複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.152 )
- 日時: 2016/10/28 20:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: nWfEVdwx)
ラッセルとノイの案内で、再び迷路のような細道を通っていくと、ほどなくして、これまでとは比べ物にならないくらい大きな広間に出た。
この場所は、どうやら地上から見た亀裂と直結しているらしく、上を見ると、細長い割れ目から月が覗いている。
ここは、奈落の底の中心部──リオット族たちにとっては、会合場所に近いもののようだった。
「皆、聞け」
ラッセルが広間の中心に立ち、そう叫ぶと、岩壁にあった沢山の洞から、次々とリオット族たちが出てきた。
彼らは、ラッセルを取り囲むようにして集まると、その横に立っているルーフェンとオーラントを見て、ぎょっとしたように警戒の色を強めた。
「おい、あいつら、さっきの……」
「人間、地上の人間だ」
最初に戦った三人のリオット族から、既に話は広まってしまっていたのか。
集まった五十人程のリオット族たちは、口々に敵意のこもった言葉を呟きながら、ルーフェンたちを睨んだ。
ラッセルが、一歩前に出て、言った。
「ここにいる人間は、わしが認めた客人たちじゃ。二人とも、我らリオット族に害を成すつもりはないと言う。皆、手を出すでないぞ」
リオット族たちの間に、ざわりとどよめきが起こる。
全員一様に、信じられないといった表情を浮かべていた。
ルーフェンは、しばらく周囲を見回していたが、ふと、集まったリオット族たちの中に、見覚えのある顔を見つけると、そちらに向かって歩き出した。
そして、リオット族たちが警戒して後ずさったところで、立ち止まる。
ルーフェンの目線の先には、最初に戦った三人の内の一人が、鋭い目付きで佇んでいた。
「……さっき、驚かせてごめんね。本当に、貴方たちと戦う気はないんだ。だから、怖がらないでほしい」
ルーフェンは、穏やかな声でそう言ったが、男は、それに答える様子はない。
それどころか、ルーフェン目掛けて拳を振り上げると、雄叫びをあげながら勢いよく殴りかかってきた。
「ゾゾ!」
オーラントと同時に、ノイがルーフェンの前に出る。
殴りかかってきたリオット族──ゾゾは、納得が行かない様子で一歩下がると、ノイのほうを見た。
「ノイ、邪魔するな! 何故そんなやつら、かばうのか! 傲慢なシュベルテの人間どもめ!」
吐き捨てるように言ったゾゾに対し、ノイは、冷静な口調で返した。
「さっき、長が手を出すなと言ったのが、聞こえなかったの。長の決定は絶対。リオット族の掟よ」
「だけど……!」
ゾゾは、怒りで言葉をつっかえさせながら、今度はラッセルに視線をやった。
「だけど、長! この前、リクとラシュ、魔導師に殺された! 今朝、土蛇とりにいって、グルガンも、地上から帰ってこない! こいつら、殺したかもしれない!」
土蛇をとりにいって──。
その言葉に、一瞬、亀裂の近くで土蛇の死骸に向かって走っていたあのリオット族の男が、ルーフェンの脳裏に蘇った。
きっと彼は、食糧となる土蛇を求めて地上に出て、魔導師に見つかってしまったのだろう。
そして、食糧の確保を優先したものの、結果的に殺されてしまったのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.153 )
- 日時: 2017/08/24 16:22
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ラッセルは、小さくため息をつくと、黙りこんでいるルーフェンのそばに並んだ。
「若君、ここに来る途中、我らの同胞を殺したかね?」
「……いいえ」
ルーフェンが俯いて答えると、ゾゾがすぐさま口を開いた。
「そんなの、信じられるか! お前たち、土蛇の巣穴から出てきた! 土蛇探してたグルガン、殺したんだろう!」
「黙れ、ゾゾ」
穏やかでありつつも、威厳のあるラッセルの物言いに、ゾゾが黙りこむ。
ラッセルは、ゾゾに向き直ると、ルーフェンの肩に手をおいた。
「……こやつは若いが、召喚師の血を継ぐ者じゃ。付き人の男も、腕の立つ魔導師と見える。考えてみよ、我らが敵う相手でもない。それにも拘わらず、こやつらが、我々に自ら攻撃を仕掛けてきたことはあったか? なかったじゃろう。それだけで、少しは信じようという気にはならんか」
「…………」
ゾゾは、ひとまず押し黙ったが、未だに敵意のこもった眼差しで、じっとルーフェンを見ていた。
ゾゾだけではない。
この場にいるほとんどのリオット族は、ルーフェンとオーラントを完全に敵視している様子だ。
ラッセルは、この場を包む緊張感には似合わぬ、静かな声で述べた。
「……まだグルガンが殺されたと、決まったわけではない。なに、食糧はあるのじゃ。信じて帰りを待とうぞ」
そう言って、ラッセルが目配せすると、リオット族の男が一人、大きな洞から巨大な肉の塊を引きずってきた。
腐りかけた、土蛇の肉だ。
リオット族たちは、ルーフェンたちを横目に見て距離をとりながら、わらわらと肉の元へ歩いていくと、素手でそれを引きちぎり、食べ始める。
オーラントは、鼻をつく腐臭に息を止めながらも、じっとその様子を眺めていた。
ルーフェンは、皆が肉の近くに集まっていく中、広間の隅で赤子を抱え、うずくまっている女性を見つけると、ノイに耳打ちした。
「あの人は?」
すると、ノイは一瞬目を細めて、答えた。
「……彼女は罪人。だから、食糧は与えないの」
「罪人……?」
ルーフェンは、訝しげに眉を寄せた。
「罪人って、赤ん坊もいるのに? せめて子供には、食べさせてあげればいいのに」
「……それが罪よ」
ノイは目を伏せて、ルーフェンから目を反らした。
「……子供を生むのが、罪なの。だから、食糧は与えない」
「どういうこと……?」
多少声音を低くしたルーフェンに、ノイは、俯いたまま答えた。
「……我々リオット族は、この奈落の底で滅びるべき一族。ただですら食糧が足りてないのに、これ以上増えて、どうするっていうの」
「なっ……」
その瞬間、唐突にこみあげてきた怒りに、ルーフェンは激しく顔を歪めた。
やり場のない感情に、いてもたってもいられず、思わずうずくまる親子の元に足を向ける。
だが、一歩踏み出す前に、ノイに強く腕をつかまれた。
「何をする気。部外者のくせに、リオット族の掟に口を出さないで」
ノイが、強い口調で言う。
しかしルーフェンは、その腕を振り払うと、苛立たしげに言い返した。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.154 )
- 日時: 2016/11/05 00:52
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: HhjtY6GF)
「そんな掟なんて、子供には関係ないだろ! 子供は、生まれる場所を選べないんだ。これから一生あの子に、自分は滅ぶべき一族だとか、生まれなければよかったんだとか、そんなこと自覚させて生きろって言うのか。勝手に産み落としたくせに、親の都合で理不尽な生を押し付けるな!」
突然ルーフェンが感情的になったことに驚いたのか、ノイが絶句して押し黙る。
だが、再び親子の方に視線を向けたルーフェンを、今度はオーラントが止めた。
