

「それならそうだと、堂々と世間に知らしめてやりましょう。俺も医療魔術に関しては素人なので、断言はできませんが、先程もご説明した通り、ノーラデュースでリオット病が再発したのは、ガドリア原虫をもつ刺し蝿から身を守るための、進化の過程である可能性が高いです。まだ明確な根拠はないですが、なんならそのことも正式に調査して、発表すればいい。刺し蝿のいない地域で治療すれば、きっとリオット病は治ります。俺も、サミルさん達の治療法が、でたらめだとは思えません」

「次期召喚師様……」

 何と言ったら良いのか、言葉を探している様子で、サミルはルーフェンを見つめた。
その瞳を見つめ返すと、次いで、ルーフェンはオーラントから金貨の詰まった大袋を受け取り、サミルの前の机に置いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.208 )
日時: 2017/12/17 11:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「とりあえず、一億ゼル入ってます。使ってください」

「一億……!?」

 思わず席を立って、サミルは目の前の大袋を凝視した。

「一億だなんて、そんな大金、頂けません……! 私達アーベリトの医療魔術が、リオット族に必要だというなら、喜んでお引き受けしましょう。ですが、こんな額は……!」

 戸惑いが隠せないサミルに、オーラントが言った。

「安心してくださいよ、怪しい金じゃありません。カーノ商会とレドクイーン商会からのリオット病の治療の依頼料と、リオット族があげた利益の内の、ルーフェンの取り分を合わせた額です。リオット族の派遣に加えて、瞬間移動の召喚術まで使って出た利益ですから、これくらい当然です」

「でしたら、依頼料のみで十分です! 次期召喚師様の取り分まで頂くなんて、そんな……」

 大袋を突き返そうとしたサミルの手に、ルーフェンは、手を重ねた。

「俺は王宮にいれば、衣食住に困ることもありませんし、何より、リオット病の治療はアーベリトでしかできません。これくらい、払う価値があります。リオット病の治療をしたことで、リオット族たちの命を縛るものがなくなって、今後より活躍できるようになるなら、尚更」

 ルーフェンは、微笑んだ。

「使ってください、サミルさん。貴方と、このアーベリトに暮らす、皆のために」

「…………」

 サミルは、大袋をぎゅっと掴んで、目を閉じた。
その目から、じわじわと涙がにじみ出している。

「次期召喚師様……貴方は、以前お話しした、サンレードの子供達のことを、気になさっているのですか。私が、難民を受け入れるには資金が足りないなどと、そんな話をしてしまったから……」

「…………」

 一度、すっと息を吸うと、ルーフェンは穏やかな声で返した。

「それは違います。偶然が重なった結果、リオット病の治療が必要になっただけです」

 サミルの目を見つめて、ルーフェンは破顔した。

「……強いて言うなら」

 ぽつりと呟いて、サミルの手を握る。

「六年前、瀕死だった俺を貴方が助けてくれなければ、俺は、今ここに立ってはいなかった。優しくしてくれたのも、サミルさん、貴方が初めてだった。……だから、もしこのお金が、俺からの感謝に見えるなら、多分そうなんでしょう」

「…………」

 サミルの目から、一筋、涙が溢れ落ちた。
うつむいて、サミルはしばらく黙っていたが、やがてルーフェンの手を握り返すと、深々と頭を下げた。

「……ありがとう、ありがとうございます、次期召喚師様。貴方の大切なリオット族は、私達が必ず救います」

 ルーフェンは、強く頷いた。
返事をしようとしたが、込み上がってきた熱い感情を、上手く言葉にすることはできなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.209 )
日時: 2017/12/17 11:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 アーベリトを出ると、ルーフェンたちは、ヘンリ村の跡地へと向かった。
カーノ商会の所有地になっていたこの跡地は、商会との契約後、ルーフェンが買い取った。
特に使い道を考えていた訳ではなかったが、仮にも自分が生まれ育ち、そして焼き尽くした土地である。
なんとなく、他人のものになっているのは嫌だったのだ。

 カーノ商会も、特に手放したくない土地ではなかったのだろう。
ルーフェンが話を持ちかけると、あっさりとヘンリ村の所有権を、譲ってくれた。

 ヘンリ村自体は、何もない焦土と化していたが、村近くの山中に、使われていない山荘があった。
この山荘は、カーノ商会から土地を買い取った後に見つけたのだが、それ以来、ルーフェンは度々ここに訪れるようになっていた。

 いつから無人なのか、そもそも誰が住んでいたのか。
寝台や家具が放置されている、だだっ広い不気味な屋敷であったが、この山荘にいると、まるで世間から隔離されたような静けさに浸ることができる。
それが、ルーフェンは好きだった。

 山荘にある寝台に、ルーフェンがどかりと倒れ込むと、途端に辺りに埃が舞った。
思わず咳き込んで、顔の前でぱたぱたと手を振る。
オーラントも、嫌そうな顔をして息を止めると、その場から一歩後退した。

「ちょっ、やめてくださいよ……そんなきったねえ寝台、使わない方がいいですって」

 何がおかしかったのか、咳き込みながら笑って、ルーフェンは答えた。

「そうですね、誰が使ってたのかも分からないし。流石に寝台と食卓くらいは、新しく持ち込もうかな」

「持ち込むって……あんた、本気でここに住む気ですか」

 所々石壁にひびが入っているような、古い室内を見回して、オーラントが眉をしかめる。
ルーフェンは、寝台に仰向けに寝転がったまま、返事をした。

「住むっていうか……そう、秘密基地みたいなものにしようかと。ヘンリ村も、折角取り戻せましたし、いずれ整備して、人がまた住めるようにして……。そうしたら、俺は時々この山荘にきて、新しいヘンリ村を眺めたりしたいな」

 珍しく、子供らしい屈託のない表情で、ルーフェンは語った。
今日、正式にサミルにリオット病の治療を依頼することができて、少し興奮しているのだろう。

 リオット族を、王都に連れ戻したいなどと言い始めてから、随分と危険で長い道のりを歩いてきた。

 召喚師と敵対する勢力──イシュカル教徒の生き残った子供達を、難民として受け入れようとするアーベリトに、ルーフェンが手を貸したことが明るみに出るのはまずい。
だから、直接資金援助をするわけでもなく、リオット族を再び地上に出し、リオット病の治療法の需要を上げるという、遠回しな方法をとったのだ。

 冷や冷やする場面が多すぎて、正直オーラントは、こんな無茶は二度と御免だと思っている。
だがルーフェンは、ようやくサミルの力になれて、長年の願いが成就したような達成感を感じているに違いない。
今のルーフェンは、夢が叶ってはしゃぐ、子供のようだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.210 )
日時: 2017/12/08 18:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「そのまま、少し眠ったらどうです? あんた、ここのところ仕事に追われて、ろくに寝てないでしょう」

 オーラントが呆れたように言うと、ルーフェンは、数回瞬いてから、微かに笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。まだまだやることがあるし、ちょっと休憩したら王宮に戻らないと。オーラントさんこそ、今日一日付き合ってもらったし、もう帰ってもいいですよ。忙しいんじゃないですか?」

 オーラントは、ああ、と声を漏らすと、苦笑いした。

「忙しいったって、今回のリオット族の件で、大量の報告書を催促されているだけですよ。あんたのせいで、ノーラデュース常駐の魔導師団は解体されましたから、今は失業してるようなもんです。次の任務地がシルヴィア様から言い渡されるまでは、そこそこ時間あります。つか、シルヴィア様は今、ハーフェルンにいるみたいだし」

「…………」

 ルーフェンは、つかの間オーラントの顔を見つめて、小さくため息をついた。

「……オーラントさんは、王都での勤務は希望しないんですか?」

「……ん? ああ、したことないな」

 あっさりと返して、オーラントは頭をぽりぽりと掻いた。

「なんていうか、都会にいるのは向いてないんですよ、俺。そりゃあ王都のほうが暮らしやすいし、何かと便利ですけど、なんだかんだ、俺はサーフェリア中を回って仕事してるほうが、色んなものが見られるから好きですね。ま、宮廷魔導師の仕事なんて、どこ行ったって物騒なもんばっかりですけど」

「……確かに、一ヶ所にじっとしてるオーラントさんは、なんか想像できないかも」

 納得したように言って、ルーフェンが肩をすくめる。
そんなルーフェンの顔を見て、オーラントがにやりと笑った。

「なんですか、急に。やだなぁー、もしかして次期召喚師様ったら、俺が王都からいなくなるのが寂しいんですか?」

「そうですね、寂しいです」

 即座に頷いたルーフェンに、思わず拍子抜けする。
他人をからかうのは好きだが、そういえば、ルーフェンをからかって成功した試しなどなかった。

「相変わらず冗談通じないですねぇ。たまには子供らしく慌てて、『そんなことありません! オーラントさんの馬鹿!』とか言ってみたらどうです?」

「オーラントさん、罵られたいんですか? 気持ち悪」

「…………」

 もう何も言うまいと、口を閉ざしてその場に座り込む。
わざとらしく拗ねているオーラントを見て、ルーフェンは上体を起こすと、ふっと笑った。

「……オーラントさんこそ、冗談通じないなぁ。俺は至って素直な良い子なのに」

「はぁ?」

 どこがだよ、と突っ込みを入れようとして、しかし、オーラントは言葉を止めた。
ルーフェンは、何かをじっと考えている様子で、窓の外を眺めている。
その顔は、一見無表情だったが、どこか不安げな面持ちにも見えた。

「……リオット族を解放して、商会と契約したこと。一部からは改革だと賞賛されていますが、俺は、今回のことを成功だとは思っていません。一歩間違えれば、悲惨な結末を迎えていた可能性もあるし、何より、ここに来るまでに、リオット族と魔導師に沢山の犠牲を出してしまった。……多くの犠牲の上に成り立った成功を、俺は手放しで喜ぶことはできません」

 淡々と告げたルーフェンを、オーラントはじっと見つめた。

「まさか、後悔してるんですか?」

 ルーフェンは、首を振った。

「いいえ、後悔はしていません。結果的にアーベリトの財政に良い影響をもたらせたし、これでサンレードの子供たちの居場所も作れるでしょう。王宮を飛び出して、貴方と旅をしたのも楽しかったし、リオット族とも出会えた。……ある意味、俺が一番望んでいた結果です」

「…………」

 ルーフェンの言葉の意味を図りかねた様子で、オーラントが眉を寄せる。
ルーフェンは、ふと目を伏せた。

「でも、何故でしょうね。……本当にこれで良かったのか、時々不安になるんです。サミルさんも喜んでくれたし、俺も嬉しいはずなのに、何かがまだ胸につっかえてる。このまま時が経てば、そんな不安、なくなるのかな……」

 ぽつりと呟いて、ルーフェンは胸に手を当てた。

 このまま時が経てば──。
もし、本当に何事もなく時が経っていれば、ルーフェンの歩む道も変わっていたことだろう。

 しかし、この数日後、ルーフェンの抱えていた不安は、別の形で的中することになる。
ハーフェルンに療養に出ていた、国王エルディオ達の乗っていた馬車が、帰路の途中で崖に転落したのだ。

 大勢の警護の中、何の問題もなく街道を進んでいたはずの馬車が、大橋を渡る際に突如暴走し、崖に身を投げたのだと言う。

 すぐさま王宮に運び込まれ、治療を受けたが、頭部を打ち付けたエルディオは、意識不明の重体。
唯一、召喚師シルヴィアは軽傷で済んだものの、その息子であるルイス、リュート、アレイドの三人は死亡。

 誰もが予想していなかった、突然の出来事であった。



To be continued....


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.211 )
日時: 2017/12/17 11:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

†第二章†──新王都の創立
第四話『疑惑』



 冷たい夜風が、かたかたと窓を揺らす。

 静まり返った本殿の自室で、寝台に潜り込んでいたルーフェンは、じっとその風の音を聞いていた。

 ルイスとリュート、アレイドの葬儀が終わって、既に五日が経つ。
国王エルディオは、どうにか一命を取り留めたが、宮廷医師の話では、もう自力で立ち上がることもできないだろうとのことであった。

 療養先であった港町ハーフェルンの領主、クラーク・マルカンも、今回の事故に責任を感じたのか、アレイドたちの葬儀に来て、深々と謝罪した。
しかし、今回暴走した馬車は、ハーフェルンではなくシュベルテのものであり、その馬車の御者も、同じく崖に落下して亡くなっている。

 誰が悪いというわけでもない、不運な事故。
それでも、今回エルディオたちを襲った悲劇は、王都の人々に大きな絶望と不安をもたらしたのだった。

 眠ることもできず、ぼんやりと暗闇を見つめながら、ルーフェンは物思いに耽っていた。
こうして、自室の寝台に横たわっていると、かつて、サンレードを焼き尽くし、その罪悪感から部屋に引きこもっていたときのことを思い出す。

 あの時は、毎日毎日、「外に出ようよ」と、アレイドが訪ねてきていた。
他の兄たち、ルイスやリュートが、ルーフェンのことを良く思っていないことを知りながら、飽きもせずに、兄さん兄さんと呼んで。

「…………」

 あの後、教本を貸してもらったりしながら、なんだかんだ、アレイドとはよく話すようになっていた。
最初は、鬱陶しい奴だと思っていたが、徐々にそんな気持ちも薄れてきていたのだ。

 今回も、もしハーフェルンから帰ってきて、ルーフェンがリオット族を解放したなどと聞いたら、アレイドは呆れながらも、すごいことだと興奮して、手を叩いてくれただろう。
気が弱くて困り顔で、けれどよく笑っていたアレイドの顔が、ルーフェンの頭にふと浮かんだ。

(……家族、だったんだよな……俺の)

 そんなことを考えながら、もう寝てしまおうと目を閉じると、不意に、扉の外に誰かの気配が近づいてきた。

 ルーフェンが、寝台から起き上がったのと同時に、こんこん、と扉を叩く音がする。
こんな夜中に誰だろうと、燭台に手をかざして明かりをつけると、ルーフェンは、警戒したように言った。

「……誰だ」

 すると、一拍置いた後、予想外の声が返ってきた。

「……ルーフェン、私です。フィオーナです」

 フィオーナ・カーライル。
国王エルディオと、今は亡きその正妻ユリアンの子である、サーフェリアの第一王女だ。

 ルーフェンは、慌てて上着を羽織ると、すぐに扉を開けた。
護衛の騎士と共に立っていたフィオーナは、どこか申し訳なさそうにルーフェンを見ると、小さな声で言った。

「こんな夜更けに、ごめんなさい」

 ルーフェンは首を振ると、微かに眉を寄せた。

「それは構いませんが、突然どうなさったんです? とにかく中に入ってください、夜風は御体に障ります」

 フィオーナは、こくりと頷くと、護衛の騎士に外で待つように告げて、ルーフェンの部屋に入った。
そして、不安げな面持ちでルーフェンに向き直ると、口を開いた。

「……貴方に、お願いしたいことがあって来たの。女の私から、こんなことを言うのは、その……はしたないと軽蔑されてしまうかもしれないけれど……」

 いつもはきはきと発言する彼女にしては珍しく、何かためらった様子で口ごもっている。
ルーフェンが先を促すと、フィオーナは、ぎゅっと唇を引き結んで、言った。

「……私と、婚約してほしいの、ルーフェン」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.212 )
日時: 2017/12/10 18:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: vzo8adFf)

 突然の言葉に驚いて、思わず目を見開く。
フィオーナは、冷たい手でルーフェンの手を握ると、苦しそうに続けた。

「分かってるわ、貴方がそんなこと望んでないって。だから、形だけで良いの。貴方は召喚師一族だし、もし力のある次期召喚師を誕生させるために、魔力の強い優秀な魔導師と結ばれたいと思うなら、私以外にも妻を持てばいい。……でもお願い、私と婚約して。この国を支えていくには、貴方の力が必要なの!」

 言い切ったフィオーナの顔は、憔悴しきっていて、いつもの快活さが全く見られなかった。
細くて白い指も、触れていると、細かく震えているのが分かる。

 これは、単なる色恋の話ではない。
フィオーナは、王位継承権を持つサーフェリアの王女として、この場に立っているのだ。

 ルーフェンは、フィオーナの手を優しく握り返すと、穏やかな声で言った。

「少し落ち着いてください、フィオーナ姫。話なら聞きます。時間もありますから、そんなに焦らないで」

 こちらを見上げてきたフィオーナに微笑みかけると、気分が落ち着いてきたのか、指の震えが、微かに収まり始める。
フィオーナは、ルーフェンから手を引くと、潤んだ瞳を拭いながら、深呼吸した。

「……ごめんなさい、取り乱してしまって。そうね、ちゃんと話すわ。そのために来たんですもの」

 ルーフェンは頷くと、フィオーナを自室の椅子に導いて、座らせた。
そして、その隣の椅子にルーフェンが座ると、フィオーナは、ぽつぽつと話し始めた。

「……あの、私……家臣たちが話しているのを、聞いてしまったの。次期国王が私では、心もとないって。あの姫の能力じゃ、うまく国を回していくことはできないだろうって」

 膝に手を置いて、うつむいたまま、フィオーナは言い募った。

「確かに私、頭が切れるわけでもないし、お転婆なだけの姫だ、なんて言われてきたわ。でも、それでいいと思ってたの。だって次の国王には、リュート殿下、つまり私の兄様が選ばれるのだと思っていたんだもの。兄様は、ちょっと強引な性格ではあったけど、頭も良いし、魔術の才もあった。私は、兄様がいずれ国王に即位して、それを見守れるだけで良いと思ってたのよ……」

 フィオーナは、吐き気をこらえるかのように口元を抑えると、再び震え始めた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.213 )
日時: 2017/12/11 19:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e/CUjWVK)



「……でも、今回の事故で、兄様は亡くなった。兄様だけじゃないわ。父上の愛妾、シルヴィア様の子である以上、ルイスにもアレイドにも、王位が回ってくる可能性はあったのに、皆、皆、亡くなってしまった……。私の母上は、もうずっと前に病で亡くなってしまったし、弟のシャルシスは、まだ一歳。バジレットおばあ様も、ご高齢だし、病気がちで臥せっていらっしゃることが多い。だから今、国王として国を支えるべき王族は、私しかいないの……」

 涙を目にためながら、フィオーナは顔をあげ、ルーフェンにしがみついた。

「分かってる、分かってるのよ。私ももう十六になるし、覚悟を決めなければならないわ。それでも、どうしても不安なの……。だからね、だからこそ、貴方と婚約して、民を安心させたいの。私だけじゃ頼りないって思われるかもしれないけれど、次期召喚師である貴方と私が結婚して、貴方が実権を握れば、うまくサーフェリアを動かしていくことができるんじゃないかしら。だって貴方は、シェイルハート家の中でも、特別に才に恵まれているって言われているじゃない。今回のリオット族のことだって、私は素晴らしいと評価してるのよ。あんな底辺で生きているような一族にも、価値を見出だして成功したんですもの。貴方の目の付け所は、他とは違うと感心したわ」

「…………」

「お願いよ、ルーフェン。召喚師一族の役目は、この国を守ることでしょう? もう、貴方しかいないのよ! どうか、お願い。私と一緒になって……!」

 倒れ込むように、ルーフェンの胸に顔を埋めると、フィオーナは、声を押し殺して泣き始めた。
その背をあやすように撫でながら、ルーフェンも、どうするべきか考えていた。

 フィオーナは、社交界の場でも物事をはっきりと言うことが多く、気位の高い姫だった。
そのフィオーナが、弱音を吐いて、泣きながら懇願するなんて、相当追い詰められているのだろう。

 寝たきりになった父エルディオと、王位を継ぐはずだった兄リュートの死。
愛する家族が亡くなっただけでなく、突然王座まで突きつけられて、不安で胸がいっぱいになっているのだ。

 無理もない。
そう思う一方で、ルーフェンも、この姫に国王は勤まらないだろうと思っていた。

 頭の良し悪しや、武術の才能の有無は、重要ではあるが大きな問題ではない。
そんなものは、信頼してくれる優秀な家臣さえいれば、十分補えるものだ。
しかしフィオーナは、ルーフェンと結婚することで、王権を完全に放棄しようとしている。
形だけの国王として即位し、国王としての権力や責任は全て、ルーフェンに押し付けようとしているのだ。

 もちろん、国王というのは、国の象徴でもあるから、ただ王座についているという行為が、無駄だと一概に蹴りつけることもできない。
それに、突きつけられた現実に怯え、誰かにすがりつきたいと思う気持ちは、ルーフェンにも痛いほど理解できた。

 ルーフェンとて、サミルやオーラントと出会い、最近になってようやく、召喚師としての運命を受け入れるしかないと割り切れるようになってきたのだ。
ついこの前まで、召喚師になどなるものかと全てを拒絶し、運命を憎んでいたのだから、国王になるのが不安だと言うフィオーナには、心から同情できる。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.214 )
日時: 2017/12/17 11:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 ここで、弱っている彼女を慰めて、元気付けることは可能だろう。
だが、フィオーナのような、最初から王権を丸投げしようとしている者に、安易に「貴女なら大丈夫です、国王として頑張ってください」と言葉をかけるのも、何か違う気がした。

 ひとしきり泣いて、再び落ち着きを取り戻したのか、フィオーナは、ルーフェンの胸から離れた。
ルーフェンは、しばらくの間、一言も発さなかったが、やがて、フィオーナの涙を指で拭うと、静かに言った。

「……フィオーナ姫、貴女のお気持ちは、よく分かりました。私が召喚師の座から逃れられないように、貴方もまた、王座に縛られて苦しんでいる。周囲に望まれようと、望まれてなかろうと、その運命からは逃れられない。……人の上に立ち、国を動かすことを楽しめるような人間なら良かったのでしょうけど、残念ながら私達は、その器ではないようですから」

 自嘲気味に呟いて、ルーフェンは苦笑を浮かべた。

「貴女の不安も、葛藤も、全て投げ出したいと思う気持ちも、理解できます。……ですが、恐れながら申し上げます。自分は何もしようとせず、端から王権を手放すつもりで王座につくおつもりならば、やはり貴女に国王は勤まらないでしょう」

 ルーフェンの返答に、フィオーナは瞠目した。
それは、気分を害したというより、ルーフェンの言葉が、意外で驚いたといったような表情だった。

 すっと息を吸って、フィオーナは返した。

「……誰かを頼ったりせずに、私一人でサーフェリアを支えろと言うの?」

「……はい」

 ルーフェンは、頷いた。

「一人ではないなんて、安っぽい慰めをするつもりはありません。国王も、召喚師も、サーフェリアにたった一人きりです。ですから、本当にその苦しみを分かってくれる人間なんて、自分だけだと私は思います。……ただ、力になってくれる者はいるでしょう。道を踏み外さない限り、貴女を信頼して、国のために動いてくれる者達が、必ずいます」

 フィオーナは、心細そうな顔でルーフェンを見上げると、弱々しい声で言った。

「……私が、その道を踏み外さないために、貴方は何もしてくれないの?」

 ルーフェンは、困ったように笑って、肩をすくめた。

「私は、正しい道を示せるほど、立派な人間ではありません。私が出来るとすれば、こうして貴女の話を聞いて、思ったことを言うだけです。それが、次期召喚師としての発言になるのか、貴女の夫としての発言になるのかは、分かりませんが」

「…………」

 フィオーナは、目を伏せると、ルーフェンから顔を反らした。
そして、宙の一点を見つめて、口を閉じていたが、ややあって、はあっと息を吐いた。

「……そう。それが貴方の答えなのね」

「はい」

 首肯したルーフェンに、フィオーナは、小さく笑った。

「……なんだか、意外だわ。ルーフェンにそんなことを言われるなんて、正直予想していなかった。貴方はいつも笑顔で褒めてくれるから、今夜も優しく慰めてくれると思っていたのに」

 ルーフェンは、わざとらしく眉をあげた。

「優しく慰める方をご所望でしたか?」

「……やめてよ、違うわ」

 呆れたように首を振って、フィオーナは、ため息をついた。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.215 )
日時: 2017/12/13 19:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「……ねえ、ルーフェン。もしも私が、お願いではなくて、婚約しなさいと命令したら、貴方に拒否権はないわ。王族の命令だもの。結婚した後、私が王権を放棄しないにしても、貴方は、王族に入って、国の中枢を担わざるを得なくなる」

「……そうですね」

 フィオーナは、ルーフェンの顔を覗き込むと、どこか寂しげに尋ねた。

「正直に言ってね。もし、私がそんな命令を下したら、貴方は悲しい?」

 ルーフェンは、つかの間返答に迷った後、微かに表情を緩めた。

「光栄なお話ですが、私じゃ、貴女には釣り合わないと思いますよ。先程、リオット族のことを底辺で生きているような一族だと仰っていましたが、それなら私も、貴女の言う『最底辺』から、ここにのし上がってきた一人ですから」

 そう答えて、にこりと笑うと、フィオーナは、少し寂しげに微笑んだ。

「……随分冷たい言い方をするのね。いいわ、分かった。婚約の話は、なかったことにしてちょうだい。きっと、私も民と同じように、父上が倒れて不安になってただけなのよ。それで、つい貴方に頼ってしまったの」

 フィオーナは、深く息を吐くと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「最後にもう一つだけ、聞いていいかしら。ルーフェンは、もし召喚師の座から解放されたとしたら、どうしたい?」

 ルーフェンは、一瞬、はっと息を飲んだ。
だが、すぐに思い直したように目を閉じると、目を開けて、フィオーナを見つめた。

「……答えづらい質問ですね。そんなことは、ありえないのに」

 フィオーナは、頷いた。

「そうね、ありえないわ。でもさっき、召喚師の座からは逃れられないって、悲しそうに言っていたから、聞いてみたくなったの。貴方が望む生き方って、どんなもの?」

「…………」

 少し躊躇った後、ルーフェンは、目線を下に落とした。
そして、諦めたように目を閉じると、答えた。

「……普通の、生活がしたいです。例えば家族がいて、畑を耕したり、商売をしたり……裕福ではなくても、笑って過ごしていられるような、そんな暮らしがしてみたかった」

 フィオーナは、瞬きをした。

「……それは、また意外な答えね。貴方は、力が欲しいとは思わないの?」

 ルーフェンは、すっと目を細めた。

「力って、なんでしょう? 王族や貴族が持つような、上に立って人々から搾取する権利ですか? それとも、召喚師一族が持つような、人殺しを正義だと言い聞かせて、敵を蹴散らす召喚術のことですか?」

「…………」

 目を見開いて、フィオーナが口を閉じる。
ルーフェンは、低い声で続けた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.216 )
日時: 2017/12/30 02:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「別に、上に立つ人間が悪で、その下に生きている人間が善だなんて、極論を言うつもりはありません。ただ、上に立って国全体を見渡していると、だんだん感覚が狂ってくるんです。人間一人の死を、軽んじるようになって、たとえ村や集落が一つくらい消滅しても、『反抗的な奴等だったから仕方ない』、『あんな村がなくても何の問題もない』、そんな風に感じ始める。私は、それがひどく恐ろしい……」

「…………」

 ルーフェンは、自嘲気味に笑った。

「皮肉なことに、次期召喚師になって、民の立場では到底見られない、多くのものを見てきました。おかげで最近、私にも守りたいものができた。その人達を守るためなら、多分、躊躇なく敵を殺します。ただ、その殺しを、『仕方がなかった』と思う、狂った人間にはなりたくありません。私は人殺しで、その罪を一生背負って生きていきます。今更、私を怨む人々の目から、逃げようとも思いません。その罪の感覚を、生涯失わずにいたいのです」

「…………」

 ルーフェンは、立ち上がって、フィオーナに向き直った。

「先程、普通の生活がしたいと言いましたが、それはあくまで夢だったものです。そんな叶いもしない夢物語にしがみついて、嫌だ嫌だと駄々をこねるのは、もうやめました。どうせ召喚師になる運命なら、俺は俺の、守りたいものを守るためだけに、召喚師になります。そして、召喚師の地位と力を利用して、好き勝手に生きてやります。それが今の、私が望む生き方です」

 フィオーナは、しばらく呆気に取られた様子で、黙りこんでいた。
だが、やがてぷっと吹き出すと、微笑を浮かべた。

「ルーフェン、貴方、すごいことを言うのね。稀代の次期召喚師が、『立場を利用して好き勝手に生きてやる』だなんて、そんなことを考えていたと知ったら、皆、驚いてひっくり返ってしまうわよ」

 ルーフェンは、肩をすくめた。

「私を責めるのは、お門違いというものですよ。私は一度も、身を尽くしてサーフェリアを守りますなどと、宣言した覚えはありません。ただ微笑んで、高貴な皆々様とお話ししていただけです。それを勝手に、聡明で純真な次期召喚師だと思い込んだのは、そちらでしょう?」

 ルーフェンのわざとらしい言い方に、フィオーナは、ますます笑みを深めた。

「じゃあ私も、まんまと貴方の笑顔に騙されていたってわけね。本当、とんでもない次期召喚師だこと」

 呆れたように呟いて、フィオーナは、しばらくくすくすと笑っていた。
だが、鮮やかな金髪を整え、改めてルーフェンを見上げると、フィオーナは言った。

「ルーフェン、私、明日になったら、父上とお話してくるわ。悲観的になってしまっていたけれど、父上はまだ、生きていらっしゃるんだもの。私の気持ちを伝えて、父上のお言葉もお聞きして、私も私なりに、この国の未来を考えねば……。今、サーフェリアの王位を継承できるのは、私しかいないんだもの。不安や悲しみに、とらわれている場合ではないわね」

 何も言わず、ただ頷いたルーフェンに、フィオーナは笑みを返した。

「話を聞いてくれて、ありがとう。なんだか、ルーフェンと話をしていたら、色々と吹っ切れてしまったわ。うじうじと塞ぎこんで、家臣の言葉に右往左往していた自分が、馬鹿みたい」

 フィオーナは、穏やかな声で続けた。

「今日、ルーフェンに会いに来て良かった。貴方に対する印象はちょっと変わったけど、やはり貴方はすごいわ。物事の見方も、考え方も、私達とは全然違う。貴方と話していると、色々なことに気づかされるもの」

 彼女らしい溌剌(はつらつ)とした瞳で、ルーフェンを見つめ、フィオーナは言った。

「私も、自分なりに考えて、王族として今後どうすべきなのか、答えを出すわ。だから貴方も、貴方のやり方で良いから、サーフェリアを守りなさい」

「……はい」

 ルーフェンが恭しく頭を下げると、満足そうに頷いて、フィオーナは踵を返した。
そんな彼女の顔つきに、生気が戻っていることに気づくと、ルーフェンも、内心ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.217 )
日時: 2017/12/15 18:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: VHEhwa99)



 翌日、午前中に事務仕事を終わらせ、午後は商会を覗きに行こうと、城門に向かっていると、一人の騎士が、長廊下でルーフェンに声をかけてきた。
走ってきたのか、顔を赤くして、はあはあと息を乱している。
何か良からぬ事態が起きているのは、すぐに見てとれた。

「何事ですか?」

 問いかけると、騎士は、一度かしこまって答えた。

「次期召喚師様! 至急、イシュカル教徒鎮圧の許可を頂けないでしょうか。イシュカル教会の暴徒たちが、城門前に押し寄せ、騒いでおります」

 ルーフェンは、顔をしかめた。

「暴徒たちの数は? 武装はしていますか?」

「多くはありません、ざっと五十名ほどです。武装もしておりませんが、しきりに次期召喚師様を出せと申し立てております」

「私を?」

 眉を寄せて、ルーフェンは問うた。

 宗教の自由が認められている王都、シュベルテでは、召喚師一族に害をなすイシュカル教徒だったとしても、非武装であれば、一般国民として扱われる。
そのため、表向き、騎士や魔導師が、独断で攻撃することは許されていなかった。
攻撃をしても許されるのは、教徒たちが武装しており、応戦せざるを得なかった場合。
もしくは、国王や召喚師一族が、鎮圧せよと命令を下した場合のみである。

 今回の場合、暴徒たちは非武装であるから、争うことはせずに、追い返してしまうのが良いだろう。
しかし、ルーフェンの身柄を要求しているとは、どういうことなのか。
確かに、イシュカル教会は召喚師一族を目の敵にしてはいるが、直接城まで押し掛けて、次期召喚師を出せなんて無茶な要求をするというのは、意味がよく分からなかった。
たった五十名でそんなことをしても、あっという間に鎮圧されるのは明白だし、そもそも、次期召喚師がのこのこと出ていくわけがないからだ。

 ルーフェンが沈黙していると、騎士は、言いづらそうに説明し始めた。

「……その、暴徒たちは、今回の王位継承者の死や、陛下がお怪我を負った原因は、召喚師一族の呪いだと騒いでいるのです。召喚師であるシルヴィア様だけが、無傷に近い状態でご存命なのはおかしい、だとか、次期召喚師であるルーフェン様が、リオット族をシュベルテに引き入れたから、災いが起きた、だとか……」

「……なるほど」

 相変わらず、こじつけも甚だしいが、民たちの中には、リオット族の受け入れを反対している者がまだいる。
イシュカル教徒がそんなことを城門前で吹聴すれば、リオット族を嫌う者達が、それに便乗する可能性がある。

 命は取り留めたものの、エルディオは、ほとんど国王として動けなくなってしまったし、その上、一気に三人の王位継承者まで失った。
シュベルテ全体が不安定になっているこの時に、更に不安を煽って、召喚師一族への不信感を高めようと言うのが、今回のイシュカル教徒たちの狙いなのかもしれない。

 はあっとため息をつくと、ルーフェンは騎士を見た。

「……分かりました、私が行きます」

「えっ」

 騎士は、血の気の失せた顔で、否定の意を表した。

「そんな、いけません! あの程度の規模でしたら、我々だけで鎮圧できます!」

 ルーフェンは、首を振った。

「鎮圧するだけでは、おそらくイシュカル教会の思う壺です。後々、召喚師一族の呪いを隠蔽しただの何だと吹聴して、中にはそれを鵜呑みにする人々も出るでしょう。それなら、私が直接行って、弁明しますから、追い返すならその後に──」

「──次期召喚師様、お取り込み中申し訳ありませんが、よろしいですか」

 ルーフェンの言葉を遮り、現れたのは、政務次官のガラド・アシュリーであった。
ガラドは、ずいとルーフェンの前に出ると、騎士に告げた。

「私が鎮圧の許可を出しましょう。抵抗するようなら、多少手荒な真似をしても構いません」

 騎士は、一瞬戸惑った様子でルーフェンを見たが、ガラドにぎろりと睨まれると、すぐさま敬礼して、城門の方へと駆けていった。

「……どういうつもりですか?」

 少し不機嫌そうな声音で尋ねると、ガラドは振り返って、ルーフェンに頭を下げた。

「出すぎた真似を申し訳ありません。しかし、今はイシュカル教徒なんぞに構っている時間はないのです。急ぎ、謁見の間にお越しください」

「…………」

 早口で述べたガラドに、ルーフェンは黙って頷いた。
普段なら、事情を聞いてから行くところだが、ガラドの青い顔を見ている内に、これは只事ではないと感じたからだ。

 ルーフェンは、緊張した面持ちのガラドに続いて、急いで謁見の間へと向かった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.218 )
日時: 2018/01/12 02:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 謁見の間に入ると、中には既に、王宮に勤める重役たちが揃っていた。

 政務次官ガラド・アシュリーに、事務次官モルティス・リラード。
召喚師シルヴィア・シェイルハートも、王座の下手に腰かけている。

 紅色の錦布に囲まれた広間には、少人数ではあるが、宮廷魔導師や騎士団、魔導師団の幹部たちも揃っており、その中には、オーラントの姿もある。
そして、謁見の間の奥、一段高くなった王座には、国王エルディオの母であるバジレット・カーライルが、鎮座していた。

(バジレット王太妃……? 国王の代理として、彼女が選ばれたのか……?)

 少し不思議に思いながら、ルーフェンはバジレットを見つめた。

 バジレットは、前王が崩御して以来、ほとんど表には姿を出さなくなった王族の一人だ。
五十近い女性とは思えぬ、鋭い薄青の瞳の持ち主であったが、病気がちだということもあり、その顔は白くやつれていた。
原因は、病気だけではないのかもしれない。
彼女もまた、シュベルテの現状を嘆いている、王族の一人なのだろう。
今回の事件で、息子であるエルディオが、ひどい怪我を負ってしまったのだから。

 ルーフェンが黙っていると、ガラドが一歩前に出て、ひざまずいた。

「召集に遅れ、大変申し訳ありません。城門前にて、イシュカル教徒が騒動を起こしていたとのことで、その対応をしておりました。騎士団に鎮圧を命じましたので、直に事態は収束するかと思われます」

「……そうか」

 バジレットは、落ち着いた声で言った。

「では、そなたらも前へ」

 かしこまって返事をすると、ルーフェンはシルヴィアの隣の席へ、ガラドはモルティスの隣の席へ座る。

 二人が席についたのを確認すると、バジレットは、ふうと息を吐いた。

「……急な召集をかけた故、集まれる者のみに話すことなるが、許せよ。此度、そなたたちに話すのは、次期国王の選定についてである」

 バジレットは、それだけ言うと、傍に控えていた侍従に合図を送った。
その合図を受け、侍従は一度広間から下がると、今度は、複数人の他の侍従を連れて、広間の中心に戻ってくる。

 彼らが運んできたのは、純白の布で全体を覆われた担架であり、そこには、人が一人寝かされているようだった。
ぴくりとも動かない、その様子からして、寝かされているのは遺体だ。

 その布の端から、鮮やかな金髪がこぼれ落ちているのを見て、ルーフェンは、一瞬目を見張った。

(……あの、金髪は……)

 バジレットは、遺体を見つめたまま、額を手で覆って黙り込んでいる。
だが、やがてすっと顔をあげると、厳しい眼差しを家臣たちに向けた。

「……先程、我が孫娘、フィオーナ・カーライルの死亡が確認された。自室で首を吊っているところを、侍女が発見したのだ」

 瞬間、耳を傾けていた家臣たちに、ざわりと動揺が走る。
ルーフェンも、全身を凍てつかせて、大きく目を見開いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.219 )
日時: 2017/12/17 17:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: vKymDq2V)



「……侍女の話では、フィオーナは最近、次期国王に己が選ばれるのではないかという不安から、塞ぎこんでいたとのことだ。その重圧に耐えきれなくなり、今朝、自害を図ったとのではないかと踏んでおる」

「…………」

 バジレットの説明も、ざわめく家臣たちの声も、ほとんど耳に入らなかった。
ルーフェンは、息苦しさに浅く呼吸を繰り返しながら、思わず、口を開いた。

「嘘だ……」

 全員の目が、ルーフェンに向く。
ルーフェンは、席から立ち上がると、バジレットに向かって言った。

「バジレット様、お言葉ですが、フィオーナ姫が自害したなど、信じられません……。確かに姫は、兄君であるリュート殿下の死を経て、王位を継ぐことに不安を感じていらっしゃるようでした。しかし、ご自分でサーフェリアの未来を考えねばならないと、前向きにご検討なさっていたのも事実です。自害なさるとは思えません」

 ルーフェンの言葉に、バジレットは眉をひそめた。

「それは、フィオーナ本人がそう申したということか?」

「……はい。昨晩、ご本人がそう仰っていました」

「…………」

 真剣な眼差しでバジレットを見つめると、バジレットは、ふと目を細めて、シルヴィアの方を見た。

「……だ、そうだが。今朝の様子では、思い詰めた様子であったと言っていたな。どうなのだ」

 問いかけられて、シルヴィアはふわりと微笑んだ。

「どうかと言われましても、私のご報告に嘘偽はありませんわ。昨晩の姫殿下のご様子は存じ上げませんけれど、今朝、私とエルディオ様の元にいらっしゃったフィオーナ様は、ひどく思い詰めておられるようでした。……申し訳ありません。私がその時に、もっと姫殿下のことを気にかけて差し上げれば、このような事態にはならなかったかもしれませんのに」

 ルーフェンは、警戒したように、シルヴィアを睨んだ。

 確かにフィオーナは、昨晩、父である国王エルディオの元に、話をしに行くと言っていた。
おそらく、夜が明けた後に、早速エルディオの部屋に行ったのだろう。
しかし、その時、本当に自害を考えるほど追い詰められていたのだろうか。

──今、サーフェリアの王位を継承できるのは、私しかいないんだもの。不安や悲しみに、とらわれている場合ではないわね。

 すっきりとした顔つきで、確かにそう言っていたフィオーナ。
あの言葉が、嘘だったようには思えなかったし、フィオーナが、自ら死を選んだというのは、ルーフェンにはどうしても信じられなかった。

「……フィオーナ姫は、陛下と何をお話になったんですか」

 強ばった声で、ルーフェンが尋ねると、シルヴィアは淡々と答えた。

「何も話していなかったわ。姫殿下はお話にいらしたのでしょうけど、今朝のエルディオ様は、ご容態が悪くて、お話ができる状態ではなかったの。もしかしたら、ご自分のお父上のそんな姿を見て、余計に絶望してしまったのかもしれませんわね」

「…………」

 ルーフェンは、這い上がってくる寒気に耐えながら、ひとまず自分の席に戻った。

 シルヴィアは、何故こんな状況下でも、微笑んでいられるのだろう。

 フィオーナは、臥せった父の姿を見て、本当に絶望してしまったのか。
昨晩の口ぶりでは、父の死を既に覚悟しているようにも思えたのだが、改めて目の当たりにして、心が折れてしまったのだろうか。

 悶々と考え込んでいると、不意に、宮廷魔導師の一人が、すっと手をあげた。
バジレットが発言を許すと、宮廷魔導師は一歩前に出て、その場にひざまずいた。

「宮廷魔導師の、ヴァレイ・ストンフリーと申します。……お話を戻しますが、フィオーナ姫までお亡くなりになったとあれば、次期国王については、どのようにお考えなのでしょうか」

 これこそが本題だとばかりに、家臣たちの意識が、バジレットに集中する。

 リュート、フィオーナが亡くなった現在、王族の血を引き、次期国王になる可能性があるのは、エルディオの子である第二王子シャルシス・カーライルである。
しかし、シャルシスはまだ、たったの一歳。

 王太妃バジレットも、可能性がないわけではないが、彼女は高齢で、心臓を患っている。
いつ倒れるか分からない身の上で表に立っていれば、民の不安の種にしかならないと、エルディオの即位後、自らの意思で姿を消したのがバジレットだ。
そんな彼女が、再び表舞台に立つというのは、考えづらい事態であった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.220 )
日時: 2018/01/09 03:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 王族の血を引かずとも、国王の妻である三人の女性には、王位継承権が認められていた。
だが、いずれも病で亡くなっており、唯一残っているシルヴィアは召喚師である。
シルヴィアの子であるルイスやアレイドも、先の事故で亡くなったし、今、王都シュベルテは、かつてない王権存続の危機に見舞われているのだ。

 バジレットは、ヴァレイを見据え、次いで広間全体を見回すと、言った。

「……余は、王都および王権を、他に移すことも一つとして考えておる」

 これまでにない、大きなどよめきが、謁見の間に起こった。

 王都と王権を移す、つまり、王都をシュベルテではなく別の街に移し、その際に王権すら手放す、ということだ。
五百年続いてきた、王都シュベルテの歴史に終止符を打つ──それは、シュベルテの全ての民たちにとって、苦渋の決断となるだろう。

 狼狽える家臣たちに、口を閉じるよう言い放つと、バジレットは、揺らがぬ強い意思で、言い募った。

「まだ、方法の一つとして思案している段階である。だが、これまでのサーフェリアの歴史において、遷都が世に平定をもたらした例はあるのだ。度重なる王位継承者の死に、王宮には何か不穏な呪いがかかっているのではないかと信じ込む民まで出始めた始末。そして、今シュベルテが抱えるこの危機は、既に他の街にも知られつつある。……となれば、王位を狙い、シュベルテに攻め込む輩が現れる前に、信頼できる他の街に、サーフェリアの統治権を委ねるのが最善と余は考える」

 バジレットが言い終えると、政務次官のガラドが進み出て、発言した。

「バジレット様の仰る、信頼できる他の街とは、具体的にどこを指すのでしょうか」

 バジレットは頷くと、静かに答えた。

「我らと長年、交流のある北東の港湾都市ハーフェルン。力のある街と考えれば、かつての王都であった西の軍事都市セントランス。現在、シュベルテと敵対関係にない全ての街に、王都となる権利はあるが、以上の二つが有力だと考えておる。……異論は?」

「……いえ」

 ガラドは、何か考え込んだ様子で、つかの間沈黙したが、ひとまず頭を下げると、自分の席へと戻った。
続いて、発言権を乞うたのは、騎士団長レオン・イージウスであった。

「バジレット様、よろしいでしょうか」

 バジレットが頷くと、レオンは前に出てひざまずき、屈強な体躯には似合わぬ、穏やかな声で告げた。

「恐れながら、次期国王には、シャルシス殿下が相応しいと存じます。まだ幼いとはいえ、シャルシス殿下は正統な王族の血を引く、国王となるべき存在。シャルシス殿下が即位なされば、民の不安もなくなりましょう。確かに、バジレット様の仰る通り、今の王宮には、とても偶然とは思えぬ不幸が続いております。しかし、だからといって、王都シュベルテの歴史を終らせ、遷都する必要などあるのでしょうか。遷都などすれば、それこそ我らは、王都の民としての誇りを失います。それすなわち、余計に民の不満を煽ることになりかねません」

 穏やかだが、その裏に、敵意を孕んだような言い方だった。
しかし実際、レオンの言い分にも一理あるように思えたし、家臣たちの表情を見る限り、今のレオンの発言に同調している者は多い。

 何より、家臣たちは、バジレットのことをあまり良く思っていないようだった。
彼らにとって、バジレットはしょせん、『倒れたエルディオの代わりに仕方なく出てきた老いぼれ』である。
一度表から姿を消していたくせに、突然現れて、事態を取り仕切っている。
そのことを、家臣たちは納得しかねているようだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.221 )
日時: 2017/12/19 21:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e/CUjWVK)



 ぴりぴりとした雰囲気の中、他の騎士や魔導師の要人たちを指し示すと、レオンは続けた。

「バジレット様は、他の街に攻め込まれることを懸念しておられるようですが、王都シュベルテは、サーフェリア一の軍事力を持つ街です。我が騎士団にも、魔導師団にも、他の街に遅れをとるような者はおりません。一体、何を恐れる必要がありましょう? それに、我らには、絶大な力を持つ召喚師様がおられるではありませんか。……いや、召喚術の才は、既に次期召喚師様に渡っているのでしたかな」

 話を振られて、シルヴィアは、何も言わずに微笑んだ。
ルーフェンは、バジレットの方を見て、彼女が何も言わないことを確認すると、レオンに言った。

「……バジレット様が懸念しておられるのは、戦の勝敗ではなく、出さずに済む犠牲は出したくない、という点では? 騎士団長殿の仰る通り、シュベルテの軍事力はサーフェリア一であり、万が一攻め込まれても、それを打ち破るほどの力はあるでしょう。ですが、衝突が起きれば、勝つ負けるに関係なく、犠牲が出ます。他の街との関係にも、亀裂が入るでしょう。王都の民として、強気に出るべきだと仰る騎士団長殿のお気持ちもお察し致しますが、ご心配なさらずとも、既にシュベルテは、他の街に一目置かれた存在。私は、バジレット様のお言葉には、無用な争いは避けるべき、という意味が込められていると愚考しておりましたが、騎士団長殿は、そうは思われませんか?」

 わざととぼけたような口調でそう言うと、一瞬、レオンの口元がひきつった。
まさに、『小賢しいクソガキが』、とでも言いたげな顔つきである。

 しかし、ここで反論するほど、レオンも馬鹿ではなかった。
もし今のルーフェンの言葉に噛みつけば、レオンの意図がどうあれ、犠牲など厭わない、と発言していることになってしまう。
そんなことをすれば、少なからず周囲から反感を買うし、騎士団長としての信用も落ちるだろう。

 そのことを理解しているようで、レオンは黙ったままでいる。
そうなるように仕向けたのだから、ルーフェンも、それ以上は何も言わなかった。

 別に、ルーフェンも、遷都に賛成している訳じゃない。
ただルーフェンは、単純に、この騎士団長のレオン・イージウスという男が、気に食わなかった。

 言葉も上手いし、頭の良い人物なのだろうが、この男の根底にあるのは、おそらく『裏から政治に口を出したい』という欲だ。
たった一歳のシャルシスを国王にすれば、必ず誰かが、シャルシスに代わって政権を握らねばならなくなる。
その際に、我こそがシャルシスを国王に推薦した筆頭だ、とでも言えば、レオンは強い発言権を得ることになるだろう。

 シャルシスを推す者達の中には、純粋に、王族の血を途絶えさせるべきではない、と考えている者もいる。
しかし、このレオンという男は、そうではない。
なんとなく、バジレットもそう勘づいているように見えた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.222 )
日時: 2017/12/20 20:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 バジレットは、自分もシャルシスも、王座につくべきではないと考えている。
王座を狙っているのは、他の街だけではないからだ。

 レオンのように、王座を利用しようとしている者は、シュベルテの中にも多くいる。
だからこそバジレットは、遷都して、シュベルテと王権を遠ざけようと考えているのかもしれない。
そうすれば、無用な争いも避けられる上、孫のシャルシスを何者かに利用されることもないからだ。
ルーフェンは、そう予想していた。

(……バジレット王太妃も、立ち位置は弱いけど、洞察力のある人だ)

 そんなことを思いながら、バジレットを見つめていると、今度は、場にそぐわぬ、ゆったりとした声が響いてきた。

「皆様、少しよろしいかしら?」

 立ち上がったのは、シルヴィアであった。

 銀の髪をさらっと耳にかけ、美麗に微笑んでみせると、気味が悪いほど、家臣たちの視線がシルヴィアに釘付けになる。

 シルヴィアは、優雅な足取りで、前に出た。

「先程から、私達の中だけで、次期国王についてお話ししてしまっているけれど、この件に関して、最も発言権を持っているのは、現国王のエルディオ様ではなくて? 私は、エルディオ様が選んだお方こそ、次期国王に相応しいと思いますわ」

 まるで緊張感のない、滑らかな口調に、バジレットは、すっと目を細めた。

「我が息子エルディオは、話せるほどに回復していないと聞くが?」

 シルヴィアは、ふふっと笑みをこぼした。

「そんなことありませんわ。私、ずっと寝たきりのエルディオ様についていますけれど、何度かお話しましたのよ。それに、指は動かせますもの。……例えば、こんなのはいかが? 紙に次期国王候補の名前を書いて、エルディオ様に、指で示して頂くの」

 にんまりと口の端を上げて、シルヴィアは微笑んだ。

「シャルシス殿下と、この私、どちらが次期国王に相応しいのか、選んで頂くのよ……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.223 )
日時: 2018/01/11 11:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 つかの間、シルヴィアの言っていることが理解できず、ルーフェンは眉をしかめていた。

 シルヴィアは、この国の召喚師だ。
サーフェリアが、召喚師と国王を別の存在として分けている以上、シルヴィアが国王に選ばれることはない。
それなのに、何故この女は、シャルシスと己の名前を並べているのか。

 そこまで考えて、あることに気づくと、ルーフェンはぎょっとした。

(……まさか……!)

