複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.211 )
- 日時: 2017/12/17 11:51
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
†第二章†──新王都の創立
第四話『疑惑』
冷たい夜風が、かたかたと窓を揺らす。
静まり返った本殿の自室で、寝台に潜り込んでいたルーフェンは、じっとその風の音を聞いていた。
ルイスとリュート、アレイドの葬儀が終わって、既に五日が経つ。
国王エルディオは、どうにか一命を取り留めたが、宮廷医師の話では、もう自力で立ち上がることもできないだろうとのことであった。
療養先であった港町ハーフェルンの領主、クラーク・マルカンも、今回の事故に責任を感じたのか、アレイドたちの葬儀に来て、深々と謝罪した。
しかし、今回暴走した馬車は、ハーフェルンではなくシュベルテのものであり、その馬車の御者も、同じく崖に落下して亡くなっている。
誰が悪いというわけでもない、不運な事故。
それでも、今回エルディオたちを襲った悲劇は、王都の人々に大きな絶望と不安をもたらしたのだった。
眠ることもできず、ぼんやりと暗闇を見つめながら、ルーフェンは物思いに耽っていた。
こうして、自室の寝台に横たわっていると、かつて、サンレードを焼き尽くし、その罪悪感から部屋に引きこもっていたときのことを思い出す。
あの時は、毎日毎日、「外に出ようよ」と、アレイドが訪ねてきていた。
他の兄たち、ルイスやリュートが、ルーフェンのことを良く思っていないことを知りながら、飽きもせずに、兄さん兄さんと呼んで。
「…………」
あの後、教本を貸してもらったりしながら、なんだかんだ、アレイドとはよく話すようになっていた。
最初は、鬱陶しい奴だと思っていたが、徐々にそんな気持ちも薄れてきていたのだ。
今回も、もしハーフェルンから帰ってきて、ルーフェンがリオット族を解放したなどと聞いたら、アレイドは呆れながらも、すごいことだと興奮して、手を叩いてくれただろう。
気が弱くて困り顔で、けれどよく笑っていたアレイドの顔が、ルーフェンの頭にふと浮かんだ。
(……家族、だったんだよな……俺の)
そんなことを考えながら、もう寝てしまおうと目を閉じると、不意に、扉の外に誰かの気配が近づいてきた。
ルーフェンが、寝台から起き上がったのと同時に、こんこん、と扉を叩く音がする。
こんな夜中に誰だろうと、燭台に手をかざして明かりをつけると、ルーフェンは、警戒したように言った。
「……誰だ」
すると、一拍置いた後、予想外の声が返ってきた。
「……ルーフェン、私です。フィオーナです」
フィオーナ・カーライル。
国王エルディオと、今は亡きその正妻ユリアンの子である、サーフェリアの第一王女だ。
ルーフェンは、慌てて上着を羽織ると、すぐに扉を開けた。
護衛の騎士と共に立っていたフィオーナは、どこか申し訳なさそうにルーフェンを見ると、小さな声で言った。
「こんな夜更けに、ごめんなさい」
ルーフェンは首を振ると、微かに眉を寄せた。
「それは構いませんが、突然どうなさったんです? とにかく中に入ってください、夜風は御体に障ります」
フィオーナは、こくりと頷くと、護衛の騎士に外で待つように告げて、ルーフェンの部屋に入った。
そして、不安げな面持ちでルーフェンに向き直ると、口を開いた。
「……貴方に、お願いしたいことがあって来たの。女の私から、こんなことを言うのは、その……はしたないと軽蔑されてしまうかもしれないけれど……」
いつもはきはきと発言する彼女にしては珍しく、何かためらった様子で口ごもっている。
ルーフェンが先を促すと、フィオーナは、ぎゅっと唇を引き結んで、言った。
「……私と、婚約してほしいの、ルーフェン」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.212 )
- 日時: 2017/12/10 18:15
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: vzo8adFf)
突然の言葉に驚いて、思わず目を見開く。
フィオーナは、冷たい手でルーフェンの手を握ると、苦しそうに続けた。
「分かってるわ、貴方がそんなこと望んでないって。だから、形だけで良いの。貴方は召喚師一族だし、もし力のある次期召喚師を誕生させるために、魔力の強い優秀な魔導師と結ばれたいと思うなら、私以外にも妻を持てばいい。……でもお願い、私と婚約して。この国を支えていくには、貴方の力が必要なの!」
言い切ったフィオーナの顔は、憔悴しきっていて、いつもの快活さが全く見られなかった。
細くて白い指も、触れていると、細かく震えているのが分かる。
これは、単なる色恋の話ではない。
フィオーナは、王位継承権を持つサーフェリアの王女として、この場に立っているのだ。
ルーフェンは、フィオーナの手を優しく握り返すと、穏やかな声で言った。
「少し落ち着いてください、フィオーナ姫。話なら聞きます。時間もありますから、そんなに焦らないで」
こちらを見上げてきたフィオーナに微笑みかけると、気分が落ち着いてきたのか、指の震えが、微かに収まり始める。
フィオーナは、ルーフェンから手を引くと、潤んだ瞳を拭いながら、深呼吸した。
「……ごめんなさい、取り乱してしまって。そうね、ちゃんと話すわ。そのために来たんですもの」
ルーフェンは頷くと、フィオーナを自室の椅子に導いて、座らせた。
そして、その隣の椅子にルーフェンが座ると、フィオーナは、ぽつぽつと話し始めた。
「……あの、私……家臣たちが話しているのを、聞いてしまったの。次期国王が私では、心もとないって。あの姫の能力じゃ、うまく国を回していくことはできないだろうって」
膝に手を置いて、うつむいたまま、フィオーナは言い募った。
「確かに私、頭が切れるわけでもないし、お転婆なだけの姫だ、なんて言われてきたわ。でも、それでいいと思ってたの。だって次の国王には、リュート殿下、つまり私の兄様が選ばれるのだと思っていたんだもの。兄様は、ちょっと強引な性格ではあったけど、頭も良いし、魔術の才もあった。私は、兄様がいずれ国王に即位して、それを見守れるだけで良いと思ってたのよ……」
フィオーナは、吐き気をこらえるかのように口元を抑えると、再び震え始めた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.213 )
- 日時: 2017/12/11 19:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e/CUjWVK)
「……でも、今回の事故で、兄様は亡くなった。兄様だけじゃないわ。父上の愛妾、シルヴィア様の子である以上、ルイスにもアレイドにも、王位が回ってくる可能性はあったのに、皆、皆、亡くなってしまった……。私の母上は、もうずっと前に病で亡くなってしまったし、弟のシャルシスは、まだ一歳。バジレットおばあ様も、ご高齢だし、病気がちで臥せっていらっしゃることが多い。だから今、国王として国を支えるべき王族は、私しかいないの……」
涙を目にためながら、フィオーナは顔をあげ、ルーフェンにしがみついた。
「分かってる、分かってるのよ。私ももう十六になるし、覚悟を決めなければならないわ。それでも、どうしても不安なの……。だからね、だからこそ、貴方と婚約して、民を安心させたいの。私だけじゃ頼りないって思われるかもしれないけれど、次期召喚師である貴方と私が結婚して、貴方が実権を握れば、うまくサーフェリアを動かしていくことができるんじゃないかしら。だって貴方は、シェイルハート家の中でも、特別に才に恵まれているって言われているじゃない。今回のリオット族のことだって、私は素晴らしいと評価してるのよ。あんな底辺で生きているような一族にも、価値を見出だして成功したんですもの。貴方の目の付け所は、他とは違うと感心したわ」
「…………」
「お願いよ、ルーフェン。召喚師一族の役目は、この国を守ることでしょう? もう、貴方しかいないのよ! どうか、お願い。私と一緒になって……!」
倒れ込むように、ルーフェンの胸に顔を埋めると、フィオーナは、声を押し殺して泣き始めた。
その背をあやすように撫でながら、ルーフェンも、どうするべきか考えていた。
フィオーナは、社交界の場でも物事をはっきりと言うことが多く、気位の高い姫だった。
そのフィオーナが、弱音を吐いて、泣きながら懇願するなんて、相当追い詰められているのだろう。
寝たきりになった父エルディオと、王位を継ぐはずだった兄リュートの死。
愛する家族が亡くなっただけでなく、突然王座まで突きつけられて、不安で胸がいっぱいになっているのだ。
無理もない。
そう思う一方で、ルーフェンも、この姫に国王は勤まらないだろうと思っていた。
頭の良し悪しや、武術の才能の有無は、重要ではあるが大きな問題ではない。
そんなものは、信頼してくれる優秀な家臣さえいれば、十分補えるものだ。
しかしフィオーナは、ルーフェンと結婚することで、王権を完全に放棄しようとしている。
形だけの国王として即位し、国王としての権力や責任は全て、ルーフェンに押し付けようとしているのだ。
もちろん、国王というのは、国の象徴でもあるから、ただ王座についているという行為が、無駄だと一概に蹴りつけることもできない。
それに、突きつけられた現実に怯え、誰かにすがりつきたいと思う気持ちは、ルーフェンにも痛いほど理解できた。
ルーフェンとて、サミルやオーラントと出会い、最近になってようやく、召喚師としての運命を受け入れるしかないと割り切れるようになってきたのだ。
ついこの前まで、召喚師になどなるものかと全てを拒絶し、運命を憎んでいたのだから、国王になるのが不安だと言うフィオーナには、心から同情できる。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.214 )
- 日時: 2017/12/17 11:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ここで、弱っている彼女を慰めて、元気付けることは可能だろう。
だが、フィオーナのような、最初から王権を丸投げしようとしている者に、安易に「貴女なら大丈夫です、国王として頑張ってください」と言葉をかけるのも、何か違う気がした。
ひとしきり泣いて、再び落ち着きを取り戻したのか、フィオーナは、ルーフェンの胸から離れた。
ルーフェンは、しばらくの間、一言も発さなかったが、やがて、フィオーナの涙を指で拭うと、静かに言った。
「……フィオーナ姫、貴女のお気持ちは、よく分かりました。私が召喚師の座から逃れられないように、貴方もまた、王座に縛られて苦しんでいる。周囲に望まれようと、望まれてなかろうと、その運命からは逃れられない。……人の上に立ち、国を動かすことを楽しめるような人間なら良かったのでしょうけど、残念ながら私達は、その器ではないようですから」
自嘲気味に呟いて、ルーフェンは苦笑を浮かべた。
「貴女の不安も、葛藤も、全て投げ出したいと思う気持ちも、理解できます。……ですが、恐れながら申し上げます。自分は何もしようとせず、端から王権を手放すつもりで王座につくおつもりならば、やはり貴女に国王は勤まらないでしょう」
ルーフェンの返答に、フィオーナは瞠目した。
それは、気分を害したというより、ルーフェンの言葉が、意外で驚いたといったような表情だった。
すっと息を吸って、フィオーナは返した。
「……誰かを頼ったりせずに、私一人でサーフェリアを支えろと言うの?」
「……はい」
ルーフェンは、頷いた。
「一人ではないなんて、安っぽい慰めをするつもりはありません。国王も、召喚師も、サーフェリアにたった一人きりです。ですから、本当にその苦しみを分かってくれる人間なんて、自分だけだと私は思います。……ただ、力になってくれる者はいるでしょう。道を踏み外さない限り、貴女を信頼して、国のために動いてくれる者達が、必ずいます」
フィオーナは、心細そうな顔でルーフェンを見上げると、弱々しい声で言った。
「……私が、その道を踏み外さないために、貴方は何もしてくれないの?」
ルーフェンは、困ったように笑って、肩をすくめた。
「私は、正しい道を示せるほど、立派な人間ではありません。私が出来るとすれば、こうして貴女の話を聞いて、思ったことを言うだけです。それが、次期召喚師としての発言になるのか、貴女の夫としての発言になるのかは、分かりませんが」
「…………」
フィオーナは、目を伏せると、ルーフェンから顔を反らした。
そして、宙の一点を見つめて、口を閉じていたが、ややあって、はあっと息を吐いた。
「……そう。それが貴方の答えなのね」
「はい」
首肯したルーフェンに、フィオーナは、小さく笑った。
「……なんだか、意外だわ。ルーフェンにそんなことを言われるなんて、正直予想していなかった。貴方はいつも笑顔で褒めてくれるから、今夜も優しく慰めてくれると思っていたのに」
ルーフェンは、わざとらしく眉をあげた。
「優しく慰める方をご所望でしたか?」
「……やめてよ、違うわ」
呆れたように首を振って、フィオーナは、ため息をついた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.215 )
- 日時: 2017/12/13 19:00
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……ねえ、ルーフェン。もしも私が、お願いではなくて、婚約しなさいと命令したら、貴方に拒否権はないわ。王族の命令だもの。結婚した後、私が王権を放棄しないにしても、貴方は、王族に入って、国の中枢を担わざるを得なくなる」
「……そうですね」
フィオーナは、ルーフェンの顔を覗き込むと、どこか寂しげに尋ねた。
「正直に言ってね。もし、私がそんな命令を下したら、貴方は悲しい?」
ルーフェンは、つかの間返答に迷った後、微かに表情を緩めた。
「光栄なお話ですが、私じゃ、貴女には釣り合わないと思いますよ。先程、リオット族のことを底辺で生きているような一族だと仰っていましたが、それなら私も、貴女の言う『最底辺』から、ここにのし上がってきた一人ですから」
そう答えて、にこりと笑うと、フィオーナは、少し寂しげに微笑んだ。
「……随分冷たい言い方をするのね。いいわ、分かった。婚約の話は、なかったことにしてちょうだい。きっと、私も民と同じように、父上が倒れて不安になってただけなのよ。それで、つい貴方に頼ってしまったの」
フィオーナは、深く息を吐くと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「最後にもう一つだけ、聞いていいかしら。ルーフェンは、もし召喚師の座から解放されたとしたら、どうしたい?」
ルーフェンは、一瞬、はっと息を飲んだ。
だが、すぐに思い直したように目を閉じると、目を開けて、フィオーナを見つめた。
「……答えづらい質問ですね。そんなことは、ありえないのに」
フィオーナは、頷いた。
「そうね、ありえないわ。でもさっき、召喚師の座からは逃れられないって、悲しそうに言っていたから、聞いてみたくなったの。貴方が望む生き方って、どんなもの?」
「…………」
少し躊躇った後、ルーフェンは、目線を下に落とした。
そして、諦めたように目を閉じると、答えた。
「……普通の、生活がしたいです。例えば家族がいて、畑を耕したり、商売をしたり……裕福ではなくても、笑って過ごしていられるような、そんな暮らしがしてみたかった」
フィオーナは、瞬きをした。
「……それは、また意外な答えね。貴方は、力が欲しいとは思わないの?」
ルーフェンは、すっと目を細めた。
「力って、なんでしょう? 王族や貴族が持つような、上に立って人々から搾取する権利ですか? それとも、召喚師一族が持つような、人殺しを正義だと言い聞かせて、敵を蹴散らす召喚術のことですか?」
「…………」
目を見開いて、フィオーナが口を閉じる。
ルーフェンは、低い声で続けた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.216 )
- 日時: 2017/12/30 02:42
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「別に、上に立つ人間が悪で、その下に生きている人間が善だなんて、極論を言うつもりはありません。ただ、上に立って国全体を見渡していると、だんだん感覚が狂ってくるんです。人間一人の死を、軽んじるようになって、たとえ村や集落が一つくらい消滅しても、『反抗的な奴等だったから仕方ない』、『あんな村がなくても何の問題もない』、そんな風に感じ始める。私は、それがひどく恐ろしい……」
「…………」
ルーフェンは、自嘲気味に笑った。
「皮肉なことに、次期召喚師になって、民の立場では到底見られない、多くのものを見てきました。おかげで最近、私にも守りたいものができた。その人達を守るためなら、多分、躊躇なく敵を殺します。ただ、その殺しを、『仕方がなかった』と思う、狂った人間にはなりたくありません。私は人殺しで、その罪を一生背負って生きていきます。今更、私を怨む人々の目から、逃げようとも思いません。その罪の感覚を、生涯失わずにいたいのです」
「…………」
ルーフェンは、立ち上がって、フィオーナに向き直った。
「先程、普通の生活がしたいと言いましたが、それはあくまで夢だったものです。そんな叶いもしない夢物語にしがみついて、嫌だ嫌だと駄々をこねるのは、もうやめました。どうせ召喚師になる運命なら、俺は俺の、守りたいものを守るためだけに、召喚師になります。そして、召喚師の地位と力を利用して、好き勝手に生きてやります。それが今の、私が望む生き方です」
フィオーナは、しばらく呆気に取られた様子で、黙りこんでいた。
だが、やがてぷっと吹き出すと、微笑を浮かべた。
「ルーフェン、貴方、すごいことを言うのね。稀代の次期召喚師が、『立場を利用して好き勝手に生きてやる』だなんて、そんなことを考えていたと知ったら、皆、驚いてひっくり返ってしまうわよ」
ルーフェンは、肩をすくめた。
「私を責めるのは、お門違いというものですよ。私は一度も、身を尽くしてサーフェリアを守りますなどと、宣言した覚えはありません。ただ微笑んで、高貴な皆々様とお話ししていただけです。それを勝手に、聡明で純真な次期召喚師だと思い込んだのは、そちらでしょう?」
ルーフェンのわざとらしい言い方に、フィオーナは、ますます笑みを深めた。
「じゃあ私も、まんまと貴方の笑顔に騙されていたってわけね。本当、とんでもない次期召喚師だこと」
呆れたように呟いて、フィオーナは、しばらくくすくすと笑っていた。
だが、鮮やかな金髪を整え、改めてルーフェンを見上げると、フィオーナは言った。
「ルーフェン、私、明日になったら、父上とお話してくるわ。悲観的になってしまっていたけれど、父上はまだ、生きていらっしゃるんだもの。私の気持ちを伝えて、父上のお言葉もお聞きして、私も私なりに、この国の未来を考えねば……。今、サーフェリアの王位を継承できるのは、私しかいないんだもの。不安や悲しみに、とらわれている場合ではないわね」
何も言わず、ただ頷いたルーフェンに、フィオーナは笑みを返した。
「話を聞いてくれて、ありがとう。なんだか、ルーフェンと話をしていたら、色々と吹っ切れてしまったわ。うじうじと塞ぎこんで、家臣の言葉に右往左往していた自分が、馬鹿みたい」
フィオーナは、穏やかな声で続けた。
「今日、ルーフェンに会いに来て良かった。貴方に対する印象はちょっと変わったけど、やはり貴方はすごいわ。物事の見方も、考え方も、私達とは全然違う。貴方と話していると、色々なことに気づかされるもの」
彼女らしい溌剌(はつらつ)とした瞳で、ルーフェンを見つめ、フィオーナは言った。
「私も、自分なりに考えて、王族として今後どうすべきなのか、答えを出すわ。だから貴方も、貴方のやり方で良いから、サーフェリアを守りなさい」
「……はい」
ルーフェンが恭しく頭を下げると、満足そうに頷いて、フィオーナは踵を返した。
そんな彼女の顔つきに、生気が戻っていることに気づくと、ルーフェンも、内心ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.217 )
- 日時: 2017/12/15 18:43
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: VHEhwa99)
翌日、午前中に事務仕事を終わらせ、午後は商会を覗きに行こうと、城門に向かっていると、一人の騎士が、長廊下でルーフェンに声をかけてきた。
走ってきたのか、顔を赤くして、はあはあと息を乱している。
何か良からぬ事態が起きているのは、すぐに見てとれた。
「何事ですか?」
問いかけると、騎士は、一度かしこまって答えた。
「次期召喚師様! 至急、イシュカル教徒鎮圧の許可を頂けないでしょうか。イシュカル教会の暴徒たちが、城門前に押し寄せ、騒いでおります」
ルーフェンは、顔をしかめた。
「暴徒たちの数は? 武装はしていますか?」
「多くはありません、ざっと五十名ほどです。武装もしておりませんが、しきりに次期召喚師様を出せと申し立てております」
「私を?」
眉を寄せて、ルーフェンは問うた。
宗教の自由が認められている王都、シュベルテでは、召喚師一族に害をなすイシュカル教徒だったとしても、非武装であれば、一般国民として扱われる。
そのため、表向き、騎士や魔導師が、独断で攻撃することは許されていなかった。
攻撃をしても許されるのは、教徒たちが武装しており、応戦せざるを得なかった場合。
もしくは、国王や召喚師一族が、鎮圧せよと命令を下した場合のみである。
今回の場合、暴徒たちは非武装であるから、争うことはせずに、追い返してしまうのが良いだろう。
しかし、ルーフェンの身柄を要求しているとは、どういうことなのか。
確かに、イシュカル教会は召喚師一族を目の敵にしてはいるが、直接城まで押し掛けて、次期召喚師を出せなんて無茶な要求をするというのは、意味がよく分からなかった。
たった五十名でそんなことをしても、あっという間に鎮圧されるのは明白だし、そもそも、次期召喚師がのこのこと出ていくわけがないからだ。
ルーフェンが沈黙していると、騎士は、言いづらそうに説明し始めた。
「……その、暴徒たちは、今回の王位継承者の死や、陛下がお怪我を負った原因は、召喚師一族の呪いだと騒いでいるのです。召喚師であるシルヴィア様だけが、無傷に近い状態でご存命なのはおかしい、だとか、次期召喚師であるルーフェン様が、リオット族をシュベルテに引き入れたから、災いが起きた、だとか……」
「……なるほど」
相変わらず、こじつけも甚だしいが、民たちの中には、リオット族の受け入れを反対している者がまだいる。
イシュカル教徒がそんなことを城門前で吹聴すれば、リオット族を嫌う者達が、それに便乗する可能性がある。
命は取り留めたものの、エルディオは、ほとんど国王として動けなくなってしまったし、その上、一気に三人の王位継承者まで失った。
シュベルテ全体が不安定になっているこの時に、更に不安を煽って、召喚師一族への不信感を高めようと言うのが、今回のイシュカル教徒たちの狙いなのかもしれない。
はあっとため息をつくと、ルーフェンは騎士を見た。
「……分かりました、私が行きます」
「えっ」
騎士は、血の気の失せた顔で、否定の意を表した。
「そんな、いけません! あの程度の規模でしたら、我々だけで鎮圧できます!」
ルーフェンは、首を振った。
「鎮圧するだけでは、おそらくイシュカル教会の思う壺です。後々、召喚師一族の呪いを隠蔽しただの何だと吹聴して、中にはそれを鵜呑みにする人々も出るでしょう。それなら、私が直接行って、弁明しますから、追い返すならその後に──」
「──次期召喚師様、お取り込み中申し訳ありませんが、よろしいですか」
ルーフェンの言葉を遮り、現れたのは、政務次官のガラド・アシュリーであった。
ガラドは、ずいとルーフェンの前に出ると、騎士に告げた。
「私が鎮圧の許可を出しましょう。抵抗するようなら、多少手荒な真似をしても構いません」
騎士は、一瞬戸惑った様子でルーフェンを見たが、ガラドにぎろりと睨まれると、すぐさま敬礼して、城門の方へと駆けていった。
「……どういうつもりですか?」
少し不機嫌そうな声音で尋ねると、ガラドは振り返って、ルーフェンに頭を下げた。
「出すぎた真似を申し訳ありません。しかし、今はイシュカル教徒なんぞに構っている時間はないのです。急ぎ、謁見の間にお越しください」
「…………」
早口で述べたガラドに、ルーフェンは黙って頷いた。
普段なら、事情を聞いてから行くところだが、ガラドの青い顔を見ている内に、これは只事ではないと感じたからだ。
ルーフェンは、緊張した面持ちのガラドに続いて、急いで謁見の間へと向かった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.218 )
- 日時: 2018/01/12 02:37
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
謁見の間に入ると、中には既に、王宮に勤める重役たちが揃っていた。
政務次官ガラド・アシュリーに、事務次官モルティス・リラード。
召喚師シルヴィア・シェイルハートも、王座の下手に腰かけている。
紅色の錦布に囲まれた広間には、少人数ではあるが、宮廷魔導師や騎士団、魔導師団の幹部たちも揃っており、その中には、オーラントの姿もある。
そして、謁見の間の奥、一段高くなった王座には、国王エルディオの母であるバジレット・カーライルが、鎮座していた。
(バジレット王太妃……? 国王の代理として、彼女が選ばれたのか……?)