「少し落ち着いてくださいよ。らしくもない」
なだめるように、ゆっくりとした声音で告げる。
「……彼女の言う通り、ここはリオット族の地ですよ。無断で入り込んだのは俺たちのほうなんですから、リオット族に決まりがあるなら、ちゃんとそれに従わないと」
「…………」
ルーフェンは、しばらく何か言いたげに、顔をしかめていた。
だが、怯えた様子でこちらを伺う親子を見ている内に、だんだんと頭が冷静になってきたのか、やがて、オーラントを見て小さく頷いた。
ラッセルは、そんなルーフェンのほうを向くと、微かに目を細めた。
「……若君よ。おぬし、先程我らリオット族と話したいと言うておったな」
その場にいる全員に聞こえるように、通る声で言う。
「それならば、我ら全員に、話してみてはくれまいか。おぬしがリオット族に、一体何を望んでいるのか」
「…………」
リオット族たちの視線が、一斉にルーフェンに向かう。
ルーフェンは、一瞬戸惑ったような顔つきになったが、すっと息を吸うと、顔をあげて言った。
「……俺は……アーベリトの財政を建て直すために、リオット病の治療法の需要を、二十年前と同じように高めたい。だから、リオット族にもう一度、シュベルテに戻ってきてほしいんだ」
瞬間、リオット族たちの目の色が変わったことに気づいたが、ルーフェンはそのまま続けた。
「そして、またリオット族の力を使って、王都を支えてほしい。もちろん、かつて俺たちがこのノーラデュースに貴方たちを閉じ込めたことを、簡単に許してくださいとは言えない。でもこんな憎しみ合い、いつまでも続けていたって、被害が大きくなるだけだろう? 俺は、この奈落の底から、貴方たちを出したい」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.155 )
- 日時: 2016/11/12 10:27
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: rKVc2nvw)
リオット族の一人が、凄絶な光を孕んだ目で、ルーフェンを睨む。
「お前! またシュベルテで、奴隷になれと言うか!」
「違う! そうじゃない!」
リオット族から上がった声を、ルーフェンはすぐさま否定した。
「貴方たちを奴隷になんて、絶対にさせない。ちゃんと自由に働けて、幸せに暮らせるようにする。リオット病の治療もして、日の下で生きられるように……約束するから、だから──」
「お前の言葉など、信じられるか!」
「リオット族、お前たち人間とは違う!」
「一緒、暮らせるはずない!」
ルーフェンの言葉を遮って、次々とあがる非難の声。
その罵声の数々に、ルーフェンが次の言葉を言えずにいると、ラッセルが突然、どんっ、と岩壁を叩いた。
途端、広間全体が振動するような巨大な衝撃波が大気に広がり、全員が反射的に口を閉じる。
ラッセルは、やれやれといった様子で息を吐くと、呆れたように前に出た。
「全く、血の気の多い馬鹿どもめ。誰が言い争えと言った。わしは話せと言ったのじゃ。言いたいことがあるなら、喚かずに発言せんか」
ラッセルの叱責を最後に、広間がしんと静まり返る。
リオット族たちも、ラッセルのことがよほど怖かったのか、しばらくは誰一人として発言しようとしなかった。
ルーフェンは、わずかに前に出ると、ラッセルを一瞥してから、再びリオット族たちのほうを見つめた。
「……貴方たちは、本当にここから出たいとは思わないの……? さっきから俺たちのことを人間人間と呼ぶけれど、リオット族だって同じ人間でしょう。こんなところに閉じ込められたまま滅びるなんて、あっていいわけがない」
ルーフェンの言葉に対し、リオット族たちは、肯定するわけでも否定するわけでもなく、ただじっと黙っていた。
黙って、怒りと悲しみが混ざったような目で、ルーフェンのことを見つめている。
その目は、ルーフェンがよく知っている目だった。
長い静寂の後、不意に、ゾゾが前に出た。
「……お前たち人間が、言った。リオット族、人間ではなく化け物だと」
続いて、別のリオット族が口を開く。
「地位も力もあるお前、何もわからない」
「ずっと底辺で生きてきた俺たちの苦しみ、分からない」
「…………」
突き放すような、リオット族たちの静かな視線に、ルーフェンは何も言えなくなった。
そうして、何を言うか迷っている内に、リオット族たちは冷たい目をしたまま、それぞれの洞へと戻っていく。
「…………」
引き留めようにも、引き留めたところでどうすれば良いのか分からず、結局ルーフェンは、そのまま立っていることしかできなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.156 )
- 日時: 2017/11/28 11:32
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
リオット族たちが、それぞれの洞に身を潜めてしまった後。
ルーフェンとオーラントは、ラッセルたちが用意してくれた寝床で、ひとまず休むことにした。
寝床といっても、ただの岩穴であるから、横たわったところで寝心地など良いはずがない。
それでも、朝から晩まで動きっぱなしで疲弊しきった今の状態ならば、すぐに眠りにつけそうな気がした。
ルーフェンは、この岩穴に入ってから、しばらく座ったまま、ずっと物思いしているようだった。
オーラントも、その間は無言のままでいたが、ある時、沈黙に耐えられなくなったのか、ふとルーフェンに声をかけた。
「……これから、どうするんです?」
ルーフェンは、オーラントの方を見ると、首を振った。
「分かりません。……正直、リオット族はここから出たいと言うと思っていたので、こうなることは想定外でした」
オーラントは、静かにため息をつくと、一度立ち上がって、ルーフェンの向かいに胡座をかいて座った。
「……じゃあ、諦めて帰ります?」
「いいえ。……ただ、どうすれば上手く説得できるのか、なかなか思い付かなくて」
何かをふつふつと思考しながら、ルーフェンが答える。
オーラントは、頭をぱりぱりとかくと、小さく肩をすくめた。
「……あの。こう言っちゃなんですが、どうしてアーベリトのために、そこまでするんです? あんたがレーシアス伯に恩を感じてるのは前に聞きましたけど、恩って言ったって、何日か世話になっただけでしょう?」
ルーフェンは、それを聞くと、身を縮めるように膝を抱いた。
「……そうですよ、それだけです」
ぽつんと、呟くように言う。
「でも、それだけでも、俺には大きなことだったから……」
不思議そうに顔をあげたオーラントの視線を受けながら、ルーフェンは続けた。
「……初めてだったんです。優しくしてくれたのも、心配してくれたのも、全部。サミルさんが、初めてだった。だから……サミルさんが困ってるなら、絶対に力になりたい」
「…………」
オーラントは、困ったように息を吐くと、次いで、何かを探るような目付きになった。
「……それなら、力ずくでリオット族を連れ帰りますか? できるでしょう、召喚術を使えば。例えば、あのラッセルとかいう長を人質にとって、脅すとか」
「え」
ルーフェンが、驚いたように目を見開く。
オーラントは、声を潜めて言った。