 鼓動が、どくどくと加速し始める。
ぶわっと全身に鳥肌が立って、ルーフェンは、シルヴィアを凝視した。

 そして、そのおぞましいほど整った、シルヴィアの満面の笑みを見て、心の底からぞっとした。

(この女、王座を狙ってる……?)

 召喚術の才は、ノーラデュースでフォルネウスを召喚したあの時から、既にルーフェンに移っている。
つまり、直にルーフェンが召喚師に就任することになるし、そうなれば、シルヴィアの称号は、『国王エルディオの妻』になる。
そして、国王の妻は、王族の血を引いていなくとも、王位継承権を持っている。

「──……!」

 嫌な汗が噴き出して、震えが止まらなくなった。

 単なる推測に過ぎない。
過ぎないが、もしシルヴィアが、国王の座を狙っているのだとしたら。
自分が王座につくために、自分より順位の高い他の王位継承者を、殺していたのだとしたら──。

 そんな考えがよぎって、頭から離れなくなった。
証拠はない。
王位継承者の死は、本当にただの偶然かもしれない。
しかし、シェイルハート家の兄弟たちはともかく、あのフィオーナの自害は、未だに信じられないのだ。
もし、自害と見せかけた殺害だったら──。
全て、シルヴィアの仕組んだ罠だったとしたら──。

 この女なら、やりかねない。
そんな強い確信が、ルーフェンにはあった。

 王位継承者の候補の中に、バジレットやシャルシスだけではなく、召喚師退任後のシルヴィアも含まれていたことに気づくと、家臣たちも、ざわざわと騒ぎ始めた。

「そうか、まだシルヴィア様がいらっしゃったな」

「陛下はシルヴィア様をご寵愛なさっているし……」

 否定的でない家臣たちの声を聞いて、ルーフェンの中に、焦燥感が生まれた。

 いつも思うことだが、なぜ自分以外、シルヴィアの正体に気づかないのだろう。
この女の中に見え隠れする闇は、形容しがたい恐ろしさを内包している。
それなのに、いつだってこの女に怯え、嫌っているのは、ルーフェンたった一人だ。

 だが、今のルーフェンは、この場で発言することができなかった。
シルヴィアが、他の王位継承者を殺害した証拠など、何一つないからだ。

 バジレットは、無表情のまま、じっとシルヴィアを見つめていた。
だが、やがてふうっと息を吐くと、シルヴィアに言った。

「……なるほど、そなたの言う通りだ。エルディオが意思表示できるまでに回復しているのなら、次期国王の決定権はエルディオにある。この件は、そなたに任せよう」

「……はい、お任せください。バジレット様」

 バジレットは、最後に、シルヴィアの意見に対する異論がないか、家臣たちを見回して確認した。

 騒がしかった広間が静まり、しばらく、沈黙が流れる。
現国王の意向を優先するのであれば、それに反論する者はいないようだ。

 バジレットは、密かにルーフェンを一瞥すると、その場を閉じたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.224 )
日時: 2017/12/22 17:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 解散の流れに身を任せて、謁見の間を出たルーフェンだったが、自分でも、どうやって長廊下まで出てきたのか、よく分からなかった。

 シルヴィアが、王座を狙っているかもしれない。
にっこりと笑って発言していたシルヴィアの顔が、頭に焼き付いて、他のことは何も考えられなくなっていた。

 シルヴィアが、本当に国王に即位してしまったら、どうなるのだろう。
彼女が治める国で、自分は召喚師としてやっていくのだろうか。
そんな絶望にも近い感情が、胸の奥にこびりついて、離れなくなった。

 しばらく立ちすくんでいると、同じく謁見の間から出てきたらしいオーラントが、話しかけてきた。
しかし、その声も耳に入らず、返事をしないでいると、ルーフェンの異変に気づいたのか、オーラントが眉を寄せた。

「おい、どうした、顔が真っ青だぞ?」

 肩を揺さぶられて、はっと我に返る。
ルーフェンは、緩慢な動きでオーラントを見上げたが、その瞳は暗く、何も映っていなかった。

「……オーラントさんは……」

 低い声で、ルーフェンは言った。

「次の王は、誰になると思いますか」

「…………」

 オーラントは、ルーフェンの様子を伺いながら、答えた。

「誰って……さっきの感じだと、シルヴィア様が召喚師の座をあんたに譲った後、即位しそうな雰囲気でしたけど」

 ルーフェンの目が、大きくなった。
やはり、その認識なのだ。
次期国王には、シルヴィアが即位する可能性が高いと、皆そう思い込み始めている。

 爪が食い込むほど強く、拳を握ると、ルーフェンは呟いた。

「そんなこと、させてたまるか……」

 言うや否や、さっと身を翻して、ルーフェンが歩き出す。
オーラントは、慌ててその腕を掴むと、ルーフェンを引き留めた。

「おい、だからどうしたんだよ! さっきからおかしいぞ!」

「──うるさい!」

 強引に腕を振りほどくと、ルーフェンは叫んだ。

「どうして皆、分かんないんだよ! きっとあいつが……あの女が、全員殺したんだ! 自分が国王になるために!」

 突然の発言に、オーラントが身を強ばらせる。
オーラントは、大急ぎで周囲に人がいないことを確認すると、近くの使われていない客室に、ルーフェンを連れて飛び込んだ。
本殿の長廊下で、あんな物騒な発言をして、誰かに聞かれていたら洒落にならない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.225 )
日時: 2017/12/23 21:38
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: hAr.TppX)




 客室の周りに、何の気配もないことを確認すると、オーラントはルーフェンの肩に手を置いた。

「とりあえず、落ち着いてください。何があったんですか。あんた、さっきまで余裕ぶっこいて、レオンの奴に喧嘩売ってたじゃないですか」

「…………」

 ルーフェンは、込み上がってきたものを抑えるように、ふうっと息をついた。
そして、背中を壁に擦るようにして、ずるずるとその場に座り込んだ。

「……昨晩、フィオーナ姫と話したんです。とても、自害を考えてるようには見えなかった……。きっと、全部シルヴィアが仕組んだんです。ハーフェルンからの帰り道に、馬車が転落したのも、全部、全部……。王位継承者を殺して、最終的に自分が王座に上り詰めるために、シルヴィアがやったんだ」

 ルーフェンの弱々しい声に、オーラントは、どう答えて良いか分からなかった。

 正直、言葉の内容よりも、ここまでルーフェンが狼狽えていることに、驚きが隠せない。
ノーラデュースに行って、命を落としかけた時だって、ルーフェンはこんなに追い詰められたような顔はしていなかった。

 シルヴィアが、王位継承者──つまり、自分の子供たちまで殺しただなんて、ルーフェンは何を言っているのだろう。
そう思ったが、何も聞かずに突っぱねるのも躊躇われて、オーラントは、がしがしと頭を掻いた。

「……まーた突拍子もないことを。シルヴィア様が王位継承者を殺したって、本当なんですか? 正直俺には信じられねえし、彼女がそこまでして王座につきたい理由も分かりません」

 立てた膝の間に顔を埋めて、ルーフェンは、ゆるゆると首を振った。

「そんなの、俺にも分かりません……。あの女のことは、もう、何も分からない……」

 困ったように眉を下げ、オーラントは、ルーフェンを見つめた。

 ルーフェンの言っていることは、支離滅裂だ。
根拠も証拠も分からないのに、シルヴィアが殺人犯だと決めつけて、一人で混乱している。

 オーラントは、肩をすくめた。

「あんたの言ってることを、疑ってる訳じゃありません。王位継承者が連続で四人も死んで、何か事件性があるんじゃないかって思うのも、まあ分かります。ただ、シルヴィア様の名前をあげるってのは、よく理解できません。シルヴィア様は、これまでこの国を守ってきた召喚師であり、あんたの母ちゃんでしょう。どうしてそんな風に思うんです?」

 なるべく優しく問いかけたつもりであったが、ルーフェンは、顔すら上げなかった。
塞ぎこんだように俯いて、ルーフェンは、冷ややかに笑った。

「……あの女が母親だっていうなら、どうして……」

「…………」

 微かに目を見開いて、オーラントが黙りこむ。
途中で言葉を切ったルーフェンは、膝から顔を出すと、疲れたように続けた。

「……俺には、あの女が、薄気味悪い人形にしか見えません。いっつも同じ顔で、壊れたみたいに、同じこと言ってて、何を考えているのかも分からない。見ていると、吐き気がする。……でも、そう感じているのは、俺だけなんです。最初は、俺があの女のことを嫌ってるから、感覚的にそう感じてるんだと思ってたんですけど、多分違う。本当に、あの女を見てると、狂いそうなくらい気持ち悪くなるんです。……俺が、俺だけが、おかしいんでしょうか」

「…………」

 平坦な光を瞳に浮かべて、ルーフェンは目を伏せた。
きっと誰にも分かってもらえないのだろうと、諦めたような目だった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.226 )
日時: 2017/12/24 17:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 正直なところ、やはりオーラントにも、ルーフェンの言い分はよく分からなかった。
これといって、シルヴィアのことを深く考えたこともなかったが、これまで、彼女に関する悪い噂を聞いたことはない。
むしろ、国王が寵愛する美しく強力な魔女だと聞き及んでいたから、優れた召喚師なのだと思い込んでいた。

 今回、シルヴィアが次期国王に即位する可能性があると知ったときも、別に、まずいとは思わなかった。
サーフェリアの歴史上、召喚師一族が国王になるというのは、例のないことだから、全く抵抗がないかと言われたら、嘘になる。
しかし、たった一歳のシャルシスに王座を押し付けるよりは、ずっと良いと思った。

 ルーフェンが、シルヴィアのどこに嫌悪感を抱いているのか。
不思議でたまらない。
しかし、膝を抱くルーフェンの手が、微かに震えていることに気づくと、オーラントは瞠目した。

「ルーフェン、お前、怖いのか……」

「…………」

 ルーフェンは、何も答えなかった。
答えなかったが、その姿は、怯えているようにしか見えなかった。

 オーラントは、すっと息を吸った。
そして、力任せにルーフェンの背中をぶっ叩くと、言った。

「よし、分かった! もういい、今日は寝ろ! たっぷり夕飯食って、寝ろ! んで、頭がすっきりしたら、また俺に説明しろ」

 突然ぶっ叩かれて、目を白黒させていたルーフェンは、訝しげにオーラントを見上げた。

「せ、説明って、何を……」

「は? 全部ですよ、全部。シルヴィア様に対して、あんたが思ってることを、俺が理解できるまで、全部説明してください」

 ますます困惑した様子で、ルーフェンが眉を寄せる。
説明なら既にしたし、したところで、どうせ理解されないと思っているのだろう。

 オーラントは、ルーフェンの頭を掴んで、髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「正直な、今のあんたの話、俺にはさーっぱり分かりませんでした。でも俺は、実のところ、シルヴィア様のことは超絶美人であるということ以外、何も知りません。一方ルーフェン、あんたのことはそこそこ知ってる。だから俺は、シルヴィア様とルーフェン、どっちを信じるかと言われたら、間違いなくあんたを信じます!」

「…………」

 ぽかんとしているルーフェンの顔を、真っ直ぐに見つめて、オーラントは言った。

「もちろん、あんたにだって勘違いはあるでしょうから、俺は、根拠もなくシルヴィア様を疑ったりはしません。ただ、あんたが意味もなく、人を殺人犯呼ばわりしたり、薄気味悪いだの何だの言うような奴じゃないってことも、ちゃんと分かってます。シルヴィア様に対して、あんたが何かを感じたなら、そう感じた理由があるはず。もし、彼女が国王として即位することを阻止するなら、その理由をちゃんと明らかにした後です! でないと、何の証拠もなくシルヴィア様を貶めようとした、罪人扱いされちまいますからね」

 オーラントは、夕暮れの空が覗く窓を見て、続けた。

「──でも、今日はとにかく終わり! もう暗くなってきたし、くたくたの頭で何したって、効率が悪いだけです。前にも言いましたが、あんたの悪い癖は、ごちゃごちゃ難しく悩んで、一人で勝手に混乱していくこと。動くなら、焦らず慌てず明日から! いいですね?」

「わ、分かりました……」

 オーラントによってぼさぼさにされた頭をおさえながら、ルーフェンは、珍しく素直に頷いた。
もはや、オーラントの勢いに押されて、思考が停止しているようだ。

 オーラントは、再度周囲に人がいないことを確認すると、ルーフェンと共に、客室から出た。
そして、群青の混じる茜色の空を見上げて、大股で長廊下を歩き始めた。

「いやぁ、随分話し込んじまったな。おかげで仕事もたまったし、問題は山積みだが、今からあんたがやることはなんだ?」

「……寝る」

「そうだ! さっさと寝ろ寝ろ! さあ帰るぞー」

 オーラントは、妙に楽しげに笑いながら、ルーフェンを自室へと引きずっていったのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.227 )
日時: 2017/12/26 22:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: CwTdFiZy)



 ルーフェンを、自室まで送り届けた後。
薄暗い長廊下を歩きながら、オーラントは、ルーフェンと交わしたやりとりを、何度も思い返していた。

 ルーフェンには、「動くなら明日から」と言ったが、もし本当にシルヴィアの即位を妨害しようと思うなら、のんびり寝ている暇などない。
臥せっているエルディオが、今夜にでも、次期国王としてシルヴィアを指名してしまうかもしれないのだ。
そうなれば、シルヴィアの即位は免れない。

 先程のルーフェンは、どこか様子がおかしかった。
物事を冷静に判断できていないようだったし、あのまま放っておけば、シルヴィアの元に特攻して、何をしでかすか分からない。
だから、動くなら明日からだとなだめて、ひとまず自室に帰した。

──だが、もし本当にルーフェンの言う通り、シルヴィアには裏の顔があるのだとしたら。

 そんな考えにたどり着いて、オーラントは、ふと足を止めた。

(今、動けるのは俺だけ……なんて。何を考えているんだろうな、俺は)

 同時に、何か苦いものが込み上げてきて、オーラントは苦笑した。

 冷静でないのは、自分の方だ。

 たった十四の子供の言葉を気にして、自分は何をしようとしているのだろう。
仮に、シルヴィアの即位を妨害できたとしても、残る次期国王の候補は、まだ赤ん坊のシャルシスのみ。
バジレットの言葉に従って、遷都をしても、おそらく反発してくる者は多い。

 シルヴィアを即位させるのが、一番穏便な道だ。
そう思うのに、怯えたように震えていたルーフェンの姿を思い出すと、何かが胸に突っかかった。

 ルーフェンが、嘘をついているとは思えない。
だが、何の根拠もなくシルヴィアを陥れようとすれば、悪になるのは絶対的にこちらだ。

 ならば、どうしたら確信を持って、ルーフェンの言葉が真実だと証明できるだろう。
ルーフェンの味方になるためには、どう動くべきだろう。

 闇に飲まれていく夕日の影を見つめながら、オーラントは思った。

 そうして、ルーフェンとの会話を一つ一つ辿っている内に、オーラントは、ある言葉を思い出した。

──……あの女が母親だって言うなら、どうして……。

 真っ青な顔で、そう呟いていたルーフェン。
あの言葉の先は、なんだったのだろう。

 どうして──……。

(……どうして……自分はヘンリ村で育ったのか、とか?)

 そう思いついたとき、オーラントは、はっと目を見開いた。

 そうだ、何故ルーフェンは、幼少期をヘンリ村で過ごしていたのだろう。
次期召喚師は、召喚師の元で育てられるはずなのに。

 途端に、色々な疑問が押し寄せてきて、オーラントは息をのんだ。

 召喚術の才を持っている以上、ルーフェンがシルヴィアの実子であることは確かだ。
それなのに、どうしてルーフェンは、ヘンリ村にいたのだろうか。

 それどころか、八歳のルーフェンがヘンリ村で発見されるまで、王都では『次期召喚師はまだ生まれないのか』と、騒がれていた。
つまりそれは、十四年前にルーフェンが生まれたこと自体、世間には知らされていなかったということだ。

(何故ルーフェンの誕生は、知らされていなかったんだ……? シルヴィア様がルーフェンを生んだとき、一体何があった……?)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.228 )
日時: 2017/12/27 19:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 十四年前、オーラントは既にノーラデュースに常駐していたし、特別王都での出来事に関心を持っていたわけではないから、詳しいことは分からない。
しかし、今改めてルーフェンの出自について考えてみると、不可解な部分が多かった。

 まず、生まれてから八年間、何故ルーフェンは存在に気づかれず、ヘンリ村で暮らしていたのか。
生まれた瞬間に、賊に誘拐でもされたというのだろうか。
いや、それならもっと騒動になって良いはずだし、ルーフェンの誕生自体を、世間が知らなかった理由にはならない。

(……とすると、ルーフェンが生まれたことは、何者かによって意図的に隠されていたってことか……? わざわざヘンリ村に捨てて? 誰が、一体何のために……?)

 恐怖にも似た息苦しさが、喉の奥からせり上がってきた。

 そもそも、何故こんな重要なことを気にしていなかったのだろう。
自分だけではない。
この王宮にいる者達全員、どうしてシルヴィアとルーフェンの関係に、疑問を持たず、平然と過ごしているのか。

 既に、周囲が定かに見えなくなった夕闇の中、オーラントは歩き出した。
どうするかなんて決めていなかったが、気づけば足は、シルヴィアが暮らす離宮の方へと向いていた。

 何かがおかしい、という思いが、唐突に突き上げてくる。
ルーフェンの出生の謎に、これまで誰も触れようとしなかっただなんて、普通に考えて、あり得ないはずだ。
ルーフェンの過去を隠蔽するために、誰かが、王宮の者達の意識を操っていたのではないか、とさえ思う。

 ルーフェンだけが感じる、シルヴィアに対する嫌悪感。
それは、確かに存在するのではないか。

 第一、シルヴィア・シェイルハートとは、一体何者なのだろう。
既に三十半ばを過ぎているはずなのに、まるで二十歳そこそこの娘のように、若々しく見える。

 彼女は、最愛の夫、エルディオが重体で臥せり、息子三人も死んで間もないというのに、今日の謁見の間で、にこやかに微笑んでいた。

 その笑みを思い出した瞬間、どっと冷や汗がにじんできて、オーラントは足を速めた。
ルーフェンの言う、シルヴィアの薄気味悪さというものが、分かったような気がする。

 まだ、確たる証拠を見つけたわけではない。
だが、まるで夢から覚めたかのように、頭の靄(もや)が消え去って、シルヴィアに対する違和感が拭えなくなった。

 シルヴィアとルーフェンの間に、何があったのか。
気味が悪いほど、誰もその理由を知らないし、気にしようともしていない。
しかし、彼を産み落とした張本人──シルヴィアならば、確実に何かを知っているはずだ。

 シルヴィアが次期国王に相応しいかどうかよりも、ルーフェンの不安を除いてあげたい一心で、オーラントは長廊下を早足で抜けた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.229 )
日時: 2017/12/28 21:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SsOklNqw)



 本殿を出ると、冷たい冬の夜風が、肌をかすってくる。
少し歩く速度を緩めて、庭園の茂みに身を隠すと、オーラントは、そっと離宮の方を覗き見た。

(シルヴィア様は、まだ陛下のところか……?)

 離れの庭園に、ぽつりと聳える離宮。
アレイド達が亡くなった現在、住んでいるのはシルヴィアだけだが、今は、その唯一の主も不在らしい。
離宮の中は真っ暗で、人の気配も感じられなかった。

 思えば、この離宮の在り方もおかしいのだ。
シルヴィアは、普段から離宮には人を近づけようとせず、警備の者すら置いていなかった。
それを奇妙だと思ったことなど、これまではなかったが、仮にも国の重要な立場である彼女が、護衛を一人もつけないというのはおかしな話であった。

 確かに、王宮自体には守護の結界も張ってあるし、騎士や魔導師も大勢警備についているから、わざわざ離宮にまで警備を置く必要がないと言われれば、それまでだ。
しかし、やはり召喚師一族が、守りの固い本殿から離れて暮らしているだけでなく、警備も置かずに離宮で過ごしているなんて、怪しい。
今は、シルヴィアがこの離宮に、『人に勘づかれたくない何か』を隠しているとしか思えなかった。

 周囲の気配を探りながら、夜闇に身を潜め、そっと離宮の扉に近づく。
その取っ手に手をかけようとして、つかの間動きを止めると、オーラントは嘆息した。

(……俺も、焼きが回ったか……)

 ルーフェンへの情にほだされて、離宮に侵入しようとするだなんて。

 もし、このことがばれれば、オーラントは正真正銘の罪人になる。
今ならまだ、言い訳もつくが、万が一シルヴィアの部屋に忍び込んだところを見つかってしまったら、もう言い逃れは出来ないだろう。

(……ごめんな、馬鹿な親父で)

 息子の顔を頭に浮かべながら、オーラントは、素早く離宮の中に侵入した。

 あまりにも簡単に侵入できて、一瞬、何かあるのではないかという不安に駆られる。
しかし、暗い螺旋階段を上り、最上階のシルヴィアの部屋の前に来ると、意を決して、オーラントはその扉を開けた。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.230 )
日時: 2017/12/29 18:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「──……」

 部屋に入った途端、ひとりでに燭台に火が灯って、視界が明るくなった。

 白亜の石床に、豪華な金縁の寝台。
窓際に置かれた文机と、その隣に並ぶ小さな本棚。
見た限りでは、特に変わったものは置いていない。

 オーラントは、ごくりと息を飲むと、物音を立てないように気を付けながら、ゆっくりと部屋の中に踏み込んだ。

 どこかに、シルヴィアの正体を暴く“証拠”があるかもしれない。
十四年前の、ルーフェンの出自に関する手がかりでも良い。
シルヴィアが戻ってくる前に、何かしらを見つけなければ──。

 慎重に、しかし焦りながら、手近な文机に手を伸ばした。
──その時だった。

「……こんばんは、バーンズ卿」

 突然、背後から声がして、部屋の扉が勢いよく閉まる。
咄嗟に振り返ったオーラントは、はっと身を凍らせると、気配もなく現れたシルヴィアに、大きく目を見開いた。

「っ、召喚師、様……」

 思わず、声が震える。
シルヴィアは、微かに目を細めると、ゆっくりとオーラントに近づいてきた。

「……そんなに怯えないで。大丈夫よ。貴方を呼んだのは、私なのだから……」

 シルヴィアが、微笑む。
穏やかに──この上なく、美しく。

 オーラントは、文机を背後に後ずさると、くっと歯を食い縛った。

 ルーフェンの出自を明らかにしたくて、この部屋に侵入した。
だが、何故自分は、シルヴィアの部屋に来ることを選んだのだろう。
十四年前のことを探るなら、別の方法もあったはずなのに。
何の迷いもなく、自分は離宮のシルヴィアの部屋を訪れた。
そう、まるで誘い込まれるように──。

(まずい。まさか、全部この女の手の中だったのか……?)

 ぐらぐらと揺れてきた視界に、オーラントは、頭を押さえた。

 ルーフェンがヘンリ村で育ったことを知っていたのに、十四年前に何が起きたのか、全く疑問に思わなかった。
そして今回も、何故か離宮に来れば、シルヴィアの秘密が掴めると確信して、この部屋に入り込んでしまった。

 自分で考えた末の行動だと信じこんでいたが、もしかしたら全て、シルヴィアの術中にはまっていたが故に、とらされていた行動だったのではないか。
そんな考えが押し寄せてきて、背筋が凍る。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.231 )
日時: 2017/12/30 18:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 オーラントは、ぐっと全身に力を込めると、その場にひざまずいた。

「……無断で、召喚師様のお部屋に侵入したこと、許されることではありません。大変、申し訳ありません。……ですが、貴女様にお聞きしたいことがあって、参りました」

 シルヴィアは、首を傾けた。

「……何かしら?」

 相変わらず、シルヴィアは笑みを崩さない。
その余裕そうな表情が、ひどく不気味に思えた。

 今、自分が吐いているこの台詞も、シルヴィアに言わされていることなのかもしれない。
そう思うと、恐ろしくて、言葉が出てこなくなる。
しかし、なんとか喉の奥から声を絞り出すと、オーラントは、口を開いた。

「……十四年前……ルーフェン──次期召喚師様に、何があったのですか……。何故彼は、貴女様の元で育てられなかったのです」

「…………」

 つかの間沈黙して、シルヴィアは、口を開いた。

「……何故? だってあの子は、私の息子ではないんだもの」

 何の躊躇いもなく、そう言い放ったシルヴィアに、オーラントは眉を寄せた。

「何を、言って……。貴女様の息子じゃないというなら、どうしてルーフェンは、召喚術が使えるんですか! 銀の髪、瞳、顔立ちもそっくりで……血の繋がりがないなんて、とてもそうは思えない……!」

 思わず立ち上がって、シルヴィアに詰め寄る。
シルヴィアは、ふわりと微笑んで、オーラントを見上げた。

「血の繋がりがあったら、何故息子だと認めなくてはならないの?」

「は……?」

 一瞬、耳を疑って、オーラントは瞠目する。
この女は、笑顔で何を言っているのだろうと、心の底から震えが走った。

「何故って……それは」

 困惑しているオーラントに、シルヴィアは、すっと手を伸ばした。

「あんな子、私は最初から望んでいなかったの。それなのに、どうして息子だなんて、認めなくてはならないの?」

「…………」

 オーラントの頬を、滑らかな細い指が、するりと撫でる。
シルヴィアは、鼻先が触れあうほどに近く、オーラントに顔を近づけると、すっと銀の睫毛をあげた。

「……やっぱり、貴方を呼んで良かったわ。ねえ、バーンズ卿」

 とろけた蜜のような、甘くて艶のある声が、オーラントの耳をくすぐる。
その声を聞いていると、だんだん思考する気もなくなってきて、オーラントは、その場から動けなくなった。

「ルーフェンに、何か言われた? それとも、ノーラデュースまで二人で旅をして、あの子に情が湧いたのかしら」

 くすりと笑って、シルヴィアは、オーラントの耳元で囁いた。

「いい? ルーフェンは、私の息子じゃないわ。あの子は、私から全てを奪う、略奪者なのよ……」

 すっと目を閉じて、シルヴィアは、オーラントの唇に口付けた。

「……っ」

 何度も角度を変えて、柔らかく──。
そうして、優しく唇を啄(ついば)まれている内に、もはや、返す言葉も思い付かなくなって、オーラントも目を閉じた。

 ルーフェンは息子じゃない。
息子じゃない。
息子じゃない──。

 この女は、その一点張りだ。
もう、何を言っても無駄なのだ。
そう思うと、わざわざ危険を冒してまで、シルヴィアの正体を突き止めようとした自分が、馬鹿らしく思えてきた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.232 )
日時: 2017/12/31 18:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e/CUjWVK)


 頭がぼんやりして、意識が沈んでくる。
だが、その時──。
ふいに頭の中で、ぼこぼこっと泡立つような水音が聞こえた。

「──……!?」

 一気に意識が浮上して、はっと目を見開く。
オーラントは、シルヴィアの華奢な肩を掴むと、思いきり彼女の身体を突き飛ばした。

「──ふざ、けるな!」

 よろけたシルヴィアが、石床の上に崩れ落ちる。
オーラントは、苦しげに咳き込むと、突き上げてきた怒りに、シルヴィアをきっと睨み付けた。

「黙って聞いてりゃ、抜けしゃあしゃあと……! ルーフェンは息子じゃない? 最初から望んでいなかった? あんた、その台詞、ルーフェンに直接言ったんじゃないだろうな!?」

「…………」

 シルヴィアの顔から、ふっと笑みが消える。
そんなことには構わず、オーラントは、怒鳴り声をあげた。

「血の繋がりがあったら、何故息子だと認めなくてはいけないのかなんて……そんなの、決まってる! あんたとその旦那が、ルーフェンを生んだからだろ! 勝手に生んだくせに、望んでなかったからさようなら、ってか? いい加減にしろよ!」

 オーラントは、だんっ、と文机を殴り付けた。

「ルーフェンには、何かを言われた訳じゃない。言わねえんだよ、あいつ。どんな危険な目に遭っても、悟ったみたいな平然とした顔しやがって……まだ十四のガキだぞ? そのルーフェンが、あんたの話になった途端、怯えて縮こまってた。ガキにあんな顔させて、あんたは一体何がしたいんだよ!」

 しん、と部屋が静まり返る。
激昂するオーラントを見て、シルヴィアはゆっくりと立ち上がると、冷たい声で言った。

「……貴方、フォルネウスの暗示にかかった?」

 シルヴィアの問いに、オーラントが眉を寄せる。

 フォルネウスは、サーフェリアの召喚師が使役する、銀鮫の姿をした悪魔だ。
フォルネウスの能力は、対象の脳に暗示をかけること。
オーラントは、ノーラデュースでイグナーツ達と交戦した際、ルーフェンに「動くな」という暗示をかけられている。

(フォル、ネウス……?)

 先程、シルヴィアに口付けられたとき。
奇妙な水音が聞こえてきたのを思い出して、オーラントが目を見開く。
その反応に、ふっと嘲笑すると、シルヴィアは、さらりと髪を耳にかけた。

「そう……そういうこと。あの子、召喚術を嫌っているみたいだったから、使わないと思っていたのだけれど、貴方にフォルネウスの能力を使ったことがあるのね。道理で、私の暗示が弱まっていると思った」

 微かに声音を低くして、シルヴィアが向き直る。
オーラントは、はっと身構えた。

「お前、やっぱり俺達に、術かなんかかけてやがったのか……!」

 シルヴィアは、今までの表情とは違う、冷たい笑みを浮かべた。

「だったら、なあに?」

──刹那、シルヴィアの手が、素早く翻る。
直感で危険を察知し、短槍ルマニールを発現させたオーラントだったが、瞬間、右腕に熱い衝撃が走って、血潮が舞った。

「────っ!」

 あまりの激痛に、ルマニールを取り落とす。
落下したルマニールは、歩み寄ってきたシルヴィアが踏みつけると、あっという間に光の粒子となって、大気に還元されてしまった。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.233 )
日時: 2018/01/01 17:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 まるで、獣の爪に引き裂かれたかのように──。
血の滴る右腕を抑えて、オーラントが呻き声をあげる。
そんな彼を見下ろすと、シルヴィアは、満足げに口端をあげた。

「……だって、暗示でもかけないと、皆、私の言葉を聞いてくれないんだもの。私、何度も言ったのよ。あの子は私の息子じゃない。三人目の子供は、死産だったのよ、って。……まあ、そんなことをしても、完全に信じてくれる人なんて、結局いなかったけれど」

 一瞬、シルヴィアの表情に陰りが差す。

「……誰も、私を見てくれない。聞いてくれない。召喚師の座すら奪われたら、きっとこの国に、私の居場所はなくなってしまう。本当に私を認めてくださるのは、エルディオ様だけ……」

 オーラントは、喘鳴しながらも、なんとか顔をあげると、吐き捨てるように言った。

「……召喚師の座を退いたら、居場所がなくなる。だから今度は、王座でも狙おう、ってのか? 他の王位継承者を殺したのも、お前か……!」

 オーラントの問いに、シルヴィアは、低い声で返した。

「……それも、ルーフェンが言ったの?」

 普段のシルヴィアからは、全く想像もできないような、凄みのある声。
思わず沈黙すると、それを肯定ととったのか、シルヴィアは、くつくつと笑い始めた。

「本当に、どこまでもどこまでも、目障りな子供……。私から力を奪い、地位を奪い、これ以上なにを奪おうって言うの……」

 オーラントは、ぐっと歯を食い縛った。

「奪ってるのは、あんたの方だろ……」

 掠れた声を、喉の奥から絞り出して、オーラントは言った。

「自分の出自も、よく分からないまま……いきなり、お前は息子じゃないとかほざく母親の元に連れてこられて……。挙げ句、召喚師としての生を強いられて……。ルーフェンが、一体どんな気持ちで、日々を過ごしてきたのか、考えたことあるのか。親に拒絶されて、子供が傷つかないわけがない。どうして、それが分からない……!」

 出会ったばかりの頃の、途方にくれたような、茫洋とした瞳のルーフェンを思い出して、オーラントは叫んだ。

 きっと、本当の意味でルーフェンの苦しみを理解してあげられるのは、この女だけなのに。
同じ召喚師一族として、母親として。
彼に寄り添ってあげられるのは、このシルヴィアだけなのに──。

 強く食い縛った唇の端から、つっと血が垂れる。
こみ上がってくる猛烈な怒りを堪えながら、オーラントは、シルヴィアを睨み付けた。

 しかし、再び口を開く前に、シルヴィアの態度が一変した。
 
「──お前こそ、私の気持ちなんて、知りもしないくせに……!」

 かっと見開かれた、凄絶な瞳で、シルヴィアがオーラントを睨み返す。
突如、髪を掻き乱し、絶叫すると、シルヴィアはわなわなと唇を震わせた。

「私は、ルーフェンを生んだんじゃない! 生まされたの! お前たちのように、次期召喚師を望むこのサーフェリアの民が! 次期召喚師を生まぬことなど、許してはくれなかった……!」

 浅く呼吸を繰り返しながら、シルヴィアがどんっと壁にもたれかかる。
両手で顔を覆い、錯乱したように瞳をさまよわせるシルヴィアの様子は、明らかに異常であった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.234 )
日時: 2021/01/14 13:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)

 ──刹那。
視界がぐにゃりと歪んで、突然、オーラントは急激な目眩に襲われた。

 立っていたはずの石床が消えて、まるで、空中に放り出されたかのような感覚に陥る。
思わず目を閉じて、受け身をとろうと身を丸めたが、次に目を開けたとき、オーラントが立っていたのは、今までいた部屋とは違う部屋だった。

 先程までいたシルヴィアの部屋と、構造自体は変わらない。
だが、雰囲気が全くの別物だった。
寝台の位置も、文机の位置も同じ。
しかし、今いる部屋の空気は、まるで鉛のように重く、淀んでいる。
加えて、部屋中を取り囲むように、巨大な本棚がいくつも並んでいた。

(ここは、どこだ……!?)

 咄嗟に状況が把握しきれず、呆然と辺りを見回す。
そして、高くそびえる本棚に詰まった、沢山の魔導書を見たとき。
オーラントは、目を見張った。

(禁忌魔術の、魔導書……!?)

 禁忌魔術とは、その危険性から発動することを禁止された、古代魔術のことである。
研究されることも禁じられているため、謎に包まれた部分が多いが、禁忌魔術には、大きく分けて二つの種類が存在する。
一つは『時を操る魔術』、もう一つは、『命を操る魔術』である。
 
 行使すれば、発動させた魔導師も代償を払わざるを得ない、強大で、凶悪な魔術──。
古(いにしえ)の時代に封印され、その存在に触れることすら禁忌とされる魔術であるため、オーラントも、知識として知っているだけだ。
しかし今、目の前にある大量の魔導書を見たとき、すぐに、これは禁忌魔術の魔導書なのだと分かった。
魔導書から発せられる魔力が、あまりにも邪悪で、どす黒かったからだ。

 また、この魔力に包まれた時に感じる、奇妙で息苦しくなるような感覚は、移動陣を前にしたときに感じる、その感覚に微かに似ていた。

──……リーヴィアス・シェイルハート……。

──じゃあ、移動陣を作り出したのは、召喚師一族ってことですか?

──そうなんでしょうね。

 以前、ルーフェンとアーベリトに行くため、移動陣を使ったときの会話を思い出す。
考えてみれば、移動陣も、移動時間を短縮させるという意味では、一種の『時を操る魔術』なのかもしれない。
通常、複数人の魔術師を動員しなければ使えない、強力な魔術であるし、使用した者は、しばらく動けないほど身体に激痛が走る。

 移動陣は、他に存在する禁忌魔術に比べれば、危険性が低い部類なのだろう。
しかし、古に存在ごと封印されたはずの禁忌魔術──移動陣を、かつてリーヴィアスという名の召喚師が完成させたのだとすれば、今、シルヴィアの部屋に、禁忌魔術の魔導書があることも頷けた。

(召喚師一族は、禁忌魔術を保有してるのか……?)