少し不思議に思いながら、ルーフェンはバジレットを見つめた。
バジレットは、前王が崩御して以来、ほとんど表には姿を出さなくなった王族の一人だ。
五十近い女性とは思えぬ、鋭い薄青の瞳の持ち主であったが、病気がちだということもあり、その顔は白くやつれていた。
原因は、病気だけではないのかもしれない。
彼女もまた、シュベルテの現状を嘆いている、王族の一人なのだろう。
今回の事件で、息子であるエルディオが、ひどい怪我を負ってしまったのだから。
ルーフェンが黙っていると、ガラドが一歩前に出て、ひざまずいた。
「召集に遅れ、大変申し訳ありません。城門前にて、イシュカル教徒が騒動を起こしていたとのことで、その対応をしておりました。騎士団に鎮圧を命じましたので、直に事態は収束するかと思われます」
「……そうか」
バジレットは、落ち着いた声で言った。
「では、そなたらも前へ」
かしこまって返事をすると、ルーフェンはシルヴィアの隣の席へ、ガラドはモルティスの隣の席へ座る。
二人が席についたのを確認すると、バジレットは、ふうと息を吐いた。
「……急な召集をかけた故、集まれる者のみに話すことなるが、許せよ。此度、そなたたちに話すのは、次期国王の選定についてである」
バジレットは、それだけ言うと、傍に控えていた侍従に合図を送った。
その合図を受け、侍従は一度広間から下がると、今度は、複数人の他の侍従を連れて、広間の中心に戻ってくる。
彼らが運んできたのは、純白の布で全体を覆われた担架であり、そこには、人が一人寝かされているようだった。
ぴくりとも動かない、その様子からして、寝かされているのは遺体だ。
その布の端から、鮮やかな金髪がこぼれ落ちているのを見て、ルーフェンは、一瞬目を見張った。
(……あの、金髪は……)
バジレットは、遺体を見つめたまま、額を手で覆って黙り込んでいる。
だが、やがてすっと顔をあげると、厳しい眼差しを家臣たちに向けた。
「……先程、我が孫娘、フィオーナ・カーライルの死亡が確認された。自室で首を吊っているところを、侍女が発見したのだ」
瞬間、耳を傾けていた家臣たちに、ざわりと動揺が走る。
ルーフェンも、全身を凍てつかせて、大きく目を見開いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.219 )
- 日時: 2017/12/17 17:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: vKymDq2V)
「……侍女の話では、フィオーナは最近、次期国王に己が選ばれるのではないかという不安から、塞ぎこんでいたとのことだ。その重圧に耐えきれなくなり、今朝、自害を図ったとのではないかと踏んでおる」
「…………」
バジレットの説明も、ざわめく家臣たちの声も、ほとんど耳に入らなかった。
ルーフェンは、息苦しさに浅く呼吸を繰り返しながら、思わず、口を開いた。
「嘘だ……」
全員の目が、ルーフェンに向く。
ルーフェンは、席から立ち上がると、バジレットに向かって言った。
「バジレット様、お言葉ですが、フィオーナ姫が自害したなど、信じられません……。確かに姫は、兄君であるリュート殿下の死を経て、王位を継ぐことに不安を感じていらっしゃるようでした。しかし、ご自分でサーフェリアの未来を考えねばならないと、前向きにご検討なさっていたのも事実です。自害なさるとは思えません」
ルーフェンの言葉に、バジレットは眉をひそめた。
「それは、フィオーナ本人がそう申したということか?」
「……はい。昨晩、ご本人がそう仰っていました」
「…………」
真剣な眼差しでバジレットを見つめると、バジレットは、ふと目を細めて、シルヴィアの方を見た。
「……だ、そうだが。今朝の様子では、思い詰めた様子であったと言っていたな。どうなのだ」
問いかけられて、シルヴィアはふわりと微笑んだ。
「どうかと言われましても、私のご報告に嘘偽はありませんわ。昨晩の姫殿下のご様子は存じ上げませんけれど、今朝、私とエルディオ様の元にいらっしゃったフィオーナ様は、ひどく思い詰めておられるようでした。……申し訳ありません。私がその時に、もっと姫殿下のことを気にかけて差し上げれば、このような事態にはならなかったかもしれませんのに」
ルーフェンは、警戒したように、シルヴィアを睨んだ。
確かにフィオーナは、昨晩、父である国王エルディオの元に、話をしに行くと言っていた。
おそらく、夜が明けた後に、早速エルディオの部屋に行ったのだろう。
しかし、その時、本当に自害を考えるほど追い詰められていたのだろうか。
──今、サーフェリアの王位を継承できるのは、私しかいないんだもの。不安や悲しみに、とらわれている場合ではないわね。
すっきりとした顔つきで、確かにそう言っていたフィオーナ。
あの言葉が、嘘だったようには思えなかったし、フィオーナが、自ら死を選んだというのは、ルーフェンにはどうしても信じられなかった。
「……フィオーナ姫は、陛下と何をお話になったんですか」
強ばった声で、ルーフェンが尋ねると、シルヴィアは淡々と答えた。
「何も話していなかったわ。姫殿下はお話にいらしたのでしょうけど、今朝のエルディオ様は、ご容態が悪くて、お話ができる状態ではなかったの。もしかしたら、ご自分のお父上のそんな姿を見て、余計に絶望してしまったのかもしれませんわね」
「…………」
ルーフェンは、這い上がってくる寒気に耐えながら、ひとまず自分の席に戻った。
シルヴィアは、何故こんな状況下でも、微笑んでいられるのだろう。
フィオーナは、臥せった父の姿を見て、本当に絶望してしまったのか。
昨晩の口ぶりでは、父の死を既に覚悟しているようにも思えたのだが、改めて目の当たりにして、心が折れてしまったのだろうか。
悶々と考え込んでいると、不意に、宮廷魔導師の一人が、すっと手をあげた。
バジレットが発言を許すと、宮廷魔導師は一歩前に出て、その場にひざまずいた。
「宮廷魔導師の、ヴァレイ・ストンフリーと申します。……お話を戻しますが、フィオーナ姫までお亡くなりになったとあれば、次期国王については、どのようにお考えなのでしょうか」
これこそが本題だとばかりに、家臣たちの意識が、バジレットに集中する。
リュート、フィオーナが亡くなった現在、王族の血を引き、次期国王になる可能性があるのは、エルディオの子である第二王子シャルシス・カーライルである。
しかし、シャルシスはまだ、たったの一歳。
王太妃バジレットも、可能性がないわけではないが、彼女は高齢で、心臓を患っている。
いつ倒れるか分からない身の上で表に立っていれば、民の不安の種にしかならないと、エルディオの即位後、自らの意思で姿を消したのがバジレットだ。
そんな彼女が、再び表舞台に立つというのは、考えづらい事態であった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.220 )
- 日時: 2018/01/09 03:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
王族の血を引かずとも、国王の妻である三人の女性には、王位継承権が認められていた。
だが、いずれも病で亡くなっており、唯一残っているシルヴィアは召喚師である。
シルヴィアの子であるルイスやアレイドも、先の事故で亡くなったし、今、王都シュベルテは、かつてない王権存続の危機に見舞われているのだ。
バジレットは、ヴァレイを見据え、次いで広間全体を見回すと、言った。
「……余は、王都および王権を、他に移すことも一つとして考えておる」
これまでにない、大きなどよめきが、謁見の間に起こった。
王都と王権を移す、つまり、王都をシュベルテではなく別の街に移し、その際に王権すら手放す、ということだ。
五百年続いてきた、王都シュベルテの歴史に終止符を打つ──それは、シュベルテの全ての民たちにとって、苦渋の決断となるだろう。
狼狽える家臣たちに、口を閉じるよう言い放つと、バジレットは、揺らがぬ強い意思で、言い募った。
「まだ、方法の一つとして思案している段階である。だが、これまでのサーフェリアの歴史において、遷都が世に平定をもたらした例はあるのだ。度重なる王位継承者の死に、王宮には何か不穏な呪いがかかっているのではないかと信じ込む民まで出始めた始末。そして、今シュベルテが抱えるこの危機は、既に他の街にも知られつつある。……となれば、王位を狙い、シュベルテに攻め込む輩が現れる前に、信頼できる他の街に、サーフェリアの統治権を委ねるのが最善と余は考える」
バジレットが言い終えると、政務次官のガラドが進み出て、発言した。
「バジレット様の仰る、信頼できる他の街とは、具体的にどこを指すのでしょうか」
バジレットは頷くと、静かに答えた。
「我らと長年、交流のある北東の港湾都市ハーフェルン。力のある街と考えれば、かつての王都であった西の軍事都市セントランス。現在、シュベルテと敵対関係にない全ての街に、王都となる権利はあるが、以上の二つが有力だと考えておる。……異論は?」
「……いえ」
ガラドは、何か考え込んだ様子で、つかの間沈黙したが、ひとまず頭を下げると、自分の席へと戻った。
続いて、発言権を乞うたのは、騎士団長レオン・イージウスであった。
「バジレット様、よろしいでしょうか」
バジレットが頷くと、レオンは前に出てひざまずき、屈強な体躯には似合わぬ、穏やかな声で告げた。
「恐れながら、次期国王には、シャルシス殿下が相応しいと存じます。まだ幼いとはいえ、シャルシス殿下は正統な王族の血を引く、国王となるべき存在。シャルシス殿下が即位なされば、民の不安もなくなりましょう。確かに、バジレット様の仰る通り、今の王宮には、とても偶然とは思えぬ不幸が続いております。しかし、だからといって、王都シュベルテの歴史を終らせ、遷都する必要などあるのでしょうか。遷都などすれば、それこそ我らは、王都の民としての誇りを失います。それすなわち、余計に民の不満を煽ることになりかねません」
穏やかだが、その裏に、敵意を孕んだような言い方だった。
しかし実際、レオンの言い分にも一理あるように思えたし、家臣たちの表情を見る限り、今のレオンの発言に同調している者は多い。
何より、家臣たちは、バジレットのことをあまり良く思っていないようだった。
彼らにとって、バジレットはしょせん、『倒れたエルディオの代わりに仕方なく出てきた老いぼれ』である。
一度表から姿を消していたくせに、突然現れて、事態を取り仕切っている。
そのことを、家臣たちは納得しかねているようだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.221 )
- 日時: 2017/12/19 21:16
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e/CUjWVK)
ぴりぴりとした雰囲気の中、他の騎士や魔導師の要人たちを指し示すと、レオンは続けた。
「バジレット様は、他の街に攻め込まれることを懸念しておられるようですが、王都シュベルテは、サーフェリア一の軍事力を持つ街です。我が騎士団にも、魔導師団にも、他の街に遅れをとるような者はおりません。一体、何を恐れる必要がありましょう? それに、我らには、絶大な力を持つ召喚師様がおられるではありませんか。……いや、召喚術の才は、既に次期召喚師様に渡っているのでしたかな」
話を振られて、シルヴィアは、何も言わずに微笑んだ。
ルーフェンは、バジレットの方を見て、彼女が何も言わないことを確認すると、レオンに言った。
「……バジレット様が懸念しておられるのは、戦の勝敗ではなく、出さずに済む犠牲は出したくない、という点では? 騎士団長殿の仰る通り、シュベルテの軍事力はサーフェリア一であり、万が一攻め込まれても、それを打ち破るほどの力はあるでしょう。ですが、衝突が起きれば、勝つ負けるに関係なく、犠牲が出ます。他の街との関係にも、亀裂が入るでしょう。王都の民として、強気に出るべきだと仰る騎士団長殿のお気持ちもお察し致しますが、ご心配なさらずとも、既にシュベルテは、他の街に一目置かれた存在。私は、バジレット様のお言葉には、無用な争いは避けるべき、という意味が込められていると愚考しておりましたが、騎士団長殿は、そうは思われませんか?」
わざととぼけたような口調でそう言うと、一瞬、レオンの口元がひきつった。
まさに、『小賢しいクソガキが』、とでも言いたげな顔つきである。
しかし、ここで反論するほど、レオンも馬鹿ではなかった。
もし今のルーフェンの言葉に噛みつけば、レオンの意図がどうあれ、犠牲など厭わない、と発言していることになってしまう。
そんなことをすれば、少なからず周囲から反感を買うし、騎士団長としての信用も落ちるだろう。
そのことを理解しているようで、レオンは黙ったままでいる。
そうなるように仕向けたのだから、ルーフェンも、それ以上は何も言わなかった。
別に、ルーフェンも、遷都に賛成している訳じゃない。
ただルーフェンは、単純に、この騎士団長のレオン・イージウスという男が、気に食わなかった。
言葉も上手いし、頭の良い人物なのだろうが、この男の根底にあるのは、おそらく『裏から政治に口を出したい』という欲だ。
たった一歳のシャルシスを国王にすれば、必ず誰かが、シャルシスに代わって政権を握らねばならなくなる。
その際に、我こそがシャルシスを国王に推薦した筆頭だ、とでも言えば、レオンは強い発言権を得ることになるだろう。
シャルシスを推す者達の中には、純粋に、王族の血を途絶えさせるべきではない、と考えている者もいる。
しかし、このレオンという男は、そうではない。
なんとなく、バジレットもそう勘づいているように見えた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.222 )
- 日時: 2017/12/20 20:40
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
バジレットは、自分もシャルシスも、王座につくべきではないと考えている。
王座を狙っているのは、他の街だけではないからだ。
レオンのように、王座を利用しようとしている者は、シュベルテの中にも多くいる。
だからこそバジレットは、遷都して、シュベルテと王権を遠ざけようと考えているのかもしれない。
そうすれば、無用な争いも避けられる上、孫のシャルシスを何者かに利用されることもないからだ。
ルーフェンは、そう予想していた。
(……バジレット王太妃も、立ち位置は弱いけど、洞察力のある人だ)
そんなことを思いながら、バジレットを見つめていると、今度は、場にそぐわぬ、ゆったりとした声が響いてきた。
「皆様、少しよろしいかしら?」
立ち上がったのは、シルヴィアであった。
銀の髪をさらっと耳にかけ、美麗に微笑んでみせると、気味が悪いほど、家臣たちの視線がシルヴィアに釘付けになる。
シルヴィアは、優雅な足取りで、前に出た。
「先程から、私達の中だけで、次期国王についてお話ししてしまっているけれど、この件に関して、最も発言権を持っているのは、現国王のエルディオ様ではなくて? 私は、エルディオ様が選んだお方こそ、次期国王に相応しいと思いますわ」
まるで緊張感のない、滑らかな口調に、バジレットは、すっと目を細めた。
「我が息子エルディオは、話せるほどに回復していないと聞くが?」
シルヴィアは、ふふっと笑みをこぼした。
「そんなことありませんわ。私、ずっと寝たきりのエルディオ様についていますけれど、何度かお話しましたのよ。それに、指は動かせますもの。……例えば、こんなのはいかが? 紙に次期国王候補の名前を書いて、エルディオ様に、指で示して頂くの」
にんまりと口の端を上げて、シルヴィアは微笑んだ。
「シャルシス殿下と、この私、どちらが次期国王に相応しいのか、選んで頂くのよ……」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.223 )
- 日時: 2018/01/11 11:46
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
つかの間、シルヴィアの言っていることが理解できず、ルーフェンは眉をしかめていた。
シルヴィアは、この国の召喚師だ。
サーフェリアが、召喚師と国王を別の存在として分けている以上、シルヴィアが国王に選ばれることはない。
それなのに、何故この女は、シャルシスと己の名前を並べているのか。
そこまで考えて、あることに気づくと、ルーフェンはぎょっとした。
(……まさか……!)
鼓動が、どくどくと加速し始める。
ぶわっと全身に鳥肌が立って、ルーフェンは、シルヴィアを凝視した。
そして、そのおぞましいほど整った、シルヴィアの満面の笑みを見て、心の底からぞっとした。
(この女、王座を狙ってる……?)