「逆に、どうしてそうしないのか、ずっと疑問でしたよ。力ずくが一番手っ取り早いし、あんたなら、当然思い付いてる方法の一つかと思ってました。そりゃあもちろん、穏便なのが一番ですけど、この感じだと、どうせリオット族からもシュベルテの人間たちからも、いろんな人達から反発を受けます。それなら、今更強行手段に出たって、さして変わらんでしょう」
「……でも……」
口ごもったルーフェンに、オーラントは更にいい募った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.157 )
- 日時: 2017/12/17 03:32
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「どうして躊躇うんですか? 前に、言ってたじゃないですか。俺は正義の味方になりたいわけじゃないんだって。レーシアス伯の助けになるためなら、リオット族や他の奴らがどう思うかなんて、どうでもいいって。それってつまり、アーベリトのためなら、手段は選ばないってことでしょう?」
「…………」
オーラントの言い分に、ルーフェンは、戸惑ったように俯いた。
何か返さなければ、と思うのだが、喉の奥に何かがつっかえてるように、上手く言葉が出てこない。
オーラントは、そんな彼の様子を、長い間黙って見つめていたが、しばらくすると、突然ぶっと噴き出して、大声で笑い始めた。
「ぶっ、ぶははっ、はっ。はははっ!」
ルーフェンがぎょっとして、顔をあげる。
オーラントは、必死に笑いをおさめながら、目尻に貯まった涙を拭った。
「いやぁ、なんか、すげえ勝った気分。ちょっと安心しました。あんた時々、態度と矛盾してるような発言とか行動とってましたし、いまいち何を迷ってるのか分からなかったので、見ていてもやもやしていたんですが……。ようやく少しだけ、あんたのことが分かった気がします」
「はい……?」
「いえ、良かったですよ。もし、じゃあ長を人質にしましょう、とか言い始めたら、流石に俺、帰ろうと思いましたもん」
ルーフェンが、意味が分からない、といった風に、眉をひそめる。
オーラントは、一頻り笑い終えると、ルーフェンをじっと見つめた。
「いえね、結局あんたは、正義の味方になりたいんだなってことです」
にかりと笑って、オーラントが言う。
「サンレードの子供たちの居場所を作りたい。レーシアス伯の力になりたい。それに、リオット族も助けてあげたいし、リオット族を恨む魔導師たちのことも、どうにかしてあげたい。必死に、自分が優先すべきはアーベリトのことで、他のことに気をとられるなと自分に言い聞かせてはいるものの、本当は全部気になっていて、そうやって色々考えている内に、頭ん中ぐっちゃぐちゃになって、自分でも混乱してきたんでしょう」
ルーフェンは、怪訝そうに口を開いた。
「別に、そういうわけじゃ……」
「いーや、絶対そうです!」
オーラントが遮って、びしっと言い放つ。
「いろんなことをうだうだと考えすぎて、最終的に自分のこと見えなくなるのが、あんたの悪い癖です。先のこととか他のことは、とりあえず置いておいて、今、あんたはどうしたいのか考えてください。リオット族やリオット病のことを調べていたとき。ラッセル老に土蛇の腐肉を差し出されたとき。罪人扱いされる親子を見たとき。あんたは、何を思ったんですか? ……リオット族を、助けたいって思ったんでしょう?」
「…………」
「違いますか?」
ルーフェンは、気まずそうな表情になると、すぐに目を伏せ、小さな声で、だけど、と言葉を詰まらせた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.158 )
- 日時: 2016/12/09 01:12
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3EnE6O2j)
「だけど……俺は、俺のしていることが良いことなのかどうか……分かりません。リオット族が、こんな奈落の底で朽ちるのは絶対におかしいし、彼らにだって、地上で生きる権利はあるはずです。だから、リオット族をここから出すこと自体は、きっと正しいんだと思います。でも、正しいことが、必ずしも良いことだとは限らないし……そもそも、なにが正しいとかなにが間違ってるとか、全然分からないし。シュベルテに来てほしいだなんて言うのは、俺の勝手な言い分であって、リオット族を助けることにはならな──」
「だぁああー! お前めんどくせえな!」
オーラントは、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら発狂すると、ぐにっとルーフェンの頬を両手で引っ張った。
「いだだだっ」
「いいですか、もう一度言います。そうやって、うだうだ考えるのをやめろって言ってるんです!」
頬をつままれ、涙目になるルーフェンに、オーラントはぐいと顔を近づけた。
「あのですね、正しいとか正しくないとか、そんなの誰にも分かりません。わかんないことをいつまでも考えてたって、どうしようもないじゃないですか。良いだの悪いだの関係なく、あんたはリオット族をここから出したいんでしょう。だったら、とりあえずその方向で頑張ればいいじゃないですか。失敗したら、その時はその時です」
ルーフェンの頬をつねったまま、オーラントは続ける。
「そもそも勝率の低い賭けですが、上手く行かない原因を一つあげるなら、あんたが余計なことばっかり考えてるからですよ。いいですか、リオット族は大半の奴らが、脳みそ筋肉です! だから、あんたがどんな小難しい自己理論を展開しようと、絶対に通じません。アーベリトがどうとか、サンレードがどうとか、そんなことを頭の隅で考えながら、『貴方たちをノーラデュースから出したい』なんて説得しようとしても、伝わるはずがないんです」
「…………」
「最終目標のことばっかり考えて、目先のことが出来なくなってちゃ、元も子もありませんよ。いらんこと考えながら口先だけで説得したって、相手には伝わりません。もっと、自分の今の気持ちを優先して、誠意をもって話すようにした方がいいんじゃないですか。俺はあんたらリオット族を助けたいんだーって」
そう言って、オーラントが手を離した後、ルーフェンは唖然とした表情で、オーラントをじっと見つめていた。
しかし、やがて、つねられて赤くなった頬を擦ると、ぽつんと呟いた。
「オーラントさん……むかつく……」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.159 )
- 日時: 2016/12/15 20:54
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: jhXfiZTU)
瞬間、オーラントが勢いよくずっこける。
その様子を見ながら、ルーフェンは何事もなかったかのように、ぐっと伸びをした。
「……あー……オーラントさんが暑苦しいこと言ってくるから、なんか疲れました。……もう寝ます」
「おーまーえー……ふざけんなよ。真面目に語った俺が、馬鹿みてえじゃねえか」
オーラントが、怒りで拳を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
ルーフェンは、外套を脱いでくるくると丸めると、それを枕代わりにと地面に置いてから、ふと立ち上がって、言った。
「……オーラントさん。俺は、大抵のことは何でもできるんですよ」
「……は?」
