複雑・ファジー小説

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.17 )
日時: 2017/11/04 17:45
名前: 狐 (ID: C8ORr2mn)

†第一章†——索漠たる時々
第一話『排斥』


 シュベルテがサーフェリアの王都となって、今年で五百年目を迎えた。
今日は、その式典が開かれる日で、シュベルテ中がこれまでにないほどの賑わいを見せている。
式典自体は毎年行われているが、五百年目ということで、今回は特に盛大な規模だったのである。

 王宮では、各街の領主や貴族たちが集まって、王族を囲んでの晩餐会を始めていた。
そこには、当然召喚師一族も出席が義務付けられており、ルーフェンは人目から外れた広間の隅で、窓の外を眺めていた。

 華やかに飾り付けられた広間に、豪華な食事。
誰もが羨むであろう祝いの席だが、街に降りた方がずっと楽しいだろうと、ルーフェンは常々思っていた。

 こういった席は、晩餐会と称した腹の探り合い会に過ぎない。
あるいは、家柄への媚売り会、娘を嫁がせたい貴族達のご機嫌とり会、とも言えるだろう。

 嫌悪感がする、とまではいかないが、息が詰まるのは事実だった。
わざとらしい笑顔を浮かべて、機嫌をとられるのはもちろん、立場上こちらも相手が機嫌を損ねないように接しなければならない。
それが、些か苦痛だった。

 とはいっても、最近はそれさえ癖になって、なにも感じなくなってきた。
慣れとは恐ろしいものである。

「ルーフェン、窓の外なんか見て、どうしたの?」

 背後から可愛らしい声がして、ルーフェンは我に返った。
振り返ると、鮮やかな巻き毛の金髪の少女が、笑みを浮かべて立っていた。
第一王女のフィオーナ・カーライルだ。

 その横には、銀のドレスを来たブルネットの少女が、恥ずかしげに立っている。
どこかで見たような顔だったが、いまいち思い出せなかった。

「どうもいたしませんよ、フィオーナ姫」

 如才なく微笑んで見せると、隣のブルネットの少女の顔が、一瞬で赤くなった。

「あの、次期召喚師様……お、お久しゅうございます。えっと……」

「ご機嫌麗しゅう存じます。再びお会いできて光栄です」

 緊張からか、上手く話せない少女の手を取って軽く口づけると、彼女が更に真っ赤になって黙り込んだ。

「……この子、あまりそういうのは慣れてないのよ。社交界にも、最近出てきたばかりなんですもの」

 フィオーナに睨まれて、ルーフェンは苦笑した。
そしてブルネットの少女を一瞥すると、優雅に礼をした。

「それは、大変失礼いたしました。お顔が赤いようですので、何か冷たい飲み物でも持ってこさせましょう」

 慇懃(いんぎん)にその場を誤魔化して立ち去ると、ルーフェンは近くにいた使用人に飲み物をフィオーナ達の元へ持っていくよう告げて、そのまま人気のないバルコニーへ出た。
晩餐会中にこんなところへ出る人はほとんどいないから、ここにいればしばらく人目を避けられるだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.18 )
日時: 2016/08/21 13:31
名前: 狐 (ID: yWbGOp/y)

 冷たい夜風に当たりながら、シュベルテの街を見下ろすと、そこは見渡す限り人で埋め尽くされていた。

 どの通りにも、露店が所狭しと立ち並んでいる。
様々な色合いに装飾された街は、高いところから見ると息を飲むほど綺麗だった。

 加えて、今日ばかりは各店の予算を公費で落としているらしく、酒や食べ物全てが無料同然になっているため、旅人達も数多く訪れているようだった。
街全体が、楽しげな雰囲気に包まれている。

(……色んな、世界があるんだな)

 家族すら食い殺そうとするヘンリ村での生活が脳裏に蘇って、ルーフェンはふと思った。
別に、だからといってシュベルテの民が妬ましいとか、そういった感情は抱いていない。
ただ、同じ国の民であるのに、どうしてこうも差があるのかと疑問に思った。
現に、自分は底辺から上流階級での暮らしに移ったのだ。

 物思いに耽っていると、すぐ近くに誰かの気配がした。
今度は誰だと、面倒に思う気持ちを抑えながら振り返ると、アレイドが立っていた。

 彼は、自分のように面倒だからといって、人気のないところに身を隠すような性格ではないから、おそらくルーフェンを追ってきたのだろう。
アレイドは、他の二人の兄——ルイスやリュートと違い、ルーフェンに話しかけてくることが多いのだ。