 この推測が、真実かどうかはまだ分からない。
だが、目の前にずらりと並ぶ魔導書の中には、厳重に錠をつけられたものや、鎖が巻かれたものまである。
とても、普通の魔導書とは思えなかった。

「おいっ、ここは、なんだ……!」

 部屋の隅で、うずくまっているシルヴィアに問いかけると、シルヴィアは、ゆっくりと顔をあげた。
その顔を見て、オーラントはぎょっとした。
シルヴィアの顔が、まるで老婆のように変貌し、やつれていたからである。

「……っ!?」

 シルヴィアも、己の変化に気づいたのだろう。
皺の刻まれた、枯れ枝のように細い自分の手を見て瞠目すると、すがりつくように本棚に駆け寄った。
そして、一冊の魔導書を開くと、ぶつぶつと何かを唱え始める。

 その詠唱と共に、シルヴィアの背後に、ぼんやりと淡く光る、巨大な砂時計が現れた。
砂時計は、くるりと半転すると、白銀の砂をさらさらと逆流させていく。
そうして、溶けるように砂時計が消えたときには、シルヴィアは、元の若く美しい姿に戻っていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.235 )
日時: 2018/01/03 18:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: J1W6A8bP)



「今の……まさか、禁忌魔術か?」

 警戒したようにオーラントが尋ねると、シルヴィアは、ふうっと息を吐いて、魔導書を本棚に戻した。
冷静さを取り戻したのか、シルヴィアの目には、もう混乱の色は見えない。

 オーラントは、動く左手に再び短槍ルマニールを発現させると、言った。

「……おかしいと思ったんだ。あんたは、もう随分と長い間、その若い姿のままだ。周りの連中には、暗示か何かをかけて誤魔化してるのかもしれんが、俺は騙されない。あんた、禁忌魔術を使って……時を操って、若い姿で在り続けようとしてるんじゃねえだろうな?」

 シルヴィアの返事を待たずに、オーラントは言い募った。

「この部屋は、一体なんだ? お前は……いや、召喚師一族は、禁忌魔術にまで手を出してるのか? 何が狙いだ? 王座について、何をする気なんだ?」

 シルヴィアは、射抜くような鋭い視線をオーラントに向けると、冷笑した。

「少しお話ししようと思って、呼んだだけなのに……随分とうるさいわね。暗示が完全に効かないなら、もう、貴方はいらない……」

 一歩、シルヴィアが踏み出す。
瞬時に、ルマニールを構えたオーラントだったが、しかし、その穂先を突き出す前に、オーラントは、シルヴィアにふわりと抱き締められていた。

 まるで、赤子をあやすように、ぽんぽんとオーラントの後頭部を撫でると、シルヴィアは囁いた。

「そう……貴方にも、ルーフェンと同い年の息子がいるの。……その子も、王宮で魔導師として働いているのかしら……」

「────っ!」

 ぞっとした。
一体どんな手を使って、思考を読まれているのかは分からなかったが、オーラントの頭の中で、けたたましく警鐘が鳴った。

「黙れ──っ!」

 オーラントが、上擦った声をあげる。
シルヴィアは、一度身体を離すと、子供のように首を傾げて、オーラントの顔を覗きこんだ。
その瞳には、おぞましいほどの狂気が滲んでいる。

「……貴方以外にも、ルーフェンに深く関わってしまった人間は、いる? ノーラデュースに常駐していた魔導師たちや、貴方の息子も、ルーフェンのお友達になってしまった……? ねえ、教えて……?」

「──……っ!」

 力一杯、シルヴィアを蹴り飛ばした。
その反動で、後ろに仰け反ったオーラントが、背後の文机に突っ込む。

 衝撃で飛び出した、文机の引き出しから、ぱらりと何かが飛び出す。
それが、一枚の封筒であることに気づくと、オーラントは、差出人を見て、微かに目を見開いた。

(──アリア・ルウェンダ……)

 咄嗟に封筒を懐に突っ込むと、オーラントは、扉めがけて走り出した。
もう、この場所にはいてはならない。
今すぐ逃げるべきだと、本能がそう告げている。

 召喚術は、もうルーフェンが引き継いでいるから、シルヴィアはもうただの魔導師同然である。
だから、いざとなれば、対抗できると思っていたのに──。
この女には勝てない、そんな確信が、オーラントの中にはあった。

 しかし、勢いよく開けた扉の先が、螺旋階段ではなく、深い深い闇であることを目の当たりにすると、オーラントは、立ち止まった。

「逃げられるわけ、ないでしょう?」

 すぐ近くで、シルヴィアの声がする。
後ろから、すっと白い腕が伸びてきて、オーラントの目を覆った。

 シルヴィアは、くすくすと笑いながら、オーラントの耳に唇を寄せた。

「ここは、さっきまでの部屋とは違うの。私が作り出した、私だけの部屋よ……。だから、私の許可がなければ、出ることは叶わない……」

 ルマニールを握る手に、力を込める。
しかし、その次の瞬間には、オーラントの意識は、ぶつりと途切れた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.236 )
日時: 2018/01/04 18:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



  *  *  *


 窓から差し込む朝日で、ルーフェンは自然と目を覚ました。
外では、既に王宮中の官僚や魔導師たちが、忙しく立ち働いている。
訓練場の方からは、騎士たちの勇ましい掛け声が聞こえてきて、ルーフェンは、しばらくそれらの喧騒に、ぼんやりと耳を傾けていた。

 こんなに朝寝坊をしたのは、いつぶりだろう。
最近は、次期召喚師としての業務に加えて、リオット族に関する仕事もこなさなければならなかったから、夜明け前に起きるのが常だった。

 ぽつぽつと、オーラントとの会話を思い出しながら、ルーフェンは素早く着替えて、自室を出た。

 次々と起こる、王位継承者の死。
そして、次期国王にシルヴィアが選ばれてしまうという焦りから、昨日はつい取り乱してしまった。
しかし、オーラントの言う通り、これは焦って解決できる問題ではないのかもしれない。

 まだ、シルヴィアが王位継承者を陥れたという証拠もないし、そもそも、シルヴィアが王座につくことを防ぎたいと思っているのは、現時点でルーフェンだけである。
シルヴィアを嫌悪しているのも、王位継承者の死の黒幕がシルヴィアだと決めつけているのも、言ってしまえば、全てルーフェンの勘。
そんな状態でシルヴィアを問い詰めたとしても、彼女が簡単に真相を吐くわけがないし、きっと、周りを納得させることも不可能だ。

 とにかく今は、冷静かつ迅速に──。
まずは王位継承者の死の真実を暴いていくことが、シルヴィアの即位を妨害するための一矢となるだろう。

(……そういえば、オーラントさんはどこにいるんだろう)

 そんなことを考えながら、本殿の廊下を歩いていると、曲がり角で、どんっと誰かにぶつかった。

「あっ、ごめん」

 咄嗟に謝るも、ばらばらと書類が舞って、床に散らばる。
相手も、大量の書類やら本を抱えていたせいで、歩いてくるルーフェンのことがよく見えていなかったようだ。

 慌てて床にしゃがんで、落ちている書類をかき集めていると、ふと、その紙面に記載されている名前を見て、ルーフェンは瞬いた。

(ジークハルト・バーンズ……?)

 はっと顔をあげて、ぶつかった相手を見る。
目の前で、同じように書類を拾っていた相手は、ルーフェンと同じくらいの年の、黒髪の少年であった。

「バーンズって……君、もしかして、オーラントさんの息子さん?」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.237 )
日時: 2018/01/05 19:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 以前オーラントが、ルーフェンと同い年の息子がいると言っていたことを思い出して、問いかける。
黒髪の少年──ジークハルトは、切れ長の目でじろりとルーフェンを見ると、少し驚いた様子で目を見開いた。

「……確かに、私はオーラント・バーンズの息子ですが」

 そっけなく返して、ジークハルトが立ち上がる。
ルーフェンは、表情を明るくすると、集め終えた書類をジークハルトに差し出した。

「ぶつかってごめんね。俺は──」

「次期召喚師様、見れば分かります」

 ずばっと言葉を一刀両断されて、思わず口を閉じる。
ジークハルトは、ルーフェンの手から書類を受け取ると、軽く頭を下げた。

「失礼しました。それでは」

 まるで何事もなかったかのように、さっさとジークハルトは歩いていってしまう。
ルーフェンは、慌てて振り返ると、ジークハルトの肩に手を置いた。

「ちょっ、ちょっと待って!」

「……何か?」

 不機嫌そうな顔で睨まれて、一瞬たじろぐ。
ルーフェンは、少し困ったように笑うと、ジークハルトに尋ねた。

「いや、その……オーラントさんが今どこにいるのか、知らない? 話したいことがあるんだけど……」

 ジークハルトは、小さくため息をついた。

「知りません。……用件はそれだけですか?」

「え……う、うん」

「では、失礼します」

 それだけ言うと、くるりと踵を返して、再びジークハルトは歩いていってしまう。
もしや嫌われているのではないかと思うほどの無愛想さに、ルーフェンは、ぽかんとその後ろ姿を見つめていた。

 ジークハルトが着用していた黄白色のローブは、見習いを脱した、正規の魔導師が身に付けるものだ。
十四という年で、正規の魔導師として認められているということは、ジークハルトはかなり優秀なのだろう。
そこは、流石オーラントの息子だと言わざるを得ないが、あそこまで無愛想だと、どこかで恨みを買って出世に響きそうである。

(……アレイドも、俺があんな感じだったから、困ってたんだろうな)

 ついて回る弟のアレイドを、とにかく素っ気なくあしらっていた自分を思い出して、ルーフェンは、乾いた笑みを溢した。
アレイドは特に、気の弱い性分だったから、ルーフェンの冷たい態度が、さぞ恐ろしかったに違いない。
それでも諦めずに、毎日話しかけてくれていた彼の気持ちを思うと、胸の奥がちくりと痛んだ。

「…………」

 その時だった。
突然、凄まじい足音が響いてきたかと思うと、向かいから走ってきた魔導師の一人が、ジークハルトに飛びついた。

「ジークハルト! 今すぐ三階の手術室に行け!」

 飛びつかれた衝撃で、再び、ジークハルトの持っていた書類が散らばる。
ジークハルトは、若い魔導師を睨んだ。

「ってぇな、なんだよ……いきなり」

「いいから早く! お前の親父さん……バーンズ卿が、瀕死状態で宮廷医師のところに運ばれたって!」

 驚愕の色を滲ませて、ジークハルトが瞠目する。
なんとなく聞いていたルーフェンも、瞬間、大きく目を見開いた。

 散らばった書類もそのままに、ジークハルトが駆け出す。
ルーフェンも、その後を追いかけると、二人は、すぐさま宮廷医師たちのいる三階へと向かった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.238 )
日時: 2018/01/06 19:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 三階の手術室にたどり着くと、何人もの宮廷医師達が、焦った様子で治療に当たっていた。
彼らの取り囲む手術台には、青白い顔のオーラントが寝かされている。

 魔術の光で照らされて、うっすらと浮かび上がったオーラントの輪郭は、まるで死人のように薄く、唇には、全く血の気がなかった。

「一体、何が……」

 強張った声で、ルーフェンが呟く。

 手術室の前に立つ、ルーフェンとジークハルトに気づいたのだろう。
宮廷医師の一人が、額の汗を拭いながら近寄ってきた。

「今朝、城下の東にある森で、倒れているところを発見されたのです。右腕に深い裂傷を負っていたので、今、治療したところなのですが……」

 言葉を濁した宮廷医師に、ルーフェンは詰め寄った。

「命に別状はないんですよね?」

「…………」

 宮廷医師は、どこか言いづらそうに口ごもった。

「……それが、全く分からないのです。右腕の治療は終わったのに、どんどん衰弱していて……。現状命に関わるほどではありませんが、運ばれてから今までの短時間で、徐々に体温が下がっています。意識も戻りません。今後も体温が低下し続ければ、どうなるか……。他に外傷はなく、毒物の類いも検出されない。そもそも、何が原因でこのような怪我を負ったのかも不明です。怪我の原因が分かれば、衰弱している理由も探しやすくなるのですが……」

 ルーフェンは、さっと顔色を青くすると、手術室の隅に置いてあった宮廷魔導師用のローブ──オーラントの上着を手に取った。

 何か手がかりがないかと、手当たり次第に、オーラントの持ち物を探る。
すると、はらりと一枚の封筒が落ちて、ルーフェンはそれを拾い上げた。

(シルヴィア・シェイルハート宛の手紙……。差出人、アリア・ルウェンダ……?)

 心臓が、どくりと収縮する。
一瞬、ルーフェンが動きを止めていると、ジークハルトがその横から手を伸ばしてきて、オーラントのローブを奪い取った。

 ずたずたに引き裂かれた、右の袖を見て、ジークハルトが眉をひそめる。

「森に倒れていましたし、裂傷からして、獣にやられたのではないかとも思うのですが……」

 暗い顔で、宮廷医師が言う。
だが、ジークハルトは、ぐっと眉間に皺を寄せると、低い声で否定した。

「獣なんかに、やられるわけがないだろう。俺の親父は、宮廷魔導師だぞ」

「…………」

 獣が原因でないことは、おそらく、この場にいる全員が分かっている。
宮廷医師も、ジークハルトの言葉を聞くと、そうだろうな、という風に押し黙った。

(そうだ……オーラントさんが、そんな簡単に、やられるわけがない……)

 封筒を握りしめる手に、力が入る。

 シルヴィアに宛てた手紙が、どうしてオーラントの上着から出てきたのか。
答えは、火を見るより明らかだった。

(オーラントさん、昨夜……まさか……)

 宮廷医師のレック・バーナルドが、ふと、口を開いた。

「もしかすると、呪詛の類いかもしれません。全く見たことがない例なので、解除法どころか、どのような呪詛かも分かりませんが……」

 ルーフェンとジークハルトが、はっと顔をあげる。
ルーフェンは、詰めていた息を吐き出すと、レックの方を向いた。

「どうにかできないんですか! 呪詛なら、身体のどこかに術式が現れるはずだし、魔力だって感じるはずじゃ……!」

「術式も見つからないし、魔力も感じられません。申し訳ありません、本当に原因が分からないのです」

 レックが、焦った表情で声を荒らげる。
周囲を見ても、宮廷医師たちは皆、疲れはてた様子で俯いていた。

(そんな……)

 ルーフェンは、ふと、オーラントの右腕を見た。
傷口が膿んで、微かに腫れてはいるようだが、完全に出血も止まっているように見えるし、きちんと治療して包帯も巻かれている。
致命傷とは言えない。
宮廷医師たちの言う通り、この傷が衰弱の原因とも思えなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.239 )
日時: 2018/01/07 18:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 ルーフェンは、ぎゅっと拳を握りしめた。
そして、宮廷医師たちの間に割って入り、手術台に跳び乗ると、オーラントを跨いで立った。

「じっ、次期召喚師様……!?」

 宮廷医師たちが、慌てた様子で、ルーフェンを見上げてくる。
ルーフェンは、手術台に手をつくと、早口で言った。

「汝、頂点と終点を司る地獄の公爵よ。
従順として求めに応じ、可視の姿となれ……! ──バシン!」

 ルーフェンが詠唱を終えた途端、ふうっと、手術室に生温い風が吹きわたる。
同時に、地面に巨大な鱗のようなものが浮き上がってきて、ぞろりと動いた。

 ルーフェンは、狼狽えている宮廷医師たちに向かって、言った。

「今から、移動陣でアーベリトに行きます! アーベリトなら……サミルさんなら、何の呪詛か分かるかもしれない!」

 宮廷医師たちが、ぎょっとしたようにルーフェンを見る。
レックは、勢いよく首を振ると、ルーフェンに駆け寄った。

「無茶です……! 移動陣は、陣から陣へ移動することしかできないのでしょう!? この手術室から、王宮内の移動陣まで、この状態のバーンズ卿を運ぶのは大変危険です! アーベリトの移動陣も、敷いてあるのはリラの森でしょう! 施療院までは距離があります!」

「…………」

 ルーフェンは、歯を食い縛った。

 確かに、移動陣がある場所でないと、瞬間移動することはできない。
移動陣とは言わば、出発点と終着点の印のようなもの。
悪魔バシンの力を使えば、今いる場所に新たな移動陣を敷き、そこを出発点として指定することはできる。
だが、終着点に関しては、あらかじめ赴いて移動陣を敷いておかなければ、飛ぶ際にどこへ移動するのか指定ができないのだ。

「……どうにかして……ここから、直接サミルさんのところに飛びます……!」

 手元に、オーラント一人を囲めるくらいの移動陣を展開させると、ルーフェンは言った。

 正直、できるか分からなかった。
移動陣は、使うだけでかなりの魔力を消費するし、加えて、今回は、出発点と終着点に同時に新しい移動陣を敷かなければならない。
それこそ、今まで経験したことがないくらいの、極大な魔術を発動させることになるだろう。
しかも、終着点となる“何か”を、今から探さなければならないのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.240 )
日時: 2018/01/08 18:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 32zLlHLc)




「次期召喚師様! おやめください、移動陣がない場所に飛ぼうなど……!」

「失敗して、次期召喚師様の身に何かあったら、どうなさるおつもりですか……!」

 宮廷医師たちが、ルーフェンを止めようと、口々に騒ぎ出す。
その時、ふと、ジークハルトの声が響いてきた。

「できるのか……!」

 目線を上げて、ジークハルトを見る。
宮廷医師たちが、混乱と不安の表情でこちらを見上げている中、ジークハルトだけは、強い瞳で、ルーフェンをまっすぐに見ていた。

 ルーフェンは、頷いた。

「やる──!」

 展開した移動陣が、二重に広がって、ルーフェンとオーラントを包み込んでいく。
ルーフェンは、目を閉じると、周囲の魔力を探り始めた。

 サーフェリア中に幾筋も広がる、魔力の糸。
それらを手繰り寄せ、アーベリトへと続くサミルの魔力を見つけると、ルーフェンは、はっと目を見開いた。

(バシン、この魔力をたどれ……!)

 移動陣を構成する魔語──召喚術にのみ使われる特殊な言語が、弾けて、空中に散った。
その魔語を、指先を動かして書き換えながら、目線で指示を出せば、散っていた魔語が、次々と移動陣に当てはまっていく。

 そうして、完成した移動陣がかっと眩い光を放つと、ルーフェンは、ジークハルトに手を伸ばした。

「君も行こう……!」

 ジークハルトが、目を見張る。
連れていく人数が多ければ多いほど、移動陣を展開したルーフェンへの負担は、大きくなる。
そのことを懸念したのか、一瞬躊躇したジークハルトに、ルーフェンは頷いて見せた。

「大丈夫、君のお父さんだろう。一緒に行こう……!」

 ジークハルトが手を伸ばして、ルーフェンの手を握る。

 ルーフェンは、ジークハルトの手を握ったまま、空いた手を移動陣に叩きつけた。

「────っ!」

 移動陣の発する光が増して、手術室全体が、白に包まれる。

 眩しさに目を閉じ、うずくまった宮廷医師たちが、次に目を開けたときには、もうルーフェンたちの姿はなかった。

 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.241 )
日時: 2018/01/10 23:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 暗闇の中を飛びながら、光の筋をたどっていくと、ぱっと目の前が開けて、ジークハルトたちは硬い地面の上に落ちた。

 刺すような冬の外気に、思わず身体を震わせる。
ジークハルトたちが着地したのは、アーベリトで最も大きな施療院の扉の前であった。

 初めて移動陣を体験したジークハルトは、すぐに立ち上がることができなかったが、ルーフェンは、弾かれたように走り出すと、施療院の扉にすがりついた。

「サミルさん! サミルさん!」

 木造の扉が軋むのも構わず、どんどんと扉を叩く。
ややあって、慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、扉が開いて、中からサミルが現れた。

「次期召喚師様……?」

「サミルさん! 助けてください……!」

 息を乱しながら、ルーフェンが地面に横たわっているオーラントを示す。

 サミルは、つかの間状況が理解できていなかったようだが、汗だくのルーフェンを見ると、すぐに険しい表情になった。

「とにかく、中に入ってください。彼は極力動かさないように。今、担架を持ってこさせます」




 施療院の他の医師たちの手も借りて、オーラントを慎重に室内に運び込むと、ルーフェンは、状況をサミルに説明した。

 サミルは、そんなルーフェンの話を聞きながら、オーラントの様子を診ていたが、やはり、すぐには原因が分からなかったようだ。
ひとまず加温した点滴だけ用意すると、他の医師たちと何度も話し合っていた。

 初老の医師──ダナが、オーラントの喉を覗き込みながら、言った。

「はて、症状としては低体温症そのものですが、王宮に運び込まれてからも尚、体温が低下し続けているというのは、確かに奇妙ですな。次期召喚師様、宮廷医師たちはどのような処置を?」

 問いかけられて、ルーフェンは、暗い声で答えた。

「とりあえず、右腕の治療だけ……。体温が低下してるけど、現状命に関わるほどではないって。でも、このまま衰弱し続けるなら、どうなるか分からないと言ってました。もしかしたら、呪詛の類いかもしれないとも」

 ルーフェンの言葉に、サミルは眉を寄せた。

「呪詛……。そうですね、直接的な原因が見つからない以上、そう考えるのが妥当ですが……」

 微かに唸って、顎に手を当てる。

 呪詛らしい症状も見られないが、オーラントは、既に宮廷医師たちにかかっているのだ。
宮廷医師は、サーフェリアでも有数の腕を持つ者たちである。
そんな彼らが、『衰弱の原因が分からない、身体に異常が見当たらない』と判断したなら、オーラントを蝕むのは、普通の探し方では見つからない“何か”なのだろう。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.242 )
日時: 2018/01/10 19:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 オーラントの脈を測っていた若い医師が、焦った様子で言った。

「サミル先生、脈拍数も呼吸数も、かなり低くなっています。もし本当にこのまま低下していけば、仮死状態にも陥りかねません」

 サミルが、顔をあげて、オーラントの瞳孔を確認する。
 
 そうして、慌ただしく立ち動く医師たちを見ながら、ルーフェンは、ぎゅっと唇を噛んだ。

(昨夜のことを、サミルさんに言ったら、何か分かるだろうか……)

 懐に手を入れて、オーラントの上着から出てきたシルヴィア宛の手紙に触れる。

 昨日、ルーフェンと別れた後、オーラントはきっとシルヴィアの元に向かったのだ。
そうでなければ、オーラントの上着から、シルヴィアの手紙なんてものが、出てくる理由がない。

 詳しい経緯は知らないし、オーラントが、どういうつもりでシルヴィアに会いに行ったかは分からない。
だがオーラントは、シルヴィアが王位継承者たちを殺したかもしれないということを、知っている。

 そのことを、彼が直接シルヴィアに言ったのだとしたら──。
そして、もし本当に、王位継承者たちを殺したのが、シルヴィアだったのだとしたら──。
その真実を知ってしまったオーラントを、シルヴィアが消そうと考えても、おかしくはない。

(俺がオーラントさんに、あんなこと言ったから……)

 ルーフェンは、拳を握りしめた。

 シルヴィアのことを、サミルに言うのは躊躇われた。
心配をかけてしまうだろうし、証拠もない疑いの段階で言っても、混乱させてしまうだけだからだ。
しかし、オーラントを救うために、今はどんな情報でも惜しんでいる場合ではない。

「……あの」

 医師たちやジークハルトの目が、ルーフェンに向く。
ルーフェンは、緊張した面持ちで、サミルに向き直った。

「オーラントさん、昨夜、シルヴィアの所に行ったんだと思うんです……」

「…………」

 サミルの目が、微かに大きくなる。
ルーフェンは、サミルを見つめた。

「事情は後で話します。何があったのかは俺も分からないし、こんなこと、信じてもらえないかもしれません。……でも、オーラントさんがそうなった原因は、召喚師……シルヴィアだと思います」

 言われている意味が分からない、といった風に、医師たちやジークハルトが眉をしかめる。
しかしサミルは、何かを思い出したように駆け出すと、隣の部屋から分厚い紙束を持ってきて、それをばらばらとめくって読み出した。

 手書きの文字がぎっしりと並ぶ、古い紙束。
それらを乱暴に漁って、はっと息を飲むと、サミルは突然、小刀を取り出して、オーラントに近づいた。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.243 )
日時: 2018/01/11 18:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SsbgW4eU)


「先生!? 何を──」

 困惑する若い医師を制して、サミルがオーラントの右腕の包帯を、小刀で裂いていく。
そして、意を決したように小刀を振り上げると、むき出しになった右腕めがけて、一気に降り下ろした。

「────!」

 かんっ、と甲高い音が響いて、小刀が宙に飛ぶ。
サミルの頬をかすり、やがて、地面に落下した小刀を、一同は、唖然として見つめていた。

「……小刀が、弾かれた…?」

 若い医師が、ぽつりと呟く。
サミルは、頬から垂れた血を拭うと、ふうと吐息をこぼした。

「今、一瞬だけ魔力を感じましたね……。誰の魔力か、分かりますか」

 微かに震えた声で、問いかける。
すると、ジークハルトが、表情を険しくした。

「……親父の魔力だった」

 それを聞くと、サミルは、何かを確信したように目を閉じ、開いた。

「これは、呪詛です。それも、かなり特殊で、強力な……」

 ルーフェンは、訝しげにオーラントの右腕を見つめた。

「でも、今感じたのは、オーラントさん本人の魔力でした。それに、術式も全然見当たらない……」

 サミルは頷くと、掠れた声で告げた。

「だから、特殊なのです。具体的にどのような原理で、バーンズさんの命を蝕んでいるのか、それは分かりません。ですがこの呪詛は、放置すれば、宿主を必ず死に至らしめる強力なものです。もし私の予想が当たっていれば、術式は、皮膚表面ではなく骨に刻まれているはず。この呪詛は、かけた術者ではなく、かけられた本人──つまり、バーンズさんの魔力を喰らって発動します。核はおそらく、この右腕……。だから、右腕という寄生先を失えば、この呪詛は効力を失います。故に、小刀が弾かれたのです。私が、核を傷つけようとしたから……」

 全員が息を飲んで、その場に立ち尽くす。

 魔導師であるジークハルトも、召喚師一族であるルーフェンでさえ、知らない呪詛だった。

 呪詛は本来、かけた術者本人の魔力に依存し、その魔力の残滓(ざんじ)は、少なからずかけられた者の内に残る。
また、術式──その呪詛を発動させるための陣や呪文が、目に見えない場所に刻まれているというのも、かなり特別な例だ。
加えて、発動源である核が、自ら傷つけられることを拒むなんて、そんな異様な呪詛は、聞いたことがなかった。

 呪詛とは、恐ろしいものではあるが、それほど複雑な魔術ではない。
もし感じる魔力が、知っている者の魔力ならば、呪詛をかけた張本人を特定することもできるし、術式が目に見える場所に刻まれていれば、読み解いて解除することもできる。
重要なのは、呪詛の複雑さではなく、かけられた者が死ぬ前に呪詛を解除しなければならないという、時間の問題なのだ。
しかし、今回のオーラントにかけられた呪詛には、そういった前提が当てはまらない。

 ジークハルトが、低い声で尋ねた。

「……解除することは、できないのか」

 サミルは、床の小刀を拾い上げて、目を伏せた。

「……私の知る限りでは、解除する術は、ありません。かつて一度だけ、同じ呪詛を見たことがあります。……バーンズさんを救う方法があるとしたら、右腕を……切り落とすしか」

 無表情だったジークハルトの瞳が、微かに動く。
ダナや若い医師も、悔しそうに俯いた。

 サミルは、オーラントの右肩に触れると、言い募った。

「……強制的に、バーンズさんと核を切り離すことはできます。幸い、呪詛をかけられてから、そんなに時間は経っていないようです。……まだ、間に合います」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.244 )
日時: 2018/01/12 19:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ACwaVmRz)




 ルーフェンは、オーラントの白い横顔を見つめて、言った。

「……オーラントさんは、宮廷魔導師なんですよ……?」

 その呟きに、全員が言葉を詰まらせる。

 右腕を失えば、オーラントはもう、短槍を十分に扱うことはできなくなる。
宮廷魔導師として、生きていくことはできなくなる。
そんなことは、言わずとも、この場にいる全員が分かっているようだった。

(解除、できない……? 本当に……?)

 オーラントの右腕を凝視しながら、ルーフェンは、手を伸ばした。
この呪詛をかけたのが、シルヴィアだったとして、自分なら、解除できるのではないだろうか。
右腕を切り落とすことなく、オーラントを助けられるのではないだろうか。

 オーラントには、沢山の借りがある。
ルーフェンの無茶苦茶な思いつきにも向き合い、ノーラデュースまで一緒に旅をしてくれた人だ。
次期召喚師ではなく、一人の人間としてルーフェンを見てくれた、暖かい人だ。
彼を、悲しませることは、絶対にしたくなかった。

(俺が、どうにかして──……)

 そうして、オーラントの右腕に触れたとき。
ふと、オーラントが呻いて、うっすらと目を開けた。

「オーラントさん……!」

 はっと身を乗り出して、オーラントの顔を覗きこむ。
苦しいのか、上手く声は出せないようだったが、オーラントは、確かにこちらを見ていた。

 焦点が合っていない、ぼんやりとした目で宙を見ていたオーラントは、ルーフェンを瞳に映すと、微かに唇を動かした。

「──……」

 呻き声に近い、微弱なオーラントの声。
それを聞いて、ルーフェンは目を見開くと、その場から一歩下がった。

(……駄目、だ……)

 今、オーラントの瞳に映っているべきは、自分じゃない。
その時、ルーフェンはそう思った。

 オーラントが呼んだのは、ルーフェンではなく、ジークハルトだったからだ。

(……俺じゃ、駄目なんだ……)

 もう一歩下がって、ジークハルトの方を見る。
ルーフェンが、どんな気持ちで振り返ったのか。
そんなことは、当然分かるはずもなかったが、ジークハルトは、オーラントのほうに近づくと、語りかけた。

「……親父、聞こえるか」

 オーラントの目に、微かに光が戻る。
ジークハルトは、すっと息を吸うと、はっきりと告げた。

「右腕を、切るぞ。そうすれば、助かるかもしれない」

「…………」

 オーラントは、何も言わなかった。
ジークハルトの声が、聞こえているのかどうかも定かではなかったが、虚ろな目を閉じると、再び眠ってしまった。

 ジークハルトは、サミルの方を見ると、迷いなく言った。

「右腕を、切って下さい」

 サミルは、どこか悲しそうに眉を下げたが、すぐに頷くと、強い口調で返した。

「……分かりました。私達に任せてください」

 ジークハルトが、軽く頭を下げる。

 ルーフェンは、そんな彼らのやり取りを、ただじっと、遠巻きに眺めていた。

 だんだん意識がぼんやりしてきて、視界が揺れてくる。
ルーフェンは、突然襲ってきた激しい目眩にうずくまると、そのまま意識を失った。

 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.245 )
日時: 2018/01/13 19:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 闇を切り裂いて、誰かの悲鳴が上がった──。

 恐怖に戦慄(わなな)き、一歩後ずされば、足元で、何かがころりと転がる。
それが、アレイドの頭であることに気づくと、ルーフェンは、その場に崩れ落ちた。

「ア、レイド……?」

 震える声で呼び掛けても、彼はもう、目を開けない。
ふと顔をあげれば、他にもルイスやリュート、フィオーナの顔が、鞠(まり)のように地面に落ちていた。

「おい、ルーフェン! こっちだ!」

 オーラントの声が響いて、ぐいっと強く腕を掴まれる。
引っ張られるまま、ルーフェンも走り出すが、刹那、前を走っていたオーラントの頭も、一瞬にして弾け飛んだ。

「──……!」

 どしゃり、と胴体が倒れ、ややあって、宙を舞った頭が落ちてくる。
かっ斬れた首から、大量に噴き出した血が、ルーフェンの身体にねっとりとまとわりついた。

「……オーラント、さん……?」

 名前を呼んでも、やはり返事はない。
深い深い闇と、吐き気がするほどの濃い血臭。

 ひたり、ひたりと、血の滴る音がする。
近づいてきた死の足音は、転がるオーラントの頭を踏み潰し、ルーフェンの前で立ち止まった。

「お前は、私の息子じゃない……」

 聞き慣れた、呪いの言葉。
見上げれば、そこにはシルヴィアが立っていた。

「お前は、私の息子じゃない……」

 銀色の魔女は、美しく嗤う。
そうして振り下ろされた、血濡れた刃は、ルーフェンの身体を、真っ二つに切り裂いた──。



「────っ!」

 胸に鋭い痛みが走って、ルーフェンは、寝台から跳ね起きた。

 全身が、汗でぐっしょりと濡れている。
脈打つ心臓を確かめるように、胸を押さえながら、ルーフェンは、はあはあと荒い呼吸を繰り返した。

「……起きたか」

 寝台脇の椅子に腰かけていたジークハルトが、ふと、口を開く。
ルーフェンは、一瞬呆けた様子でジークハルトの顔を見つめていたが、ややあって、きょろきょろと辺りを見回した。

「……俺、寝てた?」

 ジークハルトは、頷いた。

「寝てた、というより、あの後、急にぶっ倒れた。魔力切れでしょう。移動陣の使いすぎかと」

「…………」

 少し驚いたように瞬くと、ルーフェンは、自分の掌を見つめた。
確かに、アーベリトに来るまでに、オーラントとジークハルト、二人分の魔力も賄った上で、移動陣のない場所に瞬間移動するという無茶をした。
だが、まさか倒れるほど消耗していたとは思わなかったのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.246 )
日時: 2018/01/14 21:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)



 ジークハルトは、未だぼんやりとしているルーフェンを一瞥して、小さくため息をついた。

「……かなりうなされてましたけど、悪い夢でも見たんですか」

 一瞬、先程の血の臭いが、鼻の奥によみがえってくる。
ルーフェンは、込み上げてきた吐き気をこらえると、困ったように眉を下げた。

「うなされてたなら、起こしてよ」

「は? なんで俺が」

 うっかり素が出て、ジークハルトがはっと口をつぐむ。
目を丸くしたルーフェンを見て、罰が悪そうに頭を掻くと、ジークハルトは言い直した。

「……いえ、よく眠ってらっしゃったもので」

 ルーフェンは、肩をすくめた。
彼はどうも、口下手なようだ。
無愛想で、どこか近寄りがたい雰囲気を持っているジークハルトだが、一応次期召喚師相手には、かしこまった態度をとらなくてはと気を張っていたのだろう。
そう思うと、なんだか親近感が持てた。

「別に、無理に敬語使わなくてもいいよ。そういうの苦手なんでしょ?」

「…………」

 ジークハルトは、少し躊躇ったように口を開いたが、結局なにも言わなかった。

 ルーフェンは、次いで窓に触れると、ぽつりと呟いた。

「ねえ、ジークハルトくん。……オーラントさんは?」

 ジークハルトが、気持ち悪そうに顔をしかめる。
腕を組むと、彼はきつい口調で言った。

「長い。ジークハルトでいい」

「じゃあ、省略してジークくん」

「……人の話聞いてたか?」

 呆れたように言って、ルーフェンを睨む。
しかし、窓の外を眺めるルーフェンは、どこか上の空で、いまいち言葉が耳に入っていないようだ。
ジークハルトは、深く息を吐いた。

「……親父は、助かった。右腕の切断が終わって、今は隣の部屋で寝てる」

 振り返ったルーフェンの目に、一瞬、安堵の色が浮かぶ。
しかし、すぐに目を伏せると、ルーフェンは、ぎゅっと拳を握った。

「……俺、どれくらい寝てた?」

「さあ。二刻くらいじゃないか」

「二刻……」

 ルーフェンは、結露した窓を手で拭って、空を眺めた。
まだ、日は高い──。
アーベリトに到着して、二刻程度しか経っていないなら、今は昼過ぎだろう。

 ルーフェンは、突然窓を開くと、寝台から身を乗り出して、窓の外に飛び降りた。

「──!?」

 ぎょっとしたジークハルトが、思わず窓に駆け寄る。
一階であったため、軽い段差を飛び越えるような勢いで着地すると、ルーフェンは、ジークハルトを見た。
 
「君は、オーラントさんについていて。……俺は、シルヴィアのところに行く」

「は? 行くって、どうして」

 眉をひそめ、問いかける。
ジークハルトは、同じように外に出ると、ルーフェンと対峙した。

 白い息が、ふわりと空気に溶ける。
ルーフェンは、強く決心したような顔をしていた。

「問い詰めるんだよ。昨夜、オーラントさんとの間に何があったのか。王位継承者の殺害までして、シルヴィアは、一体何を企んでいるのか……」

「王位継承者の、殺害……?」

 サミルたちと会話をしていたとき、ルーフェンが「オーラントが呪詛にかかったのはシルヴィアが原因だ」と述べていたことを思い出す。
あの時は、オーラントを救うことに必死で気が回っていなかったが、改めて考えると、ルーフェンの発言は信じがたいものであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.247 )
日時: 2018/01/15 18:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3i70snR8)




「お前、何言って……」

 ジークハルトが、顔を歪める。
ルーフェンは、表情を険しくした。

「俺は、シルヴィアが他の王位継承者達を殺したんだと踏んでる。シルヴィア自身が、王座につくために……。俺は昨夜、そう疑っていることを、オーラントさんに話してしまった。だから彼は、シルヴィアにあんな呪詛をかけられたんだと思う。シルヴィアにとって、秘密を知ったオーラントさんは、邪魔者に他ならないから……」

 ルーフェンは、ジークハルトの様子を伺いながら続けた。

「ちゃんとした証拠は、ない。だから、君が信じられないと思うなら、信じてくれなくてもいい。……でも、俺は行く」

「…………」

 怪訝そうに細められていたジークハルトの目から、徐々に疑いの色が抜けていく。
ジークハルトは、しばらく睨むようにルーフェンを見つめていたが、やがて、施療院のほうを一瞥すると、ため息をついた。

 少しだけ驚いたように、ルーフェンが瞠目する。

「……信じるの?」

 ジークハルトは、冷静に答えた。

「……別に。ただ、あり得ない話じゃないと思っただけだ。あんな複雑怪奇な呪詛、親父相手にかけられるとしたら、召喚師一族くらいだろう」

「…………」

 続けて、ルーフェンと距離を詰めると、ジークハルトは言った。

「だが、仮にお前の話が本当だとして、召喚師を問い詰めるなんてやり方が、得策とは思えない。相手が相手だ。そう簡単に、尻尾を掴めるとは考えづらいだろう。焦って、無鉄砲な行動をとるのは避けるべきだ」

 ジークハルトの言葉に、顔をあげる。
ルーフェンは、乾いた笑いをこぼすと、微かに俯いた。

「そう……」

 そして、ジークハルトの胸に指を向けると、そのまますっと指先を動かした。

「ごめんね、ジークくん」

──瞬間、足元から水が噴き上がったかと思うと、それらが細い渦を成して、ジークハルトを取り囲んだ。
まるで強固な鎖のように、水の輪がジークハルトを縛る。

 ルーフェンは、ジークハルトが動けなくなったことを確認すると、リラの森──移動陣があるほうに向かって走り出した。

「なっ、待て! てめえ!」

 身体を捩りながら、ジークハルトが叫ぶ。
しかし、ルーフェンは振り返りもせず、一直線に移動陣のほうを目指していた。

 「焦って無鉄砲な行動をとるのは避けるべきだ」なんて、ジークハルトは、オーラントと似たようなことを言う。
だが今は、焦らねばならない時なのだ。

 もちろん、ルーフェンだって、何の策もなしに動くのが、良いことだとは思っていない。
しかし、策なんて立てている間にも、シルヴィアとて動いている。
そうして手薬煉(てぐすね)を引いている間に、オーラントが、標的にされてしまったのだから──。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.248 )
日時: 2018/01/16 18:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)




 ルーフェンは、くっと歯を食い縛った。

 オーラントは、どうにか助かった。
否、ぎりぎりのところで、シルヴィアに生かされたのだ。

 完全に殺さなければ、ルーフェンの注意はシルヴィアから外れ、オーラントを救う方向に向く。
言わばこれは、時間稼ぎに違いない。
そうでなければ、シルヴィアがみすみすオーラントを逃がすわけがないのだから。

(シルヴィアを止められるとしたら、俺しかいない──!)

 そのまま、リラの森に入ろうとしたところで、急に足が動かなくなって、ルーフェンはつんのめった。
咄嗟に手をついて、足を見ると、先程ジークハルトに放ったのと同じ水の輪が、ルーフェンの足にも絡まっている。

 驚いたのと同時に、背後からすごい勢いでジークハルトが跳びかかってきて、二人は、もつれるようにして地面に倒れた。

「っ、何するんだよ!」

 馬乗りになってきたジークハルトを、ルーフェンが睨み付ける。
ジークハルトは、濡れた前髪をかきあげると、鼻を鳴らした。

「はっ、それはこっちの台詞だ! 魔術なら、誰にも負けないとでも思ってたか?」

「────!」

 そう言われて見て、ジークハルトが自由に動いていることに気づくと、ルーフェンは目を大きくした。
ジークハルトを縛る水の輪は、もうない。
自分が放った魔術を、こんな風に誰かに解かれたのは、初めてであった。

 しかもジークハルトは、全く同じ水の魔術を、今度はルーフェンの足に仕掛けてきたのである。
これは、明らかな当て付けだ。

 ルーフェンは、悔しげにジークハルトを怒鳴った。

「どけ! どうして止めるんだよ! 君だって、お父さんを殺されかけたんだぞ!?」

「俺は、感情的になるなって言ってんだよ! 真実がどうであれ、証拠がないんじゃ問い詰めることもできないだろ!」

 ルーフェンは、足を縛る水の輪を解くと、力ずくでジークハルトを押し返した。

「もう時間がないんだ! 今すぐにでも、陛下がシルヴィアを次期国王に指命してしまうかもしれない! 証拠を探す暇なんてないんだよ! だからシルヴィアに直接会って、無理矢理にでも吐かせる!」

「だから! そんなことしてどうするってんだよっ!」

 ルーフェンの胸ぐらを掴むと、ジークハルトは声を荒げた。

「もし、召喚師の悪巧みを妨害できたとして、どうするんだよ! 次期国王は、赤ん坊のシャルシスか? 発言権の弱いバジレット(ばばあ)か? それとも、周囲の反対をねじ伏せて、王権を他の街に移すのか!?」

 ジークハルトの言葉に、ルーフェンの瞳が揺れる。
以前謁見の間で行われた会議の内容は、既に、ジークハルトたちのような、一般の魔導師たちにも伝わっているのだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.249 )
日時: 2018/01/17 18:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 ルーフェンは、すっと息を吸うと、ジークハルトの腕を掴み返した。

「……君は、シルヴィアが……次期国王になればいいって言ってるの?」

「…………」

 一瞬、言葉を詰まらせる。
一拍置いてから、ジークハルトは、ルーフェンを掴む力を緩めた。

「……お前は、宮廷医師共の反対を押しきって、ぶっ倒れるまで魔力使って、親父を助けてくれた。……だから、お前の言葉は、信じてもいい」

 ふっと目を伏せて、ジークハルトは続けた。

「だが、それとこれとは、話が別だ。もし、召喚師が王位継承者を殺していただなんて話が広まったら、サーフェリアはどうなる? シルヴィア・シェイルハートという頼みの国王候補が消えて、更に混乱するだろう。考えなしで動いて、召喚師を陥れたら、その混乱の矛先が、お前に向く可能性だってあるんだぞ? 王位継承者が次々死んで、王都は今、不安定だ。そんな中で、シルヴィア・シェイルハートは唯一の希望であり、心の拠り所になってる。世間では、“そういう”認識だ。お前は、それをぶち壊すのか?」

「…………」

 ルーフェンは、苦しげに唸った。
そして、何かをこらえるように俯くと、口調を弱めた。

「……わかってる、そんなこと……」

 震える唇を噛んで、ルーフェンは言った。

「……皆、シルヴィアのことを疑わない。勝手に憎んで、嫌悪してるのは、いつも俺だけだ。彼女が国王になることが、周囲の望みだっていうのも、わかってる。わかってるけど……そうじゃないだろう……!」

 ジークハルトの肩を掴むと、ルーフェンは顔をあげた。

「君は、世間が納得するなら、オーラントさんを殺そうとした奴が国王になってもいいっていうのか!?」

 ジークハルトが、ルーフェンを突き飛ばす。
勢いよく背中を地面に叩きつけられて、ルーフェンは呻いた。

 ジークハルトは、少し戸惑ったように自分の手を見たが、大声で返した。

「……そうだ。俺は、国に仕える魔導師だ! 国のことを一番に考え、国のために動く! 私情を優先したりしない!」

 言い切ったジークハルトに、ルーフェンが顔をしかめる。

 ジークハルトは、オーラントのことを蔑(ないがし)ろにして、そんな台詞を言った訳じゃない。
それはちゃんと理解していたし、ジークハルトの言い分が、正しいことも分かっていた。
それでも、国のためなら全てを捧げようなんて考えに、ルーフェンは頷く気になれなかった。

 立ち上がると、ルーフェンは、怒鳴り返そうと口を開いた。
しかし、激情を飲み込むように言葉を詰まらせると、ゆるゆると息をはいて、唇を震わせた。

「……なんで、そんな冷静になれるんだよ。一歩間違えたら、オーラントさん、死んでたかもしれないのに……」

 ルーフェンは、弱々しく言った。

「君の、お父さんだろ。血の繋がった、唯一の……。君が、何よりも国を優先するべきだって思うなら、そうすればいい。でも、もっと怒れよ。サーフェリアがどうとか、次期国王がどうとか言う前に、『よくも親父を殺そうとしやがって』って、怒れよ……。その役目は、俺がやったって駄目なんだ。息子である君が、やるべきなんだよ」

 いきなりそんなことを言われて、ジークハルトは、呆気にとられた様子で立ち尽くした。
ルーフェンは、はっと我に返ると、気まずそうに俯いた。

「……もう、いいよ。……分かった。俺は、シルヴィアを絶対に許さないけど、そんなに言うなら、無理に行動は起こさない。まだ陛下のご意志もはっきりしていないようだし、少し様子を見る」

 平坦な声で言って、ルーフェンはジークハルトに向き直った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.250 )
日時: 2018/01/18 17:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「……でも、その代わり、君とオーラントさんは、しばらく王宮に戻らないと約束して。シルヴィアは、多分オーラントさんが生きていることを、知っている。真実を知っているオーラントさんを、彼女が見逃すとは限らない。次にいつ仕掛けてくるか分からないし、もしかしたら、息子であるジークくんのことも狙ってくるかもしれない。魔導師団には、俺から適当に何か言っておくから、今は目立つことはしないで」

 ジークハルトは、不機嫌そうに眉を寄せた。

「ふざけるな。親父はともかく、俺は明日には王宮に戻るぞ。もし何かあったとしても、自分の身くらい、自分で守れる」

 ルーフェンは、首を振った。

「駄目だよ、危険だ。俺はしばらく、シルヴィアの動きを把握するのに精一杯になるだろうし、何かあったとき、上手く君のことを助けられるか分からない」

「だから、自衛するっつってんだろ! 俺のことをなめてるのか」

「足手まといになるって言ってるんだよ!」

 ジークハルトの眉が、怒りでぴくりと動く。
しかしルーフェンは、気にせずジークハルトに顔を近づけると、刺々しく言った。

「いいか、自衛できるとかできないとか、そういう問題じゃない。君は確かに優れた魔導師だと思うけど、相手は召喚師、シルヴィア・シェイルハートなんだ。君の言う“強さ”が、通用する相手じゃない」

 ジークハルトは、舌打ちした。

「通用するかどうかなんて、やってみなきゃ分からないだろ! 調子に乗るなよ。お前だって、召喚術さえなけりゃ俺は──」

「そうだよ。俺には、召喚術がある」

 ジークハルトの言葉を遮って、ルーフェンが口を開く。
その銀の瞳が、不気味な光を宿して、ジークハルトは、思わず言葉を止めた。

 ルーフェンは、続けた。

「召喚術、それこそが俺と君達との、絶対的な力の差であり、越えられない壁だよ。俺も君も、同じ人間だけど、置かれている立場は全く違う。逆に言えば、俺はシルヴィアの同類で、唯一彼女に力で対抗できる人間だ。対抗できるどころか、今は全ての才が俺に渡っているから、やろうと思えば、シルヴィアを殺すことだってできる。俺が読み違いさえしなければ、負けることはない」

 今までの雰囲気とは違う、ルーフェンの冷たい声。
人間離れした、透き通った銀の瞳で見つめられて、ジークハルトの中にわき上がってきたのは、得体の知れない恐怖だった。

「召喚術の強力さも、恐ろしさも、一番分かってるのは、俺だよ。だから、事態が収まるまで、もう君は関わらない方がいい。オーラントさんを巻き込んでしまって本当に申し訳ないけど、言うことを聞いて」

「…………」

 返す言葉が見つからないのか、ジークハルトが押し黙る。
分かってくれただろうかと、顔を離したルーフェンは、しかし、次の瞬間、ジークハルトに頭をぶっ叩かれた。

「いっ──」

 まさか殴られるとは思わず、ルーフェンが頭をおさえる。
ジークハルトは、ふんっと鼻を鳴らすと、ルーフェンを睨んだ。

「何が、俺には召喚術がある、だ。自惚れるのも大概にしろ。なよっちいぼんぼんが!」

 ぴきり、と青筋を立つ。
ルーフェンは、仕返しにジークハルトの顔面を殴り返すと、頭ごなしに叫んだ。

「さっきから立て続けに殴りやがって、いい加減にしろこの石頭!」

 泥が跳ねて、ジークハルトの身体が地面に突っ込む。
しかし、すぐに起き上がると、ジークハルトは再び殴りかかってきた。

「うるせえ! この白髪野郎! てめえが先に喧嘩吹っ掛けてきたんだろうが!」

「白髪じゃない銀髪だ! よく見ろ馬鹿!」
 
 咄嗟に身体を沈ませて、拳を避ける。
ルーフェンは、そのまま懐に飛び込むと、ジークハルトの足に蹴りを入れた。

 足を払われ、ジークハルトが、体勢を崩す。
だが、受け身をとってくるりと立ち上がると、今度はジークハルトが、ルーフェン目掛けて回し蹴りを放った。

 二人はそうして、しばらく取っ組み合いを続けていた。
全身泥だらけ、擦り傷だらけになって、お互いを罵る言葉が出てこなくなっても、やめなかった。

 やがて、息が切れて動けなくなると、ようやく二人は、動きを止めた。
その頃には、一体なんでこんな取っ組み合いを始めたのか、よく分からなくなっていたが、気分はどこかすっきりしていた。

 二人はそうして、草地に仰向けに倒れると、何も言わずに、赤く染まり始めた空を見つめていた。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.251 )
日時: 2018/01/19 18:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 ルーフェンとジークハルトが施療院に戻ってきたのは、空が青い薄闇に沈み始めた時分だった。

 隣の部屋にいたはずのルーフェンたちが、何故か玄関から入ってきたときは、サミルも驚いた。
しかし、全身ずぶ濡れで、ぼろぼろの姿になった二人を見ると、サミルは苦笑して、何も聞かずに迎え入れてくれたのだった。

 風呂に入り、ひとまず病衣を借りて着替えた頃には、眠っていたオーラントが、目を覚ましていた。
右腕を失い、まだ自力で寝台から起き上がることも出来なかったが、思いの外、内面は元気そうだった。

 オーラントは、部屋に入ってきたルーフェンとジークハルトを見ると、左手を挙げて、にっと笑った。

「……よう、なんか、久しぶりだな。二人とも」

 掠れているが、低くて穏やかな、オーラントの声。

 ジークハルトは、無愛想な態度のままだったが、やはり父親の姿に安堵したようで、胸を撫で下ろしていた。
ルーフェンは、オーラントとは昨日も会ったはずだったが、それでも、彼の声を聞いたのは、本当に久々なような気がした。

 右肩から先がない、オーラントの姿を見ていると、ちりちりと身の内を焼くような、そんな熱が込み上がってくる。
だが、その一方で、生気の戻ったオーラントの笑顔を見ると、涙が出そうなほどほっとした。

「大体のことは、レーシアス伯から聞いた。いやぁ、悪かったな。なんか、心配かけたみたいで」

 申し訳なさそうに頭を掻いて、オーラントが言う。

 ジークハルトは、肩をすくめた。

「今朝は死にそうな顔してたくせに、半日で復活するとはな。三十路過ぎの中年とは思えん」

「お前、もうちょっと労りの言葉は出てこないのか……」

 オーラントは、呆れたようにため息をつくと、今度は、ルーフェンの方を見た。

「ルーフェンも、王宮からアーベリトまで、俺を運んでくれたんですってね。昨晩、あんたを誤魔化してまでシルヴィア様んとこに乗り込んだっていうのに、こんな有り様ですんません」

 まるで何でもなかったかのように言って、オーラントが笑う。
ルーフェンは、込み上がってきた熱を押し止めると、微笑みを作った。

「いいんですよ、そんなの。……貴方が、助かって良かった」

 声が震えないように、告げる。
それからルーフェンは、少し躊躇った後、再び口を開いた。

「……オーラントさん、シルヴィアとの間に、何があったんですか?」

 一瞬、オーラントの顔が強張った。
しかし、すぐに緊張感のない表情に戻ると、オーラントは、ルーフェンに軽く頭を下げた。

「それがですね……その、非常に申し訳ないんですが、さっぱり記憶がなくて」

「え……」

 瞠目して、サミルを見る。
サミルは、ルーフェンの意図を察すると、真剣な表情で頷いた。
──呪詛や怪我の後遺症ではない、ということだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.252 )
日時: 2018/01/20 18:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



(シルヴィアが……消したのか?)