急になんの自慢だ、というように、オーラントが眉を寄せる。
ルーフェンは、真顔で言った。
「魔術はもちろん、座学だって、武術だって、八年分は他の兄弟たちより不利なはずなのに、俺が一番です。一度見たものも、おおよそ暗記できている自信がありますし、弁も立ちます。お偉方や女性に上手く取り入るのも、得意です。皆、俺のことを天才だって褒め称えます」
「いや、あの……頭大丈夫ですか?」
引き始めたオーラントに、しかし、ルーフェンはくすりと笑った。
「だからね、誰かを尊敬するなんて、初めてですよ」
「……はい?」
オーラントが、ぱちぱちと瞬きをする。
ルーフェンは、目の奥に穏やかな色を浮かべた。
「……俺が世間知らずで、無力で、オーラントさんの言う、いわゆるクソガキであることは、自分でも自覚してるつもりです。だけど、俺のことを本当に見てる人なんてほとんどいないから、何がいけないかなんて言ってくれる人は、これまで誰もいませんでした」
ルーフェンは、笑みを深めた。
「……他人のことを本気で見て考えるなんて難しくて、少なくとも、俺にはできません。それなのに、俺が隠していたもの、俺自身ですら見えていなかったもの、分かっていなかったもの……そういうものに気づけるオーラントさんは、本当にすごい」
「…………」
「貴方の言う通り、色々と考えるより前に、もっとちゃんと、リオット族に向き合ってみます。俺は本音で話すのが苦手だから、オーラントさんみたいに出来るか分からないけど……。小手先でどうにかしようとするんじゃなくて、俺の言っていることが本気だって、皆に信じてもらえるように……俺なりに、やってみます。要は、もっと情熱的にリオット族を口説けってことですよね」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.160 )
- 日時: 2016/12/24 01:42
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ET0e/DSO)
ルーフェンは、いたずらっぽくそれだけ言うと、とっとと寝る準備をして、先程置いた外套の枕の上に寝転んだ。
オーラントは、ぽかんとしたまま突っ立っていたが、ルーフェンが本格的に寝ようとしたところで、はっと我に返った。
「もしかして今、俺すごく褒められた!」
感激した様子で、オーラントが言う。
「えっ、ちょっと最初の下りが意味不明すぎて、ぼーっとしてたんで、もう一回言ってください! もう一回!」
ルーフェンは、煩わしそうに寝返りをうつと、オーラントのほうを見て、呆れたように言った。
「……ていうか、子供に褒められたくらいでそんなに浮かれるなんて、オーラントさん、案外ちょろいなぁ」
「は!?」
オーラントは、瞬時に怒りで眉をつり上げると、ルーフェンが頭をのせている外套の枕を引っこ抜いた。
「いでっ」
ごん、と鈍い音が響いて、ルーフェンの頭が石床に落ちる。
オーラントは、続けてルーフェンの顔面に引っこ抜いた外套を投げつけると、仁王立ちになって怒鳴った。
「おいこら! 俺の感動を返せ!」
「ってて……これくらいで、むきにならないで下さいよ。大人げないなぁ」
「うるせー! ほんと口の減らないクソガキだな!」
オーラントは、仁王立ちのまま腕を組んで、ルーフェンを睨んでいた。
だが、ルーフェンがどこか楽しそうにしているのを見て、小さく息を吐くと、肩をすくめて言った。
「……まあ、俺はあんたのお守りを最優先しますけど、ここまで来たら成功を祈ってますから。せいぜい頑張ってくださいよ」
「……はい」
ルーフェンは、打ち付けた側頭部を擦りながら、静かに言った。
「……安心してください。さっき、どう説得すればいいか分からないとは言いましたけど、今日、リオット族の人たちの目を見て、分かりあえる部分は多いと確信してたので、希望が全くないわけじゃないんです」
「目?」
首をかしげたオーラントに、ルーフェンは頷いた。
「最後に俺が、ここから出たくないのかと問いかけたときの、あの冷たい目です。あれは、怒りにも悲しみにも似てるけど、本当は、深い諦めの目なんです。今を生き伸びるだけで精一杯で、どうしようもなくなって、先が見えなくなって……結局諦めるしかなくなったときの、絶望の目。……俺は、あの目をよく知ってる」
「…………」
再び真剣な表情になったオーラントが何かを言う前に、ルーフェンは微笑んで、話題を変えた。
「疲れたから、もう寝ましょう。オーラントさんは年なんだから」
「……一言多いですよ」
オーラントはそう言って、一度ため息をついた。
そして、ルーフェンが寝転んだ近くの岩壁に、寄りかかって目を閉じた。
横になってしまうと、深い眠りに落ちて、敵の気配に気づくのが遅くなってしまうからだ。
ルーフェンは、そんなオーラントを見て、一瞬何か言おうと口を開いたが、結局何も言わずに、そのままオーラントに背を向けて目を閉じた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.161 )
- 日時: 2017/01/09 18:23
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)
硬い岩の上で、寝返りを打ったとき。
外套の枕から頭が落ちた痛みで、ルーフェンは目を覚ました。
岩穴の中は相変わらず薄暗く、どれほどの時間が経ったのか、分からなかった。
だが、いくら疲れているとはいえ、これ以上岩の上で寝ていたら、いい加減身体を痛めそうだ。
ルーフェンは、気だるげに起き上がると、岩壁に寄りかかって寝ているオーラントに、自分の外套をそっとかけ、荷物だけ持つと、こっそり岩穴から出た。
洞窟を少し進んで、また見知らぬ洞に出ると、ルーフェンは、眩しそうに上を見た。
どうやら、外界は朝を迎えたらしい。
地上に繋がる縦穴からは、眩い太陽の光が差し込んできていた。
日光を懐かしむ思いで、空を仰いでいると、奥の方から、かつかつと何かを削るような音が聞こえてきた。
そちらに視線を向けてみれば、洞の端の方で、一人のリオット族の少年が、何やら屈みこんでいる。
顔はやはり、焼けたように爛れていて、年齢がどれくらいなのかは分からなかったが、他の大柄なリオット族の男たちに比べれば、体躯が小さい。
身長も、立てばルーフェンと変わらない程度のようであったから、まだ子供なのかもしれないと思った。
気になって、背後から近づいても、少年は手元に集中しているようで、ルーフェンの気配には全く気づいていない。
何をやっているのだろうかと覗き込むと、少年はどうやら、石を叩いて削ったり、魔術で形を変えるなりして、何かを作っているらしかった。
「……何作ってるの?」
さりげなく、ルーフェンがそう問いかけると、少年は、大袈裟なほど身体を震わせて、はっと後ろを見た。
そして、前触れもなく現れたルーフェンを認めると、凄い勢いでその場から飛び退いた。
「あ、ちょっと!」
少年の手から、ころんと石の造形物が落ちる。
ルーフェンは、それを咄嗟に拾い上げると、今にでもこの洞から飛び出そうとする少年に、優しく声をかけた。
「待って、別になにもしないよ」
両手をあげて、ルーフェンが言う。
少年は、それでもその場から逃げようとしていたが、その時、自分がいじっていた石を、落としたことに気づいたのだろう。
その石が、ルーフェンの手に握られていることに気づくと、警戒したように立ち止まった。
