複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.138 )
日時: 2017/12/17 03:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


†第二章†──新王都の創立
第二話『落暉』


 血塗れた地面に膝をつき、目の前の光景に愕然としていると、下からのびてきた小さな手が、イグナーツの腕を掴んだ。
ゆっくりと地面に視線をやると、既に事切れた妻の側で、娘が虚ろな視線をこちらに向けている。

「……おと、さん……」

 娘の目から、涙が一筋落ちる。
イグナーツは、その手を強く握りしめ、祈るように己の額に押し付けた。

「すまない、すまない……」

 身を切るような悲痛な声で、イグナーツは何度も何度も謝った。
まだ十にもならない娘と、生涯を共にすると誓った妻に、救えなかったことを、心の底から詫びた。

 突如、シュベルテの城下で起きた、リオット族たちによる騒擾。
その中心地が、自分の家族が住んでいる地区だと分かって駆けつけた頃には、もう既に遅かった。

「…………」

 現場に来てすぐ、大通りに転がっている、いくつもの死体を見たとき。
その内の一体に、見覚えのある腕輪をした、頭の潰れた女を見つけて、イグナーツの思考は真っ白になった。

 そして、彼女の腕が守るようにかき抱く、小さな娘と目が合ったとき、呼吸ができなくなった。
ひゅーひゅーと喉を鳴らし、弱々しく息をする娘の腸(はらわた)は、ごっそりなくなっていた。

「…………」

 最期に一つ、ほうっと呼気を漏らして、娘の手から力が抜ける。
涙を貯めて、微かに開かれたその目には、もう二度と、光が差すことはない。

「……おのれ……」

 なぜ、妻と娘が殺されなければならなかったのか。
奴隷を抱えていた商家から、逃げ出したリオット族たちの標的に、どうして彼女たちが選ばれてしまったのか。

──ねえ、イグナーツ。
この前もね、リオット族が一人、脱走して子供を襲ったらしいの。
やっぱり、一時的でいいから、シュベルテを離れない?

 ふと、穏やかな妻の声が蘇ってくる。

──まだエリも小さいし……万が一ってことを考えると、怖いわ。
それにね、あのリオット族たちも、なんだかとても可哀想。
奴隷とはいえ、こんな見知らぬ地に連れてこられて、鞭打たれて……。

 悲しそうに俯いた妻を見て、イグナーツは答えた。

──大丈夫だ。
シュベルテは、騎士団にも、我々魔導師団にも守られる、サーフェリアで最も安全な街だ。
リオット族だって、歯向かおうなんて奴はごく一部だ。
だから、心配するな。
お前もエリも、俺が守って──……。

 身の内から込み上げてくる激情を抑えられず、力任せに地面を殴ると、跳ねた血が頬を打つ。
いつもの賑いなど嘘のように、荒涼として静まり返る大通りで、イグナーツは声の限り絶叫した。

「おのれ、おのれ、おのれ──!」

 際限なく沸き起こる怒り、悲しみ、そして憎しみ。
それらは、己の無力さに向けられたものだったのか、それとも諸悪の根源たるリオット族に向けられたものだったのか。

「許さない……っ!」

 イグナーツは、血走った目をいっぱいに開き、全身を震わせながら叫んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.139 )
日時: 2017/08/24 16:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

  *  *  *


 天幕の隙間から、星が一筋、空を駆けていくのが見えた。
それと同時に、瞠目して跳ね起きると、イグナーツは胸を押さえてよろめいた。

 ノーラデュースの夜は肌寒いというのに、全身が汗でぐっしょりと濡れている。
こめかみからも、とめどなく汗が伝い落ちてきて、それを拭いとると、イグナーツは深く息を吐いた。

(また、夢か……)

 二十年前、リオット族による騒擾で、妻と娘を亡くしたときの夢。
これまで自分は、何度この夢にうなされてきたか分からない。

 呼吸を整えながら、しばらくは放心していたイグナーツであったが、やがて、外が騒がしいことに気づくと、立ち上がって天幕から出た。
出入り口のすぐそばには、夜番の魔導師が立っている。

「……なにがあった」

「ルンベルト隊長!」

 魔導師は、一瞬驚いたようにイグナーツのほうに振り返ったが、敬礼の姿勢をとると、向かいにある一般の魔導師用の天幕を示した。

「今し方、リオット族の女が薬品庫に侵入しまして、それを捕らえるのに手こずっていたようです。おそらくは、単なる盗難が目的かと思いますが……」

「女だと?」

 怪訝そうに聞き返してきたイグナーツに、魔導師は少し不思議そうに瞬いてから、首肯した。

 地上に現れるリオット族は大半が男で、捕らえたのが女であるのは、確かに珍しいことだった。
しかし、これといって気にするほど、異例なことでもない。
これまでも、リオット族の女や子供がノーラデュースの割れ目から這い上がってきて、商人や魔導師に対して強奪、殺人を犯してきた例はいくつもある。
そのため、イグナーツが何故、このような反応をしたのかが分からなかった。