召喚術の才は、ノーラデュースでフォルネウスを召喚したあの時から、既にルーフェンに移っている。
つまり、直にルーフェンが召喚師に就任することになるし、そうなれば、シルヴィアの称号は、『国王エルディオの妻』になる。
そして、国王の妻は、王族の血を引いていなくとも、王位継承権を持っている。
「──……!」
嫌な汗が噴き出して、震えが止まらなくなった。
単なる推測に過ぎない。
過ぎないが、もしシルヴィアが、国王の座を狙っているのだとしたら。
自分が王座につくために、自分より順位の高い他の王位継承者を、殺していたのだとしたら──。
そんな考えがよぎって、頭から離れなくなった。
証拠はない。
王位継承者の死は、本当にただの偶然かもしれない。
しかし、シェイルハート家の兄弟たちはともかく、あのフィオーナの自害は、未だに信じられないのだ。
もし、自害と見せかけた殺害だったら──。
全て、シルヴィアの仕組んだ罠だったとしたら──。
この女なら、やりかねない。
そんな強い確信が、ルーフェンにはあった。
王位継承者の候補の中に、バジレットやシャルシスだけではなく、召喚師退任後のシルヴィアも含まれていたことに気づくと、家臣たちも、ざわざわと騒ぎ始めた。
「そうか、まだシルヴィア様がいらっしゃったな」
「陛下はシルヴィア様をご寵愛なさっているし……」
否定的でない家臣たちの声を聞いて、ルーフェンの中に、焦燥感が生まれた。
いつも思うことだが、なぜ自分以外、シルヴィアの正体に気づかないのだろう。
この女の中に見え隠れする闇は、形容しがたい恐ろしさを内包している。
それなのに、いつだってこの女に怯え、嫌っているのは、ルーフェンたった一人だ。
だが、今のルーフェンは、この場で発言することができなかった。
シルヴィアが、他の王位継承者を殺害した証拠など、何一つないからだ。
バジレットは、無表情のまま、じっとシルヴィアを見つめていた。
だが、やがてふうっと息を吐くと、シルヴィアに言った。
「……なるほど、そなたの言う通りだ。エルディオが意思表示できるまでに回復しているのなら、次期国王の決定権はエルディオにある。この件は、そなたに任せよう」
「……はい、お任せください。バジレット様」
バジレットは、最後に、シルヴィアの意見に対する異論がないか、家臣たちを見回して確認した。
騒がしかった広間が静まり、しばらく、沈黙が流れる。
現国王の意向を優先するのであれば、それに反論する者はいないようだ。
バジレットは、密かにルーフェンを一瞥すると、その場を閉じたのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.224 )
- 日時: 2017/12/22 17:59
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
解散の流れに身を任せて、謁見の間を出たルーフェンだったが、自分でも、どうやって長廊下まで出てきたのか、よく分からなかった。
シルヴィアが、王座を狙っているかもしれない。
にっこりと笑って発言していたシルヴィアの顔が、頭に焼き付いて、他のことは何も考えられなくなっていた。
シルヴィアが、本当に国王に即位してしまったら、どうなるのだろう。
彼女が治める国で、自分は召喚師としてやっていくのだろうか。
そんな絶望にも近い感情が、胸の奥にこびりついて、離れなくなった。
しばらく立ちすくんでいると、同じく謁見の間から出てきたらしいオーラントが、話しかけてきた。
しかし、その声も耳に入らず、返事をしないでいると、ルーフェンの異変に気づいたのか、オーラントが眉を寄せた。
「おい、どうした、顔が真っ青だぞ?」
肩を揺さぶられて、はっと我に返る。
ルーフェンは、緩慢な動きでオーラントを見上げたが、その瞳は暗く、何も映っていなかった。
「……オーラントさんは……」
低い声で、ルーフェンは言った。
「次の王は、誰になると思いますか」
「…………」
オーラントは、ルーフェンの様子を伺いながら、答えた。
「誰って……さっきの感じだと、シルヴィア様が召喚師の座をあんたに譲った後、即位しそうな雰囲気でしたけど」
ルーフェンの目が、大きくなった。
やはり、その認識なのだ。
次期国王には、シルヴィアが即位する可能性が高いと、皆そう思い込み始めている。
爪が食い込むほど強く、拳を握ると、ルーフェンは呟いた。
「そんなこと、させてたまるか……」
言うや否や、さっと身を翻して、ルーフェンが歩き出す。
オーラントは、慌ててその腕を掴むと、ルーフェンを引き留めた。
「おい、だからどうしたんだよ! さっきからおかしいぞ!」
「──うるさい!」
強引に腕を振りほどくと、ルーフェンは叫んだ。
「どうして皆、分かんないんだよ! きっとあいつが……あの女が、全員殺したんだ! 自分が国王になるために!」
突然の発言に、オーラントが身を強ばらせる。
オーラントは、大急ぎで周囲に人がいないことを確認すると、近くの使われていない客室に、ルーフェンを連れて飛び込んだ。
本殿の長廊下で、あんな物騒な発言をして、誰かに聞かれていたら洒落にならない。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.225 )
- 日時: 2017/12/23 21:38
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: hAr.TppX)
客室の周りに、何の気配もないことを確認すると、オーラントはルーフェンの肩に手を置いた。
「とりあえず、落ち着いてください。何があったんですか。あんた、さっきまで余裕ぶっこいて、レオンの奴に喧嘩売ってたじゃないですか」
「…………」
ルーフェンは、込み上がってきたものを抑えるように、ふうっと息をついた。
そして、背中を壁に擦るようにして、ずるずるとその場に座り込んだ。
「……昨晩、フィオーナ姫と話したんです。とても、自害を考えてるようには見えなかった……。きっと、全部シルヴィアが仕組んだんです。ハーフェルンからの帰り道に、馬車が転落したのも、全部、全部……。王位継承者を殺して、最終的に自分が王座に上り詰めるために、シルヴィアがやったんだ」
ルーフェンの弱々しい声に、オーラントは、どう答えて良いか分からなかった。
正直、言葉の内容よりも、ここまでルーフェンが狼狽えていることに、驚きが隠せない。
ノーラデュースに行って、命を落としかけた時だって、ルーフェンはこんなに追い詰められたような顔はしていなかった。
シルヴィアが、王位継承者──つまり、自分の子供たちまで殺しただなんて、ルーフェンは何を言っているのだろう。
そう思ったが、何も聞かずに突っぱねるのも躊躇われて、オーラントは、がしがしと頭を掻いた。
「……まーた突拍子もないことを。シルヴィア様が王位継承者を殺したって、本当なんですか? 正直俺には信じられねえし、彼女がそこまでして王座につきたい理由も分かりません」
立てた膝の間に顔を埋めて、ルーフェンは、ゆるゆると首を振った。
「そんなの、俺にも分かりません……。あの女のことは、もう、何も分からない……」
困ったように眉を下げ、オーラントは、ルーフェンを見つめた。
ルーフェンの言っていることは、支離滅裂だ。
根拠も証拠も分からないのに、シルヴィアが殺人犯だと決めつけて、一人で混乱している。
オーラントは、肩をすくめた。
「あんたの言ってることを、疑ってる訳じゃありません。王位継承者が連続で四人も死んで、何か事件性があるんじゃないかって思うのも、まあ分かります。ただ、シルヴィア様の名前をあげるってのは、よく理解できません。シルヴィア様は、これまでこの国を守ってきた召喚師であり、あんたの母ちゃんでしょう。どうしてそんな風に思うんです?」
なるべく優しく問いかけたつもりであったが、ルーフェンは、顔すら上げなかった。
塞ぎこんだように俯いて、ルーフェンは、冷ややかに笑った。
「……あの女が母親だっていうなら、どうして……」
「…………」
微かに目を見開いて、オーラントが黙りこむ。
途中で言葉を切ったルーフェンは、膝から顔を出すと、疲れたように続けた。
「……俺には、あの女が、薄気味悪い人形にしか見えません。いっつも同じ顔で、壊れたみたいに、同じこと言ってて、何を考えているのかも分からない。見ていると、吐き気がする。……でも、そう感じているのは、俺だけなんです。最初は、俺があの女のことを嫌ってるから、感覚的にそう感じてるんだと思ってたんですけど、多分違う。本当に、あの女を見てると、狂いそうなくらい気持ち悪くなるんです。……俺が、俺だけが、おかしいんでしょうか」
「…………」
平坦な光を瞳に浮かべて、ルーフェンは目を伏せた。
きっと誰にも分かってもらえないのだろうと、諦めたような目だった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.226 )
- 日時: 2017/12/24 17:59
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
正直なところ、やはりオーラントにも、ルーフェンの言い分はよく分からなかった。
これといって、シルヴィアのことを深く考えたこともなかったが、これまで、彼女に関する悪い噂を聞いたことはない。
むしろ、国王が寵愛する美しく強力な魔女だと聞き及んでいたから、優れた召喚師なのだと思い込んでいた。
今回、シルヴィアが次期国王に即位する可能性があると知ったときも、別に、まずいとは思わなかった。
サーフェリアの歴史上、召喚師一族が国王になるというのは、例のないことだから、全く抵抗がないかと言われたら、嘘になる。
しかし、たった一歳のシャルシスに王座を押し付けるよりは、ずっと良いと思った。
ルーフェンが、シルヴィアのどこに嫌悪感を抱いているのか。
不思議でたまらない。
しかし、膝を抱くルーフェンの手が、微かに震えていることに気づくと、オーラントは瞠目した。
「ルーフェン、お前、怖いのか……」
「…………」
ルーフェンは、何も答えなかった。
答えなかったが、その姿は、怯えているようにしか見えなかった。
オーラントは、すっと息を吸った。
そして、力任せにルーフェンの背中をぶっ叩くと、言った。
「よし、分かった! もういい、今日は寝ろ! たっぷり夕飯食って、寝ろ! んで、頭がすっきりしたら、また俺に説明しろ」
突然ぶっ叩かれて、目を白黒させていたルーフェンは、訝しげにオーラントを見上げた。
「せ、説明って、何を……」
「は? 全部ですよ、全部。シルヴィア様に対して、あんたが思ってることを、俺が理解できるまで、全部説明してください」
ますます困惑した様子で、ルーフェンが眉を寄せる。
説明なら既にしたし、したところで、どうせ理解されないと思っているのだろう。
オーラントは、ルーフェンの頭を掴んで、髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「正直な、今のあんたの話、俺にはさーっぱり分かりませんでした。でも俺は、実のところ、シルヴィア様のことは超絶美人であるということ以外、何も知りません。一方ルーフェン、あんたのことはそこそこ知ってる。だから俺は、シルヴィア様とルーフェン、どっちを信じるかと言われたら、間違いなくあんたを信じます!」
「…………」
ぽかんとしているルーフェンの顔を、真っ直ぐに見つめて、オーラントは言った。
「もちろん、あんたにだって勘違いはあるでしょうから、俺は、根拠もなくシルヴィア様を疑ったりはしません。ただ、あんたが意味もなく、人を殺人犯呼ばわりしたり、薄気味悪いだの何だの言うような奴じゃないってことも、ちゃんと分かってます。シルヴィア様に対して、あんたが何かを感じたなら、そう感じた理由があるはず。もし、彼女が国王として即位することを阻止するなら、その理由をちゃんと明らかにした後です! でないと、何の証拠もなくシルヴィア様を貶めようとした、罪人扱いされちまいますからね」
オーラントは、夕暮れの空が覗く窓を見て、続けた。
「──でも、今日はとにかく終わり! もう暗くなってきたし、くたくたの頭で何したって、効率が悪いだけです。前にも言いましたが、あんたの悪い癖は、ごちゃごちゃ難しく悩んで、一人で勝手に混乱していくこと。動くなら、焦らず慌てず明日から! いいですね?」
「わ、分かりました……」
オーラントによってぼさぼさにされた頭をおさえながら、ルーフェンは、珍しく素直に頷いた。
もはや、オーラントの勢いに押されて、思考が停止しているようだ。
オーラントは、再度周囲に人がいないことを確認すると、ルーフェンと共に、客室から出た。
そして、群青の混じる茜色の空を見上げて、大股で長廊下を歩き始めた。
「いやぁ、随分話し込んじまったな。おかげで仕事もたまったし、問題は山積みだが、今からあんたがやることはなんだ?」
「……寝る」
「そうだ! さっさと寝ろ寝ろ! さあ帰るぞー」
オーラントは、妙に楽しげに笑いながら、ルーフェンを自室へと引きずっていったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.227 )
- 日時: 2017/12/26 22:39
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: CwTdFiZy)
ルーフェンを、自室まで送り届けた後。
薄暗い長廊下を歩きながら、オーラントは、ルーフェンと交わしたやりとりを、何度も思い返していた。
ルーフェンには、「動くなら明日から」と言ったが、もし本当にシルヴィアの即位を妨害しようと思うなら、のんびり寝ている暇などない。
臥せっているエルディオが、今夜にでも、次期国王としてシルヴィアを指名してしまうかもしれないのだ。
そうなれば、シルヴィアの即位は免れない。
先程のルーフェンは、どこか様子がおかしかった。
物事を冷静に判断できていないようだったし、あのまま放っておけば、シルヴィアの元に特攻して、何をしでかすか分からない。
だから、動くなら明日からだとなだめて、ひとまず自室に帰した。
──だが、もし本当にルーフェンの言う通り、シルヴィアには裏の顔があるのだとしたら。
そんな考えにたどり着いて、オーラントは、ふと足を止めた。
(今、動けるのは俺だけ……なんて。何を考えているんだろうな、俺は)
同時に、何か苦いものが込み上げてきて、オーラントは苦笑した。
冷静でないのは、自分の方だ。
たった十四の子供の言葉を気にして、自分は何をしようとしているのだろう。
仮に、シルヴィアの即位を妨害できたとしても、残る次期国王の候補は、まだ赤ん坊のシャルシスのみ。
バジレットの言葉に従って、遷都をしても、おそらく反発してくる者は多い。
シルヴィアを即位させるのが、一番穏便な道だ。
そう思うのに、怯えたように震えていたルーフェンの姿を思い出すと、何かが胸に突っかかった。
ルーフェンが、嘘をついているとは思えない。
だが、何の根拠もなくシルヴィアを陥れようとすれば、悪になるのは絶対的にこちらだ。
ならば、どうしたら確信を持って、ルーフェンの言葉が真実だと証明できるだろう。
ルーフェンの味方になるためには、どう動くべきだろう。
闇に飲まれていく夕日の影を見つめながら、オーラントは思った。
そうして、ルーフェンとの会話を一つ一つ辿っている内に、オーラントは、ある言葉を思い出した。
──……あの女が母親だって言うなら、どうして……。
真っ青な顔で、そう呟いていたルーフェン。
あの言葉の先は、なんだったのだろう。
どうして──……。
(……どうして……自分はヘンリ村で育ったのか、とか?)
そう思いついたとき、オーラントは、はっと目を見開いた。
そうだ、何故ルーフェンは、幼少期をヘンリ村で過ごしていたのだろう。
次期召喚師は、召喚師の元で育てられるはずなのに。
途端に、色々な疑問が押し寄せてきて、オーラントは息をのんだ。
召喚術の才を持っている以上、ルーフェンがシルヴィアの実子であることは確かだ。
それなのに、どうしてルーフェンは、ヘンリ村にいたのだろうか。
それどころか、八歳のルーフェンがヘンリ村で発見されるまで、王都では『次期召喚師はまだ生まれないのか』と、騒がれていた。
つまりそれは、十四年前にルーフェンが生まれたこと自体、世間には知らされていなかったということだ。
(何故ルーフェンの誕生は、知らされていなかったんだ……? シルヴィア様がルーフェンを生んだとき、一体何があった……?)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.228 )
- 日時: 2017/12/27 19:07
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
十四年前、オーラントは既にノーラデュースに常駐していたし、特別王都での出来事に関心を持っていたわけではないから、詳しいことは分からない。
しかし、今改めてルーフェンの出自について考えてみると、不可解な部分が多かった。
まず、生まれてから八年間、何故ルーフェンは存在に気づかれず、ヘンリ村で暮らしていたのか。
生まれた瞬間に、賊に誘拐でもされたというのだろうか。
いや、それならもっと騒動になって良いはずだし、ルーフェンの誕生自体を、世間が知らなかった理由にはならない。
(……とすると、ルーフェンが生まれたことは、何者かによって意図的に隠されていたってことか……? わざわざヘンリ村に捨てて? 誰が、一体何のために……?)
恐怖にも似た息苦しさが、喉の奥からせり上がってきた。
そもそも、何故こんな重要なことを気にしていなかったのだろう。
自分だけではない。
この王宮にいる者達全員、どうしてシルヴィアとルーフェンの関係に、疑問を持たず、平然と過ごしているのか。
既に、周囲が定かに見えなくなった夕闇の中、オーラントは歩き出した。
どうするかなんて決めていなかったが、気づけば足は、シルヴィアが暮らす離宮の方へと向いていた。
何かがおかしい、という思いが、唐突に突き上げてくる。
ルーフェンの出生の謎に、これまで誰も触れようとしなかっただなんて、普通に考えて、あり得ないはずだ。
ルーフェンの過去を隠蔽するために、誰かが、王宮の者達の意識を操っていたのではないか、とさえ思う。
ルーフェンだけが感じる、シルヴィアに対する嫌悪感。
それは、確かに存在するのではないか。
第一、シルヴィア・シェイルハートとは、一体何者なのだろう。
既に三十半ばを過ぎているはずなのに、まるで二十歳そこそこの娘のように、若々しく見える。
彼女は、最愛の夫、エルディオが重体で臥せり、息子三人も死んで間もないというのに、今日の謁見の間で、にこやかに微笑んでいた。
その笑みを思い出した瞬間、どっと冷や汗がにじんできて、オーラントは足を速めた。
ルーフェンの言う、シルヴィアの薄気味悪さというものが、分かったような気がする。
まだ、確たる証拠を見つけたわけではない。
だが、まるで夢から覚めたかのように、頭の靄(もや)が消え去って、シルヴィアに対する違和感が拭えなくなった。
シルヴィアとルーフェンの間に、何があったのか。
気味が悪いほど、誰もその理由を知らないし、気にしようともしていない。
しかし、彼を産み落とした張本人──シルヴィアならば、確実に何かを知っているはずだ。
シルヴィアが次期国王に相応しいかどうかよりも、ルーフェンの不安を除いてあげたい一心で、オーラントは長廊下を早足で抜けた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.229 )
- 日時: 2017/12/28 21:00
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SsOklNqw)
本殿を出ると、冷たい冬の夜風が、肌をかすってくる。
少し歩く速度を緩めて、庭園の茂みに身を隠すと、オーラントは、そっと離宮の方を覗き見た。
(シルヴィア様は、まだ陛下のところか……?)
離れの庭園に、ぽつりと聳える離宮。
アレイド達が亡くなった現在、住んでいるのはシルヴィアだけだが、今は、その唯一の主も不在らしい。
離宮の中は真っ暗で、人の気配も感じられなかった。
思えば、この離宮の在り方もおかしいのだ。
シルヴィアは、普段から離宮には人を近づけようとせず、警備の者すら置いていなかった。
それを奇妙だと思ったことなど、これまではなかったが、仮にも国の重要な立場である彼女が、護衛を一人もつけないというのはおかしな話であった。
確かに、王宮自体には守護の結界も張ってあるし、騎士や魔導師も大勢警備についているから、わざわざ離宮にまで警備を置く必要がないと言われれば、それまでだ。
しかし、やはり召喚師一族が、守りの固い本殿から離れて暮らしているだけでなく、警備も置かずに離宮で過ごしているなんて、怪しい。
今は、シルヴィアがこの離宮に、『人に勘づかれたくない何か』を隠しているとしか思えなかった。
周囲の気配を探りながら、夜闇に身を潜め、そっと離宮の扉に近づく。
その取っ手に手をかけようとして、つかの間動きを止めると、オーラントは嘆息した。
(……俺も、焼きが回ったか……)
ルーフェンへの情にほだされて、離宮に侵入しようとするだなんて。
もし、このことがばれれば、オーラントは正真正銘の罪人になる。
今ならまだ、言い訳もつくが、万が一シルヴィアの部屋に忍び込んだところを見つかってしまったら、もう言い逃れは出来ないだろう。
(……ごめんな、馬鹿な親父で)
息子の顔を頭に浮かべながら、オーラントは、素早く離宮の中に侵入した。
あまりにも簡単に侵入できて、一瞬、何かあるのではないかという不安に駆られる。
しかし、暗い螺旋階段を上り、最上階のシルヴィアの部屋の前に来ると、意を決して、オーラントはその扉を開けた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.230 )
- 日時: 2017/12/29 18:35
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「──……」
部屋に入った途端、ひとりでに燭台に火が灯って、視界が明るくなった。
白亜の石床に、豪華な金縁の寝台。
窓際に置かれた文机と、その隣に並ぶ小さな本棚。
見た限りでは、特に変わったものは置いていない。
オーラントは、ごくりと息を飲むと、物音を立てないように気を付けながら、ゆっくりと部屋の中に踏み込んだ。
どこかに、シルヴィアの正体を暴く“証拠”があるかもしれない。
十四年前の、ルーフェンの出自に関する手がかりでも良い。
シルヴィアが戻ってくる前に、何かしらを見つけなければ──。
慎重に、しかし焦りながら、手近な文机に手を伸ばした。
──その時だった。
「……こんばんは、バーンズ卿」
突然、背後から声がして、部屋の扉が勢いよく閉まる。
咄嗟に振り返ったオーラントは、はっと身を凍らせると、気配もなく現れたシルヴィアに、大きく目を見開いた。
「っ、召喚師、様……」
思わず、声が震える。
シルヴィアは、微かに目を細めると、ゆっくりとオーラントに近づいてきた。
「……そんなに怯えないで。大丈夫よ。貴方を呼んだのは、私なのだから……」
シルヴィアが、微笑む。
穏やかに──この上なく、美しく。
オーラントは、文机を背後に後ずさると、くっと歯を食い縛った。
ルーフェンの出自を明らかにしたくて、この部屋に侵入した。
だが、何故自分は、シルヴィアの部屋に来ることを選んだのだろう。
十四年前のことを探るなら、別の方法もあったはずなのに。
何の迷いもなく、自分は離宮のシルヴィアの部屋を訪れた。
そう、まるで誘い込まれるように──。
(まずい。まさか、全部この女の手の中だったのか……?)
ぐらぐらと揺れてきた視界に、オーラントは、頭を押さえた。
ルーフェンがヘンリ村で育ったことを知っていたのに、十四年前に何が起きたのか、全く疑問に思わなかった。
そして今回も、何故か離宮に来れば、シルヴィアの秘密が掴めると確信して、この部屋に入り込んでしまった。
自分で考えた末の行動だと信じこんでいたが、もしかしたら全て、シルヴィアの術中にはまっていたが故に、とらされていた行動だったのではないか。
そんな考えが押し寄せてきて、背筋が凍る。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.231 )
- 日時: 2017/12/30 18:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
オーラントは、ぐっと全身に力を込めると、その場にひざまずいた。
「……無断で、召喚師様のお部屋に侵入したこと、許されることではありません。大変、申し訳ありません。……ですが、貴女様にお聞きしたいことがあって、参りました」
シルヴィアは、首を傾けた。
「……何かしら?」
相変わらず、シルヴィアは笑みを崩さない。
その余裕そうな表情が、ひどく不気味に思えた。
今、自分が吐いているこの台詞も、シルヴィアに言わされていることなのかもしれない。
そう思うと、恐ろしくて、言葉が出てこなくなる。
しかし、なんとか喉の奥から声を絞り出すと、オーラントは、口を開いた。
「……十四年前……ルーフェン──次期召喚師様に、何があったのですか……。何故彼は、貴女様の元で育てられなかったのです」
「…………」
つかの間沈黙して、シルヴィアは、口を開いた。
「……何故? だってあの子は、私の息子ではないんだもの」
何の躊躇いもなく、そう言い放ったシルヴィアに、オーラントは眉を寄せた。
「何を、言って……。貴女様の息子じゃないというなら、どうしてルーフェンは、召喚術が使えるんですか! 銀の髪、瞳、顔立ちもそっくりで……血の繋がりがないなんて、とてもそうは思えない……!」
思わず立ち上がって、シルヴィアに詰め寄る。
シルヴィアは、ふわりと微笑んで、オーラントを見上げた。
「血の繋がりがあったら、何故息子だと認めなくてはならないの?」
「は……?」
一瞬、耳を疑って、オーラントは瞠目する。
この女は、笑顔で何を言っているのだろうと、心の底から震えが走った。
「何故って……それは」
困惑しているオーラントに、シルヴィアは、すっと手を伸ばした。
「あんな子、私は最初から望んでいなかったの。それなのに、どうして息子だなんて、認めなくてはならないの?」
「…………」
オーラントの頬を、滑らかな細い指が、するりと撫でる。
シルヴィアは、鼻先が触れあうほどに近く、オーラントに顔を近づけると、すっと銀の睫毛をあげた。
「……やっぱり、貴方を呼んで良かったわ。ねえ、バーンズ卿」
とろけた蜜のような、甘くて艶のある声が、オーラントの耳をくすぐる。
その声を聞いていると、だんだん思考する気もなくなってきて、オーラントは、その場から動けなくなった。
「ルーフェンに、何か言われた? それとも、ノーラデュースまで二人で旅をして、あの子に情が湧いたのかしら」
くすりと笑って、シルヴィアは、オーラントの耳元で囁いた。
「いい? ルーフェンは、私の息子じゃないわ。あの子は、私から全てを奪う、略奪者なのよ……」
すっと目を閉じて、シルヴィアは、オーラントの唇に口付けた。
「……っ」
何度も角度を変えて、柔らかく──。
そうして、優しく唇を啄(ついば)まれている内に、もはや、返す言葉も思い付かなくなって、オーラントも目を閉じた。
ルーフェンは息子じゃない。
息子じゃない。
息子じゃない──。
この女は、その一点張りだ。
もう、何を言っても無駄なのだ。
そう思うと、わざわざ危険を冒してまで、シルヴィアの正体を突き止めようとした自分が、馬鹿らしく思えてきた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.232 )
- 日時: 2017/12/31 18:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e/CUjWVK)
頭がぼんやりして、意識が沈んでくる。
だが、その時──。
ふいに頭の中で、ぼこぼこっと泡立つような水音が聞こえた。
「──……!?」
一気に意識が浮上して、はっと目を見開く。
オーラントは、シルヴィアの華奢な肩を掴むと、思いきり彼女の身体を突き飛ばした。
「──ふざ、けるな!」
よろけたシルヴィアが、石床の上に崩れ落ちる。
オーラントは、苦しげに咳き込むと、突き上げてきた怒りに、シルヴィアをきっと睨み付けた。
「黙って聞いてりゃ、抜けしゃあしゃあと……! ルーフェンは息子じゃない? 最初から望んでいなかった? あんた、その台詞、ルーフェンに直接言ったんじゃないだろうな!?」
「…………」
シルヴィアの顔から、ふっと笑みが消える。
そんなことには構わず、オーラントは、怒鳴り声をあげた。
「血の繋がりがあったら、何故息子だと認めなくてはいけないのかなんて……そんなの、決まってる! あんたとその旦那が、ルーフェンを生んだからだろ! 勝手に生んだくせに、望んでなかったからさようなら、ってか? いい加減にしろよ!」
オーラントは、だんっ、と文机を殴り付けた。
「ルーフェンには、何かを言われた訳じゃない。言わねえんだよ、あいつ。どんな危険な目に遭っても、悟ったみたいな平然とした顔しやがって……まだ十四のガキだぞ? そのルーフェンが、あんたの話になった途端、怯えて縮こまってた。ガキにあんな顔させて、あんたは一体何がしたいんだよ!」
しん、と部屋が静まり返る。
激昂するオーラントを見て、シルヴィアはゆっくりと立ち上がると、冷たい声で言った。
「……貴方、フォルネウスの暗示にかかった?」
シルヴィアの問いに、オーラントが眉を寄せる。
フォルネウスは、サーフェリアの召喚師が使役する、銀鮫の姿をした悪魔だ。
フォルネウスの能力は、対象の脳に暗示をかけること。
オーラントは、ノーラデュースでイグナーツ達と交戦した際、ルーフェンに「動くな」という暗示をかけられている。
(フォル、ネウス……?)