 考え込むルーフェンに、オーラントは言った。

「昨晩、あんたと別れた後、そのシルヴィア様に対する違和感、って言うんですかね……それが、なんとなく俺にも分かった気がしたんです。次期国王の件については関係ないんですが、そもそもあんたは、何故ヘンリ村で育ったのか。ヘンリ村であんたが見つかるまで、どうして俺達には、次期召喚師の誕生を知らされていなかったのか。色々考えてたら、どうにも気味が悪くなってきて、直接、シルヴィア様の秘密を探るために離宮に向かったんです。……が、気づいたら、アーベリトの寝台の上、という状態でして」

「…………」

 役に立たないな、などと呟いたジークハルトのを、オーラントが睨む。
そんな二人のやりとりを見ながら、ルーフェンは、無意識にほっと息を吐いた。

 オーラントに記憶がないことは、シルヴィアの情報が得られなかったという意味では、非常に残念だ。
しかし、考えてみれば、情報を引き出せないオーラントなど、シルヴィアにとっては無意味な存在だと言える。
まだ油断はできないが、わざわざ記憶を消したなら、シルヴィアにはもう、オーラントを狙う気はないのかもれない。
そう思うと、心に貯まっていた不安が、少し軽くなった気がした。

 それに、今回のオーラントの行動が、記憶を失ったからといって無駄になったわけではない。
シルヴィアが、オーラントの記憶を消した──。
それはつまり、シルヴィアにとって“知られたくない何か”を、オーラントが見たということだ。

 その何かが、『やりとり』に含まれていたのか、それとも『離宮』にあるのかは分からない。
だがこれは、十分に価値のある情報である。

 サミルは、何か物思いしているルーフェンの肩に手を置くと、小声で囁いた。

「次期召喚師様、少し、話しませんか」

 はっと顔をあげて、ルーフェンが首肯する。
サミルは、席を外す旨をオーラントたちに告げると、ルーフェンを別の病室へと案内した。

 二人きりになると、ルーフェンは、不安そうに顔を曇らせた。

「サミルさん、話って……。まさか、オーラントさんの呪詛のことで、何かありましたか」

 サミルは、慌てて首を振った。

「ああ、いえいえ、違います。バーンズさんに関しては、回復に向かっていますよ。右腕を失ってしまいましたから、精神的な面で心配な部分はありましたが、とても強いお方です。きっと、息子さんや次期召喚師様がいれば、大丈夫でしょう」

 穏やかな声で言われて、ほっと息を漏らす。
突然話そうと言われたので、オーラントやジークハルトには言えないような、重い話をされるのかと思ったが、そうではないらしい。

 ルーフェンは、幾分か表情を緩めると、尋ねた。

「じゃあ、話って?」

 サミルは、ルーフェンに寝台に座るように勧めると、自分は、脇にある椅子に腰を下ろした。
そして、少し躊躇ったように口ごもって、言った。

「……何故、貴方様はヘンリ村で育ったのか……。気になりますか?」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.253 )
日時: 2018/01/21 17:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: .niDELNN)



 少し意外な聞き方をされて、瞠目する。

 先程オーラントも言っていた話なので、話題としては、別に驚くような内容ではない。
しかし、この聞き方では、まるでサミルがその質問の答えを知っているような、そんな口ぶりに感じられた。

(……いや、もしかしてサミルさんは、何かを知っている……?)

 思えば、ヘンリ村から直接ルーフェンを引き取ったのは、サミルだ。
王都の人間ではないが、何かを知っていても不自然ではない。
だとすれば、気になります、と答えたら、どうなるのだろう。
十四年前の真実を、サミルは教えてくれるだろうか。

 そんな考えに至って、一瞬口を開きかけたルーフェンだったが、すぐに閉じた。

 シルヴィアは、サミルが十四年前の真実を握っていることを、まだ知らないかもしれない。
それならば、今ここでサミルから情報を得るのは、危険だ。

 ルーフェンの出自を探りに行ったオーラントが、記憶を消された。
つまり、シルヴィアにとって、ルーフェンの出自に関すること──十四年前の真実は、後ろめたいことなのだ。
万が一、サミルがその“後ろめたいこと”を知っている人間だとシルヴィアに露見すれば、彼女の標的が、次はサミルになってしまうかもしれない。
──もう、周りを巻き込んでは駄目だ。

 ルーフェンは、苦笑して見せた。

「……正直なところ、今更どうでもいいです。俺を忌み嫌うシルヴィアの様子を見る限りじゃあ、彼女が俺をヘンリ村に捨てたんだろうなって、なんとなく想像できますし」

「…………」

 サミルの顔が、暗く沈む。
組んだ指を見つめながら、サミルは、再び問うた。

「召喚師様を……シルヴィア様を、憎んでいますか?」

 ルーフェンは、目を伏せた。

「……そうですね。あの女の笑みを見て、こいつが王位継承者達を殺した殺人犯だと、確信してしまうほどには。……でも別に、ヘンリ村に俺を捨てたことに関しては、何とも思っていません」

 サミルが、顔をあげる。
ルーフェンは、穏やかな声で言った。

「ヘンリ村での生活は、確かに地獄でした。俺を食い殺そうとした父を、怨んだ時期もあります。彼らだって、村を滅ぼした俺を怨んでいるに違いない。……それでも、今思えば俺は……あの村が、嫌いではなかったんです」

 燭台の炎に照らされて、ルーフェンの影が、ゆらゆらと揺れる。
その影を見つめながら、ルーフェンは、懐かしそうに目を細めた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.254 )
日時: 2018/01/22 18:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「……悪い人達じゃ、なかったんです。明日の食事もままならないのに、俺を拾って、八歳まで育ててくれた。……俺を食い殺そうとしたのも、仕方がないことだったんです。だって俺は、兄弟たちの中で、唯一血の繋がらない人間だったから」

 ルーフェンは、サミルの方を見た。

「食糧も、家畜も、姉でさえ、役人が全てを奪っていった。飢えて渇いて、絶望して、もうまともな思考も回らなくなった父が、俺を狙うのは必然だった。血の繋がった家族より、拾った他人を切り捨てるのは当たり前です。最近になって、ようやくそう思えるようになりました。だから俺の原点が、王宮ではなくヘンリ村だったことを、悪いことだったとは思っていません」

 悲しそうな表情で黙っているサミルに、ルーフェンは微笑んだ。

「……いえ、すみません。こんな暗い話がしたかったんじゃないんです。ただ俺は、血の繋がりとか家族の絆って、本当に強いんだなって、そういう話がしたかったんです。俺はシルヴィアに対して、家族らしい感情なんて湧きませんが、きっと本来、血の繋がった家族には、他人が踏み入れる隙なんてないような、強い絆があるんだろうなって。オーラントさんとジークくんを見て、ふと、そう思いました」

 サミルが、はっと目を見開く。
そして、何かを察したように、慌てて首を振った。

「何を仰ってるんですか。私はもちろん、バーンズさんだって、次期召喚師様のことをちゃんと──」

「いいんです」

 言葉を遮って、言い含める。

「俺は、そういう立場じゃないので……いいんです」

「…………」

 サミルの顔が、苦しそうに歪んでいくのを見ながら、ルーフェンは続けた。

「少し前まで、召喚師になんてなるものか、とも思ってました。でも、あがくのも疲れてしまったので、やめました。……俺は、もう大丈夫です。安心してください。俺は俺の、守りたいものを守るためだけに、召喚師になります」

 ルーフェンは、すっと息を吸った。

「血の繋がりは、強い。召喚師一族として生まれてしまった以上、その罪深い闇の系譜からは、一生抜け出せない。シルヴィアから逃れることは、もうできないし、彼女もまた、俺という存在に囚われて、狂わされている。きっと俺達は、そういう一族なんです」

「そんなことは……」

「いいえ、そうなんです。俺達は、国の守護を義務付けられた、人殺しの一族。でも、そういうものなのだと割り切ったら、少しだけ、心が楽になりました。俺は、召喚師という運命に逆らいはしませんが、従順に従おうとも思っていません」

「…………」

 ルーフェンは、寝台から立ち上がった。

「サミルさん、俺は大丈夫です。シルヴィアのことも……現状手が出せないので、しばらくは様子を見ます」

「…………」

「俺のことを心配して、話を聞こうとして下さったんですよね。でも本当に、俺は平気ですから、もう、気にしないで下さい」

 返す言葉を探しているのか、サミルは、盛んに口を開こうとしている。
それを分かっていてルーフェンは、部屋の扉に手をかけた。

「……俺、着替えて、そろそろ王宮に戻りますね。オーラントさんとジークくんのことは、すみませんが、しばらくここに置いてあげて下さい。オーラントさんのこと、ありがとうございました」

 扉を開け、部屋の外に出る。
すると、勢いよく椅子から立ち上がって、サミルが口を開いた。

「次期召喚師様!」

 振り返らずに、立ち止まる。
サミルは、悩んだ末に、優しい声で言った。

「孤児院を……見ましたか」

 ルーフェンは、返事をしなかったが、構わずサミルは言い募った。

「……崩れていた壁を、修繕しました。子供たちの夕飯に、一品増えました。サンレードのあの子、イオもいます。今後、増築も考えていますし、孤児院の次は、この施療院も、より多くの患者を受け入れられるように、変えていきたいと思っています。……全て、貴方様とリオット族の方々のおかげです。皆、次期召喚師様に感謝しています」

 ルーフェンが、ゆっくりとサミルの方を見る。
その目に、どこか不安定な色が浮かんでいるのを見ると、サミルは、悲しそうに微笑んだ。

「ですからどうか、私達が力になれることがあったら、何でも言ってください」

 ルーフェンは、返事をしなかったし、頷くこともしなかった。
ただサミルを見て、少し困ったような微笑みだけ返すと、部屋から出ていった。


 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.255 )
日時: 2018/01/23 19:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: b92MFW9H)



 ルーフェンを見送り、ジークハルトたちのいる病室に戻ると、オーラントが、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「……ん? ルーフェンは?」

 窓の近くに立っていたジークハルトも、サミルの方を見る。
サミルは、寝台の横まで歩いていくと、答えた。

「次期召喚師様は、王宮にお帰りになりました」

「もう? なんだよ、素っ気ねえなぁ」

 盛大なため息をついて、オーラントが文句をこぼす。
しかし、サミルが沈んだ表情で椅子に座り込んだところを見ると、オーラントは、微かに眉を寄せた。

「……何、話してたんです?」

「…………」

 サミルは、オーラントを見て、苦笑した。

「お聞きしてみたんです。何故ヘンリ村で育ったのか、ご自分の出自が気になりますか、と」

 オーラントの眉間の皺が、深くなる。
寝台に横たわったまま、目線だけ動かすと、オーラントは尋ねた。

「ルーフェンは、なんて?」

「今更どうでもいい、と」

 サミルの横顔に、寂しそうな色が浮かぶ。
ジークハルトは、ふっと息を吐いた。

「……あいつ、自分で調べる気なんじゃないか」

 オーラントとサミルの目が、ジークハルトに向く。
ジークハルトは、淡々と言った。

「王宮の手術室で、親父の上着を漁ってた時、シルヴィア・シェイルハート宛の変な封筒が出てきたんだ。あいつ、それを大事そうに懐にしまってたから、多分、今も持ってる。親父の記憶がない以上、何とも言えんが、親父は、あいつの出自を調べるために、召喚師の住む離宮に行ったんだろう。その上で、あの封筒を手がかりだと判断して入手してきたんだとしたら、あの封筒は、あいつの出自に関する何かである可能性が高い」

 ジークハルトは、呆れたように言った。

「相手はあの召喚師……親父はもちろん、レーシアス伯のことも巻き込みたくはない。だから周りには協力を求めず、自力で調べよう。あいつ、超絶根暗っぽいから、そういうこと考えそうじゃねえか。……まあ、俺もよく見てたわけじゃないから、分からんが」

 言い終わると、オーラントが大声をあげた。

「ちょっ、お前そういうことは早く言えよ! つうかよく見とけよ!」

「うるせえな! それどころじゃなかったんだよ、くそ親父!」

 オーラントが、うっと言葉を詰まらせる。
それに対し、ジークハルトが当て付けのように舌打ちすると、オーラントは渋々黙りこんだ。

 サミルは、深く嘆息して、俯いた。

「そう、ですよね……。自分が捨てられた理由なんて……気にならない訳がない」

 ジークハルトは、肩をすくめて言った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.256 )
日時: 2018/01/24 18:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: .uCwXdh9)




「まあ、あいつが出自を気にしているかどうかはともかく。もしシルヴィアが、生まれた次期召喚師を自らの意思でヘンリ村に遺棄したんだとしたら、それは大問題だ。あの封筒がその証拠の一つだったとして、そのことを世間に公表しちまえば、シルヴィア・シェイルハートの信頼は地に落ちる。あの女を陥れるための材料を、あいつが見逃すとは思えないな」

「ルーフェンのやつ、そこまで考えてんのか……」

 神妙な面持ちで、オーラントが呟く。
ジークハルトは、吐き捨てるように答えた。

「どこまで考えてるかは、知らん。俺だって、ルーフェンには今朝会ったばかりだし、いまいちあいつは感情が読みづらい。……ただ」

 一瞬ためらって、ジークハルトは、目を伏せた。

「……昼間に話したときは、なんか危ない目してたぞ。シルヴィアを問い詰めるとか言って聞かないから、とりあえず俺がぶん殴って止めたが。……一応、しばらく様子見にする、とは言ってたが、あれは、隙あらばどんな手を使ってでもシルヴィアを引きずり落とす、みたいな目だったな。言葉にも態度にも出してなかったが、ふとした瞬間に、そういう目をしてた。親父がやられて、相当参ってるんだろ」

 虚を突かれた様子で、オーラントが目を見開く。
そして、再びはぁっと息を吐くと、申し訳なさそうに言った。

「……悪いことしたなぁ、本当に。お前にも、ルーフェンにも……俺が軽率に動きすぎた。自分でも、なんであんな風に離宮に行ったのか、よく分からん」

 全くだ、とでと言いたげな瞳で、ジークハルトがオーラントを睨む。
その鋭い視線から目をそらしつつ、オーラントは、がしがしと左手で頭を掻いた。

「でも、なんつうか……どうすりゃいいんだろうなぁ。あいつら、母子で一体なにやってるんだよ……」

 左腕を投げ出して、オーラントがぼやく。
するとサミルが、悲しげに眉を寄せて、静かに口を開いた。

「召喚師様も……きっと本来は、あのような方ではなかったのです……」

 ジークハルトとオーラントが、すっと目を細める。
オーラントは、サミルを見ると、真剣な表情になった。

「……レーシアス伯、気になってたんだが、貴方は何か知っているのか」

 はっと顔をあげて、サミルが唇を閉じる。
しばらくは黙っていたが、やがて口を開き、戸惑いながら、小さな声で言った。

「……ずっと、私の口から告げて良いものなのか、迷っていました。……召喚師様のことに関しては、私も多くは知りません。ですが、父親のことなら、知っています」

 オーラントが、驚いたように目を見開く。

「えっと、つまり……ルーフェンの父親、シルヴィア様の三人目の旦那、ってことか!」

 サミルは、頷いた。

「……彼は、召喚師様……シルヴィア様と関係を持ったことを世間には知らされず、何事もなかったかのように、存在を消されてしまいました。その真実を知っているのは、おそらく私と、シルヴィア様くらいでしょう」

 ぽつぽつと語りながら、サミルは、ゆっくりと唇を開いた。

「彼の、名前は──……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.257 )
日時: 2018/01/25 18:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


  *  *  *



 王宮に戻ると、ルーフェンは、オーラントの件を政務次官であるガラドに報告した。
昨夜、オーラントが離宮に行ったことなど、シルヴィアに関する一切は伏せて話したが、宮廷医師たちが既に、オーラントの症状の解明が難しいことを知らせていたのだろう。
ルーフェンの報告に不明点が多くても、別段怪しまれることはなく、報告以上のことは追求されなかった。

 自室に戻り、ここ二日で溜まった書類を整理しながら、ルーフェンは、ふとシルヴィア宛の封筒を取り出した。
ジークハルトと殴り合いをしたせいで、薄汚れてしまったが、読む分には問題ない。

 ルーフェンは、開封済みの封蝋(ふうろう)を親指でなぞると、封筒の中から、手紙を取り出した。


━━━━

シルヴィア・シェイルハート様

 王宮を去ったこの私が、こうして召喚師様に文を差し上げたこと、どうかお許しください。
 あの日私は、ヘンリ村に向かい、彼を捨て去りました。
その後も、あの子はまだ、無事に村で生きておられます。
ただ、そのことをお知らせしたく、筆をとりました。

 ご心痛は、いかばかりかと拝察致しますが、どうぞ、お気を強く持ってください。
貴女様は、もう十分に苦しみました。
あの子は、死産だったのです。

 この文は、燃やしてください。
シルヴィア様に、幸せが訪れますように。

  アリア・ルウェンダ

━━━━


 丁寧で、几帳面な文字であった。

 ルーフェンは、この手紙を何度か読み返しながら、その内容について、ぽつぽつと考えていた。
そのまま読み取れば、そう難しい内容ではない。

──あの日私は、ヘンリ村に向かい、彼を捨て去りました。

 つまり、この手紙の差出人であるアリア・ルウェンダという女性が、ルーフェンをヘンリ村に捨てた帳本人である、ということだ。
しかも、堂々と手紙でシルヴィアに知らせているわけだから、当然、シルヴィアの承認の下、ルーフェンを王宮から連れ出したことになる。

(……シルヴィア自身が動くわけにはいかないから、このアリア・ルウェンダという女性に、俺を捨ててくるように命じた……単純に、こういうことか?)

 一度手紙を封筒にしまうと、ルーフェンは、眉を寄せた。
あまりにも単純すぎて、疑わしいという気持ちが拭えない。

 何かの暗号になっているようにも思えないが、そもそも、証拠隠滅のために「文を焼け」と書いてあるのに、何故シルヴィアは、この手紙を燃やしていないのだろう。
わざわざこの手紙を、保管していた理由が分からない。
もしかしたら、この手紙はシルヴィアが作成したもので、こちらを混乱させるために、わざとオーラントに持たせたのではないだろうか。
そんな回りくどい上に見え透いた手、シルヴィアが使うとも思えないが。

 いまいち考えが煮え切らないまま、しばらく床の一点を見つめていたルーフェンだったが、やがて、手元にある呼び鈴を手に取ると、それを振って三度鳴らした。
これは、ルーフェンがアンナを呼ぶときの合図である。

 シルヴィア宛の手紙については、腑に落ちない部分があるが、差出人のアリア・ルウェンダについては、探っていく価値があると思ったのだ。

 ルウェンダ家とは、代々召喚師一族に仕える家系である。
現在、ルーフェンの侍女であるアンナも、ルウェンダ家の生まれだ。
シルヴィアに仕えていたであろう、アリア・ルウェンダという女性──。
名前を聞いたことがないから、おそらくもう王宮にはいないのだろうが、時期を考えると、アリアはアンナの母親か、あるいは祖母にあたる可能性が高い。
彼女のことは、アンナに聞けば、何かわかるだろう。

 十四年前の真実を再確認したところで、何かが変わるわけでもない。
だが、ただの推測が確信に変われば、次期召喚師を捨てたというこの事実は、シルヴィアを陥れる口実の一つにはなるはずだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.258 )
日時: 2018/01/26 18:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)




 ひとまず手紙と封筒は懐に隠し、書類の整理を続けていると、しばらくして、扉を叩く音が聞こえてきた。
返事をすると、扉が開いて、アンナがいそいそと入ってきた。

「お呼びでしょうか、次期召喚師様」

 とんとん、と書類をまとめて机の端に追いやると、ルーフェンは頷いた。

「夜遅くに呼んじゃって、ごめんね。俺、夕飯まだ食べてなくて、もし何か余ってたら、持ってきてほしいんだけど」

 少し驚いたように顔をあげてから、アンナは頭を下げた。

「もちろんです、今すぐお持ちしますね」
 
 それだけ行って、アンナは足早に部屋を出ていく。
そして、本当にすぐに盆を持って戻ってくると、座っているルーフェンの前に、深めの椀と木匙を置いた。
椀の中には、温かい肉団子と野菜のスープが入っている。

「どうぞ、お召し上がり下さい。御入り用でしたら、他にも何かお作りいたしますわ」

 張り切った様子のアンナに、ルーフェンは苦笑した。

「いや、これだけで大丈夫だよ」

 そう言って、頂きますと告げて、ひとまずスープを啜(すす)る。
今日は朝から、オーラントのことで駆けずり回っていたから、味はもちろんのこと、身体に染みるようなスープの温かさが、とても心地よかった。

 美味しいよ、と一言告げれば、アンナが嬉しそうに頬を綻ばせる。
彼女がずっと立ったまま、こちらを見ているので、一緒に食べないかと誘うと、アンナは、慌てたように首を振った。

「いっ、いえ、そんな。次期召喚師様とご一緒するなんて、滅相もございませんわ」

 ルーフェンは、少し困ったように微笑した。

「そう? まあ、無理にとは言わないけど。でも、そんなじっと見つめられると食べづらいし、とりあえず座ったら?」

机を挟んだ向かいの椅子を示して、座るように勧める。
アンナは、顔を赤くしてルーフェンから視線をそらすと、躊躇いがちに椅子に座った。

 スープを飲みながら、ルーフェンは、さりげなくアンナを見た。
見つめられると食べづらい、という言葉を気にしているのか、アンナは、自分の手元に視線を落としている。

 少し緊張しているのだろう。
伏せられた亜麻色の睫毛は、色白の肌に陰を落として、頻繁に瞬いていた。

 アリアという女性が、どういう人物なのかは分からない。
しかし、目の前で落ち着かなさそうに座っているアンナは、純朴で健気な、一人の少女のように見えた。
少なくとも、悪意を持って何か隠し事をしたり、誰かを騙したりするような人間には思えない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.259 )
日時: 2018/01/27 18:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: MSa8mdRp)



 ルーフェンは、スープを飲み終えると、空になった椀と木匙を、机の上に置いた。

「……ごちそうさま。急に呼び出したのに、用意してくれてありがとう、アンナ」

 礼を述べると、アンナは表情を緩めた。

「そんな、とんでもありません。最近、次期召喚師様はお忙しくて、お夕飯を私がご用意させて頂くことも少なくなっておりましたから、その……嬉しかったです。もし何かありましたら、いつでもお呼びくださいね」

 椀と木匙を片付けようと、アンナが立ち上がる。
同じように立ち上がると、ルーフェンは、椀に木匙を入れて、それをアンナに手渡した。

 揺れた木匙が、椀の縁にこつんとぶつかって、音を立てる。
その音を聞きながら、ルーフェンは、アンナを見た。

「……ねえ、アンナ。聞きたいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょう」

 椀と木匙を受け取ったアンナが、ルーフェンを見上げる。
ルーフェンは、世間話をするような軽い口調で、尋ねた。

「ルウェンダ家は、代々召喚師一族に仕えているんだよね? ということは、俺の母……シルヴィア・シェイルハートに仕えているのも、君の親族なの?」

 アンナは、一瞬だけ言葉を止めて、それから答えた。

「──ええ。その、現在のシルヴィア様は、特定の侍従をお付けになってはおりませんが、以前は、私の母が召喚師様にお仕えしておりました」

 ルーフェンは、無表情になった。

「……そう。もしかして、君のお母さんの名前は、アリア・ルウェンダ?」

 床を叩く音が響いて、アンナが椀と木匙を取り落とす。

「もっ、申し訳ありません!」

 慌てて謝罪し、落ちた椀と木匙を拾いながら、アンナは焦ったように言った。

「私の母は、確かに、アリア・ルウェンダという名です。あっ、私、以前お話したことがあったでしょうか……!」

 明らかな動揺を見せながら、アンナが笑みを向けてくる。
ルーフェンは、もうアンナを探ることもせず、はっきりと尋ねた。

「じゃあ、十四年前、生まれた俺をヘンリ村に連れていったのは、アリアさん?」

 アンナの顔が、はっと強張る。
必死に平静さを取り戻そうと表情を押し殺していたが、やがて、唇を震わせると、その場に土下座をした。

「おっ、お許しください……! お答え出来ません……!」

 ルーフェンは、すっと目を細めた。

「シルヴィアの命令で、ヘンリ村に俺を連れていったの? 何のために? ただ俺が邪魔だっただけなら、生まれた瞬間に殺せば良かったのに、そうしなかったのは何故?」

「お許しください、お許しください……!」

 立て続けに問うも、アンナは、答えようとしない。
ルーフェンは、抑揚のない声で続けた。

「殺すより、貧しいヘンリ村に捨てた方が、俺が苦しむと思った? シルヴィアは、一体何を考えている?」

 アンナは黙って、ひたすら額を床につけている。
その様子からは、ルーフェンに対する怯えが見て取れた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.260 )
日時: 2018/01/28 17:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)





 ルーフェンは、震えているアンナの肩に、そっと手を置いた。

「……アンナ、顔、あげて」

 おそるおそる視線をあげて、アンナがこちらを見つめてくる。
頬を伝う大粒の涙を、親指で拭って、ルーフェンは優しく言った。

「……君は、アリアさんから何も聞いていない? それとも、知っているけど言えないの? 絶対に話すなって、シルヴィアに脅された?」

 アンナの薄茶の瞳が、大きく揺れる。
ふるふると首を振って、アンナは答えた。

「そっ、そんな言い方、どうぞなさらないで……! 私は、母と約束したのです。召喚師様のお心に寄り添い、私達だけは、常に味方であるようにと……!」

「…………」

 アンナの様子を伺いながら、ルーフェンは、その言葉に眉をしかめた。

 常に味方であるように──。
つまり、シルヴィアのためなら、悪事の片棒を担ごうということだろうか。
寄り添うも何も、生まれた瞬間に子供を捨てるようなシルヴィアの心に、どう同情しようというのか。

 怒りを押し込めて、ルーフェンは、寂しそうに言った。

「……アンナは、俺の味方はしてくれないの?」

「え……」

 アンナの腕を引いて、その身体を腕の中に納める。
腰に手を回して抱き寄せれば、アンナが、途端に仰天して、全身を真っ赤にした。

「じっ、じ、次期召喚師!?」

 あたふたと慌てるアンナを逃さぬように、腕に力を込める。
ルーフェンは、その耳元に唇を寄せた。

「……誰にも言わない。俺をヘンリ村に捨てたのが、本当にアンナのお母さんだったとしても、君はもちろん、アリアさんのことも、罪に問おうとは思ってない。……俺が、十四年前のことを知りたいだけだよ」

 硬直しているアンナに、甘い声で囁く。

「だから、お願い。知っていることを教えて……」

「…………」

 吐息がかかるほどの距離で、声に切なさを交える。
それでもアンナは、頑なに口を閉ざしていた。

 ルーフェンは、焦れた様子で息をはくと、促すように名を呼んだ。

「……アンナ」

 びくり、とアンナの身体が震える。
そうして、何もせずに待っていると、しばらくして、アンナのか細い声が聞こえてきた。

「……シルヴィア様は……ただ、陛下の隣で、召喚師として、在り続けたかっただけなのです……」

 アンナはしゃくりあげながら、ゆっくりと語り出した。

「陛下は、シルヴィア様の召喚師としての力を、お認めになっています。だからこそシルヴィア様は、召喚師の座を誰にも譲りたくはなかった……。ご自分が召喚師でなくなり、陛下からのご寵愛を受けられなくなることを、何よりも恐れていたのです。シルヴィア様は、陛下のことをお慕いしているから……」

 以前、シルヴィアが倒れたとき。
見舞いに来たエルディオを見て、シルヴィアが、安心したように笑っていたことをを思い出す。

 ルーフェンは、低い声で言った。

「だから、生まれた俺が次期召喚師だと分かって、消そうとしたの? 俺が王宮にいれば、いずれ召喚師の地位は俺のものになる。それが嫌で、俺を遠ざけた……そういうこと?」

 アンナが無言のまま、ルーフェンの肩口に額をつける。
ルーフェンは、静かに続けた。

「……だったら、やっぱり殺せば良かったじゃないか。生まれて、まだ自我も芽生えていない内に、俺を殺せば良かった……」

 ルーフェンの暗い声を聞きながら、アンナは、首を振った。

「次期召喚師を殺せば、また次に生まれる子が、召喚術の才を持つ子になるかもしれません。ですが、一度生まれた次期召喚師──つまり、ルーフェン様がどこかで生きている限りは、もう、他の子が召喚術を継ぐことはない……。だから、貴方様を生かしたのです。シルヴィア様の思いに反して、世間は、次期召喚師の誕生を望んでいました。その中で、ずっと苦しんでおられたシルヴィア様は、次期召喚師が生まれてしまうかもしれない恐怖に、もう耐えられなくなっていたのです……」

 ゆっくりと顔をあげて、アンナは言い募った。

「それに……そんな簡単に、殺せるはずがないではありませんか。だってシルヴィア様にとって、ルーフェン様は、お腹を痛めて生んだ我が子なんですもの。シルヴィア様は、ちゃんと、貴方様のことを──」

 慌ててアンナから身体を離すと、ルーフェンは、その場から一歩後ずさった。

 その先の言葉は、聞きたくなかった。
聞いてしまったら、これまでシルヴィアに対して感じてきたこと、思ってきたことの全てが、揺らいでしまうような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.261 )
日時: 2018/01/29 20:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 ルーフェンは、平静を装いながら、なんとか言葉を絞り出した。

「……それで、当時シルヴィアの侍女だったアリア・ルウェンダが、俺をヘンリ村まで連れていった、ってわけか。女性一人で、誰にも見つからずに遠くまで逃げるのは、難しい。その点、ヘンリ村は王都から近いし、反面、王政からは見捨てられたようなごみ溜めみたいな場所だったから、俺の存在を隠すには、ちょうど良かった」

 アンナは、悲しそうに顔を歪ませて、ルーフェンを見つめた。

「私の母は、当然、ヘンリ村に貴方様を置き去りにした後、王宮を去りました。ですがずっと、シルヴィア様のことを案じていました。そして、王宮入りが決まった私に、言ったのです。『いつだって、召喚師様の御心に寄り添って差し上げるように……。召喚師様はきっと、私達では想像もつかないような多くの苦しみに、耐えておられるから』と」

 ルーフェンは、吐き捨てるように返した。

「苦しみに耐えてる? あれが? あんな、何をするにも笑ってるような女が、何に耐えてるって言うのさ」

 アンナの瞳に、哀れみの色が浮かんだ。

「……それは、私や母以上に、次期召喚師である貴方様が、一番お分かりになるのではありませんか……?」

 アンナの瞳から零れ落ちた涙が、床に当たって砕ける。
俯いて、涙声になりながら、アンナは続けた。

「私にとっては、召喚師様も次期召喚師様も、優しくてお強い、国の守護者様に見えます。そんな方々が抱える辛さや苦しみを理解し、その御心を支えることなどできるのか……私は、不安で仕方ありません。それでも、完全に理解することは出来なくても、やはり……想像すると思うのです。シルヴィア様は本当に、ただ純粋に、陛下だけを愛し、そして愛されたかっただけなのだろう、と」

 黙ったままのルーフェンに、アンナは向き直った。

「シルヴィア様は、普通の女性としての幸せを、許されないお立場なのです。それが、どんなに悲しいことか……この苦しみならば、私にも、少しは分かります。愛する陛下との御子は、亡くなったリュート様一人。シルヴィア様は、そのお立場故に、愛してもいない三人の男性と、関係を持たなければなれなかった……。きっと、お辛かったのだと思いますわ」

 アンナは、すがるようにルーフェンに近寄った。

「私は、次期召喚師様に仕える侍女です。母の意思を継ぎ、召喚師様のこともお支えしたいと考えていますが、もちろん、貴方様のお役にも立ちたいと、そう思っています。だから──」

 真摯な眼差しを向けてきたアンナを、ルーフェンは制した。
そして、疲弊した表情で首を振ると、ルーフェンは、微かに息を吐いた。

「……もう、いいよ。分かった」

 力ない言葉に、アンナが、胸の前で手をきゅっと握る。
ルーフェンは、乾いた笑みを溢すと、落ち着いた口調で言った。

「……最後に、一つだけ。陛下以外に、シルヴィアが関係を持った三人の男のこと……。アンナは、知ってるの?」

 三人の男──つまり、ルイスとルーフェン、アレイドの父親のことだ。
シルヴィアは、優れた次期召喚師を生むために、地位や名誉を持つ者だけでなく、優秀な魔導師などとも関係を持っていた。

 ルーフェン自身、本当の父親のことなど、あまり考えたことがなかったし、周囲からそんな話を聞くこともなかった。
だからこれは、八歳になってから王宮入りしたルーフェンにとって、今まで一度も触れずにいた話だ。

 アンナは、こくりと頷いた。

「ええ……存じ上げておりますわ」

 ルーフェンは、微かに目を細めた。

「じゃあ、俺の父親は、誰?」

 アンナは、少し躊躇った後、唇を開いた。

「それは──……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.262 )
日時: 2018/09/27 08:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: zc76bp3U)

「──アラン・レーシアス……。アーベリトの前領主、私の兄が、ルーフェン様の父親です」

 一言一言を噛み締めるように、サミルははっきりと言った。

 オーラントは、ぽかんと口を開いて固まっていたが、ややあって、はっと目を見開いた。

「アラン・レーシアス……えっ、それって、リオット病の治療法を編み出した?」

「ええ、その通りです」

 サミルは、深く頷いた。
それから少しの間、悩ましげに眉をひそめていたが、やがて、心を決めたらしく、口を開いた。

「……二十年前、リオット族が王都シュベルテで騒擾(そうじょう)を起こし、ノーラデュースへと追いやられた年……。その時のレーシアス家は、まだ栄華の中にありました。リオット病の治療法が必要なくなり、商会の関心はアーベリトから離れたものの、当時は、医療の街と呼ばれるに足る卓越した技術力を、私達が有していると認められていたからです。
初代領主、ドナーク・レーシアスの時代から続く慈善事業の功績もあり、王都との関係も良好。とりわけ、遺伝病の治療法を確立させた私の兄、アランは、医療魔術の先駆者として注目され、王宮から呼び出しがかかることも増えていました。……それが、きっかけだったのでしょう。兄は、王宮へと通う内に、召喚師シルヴィア様に、心奪われてしまった……」

 オーラントとジークハルトが、顔を強張らせる。
サミルは、細く息を吐き出した。

「当時、アランとシルヴィア様の間で、どのようなやりとりがあったのか……それは、私にも分かりません。ただ、優れた医療魔術の腕を持っていたアランは、シルヴィア様の相手として、周囲から認められていたようでした。それに、私自身、シルヴィア様のことを嬉しそうに語る兄を見て、上手くいけば良いと考えていました。アーベリトの宝である医療技術が、兄を通して王都に渡ってしまうのは、少し不安でしたが……。それでもアランは、本当に研究一筋で生きてきた人でしたから、できることなら、普通の人としての幸せも掴んでほしいと、私なりに願っていたのです」

 それから、表情を暗くすると、サミルは言い募った。

「……悲劇が起きたのは、それから六年後。つまり、今から十四年前のことです……。その頃、シルヴィア様は、ルイス様とリュート様に次ぐ、三人目の御子を身籠っておられました。アランは、その子のことを、自分の子だとはっきり言っていました。しかし、その三人目の子は、生まれたその日に死産だったと発表されたのです」

 聞きながら、オーラントが、ごくりと息を飲む。
三人目の子供が死産だったという発表は、オーラントにも、覚えがあった。
その頃、オーラントは既にノーラデュースにいたが、知らせが届いた時は、「三人目も次期召喚師ではなかったらしい」と話題になったものだ。

 サミルは、微かに表情を険しくした。

「次期召喚師様の誕生を願っていた王都の民たちは、大層悲しみましたし、当然アランも、その知らせを聞いて、すぐに王宮に向かいました。ですが、行ったその帰り道で、アランは亡くなりました。落馬による事故死だとして片付けられましたが、彼の遺体を引き取った私は、どうしても納得できませんでした。彼は左足を骨折していたのですが、それが、致命傷になるほどの大怪我には見えなかったからです」

 ジークハルトが、すっと目を細める。

「親父と同じ、か……」

 サミルは、首肯した。

「そう。バーンズさんの状況と、酷似しています。アランの経験があったからこそ、私は今回、バーンズさんを蝕んでいたのが、特殊な呪詛であることに気づけたのです。……私は、アランの遺体を解剖しました。亡骸に刃を入れるなんて、不謹慎だと思われるかもしれませんが、どうしても、ただの事故死だとは思えなかったのです……。そして、気づきました。骨折した左足が呪詛の核であり、その核さえ身体から切り離していれば、呪詛は効力を失っていたことを……」

 青い顔で、サミルはため息をついた。

「あの呪詛は、一体なんなのか……。私は必死に調べましたが、結局、未だに分かっていません。同時に、とても怖くなりました。アランの死は、本当にただ不運なだけの事故だったのだろうか。もしや、何者かによって謀られたものではないだろうか、と。しかし、そんなアランの死の謎を探る間もなく、アーベリトに、次なる不幸が訪れました。リオット病の治療法が、でたらめだという噂が世間に出回ったのです……」

 ノーラデュースに行った商人が、再びリオット病の蔓延を確認し、アランの治療法を批難した──。
アーベリトの地位が陥落することとなった、きっかけの出来事である。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.263 )
日時: 2018/01/31 18:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 サミルは、首を横に振った。

「ですが、その噂は、かなり不確かなものでした。ノーラデュースにて、リオット族の皮膚の変形が元に戻っているのを見た、という商人の証言は事実だったようですが、その科学的根拠を、王宮側は全く提示してくれなかったのです。治療法に絶対の自信を持っていた私は、『リオット病の症状が戻ったのには、他に理由があるはずだ。治療法自体がでたらめなどと言うなら、証拠を出してほしい』と、王宮にお願いしたのですが、一切取り合ってもらえませんでした。根拠など無くとも、広まった噂は留まることを知らず、レーシアス家は下流貴族に逆戻り。後のアーベリトの有り様は、ご存知の通りです。何かおかしいと思っていた私は、王宮を問い詰めることをやめませんでした。そして、知ったのです。商人の話を聞き、治療法がでたらめだったなどと吹聴した宮廷医師が、当時召喚師シルヴィア様の担当をしていた医師の一人であった、ということを」

  神妙な面持ちのオーラントとジークハルトに、サミルは言った。

「私の、被害妄想だとも思いました。しかし、多くのものを失った私には、どうしてもこれらの出来事が、偶然に起こったことだとは思えなかった……。遺伝病の治療法の話題で、死産のお話が世間から押し流されていくのを見て、私は、日に日に疑念を募らせていったのです。アランの不審な死、見たこともない呪詛、そして、リオット病の治療法がでたらめだというがせ情報……。その黒幕は、もしやシルヴィア様なのではないか、と。
……確信は、ありませんでした。アランの話に出ていた、聡明でお優しいシルヴィア様が、嘘だとも思えなかったからです。……ただ、もしかしたら、シルヴィア様も変わられたのかもしれない。どんな形であるにしろ、今のシルヴィア様には何か裏があるのだと、そう疑っていたのもまた事実です。けれど、それを探って、王宮に影響を及ぼせるほどの地位や権力が、その時の私には、もうありませんでした。……しかし、その八年後。私はその疑念を、確信に変えました」

 オーラントが、ため息混じりに呟いた。

「ルーフェンが……ヘンリ村で発見された、か……」

 ぐっと眉根を寄せて、サミルが頷く。

「銀の髪と瞳、召喚術の才からして、シルヴィア様の実子であることは確か。そして、ルーフェン様を一時的に引き取った私は、『絶対にこの子は、死産だと発表されたあの子だ』と確信しました。年齢を考えても計算が合いますし、何より、彼の魔力をよく読み取れば分かります。ルーフェン様の魔力は、当然シルヴィア様のものと酷似していますが、その内には、アランのものも確かに混じっていますから……」

 サミルは俯いて、拳を握った。
その瞳には、微かに哀しみの色が浮かんでいる。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.264 )
日時: 2018/01/31 18:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「……私が、守って差し上げねばと、そう思いました。アランが残した子供です、叔父である私が守らねばと……。理由は知りませんが、シルヴィア様は『その子は私の息子ではない』の一点張り。死産だと言い張って、ルーフェン様の存在を隠蔽しようとしていた時点で、やはり彼女には、何かあるのだと思いました。周囲も、話題にした割には、気味が悪いくらいルーフェン様の出自を気にしませんし、イシュカル教徒の勢力拡大も、気がかりです。正直、王宮に返したくはありませんでした。もちろん、そんなことは叶いませんでしたが……」

 それから、つかの間沈黙して、サミルは言った。

「あれから更に六年の月日が経ち、十四になったルーフェン様と、偶然王宮で再会しました。次期召喚師としての運命を嘆き、人を殺したくないのだと言うルーフェン様を見て、哀れに思う一方、少し安心しました。ルーフェン様が、まだ正常な感覚をお持ちであることに、ほっとしたのです。同時に、己の無力さに腹が立ちました。
……リオット族の一件を経て、ルーフェン様は、明るくなったように思います。きっと、バーンズさんや、リオット族の方々のお陰なのでしょう。私はいつも、どうするべきなのか悩むばかりで、結局何もできませんでした。だから、どのような形でも良いのです……。今、ルーフェン様が王位継承のことで苦しんでおられるなら、今度こそは、力になりたいと思うのです」

 サミルは、力なく微笑んで見せると、そこで言葉を切った。
オーラントは、しばらく天井を眺めながら、考え事をしているようだったが、やがて、ふとサミルの方を見ると、ぽつりと言った。

「何もできませんでしたなんて、そんなこたぁ、ないですよ」

 一瞬口を閉じて、それからにっと笑う。

「貴方には秘密ってことだったので、言ってませんでしたけどね。ルーフェンがリオット族をノーラデュースから出して、リオット病の治療法の需要を高めたのは、全てアーベリトのためだったんですよ。……まあ、薄々気づいていらっしゃったとは思いますが」

 見つめ返してきたサミルに、オーラントは、やれやれといった風に続けた。

「ノーラデュースに行った時も、あいつは、口を開けば『サミルさん、サミルさん』って、うるさいのなんの。俺はね、リオット族を王都に連れ戻すなんて無理だって、止めたんですよ? だけど、『アーベリトの財政難を救うにはこの方法が良いんだ』って、聞きゃしない。つまり、なりふり構わず奈落の底に特攻させるくらいには、ルーフェンにとって、レーシアス伯は大きな存在だってことです。だから俺が偉そうに言うことでもないですけど、何もできなかったなんて、そんなこたぁないですよ。だってあいつ、ノーラデュースに行く前、リオット病のことを調べるとか言って、八日間も図書室に不眠不休でこもってたんですよ。八日間も! 正直俺は、どん引きしましたね」

 何の躊躇いもなくルーフェンを貶すオーラントを見て、サミルは、困ったように笑った。

「……そういうところは、兄のアランにそっくりなんですね」

 そして、懐かしそうに目を細めながら、サミルは言った。

「アランも、一度こうと決めると、なかなか譲らない人でした。生粋の医師であり、研究者でしたから、少しでも気になることができると、何日も部屋に籠って、寝食すら忘れて作業に没頭するような人だったんです。世間からは、医療魔術の先駆者などと評価されている兄でしたが、蓋を開けてみれば、中身はいまいち子供っぽいというか、なんというか……」

 サミルは、胸に手を当てると、そっと目を閉じた。

「十数年も経て、兄の生きた証が、こうして私の前に現れるなんて……。運命とは、斯くも不思議なものなのですね」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.265 )
日時: 2018/02/01 18:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)




  *  *  *


 窓の外が、雨に煙っている。
今朝降り出した霧雨は、昼を過ぎる頃には、激しいどしゃ降りになっていた。

 道理で冷えるな、と他人事ように考えながら、ルーフェンは、執務机の上で、ぼんやりとアリアの手紙を弄っていた。

 昨夜、アンナと話し、シルヴィアのことや、自分の父親が、アーベリトの前領主アランであったことなどを知った。
それ以来、どうにもシルヴィアのことが、頭から離れない。
しかしそれは、これまで感じていた憎しみとは違う。
じんわりと胸の底に巣食うような、茫漠とした虚しさだった。

──……それは、私や母以上に、次期召喚師である貴方様が、一番お分かりになるのではありませんか……?