「兄さん、ロゼッタ嬢たちとは、もう話さなくていいの?」

「……ロゼッタ嬢?」

 興味がなさそうに聞き返してきたルーフェンに、アレイドは眉を下げた。

「さ、さっき話してたじゃない。フィオーナ姫と……ほら、ハーフェルンの領主様のご息女だよ。この前、花祭りの時にもお会いしたでしょう?」

「ああ……そういえば、そうだった気がする」

 ハーフェルンは、シュベルテの北にある港町である。
なかなかに発展した街で、おそらくシュベルテの次に大きいだろう。

 アレイドは、ルーフェンと広間とを交互に見て、困ったように言った。

「……よ、良かったの? 多分、兄さんともっと話したかったんじゃないかな……ロゼッタ嬢……」

 ルーフェンは、わざとらしく肩をすくめた。

「さあ? どっちにしても、戻る気はないよ。……まあ君が素直に、ロゼッタ嬢と話したいからついてきてって言うなら、考えるけど」

「ちっ、違うよ! そんなんじゃ——!」

「そ。じゃあ戻らない」

「…………」

 分かりやすく肩を落としたアレイドとは対照的に、ルーフェンはふっと笑うと、再び街の方を見た。

 ルーフェンは、王宮に身を置くようになったこの六年間で、すっかり少年らしくなっていた。
身長も随分と伸びたし、当初は上流階級としてのことなど何一つ身に付けていなかったが、今は文字も作法も覚え、次期召喚師として多くの魔術を使えるようにもなった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.19 )
日時: 2017/12/16 19:06
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 さあっと吹いた夜風に、ルーフェンの銀髪が靡くのを見ながら、アレイドは、やはり彼こそシルヴィアの息子なのだろうと感じた。
未だに、彼を我が子ではないと言い張っている母、シルヴィアだが、その銀髪も、整った顔立ちも、そして魔術の才も、血が繋がっているとしか思えないほど似ている。

 アレイドは、小さな頃は母の言葉を鵜呑みにして、ルーフェンから遠ざかるように生活していたが、今は兄弟として、その距離を縮めたいと思っていた。
こんな気持ちを母や他の兄達が知ったら、良い顔はしないだろう。
それは分かっていたが、ルーフェンとは年の差も一つしかなかったし、単純に仲良くなりたかったのだ。

 ただ、ルーフェンには、どこか人を寄せ付けない独特の雰囲気があった。
普段共に過ごしているときは、そんなこと微塵も思わない。
しかし、一人で物思いしている時のルーフェンからは、とても十四の少年とは思えない、深く暗い静けさを感じることがある。
それは、時折、自分と彼は薄い壁を隔てて違う世界にいるのではないだろうかと感じるほどだった。

 だから、どんなに仲良くなろうと思っても、ルーフェンにはあと一歩というところで、距離を置かれているような気がした。
薄壁一枚分、線一本分、そんな本当にわずかな距離だけれども、近づくと彼はいつも逃げてしまっている感じがするのだった。

 広間の方から、わぁっと拍手が沸き起こった。
驚いてそちらを見ると、国王エルディオが何やら壇上で話しているようだ。
バルコニーにはほとんど声は届いていなかったし、何を話しているのかはっきりとは分からなかったが、単に式典の挨拶というだけのことだろう。

 アレイドがぼんやりとその様子を眺めていると、ルーフェンが街を見下ろしたまま呟いた。

「……戻りたいなら、戻った方がいいよ。二人も広間にいないってなると、流石にばれるかもしれない」

 アレイドは、首を横に振った。

「僕は、いいよ。兄さんこそ、戻った方がいいんじゃないかな……次期召喚師だもん」

「……俺はしばらく戻らないよ、面倒くさい」

「でも、兄さんと話したいって人、沢山いたよ?」

「…………」

 煩わしい、とでも言いたげに軽く睨まれて、アレイドは黙り込んだ。
しかし同時に、ルーフェンがアレイドの背後を見て、硬直した。

 アレイドの影に、別の影が重なる。
微かに香る花のような甘やかな匂いに、アレイドがゆっくりと振り返ると、そこにはシルヴィアが立っていた。

「母上……」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.20 )
日時: 2017/12/16 19:03
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 アレイドが呟くと、シルヴィアはふわりと微笑んだ。

「こんなところで、何をしているの? まだ晩餐会の途中でしょう。戻りなさい、アレイド」

「は、はい。すみません……」

 慌てて頭を下げ、顔をあげると、ルーフェンが素早くシルヴィアの脇を抜けて、室内に入っていくのが見えた。
表情は伺えなかったが、きっとルーフェンは、恐ろしく冷たい表情をしているだろう。
彼は、シルヴィアに対して、いつもそうだった。

 一方シルヴィアは、ルーフェンには目もくれずに、アレイドの手を握ると、そのまま室内に導いた。
その手はまるで絹のようになめらかで、白く美しい。

「……あの、母上。ルーフェン兄さんと話したこと、怒ってますか?」

 か細い声で問いかけると、シルヴィアは優しげな顔でこちらを見た。

「……話して、楽しかった?」

「…………」
 
 楽しい、とは少し違う気もしたが、ルーフェンとは仲良くなりたい。もっと話してみたい。
アレイドは、そう言いたかった。

 しかし、穏やかなようで、どこか威圧感のあるシルヴィアの言葉に、アレイドは何も言うことが出来なかった。
どうして自分には、こうも度胸がないのだろうと、時々悲しくなる。