先程、シルヴィアに口付けられたとき。
奇妙な水音が聞こえてきたのを思い出して、オーラントが目を見開く。
その反応に、ふっと嘲笑すると、シルヴィアは、さらりと髪を耳にかけた。
「そう……そういうこと。あの子、召喚術を嫌っているみたいだったから、使わないと思っていたのだけれど、貴方にフォルネウスの能力を使ったことがあるのね。道理で、私の暗示が弱まっていると思った」
微かに声音を低くして、シルヴィアが向き直る。
オーラントは、はっと身構えた。
「お前、やっぱり俺達に、術かなんかかけてやがったのか……!」
シルヴィアは、今までの表情とは違う、冷たい笑みを浮かべた。
「だったら、なあに?」
──刹那、シルヴィアの手が、素早く翻る。
直感で危険を察知し、短槍ルマニールを発現させたオーラントだったが、瞬間、右腕に熱い衝撃が走って、血潮が舞った。
「────っ!」
あまりの激痛に、ルマニールを取り落とす。
落下したルマニールは、歩み寄ってきたシルヴィアが踏みつけると、あっという間に光の粒子となって、大気に還元されてしまった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.233 )
- 日時: 2018/01/01 17:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
まるで、獣の爪に引き裂かれたかのように──。
血の滴る右腕を抑えて、オーラントが呻き声をあげる。
そんな彼を見下ろすと、シルヴィアは、満足げに口端をあげた。
「……だって、暗示でもかけないと、皆、私の言葉を聞いてくれないんだもの。私、何度も言ったのよ。あの子は私の息子じゃない。三人目の子供は、死産だったのよ、って。……まあ、そんなことをしても、完全に信じてくれる人なんて、結局いなかったけれど」
一瞬、シルヴィアの表情に陰りが差す。
「……誰も、私を見てくれない。聞いてくれない。召喚師の座すら奪われたら、きっとこの国に、私の居場所はなくなってしまう。本当に私を認めてくださるのは、エルディオ様だけ……」
オーラントは、喘鳴しながらも、なんとか顔をあげると、吐き捨てるように言った。
「……召喚師の座を退いたら、居場所がなくなる。だから今度は、王座でも狙おう、ってのか? 他の王位継承者を殺したのも、お前か……!」
オーラントの問いに、シルヴィアは、低い声で返した。
「……それも、ルーフェンが言ったの?」
普段のシルヴィアからは、全く想像もできないような、凄みのある声。
思わず沈黙すると、それを肯定ととったのか、シルヴィアは、くつくつと笑い始めた。
「本当に、どこまでもどこまでも、目障りな子供……。私から力を奪い、地位を奪い、これ以上なにを奪おうって言うの……」
オーラントは、ぐっと歯を食い縛った。
「奪ってるのは、あんたの方だろ……」
掠れた声を、喉の奥から絞り出して、オーラントは言った。
「自分の出自も、よく分からないまま……いきなり、お前は息子じゃないとかほざく母親の元に連れてこられて……。挙げ句、召喚師としての生を強いられて……。ルーフェンが、一体どんな気持ちで、日々を過ごしてきたのか、考えたことあるのか。親に拒絶されて、子供が傷つかないわけがない。どうして、それが分からない……!」
出会ったばかりの頃の、途方にくれたような、茫洋とした瞳のルーフェンを思い出して、オーラントは叫んだ。
きっと、本当の意味でルーフェンの苦しみを理解してあげられるのは、この女だけなのに。
同じ召喚師一族として、母親として。
彼に寄り添ってあげられるのは、このシルヴィアだけなのに──。
強く食い縛った唇の端から、つっと血が垂れる。
こみ上がってくる猛烈な怒りを堪えながら、オーラントは、シルヴィアを睨み付けた。
しかし、再び口を開く前に、シルヴィアの態度が一変した。
「──お前こそ、私の気持ちなんて、知りもしないくせに……!」
かっと見開かれた、凄絶な瞳で、シルヴィアがオーラントを睨み返す。
突如、髪を掻き乱し、絶叫すると、シルヴィアはわなわなと唇を震わせた。
「私は、ルーフェンを生んだんじゃない! 生まされたの! お前たちのように、次期召喚師を望むこのサーフェリアの民が! 次期召喚師を生まぬことなど、許してはくれなかった……!」
浅く呼吸を繰り返しながら、シルヴィアがどんっと壁にもたれかかる。
両手で顔を覆い、錯乱したように瞳をさまよわせるシルヴィアの様子は、明らかに異常であった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.234 )
- 日時: 2021/01/14 13:55
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
──刹那。
視界がぐにゃりと歪んで、突然、オーラントは急激な目眩に襲われた。
立っていたはずの石床が消えて、まるで、空中に放り出されたかのような感覚に陥る。
思わず目を閉じて、受け身をとろうと身を丸めたが、次に目を開けたとき、オーラントが立っていたのは、今までいた部屋とは違う部屋だった。
先程までいたシルヴィアの部屋と、構造自体は変わらない。
だが、雰囲気が全くの別物だった。
寝台の位置も、文机の位置も同じ。
しかし、今いる部屋の空気は、まるで鉛のように重く、淀んでいる。
加えて、部屋中を取り囲むように、巨大な本棚がいくつも並んでいた。
(ここは、どこだ……!?)
咄嗟に状況が把握しきれず、呆然と辺りを見回す。
そして、高くそびえる本棚に詰まった、沢山の魔導書を見たとき。
オーラントは、目を見張った。
(禁忌魔術の、魔導書……!?)
禁忌魔術とは、その危険性から発動することを禁止された、古代魔術のことである。
研究されることも禁じられているため、謎に包まれた部分が多いが、禁忌魔術には、大きく分けて二つの種類が存在する。
一つは『時を操る魔術』、もう一つは、『命を操る魔術』である。
行使すれば、発動させた魔導師も代償を払わざるを得ない、強大で、凶悪な魔術──。
古(いにしえ)の時代に封印され、その存在に触れることすら禁忌とされる魔術であるため、オーラントも、知識として知っているだけだ。
しかし今、目の前にある大量の魔導書を見たとき、すぐに、これは禁忌魔術の魔導書なのだと分かった。
魔導書から発せられる魔力が、あまりにも邪悪で、どす黒かったからだ。
また、この魔力に包まれた時に感じる、奇妙で息苦しくなるような感覚は、移動陣を前にしたときに感じる、その感覚に微かに似ていた。
──……リーヴィアス・シェイルハート……。
──じゃあ、移動陣を作り出したのは、召喚師一族ってことですか?
──そうなんでしょうね。
以前、ルーフェンとアーベリトに行くため、移動陣を使ったときの会話を思い出す。
考えてみれば、移動陣も、移動時間を短縮させるという意味では、一種の『時を操る魔術』なのかもしれない。
通常、複数人の魔術師を動員しなければ使えない、強力な魔術であるし、使用した者は、しばらく動けないほど身体に激痛が走る。
移動陣は、他に存在する禁忌魔術に比べれば、危険性が低い部類なのだろう。
しかし、古に存在ごと封印されたはずの禁忌魔術──移動陣を、かつてリーヴィアスという名の召喚師が完成させたのだとすれば、今、シルヴィアの部屋に、禁忌魔術の魔導書があることも頷けた。
(召喚師一族は、禁忌魔術を保有してるのか……?)
この推測が、真実かどうかはまだ分からない。
だが、目の前にずらりと並ぶ魔導書の中には、厳重に錠をつけられたものや、鎖が巻かれたものまである。
とても、普通の魔導書とは思えなかった。
「おいっ、ここは、なんだ……!」
部屋の隅で、うずくまっているシルヴィアに問いかけると、シルヴィアは、ゆっくりと顔をあげた。
その顔を見て、オーラントはぎょっとした。
シルヴィアの顔が、まるで老婆のように変貌し、やつれていたからである。
「……っ!?」
シルヴィアも、己の変化に気づいたのだろう。
皺の刻まれた、枯れ枝のように細い自分の手を見て瞠目すると、すがりつくように本棚に駆け寄った。
そして、一冊の魔導書を開くと、ぶつぶつと何かを唱え始める。
その詠唱と共に、シルヴィアの背後に、ぼんやりと淡く光る、巨大な砂時計が現れた。
砂時計は、くるりと半転すると、白銀の砂をさらさらと逆流させていく。
そうして、溶けるように砂時計が消えたときには、シルヴィアは、元の若く美しい姿に戻っていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.235 )
- 日時: 2018/01/03 18:45
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: J1W6A8bP)
「今の……まさか、禁忌魔術か?」
警戒したようにオーラントが尋ねると、シルヴィアは、ふうっと息を吐いて、魔導書を本棚に戻した。
冷静さを取り戻したのか、シルヴィアの目には、もう混乱の色は見えない。
オーラントは、動く左手に再び短槍ルマニールを発現させると、言った。
「……おかしいと思ったんだ。あんたは、もう随分と長い間、その若い姿のままだ。周りの連中には、暗示か何かをかけて誤魔化してるのかもしれんが、俺は騙されない。あんた、禁忌魔術を使って……時を操って、若い姿で在り続けようとしてるんじゃねえだろうな?」
シルヴィアの返事を待たずに、オーラントは言い募った。
「この部屋は、一体なんだ? お前は……いや、召喚師一族は、禁忌魔術にまで手を出してるのか? 何が狙いだ? 王座について、何をする気なんだ?」
シルヴィアは、射抜くような鋭い視線をオーラントに向けると、冷笑した。
「少しお話ししようと思って、呼んだだけなのに……随分とうるさいわね。暗示が完全に効かないなら、もう、貴方はいらない……」
一歩、シルヴィアが踏み出す。
瞬時に、ルマニールを構えたオーラントだったが、しかし、その穂先を突き出す前に、オーラントは、シルヴィアにふわりと抱き締められていた。
まるで、赤子をあやすように、ぽんぽんとオーラントの後頭部を撫でると、シルヴィアは囁いた。
「そう……貴方にも、ルーフェンと同い年の息子がいるの。……その子も、王宮で魔導師として働いているのかしら……」
「────っ!」
ぞっとした。
一体どんな手を使って、思考を読まれているのかは分からなかったが、オーラントの頭の中で、けたたましく警鐘が鳴った。
「黙れ──っ!」
オーラントが、上擦った声をあげる。
シルヴィアは、一度身体を離すと、子供のように首を傾げて、オーラントの顔を覗きこんだ。
その瞳には、おぞましいほどの狂気が滲んでいる。
「……貴方以外にも、ルーフェンに深く関わってしまった人間は、いる? ノーラデュースに常駐していた魔導師たちや、貴方の息子も、ルーフェンのお友達になってしまった……? ねえ、教えて……?」
「──……っ!」
力一杯、シルヴィアを蹴り飛ばした。
その反動で、後ろに仰け反ったオーラントが、背後の文机に突っ込む。
衝撃で飛び出した、文机の引き出しから、ぱらりと何かが飛び出す。
それが、一枚の封筒であることに気づくと、オーラントは、差出人を見て、微かに目を見開いた。
(──アリア・ルウェンダ……)
咄嗟に封筒を懐に突っ込むと、オーラントは、扉めがけて走り出した。
もう、この場所にはいてはならない。
今すぐ逃げるべきだと、本能がそう告げている。
召喚術は、もうルーフェンが引き継いでいるから、シルヴィアはもうただの魔導師同然である。
だから、いざとなれば、対抗できると思っていたのに──。
この女には勝てない、そんな確信が、オーラントの中にはあった。
しかし、勢いよく開けた扉の先が、螺旋階段ではなく、深い深い闇であることを目の当たりにすると、オーラントは、立ち止まった。
「逃げられるわけ、ないでしょう?」
すぐ近くで、シルヴィアの声がする。
後ろから、すっと白い腕が伸びてきて、オーラントの目を覆った。
シルヴィアは、くすくすと笑いながら、オーラントの耳に唇を寄せた。
「ここは、さっきまでの部屋とは違うの。私が作り出した、私だけの部屋よ……。だから、私の許可がなければ、出ることは叶わない……」
ルマニールを握る手に、力を込める。
しかし、その次の瞬間には、オーラントの意識は、ぶつりと途切れた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.236 )
- 日時: 2018/01/04 18:45
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
* * *
窓から差し込む朝日で、ルーフェンは自然と目を覚ました。
外では、既に王宮中の官僚や魔導師たちが、忙しく立ち働いている。
訓練場の方からは、騎士たちの勇ましい掛け声が聞こえてきて、ルーフェンは、しばらくそれらの喧騒に、ぼんやりと耳を傾けていた。
こんなに朝寝坊をしたのは、いつぶりだろう。
最近は、次期召喚師としての業務に加えて、リオット族に関する仕事もこなさなければならなかったから、夜明け前に起きるのが常だった。
ぽつぽつと、オーラントとの会話を思い出しながら、ルーフェンは素早く着替えて、自室を出た。
次々と起こる、王位継承者の死。
そして、次期国王にシルヴィアが選ばれてしまうという焦りから、昨日はつい取り乱してしまった。
しかし、オーラントの言う通り、これは焦って解決できる問題ではないのかもしれない。
まだ、シルヴィアが王位継承者を陥れたという証拠もないし、そもそも、シルヴィアが王座につくことを防ぎたいと思っているのは、現時点でルーフェンだけである。
シルヴィアを嫌悪しているのも、王位継承者の死の黒幕がシルヴィアだと決めつけているのも、言ってしまえば、全てルーフェンの勘。
そんな状態でシルヴィアを問い詰めたとしても、彼女が簡単に真相を吐くわけがないし、きっと、周りを納得させることも不可能だ。
とにかく今は、冷静かつ迅速に──。
まずは王位継承者の死の真実を暴いていくことが、シルヴィアの即位を妨害するための一矢となるだろう。
(……そういえば、オーラントさんはどこにいるんだろう)
そんなことを考えながら、本殿の廊下を歩いていると、曲がり角で、どんっと誰かにぶつかった。
「あっ、ごめん」
咄嗟に謝るも、ばらばらと書類が舞って、床に散らばる。
相手も、大量の書類やら本を抱えていたせいで、歩いてくるルーフェンのことがよく見えていなかったようだ。
慌てて床にしゃがんで、落ちている書類をかき集めていると、ふと、その紙面に記載されている名前を見て、ルーフェンは瞬いた。
(ジークハルト・バーンズ……?)
はっと顔をあげて、ぶつかった相手を見る。
目の前で、同じように書類を拾っていた相手は、ルーフェンと同じくらいの年の、黒髪の少年であった。
「バーンズって……君、もしかして、オーラントさんの息子さん?」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.237 )
- 日時: 2018/01/05 19:08
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
以前オーラントが、ルーフェンと同い年の息子がいると言っていたことを思い出して、問いかける。
黒髪の少年──ジークハルトは、切れ長の目でじろりとルーフェンを見ると、少し驚いた様子で目を見開いた。
「……確かに、私はオーラント・バーンズの息子ですが」
そっけなく返して、ジークハルトが立ち上がる。
ルーフェンは、表情を明るくすると、集め終えた書類をジークハルトに差し出した。
「ぶつかってごめんね。俺は──」
「次期召喚師様、見れば分かります」
ずばっと言葉を一刀両断されて、思わず口を閉じる。
ジークハルトは、ルーフェンの手から書類を受け取ると、軽く頭を下げた。
「失礼しました。それでは」
まるで何事もなかったかのように、さっさとジークハルトは歩いていってしまう。
ルーフェンは、慌てて振り返ると、ジークハルトの肩に手を置いた。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「……何か?」
不機嫌そうな顔で睨まれて、一瞬たじろぐ。
ルーフェンは、少し困ったように笑うと、ジークハルトに尋ねた。
「いや、その……オーラントさんが今どこにいるのか、知らない? 話したいことがあるんだけど……」
ジークハルトは、小さくため息をついた。
「知りません。……用件はそれだけですか?」
「え……う、うん」
「では、失礼します」
それだけ言うと、くるりと踵を返して、再びジークハルトは歩いていってしまう。
もしや嫌われているのではないかと思うほどの無愛想さに、ルーフェンは、ぽかんとその後ろ姿を見つめていた。
ジークハルトが着用していた黄白色のローブは、見習いを脱した、正規の魔導師が身に付けるものだ。
十四という年で、正規の魔導師として認められているということは、ジークハルトはかなり優秀なのだろう。
そこは、流石オーラントの息子だと言わざるを得ないが、あそこまで無愛想だと、どこかで恨みを買って出世に響きそうである。
(……アレイドも、俺があんな感じだったから、困ってたんだろうな)
ついて回る弟のアレイドを、とにかく素っ気なくあしらっていた自分を思い出して、ルーフェンは、乾いた笑みを溢した。
アレイドは特に、気の弱い性分だったから、ルーフェンの冷たい態度が、さぞ恐ろしかったに違いない。
それでも諦めずに、毎日話しかけてくれていた彼の気持ちを思うと、胸の奥がちくりと痛んだ。
「…………」
その時だった。
突然、凄まじい足音が響いてきたかと思うと、向かいから走ってきた魔導師の一人が、ジークハルトに飛びついた。
「ジークハルト! 今すぐ三階の手術室に行け!」
飛びつかれた衝撃で、再び、ジークハルトの持っていた書類が散らばる。
ジークハルトは、若い魔導師を睨んだ。
「ってぇな、なんだよ……いきなり」
「いいから早く! お前の親父さん……バーンズ卿が、瀕死状態で宮廷医師のところに運ばれたって!」
驚愕の色を滲ませて、ジークハルトが瞠目する。
なんとなく聞いていたルーフェンも、瞬間、大きく目を見開いた。
散らばった書類もそのままに、ジークハルトが駆け出す。
ルーフェンも、その後を追いかけると、二人は、すぐさま宮廷医師たちのいる三階へと向かった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.238 )
- 日時: 2018/01/06 19:26
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
三階の手術室にたどり着くと、何人もの宮廷医師達が、焦った様子で治療に当たっていた。
彼らの取り囲む手術台には、青白い顔のオーラントが寝かされている。
魔術の光で照らされて、うっすらと浮かび上がったオーラントの輪郭は、まるで死人のように薄く、唇には、全く血の気がなかった。
「一体、何が……」
強張った声で、ルーフェンが呟く。
手術室の前に立つ、ルーフェンとジークハルトに気づいたのだろう。
宮廷医師の一人が、額の汗を拭いながら近寄ってきた。
「今朝、城下の東にある森で、倒れているところを発見されたのです。右腕に深い裂傷を負っていたので、今、治療したところなのですが……」
言葉を濁した宮廷医師に、ルーフェンは詰め寄った。
「命に別状はないんですよね?」
「…………」
宮廷医師は、どこか言いづらそうに口ごもった。
「……それが、全く分からないのです。右腕の治療は終わったのに、どんどん衰弱していて……。現状命に関わるほどではありませんが、運ばれてから今までの短時間で、徐々に体温が下がっています。意識も戻りません。今後も体温が低下し続ければ、どうなるか……。他に外傷はなく、毒物の類いも検出されない。そもそも、何が原因でこのような怪我を負ったのかも不明です。怪我の原因が分かれば、衰弱している理由も探しやすくなるのですが……」
ルーフェンは、さっと顔色を青くすると、手術室の隅に置いてあった宮廷魔導師用のローブ──オーラントの上着を手に取った。
何か手がかりがないかと、手当たり次第に、オーラントの持ち物を探る。
すると、はらりと一枚の封筒が落ちて、ルーフェンはそれを拾い上げた。
(シルヴィア・シェイルハート宛の手紙……。差出人、アリア・ルウェンダ……?)
心臓が、どくりと収縮する。
一瞬、ルーフェンが動きを止めていると、ジークハルトがその横から手を伸ばしてきて、オーラントのローブを奪い取った。
ずたずたに引き裂かれた、右の袖を見て、ジークハルトが眉をひそめる。
「森に倒れていましたし、裂傷からして、獣にやられたのではないかとも思うのですが……」
暗い顔で、宮廷医師が言う。
だが、ジークハルトは、ぐっと眉間に皺を寄せると、低い声で否定した。
「獣なんかに、やられるわけがないだろう。俺の親父は、宮廷魔導師だぞ」
「…………」
獣が原因でないことは、おそらく、この場にいる全員が分かっている。
宮廷医師も、ジークハルトの言葉を聞くと、そうだろうな、という風に押し黙った。
(そうだ……オーラントさんが、そんな簡単に、やられるわけがない……)
封筒を握りしめる手に、力が入る。
シルヴィアに宛てた手紙が、どうしてオーラントの上着から出てきたのか。
答えは、火を見るより明らかだった。
(オーラントさん、昨夜……まさか……)
宮廷医師のレック・バーナルドが、ふと、口を開いた。
「もしかすると、呪詛の類いかもしれません。全く見たことがない例なので、解除法どころか、どのような呪詛かも分かりませんが……」
ルーフェンとジークハルトが、はっと顔をあげる。
ルーフェンは、詰めていた息を吐き出すと、レックの方を向いた。
「どうにかできないんですか! 呪詛なら、身体のどこかに術式が現れるはずだし、魔力だって感じるはずじゃ……!」
「術式も見つからないし、魔力も感じられません。申し訳ありません、本当に原因が分からないのです」
レックが、焦った表情で声を荒らげる。
周囲を見ても、宮廷医師たちは皆、疲れはてた様子で俯いていた。
(そんな……)
ルーフェンは、ふと、オーラントの右腕を見た。
傷口が膿んで、微かに腫れてはいるようだが、完全に出血も止まっているように見えるし、きちんと治療して包帯も巻かれている。
致命傷とは言えない。
宮廷医師たちの言う通り、この傷が衰弱の原因とも思えなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.239 )
- 日時: 2018/01/07 18:51
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンは、ぎゅっと拳を握りしめた。
そして、宮廷医師たちの間に割って入り、手術台に跳び乗ると、オーラントを跨いで立った。
「じっ、次期召喚師様……!?」
宮廷医師たちが、慌てた様子で、ルーフェンを見上げてくる。
ルーフェンは、手術台に手をつくと、早口で言った。
「汝、頂点と終点を司る地獄の公爵よ。
従順として求めに応じ、可視の姿となれ……! ──バシン!」
ルーフェンが詠唱を終えた途端、ふうっと、手術室に生温い風が吹きわたる。
同時に、地面に巨大な鱗のようなものが浮き上がってきて、ぞろりと動いた。
ルーフェンは、狼狽えている宮廷医師たちに向かって、言った。
「今から、移動陣でアーベリトに行きます! アーベリトなら……サミルさんなら、何の呪詛か分かるかもしれない!」
宮廷医師たちが、ぎょっとしたようにルーフェンを見る。
レックは、勢いよく首を振ると、ルーフェンに駆け寄った。
「無茶です……! 移動陣は、陣から陣へ移動することしかできないのでしょう!? この手術室から、王宮内の移動陣まで、この状態のバーンズ卿を運ぶのは大変危険です! アーベリトの移動陣も、敷いてあるのはリラの森でしょう! 施療院までは距離があります!」
「…………」
ルーフェンは、歯を食い縛った。
確かに、移動陣がある場所でないと、瞬間移動することはできない。
移動陣とは言わば、出発点と終着点の印のようなもの。
悪魔バシンの力を使えば、今いる場所に新たな移動陣を敷き、そこを出発点として指定することはできる。
だが、終着点に関しては、あらかじめ赴いて移動陣を敷いておかなければ、飛ぶ際にどこへ移動するのか指定ができないのだ。
「……どうにかして……ここから、直接サミルさんのところに飛びます……!」
手元に、オーラント一人を囲めるくらいの移動陣を展開させると、ルーフェンは言った。
正直、できるか分からなかった。
移動陣は、使うだけでかなりの魔力を消費するし、加えて、今回は、出発点と終着点に同時に新しい移動陣を敷かなければならない。
それこそ、今まで経験したことがないくらいの、極大な魔術を発動させることになるだろう。
しかも、終着点となる“何か”を、今から探さなければならないのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)【多分毎日更新】 ( No.240 )
- 日時: 2018/01/08 18:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 32zLlHLc)
「次期召喚師様! おやめください、移動陣がない場所に飛ぼうなど……!」
「失敗して、次期召喚師様の身に何かあったら、どうなさるおつもりですか……!」
宮廷医師たちが、ルーフェンを止めようと、口々に騒ぎ出す。
その時、ふと、ジークハルトの声が響いてきた。
「できるのか……!」
目線を上げて、ジークハルトを見る。
宮廷医師たちが、混乱と不安の表情でこちらを見上げている中、ジークハルトだけは、強い瞳で、ルーフェンをまっすぐに見ていた。
ルーフェンは、頷いた。
「やる──!」
展開した移動陣が、二重に広がって、ルーフェンとオーラントを包み込んでいく。
ルーフェンは、目を閉じると、周囲の魔力を探り始めた。
サーフェリア中に幾筋も広がる、魔力の糸。
それらを手繰り寄せ、アーベリトへと続くサミルの魔力を見つけると、ルーフェンは、はっと目を見開いた。
(バシン、この魔力をたどれ……!)