 アンナの言葉が、何度も何度も、頭の中で再生される。

 シルヴィアの気持ちなんて、考えたことはなかった。
否、考えたくなかったのだ。
そんなことをすれば、否が応でも、自分とシルヴィアが“同じ”であることを認めてしまう。
ルーフェンは、心のどこかで、自分とシルヴィアは違うのだと思っていたかったのだ。

(……馬鹿らしいな。出会ったときから、同類だと感じ取っていたのに)

 苛立って拳に力を込めれば、握っていたアリアの手紙が、くしゃりと音を立てる。
無意識に、見たくないものから目をそらしていたくせに、今まで冷静なつもりでいた己を思うと、自分自身に嫌気が差した。

「…………」

 シルヴィアを見るたび、まるで壊れた人形のような女だと、そう思っていた。
いつも同じ表情で、同じことばかり言う、気味の悪い女。
そんな彼女だって、壊れた人形になってしまう前は、ただの人間だった。
結局は自分と同じ、召喚師の名に囚われた、ただの人間だったのだ──。

 シルヴィアに対する怒りは、もうどこかに消えてしまった。
一方で、未だに自身の運命を呪い、その運命を強いたシルヴィアを恨む気持ちは、胸の底に沈殿している。

 こうして、自分の内側にある負の感情を覗くというのは、他人の醜悪な一面を見るよりも、ずっと息苦しいことのように感じた。

──復讐を正義だと考え、生きてきた私の二十年間を否定するより、リオット族を蛮族として憎み、殺し続ける方が、ずっと楽だったのだ……。

 ふと、ノーラデュースで、イグナーツが残した言葉を思い出す。
あの言葉の重みが、今なら分かるような気がした。

 もしイグナーツが生きていたら、今のルーフェンの姿を見て、どう思うだろう。
きっと、さぞ哀れで、滑稽だと思うに違いない。
そう考えると、自然と乾いた笑みがこぼれてきた。

(……本当だな。自分が正しいと思い込んで、シルヴィアをただ憎んでいる方が、ずっと楽だった……)

 所詮、蓋をあければ、己などこんなものだ。
分かっていたが、そう再認識してしまうと、自分の稚拙さを、まざまざと見せつけられているような気分になった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.266 )
日時: 2018/02/01 18:13
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 握ったせいで、くしゃくしゃになってしまった手紙の文面を、再び読み直してみる。
そうしてぼんやりと考え事をしながら、ルーフェンは、微かに息を吐いた。

(……燃やしたく、なかったんだろうか……)

 その皺を、そっと伸ばしながら、目を伏せる。

 燃やしてください、と書かれた、アリアの手紙。
それを、シルヴィアは何故燃やさなかったのか、ずっと疑問に思っていた。
だがきっと、深い意味などなかったのだろう。

 シルヴィアはただ、燃やしたくなかったのだ。
唯一己に寄り添い、王宮を去ってまでシルヴィアを守ろうとした、アリア・ルウェンダからの手紙を──。
今となっては、そんな風に思えた。

(……こんな話、聞かなきゃ良かった……)

 ずきずきと痛む頭を押さえて、嘆息する。

 別に、今になって、シルヴィアを忌み嫌うこの気持ちが、消えてなくなったわけじゃない。
しかし、こうして彼女の内面を垣間見てしまった以上、今までと同じ目で、シルヴィアを見ることはできなくなっていた。

 手紙を畳み直して、再び封筒にしまいこんだ時。
扉を叩く音がして、一人の侍従が呼び掛けてきた。

「次期召喚師様、王太妃様がお呼びです」

 告げられた意外な用件に、思わず眉を寄せる。
しかし、ゆっくりと立ち上がると、ルーフェンは席を立った。
正直、今は何かをする気力もないのだが、王族からの召集に応じないわけにはいかない。

 ルーフェンは、上着を羽織ると、迎えの侍従に着いていったのだった。



 呼び出されたのは、謁見の間ではなく、バジレットの自室であった。
てっきり、他の重役たちも揃っているのかと思ったが、どうやら今回の呼ばれたのは、ルーフェンだけらしい。

 バジレットと二人きりで話す内容など、皆目検討も付かなかったが、不信感を顔に出さぬようにして、ルーフェンは、部屋の中に入った。

「……お呼びでしょうか、バジレット様」

 恭しく頭を下げて、返答を待つ。
ゆったりと椅子に腰かけていたバジレットは、飲み物を運んできた侍従に下がるように告げると、自分が座っている向かいの椅子を、ルーフェンに示した。

「よく参った。そこに座るが良い」

「……はい、失礼致します」

 言われた通り、ルーフェンが椅子に腰を下ろす。
バジレットは、寒そうに肩掛けをかけ直すと、早速口を開いた。

「そなたとは、一度話してみたいと思っていたのだ、ルーフェン」

 目線をあげたルーフェンに、バジレットが目を細める。
ルーフェンは、無表情で答えた。

「人払いをなさったということは、誰にも聞かせられぬお話……ということでしょうか?」

「…………」

 ふっと吐息をこぼし、バジレットが薄い笑みを浮かべる。
そうして、椅子の背もたれから微かに身を乗り出すと、バジレットは尋ねた。

「ここには、我らしかいない。正直に述べよ。此度の王位継承者の問題、そなたはどう考える?」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.267 )
日時: 2021/04/14 02:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)


 突然切り込まれた話題に、一瞬、口ごもる。
ルーフェンは、慎重に言葉を探しながら、静かに答えた。

「……王都を他の街に移すにしても、シャルシス殿下が次期国王として即位なさるにしても、問題は多いように思います。……シルヴィアが即位するのが……皆の、望みなのでしょう」

 当たり障りのない、家臣たちの声をそのまま口にする。
しかし、そう答えると、バジレットは途端に冷ややかな目になった。

「皆ではなく、そなたの考えを申してみよと言ったのだが?」

「…………」

 威圧的に返されて、思わずルーフェンが黙りこむ。
バジレットは、ルーフェンを見つめながら、はぁっと嘆息した。

「以前、謁見の間でそなたを見たとき、この次期召喚師は、余と同じものを見て考えている、と思ったのだがな。勘違いであったか。……それとも、やはり実の母の名を汚すのは、憚(はばか)られるか?」

 息が詰まるような衝撃が走って、はっと顔をあげる。
驚いた様子のルーフェンに、バジレットは、ふっと笑った。

「なんだ、その顔は。この国を回しているのは、そなたたち召喚師一族ではないのだぞ」

 ルーフェンが、大きく目を見開く。
バジレットは、笑みを消すと、真剣な顔になった。

「今一度、問おう。そなたは、母が次期国王に相応しいと考えているのか?」

「…………」

 ルーフェンは、信じられぬものを見るような思いで、バジレットを見つめていた。

 シルヴィアに対して嫌悪しているのは、自分だけかと思っていた。
しかし、この口ぶり、態度──バジレットは、シルヴィアの即位を望んでいない。

 膝上の拳に力を込めると、ルーフェンは、言った。

「……相応しいとは、思いません。シルヴィア・シェイルハートは……宮廷魔導師、オーラント・バーンズに呪詛をかけ、殺そうとした。ルイスやリュート、アレイド、そしてフィオーナ姫の死も……私は、彼女が仕組んだのではないかと、思っております。……あの、女は……」

 つかの間、言うのを躊躇って。
しかし、歯を食い縛ると、ルーフェンは、吐き出すように告げた。

「あの、女は……エルディオ陛下と並ぶ、地位に固執して……。……どこか、壊れてる。次期国王になんて、なってはならない存在です……」

「…………」

 降り頻る雨音が、急に強くなった。

 バジレットは、しばらく黙っていたが、やがて口の端を歪めると、ルーフェンの前に、一枚の書簡を出した。

 巻かれた書簡を留める封蝋印は、王家の紋章を表している。
ルーフェンは、戸惑ったように息を飲むと、顔をあげた。

「これ、は……?」

「開けてみよ。そなたには、見る権利がある」

 おずおずと手を伸ばし、書簡を広げる。
ルーフェンは、書いてあった内容に目を通すと、息をするのも忘れて、何度もその文面を読み返した。
書簡に書かれていたのは、『王都と王位を他の街に移せ』という、国王エルディオの意思表明だったのである。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.268 )
日時: 2018/02/02 18:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)




 バジレットは、冷たい笑みを浮かべた。

「文章自体は私が代筆したものだが、その横に捺してある血印は、我が息子エルディオのものだ。そこに書いてあることは全て、紛れもないエルディオの意思。そして、この書簡の存在は、まだそなた以外には知らせておらぬ。……当然、召喚師シルヴィアにもな」

 ルーフェンは、バジレットの意図を探るように、目を細めた。

 国王エルディオは、シルヴィアを寵愛している。
故に、彼が次期国王に指名するとしたら、シルヴィアの他にはいないと思っていた。
シルヴィア自身も、自分が選ばれると確信していたから、先日謁見の間で、エルディオの意向に従うべきだ、などと発言したのだろう。

(……遷都したがっているのは、陛下というより、バジレットの方だ。彼女が陛下に、遷都を指示するようにけしかけたのか……? )

 ルーフェンは、怪訝そうに眉を寄せた。

「……恐れながら、これが真に陛下のご意志とは思えません……。陛下は、召喚師を退任したシルヴィアを、次期国王に指名なさるのだと考えておりましたが……」

 警戒した様子のルーフェンに、バジレットは、淡々と言い放った。

「だから、言ったであろう。この国を回しているのは、そなたたち召喚師一族ではない、と……」

 言葉の意味を図りかねて、ルーフェンが顔をしかめる。
バジレットは、侍従が用意した紅茶を一口すすって、続けた。

「……余は、まだ話すこともできぬシャルシスを、薄汚れた王座につかせる気はない。しかし、だからといって、あのシルヴィアの思い通りにさせるつもりもない。残る道は、ただ一つ……王都と王位を、他の街に移すこと。これが余の意思であり、現国王エルディオ・カーライルの真の意思でもある」

「シルヴィアの、思い通り、って……」

 言いかけて、はっと口をつぐむ。
バジレットだけではない、エルディオもまた、シルヴィアの正体に気づいていると言うのだろうか。

 バジレットは、忌々しそうに眉を歪めた。

「エルディオが倒れ、ルイスらも死に、城下では、王家には不穏な呪いでもかけられているのではないか、と噂される始末。……だが、これまでも王宮では、似たような不審死が起こっておる。十年前には、エルディオの正妃ユリアンが。一年前には、シャルシスの母クロエも、出産後に原因不明の死を遂げた。ユリアン、クロエ、ルイス、リュート、アレイド、そしてフィオーナ……全員、王位継承権を持つ者達だ」

 椅子の背もたれに寄りかかって、バジレットは、表情を険しくした。

「そなた、フィオーナらの死は、シルヴィアが仕組んだことではないか、と申しておったな。証拠はあるのか?」

 ルーフェンは、首を振った。

「……ありません」

 ルーフェンが答えると、バジレットは、口端を歪めた。

「……これだけ多くの者達が死んで、何の証拠も出ないというほうが、不自然だとは思わぬか」

「…………」

 ルーフェンの目が、徐々に見開かれる。
硬直しているルーフェンを見ながら、バジレットは言い募った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.269 )
日時: 2018/02/03 17:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「無論、 真に王位継承者たちが病死、事故死したというのなら、証拠なんてものは出るまいよ。だが、まるで王位継承者を狙ったかのように病死や事故死が連続して起こるなど、それこそ奇妙なことだ。もしこれが本当に偶然だと言うならば、王宮は、民衆達の言う通り、呪われているのだろうな。……その呪いの正体こそが、そなたの母、シルヴィア・シェイルハートだと余は考えておるが」

 ルーフェンは、緊張した面持ちで尋ねた。

「……つまり、バジレット様や陛下は、シルヴィアが王位継承者たちを殺害したのかもしれないということに、最初から気づいていたのですか?」

 バジレットは、口元を引き締めると、真剣な顔つきに戻った。

「そうだ、と言い切れるわけではない。しかし、ユリアンやクロエが死に、ヘンリ村で見つかったそなたを、息子ではないなどと主張するようになった頃から、シルヴィアの様子がおかしいとは思っていた。エルディオ自身も、ユリアンの死は、正妃の座を羨んでいたシルヴィアが謀ったことなのではないかと、疑っていたようだ」

 ルーフェンは、眉を寄せた。

「そう疑っていたなら、何故陛下はシルヴィアをご寵愛なさっているのですか。ユリアン様を殺したかもしれない相手なんて、側には置きたくないはずでしょう?」

 バジレットは、鼻で笑った。

「寵愛? たわけ、誰があのような女を寵愛するというのだ。シルヴィアの化けの皮に騙される男共と、エルディオを一緒にするでない。エルディオはただ、側に置いて夫婦の真似事をしていたほうが、シルヴィアも大人しくしているだろうと踏んで、あの女に妾の地位を与えたのだ」

 予想外の答えに、ルーフェンは顔を強張らせた。

 シルヴィアとエルディオは、相思相愛なのだと思い込んでいた。
しかしエルディオは、ただシルヴィアの恋情を利用していただけだったのである。

 バジレットは、静かな声で続けた。

「……皮肉なことに、民衆達がシルヴィアのことを支持しているのは、紛れもない事実。あの女も、いくら我らが探りを入れようと、ぼろは出さなかった。そもそも、どのような理由があろうと、サーフェリアは召喚師を失うわけにはいかぬ。故に我ら王族は、シルヴィアを王宮から出すことなく、あくまで国の誇る召喚師として、監視していなければならなかったのだ。……これまではな」

 ふと、バジレットが立ち上がる。
その顔には、微かな笑みを浮かべていたが、瞳には、冷徹な光が宿っていた。

「……状況が、変わった。召喚術の才は、ルーフェン、そなたに移ったのだ。つまり、シルヴィア・シェイルハートはもう要らぬ。あの女、こうなることを恐れて、召喚師の次は国王の座に居座ろうとでも考えたのだろうが、そんなことは、余が認めはしない……」

 そう言うと、バジレットは懐から白い包み紙を取り出し、ルーフェンの目の前に置いた。
包みに覆われていたのは、きらりと光る、緋色の耳飾りであった。

「ランシャムの、耳飾り……」

 息を飲んで、耳飾りを見つめる。

 このランシャムという緋色の魔石は、魔力に敏感に反応し、その出力量を制御するという、特殊な性質を持っている。
この魔石で作られた耳飾りは、サーフェリアの召喚師に、代々受け継がれているのである。

 これを受け取ること──それはすなわち、召喚師を継ぐ、ということを意味する。
召喚師の座をルーフェンに譲り、次は王座に君臨しようと考えているシルヴィアから、バジレットが預かったのだろう。

 バジレットは、鋭い声で告げた。

「──本日、この場をもって、そなたを正式に召喚師とする」

「…………」

 心臓が、どくんと収縮する。
バジレットの言葉が、自分に向けられているのだと自覚しながら、ルーフェンは、ゆっくりと顔を上げた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.270 )
日時: 2018/02/03 17:51
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 バジレットは、続けた。

「明朝、余はエルディオが遷都を望んでいる旨を、家臣達に知らせる。その知らせが出回った頃に、ルーフェン、その耳飾りをつけ、シルヴィアの元へ行け。そして、王位継承者たちの死の真相を、聞き出すのだ。明日、シルヴィアは召喚師の座を奪われ、国王への即位という逃げ道すらも絶たれることになる。追い詰められたシルヴィアが、召喚師となった今のそなたに逆らうことはできない。ようやく、あの女に罪を認めさせることが、できるやもしれぬ」

「…………」

 淡々としたバジレットの声を聞きながら、ルーフェンは、ぐっと拳を握った。

 これで、良いのだと思った。
シルヴィアを、次期国王にしてはならない。
バジレットたちもそう考えているならば、好都合ではないか。

 ルーフェン自身、たとえどんな手段を使うことになっても、シルヴィアの即位を阻止しようと動いてきたのだ。
バジレットやエルディオが加わることで、より確実にシルヴィアを陥れられるというなら、何も迷う必要はない。

(……そうだ。シルヴィアは、私欲のために王位継承者たちを殺し、オーラントさんまで巻き込んだ。俺だって、あの女が、憎い……)

 ふわりと笑う、シルヴィアの顔を思い、ルーフェンは歯を食い縛った。
同時に、アンナやバジレットの言葉が、次々と脳裏に浮かんでくる。

──……シルヴィア様は……ただ、陛下の隣で、召喚師として、在り続けたかっただけなのです……。

──普通の女性としての幸せを、許されないお立場なのです。

──召喚術の才は、ルーフェン、そなたに移ったのだ。つまり、シルヴィア・シェイルハートはもう要らぬ。

(…………)

 冷たいものが心に触れて、全身が痺れたように、動かなくなった。

 召喚師一族として生まれ、過酷な運命を呪いながらも、国王エルディオに付き従うことで、己の価値を見出だしていたシルヴィア。
そのエルディオからも、本当は見放されていたのだと知ったら、シルヴィアは、どうなるのだろうか。
それでも美麗に笑って、立っていることができるのだろうか。

 召喚術の才さえなくなれば、もう用済み。
そうして捨てられる、シルヴィアの有り様は、召喚師の在り方を、改めてルーフェンに見せつけているようだった。
しょせん召喚師など、使い捨ての道具に過ぎないのだ、と──。

「…………」

 ルーフェンは、深く息を吸うと、微かに震えた声で、問うた。

「……そこまで、する必要があるのでしょうか」

 バジレットの眉が、ぴくりと動く。
ルーフェンは、血の気のない顔で、バジレットを見つめた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.271 )
日時: 2018/02/04 17:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「シルヴィアが、王位継承者殺害の罪を認めようが、認めまいが……どちらにせよ、陛下が遷都を望まれている以上、王都と王権は他の街に移ることになるでしょう。彼女に残るものは、もう何もない。地位も力も失い、シルヴィアにできることは、なくなるはず。ですから……」

「──だから、そのまま見逃してやれ、とでも言うつもりか?」

 ルーフェンの言葉を遮って、バジレットが言う。
彼女の厳しい表情には、はっきりと怒りが滲んでいた。

「我が娘も同然であったユリアンやクロエ、孫のリュートやフィオーナすらも、無惨に殺された。今、息子エルディオの命までもが、あの女の手によって奪われようとしている。シルヴィア・シェイルハートは、この王宮を蝕む“呪い”そのものだ。余は、この命が尽きるその時まで、あの女を許しはしない。召喚師一族として国の象徴になっている以上、投獄することはできぬ。しかし、罪を認めさせ、我ら王族、カーライルの名の下に屈服させてやるくらいはせねば、この怒りは収まらぬ……!」

 憤怒に顔を歪ませ、バジレットは、ルーフェンを睨んだ。

「ルーフェン、そなたも、あの女を恨んでいるのだろう。そなたら二人の間にある溝も、エルディオから聞いておる。
第一あの女は、己の息子であるルイスらが死んでも、薄ら笑いを浮かべているような女だ。仮に、王位継承者たちの死に、シルヴィアが関わっていなかったのだとしても、あのような気味の悪い女に、情けをかけてやることはない。そうは思わぬか」

「…………」

 口を開き、閉じる。
ルーフェンは、唇を噛むと、俯いて黙りこんだ。

 シルヴィアの気持ちも、またバジレットの気持ちも、双方理解できてしまうことが、とても辛かった。

 バジレットは、込み上がってきた怒りを無理矢理抑え込むように、震える手で額を覆った。
そして、ゆっくりと息を吐きながら、再び目に冷たい光を浮かべた。

「余とエルディオは、この命をかける……。あの女を止めたいと思うならば、その耳飾りをとれ、ルーフェン」

 強くて、真っ直ぐな、迷いのない声。
揺れ動くルーフェンの瞳を見つめながら、バジレットは言った。

「シルヴィア・シェイルハートを、地の底へ引きずり下ろすぞ」

 激しかった雨足が、一層強まって、忙しなく窓を叩く。

「…………」

 ルーフェンは、握り締めていた拳を解くと、ゆっくりと手を伸ばしたのだった。






 サーフェリア歴、一四八八年。
ルーフェン・シェイルハートは、召喚師に就任した。

 当時、十四歳だったルーフェンの台頭は、後のサーフェリアの命運を、大きく左右することになる──。



To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.272 )
日時: 2018/02/04 17:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: https://twitter.com/icicles_fantasy/status/952834040217747456


 今回は本編ではありません!
ここでは、サーフェリア編・上の物語を、簡単におさらいしていきます。
最後の第二章第五話については触れませんが、それ以前のネタバレを含んでおりますので、ご覧になる際はご注意下さい。
一度読んだけど、もう忘れちゃったから流れを思い出したい!って方に読んで頂ければと思います。
用語、登場人物に関する解説は>>1-2参照。
上記URLは、サーフェリア編・上の人物相関図となります。

◆物語概要◆
 『悪魔』の召喚という高等魔術を操る唯一絶対の守護者、召喚師。
彼らは、世界に存在する四つの国——獣人の国ミストリア、人間の国サーフェリア、精霊の国ツインテルグ、闇精霊の国アルファノルに一人ずつ存在し、それぞれの国を統治していた。
 ヘンリ村という貧村で育った少年、ルーフェンは、ある時、自分がサーフェリアの次期召喚師であったことを知る。
アーベリトの領主、サミルに命を救われ、王宮入りしたルーフェン。
だが、王宮での暮らしは息苦しく、彼は、召喚師一族として生まれた己の運命を拒絶し、殺伐とした日々を送っていた。

◆年表——サーフェリア編◆(S=サーフェリア M=ミストリア)
……【S歴1184年】
ココルネの森にて、リオット病の発症が確認される。
【S歴1252年】
ドナーク・レーシアスが伯爵の爵位を授けられる。
【S歴1293年】
ココルネの森にて、リオット族の大半が、リオット病を発症していることが確認される。
【S歴1466年】
アラン・レーシアスによって、遺伝病の治療法が確立される。
【S歴1471年】
奴隷として雇用されていたリオット族が、シュベルテにて暴動を起こす。
【S歴1474年 M歴937年】
サーフェリアに、スレインら獣人が漂着。
ルーフェン・シェイルハートの生まれ年。
アラン・レーシアスは死亡。
遺伝病の治療法がでたらめであるという噂が流れ、レーシアス家の地位が陥落する。
【S歴1477年】
トワリスの生まれ年。
【S歴1482年】
ルーフェンがヘンリ村で発見される。
【S歴1484年 M歴947年】
ユーリッドとファフリの生まれ年。
【S歴1488年】……←現在
ルーフェンがリオット病とガドリアの関係性を発見する。
ルーフェンが、正式に召喚師に就任する。


◆あらすじ◆
†序章†『渇望』
──焦土と化したヘンリ村から発見されたのは、召喚師一族の証である銀の髪と瞳を持った、小さな子供であった。
アーベリトの領主、サミルに命を救われ、王宮入りした彼は、召喚師シルヴィアに、こう名付けられる。
ルーフェン(奪う者)と。

†第一章†──索漠たる時々
・第一話『排斥』
──六年の月日が経ち、十四になったルーフェンは、召喚師一族として生まれた己の運命を呪い、殺伐とした日々を送っていた。
そんなある日、ルーフェンは、体調を崩したシルヴィアに代わり、イシュカル教徒の殲滅をするようにと、国王エルディオに命じられる。
・第二話『再会』
──イシュカル教徒の集落、サンレードを消滅させたルーフェン。
多くの人を殺した、その罪悪感に苛まれる中、ルーフェンは、偶然サミルと再会する。
・第三話『曙光』
──ノーラデュース常駐の宮廷魔導師、オーラント・バーンズ。
休暇でシュベルテに戻ってきた彼は、ひょんなことから、アーベリトに行くという次期召喚師、ルーフェンの護衛をすることになる。
・第四話『探求』
──サンレードで生き残った子供たちの居場所を作るため、そして、財政難に苦しむアーベリトを救うため、動き出したルーフェン。
彼が打ち出した策は、かつてアーベリトが確立した遺伝病の治療法を、世に再興させることであった。
・第五話『壮途』
──ノーラデュースに棲む、『地の祝福を受ける民』の異名を持つリオット族。
彼らを蝕むリオット病の謎を解き明かすべく、ルーフェンは奔走する。

†第二章†──新王都の創立
・第一話『奈落』
──オーラントと共に、ノーラデュースへと渡ったルーフェン。
一方その頃、次期召喚師が不在になった王宮では、イシュカル教徒の影が怪しく蠢いていた。
・第二話『落暉』
──奈落の底にたどり着き、ついにリオット族との接触を果たしたルーフェン。
王都の人間を憎むリオット族たちを、ノーラデュースから救い出すため、ルーフェンは彼らの説得を試みるが……。
・第三話『覚醒』
──リオット族たちを殲滅するため、ノーラデュースに急襲をしかけてきた魔導師たち。
憎しみの連鎖を断ち切るべく、ルーフェンは、召喚術を行使する。
・第四話『疑惑』
──連続して起こる、王位継承者たちの死。
不安に揺れ動くシュベルテで、ルーフェンは、自身の出自を知ることになる。

次話『創立』
To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.273 )
日時: 2018/02/05 18:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: FSosQk4t)




†第二章†──新王都の創立
第五話『創立』



 立ち込める暗雲の隙間から、時折西日が覗いて、ゆらゆらと寝台を照らす。

 寝台に横たわり、浅く呼吸しているエルディオの顔には、もう、ほとんど生気が感じられない。
こけた頬の、骨に張り付いた皮膚を撫でながら、シルヴィアは尋ねた。

「……エルディオ様、遷都するようにバジレット様に遺言状を出したって、どういうこと?」

 静かな室内に、シルヴィアの声が響く。
エルディオは、吐息のような微かな声で、弱々しく答えた。

「……王に、相応しい者は……今の、シュベルテには、おらぬ……。シルヴィア、そなたを……王にはしない……」

 シルヴィアは、微笑みを浮かべたまま、エルディオの顔を覗きこんだ。

「……どうして? 私を選んでくれるって、仰っていたじゃない。私なら、エルディオ様のことを支えていけるわ。だって、貴方のことを、心の底から愛しているもの。貴方のためなら、どんなことだって、私は……」

 シルヴィアの言葉を聞きながら、エルディオは、乾いた呼気を漏らした。
それは、呼吸の音ではなく、明らかな嘲りであった。

「……何を、ほざくか。そなたが……我が妻、ユリアンを葬ったこと……分かって、おるのだぞ……」

「…………」

 瞬間、シルヴィアが、ぴたりと動きを止める。
エルディオは、光のない目を、シルヴィアに向けた。

「……そなたは、終わりだ。余の、遺言は……じき、我が母、バジレットを通じ……王宮内に、広まる……。召喚師として……役目を終えた、お前など……もう、必要ない」

「…………」

 シルヴィアは、顔を綻ばせた。
そして、エルディオの身体に手を沿わせると、以前の強堅さを失った薄い胸板に、そっと顔を埋めた。

「ひどいわ……バジレット様が、言ったのよ。次期国王の件は、私に任せるって。だから、私……ずっと待っていたのに。エルディオ様が、私のことを示してくれるまで、ずっと……。貴方だけは、信じて、待っていたのに……」

 すがるように言って、エルディオの首に腕を回す。
エルディオは、無感情な瞳で、淡々と告げた。

「……余は、そなたを……愛してなど、いない……」
 
 シルヴィアの銀の瞳が、夢から覚めたように閃く。
顔を上げ、色の薄いエルディオの唇を啄むと、シルヴィアは言った。

「私は、愛していたわ。本当に、愛していたの……」

 射し込んできた黄昏の光が、エルディオの輪郭をなぞる。
シルヴィアは、ふと目を細めると、エルディオの額に手を置いた。

「おやすみなさい、エルディオ様……。さようなら」

「…………」



 その夜、サーフェリア国王、エルディオ・カーライルは、深い眠りに落ちた。
国王崩御の知らせは、翌朝には、彼の遺言状と共に王宮中に広まった。

 五百年間、王都として発展したシュベルテは、この日、先王エルディオの意向に従い、遷都することが決まったのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.274 )
日時: 2018/02/06 01:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



  *  *  *


 降り続いた雨は、やがて細かな結晶となり、雪が降り始めた。
遷都が決定し、一層慌ただしく往来する王宮の人々の足音を聞きながら、ルーフェンは、自室の椅子に座って、ぼんやりと緋色の耳飾りを眺めていた。

 新たな召喚師としてルーフェンが立ち、そして、王位は他の街に譲渡する。
これが、亡き先代国王の意思であり、王太妃バジレットが発表した、王都シュベルテの行く先だ。

 この知らせが王宮中に出回った頃、ルーフェンはシルヴィアの元に行き、王位継承者たちの死の真相を聞き出す。
そうバジレットと約束をしていたが、ルーフェンは、なかなか自室から出られずにいた。

 召喚師の地位と力が、ルーフェンの手の中にある。
あんなに恐ろしいと思っていたシルヴィアのことも、今は、脅威だとは思えない。

 シルヴィアの策略を打破し、彼女を陥れること。
それこそがルーフェンの望みであり、それはもう、達成されたというのに──。
心は、まるで重石が乗ったかのように、深く胸の奥底に沈んでいた。

 ふと、扉を叩く音が聞こえて、部屋の外から、侍従の声が聞こえてきた。
ルーフェンは、しばらく何も言わなかったが、やがて、短く返事をすると、侍従が入ってきてひざまずいた。

「……召喚師様、シルヴィア様が、お呼びですが……」

 少し驚いたように目を見開いて、ルーフェンが侍従を見る。
侍従は、目線だけあげて、言った。

「シルヴィア様を、こちらにお呼びしますか?」

「…………」

 ルーフェンは、黙ったまま、再び耳飾りの方を見た。

 召喚師になった今、地位は、シルヴィアよりルーフェンが上である。
つまり、ルーフェンが腰を上げるのではなく、シルヴィアがこちらに出向くのが順当、というわけだ。

 しかし、ルーフェンは立ち上がると、椅子の背もたれにかかっていた上着を羽織った。

「……いや、いい。俺が行く」

 侍従が畏まって、頭を下げる。

 ルーフェンは、緋色の耳飾りを左耳につけると、部屋を出たのだった。
 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.275 )
日時: 2018/02/06 18:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



 ルーフェンが、離宮の最上階にあるシルヴィアの自室に入っても、シルヴィアは、顔を上げなかった。
床に座り込み、寝台に顔を埋めたまま、微動だにしない。

 だが、扉を閉めたルーフェンが、一言声をかけると、シルヴィアは、はっと顔を上げた。

「まあ、来てくれたのね」

 ふわりと微笑んで、シルヴィアが近づいてくる。
シルヴィアは、ルーフェンに手を伸ばすと、その感触を確かめるように、するりと頬を撫でた。

「少し見ない内に、立派になったのね。聞いたわ、召喚師になったのでしょう? おめでとう、ルーフェン」

 左耳の耳飾りに触れて、シルヴィアが言う。
ルーフェンは、険しい表情になった。

「……心にもないことを。どういうつもりですか」

 華奢な手首を掴み上げて、シルヴィアを睨む。
これまでの冷ややかなものとは一変した、不自然な彼女の態度には、嫌悪感しか湧かなかった。

 これまで向けられたことのない、シルヴィアの笑顔や優しげな声。
そのどれもが、偽物にしか見えない。

 ルーフェンに睨まれても、シルヴィアは、笑みを崩さなかった。

「そんな風に怒らないで。私、寂しかったのよ。ルイスもリュートもアレイドも、エルディオ様まで、皆いなくなってしまって……。貴方は、葬儀の時以外、全く顔を出してくれないし……」

 ルーフェンは、顔を強張らせると、乱暴にシルヴィアの手首を離した。

「ふざけるのも大概にしろ! お前がアレイドたちを……王位継承者たちを殺したんじゃないのか!」

 シルヴィアが、一瞬、微笑んだまま硬直する。
ルーフェンは、声を荒らげた。

「お前は、陛下に執着するあまり、国王の正妃たちを殺した。挙げ句、俺が召喚師として即位することを恐れ、次は国王の座を狙い、王位継承者たちを悉(ことごと)く亡き者にした。そして、その秘密を知ったオーラントさんにまで、呪詛をかけたんだ」

 ぐっと拳を握って、続ける。

「……それだけじゃない。俺の父親を……アーベリトの前領主、アラン・レーシアスを殺したのも、お前じゃないのか。全部、知ってるんだぞ。お前は、俺という存在を隠し通すために、アランを事故と見せかけて殺害した。そして、世間に次期召喚師の誕生を知られないように、十四年前、俺をヘンリ村に捨てた。今朝お隠れになった陛下のことだって、お前がやったんだろう。……違うか? ……違うなら、そう言ってみろ!」

 声が掠れるほどの大声で叫んで、シルヴィアに詰め寄る。
違うと言ってくれたら、いっそ良かったのに。
そんな思いが、心のどこかにあった。

 しかしシルヴィアは、この状況下で尚、狼狽えるどころか、にっこりと笑みを深めた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.276 )
日時: 2018/02/06 18:03
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「何故、ルーフェンが怒るの……?」

 純粋な子供のように、シルヴィアが瞬く。
瞬間、目を見開いたルーフェンに、シルヴィアは、おかしそうに首を傾げた。

「だって、アランや正妃たちのことなんて、ルーフェンは、顔も知らないでしょう……? バーンズ卿は、亡くなったわけではないのだし、貴方が怒る理由が分からないわ。ルイスやリュート、アレイドのことだって、貴方、散々煙たがっていたじゃない。そうでしょう……?」

 罪から逃れたくて、言っているわけじゃない。
本当に、心から不思議そうに、シルヴィアは言った。

「別に、どうだって良いじゃない。私達に人殺しの宿命を押し付けてくる奴等なんて……。あんな人達、私に殺されて当然なのよ。ねえ、分かるでしょう? 息子たちのことだって、私は、なんとも思っていなかったわ。ルイスも、リュートも、アレイドも……私はきっと、愛してなんていなかった……」

 ルーフェンは、息を詰めると、苦しそうに目元を歪めた。

「……アレイドたちは、お前のことを……慕ってたんだぞ。母親として……」

 微かに、語尾が震える。
爪が食い込むほど強く握られているルーフェンの拳に、シルヴィアは、そっと手を添えた。

「そんなこと、もうどうでもいいの……。だって私には、ルーフェンがいるから……」

 甘く媚びるような、シルヴィアの高い声。

 召喚師を退任し、国王即位の道も絶たれた今、もう彼女は、ルーフェンの地位にすがるしかないのだろう。
ルーフェンの傘下に入ることで、シルヴィアは、まだ自分の居場所を保とうとしている。

 そんな彼女の貪欲さ、必死さを思うと、深い哀れみのようなものが、込み上げてきた。
今更、分かりやすい偽りの優しさを向けられたって、心が動くわけもないのに。

 シルヴィアは、ルーフェンの頭を抱き寄せると、優しく銀髪を撫でた。

「ああ、ルーフェン。おまえは本当に綺麗な銀髪ねえ……。私と、おんなじよ」

 どこか恍惚としたような口調で言いながら、シルヴィアは、ルーフェンの耳元で囁いた。

「昔みたいに、また私と一緒に、離宮で暮らさない? 今日は、そのために貴方を呼んだのよ。皆、皆、いなくなってしまったから、もう、私にはルーフェンしかいないの。お願い、お母さんを、見捨てないで……?」

「…………」

 ふわっと花の香りが鼻孔を擽って、シルヴィアの長い銀髪が、さらりと揺れる。
ルーフェンは、耳にかかっていたシルヴィアの銀髪が、するすると肩に流れていくのを見ながら、じっと黙っていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.277 )
日時: 2018/02/07 18:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「これまで、冷たくしてごめんなさいね。でも、おまえを愛していなかったわけじゃないの。私とルーフェンは、この国にたった二人しかいない、召喚師の血を引く者……。その証拠に、他の子達はみぃんな弱くて醜いのに、おまえだけは、私にそっくりよ。力まで私にそっくりなんですもの。ねえ、戻ってきてくれるでしょう……?」

「…………」

 声が、出なかった。
溢れてくる様々な感情に、頭の中が支配されて、動くこともできない。
だから、シルヴィアが密かに取り出した短刀が、ゆっくりと背中に迫っていることに、ルーフェンは気づくことができなかった。

「────っ!」

 刃先が、背中の皮膚を擦る。
咄嗟にシルヴィアを突き飛ばし、その細腕から短刀を奪うと、ルーフェンは素早く後ずさった。

 寸前に回避したお陰で、背中の傷は深くない。
だが、微かに走ったその痛みは、ルーフェンの迷いを消し去るのには、十分すぎるくらいの痛みだった。

「……馬鹿みたいにご機嫌取りを始めたかと思えば……。次の狙いは、俺だったんですね……」

 床にうずくまっているシルヴィアを見下ろして、ルーフェンが、短刀を向ける。
恐怖のあまり、いつも目を反らしていた母の姿は、こうして見てみると、思いの外小さく、力も弱々しかった。

「……こんな分かりやすい方法じゃなくて、いっそ、俺にも呪詛をかければ良かったのに……。そんなことも思い付かないほど、貴女は壊れてしまったんですか」

 自分の声が、どこか遠くに聞こえる。
胸の奥は熱くて、ぐらぐらと煮えたぎっているのに、声だけは、ひどく冷たかった。

「……まあ、それ、なあに。やめて、ルーフェン。短刀なんて向けられたら、私、怖いわ」

 シルヴィアが、瞳孔の開ききった目で、ルーフェンを見つめてくる。
立ち上がると、シルヴィアは、まるで短刀など見えていないかのように、微笑んだ。

「ルーフェン……私の、可愛いルーフェン……。お願いよ、私のところに、戻ってきて……?」

 手を広げて、シルヴィアが、徐々に距離を詰めてくる。
だが、ルーフェンが容赦なく短刀を胸元に突きつけると、シルヴィアは、ぴたりと動きを止めた。

「ルーフェン……?」

「…………」

 それでもシルヴィアは、美麗に笑っている。
そんな彼女の銀の瞳を見ている内に、ルーフェンの短刀を持つ手が、微かに震えてきた。

「……貴女、は……」

 呟いてから、ルーフェンは、にじんできた視界に、数回瞬いた。

「……どうしていつも、笑っているんですか……?」

 きつく歯を食い縛って、言葉を紡ぐ。

「どうして……今更、そんな風に俺を見て、俺の名前を、呼ぶんですか……」

 何も映らない、硝子玉のようなシルヴィアの瞳を、見つめ返す。
その動かぬ瞳は、やはり人形のように無機質で、どこか狂気的にも見える。

 シルヴィアは、刃を突きつけられたまま、顔を綻ばせると、ゆっくりと唇を動かした。

「あら、だっておまえは、私の息子でしょう……?」

「──……」

 ぷつりと、何かが切れた音がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.278 )
日時: 2018/02/13 23:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 力任せに振った短刀を、思いきり、壁に叩きつける。
きん、と鋭い音がして、折れた刃先が、壁から跳ね返った。

 突き上げてきた怒りに身を任せ、魔力を増幅させると、ルーフェンの足元から迸った雷光が、部屋中を駆け巡る。

 文机と寝台は焼け焦げ、崩れるようにして倒れた本棚からは、無数の本が雪崩落ちてきた。
衝撃で割れた窓や花瓶は、壁に当たっては砕け、その破片が、シルヴィアの頬をかする。