 シルヴィアは、何も言わないアレイドを見つめながら、にこりと笑んだ。

「楽しくなんて、ないわよねえ。だってあの子、シェイルハート家の子ではないんですもの」

「……はい……」

 シルヴィアの笑顔につられるように、力ない笑いを浮かべて、アレイドはそう返事をした。

 ルーフェンのこととなると、シルヴィアは「我が子ではない」と、その一点張りだった。
今や、誰もがルーフェンを次期召喚師として認め、シルヴィアの子だと認知しているにも拘わらず、だ。

 シルヴィアは、世間的にも美しく気高い召喚師として、立派な地位を築いていたし、当然アレイドも、そんな母を慕っていた。
だが、繰り返し繰り返し、壊れたようにルーフェンの存在を否定するシルヴィアは、少し異様だと思うこともあった。

 今更、いくら「ルーフェンは自分の子ではない」と言ったところで、もう彼が次期召喚師であることは絶対に揺らがない。
それでも、ひたすらそう主張するシルヴィアは、まるでその言葉を自分に言い聞かせているようで──。

 常に浮かべられたその笑顔の裏で、母は何を思っているのだろうと考えるようになったのは、つい最近のことであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.21 )
日時: 2015/06/07 16:35
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 1866/WgC)


 背筋にざわめくような寒気を感じながら、ルーフェンはバルコニーから遠ざかった。

 シルヴィアの笑顔は、相変わらず気味が悪い。
人々は彼女を美麗だと讃えるが、なぜその美麗さの奥に恐怖を感じないのか、ルーフェンは不思議でならなかった。

 時間が流れることを知らないかのように、いつまでも若く、変わらぬ姿の女。
瞳には何も映さず、微笑む以外の表情は一切浮かべない女。
まるで、精巧に作られた人形のようじゃないかと、ルーフェンは思う。

 鼓動が速くなり、胸が苦しくなってきた。
今にでもこの広間を抜け出して、自室に戻りたいと思ったが、流石にそういうわけにはいかない。

 後ろを見て、シルヴィアとアレイドの元から十分に距離をとったことを確認したとき。
前を見ていなかったせいで、ルーフェンは、どんっと何かにぶつかった。
その衝撃で我に返って前を向くと、目の前には上品な口髭を蓄えた、中年の男が立っていた。

 そのすぐそばに、先の少女──ロゼッタが寄り添っているのを見て、ルーフェンは、すぐにこの男が彼女の父、ハーフェルンの領主クラーク・マルカンであることを思い出した。

「おお、次期召喚師様ではありませんか」

 葡萄酒の入ったグラスを片手に、クラークは快活な様子で言う。
ルーフェンは、悟られぬ愛想笑いを浮かべると、一歩さがって畏まった。

「……申し訳ございません。私の、前方不注意だったようで」

「いやいや、とんでもない。こうしてお会いすることが出来たのだ、光栄の至りに存じますぞ」

 クラークは、大袈裟に手を広げて、歓迎の意を表した。
すると、彼の声につられるようにして、周りから人が集まってきた。

 皆、各街の領主や貴族というだけあって、それぞれ煌びやかで上品な身なりをしている。
しかし、途端に周囲に充満する香水のきつい匂いが、ルーフェンにとっては不快だった。

「聞きましたぞ、次期召喚師様。なんでも、魔術で大変優秀な成果を残されているのだとか」

「いえいえ、魔術だけでなく、文武共に秀でていらっしゃるとも」

「これで、サーフェリアの未来に憂いはありませんわ」

「何せ、次期召喚師様はたった八歳で召喚術を成功させたのだから」

「次期召喚師様がいれば、サーフェリアはこれからも安泰ね」

 口々に称賛の言葉をかけてくる人々を、まるで蠢く絵のように感じながら、ルーフェンはその一つ一つに笑顔で応えた。
その一方で、胸の中にはどす黒い感情が沸き起こってくる。

──次期召喚師様!
──次期召喚師様!
──次期召喚師様!

──どうか、この国を守って。
──どうか、お願いします。
──どうか、どうか……。

 破れ鐘のように頭を廻る、声。

 思わず耳を塞ぎたくなるようなこの声を、王宮に入ってから、ルーフェンは何度聞かされたことだろう。
全て、世の真実を見ようとしない、無知な愚か者どもの戯言だとしか、思えなかった。

 無意識の内に、ルーフェンの拳に力が入った。

(……サーフェリアなんて、どうでもいい)

 こうして波風立てまいと笑顔で対応しているのは、刹那的に己の居場所を王宮内に作っているだけだ。
今、ここで宮殿を追い出されたら、自分には他に行く宛などないのだから。
別に居場所さえあれば、すぐにでも本音をぶちまいて、こんな牢獄のような場所、出ていってやるのに。
そう心の中で毒づきながら、ルーフェンはただ、下心の滲む人々の言葉に、耳を傾けていた。

 サーフェリアの平和、安定。
それを守るべき召喚師の運命、役割。
そんなものを果たす義理はないし、興味もない。

(俺は、絶対に召喚師になんか、ならない……!)