「ええ、リオット族の女だと、そう報告を受けておりますが……なにかございましたか?」

「いや……」

 イグナーツは、一度言葉を濁してから、何かを思い出すように目を細めた。

「……そのリオット族の左目に、傷はなかったか?」

「傷、ですか?」

 魔導師は、小さく首を振った。

「申し訳ありません。私は報告を受けただけでして、リオット族の容姿までは……」

「…………」

 その返事を聞くと、イグナーツは黙ったまま、先程魔導師が示した天幕の方へと歩いていった。
すると、呻き声のようなものが聞こえてきたのと同時に、三人の魔導師に捕縛される、リオット族の女が目に飛び込んできた。

 リオット族は、四本の長槍を四肢に突き刺され、地面に縫い付けられている。
獣のような鋭い眼光で、ぎゃあぎゃあと喚いてはいるが、既に手負いの状態で、暴れまわる力は残っていないらしい。

 イグナーツは、そんなリオット族の左目に、なんの傷もないことを認めると、微かに息を吐いた。
どうやらこのリオット族は、イグナーツの知っている女ではなかったようだ。

 魔導師たちは、突然の隊長の訪問に驚いた様子だったが、すぐに敬礼して見せた。

「隊長、お騒がせして申し訳ありません。……いかがなされましたか?」

 イグナーツは、リオット族を一瞥してから、いや、と一言置いて口を開いた。

「……なんでもない。悪かった、続けてくれ」

「はっ!」

 イグナーツの指示を受けると、魔導師たちは慣れた様子で、リオット族の四肢を貫く長槍が、深々と地面にまで刺さっていることを確認し、魔術で火を放った。
リオット族は、喉を必死に震わせて、断末魔をあげていたが、燃え広がった炎が全身を包んだ頃には、弱々しい喘ぎ声しかあげなくなっていた。

「…………ゆる、さない、人間……ゆる、さ……」

 その言葉を最期に。
炭化して脆くなったリオット族の首が、ぼろっと崩れて、毬のように頭が転がる。

 イグナーツは無感情な瞳で、その姿を見届けると、静かに踵を返した。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.140 )
日時: 2016/09/08 06:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Mu5Txw/v)


  *  *  *


 目を開けると、ぼんやりとした淡い光が、ルーフェンを照らしていた。

(……ここは……)

 ぱんぱんと服についた土くれを払って、ゆっくりと起き上がる。
一瞬、ここがどこで、一体なにをしていたのか分からなくなったが、自分の周りに大量に散乱している土砂を見て、ルーフェンはすぐに事の全てを思い出した。

(そうか、俺たち、土蛇に襲われて……)

 結局あのあと、落下してくる際に、ルーフェンは気を失ってしまっていたようだ。
オーラントととも、案の定落盤ではぐれてしまったらしい。

 落ちてきた際に打ち付けた腰をさすりながら、ルーフェンは首を巡らすと、周りの状況を確認した。
辺りは一面岩壁だらけで、ルーフェンが落ちてきた穴以外にも、いくつか岩の裂け目や洞のようなものがある。
また、先の方は急な下り坂になっており、その奥の景色は暗くてよく見えないが、道幅からして、広い場所に繋がっていそうだった。

 上を向くと、地上へと繋がる縦穴が見える。
先程見た淡い光は、その穴から差し込んできた月明かりのようだ。

(……地中の奥底……ここが、ノーラデュース……?)

 遥か遠い、地上の天に浮かぶ満月に、思わず手を伸ばす。
こうしてみると、確かに奈落の底に突き落とされた気分になった。

 あるのは岩と土、暗闇、そしてほんの僅かな月明かりだけ。
もしここが本当にノーラデュースなら、ルーフェンは目的地へたどり着けたわけだが、こんなところに、本当にリオット族は棲んでいるのだろうか。

 そうして、目を細めて考え込んでいたルーフェンだったが、その時、ふと殺気を感じて、反射的にその場から飛び退いた。
瞬間、凄まじい爆裂が生じて、岩壁の一部が木っ端微塵になる。