「……ぁ、ぅ……か、返して……」
か細い声で言いながら、少年がルーフェンを見る。
ルーフェンは、手に持つ石を一瞥してから、少年にゆっくりと近づいていった。
「ごめんね、作業の邪魔をするつもりじゃなかったんだけど。はい、どうぞ」
そう言って、ルーフェンが石を差し出すと、少年は、びくびくしながらその石を受け取った。
そして、その石を掌で転がすと、欠けた場所がないことを確認できたのか、ほっとしたように息を吐いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.162 )
- 日時: 2017/01/21 23:42
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8.g3rq.8)
「……それ、何を作ってたの?」
同じ質問を繰り返すと、少年は、戸惑ったように一歩後退した。
しかし、やがておずおずとルーフェンに石を見せると、小さな声で答えた。
「……つ、土蛇……」
「土蛇?」
思わず聞き返して、少年が見せてきた石の面を見る。
すると、そこには確かに、咆哮する土蛇の顔が、見事に彫られていた。
まだ未完成故か、見る方向によってはただの石ころで、先程は気づかなかったのだが、どうやら少年は、石で土蛇の彫刻を作っていたようだ。
「へえ、すごい……上手だね。思ったより精巧で、びっくりしちゃった」
感心してそう告げると、少年は、少し驚いた様子で顔をあげた。
まさか、褒められるとは思っていなかったのかもしれない。
相変わらず、ルーフェンの顔を見ようとはしなかったが、心なしか嬉しそうに、彫刻を握りこんだ。
ルーフェンは、そんな少年を見つめて、にこりと笑った。
「ねえ、それが完成するところ見たいんだけど、作業の続き、眺めててもいい?」
「…………」
俯いたまま、少年が口ごもる。
やはり、ルーフェンが近くにいるのは嫌なのだろう。
嫌だけれど、話しかけられてしまっては、立ち去ろうにも立ち去れない、という感じだった。
ルーフェンは、そういった少年の気持ちを汲み取りながらも、引き下がらずに、言い募った。
「俺はルーフェン。歳は十四。君は?」
少年は、困ったようにもじもじしていたが、ルーフェンのほうをちらっと見ると、低い声で答えた。
「……ハインツ。……八歳」
八歳、という思いがけない年齢を聞いて、ルーフェンは瞬いた。
「八歳? 本当に?」
ハインツが、こくりと頷く。
ルーフェンは、ぽかんとした表情でハインツを見つめていたが、ふと笑うと、自分の身長とハインツの身長を見比べた。
「リオット族の男って、やっぱり、子供の内から大きいんだね。身長ほとんど変わらないし、てっきり俺と同い年くらいかと思ってたよ。手が大きくて、指も太いのに、そんな繊細な彫り物ができるなんて、ハインツくんは器用なんだね」
警戒を解いたわけではないが、あまりにルーフェンが気さくに話しかけてくるため、徐々に緊張がほぐれてきたらしい。
ハインツは、ルーフェンの問いに、間をあけずに返事をした。
「よく、作る。……好き」
ルーフェンは、微笑んだ。
「そっか。俺、趣味とか特にないし、好きなことがあるのは羨ましいな」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.163 )
- 日時: 2017/02/03 21:29
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
そう告げると、ルーフェンは、足元に落ちている適当な石を拾い上げ、ハインツの目の前で、それにぐっと魔力を込めた。
すると、石がめきめきっと形を変えて、あっという間に茎を伸ばし、葉をつけ、花を咲かせる。
しかし、その石でできた花は、やはりどこか歪で、ハインツが作ったような表面の滑らかさはなかった。
「……さっき、ハインツくんが作るところ見てたから、できると思ったんだけど、やっぱりそう上手くはいかないか」
苦笑して、ルーフェンが肩をすくめる。
その様子を、黙って見ていたハインツは、ふと不思議そうに尋ねた。
「……それ、なに」
「なにって、これのこと? 花だけど」
花かどうかが分からないほど、出来が悪いわけではないのに、なぜそんなことを聞くのだろうと、ルーフェンは疑問に思った。
しかし、花だという答えを聞いても、ハインツは首をかしげたままである。
「……もしかして、花を知らない?」
まさかと思い、そう聞いてみると、ルーフェンの予想通り、ハインツは小さく頷いた。
花を知らないなんて。
これには、流石のルーフェンも驚いたが、よく考えれば、当然のことだった。
リオット族が、このノーラデュースに追いやられたのは、約二十年前のこと。
つまり、八歳のハインツは、生まれたときから、この雑草一本見つけることすら難しい、ノーラデュースで暮らしているのだ。
花を見たことがなく、知らないと言うのも、おかしな話ではなかった。
ルーフェンは、特に表情を変えることもなく、ハインツに自分が作った石の花を見せた。
「……花って言うのは……えっと、植物が実をつける前に、咲かせるものなんだけど……地上に行けば沢山見られるよ。俺も、庭園の花くらいしか見たことないけど、色とりどりで、良い匂いもして。本物は、俺が石で作ったものなんかより、ずっと綺麗だ」
地上、というルーフェンの言葉に、ハインツは、ぼんやりと縦穴を見上げた。
外界から降り注ぐ、ノーラデュースの日光は、大地から潤いを奪い、灼いてしまう恐ろしいものだ。
だがその一方で、こうして暗い奈落の底を照らしてくれていると思うと、とても崇高なもののように感じられた。
あの、いつも変わらず輝いている太陽の光を、もう少しだけ近くで浴びてみたいと思うことだって、ないわけではない。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.164 )
- 日時: 2017/02/11 12:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 393aRbky)
黙って上を見るハインツを見ながら、ルーフェンは問うた。
「……地上に出たいとは、思わない?」
「…………」
ハインツは、黙ったままであった。
黙って、しばらくじっとルーフェンを見つめていたが、やがて、小さく首を横に振った。
「……地上、沢山、人間いる。怖い」
「…………」
ルーフェンは、真剣な面持ちになると、続けて尋ねた。
「じゃあ、俺のことも怖い?」
ハインツは、微かに俯いて、呟くように返事をした。
「……よく、分からない」
「…………」
「分からない、けど……人間、リオット族、嫌い。俺たち、見ると、ひどいことしてくる。リオット族も、人間、嫌い」
その言葉に、ルーフェンは、ふっと目を伏せた。
問題なのは、やはり人間とリオット族たちとの間にある、深い溝だ。
地上に出たくないのかと尋ねれば、昨日も今日も、返ってくる答えは、人間への憎しみの言葉ばかり。
このまま奈落の底で生活を続ければ、リオット族たちは死に絶えるというのに、それでもリオット族たちは、人間との共存を拒んでいる。
(……自分達の命よりも重い、憎悪か……)
その気持ちが、全く理解できない訳ではない。
それでもこうして、一方的に荒地に追い詰められ、一族が朽ちていくのをただ待っていることが、リオット族たちの本当の望みではないはずだ。