 シルヴィアを初めて見たときから、心に居座り続けている、この強い思い。
だがそれ以上に、召喚師を縛る鎖が強いことを、ルーフェンはまだ知らなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.22 )
日時: 2017/12/16 19:12
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 自室に戻り次第、倒れこむように眠りについたルーフェンは、明け方に一度目を覚ました。
ふと自分の格好を見てみれば、まだ晩餐会用の正装を着たままでいる。
道理で窮屈なはずだと納得して、ルーフェンは部屋着に着替えた。

 窓を開けると、ひんやりとした空気が部屋に流れ込んできた。
同時に、早朝とは思えぬ喧騒が、微かに耳に入ってくる。

 こんな早くに、何かあったのだろうかと部屋を出ようとすると、扉に手をかける前に、こんこん、と外側から扉を叩く音が聞こえた。

「次期召喚師様、朝早くに申し訳ございません。少々よろしいでしょうか」

 侍女の、アンナの声だった。

 ルーフェンは、返事をする代わりに扉を開くと、眼下で控えるアンナを見た。

「……なに?」

「あの……召喚師様が、お倒れになって……」

 アンナは少し慌てた様子で言ったが、ルーフェンは至って落ち着いていた。
ただ冷静に、だから先程から騒がしいのか、と頭の中で結論付ける。

「今すぐ、離宮の方にお越し下さい。ルイス様方も、既に集まっていらっしゃいますので……」

 ルーフェンは、離宮の方に視線をやった。
召喚師の家系は、本来離宮で寝食しているのだが、ルーフェンだけは、離宮に近い本殿のこの部屋を自室としている。
これは、ルーフェン本人の希望で、最近移したものであった。

 ルーフェンは、小さく溜め息をついた。

「……行かない。俺が行ったって、どうにもならないでしょ」

 淡白に答えると、アンナはすがるようにルーフェンを見た。

「お母上様が、お倒れになったのですよ? 次期召喚師様が傍に居てくだされば、召喚師様もきっとご安心なさいます」

「…………」

 力説するアンナを横目に、再度溜め息をついて、ルーフェンは上着を羽織った。

 ルーフェンが近くにいれば、シルヴィアが安心するなどということは、まずあり得ないだろう。
だが、そんなことをアンナに言っても、仕方がないと思った。

 王宮内には、ルーフェンとシルヴィアの間に深い亀裂があることを、よく理解していない者も多い。
アンナも、ルーフェンの世話をすることが主な侍女だったが、その内の一人だった。

 しかし、だからといって、ルーフェンはこの気持ちを理解してほしいとは思っていなかったし、またシルヴィアも、不仲なことを表に出すつもりはないようだった。

(……どうせ、またいつもの理由だろ)

 シルヴィアは、最近体調を崩すことが多く、こうして呼び出されることは度々あった。
だから、今回もその類いだろう。

 そう淡々と考えながら、アンナを連れて部屋を出る。

 空には、見渡す限りの曇天が広がっており、大気は思ったよりもずっと冷え込んでいた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.23 )
日時: 2017/12/16 19:15
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 シルヴィアは、離宮の最上階──自室の寝台の上に横たわっていた。
ただですら白い顔を真っ青にして、微かに口を開いたまま、目を閉じている。

 既に来ていたルイスやリュート、アレイドも、不安を隠せない様子で、寝台の脇に立ち尽くしていた。
確かに、今回はいつもよりも体調の崩し方が深刻なようだ。
アンナが必死にルーフェンを呼びに来たのも、頷ける。

 ルーフェンが部屋に入ってくると、気づいたアレイドが近寄ってきて、小声で言った。

「昨晩、晩餐会が終わった時から具合が悪かったみたいなんだけど、今朝侍女が様子を見に来た時から、声をかけても眠ったまま起きないんだ……」

「……そう」

 ルーフェンは、入ってすぐの壁際に寄り掛かると、短く返事をした。

 シルヴィアの腕をとり、脈を確かめている宮廷医師に、リュートが苛立ったように言った。

「おいレック、早く治療をせぬか。先程から、何もしていないではないか!」

 年老いた宮廷医師は、首を横に振った。

「これ以上は、何も……。召喚師様は今、体内の魔力が急激に減少している状態にございます。ちょうど今は、召喚術の才が次期召喚師様に遷っている時期なのかもしれません。とすれば、ただ回復を待つしか……」

 その瞬間、宮廷医師に集中していた視線が、ルーフェンに注がれる。
ルーフェンは、居心地が悪そうに眉を寄せて、低い声で言った。

「……俺のせいだと、言いたいんですか」

 ルーフェンの問いに、返事をする者はいない。
しかし、この不穏な空気を払拭せねばと焦ったのか、宮廷医師が慌てて立ち上がった。

「いっ、いいえ! この現象は必ず、起こるべくして起こることなのです。召喚術の才が遷るということは、召喚師様のお身体に大きな負荷がかかるということ。歴代の召喚師様にも、こういった体調不良は当然ございました。決して、次期召喚師様のせいなどということは──」