移動陣を構成する魔語──召喚術にのみ使われる特殊な言語が、弾けて、空中に散った。
その魔語を、指先を動かして書き換えながら、目線で指示を出せば、散っていた魔語が、次々と移動陣に当てはまっていく。
そうして、完成した移動陣がかっと眩い光を放つと、ルーフェンは、ジークハルトに手を伸ばした。
「君も行こう……!」
ジークハルトが、目を見張る。
連れていく人数が多ければ多いほど、移動陣を展開したルーフェンへの負担は、大きくなる。
そのことを懸念したのか、一瞬躊躇したジークハルトに、ルーフェンは頷いて見せた。
「大丈夫、君のお父さんだろう。一緒に行こう……!」
ジークハルトが手を伸ばして、ルーフェンの手を握る。
ルーフェンは、ジークハルトの手を握ったまま、空いた手を移動陣に叩きつけた。
「────っ!」
移動陣の発する光が増して、手術室全体が、白に包まれる。
眩しさに目を閉じ、うずくまった宮廷医師たちが、次に目を開けたときには、もうルーフェンたちの姿はなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.241 )
- 日時: 2018/01/10 23:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
暗闇の中を飛びながら、光の筋をたどっていくと、ぱっと目の前が開けて、ジークハルトたちは硬い地面の上に落ちた。
刺すような冬の外気に、思わず身体を震わせる。
ジークハルトたちが着地したのは、アーベリトで最も大きな施療院の扉の前であった。
初めて移動陣を体験したジークハルトは、すぐに立ち上がることができなかったが、ルーフェンは、弾かれたように走り出すと、施療院の扉にすがりついた。
「サミルさん! サミルさん!」
木造の扉が軋むのも構わず、どんどんと扉を叩く。
ややあって、慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、扉が開いて、中からサミルが現れた。
「次期召喚師様……?」
「サミルさん! 助けてください……!」
息を乱しながら、ルーフェンが地面に横たわっているオーラントを示す。
サミルは、つかの間状況が理解できていなかったようだが、汗だくのルーフェンを見ると、すぐに険しい表情になった。
「とにかく、中に入ってください。彼は極力動かさないように。今、担架を持ってこさせます」
施療院の他の医師たちの手も借りて、オーラントを慎重に室内に運び込むと、ルーフェンは、状況をサミルに説明した。
サミルは、そんなルーフェンの話を聞きながら、オーラントの様子を診ていたが、やはり、すぐには原因が分からなかったようだ。
ひとまず加温した点滴だけ用意すると、他の医師たちと何度も話し合っていた。
初老の医師──ダナが、オーラントの喉を覗き込みながら、言った。
「はて、症状としては低体温症そのものですが、王宮に運び込まれてからも尚、体温が低下し続けているというのは、確かに奇妙ですな。次期召喚師様、宮廷医師たちはどのような処置を?」
問いかけられて、ルーフェンは、暗い声で答えた。
「とりあえず、右腕の治療だけ……。体温が低下してるけど、現状命に関わるほどではないって。でも、このまま衰弱し続けるなら、どうなるか分からないと言ってました。もしかしたら、呪詛の類いかもしれないとも」
ルーフェンの言葉に、サミルは眉を寄せた。
「呪詛……。そうですね、直接的な原因が見つからない以上、そう考えるのが妥当ですが……」
微かに唸って、顎に手を当てる。
呪詛らしい症状も見られないが、オーラントは、既に宮廷医師たちにかかっているのだ。
宮廷医師は、サーフェリアでも有数の腕を持つ者たちである。
そんな彼らが、『衰弱の原因が分からない、身体に異常が見当たらない』と判断したなら、オーラントを蝕むのは、普通の探し方では見つからない“何か”なのだろう。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.242 )
- 日時: 2018/01/10 19:27
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
オーラントの脈を測っていた若い医師が、焦った様子で言った。
「サミル先生、脈拍数も呼吸数も、かなり低くなっています。もし本当にこのまま低下していけば、仮死状態にも陥りかねません」
サミルが、顔をあげて、オーラントの瞳孔を確認する。
そうして、慌ただしく立ち動く医師たちを見ながら、ルーフェンは、ぎゅっと唇を噛んだ。
(昨夜のことを、サミルさんに言ったら、何か分かるだろうか……)
懐に手を入れて、オーラントの上着から出てきたシルヴィア宛の手紙に触れる。
昨日、ルーフェンと別れた後、オーラントはきっとシルヴィアの元に向かったのだ。
そうでなければ、オーラントの上着から、シルヴィアの手紙なんてものが、出てくる理由がない。
詳しい経緯は知らないし、オーラントが、どういうつもりでシルヴィアに会いに行ったかは分からない。
だがオーラントは、シルヴィアが王位継承者たちを殺したかもしれないということを、知っている。
そのことを、彼が直接シルヴィアに言ったのだとしたら──。
そして、もし本当に、王位継承者たちを殺したのが、シルヴィアだったのだとしたら──。
その真実を知ってしまったオーラントを、シルヴィアが消そうと考えても、おかしくはない。
(俺がオーラントさんに、あんなこと言ったから……)
ルーフェンは、拳を握りしめた。
シルヴィアのことを、サミルに言うのは躊躇われた。
心配をかけてしまうだろうし、証拠もない疑いの段階で言っても、混乱させてしまうだけだからだ。
しかし、オーラントを救うために、今はどんな情報でも惜しんでいる場合ではない。
「……あの」
医師たちやジークハルトの目が、ルーフェンに向く。
ルーフェンは、緊張した面持ちで、サミルに向き直った。
「オーラントさん、昨夜、シルヴィアの所に行ったんだと思うんです……」
「…………」
サミルの目が、微かに大きくなる。
ルーフェンは、サミルを見つめた。
「事情は後で話します。何があったのかは俺も分からないし、こんなこと、信じてもらえないかもしれません。……でも、オーラントさんがそうなった原因は、召喚師……シルヴィアだと思います」
言われている意味が分からない、といった風に、医師たちやジークハルトが眉をしかめる。
しかしサミルは、何かを思い出したように駆け出すと、隣の部屋から分厚い紙束を持ってきて、それをばらばらとめくって読み出した。
手書きの文字がぎっしりと並ぶ、古い紙束。
それらを乱暴に漁って、はっと息を飲むと、サミルは突然、小刀を取り出して、オーラントに近づいた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.243 )
- 日時: 2018/01/11 18:06
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SsbgW4eU)
「先生!? 何を──」
困惑する若い医師を制して、サミルがオーラントの右腕の包帯を、小刀で裂いていく。
そして、意を決したように小刀を振り上げると、むき出しになった右腕めがけて、一気に降り下ろした。
「────!」
かんっ、と甲高い音が響いて、小刀が宙に飛ぶ。
サミルの頬をかすり、やがて、地面に落下した小刀を、一同は、唖然として見つめていた。
「……小刀が、弾かれた…?」
若い医師が、ぽつりと呟く。
サミルは、頬から垂れた血を拭うと、ふうと吐息をこぼした。
「今、一瞬だけ魔力を感じましたね……。誰の魔力か、分かりますか」
微かに震えた声で、問いかける。
すると、ジークハルトが、表情を険しくした。
「……親父の魔力だった」
それを聞くと、サミルは、何かを確信したように目を閉じ、開いた。
「これは、呪詛です。それも、かなり特殊で、強力な……」
ルーフェンは、訝しげにオーラントの右腕を見つめた。
「でも、今感じたのは、オーラントさん本人の魔力でした。それに、術式も全然見当たらない……」
サミルは頷くと、掠れた声で告げた。
「だから、特殊なのです。具体的にどのような原理で、バーンズさんの命を蝕んでいるのか、それは分かりません。ですがこの呪詛は、放置すれば、宿主を必ず死に至らしめる強力なものです。もし私の予想が当たっていれば、術式は、皮膚表面ではなく骨に刻まれているはず。この呪詛は、かけた術者ではなく、かけられた本人──つまり、バーンズさんの魔力を喰らって発動します。核はおそらく、この右腕……。だから、右腕という寄生先を失えば、この呪詛は効力を失います。故に、小刀が弾かれたのです。私が、核を傷つけようとしたから……」
全員が息を飲んで、その場に立ち尽くす。
魔導師であるジークハルトも、召喚師一族であるルーフェンでさえ、知らない呪詛だった。
呪詛は本来、かけた術者本人の魔力に依存し、その魔力の残滓(ざんじ)は、少なからずかけられた者の内に残る。
また、術式──その呪詛を発動させるための陣や呪文が、目に見えない場所に刻まれているというのも、かなり特別な例だ。
加えて、発動源である核が、自ら傷つけられることを拒むなんて、そんな異様な呪詛は、聞いたことがなかった。
呪詛とは、恐ろしいものではあるが、それほど複雑な魔術ではない。
もし感じる魔力が、知っている者の魔力ならば、呪詛をかけた張本人を特定することもできるし、術式が目に見える場所に刻まれていれば、読み解いて解除することもできる。
重要なのは、呪詛の複雑さではなく、かけられた者が死ぬ前に呪詛を解除しなければならないという、時間の問題なのだ。
しかし、今回のオーラントにかけられた呪詛には、そういった前提が当てはまらない。
ジークハルトが、低い声で尋ねた。
「……解除することは、できないのか」
サミルは、床の小刀を拾い上げて、目を伏せた。
「……私の知る限りでは、解除する術は、ありません。かつて一度だけ、同じ呪詛を見たことがあります。……バーンズさんを救う方法があるとしたら、右腕を……切り落とすしか」
無表情だったジークハルトの瞳が、微かに動く。
ダナや若い医師も、悔しそうに俯いた。
サミルは、オーラントの右肩に触れると、言い募った。
「……強制的に、バーンズさんと核を切り離すことはできます。幸い、呪詛をかけられてから、そんなに時間は経っていないようです。……まだ、間に合います」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.244 )
- 日時: 2018/01/12 19:37
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ACwaVmRz)
ルーフェンは、オーラントの白い横顔を見つめて、言った。
「……オーラントさんは、宮廷魔導師なんですよ……?」
その呟きに、全員が言葉を詰まらせる。
右腕を失えば、オーラントはもう、短槍を十分に扱うことはできなくなる。
宮廷魔導師として、生きていくことはできなくなる。
そんなことは、言わずとも、この場にいる全員が分かっているようだった。
(解除、できない……? 本当に……?)
オーラントの右腕を凝視しながら、ルーフェンは、手を伸ばした。
この呪詛をかけたのが、シルヴィアだったとして、自分なら、解除できるのではないだろうか。
右腕を切り落とすことなく、オーラントを助けられるのではないだろうか。
オーラントには、沢山の借りがある。
ルーフェンの無茶苦茶な思いつきにも向き合い、ノーラデュースまで一緒に旅をしてくれた人だ。
次期召喚師ではなく、一人の人間としてルーフェンを見てくれた、暖かい人だ。
彼を、悲しませることは、絶対にしたくなかった。
(俺が、どうにかして──……)
そうして、オーラントの右腕に触れたとき。
ふと、オーラントが呻いて、うっすらと目を開けた。
「オーラントさん……!」
はっと身を乗り出して、オーラントの顔を覗きこむ。
苦しいのか、上手く声は出せないようだったが、オーラントは、確かにこちらを見ていた。
焦点が合っていない、ぼんやりとした目で宙を見ていたオーラントは、ルーフェンを瞳に映すと、微かに唇を動かした。
「──……」
呻き声に近い、微弱なオーラントの声。
それを聞いて、ルーフェンは目を見開くと、その場から一歩下がった。
(……駄目、だ……)
今、オーラントの瞳に映っているべきは、自分じゃない。
その時、ルーフェンはそう思った。
オーラントが呼んだのは、ルーフェンではなく、ジークハルトだったからだ。
(……俺じゃ、駄目なんだ……)
もう一歩下がって、ジークハルトの方を見る。
ルーフェンが、どんな気持ちで振り返ったのか。
そんなことは、当然分かるはずもなかったが、ジークハルトは、オーラントのほうに近づくと、語りかけた。
「……親父、聞こえるか」
オーラントの目に、微かに光が戻る。
ジークハルトは、すっと息を吸うと、はっきりと告げた。
「右腕を、切るぞ。そうすれば、助かるかもしれない」
「…………」
オーラントは、何も言わなかった。
ジークハルトの声が、聞こえているのかどうかも定かではなかったが、虚ろな目を閉じると、再び眠ってしまった。
ジークハルトは、サミルの方を見ると、迷いなく言った。
「右腕を、切って下さい」
サミルは、どこか悲しそうに眉を下げたが、すぐに頷くと、強い口調で返した。
「……分かりました。私達に任せてください」
ジークハルトが、軽く頭を下げる。
ルーフェンは、そんな彼らのやり取りを、ただじっと、遠巻きに眺めていた。
だんだん意識がぼんやりしてきて、視界が揺れてくる。
ルーフェンは、突然襲ってきた激しい目眩にうずくまると、そのまま意識を失った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.245 )
- 日時: 2018/01/13 19:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
闇を切り裂いて、誰かの悲鳴が上がった──。
恐怖に戦慄(わなな)き、一歩後ずされば、足元で、何かがころりと転がる。
それが、アレイドの頭であることに気づくと、ルーフェンは、その場に崩れ落ちた。
「ア、レイド……?」
震える声で呼び掛けても、彼はもう、目を開けない。
ふと顔をあげれば、他にもルイスやリュート、フィオーナの顔が、鞠(まり)のように地面に落ちていた。
「おい、ルーフェン! こっちだ!」
オーラントの声が響いて、ぐいっと強く腕を掴まれる。
引っ張られるまま、ルーフェンも走り出すが、刹那、前を走っていたオーラントの頭も、一瞬にして弾け飛んだ。
「──……!」
どしゃり、と胴体が倒れ、ややあって、宙を舞った頭が落ちてくる。
かっ斬れた首から、大量に噴き出した血が、ルーフェンの身体にねっとりとまとわりついた。
「……オーラント、さん……?」
名前を呼んでも、やはり返事はない。
深い深い闇と、吐き気がするほどの濃い血臭。
ひたり、ひたりと、血の滴る音がする。
近づいてきた死の足音は、転がるオーラントの頭を踏み潰し、ルーフェンの前で立ち止まった。
「お前は、私の息子じゃない……」
聞き慣れた、呪いの言葉。
見上げれば、そこにはシルヴィアが立っていた。
「お前は、私の息子じゃない……」
銀色の魔女は、美しく嗤う。
そうして振り下ろされた、血濡れた刃は、ルーフェンの身体を、真っ二つに切り裂いた──。
「────っ!」
胸に鋭い痛みが走って、ルーフェンは、寝台から跳ね起きた。
全身が、汗でぐっしょりと濡れている。
脈打つ心臓を確かめるように、胸を押さえながら、ルーフェンは、はあはあと荒い呼吸を繰り返した。
「……起きたか」
寝台脇の椅子に腰かけていたジークハルトが、ふと、口を開く。
ルーフェンは、一瞬呆けた様子でジークハルトの顔を見つめていたが、ややあって、きょろきょろと辺りを見回した。
「……俺、寝てた?」
ジークハルトは、頷いた。
「寝てた、というより、あの後、急にぶっ倒れた。魔力切れでしょう。移動陣の使いすぎかと」
「…………」
少し驚いたように瞬くと、ルーフェンは、自分の掌を見つめた。
確かに、アーベリトに来るまでに、オーラントとジークハルト、二人分の魔力も賄った上で、移動陣のない場所に瞬間移動するという無茶をした。
だが、まさか倒れるほど消耗していたとは思わなかったのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.246 )
- 日時: 2018/01/14 21:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: SkZASf/Y)
ジークハルトは、未だぼんやりとしているルーフェンを一瞥して、小さくため息をついた。
「……かなりうなされてましたけど、悪い夢でも見たんですか」
一瞬、先程の血の臭いが、鼻の奥によみがえってくる。
ルーフェンは、込み上げてきた吐き気をこらえると、困ったように眉を下げた。
「うなされてたなら、起こしてよ」
「は? なんで俺が」
うっかり素が出て、ジークハルトがはっと口をつぐむ。
目を丸くしたルーフェンを見て、罰が悪そうに頭を掻くと、ジークハルトは言い直した。
「……いえ、よく眠ってらっしゃったもので」
ルーフェンは、肩をすくめた。
彼はどうも、口下手なようだ。
無愛想で、どこか近寄りがたい雰囲気を持っているジークハルトだが、一応次期召喚師相手には、かしこまった態度をとらなくてはと気を張っていたのだろう。
そう思うと、なんだか親近感が持てた。
「別に、無理に敬語使わなくてもいいよ。そういうの苦手なんでしょ?」
「…………」
ジークハルトは、少し躊躇ったように口を開いたが、結局なにも言わなかった。
ルーフェンは、次いで窓に触れると、ぽつりと呟いた。
「ねえ、ジークハルトくん。……オーラントさんは?」
ジークハルトが、気持ち悪そうに顔をしかめる。
腕を組むと、彼はきつい口調で言った。
「長い。ジークハルトでいい」
「じゃあ、省略してジークくん」
「……人の話聞いてたか?」
呆れたように言って、ルーフェンを睨む。
しかし、窓の外を眺めるルーフェンは、どこか上の空で、いまいち言葉が耳に入っていないようだ。
ジークハルトは、深く息を吐いた。
「……親父は、助かった。右腕の切断が終わって、今は隣の部屋で寝てる」
振り返ったルーフェンの目に、一瞬、安堵の色が浮かぶ。
しかし、すぐに目を伏せると、ルーフェンは、ぎゅっと拳を握った。
「……俺、どれくらい寝てた?」
「さあ。二刻くらいじゃないか」
「二刻……」
ルーフェンは、結露した窓を手で拭って、空を眺めた。
まだ、日は高い──。
アーベリトに到着して、二刻程度しか経っていないなら、今は昼過ぎだろう。
ルーフェンは、突然窓を開くと、寝台から身を乗り出して、窓の外に飛び降りた。
「──!?」
ぎょっとしたジークハルトが、思わず窓に駆け寄る。
一階であったため、軽い段差を飛び越えるような勢いで着地すると、ルーフェンは、ジークハルトを見た。
「君は、オーラントさんについていて。……俺は、シルヴィアのところに行く」
「は? 行くって、どうして」
眉をひそめ、問いかける。
ジークハルトは、同じように外に出ると、ルーフェンと対峙した。
白い息が、ふわりと空気に溶ける。
ルーフェンは、強く決心したような顔をしていた。
「問い詰めるんだよ。昨夜、オーラントさんとの間に何があったのか。王位継承者の殺害までして、シルヴィアは、一体何を企んでいるのか……」
「王位継承者の、殺害……?」
サミルたちと会話をしていたとき、ルーフェンが「オーラントが呪詛にかかったのはシルヴィアが原因だ」と述べていたことを思い出す。
あの時は、オーラントを救うことに必死で気が回っていなかったが、改めて考えると、ルーフェンの発言は信じがたいものであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.247 )
- 日時: 2018/01/15 18:26
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3i70snR8)
「お前、何言って……」
ジークハルトが、顔を歪める。
ルーフェンは、表情を険しくした。
「俺は、シルヴィアが他の王位継承者達を殺したんだと踏んでる。シルヴィア自身が、王座につくために……。俺は昨夜、そう疑っていることを、オーラントさんに話してしまった。だから彼は、シルヴィアにあんな呪詛をかけられたんだと思う。シルヴィアにとって、秘密を知ったオーラントさんは、邪魔者に他ならないから……」
ルーフェンは、ジークハルトの様子を伺いながら続けた。
「ちゃんとした証拠は、ない。だから、君が信じられないと思うなら、信じてくれなくてもいい。……でも、俺は行く」
「…………」
怪訝そうに細められていたジークハルトの目から、徐々に疑いの色が抜けていく。
ジークハルトは、しばらく睨むようにルーフェンを見つめていたが、やがて、施療院のほうを一瞥すると、ため息をついた。
少しだけ驚いたように、ルーフェンが瞠目する。
「……信じるの?」
ジークハルトは、冷静に答えた。
「……別に。ただ、あり得ない話じゃないと思っただけだ。あんな複雑怪奇な呪詛、親父相手にかけられるとしたら、召喚師一族くらいだろう」
「…………」
続けて、ルーフェンと距離を詰めると、ジークハルトは言った。
「だが、仮にお前の話が本当だとして、召喚師を問い詰めるなんてやり方が、得策とは思えない。相手が相手だ。そう簡単に、尻尾を掴めるとは考えづらいだろう。焦って、無鉄砲な行動をとるのは避けるべきだ」
ジークハルトの言葉に、顔をあげる。
ルーフェンは、乾いた笑いをこぼすと、微かに俯いた。
「そう……」
そして、ジークハルトの胸に指を向けると、そのまますっと指先を動かした。
「ごめんね、ジークくん」
──瞬間、足元から水が噴き上がったかと思うと、それらが細い渦を成して、ジークハルトを取り囲んだ。
まるで強固な鎖のように、水の輪がジークハルトを縛る。
ルーフェンは、ジークハルトが動けなくなったことを確認すると、リラの森──移動陣があるほうに向かって走り出した。
「なっ、待て! てめえ!」
身体を捩りながら、ジークハルトが叫ぶ。
しかし、ルーフェンは振り返りもせず、一直線に移動陣のほうを目指していた。
「焦って無鉄砲な行動をとるのは避けるべきだ」なんて、ジークハルトは、オーラントと似たようなことを言う。
だが今は、焦らねばならない時なのだ。
もちろん、ルーフェンだって、何の策もなしに動くのが、良いことだとは思っていない。
しかし、策なんて立てている間にも、シルヴィアとて動いている。
そうして手薬煉(てぐすね)を引いている間に、オーラントが、標的にされてしまったのだから──。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.248 )
- 日時: 2018/01/16 18:26
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンは、くっと歯を食い縛った。
オーラントは、どうにか助かった。
否、ぎりぎりのところで、シルヴィアに生かされたのだ。
完全に殺さなければ、ルーフェンの注意はシルヴィアから外れ、オーラントを救う方向に向く。
言わばこれは、時間稼ぎに違いない。
そうでなければ、シルヴィアがみすみすオーラントを逃がすわけがないのだから。
(シルヴィアを止められるとしたら、俺しかいない──!)