彼らは、このノーラデュースの奈落の底で、死んでいきたいわけではない。
ただ、地上に出れば人間たちに殺されることが分かっているから、もうこのまま朽ちていくのも仕方がないと、諦めているのだ。
──その時。
不意に地面が揺れて、どこからかリオット族たちの騒ぐ声が聞こえてくる。
ルーフェンは、はっと顔をあげると、ハインツを見た。
ハインツは、複数ある洞窟の内の一つに視線を定めると、ぽつりと呟いた。
「土蛇……」
「土蛇が出たってこと?」
ハインツは、頷き様に走り出すと、いくつもある洞窟の枝道を、迷うことなく選んで駆けていく。
ルーフェンも、慌ててハインツを追いかけると、やがて二人は、昨日会合が開かれた広間へと出た。
広間には、沢山のリオット族たちが集まっており、そのすぐ近くには、巨大な土蛇が倒れていた。
全身の至るところに鋭い岩の槍が突き刺さり、だらんと舌を出して力なく横たわっているところを見る限りは、この土蛇は、既に死んでいるようだった。
集まって騒いでいるリオット族たちの間に、ハインツが身体をねじ込んで前に出ると、その中心には、若いリオット族の男が一人、脚を押さえて呻いていた。
脚には、鋭い刃物で抉られたような傷があり、そこからだらだらと赤黒い血が流れ出ている。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.165 )
- 日時: 2017/02/22 13:25
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……エルダ……」
ハインツが心配そうに近づくと、側にいたノイが、悲痛な面持ちで言った。
「仕留める直前に、土蛇に噛まれたの。さっきから、出血が止まらなくて……」
ノイの言葉に、リオット族たちは、こわばった顔でエルダを見た。
土蛇の牙には、毒がある。
噛まれてすぐに死に至るような猛毒ではないが、清潔な水や医療器具、薬などがないこの奈落の底では、致死率も低くはない。
「今から地上出て、人間見つけて、薬奪おう」
リオット族の一人が、強い口調で言った。
それに同調して、何人かの男たちが頷き合う。
ルーフェンは、その様子を遠巻きに眺めていたが、男たちが地上に出る準備を始めようとすると、素早くエルダに近づいていった。
「……そんなことしてたら、間に合わないよ。地上に出て、都合よく旅人や商人が見つかるか分からないし、見つかったとしても、戻ってくる頃には手遅れになってるかもしれない。薬なら、俺が持ってる」
そう言って、自分の荷物からアーベリトで買った傷薬を取り出すと、全員の視線が、はっとルーフェンに向いた。
しかし、エルダのすぐ近くまで来たところで、別のリオット族の男がルーフェンを強く睨んで、言った。
「ふざけるな! お前の助けなど、借りてたまるか!」
ルーフェンは、冷静に男を見つめ返した。
「……それじゃあ、その人が死んでもいいの?」
エルダを示してそう言うと、男がぐっと口を閉じる。
周囲のリオット族たちも、どうするか迷っている様子で、その場に立ち尽くしていた。
ルーフェンは、彼らの返事を待つことなく、荷物から出した小刀で自分の袖を切り裂くと、それでエルダの傷口の上部を縛り、止血した。
次いで、傷口から、出血する血液と共に毒液を口で吸い出して、ぷっと吐き捨てた。
ルーフェンは、毒液を吸い出しては吐き出すことを繰り返し、ようやく、ほとんど出血がなくなると、安心したように息を吐いた。
「血の色を見る限りじゃ、動脈からの出血ではないし、今のところ腫れてもいないから、きっと大丈夫じゃないかな」
そう告げると、その場にいたリオット族たちの顔に、わずかに血の色が戻る。
ルーフェンは立ち上がって、ノイに先程見せた傷薬を差し出すと、口を開いた。
「あとは、時々止血を緩めながら、完全に出血が止まったら、この薬塗って。でも、これは消毒と傷の治癒のための薬で、解毒作用があるかどうかは分からないから、オーラントさんに土蛇に噛まれた時に使うような薬を持ってないか、聞いてくるよ。土蛇のことなら、オーラントさんのほうが詳しいだろうし」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.166 )
- 日時: 2017/08/24 16:41
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンの説明を、リオット族たちは、どこか戸惑ったように聞いていた。
ノイは、ルーフェンが差し出す傷薬を、手に取ろうとして、しかし、ぐっと拳を握ると、首を横に振った。
「……いらない」
ルーフェンが、少し驚いたように瞠目する。
周りにいたリオット族たちも、意外そうにノイを見たが、ノイはうつむくと、絞り出すような声で言った。
「……私達は、長の命令があったから貴方をここに引き入れただけで、貴方に心まで許した覚えはない。私達に、これ以上関わらないで」
「…………」
ルーフェンは、微かに眉を寄せると、厳しい口調で返した。
「今は、心を許すとか許さないとか、そんなこと言ってる場合じゃないだろう? 君たちリオット族の、仲間の命がかかってるんだ。俺達のことが憎くて仕方ないのはわかるけど、そんな意地のために、仲間を見殺しにする気なの?」
ノイは、ぐっと唇を噛んで、エルダの方を一瞥した。
エルダは、傷の痛みに耐えながら、朦朧とした様子で荒い呼吸を繰り返している。
ノイは、ルーフェンから目をそらして、言った。
「もし、ここでエルダが死んだら……。……それが、エルダの運命よ」
ルーフェンは、顔をしかめて、思わず他のリオット族たちの表情も見渡した。
一人くらい、このノイの意見に反対する者はいないのだろうかと思ったが、誰もいなかった。
皆、辛そうに顔を歪めて、俯いているだけである。
ノイは、半ば睨むようにルーフェンを見ると、続けて言った。
「私達リオット族は、遅かれ早かれ、この奈落の底で全員死んでいくの。そういう運命なのよ」
「…………」
ルーフェンは、つかの間沈黙していたが、すっと息を吸うと、静かに言った。
「……昨日も言ったけど、本当にそう思ってるの? 俺には、君達が勝手にリオット族は滅ぶべきだって結論付けて、無理矢理納得しようとしているようにしか見えないよ。そんなの、運命でもなんでもない」
「……っ」
ルーフェンの言葉に、ノイは激昂した。
込み上げてきた怒りに身を任せ、ルーフェンの持っていた薬瓶を奪うと、思いきりそれを地面に叩きつける。
呆気なく割れた薬瓶を見ながら、ノイは大声で叫んだ。
「だったら何だって言うのよ!」
普段の落ち着いた態度が一変して、ノイの声が、広間中に響く。
「何もないこの地下で、長年苦しんできて、どう希望を持てと言うの! 私達にはもう、死ぬ以外の道が残されてないのよ! 生きることを諦めて、皆で必死に一族の死を受け入れようとしてるのに、私達の決意を引っ掻き回さないで!」
全身から押し出したような、ノイの絶叫を、リオット族たちは悲しげな表情で聞いていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.167 )
- 日時: 2017/08/24 16:44
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンは、凄絶な瞳でこちらを睨むノイを、しばらく見つめていた。