「そうだとしても、今回の母上の衰弱ぶりは異常だ。事態の責任の追及など、どうでもいい。今は母上の回復を考えるべきでしょう」

 宮廷医師の言葉を遮って発言したのは、長男のルイスだった。
その鋭い声音に、アレイドやアンナは、思わずびくりと顔をあげる。

 ルイスは、とん、と手を額に当てて目を閉じると、やがて何か思い付いたように口を開いた。

「ルーフェン、母上に魔力を送って差し上げることはできないのか。お前の魔力の波長が、母上のものに一番近い。拒絶反応も起きないだろう」

「…………」

 再び全員の視線を受けて、ルーフェンはぐっと黙りこんだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.24 )
日時: 2017/12/16 19:18
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 魔力とは、その発現に得手不得手はあるものの、人間や精霊族ならば誰もが持っている体内のエネルギーのようなものである。
その波長は一人一人違うため、他人に自分の魔力など流し込めば、本来は拒絶反応を起こしかねないのだが、血族間の波長が似た者同士であれば、魔力の貸し借りも出来る場合が多かった。

 そして、シルヴィアとルーフェンの場合でも、それはおそらく可能なことで、もし成功すれば魔力量の増加、回復が望める。
仮に、そのせいで魔力の乱れが生じたとしても、シルヴィアはランシャムの魔石から作られた耳飾り──代々召喚師に伝わる緋色の耳飾りを身に付けているから、問題はないはずであった。
この耳飾りには、魔力量を制御する効力があるのだ。

 シルヴィアに触れることはあまりしたくなかったが、ここで拒否すれば周囲の反応が面倒である。
ルーフェンは、ごくりと唾を飲むと、ゆっくりとシルヴィアの白い手に、腕を伸ばした。
すると、その時。
 
──殺せ……!

 突然、頭に声が響いて、ルーフェンは弾かれたように後ろに飛び退いた。

──我に力を与うる、血肉を捧げよ……。
──殺せ……!
──殺せ……!

 脳内にこだまする恐ろしい声に、耳を塞いでしゃがみこむ。
同時に蘇った六年前の記憶に、ルーフェンの全身から脂汗が噴き出した。

(あの時の……! ヘンリ村で聞こえてきた声……!)

 全てを引き裂く雷鳴と、灰になった村。
それを、ただ呆然と、けれど確かに見ていた自分。
今なお鮮明に思い出される光景に、ルーフェンは浅い呼吸を繰り返しながら、身体を震わせた。

「おい、どうした?」

 声をかけてきたリュートを、蒼白な顔で見上げると、ルーフェンは言った。

「で、できない……」

「……なんだと?」

「触れようとすると、声がするんだ……! この声は聞いちゃいけない! 絶対に悪いことが起こる……!」

 普段物静かなルーフェンの錯乱した様子に、その場にいた全員が、一瞬言葉を失った。
だが、リュートはすぐに眉をしかめると、ルーフェンの胸ぐらを掴んで立たせ、怒鳴った。

「できないってどういうことだよ! まだやってもいないだろ! 早く母上に魔力を──」

「うるさいっ!」

 銀色の眼が、強くリュート睨み付ける。
ルーフェンは、自分より一回り大きなリュートの身体を押し退けると、大声で叫んだ。

「大体、魔力の受け渡しなんて成功する訳ない! 俺は、この人の息子じゃないんだから……!」

「なっ、お前、まだそんなこと言って……!」

 ルーフェンは、横たわるシルヴィアを指差した。

「俺じゃない! この人が言ってんだろ! 息子じゃない、息子じゃないって、馬鹿の一つ覚えみたいに! いっつもこいつが、俺を拒絶してるんだ!」

「────っ!」

 途端、リュートは、怒りに任せてルーフェンを殴り付けた。
だんっ、と音を立てて、ルーフェンが激しく壁に叩きつけられる。
それでも、怯むことなく睨み付けてくる銀色の眼に、リュートの怒りは益々増幅した。

「黙れ! 母上を侮辱するな! お前がそんな風だから、母上だって息子と認めたくないんだろう……! 召喚術の才が歴代に比べて優れてるんだか知らんが、調子に乗るなよ!」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.25 )
日時: 2017/12/16 19:20
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 更に言い募ろうといきり立つリュートを、ルイスが止めた。

「二人とも、いい加減にしないか」

 落ち着きつつも、静かな迫力が感じられる声に、リュートは押し黙る。
しかし、まだ納得がいかないと言った様子の彼に、ルイスは一つため息をつくと、次いで壁際でうずくまっているルーフェンを見下ろした。