 呆然と立っていたシルヴィアは、自分の頬から血が垂れても、抵抗することなく、ただルーフェンを見つめていた。

 そうして、焼いて、焼いて、焼き尽くして。
もう部屋中の物という物が、炭になって燻る頃には、身を蝕む憤怒は、雷光と共にどこかへ抜け出ていってしまった。

 もう、手加減などせずに、壁や床も吹き飛ばして、離宮ごと──シルヴィアごと、破壊してしまおうか。
そんな考えがよぎれば、もはや怒りというより、投げ槍になっている自分に気づいて、虚しさが胸の中に広がった。

「…………」

 怒りも、哀しみも憎しみも、全てを通り越して、ふと、笑みがこぼれた。
目元を手で覆って、乾いた声で、ははっと笑う。
ひとしきり笑ってから、シルヴィアに向き直ると、ルーフェンは言った。

「──ねえ、人には心があるって、知ってますか?」

 シルヴィアの瞳が、わずかに動く。
一度目を閉じて、そして、やはり笑顔になると、シルヴィアは答えた。

「……どうしてそんなことを問うの?」

 ルーフェンは、悲しげに眉を寄せると、薄く笑った。

「……それが分からないなら、多分、お前は人じゃないんだろうな、と思って」

 声の震えを自覚しながら、ルーフェンは、言い募った。

「人じゃないなら、そんなお前の気持ちを考えて、悩んだって……無駄なんだろうなって」

「…………」

 一呼吸すると、ルーフェンは、はっきりと言った。

「お前は、俺の母親じゃない。ただ、血が繋がってるだけだ。同じ人殺しの、召喚師一族……ただ、それだけのこと。……俺は、アリアさんのように、貴女を理解したいとは思えない」

「…………」

 そう言って、黙りこんだシルヴィアの前に、アリアの手紙を置く。
シルヴィアは、少し驚いた様子で口を閉じていたが、やがて、手紙を手にしてその場にうずくまると、突然、声を上げて笑い出した。

「……あはっ、はは、ふふふ……っ」

 いつも浮かべているような、綺麗な微笑ではない。
壊れたように笑いながら、シルヴィアは、静かに言った。

「……そうよ、それだけなのよ……。ただ、血が繋がってるだけ。たったそれだけのことに、私達は一生縛られて、振り回されて、苦しめられる……。どんなに足掻いても、足掻いても、結局私は、逃げられなかった……。おまえも、召喚師の血からは、絶対に逃げられない……」

 浅く呼吸しながら、シルヴィアは、すがりつくようにルーフェンの腕を掴んだ。

「ねえ、今の私、どう見える? 哀れ? 滑稽? 人じゃないというなら、化け物にでも見えるのかしら。私のこと、憎くて、殺したくて、仕方ないでしょう……?」

 シルヴィアの目から、ぽつっと一筋の雫が落ちる。
一瞬、びくりと身体を震わせたルーフェンは、怯えたように腕を引いたが、シルヴィアの手は離れなかった。

「憎いって、そう言いなさい……。私、おまえのことが大嫌いよ。生んだことを、ずっと後悔してきたの。邪魔で邪魔で、心の底から、殺したかった……。だから、おまえもそう言いなさい……。私のことが憎くて、殺意すらあったんだって、お願いだから、そう言って……」

「…………」

 涙を流しながら、譫言(うわごと)のように呟く。
しかし、その紅色の唇で、にんまりと弧を描くと、シルヴィアは泣き嗤いした。

「召喚師として生まれてしまった以上、今更、もう何をしようったって無駄よ! 前にも言ったでしょう、おまえは、無知で無力だ。だから、今の私の姿を、よく覚えておくといいわ。おまえも、いずれこうなるのだから……!」

 シルヴィアの腕を振り払って、ルーフェンは、部屋を飛び出した。
螺旋階段を降り、本殿の廊下を走り抜け、驚いた様子で声をかけてくる家臣たちにも構わず──。
とにかく、そうしていなければ、頭がおかしくなりそうだった。

 行き先も決めず、移動陣に飛び込んで、ルーフェンは、気がつけば、アーベリトに隣接するリラの森に来ていた。

 深く積もる雪の上を走って、走って。
リラの森を抜け、ふと、雪に足をとられて転ぶと、ルーフェンは、どしゃりと倒れこんだ。

 冷たい雪の水気が染み込んできて、だんだん、指先の感覚が無くなってくる。
同時に、幾分か冷静になってきて、ルーフェンは、日光を反射してきらきらと光る雪原を、ぼんやりと見つめていた。

 こんな風に王宮を飛び出したって、何かが変わるわけじゃない。
召喚師として生きていくことは、もう随分前に覚悟を決めたし、今更、抵抗しようという気も起きない。

──ただ、シルヴィアを見て、その残酷さを改めて実感しただけだ。
どんなに嘆いても、もがいても、もうどうにもならない運命。
召喚師であることを強いられ、その苦痛を飲み込み、耐えて、耐えて、やがて、感情を出すのも嫌になって。
そうしていつか、自分もシルヴィアのような、人形になるのだろうか。

 分かっていた。
最近になって、もう抗うのはやめようと言い聞かせて、何度も納得した。

 自分は、シルヴィア・シェイルハートの血を引く、召喚師一族だ。
たったそれだけのことが、己の全てだ。
その血の繋がりからは、もう逃れられはしない。
そういうものなのだ。
──きっと、そういうものなのだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.279 )
日時: 2018/02/08 18:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)




 どれくらい、雪の上にそうして寝転んでいたのか。
虚ろな意識のまま、冷えきって動かなくなった指先を見つめていると、ふいに、ざくざくと雪を掻き分ける足音が聞こえてきた。

 小さな影が落ちて、近づいてきた足音は、ルーフェンの目の前で止まる。
仕方なく起き上がると、四、五歳ほどの男の子が、不思議そうにルーフェンのことを見ていた。

「……召喚師、さま……?」

 こてん、と首を傾げて、男の子が尋ねてくる。
少しだけ迷った後、ルーフェンが頷くと、男の子は、ぱっと目を輝かせた。

「すごーい! ほんものだ! ほんものの召喚師さまだー!」

 唐突に興奮し出して、男の子が大声をあげる。
ルーフェンが呆気にとられていると、別の方向から少年がやって来て、男の子を叱り飛ばした。

「モリン! あんまり遠くに行くなって言ったじゃないか!」

 頬を紅潮させ、白い息を吐きながら、十歳前後の少年が駆けてくる。
モリン、と呼ばれた男の子は、はしゃいだ様子で少年に飛び付くと、ルーフェンを指差した。

「みてよ、ユタ兄ちゃん! 召喚師さま、ほんものだよ!」

「はあ?」

 訝しげに眉をしかめたユタだったが、しかし、ルーフェンの方を見た瞬間、目を見開いて硬直する。
モリンは、雪まみれで突っ立っているルーフェンに突撃すると、その手を掴んで、ぐいぐいと引っ張り出した。

「わあ、召喚師さま、手つめたーい! 風邪ひいちゃうよ、いっしょに帰ろー!」

 楽しげに笑いながら、モリンがルーフェンの手を振り回す。
返答に困っていると、顔を真っ青にしたユタが、モリンをルーフェンから引き剥がした。

「馬鹿っ、モリン、失礼だろっ! 申し訳ありません、召喚師様! こいつ、まだ子供で……!」

 慌てて頭を下げて、ユタが謝罪してくる。
ルーフェンは、苦笑すると、ゆるゆると首を振った。

「……いや、大丈夫だよ。気にしてないから」

 穏やかな口調で言うと、ユタが、安心したように息を吐く。
叱られたのだと分かって、どこか不満げにしているモリンを横目に、ユタは、緊張した面持ちで言った。

「あの、もしかして、アーベリトに何か御用ですか? サミル先生なら、さっき孤児院を見回ってたと思うんですが……」

 ユタに言われて、ルーフェンは初めて、ここはアーベリトの近くだ、ということに気がついた。
シルヴィアの元から飛び出して、無意識に、こんなところまで来てしまっていたらしい。
なんとなく、サミルやオーラントに、会いたくなったのかもしれない。

 シルヴィアから逃げてきた自分に呆れつつ、かぶりを振ろうとしたルーフェンだったが、ふと、自分の父アランのことを思い出すと、動きを止めた。
アランを殺したのがシルヴィアである、ということが、先程の離宮でのやり取りで、明らかになった。
この事実は、アランの弟であるサミルにとっても、重要なことに違いない。

 以前話したときのサミルの口ぶりからして、サミルは、ルーフェンの出自を知っているようだった。
だから、アランがルーフェンの父親であることも、口封じのためにシルヴィアがアランの殺害を謀ったことも、もしかしたら知っているかもしれない。
だが、オーラントの容態も気になるし、折角アーベリトまで来たのだから、一度サミルに会って、話しておくべきだろう。
王太妃バジレットへの報告は、それからでも遅くはない。

 ひとまず、沈んだ気持ちを押しやって、ルーフェンは、微笑んだ。

「……うん、そうなんだ。サミルさんに話があるから、良かったら、案内してくれるかな」

「は、はい! もちろんです!」

 ユタが、ぎこちない動きで頷く。
一方のモリンは、嬉しそうに声をあげると、再びルーフェンの手をとった。

「いこう、いこう! こっちだよ!」

 失礼だと怒るユタを振り切って、モリンが、ルーフェンの手を引いていく。
小さくて柔らかい、子供らしいその手は、とても温かかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.280 )
日時: 2018/02/08 18:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Fm9yu0yh)



 ルーフェンが連れてこられたのは、アーベリトの街並みを抜けた東端にある、孤児院だった。
なんとなく予想はしていたが、ユタもモリンも、この孤児院の子供らしい。
ユタたちは、上着についた雪を払いつつ、扉を開けて、ルーフェンを中に引き入れたのだった。

 孤児院の中は、思いの外広く、天井から下がったシャンデリアの蝋燭が数本、淡い光を放っていた。
夜になれば、あの全ての蝋燭に、明かりが灯るのだろう。

 室内では、十数人ほどの子供たちが、思い思いに絵を描いたり、玩具で遊んだりしていた。
積雪が多い今日は、大半の子供たちは、職員と一緒に外に出てはしゃぎ回っているらしい。
室内にいるのは、ごく少ない人数のようだが、それでも、ルーフェンにとっては、こんなに沢山の子供を前にするのは、初めてのことであった。

 ユタは、上着を脱ぎながら、近くにいた少女に話しかけた。

「なあ、サミル先生、まだいる?」

「ううん。さっき施療院の方に戻っちゃったけど……」

 ユタと同い年くらいの少女が、ルーフェンの方を気にしながら、首を振る。
ユタは、困ったように息をつくと、ルーフェンの方に振り返った。

「すみません、召喚師様。サミル先生、ここにはいないみたいで……。呼び戻してくるので、少し待っていてもらえますか?」

 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。
ルーフェンは、表情を緩めると、小さく首を振った。

「……急に押し掛けたのは、俺の方だから。わざわざ呼び戻してもらうのも悪いし、俺が直接、施療院に行くよ」

 ルーフェンが答えると、ユタはぶんぶんと手を振った。

「いやっ、そんなわけには! 外は寒いですし、召喚師様は中で寛いでいて下さい!」

 食い気味に言われて、思わず黙りこむ。
すると、先程の少女が、いそいそと上着を着込みだした。

「それなら、私が行ってくるよ。ちょうど今月分の薬を、施療院に取りに行かなきゃいけなかったし。ついでに、サミル先生を呼んでくる!」

 何やら嬉しそうにルーフェンを一瞥して、少女が走っていく。
その後ろ姿を、ルーフェンが見送っていると、周りをちょろちょろと動き回っていたモリンが、ふと声を上げた。

「ねえ、召喚師さま。せなか、けがしてるよ?」

 はっと目を見開いて、背中に触れる。
今朝、シルヴィアにつけられた傷だ。
大した傷ではなかったから、気にしていなかったが、そういえば、何の手当てもしていなかった。

 ルーフェンは、慌てて微笑んで見せると、背中が見えないように、モリンの方を向いた。

「……大丈夫だよ。ちょっと、引っ掻いただけだから」

 心配そうに、こちらを見つめてくるユタの方も見ながら、誤魔化す。
しかしモリンは、不満そうに唇を尖らせると、ルーフェンを暖炉の前まで連れていって、座らせた。

「お医者さんは、こうするんだよ」

そう言って、玩具箱を漁ると、モリンが聴診器を取り出す。
使わなくなったものを、アーベリトの医師にもらったのだろうか。

 モリンは、ルーフェンの胸に、服越しに聴診器を当てると、ふんふん、と何度か頷いて見せた。

「あまり、よくありませんね。今日は一日、あんせいにしていないとだめですよ」

 医師の真似事でもしているのか、はきはきと敬語を使って、モリンが言う。
当然、聴診器で傷が治るはずもないのだが、その得意気な様子がおかしくて、ルーフェンは、微かに破顔した。

「……お医者さんの真似、上手だね」

 褒めたつもりであったが、モリンは、途端に物足りなさそうな顔になった。

「ちがうよ! こういうときは、ありがとうございます、先生! っていうんだよ!」

「……そっか。ありがとうございます、先生。今日は、大人しくしています」

 ルーフェンが頭を下げると、モリンは、満足そうに笑った。
その裏のない、爛漫な笑顔を見ている内に、ルーフェンも、自然と微笑んでいた。
普段相手しているのが、腹の底の知れない、分厚い仮面をかぶった大人たちばかりだから、こういう純粋な笑顔を向けられるのは、なんだか新鮮である。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.281 )
日時: 2018/02/09 18:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8nwOCftz)




 モリンとルーフェンの会話を聞いていたのか、ちらちらとこちらを伺っていた子供たちが、徐々にルーフェンの元に集まり始めた。

「え、召喚師さま?」

「しょーかんしさまだー!」

「本当に髪の毛が銀色だ!」

 一人が声を上げたのを皮切りに、子供たちが口々に騒ぎ出して、ルーフェンを取り囲む。
目を白黒させていると、ユタが焦った様子で、声を張り上げた。

「こら! お前たち、いい加減にしろ! 召喚師様は偉い人なんだから、そんな風に集るな!」

 だが、そんなユタの説教も空しく、子供たちは、実に楽しそうに笑っている。
見たところ、子供たちは大体五、六歳程度で、今いる中では、ユタが最年長のようだ。

「召喚師さま! しょーかんじゅつ、見せてよ!」

「王宮って、どんなところ?」

「これあげる! さっき、私が作ったんだよ!」

「私も! これあげる、折り紙のお魚さん!」

 思い思いに話しかけてくる子供たちに戸惑いながらも、その一つ一つに、なんとか返事をしていく。
ルーフェンは、女の子が差し出してきた折り紙を受け取ると、顔を綻ばせた。

「ありがとう、もらっていいの?」

 二人の女の子は、互いに顔を見合わせると、こくりと頷いた。

「いいよぉ、だってお父さんが、ルーフェンさまには感謝しなさいって、言ってたから!」

「アーベリトの恩人だって、言ってたもん。ねー!」

「…………」

 リオット病の治療法の需要をあげて、アーベリトの資金援助をしたことを言っているのだろうか。
前にサミルが、孤児院の修繕が出来たのだと語っていたことを思い出しながら、ルーフェンは、折り紙を見つめた。

 子供とはいえ、リオット族の一件以降に、アーベリトの町民たちの声を聞くのは、初めてだ。
シュベルテの人間たちはともかく、こうしてサミルやアーベリトの者達が喜んでくれるなら、多少無茶をしてでも、成し遂げられて良かったと心から思った。

 つかの間、黙りこんでいると、今度は男の子が、絵本を持って走り寄ってきた。

「ねえねえ、召喚師さまー! これよんでー!」

 差し出してきた絵本を受け取りつつも、どうするべきか迷って、ルーフェンが口ごもる。
すると、再びユタが割り込んできて、絵本を奪い取った。

「だから、召喚師さまを困らせちゃ駄目だってば! 召喚師さまは、お前たちの相手をしにアーベリトに来たんじゃないんだから!」

「えー、でも、ユタ兄ちゃんじゃよめないじゃんか!」

 不服そうな男の子に、ユタは厳しく言った。

「でも、じゃない! とにかく召喚師様は、こんなこと頼んで良いお方じゃないんだよ! 頼むなら、お父さんに頼め!」

 それだけ言って、男の子に絵本を返す。
まだ物言いたげな男の子を無視して、ユタは、群がっている子供達を追い払った。

「ほら、お前たちも、何かしてほしいならお父さんに頼むんだ! 召喚師様の前で、騒がしくするなよ!」

 渋々といった様子で、子供たちが離れていく。
先程までは好き勝手騒いでいたが、ユタに本気で怒られるのは怖いのだろう。
流石の子供達も、大人しくなった。

 ルーフェンは、微かに笑うと、ユタを見た。

「ユタくん、だっけ。君は偉いな、皆のお兄さんなんだ」

ユタは、少し照れ臭そうな表情になった。

「ここにいるのは、チビばっかりだから、俺がしっかりしないと。まあ大変なことも多いけど、賑やかなのは嫌いじゃないんです。まるで家族が出来たみたいに思えるから……」

「…………」

 十の子供とは思えない、しっかりとした口調で、ユタが言う。
その照れ笑いを、ルーフェンが見つめていると、膝にしがみついていたモリンが、今度はユタの方にすり寄った。

「ねえー、ぼくにも本よんでー」

「だから、お父さんが帰ってきたらな」

「おとーさん、いつ帰ってくるのー?」

 不機嫌そうに眉を曇らせて、モリンが項垂れる。
ユタが、やれやれといった様子で、ため息をついた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.282 )
日時: 2018/02/09 18:29
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8nwOCftz)



 そんな彼らを眺めながら、ルーフェンは、ふと尋ねた。

「ねえ。その、お父さん、って?」

 ユタや他の子供達が、度々口にする『お父さん』という言葉。
しかし、この孤児院にいる子供達には、親はいないはずである。

 お父さん、というのが誰を指す言葉なのか、気になって尋ねてみると、ユタは、ああ、と頷いて答えた。

「すみません、ご説明していなくて。お父さん、っていうのは、サミル先生のことです」

 ユタは、幼い子供達に聞こえないように、小声で言った。

「ここの子供達には、親がいません。捨てられたとか、戦や病で亡くしたとか、理由は色々ですが、中には、それがまだ理解できていない子もいるんです。特に、まだ小さい連中は……。モリンも一時期、夜になると、お父さん、お母さんって、ずっと泣いていたんですよ」

 ユタは、微かに目を伏せた。

「そうしたらある時、サミル先生が、言ったんです。『私のことを、お父さんだと思えばいい』」

「…………」

 ルーフェンは、黙って聞いていた。

「『血が繋がりなんて、関係ない。私は、君達を本当の子供のように思っている。だから君達も、私のことを、本当のお父さんだと思えばいい。これから、一緒に頑張っていこうね』って」

 どこか嬉しそうに笑って、ユタは言った。

「それ以来、皆、サミル先生のことを、お父さんって呼んでるんです。俺は別に、本当の両親のこととか理解できてますし、恥ずかしいので、先生、って呼んでますけど……」

 そこまで言って、ユタは、言葉を止めた。
慌ててルーフェンに駆け寄ると、ユタは、焦ったような表情になった。

「召喚師様、すみません! 俺、何かお気を悪くされるようなこと、言いましたか……?」

 おろおろと手をさまよわせて、ユタが顔を覗き込んでくる。
その時ルーフェンは、初めて、自分が泣いていることに気づいた。

「…………」

 大丈夫、と答えようとするも、途端、止める間もなく、涙がこぼれ落ちてくる。
意思に反して、どんどんと溢れ始めた涙は、拭っても拭っても、止まらなくなった。

「召喚師さま、せなか、いたいの?」

 心配そうな声で、モリンが話しかけてくる。
しかし、何か言おうにも、嗚咽しかこぼれない。
ルーフェンは、ただ俯いて、首を振ることしかできなかった。

 血の繋がりなんて、という言葉が、不思議なくらい心に響いた。
自分はきっと、召喚師一族の血から逃れられない。
そう無理矢理納得して、言い聞かせて作った強固な壁が、ぐらぐらと揺れているような気がした。

 本当の両親の愛情を受けられずとも、居場所を見つけ、優しく笑っているこの孤児院の子供たちが、ひどく、眩しく見えた。

「──……っ、ぅ」

 腕で顔を覆うと、ルーフェンは声を漏らして泣き始めた。
驚き、心配して寄ってきた子供たちに、何か答えなければ、と思うのだが、喉が震えるばかりだった。

 こんな風に激しく泣いたのは、八歳で王宮入りして以来、初めてのことであった。

 やがて、先程の少女が、サミルを連れ帰ってきても、ルーフェンは、何も言えなかった。

 サミルが、本当は自分の叔父であったこと。
孤児院を、改めてちゃんと見たこと。
シルヴィアや、アランのこと。
話したいこと、言いたいことは沢山あるのに、サミルの温かい手が背中に触れると、余計に涙が溢れてきた。

 サミルは、しばらくそうして、何も聞かず、ルーフェンの背中をさすっていてくれたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.283 )
日時: 2018/02/10 17:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: DYDcOtQz)



 ようやく涙が収まり、サミルと共に孤児院を後にすると、ルーフェンは、オーラントとジークハルトがいる病室へ訪れた。
話をするなら、子供達の目につかない施療院の方が良いだろう、というサミルの計らいである。

 オーラントは、右腕のない生活に慣れず、まだ自由に動き回ることは出来ないようだったが、それでも、寝台から起き上がれるようにはなっていたし、以前見たときに比べれば、顔色もかなり良くなっていた。

「……そうか、バジレット様は、シルヴィア様の正体をご存知だったんだなぁ」

 ルーフェンが、バジレットとの会話や、やはりシルヴィアが王位継承者達を殺した犯人であったことなどを告げると、オーラントは、ため息混じりに言った。
立ったまま、壁に寄りかかっていたジークハルトも、同じように嘆息する。

「……なるほど、面倒なことになったな。遷都が決定した背景に、そんな血生臭い過去があったとは。混乱を避けるためにも、シルヴィアの愚行を言いふらす訳にはいかないが、何も知らん王宮の奴等は、意味も分からず遷都を決められて、納得するわけがないだろう。王太妃が、瀕死の息子を操って、陛下に遷都を命じさせたと思われるのが落ちだ。今後、必ず反対勢力が生まれるぞ」

「……うん」

 ぼんやりと返事をして、ルーフェンは頷いた。

 ジークハルトの言っていることは、尤(もっと)もなことであったし、ルーフェンも、王権を失ったシュベルテに、反発する勢力が出てくるだろうという懸念はしていた。
しかし、赤ん坊のシャルシスを政治の駒にしたくない、というバジレットの思いも理解できたし、シャルシスを国王にしたところで、代わりに政治を取り仕切ろうとする者によって、悪政を敷かれるのが目に見えている。

 苦肉の策ではあるが、遷都し、王権をシュベルテから遠ざけることが、今は一番良いように思えた。

 暗い表情で、サミルが口を開いた。

「確かに今朝、各街の領主に宛てて、新たに王都を決定するという連絡が、王宮から届きました。四日後、次の王都の選定を、王太妃様の元で行う、と……。恐らく、召集されるのは、ハーフェルンの領主、マルカン候と、セントランスの領主、アルヴァン候だと思いますが」

「やっぱり、ハーフェルンとセントランスか」

 悩ましげに眉を寄せて、オーラントが言う。
サミルは、心配そうな面持ちで、ルーフェンの方を見た。

「次期……あ、いえ、召喚師様も、王都選定の場には、ご出席なさるのでしょう?」

「……はい、そうなると思います。俺は召喚師ですから、遷都した暁には、シュベルテを出て、新しい王都に移ることになりますし」

 サミルに入れてもらった茶を一口飲んで、ルーフェンは続けた。

「今のところは、ハーフェルンを王都にしようとする動きが、強いように思います。バジレット王太妃も、口には出していませんが、そう考えているんじゃないかと。……セントランスは、軍事力があるというだけで、ろくな街じゃありません。かつてはセントランスが王都だったようですが、他の地を侵略して食い潰していく様は、とてもじゃないが、国の中心地に相応しいとは言えなかった、と聞いています。もう五百年も昔のことですし、今は表面上、シュベルテとセントランスの間に確執はありませんが、セントランスの内情に、あまり良い噂は聞きません。今回、王都に返り咲こうとしているのも、シュベルテとの内戦で度々敗北した大昔の屈辱を、晴らそうと考えているだけなのでしょう」

 ルーフェンの言葉に、オーラントが明るく頷く。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.284 )
日時: 2018/02/10 18:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「まあ、ハーフェルンなら、それこそシュベルテと長い間、親交が深いしな。召喚師一族にも、かなり好意的だろう」

 黙って聞いていたジークハルトが、呆れたように言った。

「俺は、ハーフェルンは好かん。あそこは、人の出入りや物流が盛んな分、怪しげな物も沢山入り込んでくる。発展してるのは、あくまで上辺だけ。貧富の差も深刻だ。一歩裏路地に踏み込めば、薬物中毒者やら、仕事のない酒浸りが、うようよ徘徊してる」

 知らない訳じゃないだろう、という風に言うと、ジークハルトは、オーラントにじろりと睨まれた。
わざわざ気分が落ち込むようなことを言うな、という牽制だろう。

 ハーフェルンかセントランス、どちらか一方、新しい王都となった方に、ルーフェンは移ることになるのだ。
今のところは、ハーフェルンが優勢なのだから、なるべくハーフェルンの悪い面は言わないように、と気遣っていたのに、それらをジークハルトがぶち壊したので、オーラントは怒ったらしい。

 ジークハルトは、鼻を鳴らすと、今度はルーフェンの方を見た。

「選定は四日後、だったな。王太妃は、どうやって新しい王都を決定するつもりなんだ」

 ルーフェンは、目を伏せたまま答えた。

「……それは、まだ聞いてない。今日中にシルヴィアのことを、王太妃に報告しなきゃならないから、その時に聞いてみるよ。……でも多分、話し合いで決めるんじゃないかな。通例だと、戦って勝利した方が王都になるんだろうけど、今回は国王自らの意思で王権を譲渡するわけだし、わざわざ争う必要はない。バジレット様も、あまり争いは好まれないようだし、そもそも、ハーフェルンは軍事ではなく、商業で発展してる街だ。軍事に力を入れているセントランスと争わせるのは、公平じゃない」

 ジークハルトは、微かに目を細めた。

「……本当に、そうなるといいがな。公平かどうかなんて綺麗事が、通じるとも思えん。立場は王太妃が一番だが、バジレットにも、大した発言権はないだろう」

「…………」

 つかの間、室内に、重苦しい沈黙が落ちる。
ルーフェンは、コップを握る手に、力を込めた。

「……次の王都がどうなるにしても、内戦は避けたい。もし、争いに発展するなら、その時は、召喚師一族の権力を使って止める。戦が絡んだ話で、召喚師一族に喧嘩を売ろうなんて命知らずは、流石にいないでしょうから」

 凄むような目つきになったルーフェンに、サミルが、眉を下げた。

「……召喚師様、あまりそのように、全てを背負おうとはなさいますな。王都の選定が、国の在り方を左右する大事であることは確かですが、ご自分の立場をそんな……政治の道具のように使ってはなりません。矢面に立たれるような真似を続ければ、召喚師様の御身が危険です」

 諭すように言ってきたサミルに、ルーフェンは、表情を緩めた。

「……いざという時は、の話です。大丈夫、基本は口を出さずにいるつもりですから。俺だって、権力争いに巻き込まれるのは、御免です」

「…………」

 どこか不安げな様子で、サミルが押し黙る。
二人のやりとりを見ながら、オーラントは、がしがしと後頭部を掻いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.285 )
日時: 2018/02/11 18:13
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JIRis42C)




「俺がまだ宮廷魔導師を続けていれば、王都選定の場にも出席できたし、多少は発言も出来たんですがねえ。諸々の背景を知ってるのが、ルーフェンと王太妃様だけっていう状況は、どうにも心配です」

「え……」

 大きく目を見開いたルーフェンに、オーラントは苦笑した。

「え、ってなんですか。宮廷魔導師は、地位で言えば貴族と同等、領地だってもらえるご身分なんですよ? 言っちゃえば、領主みたいなもんです。今回は、有力候補がハーフェルンとセントランスだっていうだけで、他の領主が来ちゃいけないとは書いていない。俺は、面倒だから領地なんて貰ってないが、身分的には、明後日の選定会議とやらに、出席して問題ないはずです」

「いや、そうじゃなくて」

 どこか得意気に話し始めたオーラントを遮って、ルーフェンは言った。

「オーラントさん、宮廷魔導師、やめたんですか……?」

 瞠目して、オーラントが、目を瞬かせる。
それから、少し困ったように笑うと、オーラントは無くなった右腕を示した。

「そりゃあ、この有り様じゃ、続けられないですよ。宮廷魔導師団の方には、事情を省いて、説明しました。召喚師に即位したなら、近々あんたにも、連絡が行くんじゃないですか。俺は、晴れて無職です」

 あっけらかんと笑うオーラントに、ルーフェンは顔を歪めて、俯いた。

「……すみません、本当に。俺のせいで……」

 膝に置いた拳を握って、深々と頭を下げる。
オーラントは、首を振った。

「なに、あんたが気にすることじゃないですよ。元はといえば、俺が軽率に動きすぎたのが悪いんですから。幸い、金には困ってないし、早めに引退したと思って、のんびり隠居します」

「…………」

 何を返せば良いのかわからなくて、ルーフェンは唇を震わせた。

 オーラントが、わざと明るく振る舞っているのは、見てすぐに分かる。
オーラントだって、ちゃんと宮廷魔導師の仕事に誇りを持って、日々生活していたのだ。
その仕事を無くして、こんな風に笑っていられるわけがない。

 右腕を失い、誇りも失い、それでも変わらず接してくれるオーラントを思うと、再び目頭が熱くなった。

 溢れそうになった涙を拭うルーフェンを見て、オーラントは、肩をすくめた。

「なんだよ、今日は随分泣き虫だなぁ。さっきもわんわん泣いてたんでしょう。いつもの可愛いげの無さは、どこ行ったんですか?」

 茶化すような物言いに、ルーフェンは、涙声で返した。

「……本当に、ごめんなさい。俺が、召喚師になったら、オーラントさんの給料あげろって、頼まれてたのに……」

「ちょっ、今それ言ったら、色々台無しになるじゃないですか……」

 途端にばつが悪そうな顔になったオーラントに、サミルがくすりと笑う。
ジークハルトは、何も言わずに、呆れたように息を吐いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.286 )
日時: 2018/02/11 18:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: JIRis42C)



 オーラントは、場の空気を一新させるべく、左手を、膝に叩きつけるように置いた。

「まあ、とにかく、これ以上俺たちに出来ることはない。……悔しいけどな。あとは、ハーフェルンとセントランス、そして、王太妃様のお心次第、ってことです。……良かったじゃないですか、その……王位継承者達の死の真相が、突き止められたんだから。ルーフェンにとっちゃ、そんな喜べるような真相ではないでしょうけど」

「…………」

 ルーフェンは、ゆるゆると首を振った。

「……いえ、結果的には、良かったです。今回の件で、色々と知ることができたのは、事実ですから」

 抑揚のない声で、ルーフェンは言い募った。

「おかげで、自分の出自についても、突き止めることができました。シルヴィアが、俺をヘンリ村に捨てた理由も、俺の父親が、アラン・レーシアス氏だったことも……。そして、アランさんの殺害を謀ったのが、シルヴィアであったことも……」

 瞬間、サミルが、瞳に驚愕の色を滲ませる。
ルーフェンは、サミルの方を向くと、穏やかに告げた。

「……すみません、勝手に調べてしまいました。……サミルさんは、俺の、叔父さんだったんですね」

「…………」

 どこか戸惑った様子で、サミルが口ごもる。
それから、申し訳なさそうに下を向いて、サミルは言った。

「……申し訳ありません。もう少し、早くに打ち明けるべきでした……。ただ、ずっと迷っていたのです。お伝えすることが、果たして、召喚師様にとって良いことなのだろうかと……」

 ルーフェンは、微かに破顔した。

「俺は、知ることができて、良かったです。サミルさんが、俺の叔父だと分かって、嬉しかった」

 サミルは、少し目を大きくしてから、優しく目元を和ませた。

「……私も、嬉しかったのですよ。ヘンリ村で見つかった貴方様が、アーベリトに来たとき、まるで、兄の生きた証を見ているようで、本当に嬉しかった。兄もね、シルヴィア様がご懐妊なさったと聞いて、とても喜んでいたんです」

「…………」

 ルーフェンは、何かをこらえるように唇を引き結んで、俯いた。
そして、座っていた椅子を引いて、ゆっくりと立ち上がった。

「……そのお話が聞けただけで、もう十分です。ありがとうございます。……叔父さん」

 小さな声で言って、上着を羽織る。
ジークハルトは、顔をあげると、寄りかかっていた壁から離れた。

「……おい、王宮に戻るのか」

「うん。いい加減、バジレット様に、シルヴィアのことを報告しに行かないと」

「移動陣を使うんだろう。なら、俺も連れていけ。馬車を待つより早い」

 簡潔に用件を言って、ジークハルトも身支度を始める。
シルヴィアの一件が片付いたので、もう魔導師団に戻りたいのだろう。

 ルーフェンは、サミルとオーラントを、交互に見やった。

「それでは、お邪魔しました。孤児院の子達にも、よろしくと。……オーラントさんは、早く回復してくださいね」

 ああ、と頷いて、オーラントが笑う。
サミルは、朗らかに首肯すると、ルーフェンに尋ねた。

「召喚師様……アーベリトのことは、お好きですか?」

 振り返って、少し不思議そうに瞬く。
ルーフェンが、はい、と返事をすると、サミルは、どこか寂しそうに微笑んだ。

「……では、またいらしてくださいね」

「…………」

 曖昧に笑みを返して、ルーフェンが頷く。

 遷都の状況次第で、別の街に移り住むことになれば、再び、アーベリトに来られるか分からない。
それに、召喚師になった今、これまでと同じように、身軽に王宮を飛び出すことも出来ない。
声に出して約束するのは、躊躇われた。

 ルーフェンとジークハルトは、それぞれ帰る準備を整えると、部屋を出たのであった。



 二人が病室から出ていくと、大きくため息をついて、オーラントは寝台に横たわった。
ぼんやりと、何か物思いしながら、天井の一点を見つめている。

 だが、ふと口を開くと、独り言のように呟いた。

「サーフェリアは、これからどうなっていくんでしょうね……」

 静かな部屋の中に、どんよりとした空気が漂う。

 未だに、ルーフェンたちが出ていった扉を見つめていたサミルは、ふっと、息を吸った。
そして、オーラントに向き直ると、ゆっくりと口を開いた。

「バーンズさん、少しご相談があるのですが……よろしいですか?」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.287 )
日時: 2021/02/24 12:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)


  *  *  *


 港湾都市、ハーフェルンの領主であるクラーク・マルカンと、軍事都市、セントランスの領主であるバスカ・アルヴァンの馬車が、王宮に到着したのは、ちょうど昼を過ぎた頃であった。

 二人が謁見の間に通された時、王太妃バジレットは、既に王座についていた。
その下手には、新たな召喚師ルーフェンと、前召喚師シルヴィア、他にも、政を取り仕切る重役たちが揃っている。
バジレットの近くや、謁見の間の周辺には、宮廷魔導師や騎士たちが配置されており、どんな事態にも対応できるよう、目を光らせていた。

 クラークとバスカは、謁見の間に入ると、その場でひざまずき、深く頭を下げた。

「この度は、お招き頂き、ありがとうございます。エルディオ様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます」

 バスカは、そこで言葉を止めたが、クラークは、ルーフェンの方にも身体を向けると、再度お辞儀をした。

「ルーフェン様におかれましては、召喚師へのご就任、誠におめでとうございます」

 一瞬、バスカが、気に食わないといった表情で、クラークを睨む。

 クラークが治めるハーフェルンは、交易が盛んな港湾都市である一方、軍事力に関しては、王都シュベルテに依存している節がある。
そのため、シュベルテの軍事を統率する召喚師一族への“ご機嫌とり”は、クラークにとって最優先事項と言えるのだ。

 国王が崩御したばかりの今、召喚師への祝いの言葉を述べるのは、不謹慎だ。
そう踏んで、故意にルーフェンには何も言わなかったセントランスの領主、バスカは、顰蹙(ひんしゅく)を買う覚悟で抜け駆けしたクラークの言動が、心底不愉快だったのだろう。

 早々に、緊張感のある空気が流れ始めた中、バジレットは、平坦な声で言った。

「マルカン侯、アルヴァン侯、よく来てくれた。面を上げ、席につくがよい」

 は、と短く返事をして、クラークとバスカが立ち上がる。
二人は、広間の両端に用意してある椅子まで歩いていくと、それぞれ向かい合うようにして、着席した。

「……さて、王都シュベルテの現状は、そなたらも知っての通りだ。国王が不在の今、いつその地位を狙って、愚劣な輩がシュベルテに攻めこんで来るとも限らぬ。そうなる前に、余は、サーフェリアを導く力を持つであろう、ハーフェルンかセントランス、このどちらかを王都とし、その領主を勤める者に、王位を譲ろうと思う」

 バジレットの言葉に対し、問答の口火を切ったのは、バスカであった。

「王太妃様、そのお申し出、是非私めがお受けしとうございます! 我がセントランスは、優秀な魔導師と屈強な騎士を備えた、シュベルテに次ぐ軍事都市! かつて、王都として国を治めていたのも、セントランスです。どのような脅威がサーフェリアに降りかかろうとも、必ずや打ち破ってみせましょう! 新たに王都を選定なさるのであれば、相応しきは我がセントランスの他にありません!」

 鍛え上げられた太い腕で、身ぶり手振りをつけながら、バスカが捲し立てる。
一方のクラークは、どこか小馬鹿にしたような顔で、ぼそりと呟いた。

「真にセントランスが王都に相応しかったのなら、何故、現在の王都はシュベルテなのでしょうな?」

 バスカの顔が、怒りで赤くなる。
クラークは、鷹揚に笑って見せた。

「おやおや、これは失敬。つい本音が出てしまいました」

 クラークは、バスカには目もくれず、バジレットの方に向いた。

「私達ハーフェルンは、見苦しく、王位に執着しようとは思っておりません。ただ、私は心配なのです。王太妃様の仰るように、このままでは、不遜(ふそん)な輩が王都の権力を手に入れようと、すり寄って来るのではないか、と。そのような意地汚い者の手中に、王位が収まってしまうくらいなら、この私、クラーク・マルカンにお任せください。シュベルテとハーフェルンは、長年友好関係にあります。我らは決して、シュベルテを裏切りません。どうか、信用しては頂けないでしょうか?」

 クラークが言い終えると、バスカが、すぐさま大声をあげた。

「不遜なのは、お前達のほうであろう! 媚び諂(へつら)い、シュベルテからの恩恵に甘え、蜜を吸ってのうのうと暮らす羽虫めが! シュベルテの力なしでは防衛もできぬような脆弱なハーフェルンに、王都など勤まりはしない!」

 顔色一つ変えず、クラークは言い返した。

「軍事力こそが全てと思い込んでいる辺りからして、失笑を禁じ得ませんな。敵を退けることだけが、統治ではありませんよ、アルヴァン侯。貴殿のように、喧しくわめき散らす御仁が治めているとなると、セントランスの品位も、たかが知れておりますな」

「黙れ、野心深い狸めが!」

 バスカは立ち上がると、クラークを指差した。

「王太妃様! 聞けば、崩御されたエルディオ様も、シェイルハート家のご子息達も、ハーフェルンでの療養からの帰り道に遭った転落事故が原因で、お亡くなりになったそうではないですか! 療養とは名ばかりで、きっとこの男が、馬車に細工をしたに違いありません!」

「なっ!?」

 クラークが、思わず立ち上がる。

 療養からの帰り道に起きた転落事故のことについは、クラークも、少なからず責任を感じているのだろう。
エルディオやルイスたちの死は、シルヴィアが仕組んだことなのだから、当然、クラークに原因はないのだが、彼らは、黒幕がシルヴィアであることを知らない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.288 )
日時: 2018/02/12 18:47
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: h4V7lSlN)



 余裕綽々としていたクラークも、痛いところを突かれては、黙っていられないようだった。

「憶測で物を言わないで頂きたい! あれは事故です! でたらめなんぞで私を陥れようなど、卑怯者のすることですぞ! 少しは頭を使って発言してはどうなのですか!」

「白々しい! 馬車に細工を施していなかったとしても、ハーフェルンの監督不行き届きが原因であることは事実! 貴殿のように平和ボケした者が、国王になろうなど、思い上がりも甚だしいわ!」

 二人はそうして、しばらくお互いを罵倒し合っていた。
言い争っても仕方のないことを、いつまでも並び立てて騒いでいる姿を見ていると、だんだん、この場が時間の無駄だとさえ思えてくる。
ルーフェンは、呆れたように肩をすくめて、唾を飛ばし合う二人を眺めていた。

 王都にするなら、ハーフェルンだと考えていたが、もはや、どちらでも良くなってきた。
浅薄なバスカは論外だが、対するクラークも、クラークである。
元々、計算高い男だとは思っていたが、その割には、随分と頭に血が昇りやすい。
港町ハーフェルンを、あそこまで大きく発展させた手腕は認めるが、いざクラークが国王となり、その下で働くことを考えると、ため息が出た。

 長い言い争いの末、罵る言葉が出てこなくなると、クラークとバスカは、ようやく口を閉じた。
バジレットは、ふうと息を吐くと、冷たい声で言った。

「……今の双方の発言を元に、余が新たな王都をどちらにするか決するが……。もう、他に言い分はないか?」

 一瞬、クラークとバスカが、しまった、といった様子で姿勢を正す。
バジレットの冷めた物言いに、やっと、自分達が口汚く罵倒し合っていたことに気づいたのだろう。
だが、今更申し開きをする方がみっともないと思ったのか、二人は、苦々しい顔つきで押し黙った。

 バジレットが、改めて口を開こうとした、その時。
ふと、侍従の一人が前に出て、言った。

「バジレット様、謁見を申し出たいという者が……」

 控えめな声で告げた侍従に、バジレットは、目を細めた。

「見て分からぬか、今は王都を選定している最中である」

「その、選定の場に、参加したいと申しておりまして……」

 ほとんど決着もつきそうだというのに、一体誰だ、と全員が顔をしかめる。
侍従は、困ったような顔で、深々と頭を下げた。

「アーベリトのご領主、サミル・レーシアス様なのですが……お帰り頂きますか?」

「レーシアス伯だと?」

 思わぬ人物に、全員が目を剥く。
興味がなさそうにしていたルーフェンも、ぎょっとして硬直すると、侍従の方を向いた。

 確かに、今回の王都の選定については、全ての街に知らせてある。
ハーフェルンやセントランス以外の街には、王都に選出される資格がない、という決まりもない。
しかし、王都と成り得る財力や軍事力を備えた街、と考えると、やはりハーフェルンかセントランスのどちらかに絞られる。
言わずとも、そのことは全ての街の領主たちが理解していたし、それを承知した上で、王位欲しさにわざわざ王宮にやって来るなど、図々しいと指差されることになる。
まして、アーベリトは、遺伝病の治療法を批判されて以来、他とはほとんど縁を切られたような街である。
大した力もないのに、ハーフェルンとセントランスを相手にするなんて、恥をかきに来るようなものだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.289 )
日時: 2021/02/24 12:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)

 バジレットは、少し迷った様子で黙っていたが、ややあって頷くと、答えた。

「……通せ。参加する権利は、ある」

 侍従がかしこまって、一度下がる。

 サミルは、一体何のつもりで王宮に来たのだろう。
ルーフェンは、はらはらした気持ちで、事のなり行きを見守っていた。

 やがて、広間の扉が開くと、サミルが入ってきた。
サミルは、ひざまずいて頭を下げると、場に合わぬ、朗らかな声で言った。

「この度は、お目通りをお許し頂き、ありがとうございます。参加が遅れてしまい、誠に申し訳ありません」

 深々と謝罪するサミルに、バジレットが頭を上げるように指示する。
バジレットは、怪訝そうな表情で、眉を曇らせた。

「……レーシアス伯。ここに参ったということは……分かっておるのか?」

 威圧的な声で、バジレットが告げる。
しかし、サミルは、微笑みながら答えた。

「はい。私のような者が、マルカン侯とアルヴァン侯に並んで申し出るなど、場違いとは自覚しておりますが、是非、我がアーベリトも、新たな王都の候補に加えて頂ければ、と」

「…………」

 バスカが、露骨に顔を歪めて、サミルを睨む。
クラークは、口調こそ穏やかだったが、どこか呆れた様子で口を開いた。

「レーシアス伯、お言葉ですが、アーベリトを王都にするというのは、些か見当違いなお話ではありませんかな? 王都というのは、サーフェリアを治める中枢です。それを成し得るお力が、アーベリトにあると?」

