複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.148 )
日時: 2017/12/17 03:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


「……して、お前さんたち、一体こんな土地になにをしにきたのじゃ。見たところ、その銀の髪と瞳……おぬし、召喚師一族の者じゃろう。ついに、リオット族を全滅させにでも来たのかのう?」

「……いいえ、違います」

 ルーフェンは、すっと顔をあげ、一度座り直すと、ラッセルをまっすぐ見つめた。

「俺は、次期召喚師のルーフェン・シェイルハート。こっちはオーラント・バーンズ。俺たちは、貴方達リオット族を、このノーラデュースから連れ出すために来たんです」

 ラッセルの目が、一瞬見開かれ、そして細められる。

「ここから連れ出す? 連れ出して、どうしようというのじゃ」

「……俺たちと一緒に、シュベルテに来てください。貴方たちの地の魔術の力を使って、再び鉱業に荷担してほしいんです。ただし今度は、奴隷としてではなく、俺たちと同じ人間として」

 ルーフェンのはっきりとした物言いに、ラッセルは、少し戸惑ったように唸った。

「そう、突然言われてものう……。第一、二十年前に我々をこのノーラデュースに閉じ込めたおぬしらが、なぜもう一度我らを王都に戻そうと言うのだ。我々がいなければ手も足も出ないほど、産業が廃れているというわけでもあるまいに。シュベルテの王は、一体何を考えている?」

 ラッセルの探るような目付きに、ルーフェンは、小さく首を振った。

「貴方達をシュベルテに戻そうと考えているのは、今のところ俺だけです。今回ここに来たのは、国王の命令でもなんでもありません」

「ほう、おぬしの独断というわけか……?」

「そうです」

「一体、なぜそんなことを?」

 訝しげに歪んだラッセルの顔を見ながら、ルーフェンは目を伏せた。

「……ここで、本当の理由を話さないというのは不誠実ですから、はっきりと言いますが……。俺は、貴方たちを利用したいんです」

 あまりにも率直な言い方に、オーラントとラッセルが目を見開く。
ルーフェンは、言葉を選びながら慎重に続けた。

「……ラッセル老、アーベリトという街に、聞き覚えはありませんか」

 ラッセルの眉が、ぴくりと動く。
ルーフェンは、更に口を開いた。

「アーベリトは、かつて、貴方たちが抱えるリオット病の治療法を作り出した、アランという医師が治めていた街です。今は、アランの実弟であるサミルという医師が領主を勤めているのですが、そのアーベリトの財政を建て直すのが、俺の目的なんです。そのためには、リオット病の治療法の需要を再び高めるのが手っ取り早い。だから、貴方たちリオット族には、再びシュベルテに戻ってきてほしいんです」

「……ふむ」

 ラッセルは、口許に手をやると、身じろぎをした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.149 )
日時: 2017/12/17 03:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

「……しかし、のう……あの治療法は効力はないようじゃぞ。ほれ、この通り。かつてシュベルテにいた頃は確かに軽減されていた病の症状だが、ノーラデュースに来た途端、岩のような肌も、硬直していく腸(はらわた)も、しばらくしたら元通りになった」

 乾いてひび割れた地表のような皮膚を見せながら、ラッセルは言う。
それに対し、ルーフェンは否定の意を表した。

「おそらくですが、リオット病の症状は全て、ガドリア原虫をもつ刺し蝿から身を守るための、進化の過程で出来上がったものなんです。つまり、刺し蝿のいない地域で治療すれば、リオット病は改善されます。それにより皮膚の硬化がなくなって、ガドリアに感染してしまったとしても、ガドリアの治療法なら既に存在していますから、貴方達が治療を受けてくれさえすれば、リオット病も再発することはないでしょう」

 ラッセルは、首を巡らせながら唸った。

「……なるほど、といっても、学のないわしには、よう理解できぬが……。とにかくおぬしは、リオット病の治療とノーラデュースからの救出を約束する代わりに、我らに再びシュベルテに来てほしい、というわけじゃな?」

「……はい。シュベルテに移った後の生活も、ちゃんと保証するつもりです」

 ラッセルは、ルーフェンが話し終えたあとも、何かを考え込んでいたようで、しばらくの間黙っていた。
しかし、やがて立ち上がると、手首がついている左手で、真綿でも掴むかのように岩肌を抉り取った。
そして、その岩の塊を握りつぶすと、その手を開き、ルーフェンの目の前に出した。