「ルーフェン、声とはなんのことを言っている。分かるように説明してくれ」

「…………」

 ルーフェンは、口の端に滲んだ血を拭うと、リュートを一瞥してから、ルイスを見た。

「知らな……知りません。ただ、何かが私に、殺せ殺せと語りかけてきました。あれは、王宮に来る前にも聞いたことがあります。おそらく……」

「……おそらく?」

「……いえ、なんでもありません」

 ルイスから視線を反らして、ルーフェンは口を固く閉じた。

 おそらく、身の内の悪魔の声です。
こう答えることは、ルーフェンには出来なかった。
否、したくなかった。
あれを悪魔の声だと認めれば、召喚術の才が己の内にあると、認めているようなものだからだ。

 息子ではないと繰り返す母親と、召喚師にはなりたくない自分。
真実がどうであれ、この二つの条件が揃っているなら、いっそ自分は本当にシェイルハート家の子ではないということにして、召喚師を継がなければいいと、ルーフェンは考えていたのだ。

 不意に、「失礼いたします」と外から侍従の声がして、扉が開かれた。
そうして部屋の中に入ってきたのは、国王のエルディオ・カーライルであった。

 一斉に頭を下げた皆に対し、顔をあげるように指示を出すと、エルディオは悠然とシルヴィアの寝台に近づいていく。
筋骨隆々とした大柄な身体に、更に分厚い毛皮のマントを纏ったその姿は、さながら熊を思わせた。

「……シルヴィア」

 エルディオがそう声をかけると、眠っていたシルヴィアが、ゆっくりと瞼を上げた。

 シルヴィアは、まだ夢見心地な様子で、慌てて近寄ってきた息子達や宮廷医師、そして最後にエルディオを瞳に映すと、柔らかく微笑んだ。
 
「ああ、エルディオ様……」

 すっと手を伸ばして、エルディオの頬に触れる。
エルディオは表情を変えず、返答することもなかったが、それでもシルヴィアは、幸せそうな表情をしていた。

 ルーフェンは、それらを遠巻きに見ながら、放心して立っていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.26 )
日時: 2017/12/16 19:22
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)

 シルヴィアの、あんな表情は見たことがなかった。
普段浮かべている、冷たく余所余所しい笑顔ではなく、本当に心の底から安心したような、穏やかな微笑。

 体調不良のせいで、いつも以上に顔に血色はないのに、エルディオに対するシルヴィアの先程の顔は、これまで見た中で最も生き生きとしているように見えた。

(あんな顔、できるのか……)

 ルーフェンは、リュートに殴られた頬を擦りながら、よろよろと立ち上がった。

 ずっと、感情の欠如した人形のような女なのかと思っていた。
誰に対しても笑顔を浮かべて、何を考えているのかも分からない、気味の悪い女だと。

 けれど、もしかしたらそう見えていたのは、自分だけだったのかもしれない。
シルヴィアは、嫌っている相手に冷たく接しているだけで、本当はちゃんと感情を持っているのだ。

(あいつ、陛下のこと愛してるんだ……。きっと、その子供であるリュートのことも、他の息子達のことも……。だから、あんな顔するんだ)

 そう考えると、これまでの出来事を、冷静に整理することができた。
ルイスやリュート、アレイド達にとって、道理でシルヴィアは優しい母親でしかないわけだ。

 穏やかな笑顔のシルヴィアは、美しく優しい母であり、そして国の誇る召喚師だ。
そんな彼女と並べられれば、ヘンリ村を焼きつくした挙げ句、のうのうとシルヴィアの息子という肩書きで王宮入りしたルーフェンのほうが、悪者になるのは当然である。

 これまで理不尽な仕打ちを受けていると思っていた自分が、ひどく馬鹿馬鹿しく感じられた。

(なんだ、結局……邪魔なのは俺か)

 全てのことに納得がいったのと同時に、ルーフェンの胸に、深い虚しさが広がった。

 自分はこんなにも邪険にされているのに、それに耐えてまで王宮にいる必要は、あるのだろうか。
別に、ルーフェン自身ここにいたいわけではない。
他にいく場所がないから、とりあえず次期召喚師として居座っているだけだ。

(……このまま、王宮を出たら……)

 出たら、どうなるだろう。
シルヴィアの目覚めを喜ぶ面々を見ながら、ふと思った。

 きっとこの銀の髪と瞳では、シュベルテでは暮らせないから、どこか遠くに行くことになるだろう。
遠くに行って、そこで仕事を探して金を稼ぎ、暮らす。
また雨風すら凌げないような小屋で、毎日貧しさに苦しむことになる可能性もあるが、ここでこのまま召喚師になるよりは、いいかもしれない。

 飢えと渇きの恐怖は、八歳までの生活で身に沁みて分かっている。
しかし、その生活に戻るという選択肢が浮上するくらいに、王宮での暮らしには嫌気が差していた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.27 )
日時: 2015/09/12 00:43
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 4xvA3DEa)