 とげを含む物言いに、ルーフェンが、クラークを睨む。
だが、ルーフェンが口を出そうとする前に、サミルは、あっさりと答えた。

「いいえ。残念ながら、そのようなお力は、アーベリトにはありません。ですから、どうでしょう? シュベルテ、ハーフェルン、セントランス、アーベリト、この四つの街で、協力体制をとる、というのは」

 クラークが、思わず眉を上げる。
随分と軽い口調に、全員が戸惑う中、サミルは、落ち着いた様子で続けた。

「長年王都として発展してきたシュベルテ、サーフェリア随一の物流量を誇るハーフェルン、圧倒的な軍事力を持つセントランス、そして、アーベリト……。もちろん、侵略などせず、互いを尊重し、足りぬところを補い合いながら、協力体制を築くのです。大勢の魔導師や騎士を抱えたシュベルテとセントランスが手を組めば、戦を仕掛けてこようなどと、無謀な真似をする者もいなくなるでしょうし、交易が盛んなハーフェルンが味方について下さるならば、財政面も安定します。いかがですか? 今後、より強固で安寧な、国造りが出来るとは思いませんか?」

 予想もしていなかった提案に、 バジレットとクラークが、目を見張る。
しかしバスカは、椅子にどかりと座り直すと、いきなり笑いだした。

「何を言うかと思えば、これが笑わずにいられるか! 協力体制をとる? アーベリトなんぞと手を組んで、我々に何の得があるというのだ。そもそも、レーシアス伯、貴殿は貴族の出でも何でもなかろう! 王家にすり寄り、偶然爵位を授かっただけの成り上がりの分際で、誰に対して意見を申しておるのだ!」

 クラークも、一つ息を吐き出すと、同調して頷いた。

「アルヴァン侯のその意見については、私も同意ですな。シュベルテならともかく、アーベリトに力を貸すことで、我がハーフェルンに何か見返りがあるとは思えませぬ」

「…………」

 緊張した面持ちで、ルーフェンがサミルを見つめる。
サミルは、慌てて椅子を用意しようとしている侍従に、お気遣いなく、と遠慮すると、バスカの方を見た。

「確かに、仰る通りです。しょせんレーシアス家は、成り上がりの一族に過ぎません。ですが、そのようにはっきりと『何の得があるのだ』と切り捨てられてしまうと、少し悲しくなりますね。アーベリトは小規模ながらも、サーフェリアに貢献してきた街の一つだと、私は自負しているのですが」

 サミルは、持ってきた荷物から書類の束を取り出すと、それらに目を通しながら、バスカに向き直った。

「アルヴァン侯、三十年ほど前に、セントランスを悩ませた二つの病を、覚えておいでですか?」

 バスカが、訝しげに眉を寄せる。
少し目を細めてから、バスカは答えた。

「……産後出血瘡(さんごしゅっけつそう)と、ミジア熱のことか? あれらは、三十年前は猛威を奮ったが、解明されてみれば、なに、大した病ではなかった。産後出血瘡は、分娩前の妊婦共の周囲の清潔環境を徹底すれば良いだけの話であったし、ミジア熱も、作物に付着した寄生虫が原因というだけであった。加熱さえすれば、あのような病、発症せん」

 ふんと鼻をならして、バスカが語る。
サミルは、深く頷いた。

「その通りです。では、当時は治療不可能な難病だと囁かれていたそれらの病が、実は大した病ではないと解明した医師の名を、覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、確か、それは──」

 そこまで言って、バスカが、はっと口をつぐむ。
サミルは、にこりと笑った。

「ええ、アラン・レーシアスです。私の兄が解明しました」

 バスカの額に、脂汗がにじみ出す。
サミルは、更にぺらぺらと書類をめくりながら、語り出した。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.290 )
日時: 2021/02/24 12:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)

「それだけではありません。一時期、セントランスは、領地拡大のために頻繁に内戦を起こしていましたが、それが原因で、多くの負傷者を抱えることになりましたよね。ですが、彼らは頑として治療を受けようとしなかったため、その大半が、次々と亡くなってしまった……。なぜなら、当時のセントランスには、麻酔──つまり、無痛手術の技術がなかったからです。戦に疲れ、命の危機に瀕した民たちに、激痛に耐えてまで治療を受ける精神力はなかったのです」

「…………」

「このままでは、戦の勝敗に関係なく、セントランスは多くの民を失うことになってしまう。お困りになった貴方様のお父上、先代のセントランスのご領主は、当時、唯一麻酔の医療魔術を有していた、我らアーベリトを頼りました。アーベリトの医師をセントランスに派遣するよう、ご依頼なさったのです。私もその頃、新人の医師として参加していたので、よく覚えていますよ」

 焦ったような顔で黙りこむバスカに、サミルは、悲しそうな笑みを向けた。

「お気を悪くされたら、申し訳ありません。恩着せがましく、昔語りをするつもりはないのです。ただ、先程アルヴァン候が、アーベリトは何の益ももたらさない、偶然爵位を授かっただけの成り上がり、と仰ったものですから、少し、悲しくなってしまいました。私達は、人の命を助けたくて動く、医師です。当然、損得で動いているわけではありません。ですが、寝る間も惜しんで研究に打ち込み、粉骨砕身の精神で病人や怪我人の治療をしておりますから、その努力を一切認めて頂けないというのは、やはり寂しいものなのです……」

 敵意や圧力を感じさせない、しかし、簡単には有無を言わせぬような物言いで、サミルが言う。

 ルーフェンは、そんな彼の態度に、驚きを隠せなかった。
サミルは、いつだって優しく、穏やかで、暖かい空気感を纏った男だ。
だが、口調や表情こそいつも通りでも、今のサミルからは、まるで別人のような迫力を感じる。
いざとなれば、自分が割って入るつもりだったのだが、サミルの発言には、全くもって入る隙がなかった。

 次いで、今度はクラークの方に向くと、サミルは口を開いた。

「マルカン侯、人の出入りが多いハーフェルンでは、やはり娯楽通りや花街も、随分と賑わっているようですね。私は日頃、あまりアーベリトから出ませんが、そのお噂は、かねがね耳にしております。ですが、最近、花街の一部で、流行り始めている病があるのだとか」

「…………」

 クラークが、警戒したように押し黙る。
しかし、すぐに笑顔になると、クラークは快活な様子で答えた。

「……あれは、ただの丘疹(きゅうしん)、でしたかな。私は医師ではないので、詳しくはありませんが、単なる皮膚病だそうですよ。うちの医師が、そう結論付けています。気に止めるようなことではありません」

「人が亡くなっていらっしゃるのに?」

 一瞬、クラークの目が泳ぐ。
サミルは、恭しく頭を下げてから、続けた。

「私ごときが、ハーフェルンの内情に口を挟んでしまい、申し訳ありません。しかし、つい最近、ハーフェルンから来たという方が、アーベリトを訪ねていらっしゃいました。彼が感染していた病が、ハーフェルンに流行しているものと同じならば、それは、ただの丘疹などではございません。命にも関わる、重大な病です。……アーベリトには、抗菌薬がありますので、ご入り用の場合は仰ってくださいね」

「…………」

 クラークとバスカが、憎らしそうな顔つきで、サミルを見つめている。
サミルは、そんな二人から目線を外すと、バジレットを見上げた。

「王太妃様、大変なご無礼を承知で申し上げますが、アーベリトの医療魔術は、他の街よりも数十年……いえ、分野によっては、百年と言っても過言ではないほど、進んでいる自信がございます。世間では未だに奇病、難病と言われる病のいくつかも、アーベリトでは原因を特定、解明し、治療法を見つけております。私を含めた、アーベリトの医師のみが持つ技術、知識もありましょう。──もし、アーベリトを王都とし、先程の協力体制をとるというご提案を受け入れて下さるならば、私達が持つ全ての医療技術を、シュベルテ、ハーフェルン、セントランスに開示することをお約束致します。サーフェリア屈指の発展ぶりを見せている私達が手を組めば、軍事面、財政面、医療技術において……いえ、それだけではない。召喚師様のお陰で、リオット族の力も得られるようになったわけですから、土木業や鉄鋼業、その他の様々な面でも、多岐に渡って安定、向上していくことができます。何一つ、損することはないように思います」

 どこか挑戦的な態度で、サミルがバジレットを見つめる。
びりびりと張り積めた空気の中、バジレットは、ややあって、ふっと笑った。

「……進言されている、というより、取引を持ちかけられているような気分だな」

 凍てつくような、鋭い声。
バジレットは、すっと目を細めると、顔つきを険しくした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.291 )
日時: 2018/02/14 18:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「……レーシアス伯、ご自慢の医療魔術をひけらかすのも良いが、よく考えて言葉を口にせよ。今までの話、そのまま受け取れば、アーベリトは、国王エルディオが命の危機に瀕していると知りながら、見て見ぬふりをし、その卓越した医療技術を独占していた、ということになる。……各街において、技術の独占権利は認められておるが、我が王都シュベルテは、長年に渡り、アーベリトの慈善事業に資金援助を行っていた。そなたらの医療技術、シュベルテには開示するのが、道理だとは思わぬか。これでは、アーベリトが我ら王族の治療を拒んだことと同義ぞ」

 広間の空気が、更に殺伐としたものに変わる。
だが、サミルは、決心したような目付きになると、毅然として返した。

「確かに、シュベルテからは、資金援助をして頂いておりました。しかし、リオット族の件をきっかけに、遺伝病の治療法を批判されるようになって以来、レーシアス家は没落。他の街との関係も、疎遠になってしまいましたし、『シュベルテに関わってくるな』と先にお命じになったのは、亡きエルディオ様ご自身です。それに、エルディオ様がお隠れになった原因は、治療不可能なものてあると、王太妃様は、ご存知なのではありませんか……?」

 ちらりとシルヴィアを一瞥して、サミルは続けた。

「アーベリトは、積極的に働きかけはしなかったものの、訪ねてきた患者に関しては、平等に、全力で治療して参りました。アーベリトには、必要以上に医療魔術を独占する気などなかったこと。そして、エルディオ様の崩御に、我々アーベリトの意思は関わっていないこと。王太妃様なら、ご理解して下さると信じております」

「…………」

 はっきりとそう言い放って、サミルは、バジレットの返事を待っている。
ルーフェンは、気が気じゃないといった表情で、沈黙するバジレットを凝視していた。

 まさかサミルが、こんなに好戦的な台詞を言うなんて、信じられなかった。
バジレットの返答次第では、サミルは投獄、最悪の場合、斬首の罪に問われるかもしれない。
水に打たれたような寒気と恐怖を感じながら、ルーフェンは、事態を見守っていた。

 長い間、バジレットは黙っていたが、しばらくすると、代わりにクラークが唇を開いた。

「……アーベリトの医療魔術が、卓越していることは認めましょう。ですが、その医療魔術は、真に信用に足る技術なのでしょうな? 先程のお話で思い出しましたが、アーベリトが確立したとされるあの、遺伝病の治療法とやら……。あれは、結局のところ、どうなのです? 本物ならば、リオット病に限らず、様々な遺伝病に応用できる治療法なのでしょうが、以前、ノーラデュースに落とされたリオット族には、症状が戻っていたというではありませんか。
召喚師様がご着目なさった、リオット族の地の魔術、あれは誠に素晴らしい……。あの魔術のお陰で、レドクイーン商会とカーノ商会に、莫大な利益をもたらしたんだとか。しかし、例の治療法とやらは、いまいち、信憑性に不安がありますな」

 綺麗に揃えられた口髭をいじりながら、クラークが言う。
サミルは、クラークの方に目線をやった。

「ノーラデュースでリオット病の症状が戻った原因に関しては、見当がついております。まだ調査自体は途中ですので、具体的な数値でご報告することはできませんが、いずれ結果が出たら、正式に提示いたしましょう」

 クラークは、やれやれといった風に首を振った。

「見当の段階で物を言われても、困りますなぁ。あの治療法が、本物だという確たる証拠がなければ、アーベリトを信用することは出来ませぬ。大体、召喚師様がリオット族にご注目なさったことを利用して、あんな二十年前の出来事を引っ張り出してくるなんて、少々未練がましいのでは? 過去の栄光にすがって、汚名返上に躍起になるというのは、いかがなものかと」

 一瞬、サミルの顔が強張る。
クラークとサミルが、無言で睨み合っていると、次に声をあげたのは、バスカであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.292 )
日時: 2021/02/24 12:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)


「ええい! こんな言い争いをしていても、話などまとまらぬわ! 王太妃様、ここは、古くからの慣例に習い、戦にて雌雄を決しましょうぞ! マルカン侯は、軍事が全てではないと申しておりましたが、国を守る力があってこその王都ではありませんか! 他の街の力を借りねば、自衛もできないような街に、王都は相応しくありません! 敵を打ち破る力があってこそです!」

 ぎらついた瞳でクラークとサミルを見つめ、バスカが提案する。
バジレットが、否定の意を表す前に、バスカは続けた。

「ご心配ありません。これは、厳正な決闘です! 我がセントランス、ハーフェルン、アーベリト、それぞれから腕の立つ者を、領主が一人選出し、その者を争わせ、勝った街が、次の王都となるのです。そうすれば、犠牲も最小限と留めることができます!」

「…………」

 慌てて反論を考えているであろう、面々を見渡して、バスカがほくそ笑んだ。

 死者を多く出してしまう戦を進言すれば、過激な思想を嫌うバジレットが、反対することは分かっていた。
だが、一対一の決闘となれば、死者は多くてもたったの三人。
この方法は、実際に古くからの存在している選定方法の一つであるし、バスカの発言は、決して的を外しているものではない。

 少し逡巡して、クラークは、鼻で笑った。

「決闘とは、なんと野蛮な……。強者が絶対などという考えは、獣がすることですぞ。沸点の低いセントランスの者共の常識を、我がハーフェルンにまで押し付けないで頂きたい」

 バスカは、ふんぞり返った。

「はっ、勝てぬ見込みがないからと言って、負け惜しみを言うでない! 野蛮だと? では、仮にハーフェルンが王都になったとして、大勢の敵が攻めてきたらどうするつもりなのだ! シュベルテに泣きついて、助けを求めるか? そのシュベルテにも、敵が攻め入っていたらどうする? ハーフェルンは、その野蛮の力とやらを持っていなかったばかりに、呆気なく滅ぼされることになるぞ!」

 怒鳴り散らすバスカに、クラークがぐっと黙りこむ。
サミルは、なだめるように言った。

「アルヴァン侯、貴殿の仰ることは尤もです。故に、協力体制をとりましょうと、私は申し上げているのです。貴殿の言う軍事力は勿論、国を治めるには、様々な力が必要です。だからこそ、それぞれの街が持つ長所を生かし──」

「聖人君子を気取るでない! レーシアス伯、貴様こそ、腹の底で一体何を企んでおるのだ! 大体、協力体制をとるというだけなら、アーベリトが王都になる必要はないだろう! 結局、他の街を利用して、王都の権力を得たいだけではないのか?」

 サミルは、疲れた様子で首を振った。

「私は、権力を得たいなどと考えてはおりません。先程も申し上げました通り、アーベリトが、王都に向いているとも思いません。……ただ、アーベリトが一時的に王位を預かるのが、一番穏便だと考えたまでです。ですから、何もなく事が済むのであれば、セントランスが王都になっても構わないのですよ。……周囲が認めた上での、決定ならば」

 横目でクラークを見て、サミルが言う。
クラークは、忌々しそうに顔を歪めると、吐き捨てるように言った。

「セントランスが王都になることだけは、絶対に認めませんぞ。あのような戦好きの街を王都にしてしまえば、侵略行為を繰り返し、国を疲弊させていくのが目に見えています」

「なんだと!? 脆弱な国造りしかできぬハーフェルンなんぞに言われたくはない!」

 食って掛かるバスカを制して、今度は、バジレットが口を挟んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.293 )
日時: 2021/02/24 12:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)

「……レーシアス伯、先程、一時的に王位を預かる、と申したな。あれはどういう意味だ」

 クラークとバスカの視線が、サミルに向く。
サミルは、待っていたとばかりに表情を緩めると、すっと息を吸った。

「言葉通りでございます。シュベルテは、約五百年もの間、王都としてこのサーフェリアを支えて下さいました。その誇りは、今後も捨てずにいてほしいのです」

 バジレットの眉が、微かに動く。
サミルは、はっきりとした口調で続けた。

「……恐れながら、ハーフェルンが王都になることを、アルヴァン侯はお認めになりませんし、また、セントランスが王都になることは、マルカン侯がお認めにならないでしょう。私も、正直なところ、シュベルテが王都のままであったのならと、願わずにはいられません。ですから、もしアーベリトに、王位を預けて下されば、お約束致します。いずれ再び、シュベルテが王都となれる日が来たときに、アーベリトは、その王位をシュベルテに返還する、と」

 ざわ、と広間が揺れる。
王位をシュベルテに返還する、それはつまり、アーベリトは本当に王位を独占する欲などないのだ、という意思表示だ。

 無表情の奥で、わずかにバジレットの心が動いたのを感じると、慌ててバスカが口を出した。

「何を勝手なことを……! そのような言い分、信用できるわけがなかろう!」

 サミルは、静かに返事をした。

「信じるか、信じないかは貴殿の自由ですが、私の言葉に、嘘偽はありません。シュベルテの内情が安定し、王都として復帰できるまで、アーベリトが王都の権限を預かる。それが、今のサーフェリアにとって最善と思いましたので、私はこの場に参加させて頂いたまででございます」

「……っ」

 サミルの冷静な言い方に、腹を立てたのだろう。
バスカは、勢いよく椅子の肘置きを叩いて、立ち上がった。

「王太妃様! 先程の、決闘に関するお返事を頂いておりませぬ! 認めて下さるのか、下さらないのか、お答えを頂戴したく存じます……!」

 荒く呼吸しながら、バスカがバジレットに詰め寄る。
認めないと言うなら、相応の理由も寄越せ、と言わんばかりの、勢いのある声。
一方でバスカは、そんな理由など出ないだろうと、まだ余裕を持っているようにも見えた。

 何を考えているのか、望洋とした瞳で、バジレットは口を閉じている。
ルーフェンはしばらく、黙ってバジレットの顔を見つめていたが、やがて、彼女の横顔に疲れが滲んでいるのを見ると、ふと、立ち上がった。

「……アルヴァン侯、その決闘とやらは、貴殿方領主がそれぞれ選出した一人を戦わせて、勝敗を決するのですよね?」

「……ええ、その通りです!」

 いきなりルーフェンが出てきたことに、戸惑いつつも、バスカが頷く。
ルーフェンは、ふうと息を吐いた。

「……分かりました。では、アーベリトからは、私が出ます」

 瞬間、全員が凍りついた。
あんぐりと口を開けて、呆然としていたバスカは、はっと我に返ると、大きな声で反論した。

「何を仰るのですか! 召喚師様は、アーベリトの人間ではないでしょう!? そんなの認められませぬ!」

 ルーフェンは、ひょいと眉をあげた。

「そんな決まりは聞いていませんが。領主が選出した一人を戦わせる、というお話でしょう? ……ですから、レーシアス伯。私を選んでください」

 サミルが、はっと顔を上げる。
ルーフェンは、サミルに向き直ると、強気な笑みを浮かべた。

「俺を、選ぶって言ってください。サミルさん」

「…………」

 少し困ったように俯いて、サミルが沈黙する。
しかし、すぐに頷くと、サミルは、力強く言った。

「貴方様がそう望んで下さるならば、是非、ルーフェン様に。アーベリトは、いつでも貴方様を、お迎えします」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.294 )
日時: 2021/02/24 12:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)


 深く頷き返すと、ルーフェンは、バスカに言った。

「……と、言うわけなので、決闘をなさるならば、アーベリトからは私が出ますね」

 絶句した様子で、バスカがルーフェンを見つめる。
納得が行かないといったように、拳を握りしめると、バスカは、サミルを指差した。

「召喚師様は、何故レーシアス伯に肩入れなさるのですか! 不公平ではありませんか!?」

 ルーフェンは、サミルの元まで歩いていくと、なに食わぬ顔で答えた。

「不公平もなにも、私は、この中で王都にするならば、アーベリトが一番良いだろうと思っただけです。アーベリトが、王都として相応しいかと問われれば、是とは答えにくい。ですが、先程のレーシアス伯の提案──協力体制をとり、それぞれが力を補いながら統治を行っていった上で、いずれ、シュベルテに王位を返還する……。その方法をとるならば、アーベリトが王都に向いているか、いないかという問題は、まあ、大したことではないでしょう。……何より、マルカン侯とアルヴァン侯は、ご自分の街のことばかり考えている。自分本意で醜い、罵詈雑言(ばりぞうごん)の浴びせ合いは、聞いていて疲れました」

 うっと言葉を詰まらせるバスカに、ルーフェンは言い募った。

「それに、レーシアス伯は、私の叔父です。先程、アルヴァン侯は『成り上がり分際で』と申されていましたが、サミル・レーシアスは、召喚師である私の父、アラン・レーシアスの弟です。成り上がりと侮辱されるほど、下の地位でもないと思いますが」

「お、おじ!?」

 すっ頓狂な声をあげると、バスカは、シルヴィアの方に振り返った。

「召喚師様のお父上がレーシアス家の者というのは、ほ、本当なのですか!?」

 シルヴィアは、俯いたまま、黙っていた。
だが、しばらくして、細くため息をつくと、ええ、と短く答えた。

 ルーフェンは、淡々とした口調で加えた。

「アーベリトの遺伝病の治療法がでたらめだ、などという言いがかりが出回ったせいで、私の父親に関する話は、世間から押し流されたようですが、私の父は、今は亡きアラン・レーシアスです」

 次いで、視線を動かして、ルーフェンは、矢継ぎ早に言った。

「それから、マルカン候。二十年前のノーラデュースにおいて、リオット病の症状が戻った原因を突き止めようとしたのは、レーシアス伯ではなく、私です」

「え?」

 クラークが、目を見開いたまま固まる。
声を震わせながら、クラークは、恐る恐る尋ねた。

「え……え? 召喚師様は、リオット族をノーラデュースから出し、王都に引き入れただけ、では……?」

 ルーフェンは、故意に冷たい声で言った。

「わざわざ公表しませんでしたが、それをやったのも私ですし、それ以外の、リオット族に関することは、大体私がやりました。リオット病再発の原因を、未練がましく探ったのも、アーベリトの過去の栄光にすがって、汚名返上に躍起になったのも、全部、私です」

 クラークの顔が、みるみる青くなっていく。
自分が先程、何を口走ったかを思い出して、どんどん絶望していくクラークを見ながら、ルーフェンは、追い討ちをかけた。

「すみませんが、具体的な数値で、というのは、少し難しい事柄のようなのです。なにしろ、二十年も前のことですから。しかし、かつて一度は、アーベリトの治療法で、リオット病の症状が改善しているわけですし、今、力を貸してくれているリオット族たちにも治療を施して、その効果が発揮されれば、アーベリトの医療魔術の信憑性に、もう問題はありませんよね?」

「え、ええ……仰る通りです……」

 クラークが、弱々しい声で返事をする。
知らなかったこととはいえ、召喚師であるルーフェンの行動を、散々貶していただなんて、とてつもない失態を犯したと思った。

 ハーフェルンは、シュベルテが優位な交易を行う代わりに、シュベルテの魔導師団に守ってもらっている街だ。
その魔導師団の筆頭である召喚師一族の機嫌を損ねることは、ハーフェルンにとっては、死活問題なのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.295 )
日時: 2021/02/24 12:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)



 悔しげに歯軋りしていたバスカが、再び口を開く。

「……召喚師様が、アーベリトを王都に望んでいることは、わかりました。ですが、先程貴方様は、決闘をするなら……と仰いましたよね。それはつまり、決闘を行うことを、お許しくださったということ! ならば、その決闘で勝った方が王都になるという選定方法に、異論はないのですね?」

「……ええ、ありませんが」

 微かに目を細めて、ルーフェンが返す。
何か秘策でもあるのかと警戒したルーフェンだったが、バスカが言い出したのは、苦し紛れの提案であった。

「でしたら、我らセントランスと決闘を! ただし、召喚術の使用はなさらないでください。厳正で公平な決闘にて、雌雄を決しましょう!」

 バスカの言い分に、ルーフェンは、思わず吹き出した。
くすくす笑って、息を吐き出すと、ルーフェンは言った。

「公平な、ですか。不公平だから、全力は出さずに戦おうというのでしたら、ハーフェルンの基準に合わせて、商人同士で戦いますか? もちろん、魔術も武器の所持も禁止で」

 瞠目して、バスカが息を飲む。
ルーフェンは、肩をすくめて見せた。

「アルヴァン侯は、決闘を行うことで、その街が王都になるに相応しい戦力を持っているのかどうか、見極めたいのだと思っていたのですが、違うのですか? いざ敵を討つとなれば、どうせ召喚師は引っ張り出されるでしょうし、その時は当然、召喚術を使います。それなのに、召喚術を使わずに決闘しよう、というのは、些か矛盾していませんか? 本気で決闘しないなら、実力なんて見られません。まあ、今後も召喚術を使わなくて良いと言うなら、どんな戦が勃発しようと、私は無視して帰りますが」

「…………」

 次は、どんな反論をしてくるだろうかと、ルーフェンがバスカの出方を伺っていると、どこからか、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。
悠然と笑って、手を叩いているのは、クラークである。

 ルーフェンが眉を潜めると、クラークは、打って変わった明るい声で、言った。

「素晴らしい! もう、認めざるを得ませんな。私は、少しアーベリトを見くびっていたようです。レーシアス伯の仰るような、協力体制なるものを敷くなら、我らハーフェルンは、ご協力致しましょう」

「…………」

 調子の良い手のひら返しに、内心呆れてしまう。
だが、ここでハーフェルンが味方についたのは、好都合であった。

 ハーフェルンにとって、最も重要なのは、王都になることではなく、召喚師一族と今後も友好的な関係でいることだ。
ルーフェンがアーベリト側にいる今、下手に反発して墓穴を掘るより、従属に徹した方が良いと判断したのだろう。

 だが、バスカは、へりくだりはしなかった。
わなわなと拳を震わせ、力任せに椅子を蹴ると、叫んだ。

「もう良い! セントランスは下りさせてもらう! 貴様らと協力なんぞしてたまるか!」

 そう吐き捨てて、バスカは、連れてきた家臣たちと共に、謁見の間を出ていく。
途端、バジレットの下手に座っていた政務次官、ガラドは、苛立たしげに舌打ちした。
彼はずっと、傍若無人なバスカの振る舞いに、腹を立てていたようだ。

 謁見の間が静かになると、バジレットは、ため息をついた。

「……マルカン侯。では、そなたも、王位争奪の場からは下りる、ということで良いのか?」

 クラークは、顎をさすりながら、首肯した。

「ええ。もう答えは出てしまったようですし。それに私は、領主であると共に、商人でもあります。アーベリトの医療魔術とやらに、俄然、興味が湧いてきてしまいました」

 鷹揚に微笑むクラークに、バジレットが、再度ため息をつく。
ガラドやモルティスの顔を見やり、それからサミルを見据えると、バジレットは述べた。

「……新たな王都の候補が、アーベリトだけになってしまったのだから、余からはもう何も言えぬ。元々、シュベルテ、ハーフェルン、アーベリトの間には、親交がある。疎遠になった間柄を回復させ、書面を以て正式に契約を結びたいというのなら、その条件を改めて伺おう。ひとまず期限は……我が孫、シャルシスが成人するまで──」

 バジレットは、一度目を閉じて、開くと、決心したように告げた。

「新たな王都として、アーベリトを認めよう……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.296 )
日時: 2020/12/11 15:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


 王都の選定が終わり、退去が命じられると、サミルは、同じく謁見の間から出てきた、シルヴィアの元へと向かった。
長廊下にて、一度ひざまずき、シルヴィアと向き合う。

 ルーフェンは、そんなサミルの姿を、少し離れたところから見つめていた。

「……謁見のお許しを頂いておりませんのに、ご無礼をお許しください」

「…………」

 振り返ったシルヴィアは、何も答えない。
サミルは、シルヴィアの白い顔を伺いながら、問うた。

「……シルヴィア様は、このままシュベルテに残られるのですか?」

 すっと目を細めて、シルヴィアがサミルを見る。
薄い笑みを浮かべると、シルヴィアは、静かに答えた。

「それ以外に、どうしろと? ルーフェン共々、アーベリトにいらっしゃい、とでも言うつもり? 」

「はい、そうです」

 即座に答えて、サミルが頷く。
シルヴィアは、ふっと表情を消したが、やがて、くすくすと笑いだした。

「なあに? 私を哀れんでいるの?」

「…………」

 サミルの顔が、悲しそうに歪む。
シルヴィアは、微かに声を低くした。

「貴方、とても残酷ね……。渇いて、枯れ果ててしまった人間には、一滴の水もやらない方が、よほど幸せなのよ」

 シルヴィアが、ルーフェンをちらりと見る。
表情を固くしたルーフェンに、シルヴィアは、美麗に微笑んで見せた。

「さようなら、ルーフェン」

 それだけ言うと、シルヴィアは、身を翻した。

 長い銀髪が、シルヴィアの歩調に合わせて、ゆらゆらと揺れる。
その後ろ姿に、再び声をかけようとしたサミルを止めると、ルーフェンは、首を横に振った。

「……無駄だと思います。それに、シルヴィアをアーベリトに招いたら、またいつ俺達のことを殺そうとするか、分かりません。……危険です」

 冷たい口調で言うと、サミルが、そうですね、と沈んだ声で呟く。
ルーフェンは、むっとして、サミルに顔を近づけた。

「サミルさん、少し、お人好しすぎるんじゃありませんか。シルヴィアは、アランさんを殺したんですよ」

 サミルは、弱々しく息を吐いた。

「それは、そうなのですが……」

 困った様子で口ごもりながら、サミルが俯く。
その姿からは、先程謁見の間で見せた気迫は、一切感じられない。

 ルーフェンは、はあっと嘆息した。

「……なんか、サミルさんって、意外と無茶苦茶なんですね。すごく驚いたんですよ。いきなり王宮に突撃してくるし、まるでいつもと別人みたいに強気だし……。王太妃が、サミルさんを斬り捨てろって言い出したらどうしようかと、ひやひやしてたんですから……」

 そう言って、額を押さえたルーフェンに、サミルは苦笑を漏らした。

「いやはや、私も本当は、終始ひやひやしていたのです。うまく行く確証なんて、全くありませんでしたし、ここ最近で、一番汗をかいた気がしますよ」

 どこか照れ臭そうに笑って、サミルは続けた。

「それでもね、黙って見ているだけでは、いけないと思ったのです。いつだって私は、見ているばかりでしたから……。色々、私なりに考えまして、それで、考え付いたのです。召喚師様が、アーベリトを好きだと仰って下さるなら、もういっそ、アーベリトを王都にしましょう、と」

 まるで、楽しい遊びでも思い付いた子供のような無邪気さで、サミルが言う。
ルーフェンは、思わず拍子抜けして、ぱちぱちと瞬いた。

 サミルの無謀さに、少し怒っていたくらいなのだが、もう、そんな気も失せてしまった。
優しい微笑みと言葉で、相手の毒気をあっさりと抜いてしまうのも、サミルの才能なのかもしれない。

 シュベルテやハーフェルンと協力しながらとはいえ、アーベリトのような小さな街が、王都として国を支えるなんて、簡単なことではない。
きっとこれから、沢山の困難に見舞われることになるだろう。
しかもサミルは、いずれ王位を、シュベルテに返還することを約束したのだ。
全くもって、アーベリトには何の得もない話である。

 それなのに、サミルは来てくれた。
ルーフェンのことを考えて、王宮に駆けつけてきてくれたのだ。
そう思うと、本当は、とても嬉しかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.297 )
日時: 2021/02/24 12:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r9bFnsPr)


 ルーフェンは、呆れ半分、嬉しさ半分といった様子で、肩をすくめた。

「それにしても、サミルさん、あんな迫力ある物言いも、出来たんですね。アーベリトの医療魔術が、いかに高等かを力説しながら、マルカン侯やアルヴァン侯を次々と丸め込んでいく様は、見ていて気分爽快でした」

 冗談混じりに言うと、サミルも、面白そうに表情を緩めた。

「ああ、あれは、オーラントさんのお陰もあるのですよ。オーラントさんは、任務でサーフェリア中を巡ってらっしゃったみたいですから、色んな街の内情をご存知だったんです。ですから、お願いしたんです。ハーフェルンやセントランスの弱味を教えてください、って」

 周りに人がいないか確認して、サミルが、こそっと呟く。
そんな悪どい内容を、サミルとオーラントが話している様を想像して、ルーフェンは思わず吹き出した。

「オーラントさん、よく教えてくれましたね。ハーフェルンとセントランスに喧嘩を売るなんて、やめろって言いそうなのに」

 サミルは、可笑しげに目を細めた。

「止められはしませんでしたが、『案外お前たちは、似た者同士なのかもな』と呆れられました」

「俺は、サミルさんほど無謀じゃないです」

「そうですか? 決闘に出ますって召喚師様が言い出したとき、私も結構、焦ったのですが」

 言ってから、ふと懐かしそうに目を伏せると、サミルは続けた。

「でも、そうですね……。召喚師様は、私というよりも、やはり兄に似ていますよ。今日、改めてそう感じました」

 しみじみと言うサミルに、ルーフェンは、尋ねた。

「アランさんは……父は、どんな人でしたか?」

 サミルは、少し寂しげに笑った。

「医師としては、尊敬できる人でしたが、兄としては、結構手のかかる人でしたよ。世間からは、神童だの天才だのと言われていましたが、子供っぽい所もありました。ちょっと目を話すと、寝食も忘れて研究に没頭してしまうし、医師の癖に、自分の健康は全く気にしない。……でも、正義感は人一倍強くて、優しい人でしたよ」

「…………」

 ルーフェンは、何も答えなかった。
長い間黙って、窓を見ていたが、やがて、にやりと笑うと、言った。

「天才だって騒がれているところは、本当にそっくりみたいですね」

 サミルは、首をかしげた。

「さあ、どうでしょう。そうやってすぐ調子に乗るところは、似てるかもしれませんが」

 サミルの返しに、ルーフェンは、挑発的に眉をあげた。
サミルも、負けじとルーフェンを見つめていたが、最終的に、二人はぷっと吹き出すと、しばらく笑い合った。

「もうすぐ、笑う暇もないくらい、忙しくなっちゃいますね。国王陛下」

 ルーフェンが、からかうような調子で言うと、サミルは、困ったような顔になった。

「その呼び方は、どうにも慣れなさそうですね……」

「なに言ってるんですか。もうサミルさんはサーフェリアの国王なんだから、もっと偉そうにしないと」

 寒さで曇った窓を拭きながら、ルーフェンは苦笑した。

 窓から見える、広大な王宮の庭園では、木々に積もる残雪が、夕陽に照らされてきらきらと光っている。
その枝についた小さく固い蕾が、残雪から覗いているのを、ルーフェンは、長い間じっと見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.298 )
日時: 2021/02/01 12:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)


  *  *  *


 サーフェリア歴、一四七七年。
新たな王都がアーベリトとなる、その十一年前。



「旦那、こいつ、こいつですよぉ。海から流れ着いてきたっつう、獣人の女! すごいでしょ、獣人を出品するなんて、絶対にうちが初めてです!」

 奴隷商の男は、下卑(げび)た笑いを浮かべながら、足枷の鎖を強引に引っ張った。
死体のように無抵抗で、あっさりと引きずり出された女の目に、もう光はない。

 その女の下腹部が、知らぬ内に膨れていることに気づくと、奴隷商は笑みを消して、うげっと顔を歪めた。

「あっ、こいつ、身籠ってやがる! おい、雄雌分けずに独房に突っ込んだやつ誰だ!?」

 憤慨する奴隷商をよそに、先程、旦那、と呼ばれた男が、値踏みするように女を見た。
そして、女の赤褐色の髪をひっ掴むと、ゆらゆらと頭を揺らして、その意思のない顔を覗き込んだ。

「……これ、本当に生きてるのか? ぴくりともしねえじゃねえか」

 奴隷商は、慌てたように言った。

「ええ、生きてますとも! ちゃんと呼吸してるでしょ? 獣人なんで、枷を壊されちゃ困ると思って、脚は折っておきましたが、それ以外は、一切傷つけてませんよ」

「ふーん……」

 興味がなさそうに返事をして、男が目を細める。
布切れ同然の服をめくり、女の背中にある奴隷印を確認してから、獣人特有の耳や尾、そして顔や手足を点検していく。
最初は、鋭い爪牙や、毛深い足先を興味ありげに眺めていたが、やがて、大きく息を吐くと、呆れたように首を振った。

「……犬か、狼かなんかの獣人か? 特別外見が良いわけでもないし、太股の皮膚部分に変な刺青が入ってる。おまけに、全くの無反応ときた。気色悪いっていうんで、見世物くらいにはなるかもしれんが、そう高い値はつかんだろ」

「ぇえ!? そんなぁ……」

 落胆の声をあげて、奴隷商が、不満げに眉を寄せる。
男は、面倒臭そうに答えた。

「まあ、反応を返すようになったら、もうちょい価値は上がるかもな。それか、腹の子を産ませて、そいつの方に期待するこった。その刺青は、消せそうもないしな」

 それだけ言って、飛び交う蝿を払いながら、男が独房から出ていく。
奴隷商は、納得がいかないといった顔つきで、女をみて舌打ちした。

 そして、その太股に入った、赤い木の葉模様の刺青を蹴り飛ばすと、腹立たしげに独房を後にしたのだった。


 

To be continued....

後編へ続く!


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【二月中完結予定】 ( No.299 )
日時: 2018/07/11 23:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)



〜あとがき〜


 皆様こんにちは!銀竹です。
これで完結、というわけではないのですが、とにかくサーフェリア編は長いので、一度きりの良いところで区切って、前編はここまで、ということにしたいと思います(^^)
読んでくださった方、本当にありがとうございます!

 サーフェリア編は、私が闇の系譜という物語を作りたいと思った原点になるお話です。
ずっと書きたい、書きたいと思っていたので、執筆も本当に楽しかったです。
おかげで、更新速度もミストリア編の倍くらい速かったですね(笑)
我ながら、意欲半端ないな、と思ってました。

 まあそんなわけで、サーフェリア編には、私の『好き』が沢山詰め込まれています。
ですから、極力分かりやすい描写は心がけたのですが、王道展開にしようとか、読みやすい展開にしようとか、そういうことはあまり考えませんでした。
ただひたすら、私の好きなように書いてしまったので、読者さんには、「ミストリア編に比べて、サーフェリア編は暗いし小難しいな……」と思われてしまったかもしれません。
それでも、少しでも面白いな、と感じて頂ける部分がありましたら、銀竹はそれでもう満足です!

 今回は、サーフェリアの召喚師、ルーフェンについてのお話でした。
ミストリア編の主人公、ファフリと比べて、いかがでしたか?(笑)
かなり屈折して、うじうじした主人公ですね!
そんな彼も、サミルさんやオーラントさん、リオット族の皆と出会い、少し前向きになってきました。
最初の頃の、「召喚師になんてなるものか、全員死ね!」みたいな時期と比較すると、随分更正したなぁと、しみじみ思うわけです(笑)
全てを拒絶していたルーフェンが、人々との出会いを経て、やがて、召喚師としての運命を受け入れていく物語。
それが、サーフェリア編・上のテーマでした。

 サーフェリア編には、ミストリア編に登場した人物も、何人か出てきますね。
まず、リオット族のラッセルじいさんやノイ、そしてハインツくん。
ミストリア編では、宮廷魔導師として頑張っているハインツくんですが、彼とルーフェンの出会いは、ここにありました。
 オーラントさんの息子、ジークハルトも、ミストリア編に出てます。
彼は最年少で宮廷魔導師の団長にまで上り詰める実力者ですが、サーフェリア編でも、その頭角を現しています。
多分彼は、ルーフェンと渡り合える唯一の相手なんじゃないかなぁと思います。
ちょっと口は悪いですが、オーラントさん共々、彼は闇の系譜のイケメン要員です。
 王太妃として、バジレットなんかも出てますね。
ミストリア編では、国王として出演しているバジレットさん。
あまり話すと、ネタバレになるので控えますが、彼女はこの時から、ミストリア編の時代まで、病を患いながらも、シュベルテで王座を守り続けています。
どれもこれも、孫のシャルシスを守るため。
かっこいいばあちゃんやで……。
 そしてそして、覚えていますか?
ミストリア編のロージアン鉱山で話題に出た、獣人のスレインさん。
名前は出ていませんが、彼女もサーフェリア編・上の最後に登場していますね!
詳しいことは下(後編)のほうで書きますが、彼女が出てきたということは、その娘のトワリスもあとちょっとで出てきます(*´∀`)
サーフェリア編のもう一人の主人公が、ようやく登場です(笑)

 サーフェリア編・下では、トワリス目線で進んでいく部分が多くなってきます。
王都がシュベルテからアーベリトに移り、その中で奮闘していくルーフェンやトワリスたちの物語です。
暗い展開も多いですが、まあアルファノル編も含めると最終的にはハッピーエンドになりますし、恋愛要素とかも入れていくので、前編よりは親しみやすいかな、と思います。

 ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました(*^^*)
次頁からは、また詳しいあとがき・解説を書いていきます。
自己満足で、すごく長くなるので、読まなくても大丈夫です!
ただ、サーフェリアの世界観は結構複雑で、本編には書いていない設定とか多いので、「ここの辻褄どうなってるんだろう?」とか「もっと詳しい世界観知りたい」って方は、気になる部分だけでも目を通して頂けると幸いです(^^)

 それでは皆様、後編でまたお会いできたら嬉しいです。
失礼しましたー!


2015.1.20〜2018.2.18
銀竹

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】 ( No.300 )
日時: 2018/02/18 19:48
名前: ヨモツカミ (ID: uW2z2G2E)

サーフェリア編・上、お疲れ様でした!
なんだか、好きなところ多過ぎてどこから感想を言えばいいのやら(笑)とりあえずちょいちょい泣きながら読んでいた気がします。
ちょっと支離滅裂な文になりますが「いつものヨモツカミだなぁ」と流してください(

まず、序章でサミルさんを好きになっちゃいましたね。私にはアドラさんという心に決めた鳥(?)がいるのに……! でもサミルさん良い人すぎる……大好きだ、と。ルーフェンさんが王宮へ行き、サミルさんとお別れするところのやり取りでまず自然と涙が出てきました。完全にサミコンになりました。
後半のオーラントさんやルーフェンさんと会話するところで、サミルさんの苦労とか優しさが更に分かって、そこで私の闇の系譜界最推しはサミルさんだなと思いました(アドラさんも大好きです……!)そのあたりではもうサミルさんの名前が文中に出るだけで嬉しくなっていたので、完全に病気。
個人的に、オーラントさんがルーフェンさんの話を聞いたあとの「そういうところは、兄にそっくりなんですね」と言うところとか、ルーフェンさんは会った事もないけど、ちゃんと、アランさんの息子なんだなって実感しているサミルさんに何故か涙ダバダバでした。
それから王位継承のところで、いつもと違うサミルさんが見られたの楽しかったです。口調はやはりいつもの優しいサミルさんでしたが結構強気で発言してて「やだ、サミルさんカッコイイ……」と、電車内でにやけながら読んでおりました。なかなか気持ち悪いですね私! ルーフェンさんが決闘をするならアーベリト代表で自分が出ると言い出したところとかも好きでした。
以前、ラッセルさんと縁側でお茶飲みたいからノーラデュースを下さいと言いましたが、今はアーベリトに住みたいです。サミルさんと縁側でお茶飲みたいです!(

オーラントさんも良い人過ぎましたね……。一緒に仕事したい人ベストスリーくらいに入りそうです。ルーフェンさんとのやり取りが本当に親子みたいで、ノーラデュース行く前も行ったあともルーフェンさんのことすごく気にかけてくれて。もう親子でいいじゃん……とか思いながら読んでいました(笑)
でも、呪詛で大変になってるとき、オーラントさんがジークさんの名前を呼んで、ルーフェンさんが「俺じゃ駄目なんだ」ってなってるところと、「親父を殺そうとしやがってって怒れよ、その役目は俺がやったって駄目なんだ」って言うところ、泣いてました。親子じゃないけど、親子愛に近いものが、なんか、こう、言い表せませんが、とても読んでいて胸が苦しかったです。

ノーラデュースではイグナーツさんとノイちゃんの話で泣きました。イグナーツさんやってることは悪かったけど悪い人じゃないですもんね。生きてて欲しかった(泣)
ラッセルさんも好きでしたし、私はハインツくんを推してるので、ノーラデュースの話とても好きでした。

国の話を書いているとやっぱり商会との取引とか政治系の話が出てきて、私はそれが難しいのでファンタジーで王国の話を書くのは避けてましたが、そういう部分もきっちり書ける狐さんはやっぱり凄いなと思いました。ミストリアでもハイドットの鉱山による病気の話とかありましたし、リオット族の病気もそうですけど、考えるの大変だと思いますし、それを読者にわかりやすく説明するのも難しいと思うのにとてもわかり易かったの、本当に凄いと思います。

兄弟が亡くなったところ読んだとき、固まりました(笑)アレイドくん好きだったので、マジかよぉ……と。
その後のフィオーナ姫も、この子は頑張ってくれそうだ、応援してるぞと思った瞬間の自殺で、ひぃってなりました。姫とルーフェンさんのやり取りで、もしも自分が召喚師でなかったらという話を聞いて少し泣きそうになりつつ読んでて、フィオーナ姫のこと好きになれそうだなあー、からの絶望でしたね(笑)

そしてずっと謎の多かったシルヴィアさんについて解き明かされていって、外伝の「とある魔女の独白」を読んでいたのもあって、シルヴィアさんに感情移入しすぎて何回か泣いてました。
個人的にエルディオさんの最期の言葉が「そなたを愛してなどいない」なのが、一番辛かったです。シルヴィアさんは本気でエルディオさんのこと愛していたのか分かりませんが、多分愛していたんだと思いたいのでその前提で、自分がずっと好きだった人の死に際にそんなこと言われるの、シルヴィアさん救われなさすぎて、今あのシーンを思い出しても泣ける。シルヴィアさんとルーフェンさんは、ミストリア召喚師親子とは違った辛さの関係ですよね。

まだ書きたいことはありますが、これ以上書いても内容がぐしゃぐしゃしちゃうと思うので、抑えておきます(笑)とにかくこんな素晴らしい小説を執筆して下さってありがとうございました。
ほぼ毎日更新、お疲れ様でした。確かにミストリアと比べると暗いのかもしれませんが、どちらにも違った良さがあって私は両方大好きです。登場人物の殆どの人を好きになれるし、何度でも泣かされるし、何よりも読みやすくて、やっぱり闇の系譜っていいなぁって思います。
スレインさんが出たということはいよいよ彼女の登場ですね……! ルーフェンさん達のこれからの活躍を楽しみにしております! あまり無理をしないよう、お身体に気を付けて更新頑張ってください。私はいつまでも応援しております!