 ルーフェンは、なんとか受け身をとって地面に落ちると、素早く体勢を立て直した。

「……仕留めたか」

「手応えはあった」

「死んだか」

 ぼそぼそとした声が、下り坂の方から聞こえてくる。
咄嗟に、その暗闇に目を向けると、誰かがこちらに這い上がってくるのが見えた。

 肉食獣のように鋭い目を光らせながら、何かがじりじりと距離を詰めてくる。
それらが、まるで岩肌のような歪でひきつった皮膚を持つ三人の大男であることに気づくと、ルーフェンは、はっと息を飲んだ。

「リオット族……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.141 )
日時: 2016/09/11 10:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 6FfG2jNs)


 思わず声に出して、身構える。
すると、大男たちも目を見開き、跳ねるようにして立ち上がった。

「土蛇、ちがう!」

「人間だ……!」

 驚いたように言ってから、リオット族の男の一人が、ルーフェンの二倍はあろうかという巨体で振りかぶり、唐突に殴りかかってくる。
ルーフェンは、即座に横に跳んでそれを避けたが、男の拳は、まるで鋼のような強靭さを以て、岩壁を打ち砕いた。
万が一直撃していたら、骨折どころでは済まないだろう。

「皆に知らせろ、人間、侵入した」

「殺せ」

「まずは足をちぎれ」

 リオット族たちが、口々に言い合いながら、ルーフェンに近づいてくる。
しかしルーフェンは、構えを解いて、出来るだけ隙を作って立ち上がった。
一瞬でも戦う姿勢を見せてしまったら、リオット族たちに、完全に敵だと判断されてしまうからだ。

 ルーフェンは、小さく息を吸って、言った。

「……やめろ。俺は、貴方たちの敵じゃない」

 リオット族たちは、目を細めて、一歩後ずさる。

「しゃべった」

「人間、しゃべった」

 ルーフェンは、額に脂汗がにじむのを感じながら、穏やかな声で続けた。

「俺はルーフェン。リオット族を訪ねて、シュベルテから来た。貴方たちと、話がしたい」

「シュベルテ! シュベルテと言った」

「シュベルテの人間、俺たちをこんなところに閉じ込めた」

「お前、殺して、人間たちに見せしめる!」

 殺気を灯した瞳をぎらつかせながら、リオット族たちが、再び寄ってくる。
ルーフェンはそれでも構えずに、男たちを見つめた。

「俺は、貴方たちをこのノーラデュースから出したいと思ってる。ここでの生活が嫌だというなら、少しでいいから、話を聞いてほしい」

「黙れ!」

 ひゅんっ、と空気を裂く音がして、なにか鋭いものがルーフェンの頬をかすった。
振り返ってみると、背後の岩壁に、いくつかの石がめり込んでいる。

「人間、殺す」

「まずは足だ」

「次は目を潰せ」

 地面がわずかに振動したかと思うと、岩壁から崩れた細かい瓦礫が、男たちの周りに浮かび、鋭利な凶器となってルーフェンに狙いを定める。
リオット族の地の魔術だ。

(聞く耳持たずか……)

 頬から垂れた血を拭いながら、ルーフェンは顔をしかめた。

 あの石の礫(つぶて)を避けるのは不可能であるし、このまま突っ立っていては、確実にルーフェンは蜂の巣になる。
しかし、反撃すればリオット族の敵に回ることになるだろう。

(どうする……!)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.142 )
日時: 2016/09/14 22:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Xr//JkA7)



 打開策を考える暇もなく、礫が迫る。
しかし、その瞬間、ルーフェンの足元から突風が巻き起こり、ルーフェンを貫かんと向かってきていた石の礫は、その突風に巻き込まれて散り散りになった。

「阿呆! なに突っ立ってるんですか!」

 焦ったように叫んで、岩壁の洞からオーラントが姿を現す。
ルーフェンは、すぐさま洞の方に向いて、目を見開いた。

「オーラントさん……!」

 オーラントは、素早くその場から飛び降り、ルーフェンを庇うように立つと、ルマニールを構えてリオット族の男たちと対峙した。

「人間、もう一人いた」

「殺せ」

「早く殺せ!」

 纏っていた殺気を膨れ上がらせ、三人のリオット族たちが突進してくる。
オーラントは、ルマニールを唸らせて大男二人を斬りつけると、勢いそのままに振り返って、柄で三人目の男の拳を跳ね上げた。

 リオット族の硬い皮膚に、普通の斬撃などほぼ無意味であることは分かっている。
だから、これらの攻撃は全て、単なる脅しにすぎなかった。

 リオット族がここで引かず、立ち向かってくるようなら、今度は魔術を使って致命傷を与えるまでだ。
そう思って、オーラントが再び構えの姿勢を取ったとき。
突如、ルーフェンがオーラントとリオット族たちの間に飛び出してきた。