 ルーフェンは、こっそりと扉を開けると、シルヴィアの部屋を抜け出した。
長い螺旋階段を降り、離宮から廊下に出て、本殿の自室に向かう。

 途中、自分を追って同じように螺旋階段を降りてくる足音がしたが、ルーフェンはそれを無視して歩き続けた。
むしゃくしゃして、とにかく動いていないと頭がおかしくなりそうだったのだ。

 なぜ、こんなにも選択権のない人生を歩まねばならないのだろう。
どうせなら、六年前、ヘンリ村で自分も焼け死んでしまえばよかったのに。

 そう、そう思っていたのだ。
六年前も。
それなのに、あの時『生きたい』と願ったのは、紛れもない自分自身で──。

 己の中に抱える稚拙な矛盾に、目眩がするほどの吐き気がした。

「じっ、次期召喚師様!」

 その時、背後から勢いよくルーフェンの腕にすがり付いたのは、アンナだった。
追ってきていたのは、彼女だったのだろう。

 アンナは、はあはあと息を整え、やがて自分がルーフェンの腕を掴んでいることに気づくと、顔を真っ赤にして後退し、かしこまった。

「次期召喚師様、何故急に出ていってしまわれたのですか? 戻りましょう」

「……嫌だ」

 聞いたこともないような怒気を含んだ低い声に、アンナは驚いて顔を上げた。

「で、ですが……」

「さっき分かっただろ、俺はお呼びじゃない」

 それだけ言って、身を翻す。

 アンナは、おろおろと困ったように、ルーフェンの後ろ姿を見つめた。
引き留めなければと分かってはいるのだが、今の彼は、とても恐ろしかった。

 それでも、なんとかして振り向かせなければと思い、声を出そうとしたとき。
ふと、先にルーフェンが振り返って、アンナの背後を見て目を丸くした。
ルーフェンにつられて背後に視線を移すと、そこには、こちらに歩いてくるエルディオの姿がある。
どうやら、エルディオも先程部屋を出ていたようだ。

 アンナは慌ててひざまずき、頭を下げたが、ルーフェンは立ったままであった。
その様を横目で見て、アンナは冷やっとしたが、エルディオにルーフェンの態度を気にする様子はなく、彼は、ひざまずくアンナの横を抜けると、ルーフェンの元に歩み寄った。

「そなた、どうしたというのだ。突然出ていきおって」

 ルーフェンは、ばつの悪そうな表情で、地面に視線を落とした。

「……少々、気分が悪くなりまして。お許しください」

「…………」

 エルディオは、無愛想なルーフェンの返事に僅かに眉をしかめた。
しかし、問い質しても仕方がないと思ったのか、小さく肩をすくめると、再び口を開いた。

「まあ、良い。本題はそこではない。ルーフェンよ、そなた、今年十四であったな。既に召喚術は使えるのか」

 エルディオの突然の言葉に、さっとルーフェンの顔がこわばった。
目の前に、ずっと越えたくなかった一線を、ついに突きつけられてしまったと思った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.28 )
日時: 2015/09/23 19:56
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: HijqWNdI)


「……分かりません。王宮に来てからは、使ったことがありません故」

「……そうか。だが、そなた、幼き頃に一度成功させているのだろう。ならば、使える可能性は高いと言えような」

 ルーフェンは顔を伏せたまま、エルディオの方を見なかった。
しかし、エルディオはそのまま太い声で続けた。

「ルーフェン、サンレードを知っておろう。奴等の暴挙、今は騎士団の力で鎮圧しておるが、最終的には召喚術にて圧するのが最も有効だ」

「…………」

 ルーフェンはうつむいて、床の一点を見つめていた。

 サンレードは、シュベルテの北西に位置する、イシュカル教徒たちの集落である。

 近年勢力を伸ばし始めているイシュカル教徒の活動は、王宮では基本的に黙認している状態であったが、過激な信者達によって起こされた暴動は、制圧の対象となっていた。
半月ほど前、シュベルテで騒擾(そうじょう)を起こしたサンレードは、その対象となっている集落の一つなのである。

 また、こうしたイシュカル教徒たちの暴動の鎮圧は、必ず召喚師の役目となっていた。
召喚師一族を良しとしないイシュカル教徒たちだからこそ、召喚師の圧倒的な力で捩じ伏せる。
彼らにとっては想像を絶するような屈辱であろうが、実際その方法が最も手っ取り早く、他のイシュカル教徒たちへの見せしめにもなるのだ。

 ルーフェンは、気がつくと強く唇を噛み締めていた。
身体が内から冷たくなって、額には汗が滲んだ。

 エルディオが何を言おうとしているのか、予想できていることが、とても辛かった。
 
「サンレードとの小競り合い、明日終結させるつもりだったのだが、見た通りシルヴィアはあの調子だ。そなた、代わりに我らの軍に同行し、サンレードを鎮圧せよ。そして、もしシルヴィアの力を借りず、良い働きをしたなら、ルーフェン。そなたに正式な召喚師としての位を授けよう」