そのまま、リラの森に入ろうとしたところで、急に足が動かなくなって、ルーフェンはつんのめった。
咄嗟に手をついて、足を見ると、先程ジークハルトに放ったのと同じ水の輪が、ルーフェンの足にも絡まっている。
驚いたのと同時に、背後からすごい勢いでジークハルトが跳びかかってきて、二人は、もつれるようにして地面に倒れた。
「っ、何するんだよ!」
馬乗りになってきたジークハルトを、ルーフェンが睨み付ける。
ジークハルトは、濡れた前髪をかきあげると、鼻を鳴らした。
「はっ、それはこっちの台詞だ! 魔術なら、誰にも負けないとでも思ってたか?」
「────!」
そう言われて見て、ジークハルトが自由に動いていることに気づくと、ルーフェンは目を大きくした。
ジークハルトを縛る水の輪は、もうない。
自分が放った魔術を、こんな風に誰かに解かれたのは、初めてであった。
しかもジークハルトは、全く同じ水の魔術を、今度はルーフェンの足に仕掛けてきたのである。
これは、明らかな当て付けだ。
ルーフェンは、悔しげにジークハルトを怒鳴った。
「どけ! どうして止めるんだよ! 君だって、お父さんを殺されかけたんだぞ!?」
「俺は、感情的になるなって言ってんだよ! 真実がどうであれ、証拠がないんじゃ問い詰めることもできないだろ!」
ルーフェンは、足を縛る水の輪を解くと、力ずくでジークハルトを押し返した。
「もう時間がないんだ! 今すぐにでも、陛下がシルヴィアを次期国王に指命してしまうかもしれない! 証拠を探す暇なんてないんだよ! だからシルヴィアに直接会って、無理矢理にでも吐かせる!」
「だから! そんなことしてどうするってんだよっ!」
ルーフェンの胸ぐらを掴むと、ジークハルトは声を荒げた。
「もし、召喚師の悪巧みを妨害できたとして、どうするんだよ! 次期国王は、赤ん坊のシャルシスか? 発言権の弱いバジレット(ばばあ)か? それとも、周囲の反対をねじ伏せて、王権を他の街に移すのか!?」
ジークハルトの言葉に、ルーフェンの瞳が揺れる。
以前謁見の間で行われた会議の内容は、既に、ジークハルトたちのような、一般の魔導師たちにも伝わっているのだろう。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.249 )
- 日時: 2018/01/17 18:16
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンは、すっと息を吸うと、ジークハルトの腕を掴み返した。
「……君は、シルヴィアが……次期国王になればいいって言ってるの?」
「…………」
一瞬、言葉を詰まらせる。
一拍置いてから、ジークハルトは、ルーフェンを掴む力を緩めた。
「……お前は、宮廷医師共の反対を押しきって、ぶっ倒れるまで魔力使って、親父を助けてくれた。……だから、お前の言葉は、信じてもいい」
ふっと目を伏せて、ジークハルトは続けた。
「だが、それとこれとは、話が別だ。もし、召喚師が王位継承者を殺していただなんて話が広まったら、サーフェリアはどうなる? シルヴィア・シェイルハートという頼みの国王候補が消えて、更に混乱するだろう。考えなしで動いて、召喚師を陥れたら、その混乱の矛先が、お前に向く可能性だってあるんだぞ? 王位継承者が次々死んで、王都は今、不安定だ。そんな中で、シルヴィア・シェイルハートは唯一の希望であり、心の拠り所になってる。世間では、“そういう”認識だ。お前は、それをぶち壊すのか?」
「…………」
ルーフェンは、苦しげに唸った。
そして、何かをこらえるように俯くと、口調を弱めた。
「……わかってる、そんなこと……」
震える唇を噛んで、ルーフェンは言った。
「……皆、シルヴィアのことを疑わない。勝手に憎んで、嫌悪してるのは、いつも俺だけだ。彼女が国王になることが、周囲の望みだっていうのも、わかってる。わかってるけど……そうじゃないだろう……!」
ジークハルトの肩を掴むと、ルーフェンは顔をあげた。
「君は、世間が納得するなら、オーラントさんを殺そうとした奴が国王になってもいいっていうのか!?」
ジークハルトが、ルーフェンを突き飛ばす。
勢いよく背中を地面に叩きつけられて、ルーフェンは呻いた。
ジークハルトは、少し戸惑ったように自分の手を見たが、大声で返した。
「……そうだ。俺は、国に仕える魔導師だ! 国のことを一番に考え、国のために動く! 私情を優先したりしない!」
言い切ったジークハルトに、ルーフェンが顔をしかめる。
ジークハルトは、オーラントのことを蔑(ないがし)ろにして、そんな台詞を言った訳じゃない。
それはちゃんと理解していたし、ジークハルトの言い分が、正しいことも分かっていた。
それでも、国のためなら全てを捧げようなんて考えに、ルーフェンは頷く気になれなかった。
立ち上がると、ルーフェンは、怒鳴り返そうと口を開いた。
しかし、激情を飲み込むように言葉を詰まらせると、ゆるゆると息をはいて、唇を震わせた。
「……なんで、そんな冷静になれるんだよ。一歩間違えたら、オーラントさん、死んでたかもしれないのに……」
ルーフェンは、弱々しく言った。
「君の、お父さんだろ。血の繋がった、唯一の……。君が、何よりも国を優先するべきだって思うなら、そうすればいい。でも、もっと怒れよ。サーフェリアがどうとか、次期国王がどうとか言う前に、『よくも親父を殺そうとしやがって』って、怒れよ……。その役目は、俺がやったって駄目なんだ。息子である君が、やるべきなんだよ」
いきなりそんなことを言われて、ジークハルトは、呆気にとられた様子で立ち尽くした。
ルーフェンは、はっと我に返ると、気まずそうに俯いた。
「……もう、いいよ。……分かった。俺は、シルヴィアを絶対に許さないけど、そんなに言うなら、無理に行動は起こさない。まだ陛下のご意志もはっきりしていないようだし、少し様子を見る」
平坦な声で言って、ルーフェンはジークハルトに向き直った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.250 )
- 日時: 2018/01/18 17:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……でも、その代わり、君とオーラントさんは、しばらく王宮に戻らないと約束して。シルヴィアは、多分オーラントさんが生きていることを、知っている。真実を知っているオーラントさんを、彼女が見逃すとは限らない。次にいつ仕掛けてくるか分からないし、もしかしたら、息子であるジークくんのことも狙ってくるかもしれない。魔導師団には、俺から適当に何か言っておくから、今は目立つことはしないで」
ジークハルトは、不機嫌そうに眉を寄せた。
「ふざけるな。親父はともかく、俺は明日には王宮に戻るぞ。もし何かあったとしても、自分の身くらい、自分で守れる」
ルーフェンは、首を振った。
「駄目だよ、危険だ。俺はしばらく、シルヴィアの動きを把握するのに精一杯になるだろうし、何かあったとき、上手く君のことを助けられるか分からない」
「だから、自衛するっつってんだろ! 俺のことをなめてるのか」
「足手まといになるって言ってるんだよ!」
ジークハルトの眉が、怒りでぴくりと動く。
しかしルーフェンは、気にせずジークハルトに顔を近づけると、刺々しく言った。
「いいか、自衛できるとかできないとか、そういう問題じゃない。君は確かに優れた魔導師だと思うけど、相手は召喚師、シルヴィア・シェイルハートなんだ。君の言う“強さ”が、通用する相手じゃない」
ジークハルトは、舌打ちした。
「通用するかどうかなんて、やってみなきゃ分からないだろ! 調子に乗るなよ。お前だって、召喚術さえなけりゃ俺は──」
「そうだよ。俺には、召喚術がある」
ジークハルトの言葉を遮って、ルーフェンが口を開く。
その銀の瞳が、不気味な光を宿して、ジークハルトは、思わず言葉を止めた。
ルーフェンは、続けた。
「召喚術、それこそが俺と君達との、絶対的な力の差であり、越えられない壁だよ。俺も君も、同じ人間だけど、置かれている立場は全く違う。逆に言えば、俺はシルヴィアの同類で、唯一彼女に力で対抗できる人間だ。対抗できるどころか、今は全ての才が俺に渡っているから、やろうと思えば、シルヴィアを殺すことだってできる。俺が読み違いさえしなければ、負けることはない」
今までの雰囲気とは違う、ルーフェンの冷たい声。
人間離れした、透き通った銀の瞳で見つめられて、ジークハルトの中にわき上がってきたのは、得体の知れない恐怖だった。
「召喚術の強力さも、恐ろしさも、一番分かってるのは、俺だよ。だから、事態が収まるまで、もう君は関わらない方がいい。オーラントさんを巻き込んでしまって本当に申し訳ないけど、言うことを聞いて」
「…………」
返す言葉が見つからないのか、ジークハルトが押し黙る。
分かってくれただろうかと、顔を離したルーフェンは、しかし、次の瞬間、ジークハルトに頭をぶっ叩かれた。
「いっ──」
まさか殴られるとは思わず、ルーフェンが頭をおさえる。
ジークハルトは、ふんっと鼻を鳴らすと、ルーフェンを睨んだ。
「何が、俺には召喚術がある、だ。自惚れるのも大概にしろ。なよっちいぼんぼんが!」
ぴきり、と青筋を立つ。
ルーフェンは、仕返しにジークハルトの顔面を殴り返すと、頭ごなしに叫んだ。
「さっきから立て続けに殴りやがって、いい加減にしろこの石頭!」
泥が跳ねて、ジークハルトの身体が地面に突っ込む。
しかし、すぐに起き上がると、ジークハルトは再び殴りかかってきた。
「うるせえ! この白髪野郎! てめえが先に喧嘩吹っ掛けてきたんだろうが!」
「白髪じゃない銀髪だ! よく見ろ馬鹿!」
咄嗟に身体を沈ませて、拳を避ける。
ルーフェンは、そのまま懐に飛び込むと、ジークハルトの足に蹴りを入れた。
足を払われ、ジークハルトが、体勢を崩す。
だが、受け身をとってくるりと立ち上がると、今度はジークハルトが、ルーフェン目掛けて回し蹴りを放った。
二人はそうして、しばらく取っ組み合いを続けていた。
全身泥だらけ、擦り傷だらけになって、お互いを罵る言葉が出てこなくなっても、やめなかった。
やがて、息が切れて動けなくなると、ようやく二人は、動きを止めた。
その頃には、一体なんでこんな取っ組み合いを始めたのか、よく分からなくなっていたが、気分はどこかすっきりしていた。
二人はそうして、草地に仰向けに倒れると、何も言わずに、赤く染まり始めた空を見つめていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.251 )
- 日時: 2018/01/19 18:10
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンとジークハルトが施療院に戻ってきたのは、空が青い薄闇に沈み始めた時分だった。
隣の部屋にいたはずのルーフェンたちが、何故か玄関から入ってきたときは、サミルも驚いた。
しかし、全身ずぶ濡れで、ぼろぼろの姿になった二人を見ると、サミルは苦笑して、何も聞かずに迎え入れてくれたのだった。
風呂に入り、ひとまず病衣を借りて着替えた頃には、眠っていたオーラントが、目を覚ましていた。
右腕を失い、まだ自力で寝台から起き上がることも出来なかったが、思いの外、内面は元気そうだった。
オーラントは、部屋に入ってきたルーフェンとジークハルトを見ると、左手を挙げて、にっと笑った。
「……よう、なんか、久しぶりだな。二人とも」
掠れているが、低くて穏やかな、オーラントの声。
ジークハルトは、無愛想な態度のままだったが、やはり父親の姿に安堵したようで、胸を撫で下ろしていた。
ルーフェンは、オーラントとは昨日も会ったはずだったが、それでも、彼の声を聞いたのは、本当に久々なような気がした。
右肩から先がない、オーラントの姿を見ていると、ちりちりと身の内を焼くような、そんな熱が込み上がってくる。
だが、その一方で、生気の戻ったオーラントの笑顔を見ると、涙が出そうなほどほっとした。
「大体のことは、レーシアス伯から聞いた。いやぁ、悪かったな。なんか、心配かけたみたいで」
申し訳なさそうに頭を掻いて、オーラントが言う。
ジークハルトは、肩をすくめた。
「今朝は死にそうな顔してたくせに、半日で復活するとはな。三十路過ぎの中年とは思えん」
「お前、もうちょっと労りの言葉は出てこないのか……」
オーラントは、呆れたようにため息をつくと、今度は、ルーフェンの方を見た。
「ルーフェンも、王宮からアーベリトまで、俺を運んでくれたんですってね。昨晩、あんたを誤魔化してまでシルヴィア様んとこに乗り込んだっていうのに、こんな有り様ですんません」
まるで何でもなかったかのように言って、オーラントが笑う。
ルーフェンは、込み上がってきた熱を押し止めると、微笑みを作った。
「いいんですよ、そんなの。……貴方が、助かって良かった」
声が震えないように、告げる。
それからルーフェンは、少し躊躇った後、再び口を開いた。
「……オーラントさん、シルヴィアとの間に、何があったんですか?」
一瞬、オーラントの顔が強張った。
しかし、すぐに緊張感のない表情に戻ると、オーラントは、ルーフェンに軽く頭を下げた。
「それがですね……その、非常に申し訳ないんですが、さっぱり記憶がなくて」
「え……」
瞠目して、サミルを見る。
サミルは、ルーフェンの意図を察すると、真剣な表情で頷いた。
──呪詛や怪我の後遺症ではない、ということだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.252 )
- 日時: 2018/01/20 18:31
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
(シルヴィアが……消したのか?)
考え込むルーフェンに、オーラントは言った。
「昨晩、あんたと別れた後、そのシルヴィア様に対する違和感、って言うんですかね……それが、なんとなく俺にも分かった気がしたんです。次期国王の件については関係ないんですが、そもそもあんたは、何故ヘンリ村で育ったのか。ヘンリ村であんたが見つかるまで、どうして俺達には、次期召喚師の誕生を知らされていなかったのか。色々考えてたら、どうにも気味が悪くなってきて、直接、シルヴィア様の秘密を探るために離宮に向かったんです。……が、気づいたら、アーベリトの寝台の上、という状態でして」
「…………」
役に立たないな、などと呟いたジークハルトのを、オーラントが睨む。
そんな二人のやりとりを見ながら、ルーフェンは、無意識にほっと息を吐いた。
オーラントに記憶がないことは、シルヴィアの情報が得られなかったという意味では、非常に残念だ。
しかし、考えてみれば、情報を引き出せないオーラントなど、シルヴィアにとっては無意味な存在だと言える。
まだ油断はできないが、わざわざ記憶を消したなら、シルヴィアにはもう、オーラントを狙う気はないのかもれない。
そう思うと、心に貯まっていた不安が、少し軽くなった気がした。
それに、今回のオーラントの行動が、記憶を失ったからといって無駄になったわけではない。
シルヴィアが、オーラントの記憶を消した──。
それはつまり、シルヴィアにとって“知られたくない何か”を、オーラントが見たということだ。
その何かが、『やりとり』に含まれていたのか、それとも『離宮』にあるのかは分からない。
だがこれは、十分に価値のある情報である。
サミルは、何か物思いしているルーフェンの肩に手を置くと、小声で囁いた。
「次期召喚師様、少し、話しませんか」
はっと顔をあげて、ルーフェンが首肯する。
サミルは、席を外す旨をオーラントたちに告げると、ルーフェンを別の病室へと案内した。
二人きりになると、ルーフェンは、不安そうに顔を曇らせた。
「サミルさん、話って……。まさか、オーラントさんの呪詛のことで、何かありましたか」
サミルは、慌てて首を振った。
「ああ、いえいえ、違います。バーンズさんに関しては、回復に向かっていますよ。右腕を失ってしまいましたから、精神的な面で心配な部分はありましたが、とても強いお方です。きっと、息子さんや次期召喚師様がいれば、大丈夫でしょう」
穏やかな声で言われて、ほっと息を漏らす。
突然話そうと言われたので、オーラントやジークハルトには言えないような、重い話をされるのかと思ったが、そうではないらしい。
ルーフェンは、幾分か表情を緩めると、尋ねた。
「じゃあ、話って?」
サミルは、ルーフェンに寝台に座るように勧めると、自分は、脇にある椅子に腰を下ろした。
そして、少し躊躇ったように口ごもって、言った。
「……何故、貴方様はヘンリ村で育ったのか……。気になりますか?」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.253 )
- 日時: 2018/01/21 17:56
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: .niDELNN)
少し意外な聞き方をされて、瞠目する。
先程オーラントも言っていた話なので、話題としては、別に驚くような内容ではない。
しかし、この聞き方では、まるでサミルがその質問の答えを知っているような、そんな口ぶりに感じられた。
(……いや、もしかしてサミルさんは、何かを知っている……?)