「────っ!」

 咄嗟にルマニールを引っ込めて、後退する。
ルーフェンは、そんなオーラントを見つめて、強い口調で言った。

「攻撃しないで! 俺たちは戦いに来たんじゃない」

「だからって……!」

 このままじゃ殺されるだろう、と続けようとして、オーラントはすぐに口を閉じた。
リオット族の一人が、ルーフェン目掛けて拳を振り上げたからだ。

 ルーフェンが背後からの攻撃に気づいたのと、オーラントがルーフェンの腕を掴んで地を蹴ったのは、ほぼ同時だった。
オーラントは、ルーフェンを抱きかかえ、すんでのところでリオット族の拳を避けると、素早く臨戦態勢に入る。
だが、この状況におかれて尚、ルーフェンが大声で言った。

「攻撃するな!」

 ルーフェンが、ルマニールを操るオーラントの腕を押さえ込む。
オーラントは、小さく舌打ちすると、ルマニールを使うことは諦め、魔術で強風を起こした。

 舞い上がった粉塵で、視界が悪くなる。
そうして、一瞬リオット族たちが標的を失った隙に、オーラントは近くにあった岩壁の裂け目に、ルーフェンを抱えたまま飛び込んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.143 )
日時: 2016/09/18 18:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: GTJkb1BT)


 裂け目の奥は、思ったよりも長く続いていた。
オーラントは、その洞窟の中を駆け抜け、やがて、先程までいたような月光が射し込む空間に出ると、そこでルーフェンを下ろした。

「ったく、馬鹿ですか! 危うく死ぬところだったじゃないですか!」

 オーラントが、声をあらげて言う。
ルーフェンは、それでも小さく首を振ると、静かな声で答えた。

「……何をされようが、こちらからは絶対に攻撃はしないでください。彼らに敵視されたら、俺たちがここに来た意味がなくなる」

「じゃあ、大人しく殺されろって言うんですか? 死んだら、それこそ全てが無意味になるんですよ」

「……死ぬ前に、なんとかします。とにかく、攻撃はしないでください。オーラントさんは、俺のことを守ろうとはしなくていいです。自分の防衛だけしてくれれば──」

「ふざけるな! あんたは次期召喚師なんですよ、もうちょっと自分の立場ってもんを……!」

 かっとなったオーラントが、ルーフェンを怒鳴り付けたその時。
ふと、誰かが近づいてくる気配がして、オーラントとルーフェンは即座に振り返った。

 洞窟の奥──暗闇から、一人の少女がこちらに歩いてくる。
ほのかに光る、シシムの磨石を手にしたその少女は、左目が潰れており、全身の左半分が焼けたように爛(ただ)れていた。
彼女もまた、リオット族のようだ。

 身構えたオーラントに対し、少女は二人から少し離れたところで立ち止まると、抑揚のない声で言った。

「……私は、戦うつもりはない。構えを解いて」

 片言でない、襲ってきたリオット族たちに比べ、流暢な言葉遣い。
ルーフェンは、未だに警戒した様子のオーラントを一瞥すると、一歩前に出た。

「俺たちも、敵意はないんだ。勝手に君たちの住処に侵入してしまったのは申し訳ないと思ってるけど、少し話を聞いてくれないかな?」

「……知ってる。さっき、ゾゾたちと戦ってるところ、見てたもの」

 少女は、ルーフェンたちにくるりと背を向けると、更に奥へと続く洞窟の方を、シシムの磨石で照らした。

「私はノイ。ついておいで。話がしたいなら、長のところへつれていってあげる」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.144 )
日時: 2016/09/21 19:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HBvApUx3)



「え……」

 ノイから出た意外な言葉に、ルーフェンとオーラントは顔を見合わせた。
だが、オーラントは険しい表情に戻ると、ノイを睨み付けた。

「……何を企んでる。この先に罠でもあるのか」

「…………」

 ノイは、目を細めてオーラントを見た。

「……別に。ついてきたくないなら、ついてこなくていい。私は、貴方たちがどうなろうと構わないから」

「いや、案内頼むよ。ありがとう」

「あっ、こらちょっと……!」

 なんの躊躇いもなくノイの方に行こうとしたルーフェンに、オーラントが慌てて制止をかける。
すると、ルーフェンは嘆息して、小さな声で言った。

「罠だろうがなんだろうが、このまま道も分からない洞窟でうろうろしてたって、仕方ないでしょう。折角話を聞いてくれそうなリオット族に会えたんですから、好機ととるべきです」