だが、そっと屈むと、割れた薬瓶の欠片を広い集めながら、ぽつりと口を開いた。
「……だから、本当は生きたいって気持ちがあるのに、どうして諦めるの? 理不尽なことを無理に納得して、受け入れようとする必要なんてないよ」
「……は?」
困惑したように、ノイが聞き返す。
ルーフェンは、拾った薬瓶の欠片をそっと荷物の中にしまうと、穏やかな声音で言った。
「辛くて苦しくて、諦めるしかなくなった時の気持ちは、俺にも分かるよ。今のままじゃ、死ぬ以外どうしようもないって嘆く気持ちもね。でも、俺ならこの状況をどうにかしてあげられるかもしれないって、昨日も言ったじゃないか。……今のままじゃどうしようもないって言うなら、俺が、君達の希望になることはできない?」
リオット族たちが、驚いたように目を見張る。
ルーフェンは、微かに笑みを浮かべた。
「突然現れた俺の言葉なんて、信用できないのは分かる。ましてそれが、君達をこの奈落に追い込んだ元凶の、王都の人間の言葉なら尚更ね。……でも俺は、本気で君達を地上に出したいんだ。別に綺麗事を並べてるつもりも、正義を振りかざしているつもりもない」
「…………」
「君達はきっと、心の底では、まだ生きたいって思ってる。だから、生き残れる可能性に繋がる一つの手段として、俺を利用すればいい。君達をここから出すことは、俺の願いでもあるからね。……信じてもらえるまで、俺はずっとそう言い続けるよ」
そう言って、荷物から水筒を取り出すと、ルーフェンは今度はノイの手をとって、それを握らせた。
「とりあえず今は、そのエルダさん、だっけ。どうにかしないと。オーラントさんから新しい薬とか貰ってくるから、その水飲ませておいて。……あとで、また色々話そう。ありがとう、君達の本音が聞けて良かったよ」
それだけ一方的に告げると、ルーフェンは、元来た道を戻っていってしまう。
ノイや他のリオット族は、複雑な表情で、じっと黙りこんでいた。
ハインツもまた、生まれてから一度も感じたことのなかったような不思議な気持ちで、遠ざかっていくルーフェンの後ろ姿を見つめていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.168 )
- 日時: 2017/08/24 19:23
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
* * *
「──い、おい。起きなくて良いのか? 若君がおらんぞ」
頭上から、ラッセルのしわがれた声が聞こえてきて、オーラントは跳ね起きた。
深い眠りに落ちないよう、座ったまま寝たはずだったのに、いつの間にか横たわって、爆睡していたらしい。
自分の上には、ルーフェンが寝るとき枕代わりにしていた、外套がかけられていた。
「……って、へ? あ!? ルーフェンは!?」
「だから、おらんと言っておろうが」
寝ぼけ半分にオーラントが叫ぶと、呆れたようにラッセルが答える。
オーラントは、ラッセルの顔を見てから、かっと目を見開くと、次いで、空になったルーフェンの寝床を見て、真っ青になった。
「げっ、あいつ……! 一人でどこ行った……!」
切迫した声で呟いて、オーラントが慌てて立ち上がる。
しかし、焦りのあまり、ルーフェンの外套に足を引っ掻けたオーラントを見て、ラッセルは苦笑した。
「落ち着け、地上の魔導師よ。同胞には、おぬしらに手を出すなと、わしからきつく言い聞かせておる。そう慌てずとも、若君は無事じゃろうて」
ラッセルの呑気な発言に、オーラントが、訝しげに目を細める。
昨日は散々リオット族に襲われたわけだし、正直、信用できないと思った。
だが、この迷路のような洞窟の中、どこに行ったのかも分からないルーフェンを探すのは難しそうだし、少なくともあのノイというリオット族の少女は、長の命令に忠実なようだ。
彼女がいれば、他のリオット族が暴れだしても止めてくれるだろうし、ルーフェンだって、戦えないわけでない。
焦って飛び出したところで、迷うだけだと自分を納得させると、オーラントは、再びその場に腰を下ろした。
そんなオーラントの様子を眺めながら、ラッセルは、ふと口を開いた。
「ずっと不思議に思っていたんじゃが、おぬしは、何故ここに来た? 若君と違い、おぬしは我らリオット族に好意的なようには見えん。このノーラデュースから我々を救いたいなど、思うておらんのだろう。召喚師の命令で、仕方無く着いてきたのか?」
問いかけられて、オーラントは、ラッセルの方に向き直った。
ここで敵意を見せれば、後々ルーフェンに怒られるかもしれない。
しかし、実際に自分は、リオット族に対して好意的ではないし、今更このラッセルの前で体裁を取り繕うのは、無駄なような気がした。
オーラントは、小さく肩をすくめた。
「まあ、そうだな。俺は、あの自由奔放なルーフェンぼっちゃんに巻き込まれただけですよ。サーフェリアの人間として、次期召喚師に死なれちゃ困るから、護衛してるようなもんです」
冷めた口調で言ってから、オーラントは、質問を返した。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.169 )
- 日時: 2017/08/26 09:29
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「でも、それを言うなら、あんただって何故俺たちに協力してる? 俺は、リオット族の牽制を仕事とする魔導師──つまり、あんたらの敵だ。リオット族を殺したことだってあるし、あんたたちにとっちゃ、憎むべき人間のはずだろう? ルーフェンの無茶苦茶な言い分だって、この奈落で朽ちていきたいと願っているリオット族にとっては、邪魔でしかないはずだ。それなのに、なんでわざわざ俺達を受け入れた?」
警戒するように、厳しい視線を寄越すオーラントの対して、ラッセルは、自嘲気味に笑った。
「何故受け入れたか、そうじゃのう……」
少し言葉を濁してから、ラッセルは目を伏せた。
「……若君の目を見ていたら、わしも、自分の選択が正しいのか、分からなくなってしまったのやもしれん」
言葉の意図を図りかねた様子で、オーラントが眉を寄せる。
ラッセルは、手首から先が欠如した右腕を擦りながら、静かに語り始めた。
「リオット病を抱えながら、わしはもう、随分長く生き永らえてしまった。もう生への執着はないし、このまま絶望と憎悪に苛まれて生きるくらいなら、リオット族は、この奈落の底で朽ちるのが良いと思い込んでおった。……じゃが、本当にそうなのか、不安になってしまったよ。わしのようなじじいと違い、若い連中は、まだ生に希望を見出だそうとしているのではないかと」
「…………」
オーラントは、黙ったまま、ラッセルの話に耳を傾けていた。
ラッセルは、細く息を吐くと、微かに俯いた。
「……元々、争いは好まん。ノーラデュースに侵入したおぬしたちが、わしの元に連れてこられたとき、速やかに地上に帰そうと思った。じゃが若君が、リオット族をこのノーラデュースから出したいと言ったとき、そんな無謀なことを考える者が、地上におったのかと驚いた。同時に、少し賭けてみたくなったのじゃ」
目をつぶり、ラッセルは続けた。
「地上に出た先に、希望があるとは思えぬ。再び、絶望を味わうことになるやもしれん。しかし、これからを生き、リオット族の未来を決めるのは、わしではなく、若い衆であるべきじゃ。若君の言葉を聞くか、聞かないかも、ノイたち若い衆に任せようと思う……」