思えば、ヘンリ村から直接ルーフェンを引き取ったのは、サミルだ。
王都の人間ではないが、何かを知っていても不自然ではない。
だとすれば、気になります、と答えたら、どうなるのだろう。
十四年前の真実を、サミルは教えてくれるだろうか。
そんな考えに至って、一瞬口を開きかけたルーフェンだったが、すぐに閉じた。
シルヴィアは、サミルが十四年前の真実を握っていることを、まだ知らないかもしれない。
それならば、今ここでサミルから情報を得るのは、危険だ。
ルーフェンの出自を探りに行ったオーラントが、記憶を消された。
つまり、シルヴィアにとって、ルーフェンの出自に関すること──十四年前の真実は、後ろめたいことなのだ。
万が一、サミルがその“後ろめたいこと”を知っている人間だとシルヴィアに露見すれば、彼女の標的が、次はサミルになってしまうかもしれない。
──もう、周りを巻き込んでは駄目だ。
ルーフェンは、苦笑して見せた。
「……正直なところ、今更どうでもいいです。俺を忌み嫌うシルヴィアの様子を見る限りじゃあ、彼女が俺をヘンリ村に捨てたんだろうなって、なんとなく想像できますし」
「…………」
サミルの顔が、暗く沈む。
組んだ指を見つめながら、サミルは、再び問うた。
「召喚師様を……シルヴィア様を、憎んでいますか?」
ルーフェンは、目を伏せた。
「……そうですね。あの女の笑みを見て、こいつが王位継承者達を殺した殺人犯だと、確信してしまうほどには。……でも別に、ヘンリ村に俺を捨てたことに関しては、何とも思っていません」
サミルが、顔をあげる。
ルーフェンは、穏やかな声で言った。
「ヘンリ村での生活は、確かに地獄でした。俺を食い殺そうとした父を、怨んだ時期もあります。彼らだって、村を滅ぼした俺を怨んでいるに違いない。……それでも、今思えば俺は……あの村が、嫌いではなかったんです」
燭台の炎に照らされて、ルーフェンの影が、ゆらゆらと揺れる。
その影を見つめながら、ルーフェンは、懐かしそうに目を細めた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.254 )
- 日時: 2018/01/22 18:29
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……悪い人達じゃ、なかったんです。明日の食事もままならないのに、俺を拾って、八歳まで育ててくれた。……俺を食い殺そうとしたのも、仕方がないことだったんです。だって俺は、兄弟たちの中で、唯一血の繋がらない人間だったから」
ルーフェンは、サミルの方を見た。
「食糧も、家畜も、姉でさえ、役人が全てを奪っていった。飢えて渇いて、絶望して、もうまともな思考も回らなくなった父が、俺を狙うのは必然だった。血の繋がった家族より、拾った他人を切り捨てるのは当たり前です。最近になって、ようやくそう思えるようになりました。だから俺の原点が、王宮ではなくヘンリ村だったことを、悪いことだったとは思っていません」
悲しそうな表情で黙っているサミルに、ルーフェンは微笑んだ。
「……いえ、すみません。こんな暗い話がしたかったんじゃないんです。ただ俺は、血の繋がりとか家族の絆って、本当に強いんだなって、そういう話がしたかったんです。俺はシルヴィアに対して、家族らしい感情なんて湧きませんが、きっと本来、血の繋がった家族には、他人が踏み入れる隙なんてないような、強い絆があるんだろうなって。オーラントさんとジークくんを見て、ふと、そう思いました」
サミルが、はっと目を見開く。
そして、何かを察したように、慌てて首を振った。
「何を仰ってるんですか。私はもちろん、バーンズさんだって、次期召喚師様のことをちゃんと──」
「いいんです」
言葉を遮って、言い含める。
「俺は、そういう立場じゃないので……いいんです」
「…………」
サミルの顔が、苦しそうに歪んでいくのを見ながら、ルーフェンは続けた。
「少し前まで、召喚師になんてなるものか、とも思ってました。でも、あがくのも疲れてしまったので、やめました。……俺は、もう大丈夫です。安心してください。俺は俺の、守りたいものを守るためだけに、召喚師になります」
ルーフェンは、すっと息を吸った。
「血の繋がりは、強い。召喚師一族として生まれてしまった以上、その罪深い闇の系譜からは、一生抜け出せない。シルヴィアから逃れることは、もうできないし、彼女もまた、俺という存在に囚われて、狂わされている。きっと俺達は、そういう一族なんです」
「そんなことは……」
「いいえ、そうなんです。俺達は、国の守護を義務付けられた、人殺しの一族。でも、そういうものなのだと割り切ったら、少しだけ、心が楽になりました。俺は、召喚師という運命に逆らいはしませんが、従順に従おうとも思っていません」
「…………」
ルーフェンは、寝台から立ち上がった。
「サミルさん、俺は大丈夫です。シルヴィアのことも……現状手が出せないので、しばらくは様子を見ます」
「…………」
「俺のことを心配して、話を聞こうとして下さったんですよね。でも本当に、俺は平気ですから、もう、気にしないで下さい」
返す言葉を探しているのか、サミルは、盛んに口を開こうとしている。
それを分かっていてルーフェンは、部屋の扉に手をかけた。
「……俺、着替えて、そろそろ王宮に戻りますね。オーラントさんとジークくんのことは、すみませんが、しばらくここに置いてあげて下さい。オーラントさんのこと、ありがとうございました」
扉を開け、部屋の外に出る。
すると、勢いよく椅子から立ち上がって、サミルが口を開いた。
「次期召喚師様!」
振り返らずに、立ち止まる。
サミルは、悩んだ末に、優しい声で言った。
「孤児院を……見ましたか」
ルーフェンは、返事をしなかったが、構わずサミルは言い募った。
「……崩れていた壁を、修繕しました。子供たちの夕飯に、一品増えました。サンレードのあの子、イオもいます。今後、増築も考えていますし、孤児院の次は、この施療院も、より多くの患者を受け入れられるように、変えていきたいと思っています。……全て、貴方様とリオット族の方々のおかげです。皆、次期召喚師様に感謝しています」
ルーフェンが、ゆっくりとサミルの方を見る。
その目に、どこか不安定な色が浮かんでいるのを見ると、サミルは、悲しそうに微笑んだ。
「ですからどうか、私達が力になれることがあったら、何でも言ってください」
ルーフェンは、返事をしなかったし、頷くこともしなかった。
ただサミルを見て、少し困ったような微笑みだけ返すと、部屋から出ていった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.255 )
- 日時: 2018/01/23 19:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: b92MFW9H)
ルーフェンを見送り、ジークハルトたちのいる病室に戻ると、オーラントが、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「……ん? ルーフェンは?」
窓の近くに立っていたジークハルトも、サミルの方を見る。
サミルは、寝台の横まで歩いていくと、答えた。
「次期召喚師様は、王宮にお帰りになりました」
「もう? なんだよ、素っ気ねえなぁ」
盛大なため息をついて、オーラントが文句をこぼす。
しかし、サミルが沈んだ表情で椅子に座り込んだところを見ると、オーラントは、微かに眉を寄せた。
「……何、話してたんです?」
「…………」
サミルは、オーラントを見て、苦笑した。
「お聞きしてみたんです。何故ヘンリ村で育ったのか、ご自分の出自が気になりますか、と」
オーラントの眉間の皺が、深くなる。
寝台に横たわったまま、目線だけ動かすと、オーラントは尋ねた。
「ルーフェンは、なんて?」
「今更どうでもいい、と」
サミルの横顔に、寂しそうな色が浮かぶ。
ジークハルトは、ふっと息を吐いた。
「……あいつ、自分で調べる気なんじゃないか」
オーラントとサミルの目が、ジークハルトに向く。
ジークハルトは、淡々と言った。
「王宮の手術室で、親父の上着を漁ってた時、シルヴィア・シェイルハート宛の変な封筒が出てきたんだ。あいつ、それを大事そうに懐にしまってたから、多分、今も持ってる。親父の記憶がない以上、何とも言えんが、親父は、あいつの出自を調べるために、召喚師の住む離宮に行ったんだろう。その上で、あの封筒を手がかりだと判断して入手してきたんだとしたら、あの封筒は、あいつの出自に関する何かである可能性が高い」
ジークハルトは、呆れたように言った。
「相手はあの召喚師……親父はもちろん、レーシアス伯のことも巻き込みたくはない。だから周りには協力を求めず、自力で調べよう。あいつ、超絶根暗っぽいから、そういうこと考えそうじゃねえか。……まあ、俺もよく見てたわけじゃないから、分からんが」
言い終わると、オーラントが大声をあげた。
「ちょっ、お前そういうことは早く言えよ! つうかよく見とけよ!」
「うるせえな! それどころじゃなかったんだよ、くそ親父!」
オーラントが、うっと言葉を詰まらせる。
それに対し、ジークハルトが当て付けのように舌打ちすると、オーラントは渋々黙りこんだ。
サミルは、深く嘆息して、俯いた。
「そう、ですよね……。自分が捨てられた理由なんて……気にならない訳がない」
ジークハルトは、肩をすくめて言った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.256 )
- 日時: 2018/01/24 18:26
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: .uCwXdh9)
「まあ、あいつが出自を気にしているかどうかはともかく。もしシルヴィアが、生まれた次期召喚師を自らの意思でヘンリ村に遺棄したんだとしたら、それは大問題だ。あの封筒がその証拠の一つだったとして、そのことを世間に公表しちまえば、シルヴィア・シェイルハートの信頼は地に落ちる。あの女を陥れるための材料を、あいつが見逃すとは思えないな」
「ルーフェンのやつ、そこまで考えてんのか……」
神妙な面持ちで、オーラントが呟く。
ジークハルトは、吐き捨てるように答えた。
「どこまで考えてるかは、知らん。俺だって、ルーフェンには今朝会ったばかりだし、いまいちあいつは感情が読みづらい。……ただ」
一瞬ためらって、ジークハルトは、目を伏せた。
「……昼間に話したときは、なんか危ない目してたぞ。シルヴィアを問い詰めるとか言って聞かないから、とりあえず俺がぶん殴って止めたが。……一応、しばらく様子見にする、とは言ってたが、あれは、隙あらばどんな手を使ってでもシルヴィアを引きずり落とす、みたいな目だったな。言葉にも態度にも出してなかったが、ふとした瞬間に、そういう目をしてた。親父がやられて、相当参ってるんだろ」
虚を突かれた様子で、オーラントが目を見開く。
そして、再びはぁっと息を吐くと、申し訳なさそうに言った。
「……悪いことしたなぁ、本当に。お前にも、ルーフェンにも……俺が軽率に動きすぎた。自分でも、なんであんな風に離宮に行ったのか、よく分からん」
全くだ、とでと言いたげな瞳で、ジークハルトがオーラントを睨む。
その鋭い視線から目をそらしつつ、オーラントは、がしがしと左手で頭を掻いた。
「でも、なんつうか……どうすりゃいいんだろうなぁ。あいつら、母子で一体なにやってるんだよ……」
左腕を投げ出して、オーラントがぼやく。
するとサミルが、悲しげに眉を寄せて、静かに口を開いた。
「召喚師様も……きっと本来は、あのような方ではなかったのです……」
ジークハルトとオーラントが、すっと目を細める。
オーラントは、サミルを見ると、真剣な表情になった。
「……レーシアス伯、気になってたんだが、貴方は何か知っているのか」
はっと顔をあげて、サミルが唇を閉じる。
しばらくは黙っていたが、やがて口を開き、戸惑いながら、小さな声で言った。
「……ずっと、私の口から告げて良いものなのか、迷っていました。……召喚師様のことに関しては、私も多くは知りません。ですが、父親のことなら、知っています」
オーラントが、驚いたように目を見開く。
「えっと、つまり……ルーフェンの父親、シルヴィア様の三人目の旦那、ってことか!」
サミルは、頷いた。
「……彼は、召喚師様……シルヴィア様と関係を持ったことを世間には知らされず、何事もなかったかのように、存在を消されてしまいました。その真実を知っているのは、おそらく私と、シルヴィア様くらいでしょう」
ぽつぽつと語りながら、サミルは、ゆっくりと唇を開いた。
「彼の、名前は──……」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.257 )
- 日時: 2018/01/25 18:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
* * *
王宮に戻ると、ルーフェンは、オーラントの件を政務次官であるガラドに報告した。
昨夜、オーラントが離宮に行ったことなど、シルヴィアに関する一切は伏せて話したが、宮廷医師たちが既に、オーラントの症状の解明が難しいことを知らせていたのだろう。
ルーフェンの報告に不明点が多くても、別段怪しまれることはなく、報告以上のことは追求されなかった。
自室に戻り、ここ二日で溜まった書類を整理しながら、ルーフェンは、ふとシルヴィア宛の封筒を取り出した。
ジークハルトと殴り合いをしたせいで、薄汚れてしまったが、読む分には問題ない。
ルーフェンは、開封済みの封蝋(ふうろう)を親指でなぞると、封筒の中から、手紙を取り出した。
━━━━
シルヴィア・シェイルハート様
王宮を去ったこの私が、こうして召喚師様に文を差し上げたこと、どうかお許しください。
あの日私は、ヘンリ村に向かい、彼を捨て去りました。
その後も、あの子はまだ、無事に村で生きておられます。
ただ、そのことをお知らせしたく、筆をとりました。
ご心痛は、いかばかりかと拝察致しますが、どうぞ、お気を強く持ってください。
貴女様は、もう十分に苦しみました。
あの子は、死産だったのです。
この文は、燃やしてください。
シルヴィア様に、幸せが訪れますように。
アリア・ルウェンダ
━━━━
丁寧で、几帳面な文字であった。
ルーフェンは、この手紙を何度か読み返しながら、その内容について、ぽつぽつと考えていた。
そのまま読み取れば、そう難しい内容ではない。
──あの日私は、ヘンリ村に向かい、彼を捨て去りました。
つまり、この手紙の差出人であるアリア・ルウェンダという女性が、ルーフェンをヘンリ村に捨てた帳本人である、ということだ。
しかも、堂々と手紙でシルヴィアに知らせているわけだから、当然、シルヴィアの承認の下、ルーフェンを王宮から連れ出したことになる。
(……シルヴィア自身が動くわけにはいかないから、このアリア・ルウェンダという女性に、俺を捨ててくるように命じた……単純に、こういうことか?)
一度手紙を封筒にしまうと、ルーフェンは、眉を寄せた。
あまりにも単純すぎて、疑わしいという気持ちが拭えない。
何かの暗号になっているようにも思えないが、そもそも、証拠隠滅のために「文を焼け」と書いてあるのに、何故シルヴィアは、この手紙を燃やしていないのだろう。
わざわざこの手紙を、保管していた理由が分からない。
もしかしたら、この手紙はシルヴィアが作成したもので、こちらを混乱させるために、わざとオーラントに持たせたのではないだろうか。
そんな回りくどい上に見え透いた手、シルヴィアが使うとも思えないが。
いまいち考えが煮え切らないまま、しばらく床の一点を見つめていたルーフェンだったが、やがて、手元にある呼び鈴を手に取ると、それを振って三度鳴らした。
これは、ルーフェンがアンナを呼ぶときの合図である。
シルヴィア宛の手紙については、腑に落ちない部分があるが、差出人のアリア・ルウェンダについては、探っていく価値があると思ったのだ。
ルウェンダ家とは、代々召喚師一族に仕える家系である。
現在、ルーフェンの侍女であるアンナも、ルウェンダ家の生まれだ。
シルヴィアに仕えていたであろう、アリア・ルウェンダという女性──。
名前を聞いたことがないから、おそらくもう王宮にはいないのだろうが、時期を考えると、アリアはアンナの母親か、あるいは祖母にあたる可能性が高い。
彼女のことは、アンナに聞けば、何かわかるだろう。
十四年前の真実を再確認したところで、何かが変わるわけでもない。
だが、ただの推測が確信に変われば、次期召喚師を捨てたというこの事実は、シルヴィアを陥れる口実の一つにはなるはずだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.258 )
- 日時: 2018/01/26 18:01
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ひとまず手紙と封筒は懐に隠し、書類の整理を続けていると、しばらくして、扉を叩く音が聞こえてきた。
返事をすると、扉が開いて、アンナがいそいそと入ってきた。
「お呼びでしょうか、次期召喚師様」
とんとん、と書類をまとめて机の端に追いやると、ルーフェンは頷いた。
「夜遅くに呼んじゃって、ごめんね。俺、夕飯まだ食べてなくて、もし何か余ってたら、持ってきてほしいんだけど」
少し驚いたように顔をあげてから、アンナは頭を下げた。
「もちろんです、今すぐお持ちしますね」
それだけ行って、アンナは足早に部屋を出ていく。
そして、本当にすぐに盆を持って戻ってくると、座っているルーフェンの前に、深めの椀と木匙を置いた。
椀の中には、温かい肉団子と野菜のスープが入っている。
「どうぞ、お召し上がり下さい。御入り用でしたら、他にも何かお作りいたしますわ」
張り切った様子のアンナに、ルーフェンは苦笑した。
「いや、これだけで大丈夫だよ」
そう言って、頂きますと告げて、ひとまずスープを啜(すす)る。
今日は朝から、オーラントのことで駆けずり回っていたから、味はもちろんのこと、身体に染みるようなスープの温かさが、とても心地よかった。
美味しいよ、と一言告げれば、アンナが嬉しそうに頬を綻ばせる。
彼女がずっと立ったまま、こちらを見ているので、一緒に食べないかと誘うと、アンナは、慌てたように首を振った。
「いっ、いえ、そんな。次期召喚師様とご一緒するなんて、滅相もございませんわ」
ルーフェンは、少し困ったように微笑した。
「そう? まあ、無理にとは言わないけど。でも、そんなじっと見つめられると食べづらいし、とりあえず座ったら?」
机を挟んだ向かいの椅子を示して、座るように勧める。
アンナは、顔を赤くしてルーフェンから視線をそらすと、躊躇いがちに椅子に座った。
スープを飲みながら、ルーフェンは、さりげなくアンナを見た。
見つめられると食べづらい、という言葉を気にしているのか、アンナは、自分の手元に視線を落としている。
少し緊張しているのだろう。
伏せられた亜麻色の睫毛は、色白の肌に陰を落として、頻繁に瞬いていた。
アリアという女性が、どういう人物なのかは分からない。
しかし、目の前で落ち着かなさそうに座っているアンナは、純朴で健気な、一人の少女のように見えた。
少なくとも、悪意を持って何か隠し事をしたり、誰かを騙したりするような人間には思えない。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.259 )
- 日時: 2018/01/27 18:16
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: MSa8mdRp)
ルーフェンは、スープを飲み終えると、空になった椀と木匙を、机の上に置いた。
「……ごちそうさま。急に呼び出したのに、用意してくれてありがとう、アンナ」
礼を述べると、アンナは表情を緩めた。
「そんな、とんでもありません。最近、次期召喚師様はお忙しくて、お夕飯を私がご用意させて頂くことも少なくなっておりましたから、その……嬉しかったです。もし何かありましたら、いつでもお呼びくださいね」
椀と木匙を片付けようと、アンナが立ち上がる。
同じように立ち上がると、ルーフェンは、椀に木匙を入れて、それをアンナに手渡した。
揺れた木匙が、椀の縁にこつんとぶつかって、音を立てる。
その音を聞きながら、ルーフェンは、アンナを見た。
「……ねえ、アンナ。聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう」
椀と木匙を受け取ったアンナが、ルーフェンを見上げる。
ルーフェンは、世間話をするような軽い口調で、尋ねた。
「ルウェンダ家は、代々召喚師一族に仕えているんだよね? ということは、俺の母……シルヴィア・シェイルハートに仕えているのも、君の親族なの?」
アンナは、一瞬だけ言葉を止めて、それから答えた。
「──ええ。その、現在のシルヴィア様は、特定の侍従をお付けになってはおりませんが、以前は、私の母が召喚師様にお仕えしておりました」
ルーフェンは、無表情になった。
「……そう。もしかして、君のお母さんの名前は、アリア・ルウェンダ?」
床を叩く音が響いて、アンナが椀と木匙を取り落とす。
「もっ、申し訳ありません!」
慌てて謝罪し、落ちた椀と木匙を拾いながら、アンナは焦ったように言った。
「私の母は、確かに、アリア・ルウェンダという名です。あっ、私、以前お話したことがあったでしょうか……!」
明らかな動揺を見せながら、アンナが笑みを向けてくる。
ルーフェンは、もうアンナを探ることもせず、はっきりと尋ねた。
「じゃあ、十四年前、生まれた俺をヘンリ村に連れていったのは、アリアさん?」
アンナの顔が、はっと強張る。
必死に平静さを取り戻そうと表情を押し殺していたが、やがて、唇を震わせると、その場に土下座をした。
「おっ、お許しください……! お答え出来ません……!」
ルーフェンは、すっと目を細めた。
「シルヴィアの命令で、ヘンリ村に俺を連れていったの? 何のために? ただ俺が邪魔だっただけなら、生まれた瞬間に殺せば良かったのに、そうしなかったのは何故?」
「お許しください、お許しください……!」
立て続けに問うも、アンナは、答えようとしない。
ルーフェンは、抑揚のない声で続けた。
「殺すより、貧しいヘンリ村に捨てた方が、俺が苦しむと思った? シルヴィアは、一体何を考えている?」
アンナは黙って、ひたすら額を床につけている。
その様子からは、ルーフェンに対する怯えが見て取れた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.260 )
- 日時: 2018/01/28 17:40
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンは、震えているアンナの肩に、そっと手を置いた。
「……アンナ、顔、あげて」
おそるおそる視線をあげて、アンナがこちらを見つめてくる。
頬を伝う大粒の涙を、親指で拭って、ルーフェンは優しく言った。
「……君は、アリアさんから何も聞いていない? それとも、知っているけど言えないの? 絶対に話すなって、シルヴィアに脅された?」
アンナの薄茶の瞳が、大きく揺れる。
ふるふると首を振って、アンナは答えた。
「そっ、そんな言い方、どうぞなさらないで……! 私は、母と約束したのです。召喚師様のお心に寄り添い、私達だけは、常に味方であるようにと……!」
「…………」
アンナの様子を伺いながら、ルーフェンは、その言葉に眉をしかめた。
常に味方であるように──。
つまり、シルヴィアのためなら、悪事の片棒を担ごうということだろうか。
寄り添うも何も、生まれた瞬間に子供を捨てるようなシルヴィアの心に、どう同情しようというのか。
怒りを押し込めて、ルーフェンは、寂しそうに言った。
「……アンナは、俺の味方はしてくれないの?」
「え……」
アンナの腕を引いて、その身体を腕の中に納める。
腰に手を回して抱き寄せれば、アンナが、途端に仰天して、全身を真っ赤にした。
「じっ、じ、次期召喚師!?」
あたふたと慌てるアンナを逃さぬように、腕に力を込める。
ルーフェンは、その耳元に唇を寄せた。
「……誰にも言わない。俺をヘンリ村に捨てたのが、本当にアンナのお母さんだったとしても、君はもちろん、アリアさんのことも、罪に問おうとは思ってない。……俺が、十四年前のことを知りたいだけだよ」
硬直しているアンナに、甘い声で囁く。
「だから、お願い。知っていることを教えて……」
「…………」
吐息がかかるほどの距離で、声に切なさを交える。
それでもアンナは、頑なに口を閉ざしていた。
ルーフェンは、焦れた様子で息をはくと、促すように名を呼んだ。
「……アンナ」
びくり、とアンナの身体が震える。
そうして、何もせずに待っていると、しばらくして、アンナのか細い声が聞こえてきた。
「……シルヴィア様は……ただ、陛下の隣で、召喚師として、在り続けたかっただけなのです……」
アンナはしゃくりあげながら、ゆっくりと語り出した。
「陛下は、シルヴィア様の召喚師としての力を、お認めになっています。だからこそシルヴィア様は、召喚師の座を誰にも譲りたくはなかった……。ご自分が召喚師でなくなり、陛下からのご寵愛を受けられなくなることを、何よりも恐れていたのです。シルヴィア様は、陛下のことをお慕いしているから……」
以前、シルヴィアが倒れたとき。
見舞いに来たエルディオを見て、シルヴィアが、安心したように笑っていたことをを思い出す。
ルーフェンは、低い声で言った。
「だから、生まれた俺が次期召喚師だと分かって、消そうとしたの? 俺が王宮にいれば、いずれ召喚師の地位は俺のものになる。それが嫌で、俺を遠ざけた……そういうこと?」
アンナが無言のまま、ルーフェンの肩口に額をつける。
ルーフェンは、静かに続けた。
「……だったら、やっぱり殺せば良かったじゃないか。生まれて、まだ自我も芽生えていない内に、俺を殺せば良かった……」
ルーフェンの暗い声を聞きながら、アンナは、首を振った。
「次期召喚師を殺せば、また次に生まれる子が、召喚術の才を持つ子になるかもしれません。ですが、一度生まれた次期召喚師──つまり、ルーフェン様がどこかで生きている限りは、もう、他の子が召喚術を継ぐことはない……。だから、貴方様を生かしたのです。シルヴィア様の思いに反して、世間は、次期召喚師の誕生を望んでいました。その中で、ずっと苦しんでおられたシルヴィア様は、次期召喚師が生まれてしまうかもしれない恐怖に、もう耐えられなくなっていたのです……」
ゆっくりと顔をあげて、アンナは言い募った。
「それに……そんな簡単に、殺せるはずがないではありませんか。だってシルヴィア様にとって、ルーフェン様は、お腹を痛めて生んだ我が子なんですもの。シルヴィア様は、ちゃんと、貴方様のことを──」
慌ててアンナから身体を離すと、ルーフェンは、その場から一歩後ずさった。
その先の言葉は、聞きたくなかった。
聞いてしまったら、これまでシルヴィアに対して感じてきたこと、思ってきたことの全てが、揺らいでしまうような気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.261 )
- 日時: 2018/01/29 20:01
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンは、平静を装いながら、なんとか言葉を絞り出した。
「……それで、当時シルヴィアの侍女だったアリア・ルウェンダが、俺をヘンリ村まで連れていった、ってわけか。女性一人で、誰にも見つからずに遠くまで逃げるのは、難しい。その点、ヘンリ村は王都から近いし、反面、王政からは見捨てられたようなごみ溜めみたいな場所だったから、俺の存在を隠すには、ちょうど良かった」
アンナは、悲しそうに顔を歪ませて、ルーフェンを見つめた。
「私の母は、当然、ヘンリ村に貴方様を置き去りにした後、王宮を去りました。ですがずっと、シルヴィア様のことを案じていました。そして、王宮入りが決まった私に、言ったのです。『いつだって、召喚師様の御心に寄り添って差し上げるように……。召喚師様はきっと、私達では想像もつかないような多くの苦しみに、耐えておられるから』と」
ルーフェンは、吐き捨てるように返した。