 どくん、と心臓が痛いほど収縮した。
全身に冷水をかけられたように、身体が冷たくなった。

 一度動き出した歯車は止まらず、むしろ加速したようで、色々な出来事が一気に訪れてしまった。
ついに、召喚師になれと、告げられたのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.29 )
日時: 2015/09/21 20:13
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: HijqWNdI)


 ルーフェンは、深く息を吸って、エルディオを見上げた。

「わ、私は……」

 声が、震えた。
しかし、再び深呼吸すると、ルーフェンははっきりとした声で言った。

「……私は、召喚師の位など、いりません。もし、それで王宮から追放されることになったとしても……それでも私は、召喚師になりたくありません……」

 言い終わった途端、エルディオの眼が、すっと細まった。
先程までの静かな表情が、一変して厳しいものになる。

「……そなた、自分の発言の意味を分かっていて申したのか。今の言葉、サーフェリアの守護を拒んだとしか、余には聞こえなんだ」

 厳格な光を宿して、こちらをきつく睨むエルディオの瞳を、ルーフェンは見つめ返した。

「……意味は、分かっています。ですが、召喚師の地位に就くのは、私の本意ではありません」

 しん、と辺りが静寂に包まれる。

 エルディオが、息を吸った音が聞こえた。
強い怒りが込められたその音に、ルーフェンは、それ以上なにも言えなかった。

「……召喚師一族の子は、たとえシルヴィアが何を言おうとも、そなたしかおらぬ。そのそなたが守護を拒むということが、どういうことなのか。……考えてみよ」

「…………」

「王宮を追放されるだけで、済むはずもない。もしそなたが本気ならば、斬首に値する重罪に問われようぞ」

 エルディオは、静かに言った。

「……召喚師としての生が与えられながら、それを拒むような者に、存在理由などない」

 呼吸が、うまくできなかった。
全身の血液が凝り固まって、身体中が麻痺してしまったように、動かなくなった。

 エルディオは、ルーフェンの悲痛に歪んだ表情を見つめた。

「……先程の言葉、聞かなかったことにしよう。今一度言う。明日、我らと共に来い。勘違いするでないぞ、これは命令である」

 エルディオは、そう言い終えると、しっかりとした足取りで本殿に続く廊下を歩いていく。
そんな彼の後ろ姿を見送って、アンナは慌てて立ち上がると、ルーフェンの元に駆け寄った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.30 )
日時: 2016/01/06 01:14
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WO7ofcO1)

 ルーフェンは、苦しそうに息を吸って、つかの間、目を閉じていた。
そして、ゆっくり目を開けると、不安げにこちらを覗きこむアンナを見据えた。

「次期召喚師様……何故、あのようなことを……」

 恐る恐る尋ねると、ルーフェンは冷ややかな笑みを浮かべた。

「何故って……。俺の意思関係なく王宮入りさせられて、人形みたいな母親に存在否定されて……挙げ句、化け物使いの召喚師になれだなんて、納得できるわけないじゃないか」

「そんな……」

 アンナは首を振って、ルーフェンに向き直った。

「そんなこと、仰らないで下さい……。次期召喚師様は、間違えなく召喚師様の御子ですし、それに、召喚師は化け物使いなどではありませんわ。国の、偉大なる守護者様です。……私ごときが、このようなことを申し上げるのは僭越ですが、私は、どんなときも次期召喚師様のお側におります。ですから、そんな悲しいこと仰らないで……」

 硝子のような澄んだ眼が、ルーフェンを見つめる。
アンナは、小さく微笑んだ。

「きっと、貴方様なら、最高の召喚師になれますわ。だって、とても素晴らしい魔術の才をお持ちなんですもの」

「…………」

「ね、どうか、私たち国民を──サーフェリアを守ってくださいまし。次期召喚師様」

 その瞬間、ルーフェンの表情が微かにくすんだことに、アンナは気づかなかった。
ルーフェンの視線は確かにアンナに向けられていたが、その眼に、アンナは映っていない。

 ルーフェンは、ぽつりと呟いた。

「……守れ守れって、皆、そればっかりだな……」

 突然、背を向けて本殿の方に歩き出したルーフェンを、アンナは急いで追いかけた。
しかしルーフェンは、彼女の行動を拒否するように立ち止まると、アンナの肩を軽くとん、と押し返した。

「……放っておいて。傍にいなくていいから」

 冷淡な一言に、アンナは目を見開いて、動かなくなった。
彼女のひどく傷ついたような表情に、ルーフェンは一瞬、戸惑ったように口を開いた。
だが、結局何かを言うことはなく、口を引き結ぶと、そのまま身を翻し、アンナを残してその場から去った。

 アンナは、しばらくそのままでいたが、やがてルーフェンの後ろ姿が見えなくなると、胸元で手をぎゅっと握りしめた。
そして、震えながら深呼吸すると、目から零れ落ち始めた雫を拭いながら、再び離宮の方へと向かったのだった。
 

To be continued....