「……そうか」
神妙な面持ちで返事をしたオーラントに、ラッセルは言い募った。
「それにのう、年甲斐もなく、嬉しかったのじゃ」
そう言って、ラッセルは、オーラントに自らの左手を見せた。
その掌は、乾いた地表のようにひび割れ、震えており、その節くれだった指先は変形して、黒ずんでいる。
到底人のものとは思えない、その掌を見ながら、ラッセルは微笑んだ。
「わしが手を差し出したとき、若君は、すぐに握り返してくれた。こんな汚い手、普通の人間ならば、触るのも躊躇しそうなもんじゃが……。それが、わしは嬉しかった。リオット族のことを気にかける人間が、まだおったのかと思ったよ」
初めてルーフェンの手を握ったときのことを思い出して、ラッセルは目を細めた。
リオット病で硬化し、岩のように分厚くなってしまった手では、もう握ったものの感触は分からない。
それでも、ルーフェンに手を握り返された時、何か暖かいものに触れたような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.170 )
- 日時: 2017/09/03 18:23
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: n3KkzCZy)
ふうと息を吐いて、ラッセルは、穏やかな声で言った。
「……不思議な子じゃ。奴隷として王都にいた頃、召喚師の姿は何度も見たことがあったが、若君は、その誰とも違うように見える」
オーラントが、ふと顔をあげる。
その目を見つめて、ラッセルは、オーラントに向き直った。
「召喚師一族として、同じように王宮で育って、あんなにも違う雰囲気を纏うようになるものなのじゃろうか。これまで見てきた召喚師も、皆、どこかほの暗い空気を帯びていた。だが若君からは、その暗い空気の奥に、強い熱のようなものを感じる。子供だからと気を緩めれば、うっかり取り込まれてしまいそうなほどの、強い強い熱が……」
「…………」
ラッセルの言葉を聞きながら、オーラントは、思わず息を飲んだ。
ラッセルの言うその熱に、オーラントも覚えがあったからだ。
ルーフェンに同行して、ヘンリ村の跡地に行った、あの時。
アーベリトを救うため、再びリオット族を王都に連れ戻すのだと語るルーフェンを、最初は、幼い次期召喚師の夢物語だと、聞き流そうと思ったのだ。
それなのに、ルーフェンの目を見ている内に、そんな風には考えられなくなった。
そして、リオット病の謎を解き明かしてしまった頃には、いよいよ、ルーフェンなら本当に、リオット族を奈落から出してしまうかもしれない、とさえ思うようになった。
ルーフェンと向き合っていると、時折、とてつもない力に引っ張られているような感覚に陥る。
遥かな遠くを透かして見る、彼の銀の瞳には、ラッセルの言うような、力強い熱が灯っているのだ。
半ば強引だったとはいえ、その熱に取り込まれてしまったからこそ、オーラントも、今ここにいる。
オーラントは、眉間に皺を寄せると、ラッセルを見つめ返した。
「確かにあいつは……ルーフェンは、普通の召喚師とは、違うのかもしれない。ルーフェンは、王宮で生まれ育ったわけじゃないんだ」
ラッセルは、少し驚いたように眉をあげた。
微かに首を振って、オーラントは続けた。
「俺も、王都にはほとんどいないから、詳しくは知らん。だがルーフェンは、ヘンリ村っつー貧村で見つかって、王宮に連れてこられたんだ。ヘンリ村は、落雷で焼け野原になっちまったらしいが、ルーフェンは、その中で唯一の生き残りだったんだと」
「ほう……道理で、このノーラデュースの荒れ具合にも、動じぬわけか」
「……ああ」
返事をしながら、オーラント自身も、そうか、と思った。
妙に適応力がある奴だとは思っていたが、そういうことだったのか、と。
普通、王宮で生まれ育った者ならば、土蛇の腐肉を食らうリオット族の姿を見た時点で、かなりの衝撃を受けるはずである。
しかしルーフェンは、リオット族たちの生活を見ても、驚いてすらいなかった。
おそらく、幼少期ヘンリ村で育ったルーフェンにとっては、腐肉を食らう光景など、珍しいものでもなかったのだろう。
次期召喚師がヘンリ村から見つかったという噂は、王都から、遠く南にも届いていたから、オーラントも知っていた。
知っていたが、だからといって、ルーフェンの生い立ちなど考えたことがなかった。
ルーフェンからは、年相応の子供らしさがあまり感じられない。
その理由がわかった気がして、オーラントは言葉を失った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.171 )
- 日時: 2017/09/10 17:54
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
その時だった。
「なに話してるんですか?」
突然、背後からルーフェンの声が聞こえてきて、オーラントはその場から飛び退いた。
「びっ、びっくりしたぁー……気配消して近づかんで下さいよ」
ルーフェンは、冷めた視線を送ると、大袈裟な口ぶりで返した。
「気づかないほうがどうかと思いますよ? 宮廷魔導師のくせに」
「ほんっとお前、可愛げがねーな」
ぴきっと青筋を立てて、オーラントが言う。
しかし、そんなオーラントの文句は無視して、ルーフェンは自分の荷物をごそごそと漁り出した。
「それより、オーラントさん。土蛇の毒に効く、解毒剤とか持ってませんか? リオット族のエルダさんって人が、さっき土蛇に噛まれたんです」
アーベリトで買った、二本目の傷薬を荷から取り出しながら、ルーフェンが問う。
ラッセルは、ぴくりと眉を上げると、ルーフェンを見た。
「エルダじゃと? 大丈夫なのか?」
珍しく声音を強めたラッセルに、ルーフェンは頷いた。
「出血も酷くありませんし、少なくとも、命に別状はないと思いますよ。何の処置も出来なければ、危険だったかもしれませんが、幸い俺達が薬を持ってますから」
ラッセルが、どこかほっとしたように、息をつく。
その様子を見て、ルーフェンは微かに微笑んだ。
ラッセルは、ちゃんと同胞のことを想っている。
ラッセルだけではない。
先程広間にいた全員が、エルダのことを心配していた。
もしリオット族たちが、本当にノーラデュースでの死を望んでいるなら、仲間の死を恐れたりはしないだろう。
やはり彼らは、自分達は滅ぶべきだと、無理矢理言い聞かせているだけなのだ。
オーラントは、ルーフェンの問いに頷くと、自分の荷物を手繰り寄せた。
「ああ、土蛇の被害には、俺達魔導師も遭ってますからね。解毒用の飲み薬が、どっかに入れてあったはずだが……」
そう言って、オーラントが、荷物から目当ての薬瓶を探し始める。
ルーフェンは、その様をぼんやりと見つめながら、ふと口を開いた。
「ラッセル老……このあと、また皆のことを集めてくれませんか?」
ラッセルが目線を上げて、ルーフェンを見る。
ルーフェンも、ラッセルの方を向くと、はっきりとした声で言った。
「もう一度だけ、皆を説得する機会を下さい。今度こそ、ちゃんと話を聞いてもらえるように、貴方たちに向き合いたいから」
ルーフェンの銀の瞳に浮かぶ、強い光を見ながら、ラッセルはゆっくりと頷いた。
To be continued....