「いやいや、さっきのリオット族の俺たちへの敵意、思い出してくださいよ。この状況下で、のこのこ着いていこうとするなんておかしいです。何度も言うように、あんたは次期召喚師なんですから、そんな簡単に危険に飛び込まれちゃ困ります」

「…………」

 そう言った途端、一瞬ルーフェンの顔つきが変わったような気がして、オーラントは黙りこんだ。
もううんざりだとでも言いたげな、疲れの滲んだ表情だった。

 ルーフェンは、やり場のない何かを無理矢理飲み込むように、一度息を吸うと、冷めた口調で言った。

「……じゃあ俺が、次期召喚師でなかったら、問題ありませんか」

「え……」

 つかの間、言葉をつまらせたオーラントに対し、小さく息をつくと、そのまま身を翻して、ルーフェンはノイの元に歩いていく。
その光景を見ながら、オーラントはしばらく頭を抱えていたが、二人の姿が洞窟の奥に消える前に、渋々と言った様子でルーフェンたちを追いかけた。

 確かに、もし一緒にいたのがルーフェンではなく、同じ宮廷魔導師の仲間だったなら、オーラントは無理には止めなかっただろう。
しかし、ルーフェンはどうあがいても、結局のところ、サーフェリアの次期召喚師なのだ。
オーラント自身の体裁を抜きにしても、絶対に死んではいけない存在である。

 召喚術の力を保有している以上、ルーフェンは生きて、サーフェリアの守護に勤めなければならない。
そこに、本人の意思などもはや関係がないのだ。

(そこんところがいまいち分かってないっつーか、まだガキなんだよなぁ……)
 
 先を行くルーフェンの姿を見失わないように気を付けながら、オーラントは肩をすくめた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.145 )
日時: 2016/09/25 10:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: q9W3Aa/j)



 ノイに連れられて、枝道の多い複雑な洞窟を抜けると、小さな岩屋に出た。
そこは、月光が射し込むような穴もなく、完全に閉めきった空間であったが、シシムの磨石が複数岩壁に飾られていたため、それぞれ互いの顔が見えるくらいには明るかった。

 岩屋の真ん中には、一人のリオット族の老人が座り込んでいた。
他の者より更に、歪な皮膚をしたその老人は、麻布を巻き付けただけのような格好で、しかも、右手の手首から先が欠如している。

 ルーフェンとオーラントは、その異様な姿の老人に、思わず言葉を失って、立ち尽くした。

「……こんなところまで、よう来たの。わしはリオット族の長、ラッセルじゃ」

 黙りこむ二人に対し、穏やかに言うと、ラッセルは地面を示した。

「まあまあ、そんなところに突っ立っておらずに、座れ。なにもせんから」

 しわがれた、けれど優しい声で告げられて、ルーフェンとオーラントはラッセルの向かいに座った。
ノイも、最初は立ったままでいたが、ラッセルに座れと再度指示されると、どこか遠慮がちに、岩屋の隅に腰かけた。

「先程は、うちの若い奴等が迷惑をかけたの。知っておるとは思うが、リオット族は地上の人間を……特に、王都に住む人々をひどく嫌っているのじゃ。すまなかった、許してくれ」

 ラッセルは禿げた頭を下げると、次いで、懐から腐りかけた生肉のようなものを取り出し、それをルーフェンの前につき出した。

「お詫び、というわけではないが……食うか? 土蛇の肉じゃ。まあ、お前さんの口には合わないかもしれんがの」

 ルーフェンは、およそ食べ物とは思えない悪臭を放つその肉塊を、じっと見つめた。
だが、何かを言う前に、すぐさまオーラントが口を開いた。

「本当に厚意で言ってくれてるなら先に謝っておくが、遠慮しますよ。そんなもん食べたら、腹を壊しちまうんでね」

「……そうじゃの。いいや、そう言われると思うておうたわい」

 ラッセルは、気分を害した様子も見せず、苦笑した。

「折角の客人を、ろくにもてなせず、申し訳ない。だが、本当にこのノーラデュースでは、これしか食糧がないのじゃ。草木がない故、火も起こせんからの。時折岩穴から顔を出す土蛇を捕らえて、我々はその血肉で飢えと渇きを満たしておる。先程おぬしらと対峙した我らの同胞も、最初はお前さんたちを土蛇だとでも思うたのだろう」

「…………」

 ルーフェンは、土蛇の肉を見つめたまま、何かをじっと考えているようだった。
その様子を、どこか可笑しそうに眺めながら、ラッセルは言った。