「……召喚師の血を引くならば、知っておろう。ランシャムじゃ」

 岩の塊を掴んでいたはずのラッセルの手に、小さく輝く緋色の欠片が、突如現れた。
ランシャムと呼ばれるこの魔石は、魔力を制御する力を持った、かなり希少な鉱石で、これを耳飾りに加工したものが、召喚師一族には代々受け継がれているのだ。

「ランシャムは、北のネールでしか採れないと聞きましたが……ノーラデュースでも採れるんですか?」

 ルーフェンが、少し驚いたようにラッセルを見ると、ラッセルは笑った。

「結晶化しているのはネールの地だけじゃろうて、おぬしらが採掘しようとするなら、北に行くしかないであろうな。だが、我らリオット族は、大地に含まれる様々な鉱石の成分を抽出し、凝縮することができる。故に、目に見えて存在しておらずとも、こうして求める鉱石の成分を集め、石として手にすることが出来るのじゃ」

 次いで、ラッセルは、岩屋の壁に目を向けた。

「……王都の人間達は、我らのこの力を、素晴らしいと讃えた。そして己らの鉱業に利用しようと、数百年前に、我らをシュベルテに連れていったのだ。……しかし、その結果どうじゃ。今の通り、リオット族は奈落の底に、こうして突き落とされておる」

「…………」

 ラッセルは、再びその場に腰を下ろすと、息を漏らした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.150 )
日時: 2016/10/16 01:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 62e0Birk)


「つまり、何が言いたいか……王都の人間達は、リオット族を讃える以上に、恐ろしいと思うておるのじゃよ。利用価値があると思っている一方で、我らのこの醜い容姿に嫌悪を抱き、岩をも砕く強健さに恐怖している。故に、再び共に同じ地で暮らすなど、考えられぬ。我らは今や、ノーラデュースから這い出ただけでも、そなたら魔導師に殺されるような立場じゃ。シュベルテでない、どこか別の地に移住したとしても、最終的には殺される。……もう、これ以上争うのも疲れた。このままこの谷底で、静かに滅んでいくほうが良い……」

 瞳に平淡な光を浮かべて、ラッセルはそう言った。
それに対し、ルーフェンは、つかの間沈黙していたが、やがて微かに眉を曇らせると、口を開いた。

「……本当に、そう思ってるんですか?」

 ラッセルが、訝しげに目を細める。
ルーフェンは、その目を見つめながら、はっきりとした口調で続けた。

「……だって、こんな荒れた土地に理不尽に押し込められて、挙げ句そのまま滅んでいくなんて、おかしいでしょう。シュベルテなら、俺が貴方たちを護ることができます。シュベルテが嫌なら、時間はかかるかもしれないけど、いずれ貴方たちが好きな場所で生きられるようにも、できるかもしれない。それでも、本当にここから出たいとは思わないんですか?」

 ラッセルは、これまでの穏やかな表情を、わずかに崩した。
そして、苦しそうにため息を溢すと、目を伏せた。

「……確かにな。出たいか出たくないかと問われれば、皆、地上に出たいと答えるじゃろう。この地獄のような生活から、早く抜け出したいとな。……だが、そう簡単な話ではないのじゃ、若き召喚師よ」

 力のない笑みを浮かべて、ラッセルは続けた。

「仮に、おぬしが約束通り、シュベルテでの良い暮らしをリオット族に与えてくれたとしても、それを誰が受け入れるというのじゃ。先程も言ったように、王都の人間はリオット族を嫌っておる。そしてまた、我々もおぬしらを、憎んでしまっている。深く根を張ってしまった憎悪は、そう易々と断ち切れるものではない」

「……だからこのまま、ノーラデュースで死のうっていうんですか。本当は皆、生きたいと思っているのに?」

 半ば睨むようにしてラッセルを見ながら、ルーフェンは強い口調で言った。

「貴方たち全員が、心の底からこのノーラデュースに留まることを望んでいるなら、俺にそれを止める権利はありません。諦めて帰ります。でも、そうでないなら……少しでいいです。話をさせてください」

 ラッセルは、胡座に頬杖をついた状態で、じっとルーフェンの銀の瞳を見つめていた。
二人は、互いに目をそらさず、長い間沈黙していたが、やがて、ラッセルがむくりと立ち上がった。

「……そこまで言うなら、話してみるが良かろう。納得するまで、おぬしの目で見て、判断するがいい」

 そう言って、ラッセルが左手を差し出す。
ルーフェンは、少し安心したように息を吐くと、その手を握って立ち上がった。