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】 ( No.301 )
日時: 2018/02/20 01:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

ヨモツカミさん


 とってもご丁寧なコメント下さって、ありがとうございます(*^▽^*)
昨日は、完結したことへの安心感と、ご感想を頂けた喜びで、脳みそが溶けて語彙力が吹っ飛んでいたので、返信遅れてしまいました(笑)
ヨモツカミさんには、闇の系譜連載当時から約四年間も、ずっと応援して頂いているので、本当に感謝の気持ちで一杯です!
改めて、また更新頑張ろうと思いました……!

 サミルさんは、本当に人間かなって思うくらい、心が綺麗ですよね(笑)
執筆当初は、「ただの良い人で終わらないか不安だなぁ」なんて思ったりもしましたが、ヨモツカミさんにサミコンになって頂けて嬉しいです( *´艸`)
ヘンリ村を出たルーフェンが、最初に出会ったのがサミルさんだったっていうのは、本当に幸運なことだったんじゃないかと思います。
これまで兄と二人三脚で歩んできたサミルさんは、ルーフェンの中に亡きアランらしさを見つける度、きっと色々な思いが込み上げてきたのではないでしょうか。
容姿はシルヴィア似のルーフェンですが、リオット病について調べ始めたら没頭しちゃうところとか、いまいち子供っぽいところとか、性格の根本はやはりアランから来ている設定です。
 王位争奪戦の時のサミルさんでは、かなり強気な一面を出してみました(笑)
一見お人よしで優しいだけにも見えますが、それだけで領主が勤まるとも思えませんし、サミルさんって結構計算高い、頭の良い人物だと思ってます。
ミストリア編でのルーフェン(二十六歳)の、口調自体は柔らかいんだけど相手に有無を言わせぬ物言いとか、一見飄々としているけど意外と周りを見ているところとかは、それぞれサミルさん、オーラントさんに似てきているんじゃないかなぁなんて、個人的には考えています(*^^*)
 ヨモツカミさん、アーベリトに住んで、時々ノーラデュースに旅行行きましょ!

 オーラントさんみたいな人が上司だったら、絶対楽しいですよね(∩´∀`)∩
一番荒れてた時期に相手してくれたのは、サミルさんではなくオーラントさんでしたし、父親という意味では、ルーフェンが慕っていたのは、オーラントさんの方だったんじゃないかなと思います。
だからこそルーフェンは、オーラントさんがジークハルトの名前を呼んだ時、彼ら(本当の親子)の間に、自分が立ち入る隙なんてないのだと感じてしまって、ショックだったんでしょう。
シルヴィアの他に血縁者などいないし、ヘンリ村でもまず間引き対象に選ばれたのは自分だったしで、自分を一番に想ってくれる人間はいないんだろうと思って、うじうじモードに入ったルーフェンでした(笑)
もうそれでいいんだって割り切ったつもりでも、まだ十四歳のガキンチョですから、孤児院で「血の繋がりなんて関係ないよ! サミル先生は僕たちのお父さん!」って笑って言えちゃう子供たちが、すごく羨ましく感じたんだと思います。
オーラントさんはオーラントさんで、ルーフェンのことを息子みたく思ってる節が、あったはずですけどね(*´ω`*)

 ノーラデュースのリオット族の話も、私が書きたいものの一つでした!
イグナーツは、ヨモツカミさんの仰る通り悪い奴じゃないですし、最初は死なせるつもりじゃありませんでした。
でも、ルーフェンがリオット族を保護したら、復讐という生きる意味を彼は失うことになりますし、そもそも、イシュカル教会の口車に乗せられて、独断でノーラデュースに特攻して、おまけに次期召喚師に怪我まで負わせたわけですから、王都に戻ったら、彼はその罪を問われることになります。
だからイグナーツは、ノイを助けた後、天国の妻子の元に行くことを自ら選びました。
死は、この時のイグナーツにとっては、ある意味救いになったんじゃないかなと思います。
 ラッセルじいさんやハインツくんをはじめとするリオット族は、このあともルーフェンに忠義を誓う者たちとして活躍するので、良かったら応援してやってください♪

 商会との取引やら、政治云々に関しては、私もちゃんと読者さんに伝わっているのか不安だったので、分かりやすいと言って頂けると本当に嬉しいです……!
私自身、政治・経済・歴史等の詳しいわけじゃないので、社会系統を専門で学んでらっしゃる方からしたら、ツッコミどころとかあるんじゃないかとドキドキしてるのですが、一応私なりに、矛盾が出ないように設定しました。
 病気(人間のはよく分かりませんがw)とか生物の話題に関しては、私も専門を齧ってる身なのですが、それはそれで、ファンタジーに置き換えると説明が難しかったり(笑)
今後もその辺は四苦八苦しながら、なるべく破綻のないように書いていくので、見守ってやってくださいw

 ルイス、リュード、アレイドの兄弟組に関しては、なんだかんだ憎めない奴らっていうのを目指して書いてました。
アレイドなんか、一番最初にルーフェンに近づいた人物ですし、ルーフェンも失って初めて、「もっと話せばよかった」と後悔したと思います。
フィオーナ姫もあの状況下で、前を向こうと頑張っていたんですよね。
アランも殺され、二人の妃も殺され、オーラントさんまではめられて。
このあたりのシルヴィアによる虐殺祭りで、「うわ、サーフェリア編、暗い……」って読者さんが引くんじゃないかって心配だったんですが、まあシルヴィアのことを印象付けたかったので、実行しました(笑)
オーラントさんがシルヴィアの部屋に突撃した際、その一端を目の当たりにしてますが、この時、シルヴィアは通常の魔術では考えられないような力をいくつも使っています(何の証拠も出さず王位継承者たちを殺したり、自分を若い姿のまま保ったり、王宮の者たちに軽く暗示かけたり……)。
作中ではまだほとんど触れていないこの禁忌魔術、ルーフェンはその存在をよく認識していませんし、オーラントさんはちょいと勘づきましたが、結局その記憶は消されてしまいました。
この禁忌魔術が、サーフェリア編の下巻では結構重要になってくるので、なんとなーく覚えておいていただけると嬉しいです!
 ルーフェンは、フィオーナ姫に、もしも自分が召喚師じゃなかったら……なんて夢を語っていますが、いつかそれが実現するといいですよね(*^-^*)

 シルヴィアについては、こう、なんとも言えないですよね。
ルーフェンもシルヴィアも、お互いを憎みたいのに、憎み切れていない状態です。
ルーフェンは男だし、なんだかんだまだ子供なので、シルヴィアの辛さっていうのがどうしても完全には理解しきれてはいないと思うんです。
それでも、アンナから真実を聞いて以来、同情できてしまう部分が出てきて、イグナーツの言葉通り「憎んでいたほうが楽だった」と痛感しました。
 シルヴィアは、国王エルディオのことは、大好きだったんです。
他の旦那はともかく、アレイド達のことも、本当はちゃんと愛していたんじゃないかなと思います。
でも、もう自制できるような理性は残っていなくて、息子たちを自ら殺した挙句、最愛のエルディオにも、実は利用されていただけだったのだと知って、一層世の中に絶望してしまったんじゃないでしょうか。
これまで以上に、何をやらかすか分からない精神状態になったので、今後が不安ですね。
外伝も読んで下さって感謝感激です♪

 返信長くなってしまってすみませんでした(笑)
ヨモツカミさんには、拙作を読破して頂いただけでなく、私が作品に込めたものとか沢山感じ取って頂けているので、本当に嬉しいです(*´ω`*)
 サーフェリアの下巻は、上巻よりは多少読みやすくなると思います!
暗い展開とかはまだありますが、最終的にはそんな悲惨なことにはならないので、安心して読んで頂ければ(笑)
スレインの娘さんやルーフェン、ハインツくんあたりが、これから奮闘していく感じですね!
今後もヨモツカミさんに読んで頂けるよう、精進して参ります(`・ω・´)
本当にありがとうございましたー!

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】 ( No.302 )
日時: 2018/06/29 09:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs/index.php?mode=image&file=6048.jpg

〜あとがき〜②

 ここからは、前編の内容整理も兼ねて、各話ごとの感想・解説を銀竹が語っていきます!
重要な設定を載せるわけではありませんし、長くなるので、読まなくても大丈夫です。
ただ、サーフェリア編は裏設定的なものが沢山あるので、もし興味がありましたら、気になる話だけでも目を通していただけると嬉しいです。
最後まで読んで頂いた体で書いてしまうので、ネタバレはしています。そこはご注意を!
 URLにはイラストや動画も載せていきます。
それでは、まず序章から(^^)


†序章†『渇望』

 ルーフェンが、ヘンリ村で見つかるシーンから始まりますね。
死ぬ間際に悪魔が現れて……なんて、とても王道展開(笑)
この時に現れた悪魔は、バアルです。
ミストリア編のあとがきでも書いた気がしますが、ファフリにはカイムがよく手を貸していたように、ルーフェンはバアルと相性が良いようです。
 それにしても、ファフリは十六で「初召喚成功! やったー!」って騒いでたのに、ルーフェンが成功させたのは、なんと八歳。
いかにルーフェンの心が、汚れていたかが分かりますね( ‾▽‾)

 その後、サミルさんのところにルーフェンは送られるわけですが、その時の王宮は、大混乱だったと思います。
家臣たち「え? 息子だよね?」
シルヴィア「違いまーす」
家臣たち「まじか、え、じゃあ王宮に入れない方がいい?」
エルディオ「いや次期召喚師やろ」
シルヴィア「違いまーす」
家臣たち「え、どないする? このまま放置してたら死んじまうで」
シルヴィア「息子じゃないでーす」
エルディオ「もういいよ一旦アーベリト送ろ! ヘンリ村ならそっち近いっしょ!」
って感じだったんでしょう。
でも、いくら医療の街だとはいえ、この時のアーベリトは、まだ『リオット病の治療法をでっちあげた説』が浮上していたのですから、あまり信用されていなかったはず。
そんなところに、次期召喚師であるルーフェンを、普通送りますか? 送りませんよね。
多分、この時点で既に、バジレットやエルディオは、ルーフェンがアランの子、つまりサミルさんの甥であることに、気づいていたんだと思います。
アーベリトを王宮から遠ざけたのも、本当に「やぶ医者め! どっかいけ!」と思っていたんじゃなくて、シルヴィアから離した方が良いと考えてのことだったんじゃないでしょうか。
本当にやぶ医者だと思ってたなら、その後、シュベルテがアーベリトに慈善事業の資金援助を続けてたって言うのも、おかしな話ですしね。
多分、この時からもう、シルヴィアに勝ち目はなかったんです。
シルヴィアの言い分が、おかしくなってたのは火を見るより明らかでしたし、惑わされてた周りの連中はともかく、バジレットとエルディオは最初から、シルヴィアを陥れるつもりだったのです。
怖いですね、色々と。

 サミルさんに関しては、なんかもう、良い人すぎてため息出ます。
イケメン枠は何人かいると思いますが、銀竹は、あと四十年くらい歳をとっていたら、迷わずサミルさんに求婚します。
いや、まあ銀竹の好みなんてどうでもいいんですが(笑)
とりあえずここでサミルさんに出会っていなかったら、ルーフェンもどうなっていたか分かりませんね。

 見事、王宮入りを果たしたルーフェン。
シルヴィアと初対面して、早速「この女なんかやべえ」と直感で感じとります。
名前もつけてもらいましたね。
ルーフェンは、ヘンリ村での呼名は別にあったんだと思うんですが、当時はまだ子供で、「俺のこと食い殺そうとしたヘンリ村での家族、正直いや!」って気分だったので、その時の名前は捨てました。
新しくつけられた名前も、ルーフェン(奪う者)って、なんか微妙ですけどね。

 ちなみにルーフェンって、異様に記憶力が良い設定です。
ガラドに年齢を尋ねられて、生まれてから今まで迎えてきた冬の数で「八歳」と答えちゃったり、リオット病の文献を、一度読んだだけで丸暗記してたのは、その設定故です。
羨ましいですね……!
まあ、つらいことも忘れられなさそうなので、なんとも言えないところですが(笑)


†第一章†──索漠たる時々

第一話『排斥』

 さて、一気にルーフェンが十四歳になりました。
思春期というか反抗期というか、色々こじらせて、とりあえずツンツンしてるルーフェンです。
侍女のアンナとか、弟のアレイドとか、案外優しくしてくれる人は周りにいたんですが、ルーフェンはそれに気づけずにいます。
イヤイヤ期というやつでしょうか(違)。
早く周りが見えるようになるといいですね。

 ちなみに、晩餐会で出てきたハーフェルンのご令嬢ロゼッタは、今後も結構出てきます。
ブルネットの美人さんです。
後にも先にも、ルーフェンに近づくことに一番成功したのは、彼女なんじゃないかなぁと思います。

第二話『再会』

 イシュカル教徒の過激派集団、サンレードを焼き討ちしました。
ミストリア編では、召喚師一族と肩を並べて、騎士団まで束ねているイシュカル教会ですが、サーフェリア編のこの時点では、まだ大した権力は持っていません。
最近勢力を拡大しているものの、まだまだ世間的には「召喚師一族を批判する困った奴ら」くらいの認識です。

 サンレードの人々を殺し、ルーフェンは初めて、自らの意思で召喚術を使ったことになります。
国王エルディオに脅されてやっちまったわけですが、まあ、辛いですよね。
十四歳で大量殺人なんて、正直頭おかしくなると思います。
結果、ルーフェンは引きこもりになるわけですが、そんなときに現れた救世主は、やはりサミルさん。
彼と話したことで、ルーフェンは、初めて自分の意思でやりたいと思えることを見つけました。
『サミルさんのために、アーベリトの財政難を救う』
人間、目標があると頑張れるもんです。

 ところで、ルーフェンがアレイドに「地理とか経済学の教本貸して!」と頼んでいますが、闇の系譜(サーフェリア)の世界に、いわゆる“学校”というものはありません。
平民階級以下の国民は、基本的に農業やってますので、文字の読み書きもできない人が多いです。
一応、宗教に属している者は、身分に関係なく、教会等で読み書きを習うこともできますが、「王都シュベルテに行って本格的に商売やります!」という人以外は、勉強はせずに、親を手伝って働いている子が多いです。
ただ、貴族階級以上、もしくは、爵位がなくてもそこそこ名の知れた商家・職人階級の者であれば、お金があるので、個人的に家庭教師を雇ったり、子供を私塾(大規模なものも有り)に通わせたりしています。
あとは、職業によって専門的な知識が必須なものもあるので、そこは場合に寄りけりです。
 また、騎士団や魔導師団に入ると、武術や魔術はもちろんのこと、基礎的な教養は叩き込まれます。
言わば、騎士団・魔導師団が一番学校に近いのかもしれませんね。
これに関しては、ミストリアも同じです。
ミストリアは、サーフェリアに比べれば遅れている点が多いですが、ユーリッドなんかも兵団に所属していたので、ある程度の教養は身に付けています。

 ただ、騎士団や魔導師団に入れる実力があるなら、身分に関係なく勉強できますが、そもそも騎士団や魔導師団に入るには、入団試験で相応の実力(つまり戦える)を見せないといけません。
となると、やはり子供のうちから戦い方を教わっている必要がありますし、そもそも武具や魔法具を自力で揃えられる財力がないといけないので、必然的に騎士団や魔導師団に入るのは、そこそこお金のある家の人が多くなります。
「武具に頼らずとも俺は強い!」って人なら、貧乏な田舎者でも入団可能ですけどね(^^)

第三話『曙光』

 オーラントさんが出てきました。
この話から、リオット族の物語が始まります。

 全く重要な設定ではないのですが、オーラントさんがお買い物をするシーンで、ミストリア編では詳しく語られなかった、お金が出てきますね。
サーフェリアでの通貨単位は、『ゼル』。
大体、銅貨一枚=一ゼル、銀貨一枚=一万ゼル、金貨一枚=十万ゼルくらいの価値があります。
現代の言葉で言っちゃうと、金貨は大体一枚3〜5g、直径は16mmほど。
十万ゼルの価値があるのに、金貨軽すぎじゃない?と思われるかもしれませんが、サーフェリアでは、金銀・鉱物はかなり高価!(だからルーフェンの、採掘に役立つリオット族を王都に引き戻すって言う作戦は、成功すればかなりの儲け話になるのです。)
故に金貨でも、金含有率が100%というわけではなく、銀や銅が混ぜ足されているので、この程度の重量になっています。
ノーラデュースから帰還した後、ルーフェンがリオット族の治療の前金として、サミルに一億ゼルどさっと渡していますが、これも計算すれば大体3〜5㎏ほど。
持ち歩けちゃう重さなんです。

 ちなみにサーフェリアでは、基本的に騎士団・魔導師団が国庫(銀行)代わりです。
戦力の中枢なので、お金を保存しておく場所として、一番安全なんですね。
騎士や魔導師を含め、王宮に仕えている者への俸給は騎士団・魔導師団から払われていますし、預けるのも同様です。
あとは、比較的宗教に寛容な国なので、教徒(平民)たちは、各教会に預け、教会に財産を寄進することで生活を保証してもらっている者もいました。
貧民層の場合は、貯金するより借りることが多かったりするので、莫大な資金力をもつ教会が、資金の貸付を行っていたりもします。
まあ、高利貸しもいるので注意が必要ですが(笑)。

 一応金融業者も存在しましたが、それはある程度身分がないと利用できません。
何があるか分からない世界ですので、平民は基本的に、その日に稼いだお金はその日に使いきっていました。

 更に余談ですが、ミストリアでは、サーフェリアほど貨幣制度はしっかりしていません(笑)
本編では描きませんでしたが、山奥で狩りをして、自給自足で暮らす獣人も多いですし、そもそもお金を使わない者もいます。
王都ノーレント外では、一握りの富裕層が、宝石とか土地として財産をため込んでいるくらいです。
お金が必要なときは、それらを換金して使っていました。
ミストリア編の第二章、第二話のあたりで、トワリスが装飾品をそのままお金として握らせているのを見て、ユーリッドが「さてはこいつ、王都外から来たよそ者だな?」と見破っていたのは、そのため(換金していなかった)です。

 また、この話では、移動陣についても出てきますね。
ミストリア編でも重宝した、この移動陣──。
オーラントさんは気づいていますが、実は時を操る禁忌魔術の一種です。
本来は、悪魔バシンを使役するサーフェリアの召喚師が使える(この能力がある別の悪魔もいますが)、いわゆる瞬間移動の能力なのですが、大昔に、リーヴィアスという召喚師が、移動陣を敷くことで、膨大な魔力さえ使えば、一般の人間でも行使できるようにしました。

 ここで何が言いたいかというと、移動陣という禁忌魔術の大元が、悪魔召喚術であること──つまり、召喚師一族は禁忌魔術を保有し、かつ悪魔召喚自体が禁忌魔術であるということ。
そして、古に使用を禁じられたはずの禁忌魔術が、そうとは知られずに、未だに使われてしまっているということ──です。
この二点に、ルーフェンはまだ気づけていません。
オーラントさんは、シルヴィアとのやりとりで勘づき始めましたが、その記憶は消されてしまいました。
なんだか悪い予感がしますね!

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】 ( No.303 )
日時: 2018/02/28 13:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: https://twitter.com/icicles_fantasy/status/926017968789528576

〜あとがき〜③


第四話『探求』

 医療の街アーベリトの過去、そしてリオット族との確執が明らかになってきました。
ルーフェンは、遺伝病の治療法の需要を再び上げることで、アーベリトの財政難を救おうと動き出します。

 伏線にもなっていないような、私のちょっとしたこだわりなのですが、サミルの兄アランについて、アーベリトの女性は「研究熱心で、睡眠や食事の時間もほとんど摂らずに……」と説明しています。
これ、次話でリオット病について調べているときの、ルーフェンののめり込み具合を、意識して書きました(笑)
寝食も忘れて図書室にこもっていたルーフェン。
この一直線具合は、父親譲りだったんですね。

第五話『壮途』

 リオット病の発症率が、ノーラデュースで再び高くなった原因を、ルーフェンが突き止めました。
この話では、魔術ではなく、科学に近いような話題もちょこちょこ出てますね。

 ここで、ちょいと文明の進み具合についてお話ししますが、そもそも、遺伝病の治療法なんてものがあるくらい進んでいるのに、闇の系譜の世界には、電気とかないの?なんて思った読者さんもいるのではないでしょうか。
ここからは、完全に私が作っている設定なので(全部作ってますが)、多少疑問を感じる部分が出てきてしまったら、申し訳ないです(笑)
ただ、一応私なりに矛盾がないように考えてますので、解説させて頂きますと、まず、医療技術に関しては、アーベリトが異様に進んでるんですよね。
作中でもご説明していますが、遺伝病の治療なんてアーベリトにしか出来ませんし、その他の街の医療技術は、そこまで進歩していません。
アーベリトの医療魔術だけが、特別発展しているだけなので、サーフェリアの文明レベル自体が、めちゃくちゃ高いわけではないのです。
加えて、闇の系譜の世界は、やはり争い中心の世界なわけですから、必然的に医療技術は他の技術よりも需要があり、研究者も沢山存在していると考えられます。
これらのことを鑑みて、遺伝病の治療法くらい、あってもおかしくないかなぁと思い、本編に取り入れました(^^)
……いや、まあ、大昔からリオット族の話は書きたかったので、深く考えずに取り入れた上で、後から理由付けしたに過ぎないのですが(笑)

 話を戻しまして、じゃあ他の文明レベルはどれくらい進んでるの?ってことなんですが、まず、闇の系譜の世界に、電気はありません。
というか、魔術があるので、わざわざ研究する必要がありません。
サーフェリアより遅れてるはずのミストリアにすら、魔力灯(光源が魔術のランプ)なんていう便利アイテムがありました。
電灯なんてものがなくても、光の魔術を使えば、簡単に光源が確保できますし、電気自体があまり必要とされてはいないんですね。
でも本編だと、光の魔術じゃなくて、燭台とか松明使ってるよね?と思った方には、細部まで気づいてくださってありがとうございますと、お礼を言います。
はい、作中で燭台や松明を使っている場合が多いです。
その理由としては、結局のところ、魔力量の多い人間が多数派ではないからです。
エリート魔導師である宮廷魔導師ですら、武器と魔術を併用して使っています。
人間は、莫大な魔力を有する種族ではないのです(すごいのは精霊族)。
それを踏まえた上で、ずーっと光源として光の魔術を使うとなると、ただですら大して魔力量ないのに、その間、絶えず魔力を消費し続けないといけません。
でも、燭台や松明を使えば、一瞬火の魔術を使うだけで、しばらく明るくなります。
ルーフェンみたいな召喚師一族とか、王宮に仕えているような凄腕の魔導師など、一部の上層階級の者なら、ずっと光の魔術を使い続けるくらい出来るのでしょうが、一般にそんな芸当ができる人間はいませんし、仮に使えても、魔力を消費し続けることが得策とは言えません。
平民階級以下の大半の国民は、そもそも魔術を学んでいないわけですしね。
結果、まだまだ一般に使われているのは、燭台や松明、ということになるわけです。
ただまあ、いずれ貧民層の中から天才が現れて、貧乏ながらに上手く研究進め、闇の系譜の世界にも電気が出てくる……なんて展開も、十分あり得ることだと思いますけどね!(銀竹は科学技術が入ってくるのはあまり好きじゃないので、出す予定ありませんが。)

 ぶっちゃけ、この世界に魔術が存在しなければ、「暗いと不便だし、電気開発しようぜ!」なんて動きが、もっと早くに出ていたことでしょう。
一見科学より、魔術のほうが便利そうですが、ある意味、闇の系譜の世界は、魔術があるせいで遅れていると言えます(笑)

 他にも電話とか、カメラ・ビデオなんていう科学の産物が、世の中には存在しているわけですが、闇の系譜の世界では、その辺も魔術で事足りていることにしています。
正直、本編に関係ないので、そこまで詳しく決めてるわけではないのですが、ルーフェンが別室のアンナを呼んだように、離れた相手と連絡を取る風の魔術とかありそうですし、水の魔術で投影して云々、とかすれば、カメラやビデオ的な機能を実現させることも可能そうです(笑)
結局のところ、魔術がある世界に科学まで導入しちゃうと話がややこしくなるし、闇の系譜の本筋はそこではないので、本作では、魔術で大抵を補っていることにしています。

 医療魔術に関しては、よくある『手をかざしたらファァッって光が出て、骨折とか傷とかとりあえず治る』みたいな曖昧なのは個人的に嫌だったので、ちょっと科学的な説明の仕方をしたのですが、闇の系譜の世界では、医療も根本は全部魔術!
例えば凍結保存とかも魔術でやってますし、言っちゃえば、サミルさんも『医療魔術に特化した魔導師』ってことなんですね。
ちなみに、リオット病とかは完全に創作した病気ですが、ガドリアのモデルはマラリアです。
ミストリア編の奇病も公害病ですし、参考にしてるものがある設定もそこそこあります(^^)

 あと、時計とかどうなの?って前に聞かれたのですが、時計はあります。
ありますが、一般に出回ってはいません。高価なものだからです。
平民たちはまだ、明るくなったら起きて、暗くなったら寝る、っていう生活をしていますし、時計を持っている上層階級の人間も、現代社会みたいに分刻みのスケジュールできりきり働いてるかっていうと、そうでもありません(笑)

 大して重要じゃない上に、そこまで詳細には決めていない設定を長々申し訳ありませんが、闇の系譜の文明は、まあこんな感じなんだなぁと、思ってください。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】 ( No.304 )
日時: 2018/03/02 19:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
参照: https://twitter.com/icicles_fantasy/status/958631006621261825




〜あとがき〜④

†第二章†──新王都の創立

第一話『奈落』

 ルーフェンが無理矢理オーラントを巻き込んで、ついに奈落の底へ。
なんだかんだいって付き合ってくれるオーラントさんは、とっても良い人ですね(笑)
彼は宮廷魔導師ですし、飄々としてはいますが、魔術の腕も超一流です。
基本がルーフェンとか召喚師一族を主軸に話しているので、霞みがちですが、宮廷魔導師っていうのは、魔導師の中でも実力のある者を選出した、エリート中のエリートなんです。
宮廷魔導師になれば、貴族と同等の地位に上がれますし、場合によっては領地をもらえたりもします。
オーラントさんは、実はすごい人なんです。

 ルーフェンが姿をくらましたせいで、王宮は大騒ぎです。
その混乱に乗じて、イシュカル教会が怪しく動き始めました。
ミストリア編では、イシュカル教会の大司祭として登場するモルティスさん。
しかし、サーフェリア編ではまだ、イシュカル教の勢力がそこまで強くないので、モルティスは、事務次官として王宮に仕える傍ら、陰でイシュカル教会と内通している立場にあります。
そして、召喚師一族を失脚させる機会を伺っているんですね。
うさんくさい奴です。

第二話『落暉』

 ようやくリオット族と接触することができたルーフェン。
しかし、ノーラデュースから救出してあげようというルーフェンの提案に対し、リオット族は頷きません。
地上に出ても、また苦しみを味わうことになるだけ。
それなら、この地下の世界で滅んでいく方が良い。
これが、リオット族たちの出していた答えでした。
この現状を見たルーフェンは、やはり、ヘンリ村でのことを思い出していたんじゃないかなぁと思います。
だからこそ、最初は「アーベリトのためにリオット族を利用する!」くらいの心持ちでいたのかもしれませんが、だんだん、リオット族のことも助けたくなってしまったのでしょうね。

 リオット族の話は、ハインツくんも出てくるし、オーラントさんとの仲も深まるので、個人的にすごく書きたかったお話でした。

第三話『覚醒』

 ルーフェンが、なんとかリオット族の説得に成功しますが、同時にイグナーツ率いる魔導師団がノーラデュースに突入してきて、ややこしいことになりました。
ここには、イシュカル教会も介入しているので、余計に面倒ですね。

 長きに渡り燻ってきた憎悪、熾烈な争い。
ルーフェンは、召喚術を使ってなんとか場を納めましたが、結末はやはりハッピーエンドという感じではないです。
魔導師たちとリオット族、双方互いに己の正義のために闘ってきたわけですから、どちらも正しく、どちらも誤っていたのだと思います。

 この話では、ルーフェンも「憎しみ合いはやめよう」とか、「生きたいと思うなら生きればいい」とか、いわゆる綺麗事を連発してますね。
間違ったことは言っていないんですけど、やはり子供だなぁという感じです。
いずれ、そんな簡単に行かないってことを思い知って、イグナーツの言葉の重みも理解していくことでしょう。
そして結果的に、ファフリたちに対して「綺麗事ばっかで反吐が出るね」なーんてひねくれたことを言う、ミストリア編のルーフェンが完成するわけです(笑)
とりあえず、今回のMVPは、先にごめんねが言えたラッセルじいさんです!

 まあでも、暗い話ではありましたが、この話のおかげで、ルーフェンは召喚師を継ぐ決意をします。
諦め半分、あとは、アーベリトとリオット族という守りたいものができたので、召喚師としての力を持っておくのは悪くないかもしれない、と思い始めたのでしょう。
サミルさん、オーラントさん、ラッセルじいさん、このじじい三人組がルーフェンに与えた影響は、かなり大きかったんではないでしょうか。

第四話『疑惑』

 始まりました、シルヴィア無双。
王位継承者の大半があの世行き。
オーラントさんまで倒れて、とにかくシルヴィアさんがやべえっていうお話です。
この辺の展開は、王族も沢山出てきてちょっとややこしいので、読者さんに分かりやすくお伝えできているだろうかと激しく不安なのですが……大丈夫ですかね(;>_<;)
一応相関図もありますので、「え、誰が誰の子供?」って混乱したら、そちらをご確認いただければと思います(五分でわかるまとめに載せてます)。

 また、ルーフェンの出自についても明らかになりましたね。
同時に、完全に敵視していたシルヴィアの心の内も少しずつ分かってきて、ルーフェンは戸惑い始めます。
バジレットとエルディオの、体を張ったシルヴィア没落作戦にも、いまいち乗り気じゃありません。

 召喚師一族としての運命を強いられ、また、優秀な次期召喚師を産めという周囲からの圧力に耐えてきたシルヴィア。
一方で、召喚師の地位を追われ、居場所を失うことを恐れたシルヴィアは、唯一の理解者であった侍女のアリアに、ルーフェンを託します。
なんとかルーフェンを遠ざけるも、結局、彼は次期召喚師として王宮に戻ってきます(その時のシルヴィア視点の話は、実は外伝に載せてたりもします)。
最愛のエルディオには振り返ってもらえず、アリアも既に王宮にはいない。
ルーフェンには、サミルやオーラント、リオット族の皆がいましたが、シルヴィアには、もう誰もいなかったのです。

第五話『創立』

 正式に召喚師に就任し、バジレットと手を組んだルーフェン。
悩んだ末に彼は、シルヴィアを見放すことを決意します。
それこそルーフェンにとって、シルヴィアという存在は、本当の意味でお互いを理解できる唯一無二の相手だったわけです。
それなのに、息子じゃない、息子じゃないの一点張りだったシルヴィア。
最後の最後に、「貴方は私の息子だ」と言われても、ルーフェンの心には何も響きませんでした。

 ルーフェンの心に響いたのは、サミルさんの言葉でしたね。
前話から、ルーフェンは親子関係で色々といじけていました(笑)
シルヴィアを哀れむ気持ちも出てきた一方で、やはり召喚師一族の血の繋がりからは逃げられないのだと悟って、絶望してみたり。
オーラントとジークハルトを見て、本物の親子って良いなぁと羨ましく思ったり、ちょっと嫉妬してみたりもしました。
結果的に、他人のサミルやオーラントを巻き込んじゃいけないと、周囲と一線引くことにしたルーフェンでしたが、「血の繋がりなんて関係ない」というサミルさんの言葉を胸に、彼を「お父さん」と呼ぶ孤児院の子供たちの話を聞いて、思わず泣いてしまいます。
感動の涙だったのか、哀しみの涙だったのかは、なんとも言えないところ。
どちらにせよ、血の繋がりだとか召喚師一族だとか気にせずに、想ってくれる相手が、ルーフェンは欲しかったんでしょう。
サミルが実は叔父だったことが判明してますが、まあルーフェンにとってもサミルさんは、きっとお父さんみたいなものですね。

 ルーフェンが泣くこの場面は、サーフェリア編で書きたかった場面の内の一つです。
ルーフェン、なんだかんだ言って、王宮入りしてから泣くの初めてなんですよね。
オーラントさん振り回してノーラデュースに突撃したり、侍女のアンナちゃんをたぶらかしたり、色々やらかしてるルーフェンですが、“声をあげて泣く”という十四の少年らしいシーンも入れたかったのです(^^)
もし、召喚師一族でなければ、ルーフェンだってアーベリトの孤児院に入って、サミルさんのことをお父さんと呼んでいたかもしれませんね!

 さて、なんやかんやで遷都が決まり、ハーフェルンvsセントランスvsアーベリトの、王都争奪戦が始まります(笑)
御前会議のシーン、なんと15000字!
銀竹的には、こういう腹の探り合いとか言い争いの場面って好きなので、楽しかったのですが、読者さんからしたら、こんなおっさんたちの言い争いを15000字も読むなんて、つまらないだろうなぁと思ってました。
ごめんなさい、サーフェリア編は好き勝手やります(^_^;)

 そういえば、まだ国と街に関しては言っていなかったと思うのですが、闇の系譜の世界には、ミストリア、サーフェリア、ツインテルグ、アルファノルの四つの国がありますよね。
この四国、一つ一つがかなり巨大なので、闇の系譜においては国=大陸、街=国レベルだと思って下さい(笑)
つまり、サーフェリアにおいて言えば、実質統制しているのは王都シュベルテですが、その支配下に入っていない街も沢山ありますし、同じ国内でも、街によって違う文化や体制が築かれていたり、完全に独立して発展しているところも存在するわけです。
だから、本編中に度々、街同士が内乱を起こして云々っていう話が出てきますが、それは現代で言う国同士の争いに匹敵する規模にもなりかねないのです。
故にバジレットは、極力内乱は起こそうとはしません。
シュベルテやハーフェルン周辺の、比較的裕福な街は良いんですが、その他の街同士が、宗教関係のいざこざや領土・資源の奪い合いでドンパチやるのは、サーフェリアじゃ珍しいことじゃないので、それで難民受け入れを積極的に行っているサミルさんは、頭を抱えてます。

 そして、先程も言った通り、国=大陸レベルですから、それこそ国同士、つまり召喚師同士がぶつかったら、大変なことになるわけです。
四国は、大陸が分断されてからはほぼ無干渉を貫いてますが(かつては陸続きだったので、言語も通じますし交流ありましたが)、ミストリア編で、サーフェリアとミストリアの関係がちょっと危うくなりましたよね。
その際にルーフェンが焦ったり、リークスが開戦しようとしなかったのは、国同士の戦争なんて始めれば、悲惨なことになると分かっていたからなんです。

 最後の最後に、いよいよスレインさんが出てきました(名前を言っちゃう)!
ミストリアのロージアン鉱山から逃げてきたスレインさん。
この辺のハイドット事件との関連や、アーベリトの歴史云々は、年号を合わせるのがとにかく大変でした(笑)
ともあれ、スレインさんをようやく出せたので、後編からはトワリスが出せます(*^^*)
やったね!



 サーフェリア編・上のあとがきは、この辺にしておきます。
長々とありがとうございました!
後編もよろしくお願いします\(^o^)/
それでは、完結とさせて頂きます!

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】 ( No.305 )
日時: 2018/05/21 01:22
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: .pwG6i3H)


 いつもお世話になってます、瑚雲です!
 遅ればせながら、『〜闇の系譜〜 サーフェリア編 上』の完結おめでとうございます……!
 いましがた、すべて読み終えました!

 いやーーその、なんというかなにから言おうかといった状態なのですが、全編通しで、すごく好きでした。好きです(二度目)
 まず、ルーフェンさん……!! ミストリア編を読ませていただいて、そのときは既に大人になったルーフェンさんが登場していたのですが、今スレではルーフェンさんの子ども時代ということで、彼の過去を覗くことができてとても楽しかったです。
 次期召喚師としての責任とか、理不尽とか、それらに対してまっすぐ反抗してぶつかって、ときに彷徨いながらもたくさんの人と関わって、そうして変わっていった14歳のルーフェンさんの姿にとても心を打たれました。
 特に私は、リオット族に対して説得していこうとしたときの、『醜いだなんて思わなくていい。だって、生き抜くために強くなっていった結果こそが、リオット病なんだから』(引用)という台詞と、『俺に託してください』『俺に賭けてほしいんだ』っていう台詞がもう、大好きです……! ここのシーン、本当に鳥肌が立ちました。

 オーラントさんと徐々に関係を築いていくその様子というか、移り変わりというか、それがまた絶妙でした。最初は「ついてこなくていい」って感じだったのが、だんだんオーラントさんのこと父親のように見ていくルーフェンさんがいて、この2人の関係性いいな、好きだなって思いました。

 そして!! ハインツくん!! と、ジークハルトさん!! ミストリア編で出てきた2人との馴れ初めを見ることができて楽しかったです……! 知ってる名前が出てくると、すごくテンションが上がりますね。こういうの大好きなんですよ私……(咽び泣き)

 また話は飛びますが、次期国王を選定するという場面でですね、サミルさん。最高でしたね。
 あの穏便で優しいサミルさんが出てきた時点でテンションが上がったのですが、まあ聡明なこと。脳筋のバスカさん(失礼)とちょっと気取ってるクラークさん(失礼)に対して、あの至って冷静な物言いでその場をかっさらっていきましたね……!!
 そして……ルーフェンさんの「俺を、選ぶって言ってください。サミルさん」(引用)
 最高でした。大好きです。あまりにも名シーンで、大興奮でした。ありがとうございました(深々)(?)
 ルーフェンさんとサミルさんの間にある、血筋以上の、深い絆が伝わってきたので私はこのシーンが大好きです。
 
 
 好きなところ多すぎてちょっと整理がつかなくて困ってます笑
 とりあえず一部抜粋してみましたが、まだまだ好きなところたくさんありました……!

 私は、この内容の面白さに感銘を受けました。
 国の事情であったり、土地の人々であったり、重役としての立場や責任、そんなたくさんの「思い」がぶつかり合って、ときには失い合って、歴史が刻まれていく……。
 難しい内容ではありましたが、すごく分かりやすく描かれていて、私は逆にその難しさが「もっと分かりたい」「理解したい」という意思に発展して、すごく楽しく読ませていただくことができました。
 ミストリア編同様に、「読ませていただけてよかった」という感謝の気持ちでいっぱいです。
 本当に面白かったです!
 (下)のほうも追っていきますー!


 サーフェリア編(上)、完結本当におめでとうございました!
 これからも応援しています! 
 
 

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】 ( No.306 )
日時: 2018/05/21 21:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)

瑚雲さん

 こちらこそお世話になっております(*^^*)
ミストリア編に引き続き、サーフェリア編の方も読んで頂き、そしてこんな素敵なコメントを下さり、本当にありがとうございます!

 上巻は、ルーフェンの八〜十四歳までを描いた物語ということで、強いられた生に抗い、葛藤する少年(子供)らしさ・そしてその成長をテーマに書いてきました。
召喚師一族としての運命を、ファフリは自国を愛することで受け入れましたが、ルーフェンは自国を憎み、その全てを拒絶した主人公でした。
色々な出会いを経て、少し周囲を見る余裕ができた頃になって初めて、サミルやオーラント、リオット族など「この人たちのことは守りたい」と思う存在が出来たので、力を得ることを許容できたのだと思います(*´ω`*)

 リオット族のお話は、私自身すごく力を入れた物語でしたb
憎悪と憎悪のぶつかり合い、多くの犠牲が出た話となってしまいましたが、悪者は誰もいませんでした。
引用して頂いた台詞も含め、他にも「憎しみ合いはどこかで終わらせなきゃならないんだ!」みたいな、いわゆる綺麗ごとを、ルーフェンはリオット族に対して結構並び立ててるんですよね。
ミストリア編だと、ファフリたちに「綺麗ごとばっかで反吐が出るね」とかなんとか言ってるルーフェンですが、ルーフェンもかつては、理想を語る子供の一人でした。
 あんなに次期召喚師やだやだ言ってたルーフェンですが、リオット族を説得するときに初めて、自分が召喚師一族であることを認めた上で「リオット族の未来を俺に託してほしい」と申し出ます。
人殺しの力だと嫌悪しつつも、本当の意味で誰かを救うことに繋がるなら、召喚師一族の絶対的な力・立場を利用してもいいのかもしれないと、ルーフェンが思い直したエピソードでした!

 オーラントは、一番最初にルーフェンに大きな影響を与えた人物ですねb
ルーフェンも、徐々にオーラントのことを父のように思い始めていたのは、確かだと思います(*^-^*)
だからこそ、瀕死の時にオーラントが実子のジークハルトの名前を呼んだので、その時は現実を突き付けられたような気分になったんじゃないでしょうか。
血の繋がりというものに越えられない壁を感じ始めたのは、この瞬間からだと思います。
なんとなくジークハルトとルーフェンがライバル関係にあるのも、このことが若干絡んでるんじゃないかなって(十四歳男子にモテモテのオーラントさん)w

 ラッセル、ノイ、ハインツ、スレイン(トワリスママ)、ジークハルト、モルティス、バジレット、この辺りはミストリア編でも出てきた面子ですね!
分かります、分かりますよ……同じ登場人物が別の時系列でも出てきたときの、この興奮(笑)
長編作品だからこそできることですよね( ;∀;)
今後も色んな登場人物が再登場するので、良かったら見てやってくださいb

 サミルはもう、ただの優しいおじいさんにしておくのは勿体なくてですね……。
っていうか、ルーフェンの叔父さんだし、そりゃ頭いいだろうと思いまして、王都争奪戦の際にはちょっと強気な一面を出してみました( `ー´)ノ
「どうせ俺、血縁者いないし、唯一の肉親シルヴィアだし……うじうじ」って石蹴ってるルーフェンの手を、優しく引いてあげたのがサミルです(笑)
仰るように、ルーフェンとサミルの間には、本当に深い絆があると思います。
ゴマすりすりのクーラクはともかく、脳筋バスカがブチギレてたのはちょっと不穏ですが、今後はサーフェリアを支える国王と召喚師として、二人は頑張っていきます(*^^*)

 サーフェリア編は、ミストリア編よりも小難しい部分が多いかなと不安だったのですが、分かりやすいと感じて頂けたようで良かったです!
ひええ「もっと分かりたい」なんて、最高の誉め言葉!
闇の系譜の世界観、単純ではないかもしれませんが、今後も気が向いた時に浸かって頂けると嬉しいです♪
 下巻はトワリスが出てくるので、彼女視点のお話が増えてきます(*^▽^*)
 つい返信も長くなってしまいごめんなさい(笑)
本当にありがとうございました!今後も頑張りますねb