「苦しみに耐えてる? あれが? あんな、何をするにも笑ってるような女が、何に耐えてるって言うのさ」
アンナの瞳に、哀れみの色が浮かんだ。
「……それは、私や母以上に、次期召喚師である貴方様が、一番お分かりになるのではありませんか……?」
アンナの瞳から零れ落ちた涙が、床に当たって砕ける。
俯いて、涙声になりながら、アンナは続けた。
「私にとっては、召喚師様も次期召喚師様も、優しくてお強い、国の守護者様に見えます。そんな方々が抱える辛さや苦しみを理解し、その御心を支えることなどできるのか……私は、不安で仕方ありません。それでも、完全に理解することは出来なくても、やはり……想像すると思うのです。シルヴィア様は本当に、ただ純粋に、陛下だけを愛し、そして愛されたかっただけなのだろう、と」
黙ったままのルーフェンに、アンナは向き直った。
「シルヴィア様は、普通の女性としての幸せを、許されないお立場なのです。それが、どんなに悲しいことか……この苦しみならば、私にも、少しは分かります。愛する陛下との御子は、亡くなったリュート様一人。シルヴィア様は、そのお立場故に、愛してもいない三人の男性と、関係を持たなければなれなかった……。きっと、お辛かったのだと思いますわ」
アンナは、すがるようにルーフェンに近寄った。
「私は、次期召喚師様に仕える侍女です。母の意思を継ぎ、召喚師様のこともお支えしたいと考えていますが、もちろん、貴方様のお役にも立ちたいと、そう思っています。だから──」
真摯な眼差しを向けてきたアンナを、ルーフェンは制した。
そして、疲弊した表情で首を振ると、ルーフェンは、微かに息を吐いた。
「……もう、いいよ。分かった」
力ない言葉に、アンナが、胸の前で手をきゅっと握る。
ルーフェンは、乾いた笑みを溢すと、落ち着いた口調で言った。
「……最後に、一つだけ。陛下以外に、シルヴィアが関係を持った三人の男のこと……。アンナは、知ってるの?」
三人の男──つまり、ルイスとルーフェン、アレイドの父親のことだ。
シルヴィアは、優れた次期召喚師を生むために、地位や名誉を持つ者だけでなく、優秀な魔導師などとも関係を持っていた。
ルーフェン自身、本当の父親のことなど、あまり考えたことがなかったし、周囲からそんな話を聞くこともなかった。
だからこれは、八歳になってから王宮入りしたルーフェンにとって、今まで一度も触れずにいた話だ。
アンナは、こくりと頷いた。
「ええ……存じ上げておりますわ」
ルーフェンは、微かに目を細めた。
「じゃあ、俺の父親は、誰?」
アンナは、少し躊躇った後、唇を開いた。
「それは──……」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.262 )
- 日時: 2018/09/27 08:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: zc76bp3U)
「──アラン・レーシアス……。アーベリトの前領主、私の兄が、ルーフェン様の父親です」
一言一言を噛み締めるように、サミルははっきりと言った。
オーラントは、ぽかんと口を開いて固まっていたが、ややあって、はっと目を見開いた。
「アラン・レーシアス……えっ、それって、リオット病の治療法を編み出した?」
「ええ、その通りです」
サミルは、深く頷いた。
それから少しの間、悩ましげに眉をひそめていたが、やがて、心を決めたらしく、口を開いた。
「……二十年前、リオット族が王都シュベルテで騒擾(そうじょう)を起こし、ノーラデュースへと追いやられた年……。その時のレーシアス家は、まだ栄華の中にありました。リオット病の治療法が必要なくなり、商会の関心はアーベリトから離れたものの、当時は、医療の街と呼ばれるに足る卓越した技術力を、私達が有していると認められていたからです。
初代領主、ドナーク・レーシアスの時代から続く慈善事業の功績もあり、王都との関係も良好。とりわけ、遺伝病の治療法を確立させた私の兄、アランは、医療魔術の先駆者として注目され、王宮から呼び出しがかかることも増えていました。……それが、きっかけだったのでしょう。兄は、王宮へと通う内に、召喚師シルヴィア様に、心奪われてしまった……」
オーラントとジークハルトが、顔を強張らせる。
サミルは、細く息を吐き出した。
「当時、アランとシルヴィア様の間で、どのようなやりとりがあったのか……それは、私にも分かりません。ただ、優れた医療魔術の腕を持っていたアランは、シルヴィア様の相手として、周囲から認められていたようでした。それに、私自身、シルヴィア様のことを嬉しそうに語る兄を見て、上手くいけば良いと考えていました。アーベリトの宝である医療技術が、兄を通して王都に渡ってしまうのは、少し不安でしたが……。それでもアランは、本当に研究一筋で生きてきた人でしたから、できることなら、普通の人としての幸せも掴んでほしいと、私なりに願っていたのです」
それから、表情を暗くすると、サミルは言い募った。
「……悲劇が起きたのは、それから六年後。つまり、今から十四年前のことです……。その頃、シルヴィア様は、ルイス様とリュート様に次ぐ、三人目の御子を身籠っておられました。アランは、その子のことを、自分の子だとはっきり言っていました。しかし、その三人目の子は、生まれたその日に死産だったと発表されたのです」
聞きながら、オーラントが、ごくりと息を飲む。
三人目の子供が死産だったという発表は、オーラントにも、覚えがあった。
その頃、オーラントは既にノーラデュースにいたが、知らせが届いた時は、「三人目も次期召喚師ではなかったらしい」と話題になったものだ。
サミルは、微かに表情を険しくした。
「次期召喚師様の誕生を願っていた王都の民たちは、大層悲しみましたし、当然アランも、その知らせを聞いて、すぐに王宮に向かいました。ですが、行ったその帰り道で、アランは亡くなりました。落馬による事故死だとして片付けられましたが、彼の遺体を引き取った私は、どうしても納得できませんでした。彼は左足を骨折していたのですが、それが、致命傷になるほどの大怪我には見えなかったからです」
ジークハルトが、すっと目を細める。
「親父と同じ、か……」
サミルは、首肯した。
「そう。バーンズさんの状況と、酷似しています。アランの経験があったからこそ、私は今回、バーンズさんを蝕んでいたのが、特殊な呪詛であることに気づけたのです。……私は、アランの遺体を解剖しました。亡骸に刃を入れるなんて、不謹慎だと思われるかもしれませんが、どうしても、ただの事故死だとは思えなかったのです……。そして、気づきました。骨折した左足が呪詛の核であり、その核さえ身体から切り離していれば、呪詛は効力を失っていたことを……」
青い顔で、サミルはため息をついた。
「あの呪詛は、一体なんなのか……。私は必死に調べましたが、結局、未だに分かっていません。同時に、とても怖くなりました。アランの死は、本当にただ不運なだけの事故だったのだろうか。もしや、何者かによって謀られたものではないだろうか、と。しかし、そんなアランの死の謎を探る間もなく、アーベリトに、次なる不幸が訪れました。リオット病の治療法が、でたらめだという噂が世間に出回ったのです……」
ノーラデュースに行った商人が、再びリオット病の蔓延を確認し、アランの治療法を批難した──。
アーベリトの地位が陥落することとなった、きっかけの出来事である。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.263 )
- 日時: 2018/01/31 18:01
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
サミルは、首を横に振った。
「ですが、その噂は、かなり不確かなものでした。ノーラデュースにて、リオット族の皮膚の変形が元に戻っているのを見た、という商人の証言は事実だったようですが、その科学的根拠を、王宮側は全く提示してくれなかったのです。治療法に絶対の自信を持っていた私は、『リオット病の症状が戻ったのには、他に理由があるはずだ。治療法自体がでたらめなどと言うなら、証拠を出してほしい』と、王宮にお願いしたのですが、一切取り合ってもらえませんでした。根拠など無くとも、広まった噂は留まることを知らず、レーシアス家は下流貴族に逆戻り。後のアーベリトの有り様は、ご存知の通りです。何かおかしいと思っていた私は、王宮を問い詰めることをやめませんでした。そして、知ったのです。商人の話を聞き、治療法がでたらめだったなどと吹聴した宮廷医師が、当時召喚師シルヴィア様の担当をしていた医師の一人であった、ということを」
神妙な面持ちのオーラントとジークハルトに、サミルは言った。
「私の、被害妄想だとも思いました。しかし、多くのものを失った私には、どうしてもこれらの出来事が、偶然に起こったことだとは思えなかった……。遺伝病の治療法の話題で、死産のお話が世間から押し流されていくのを見て、私は、日に日に疑念を募らせていったのです。アランの不審な死、見たこともない呪詛、そして、リオット病の治療法がでたらめだというがせ情報……。その黒幕は、もしやシルヴィア様なのではないか、と。
……確信は、ありませんでした。アランの話に出ていた、聡明でお優しいシルヴィア様が、嘘だとも思えなかったからです。……ただ、もしかしたら、シルヴィア様も変わられたのかもしれない。どんな形であるにしろ、今のシルヴィア様には何か裏があるのだと、そう疑っていたのもまた事実です。けれど、それを探って、王宮に影響を及ぼせるほどの地位や権力が、その時の私には、もうありませんでした。……しかし、その八年後。私はその疑念を、確信に変えました」
オーラントが、ため息混じりに呟いた。
「ルーフェンが……ヘンリ村で発見された、か……」
ぐっと眉根を寄せて、サミルが頷く。
「銀の髪と瞳、召喚術の才からして、シルヴィア様の実子であることは確か。そして、ルーフェン様を一時的に引き取った私は、『絶対にこの子は、死産だと発表されたあの子だ』と確信しました。年齢を考えても計算が合いますし、何より、彼の魔力をよく読み取れば分かります。ルーフェン様の魔力は、当然シルヴィア様のものと酷似していますが、その内には、アランのものも確かに混じっていますから……」
サミルは俯いて、拳を握った。
その瞳には、微かに哀しみの色が浮かんでいる。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.264 )
- 日時: 2018/01/31 18:02
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……私が、守って差し上げねばと、そう思いました。アランが残した子供です、叔父である私が守らねばと……。理由は知りませんが、シルヴィア様は『その子は私の息子ではない』の一点張り。死産だと言い張って、ルーフェン様の存在を隠蔽しようとしていた時点で、やはり彼女には、何かあるのだと思いました。周囲も、話題にした割には、気味が悪いくらいルーフェン様の出自を気にしませんし、イシュカル教徒の勢力拡大も、気がかりです。正直、王宮に返したくはありませんでした。もちろん、そんなことは叶いませんでしたが……」
それから、つかの間沈黙して、サミルは言った。
「あれから更に六年の月日が経ち、十四になったルーフェン様と、偶然王宮で再会しました。次期召喚師としての運命を嘆き、人を殺したくないのだと言うルーフェン様を見て、哀れに思う一方、少し安心しました。ルーフェン様が、まだ正常な感覚をお持ちであることに、ほっとしたのです。同時に、己の無力さに腹が立ちました。
……リオット族の一件を経て、ルーフェン様は、明るくなったように思います。きっと、バーンズさんや、リオット族の方々のお陰なのでしょう。私はいつも、どうするべきなのか悩むばかりで、結局何もできませんでした。だから、どのような形でも良いのです……。今、ルーフェン様が王位継承のことで苦しんでおられるなら、今度こそは、力になりたいと思うのです」
サミルは、力なく微笑んで見せると、そこで言葉を切った。
オーラントは、しばらく天井を眺めながら、考え事をしているようだったが、やがて、ふとサミルの方を見ると、ぽつりと言った。
「何もできませんでしたなんて、そんなこたぁ、ないですよ」
一瞬口を閉じて、それからにっと笑う。
「貴方には秘密ってことだったので、言ってませんでしたけどね。ルーフェンがリオット族をノーラデュースから出して、リオット病の治療法の需要を高めたのは、全てアーベリトのためだったんですよ。……まあ、薄々気づいていらっしゃったとは思いますが」
見つめ返してきたサミルに、オーラントは、やれやれといった風に続けた。
「ノーラデュースに行った時も、あいつは、口を開けば『サミルさん、サミルさん』って、うるさいのなんの。俺はね、リオット族を王都に連れ戻すなんて無理だって、止めたんですよ? だけど、『アーベリトの財政難を救うにはこの方法が良いんだ』って、聞きゃしない。つまり、なりふり構わず奈落の底に特攻させるくらいには、ルーフェンにとって、レーシアス伯は大きな存在だってことです。だから俺が偉そうに言うことでもないですけど、何もできなかったなんて、そんなこたぁないですよ。だってあいつ、ノーラデュースに行く前、リオット病のことを調べるとか言って、八日間も図書室に不眠不休でこもってたんですよ。八日間も! 正直俺は、どん引きしましたね」
何の躊躇いもなくルーフェンを貶すオーラントを見て、サミルは、困ったように笑った。
「……そういうところは、兄のアランにそっくりなんですね」
そして、懐かしそうに目を細めながら、サミルは言った。
「アランも、一度こうと決めると、なかなか譲らない人でした。生粋の医師であり、研究者でしたから、少しでも気になることができると、何日も部屋に籠って、寝食すら忘れて作業に没頭するような人だったんです。世間からは、医療魔術の先駆者などと評価されている兄でしたが、蓋を開けてみれば、中身はいまいち子供っぽいというか、なんというか……」
サミルは、胸に手を当てると、そっと目を閉じた。
「十数年も経て、兄の生きた証が、こうして私の前に現れるなんて……。運命とは、斯くも不思議なものなのですね」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.265 )
- 日時: 2018/02/01 18:12
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
* * *
窓の外が、雨に煙っている。
今朝降り出した霧雨は、昼を過ぎる頃には、激しいどしゃ降りになっていた。
道理で冷えるな、と他人事ように考えながら、ルーフェンは、執務机の上で、ぼんやりとアリアの手紙を弄っていた。
昨夜、アンナと話し、シルヴィアのことや、自分の父親が、アーベリトの前領主アランであったことなどを知った。
それ以来、どうにもシルヴィアのことが、頭から離れない。
しかしそれは、これまで感じていた憎しみとは違う。
じんわりと胸の底に巣食うような、茫漠とした虚しさだった。
──……それは、私や母以上に、次期召喚師である貴方様が、一番お分かりになるのではありませんか……?
アンナの言葉が、何度も何度も、頭の中で再生される。
シルヴィアの気持ちなんて、考えたことはなかった。
否、考えたくなかったのだ。
そんなことをすれば、否が応でも、自分とシルヴィアが“同じ”であることを認めてしまう。
ルーフェンは、心のどこかで、自分とシルヴィアは違うのだと思っていたかったのだ。
(……馬鹿らしいな。出会ったときから、同類だと感じ取っていたのに)
苛立って拳に力を込めれば、握っていたアリアの手紙が、くしゃりと音を立てる。
無意識に、見たくないものから目をそらしていたくせに、今まで冷静なつもりでいた己を思うと、自分自身に嫌気が差した。
「…………」
シルヴィアを見るたび、まるで壊れた人形のような女だと、そう思っていた。
いつも同じ表情で、同じことばかり言う、気味の悪い女。
そんな彼女だって、壊れた人形になってしまう前は、ただの人間だった。
結局は自分と同じ、召喚師の名に囚われた、ただの人間だったのだ──。
シルヴィアに対する怒りは、もうどこかに消えてしまった。
一方で、未だに自身の運命を呪い、その運命を強いたシルヴィアを恨む気持ちは、胸の底に沈殿している。
こうして、自分の内側にある負の感情を覗くというのは、他人の醜悪な一面を見るよりも、ずっと息苦しいことのように感じた。
──復讐を正義だと考え、生きてきた私の二十年間を否定するより、リオット族を蛮族として憎み、殺し続ける方が、ずっと楽だったのだ……。
ふと、ノーラデュースで、イグナーツが残した言葉を思い出す。
あの言葉の重みが、今なら分かるような気がした。
もしイグナーツが生きていたら、今のルーフェンの姿を見て、どう思うだろう。
きっと、さぞ哀れで、滑稽だと思うに違いない。
そう考えると、自然と乾いた笑みがこぼれてきた。
(……本当だな。自分が正しいと思い込んで、シルヴィアをただ憎んでいる方が、ずっと楽だった……)
所詮、蓋をあければ、己などこんなものだ。
分かっていたが、そう再認識してしまうと、自分の稚拙さを、まざまざと見せつけられているような気分になった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.266 )
- 日時: 2018/02/01 18:13
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
握ったせいで、くしゃくしゃになってしまった手紙の文面を、再び読み直してみる。
そうしてぼんやりと考え事をしながら、ルーフェンは、微かに息を吐いた。
(……燃やしたく、なかったんだろうか……)
その皺を、そっと伸ばしながら、目を伏せる。
燃やしてください、と書かれた、アリアの手紙。
それを、シルヴィアは何故燃やさなかったのか、ずっと疑問に思っていた。
だがきっと、深い意味などなかったのだろう。
シルヴィアはただ、燃やしたくなかったのだ。
唯一己に寄り添い、王宮を去ってまでシルヴィアを守ろうとした、アリア・ルウェンダからの手紙を──。
今となっては、そんな風に思えた。
(……こんな話、聞かなきゃ良かった……)
ずきずきと痛む頭を押さえて、嘆息する。
別に、今になって、シルヴィアを忌み嫌うこの気持ちが、消えてなくなったわけじゃない。
しかし、こうして彼女の内面を垣間見てしまった以上、今までと同じ目で、シルヴィアを見ることはできなくなっていた。
手紙を畳み直して、再び封筒にしまいこんだ時。
扉を叩く音がして、一人の侍従が呼び掛けてきた。
「次期召喚師様、王太妃様がお呼びです」
告げられた意外な用件に、思わず眉を寄せる。
しかし、ゆっくりと立ち上がると、ルーフェンは席を立った。
正直、今は何かをする気力もないのだが、王族からの召集に応じないわけにはいかない。
ルーフェンは、上着を羽織ると、迎えの侍従に着いていったのだった。
呼び出されたのは、謁見の間ではなく、バジレットの自室であった。
てっきり、他の重役たちも揃っているのかと思ったが、どうやら今回の呼ばれたのは、ルーフェンだけらしい。
バジレットと二人きりで話す内容など、皆目検討も付かなかったが、不信感を顔に出さぬようにして、ルーフェンは、部屋の中に入った。
「……お呼びでしょうか、バジレット様」
恭しく頭を下げて、返答を待つ。
ゆったりと椅子に腰かけていたバジレットは、飲み物を運んできた侍従に下がるように告げると、自分が座っている向かいの椅子を、ルーフェンに示した。
「よく参った。そこに座るが良い」
「……はい、失礼致します」
言われた通り、ルーフェンが椅子に腰を下ろす。
バジレットは、寒そうに肩掛けをかけ直すと、早速口を開いた。
「そなたとは、一度話してみたいと思っていたのだ、ルーフェン」
目線をあげたルーフェンに、バジレットが目を細める。
ルーフェンは、無表情で答えた。
「人払いをなさったということは、誰にも聞かせられぬお話……ということでしょうか?」
「…………」
ふっと吐息をこぼし、バジレットが薄い笑みを浮かべる。
そうして、椅子の背もたれから微かに身を乗り出すと、バジレットは尋ねた。
「ここには、我らしかいない。正直に述べよ。此度の王位継承者の問題、そなたはどう考える?」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.267 )
- 日時: 2021/04/14 02:06
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)
突然切り込まれた話題に、一瞬、口ごもる。
ルーフェンは、慎重に言葉を探しながら、静かに答えた。
「……王都を他の街に移すにしても、シャルシス殿下が次期国王として即位なさるにしても、問題は多いように思います。……シルヴィアが即位するのが……皆の、望みなのでしょう」
当たり障りのない、家臣たちの声をそのまま口にする。
しかし、そう答えると、バジレットは途端に冷ややかな目になった。
「皆ではなく、そなたの考えを申してみよと言ったのだが?」
「…………」
威圧的に返されて、思わずルーフェンが黙りこむ。
バジレットは、ルーフェンを見つめながら、はぁっと嘆息した。
「以前、謁見の間でそなたを見たとき、この次期召喚師は、余と同じものを見て考えている、と思ったのだがな。勘違いであったか。……それとも、やはり実の母の名を汚すのは、憚(はばか)られるか?」
息が詰まるような衝撃が走って、はっと顔をあげる。
驚いた様子のルーフェンに、バジレットは、ふっと笑った。
「なんだ、その顔は。この国を回しているのは、そなたたち召喚師一族ではないのだぞ」
ルーフェンが、大きく目を見開く。
バジレットは、笑みを消すと、真剣な顔になった。
「今一度、問おう。そなたは、母が次期国王に相応しいと考えているのか?」
「…………」
ルーフェンは、信じられぬものを見るような思いで、バジレットを見つめていた。
シルヴィアに対して嫌悪しているのは、自分だけかと思っていた。
しかし、この口ぶり、態度──バジレットは、シルヴィアの即位を望んでいない。
膝上の拳に力を込めると、ルーフェンは、言った。
「……相応しいとは、思いません。シルヴィア・シェイルハートは……宮廷魔導師、オーラント・バーンズに呪詛をかけ、殺そうとした。ルイスやリュート、アレイド、そしてフィオーナ姫の死も……私は、彼女が仕組んだのではないかと、思っております。……あの、女は……」
つかの間、言うのを躊躇って。
しかし、歯を食い縛ると、ルーフェンは、吐き出すように告げた。
「あの、女は……エルディオ陛下と並ぶ、地位に固執して……。……どこか、壊れてる。次期国王になんて、なってはならない存在です……」
「…………」
降り頻る雨音が、急に強くなった。
バジレットは、しばらく黙っていたが、やがて口の端を歪めると、ルーフェンの前に、一枚の書簡を出した。
巻かれた書簡を留める封蝋印は、王家の紋章を表している。
ルーフェンは、戸惑ったように息を飲むと、顔をあげた。
「これ、は……?」
「開けてみよ。そなたには、見る権利がある」
おずおずと手を伸ばし、書簡を広げる。
ルーフェンは、書いてあった内容に目を通すと、息をするのも忘れて、何度もその文面を読み返した。
書簡に書かれていたのは、『王都と王位を他の街に移せ』という、国王エルディオの意思表明だったのである。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.268 )
- 日時: 2018/02/02 18:59
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
バジレットは、冷たい笑みを浮かべた。
「文章自体は私が代筆したものだが、その横に捺してある血印は、我が息子エルディオのものだ。そこに書いてあることは全て、紛れもないエルディオの意思。そして、この書簡の存在は、まだそなた以外には知らせておらぬ。……当然、召喚師シルヴィアにもな」
ルーフェンは、バジレットの意図を探るように、目を細めた。
国王エルディオは、シルヴィアを寵愛している。
故に、彼が次期国王に指名するとしたら、シルヴィアの他にはいないと思っていた。
シルヴィア自身も、自分が選ばれると確信していたから、先日謁見の間で、エルディオの意向に従うべきだ、などと発言したのだろう。
(……遷都したがっているのは、陛下というより、バジレットの方だ。彼女が陛下に、遷都を指示するようにけしかけたのか……? )
ルーフェンは、怪訝そうに眉を寄せた。
「……恐れながら、これが真に陛下のご意志とは思えません……。陛下は、召喚師を退任したシルヴィアを、次期国王に指名なさるのだと考えておりましたが……」
警戒した様子のルーフェンに、バジレットは、淡々と言い放った。
「だから、言ったであろう。この国を回しているのは、そなたたち召喚師一族ではない、と……」
言葉の意味を図りかねて、ルーフェンが顔をしかめる。
バジレットは、侍従が用意した紅茶を一口すすって、続けた。
「……余は、まだ話すこともできぬシャルシスを、薄汚れた王座につかせる気はない。しかし、だからといって、あのシルヴィアの思い通りにさせるつもりもない。残る道は、ただ一つ……王都と王位を、他の街に移すこと。これが余の意思であり、現国王エルディオ・カーライルの真の意思でもある」
「シルヴィアの、思い通り、って……」
言いかけて、はっと口をつぐむ。
バジレットだけではない、エルディオもまた、シルヴィアの正体に気づいていると言うのだろうか。
バジレットは、忌々しそうに眉を歪めた。
「エルディオが倒れ、ルイスらも死に、城下では、王家には不穏な呪いでもかけられているのではないか、と噂される始末。……だが、これまでも王宮では、似たような不審死が起こっておる。十年前には、エルディオの正妃ユリアンが。一年前には、シャルシスの母クロエも、出産後に原因不明の死を遂げた。ユリアン、クロエ、ルイス、リュート、アレイド、そしてフィオーナ……全員、王位継承権を持つ者達だ」
椅子の背もたれに寄りかかって、バジレットは、表情を険しくした。
「そなた、フィオーナらの死は、シルヴィアが仕組んだことではないか、と申しておったな。証拠はあるのか?」
ルーフェンは、首を振った。
「……ありません」
ルーフェンが答えると、バジレットは、口端を歪めた。
「……これだけ多くの者達が死んで、何の証拠も出ないというほうが、不自然だとは思わぬか」
「…………」
ルーフェンの目が、徐々に見開かれる。
硬直しているルーフェンを見ながら、バジレットは言い募った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.269 )
- 日時: 2018/02/03 17:49
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「無論、 真に王位継承者たちが病死、事故死したというのなら、証拠なんてものは出るまいよ。だが、まるで王位継承者を狙ったかのように病死や事故死が連続して起こるなど、それこそ奇妙なことだ。もしこれが本当に偶然だと言うならば、王宮は、民衆達の言う通り、呪われているのだろうな。……その呪いの正体こそが、そなたの母、シルヴィア・シェイルハートだと余は考えておるが」
ルーフェンは、緊張した面持ちで尋ねた。
「……つまり、バジレット様や陛下は、シルヴィアが王位継承者たちを殺害したのかもしれないということに、最初から気づいていたのですか?」
バジレットは、口元を引き締めると、真剣な顔つきに戻った。
「そうだ、と言い切れるわけではない。しかし、ユリアンやクロエが死に、ヘンリ村で見つかったそなたを、息子ではないなどと主張するようになった頃から、シルヴィアの様子がおかしいとは思っていた。エルディオ自身も、ユリアンの死は、正妃の座を羨んでいたシルヴィアが謀ったことなのではないかと、疑っていたようだ」
ルーフェンは、眉を寄せた。
「そう疑っていたなら、何故陛下はシルヴィアをご寵愛なさっているのですか。ユリアン様を殺したかもしれない相手なんて、側には置きたくないはずでしょう?」
バジレットは、鼻で笑った。
「寵愛? たわけ、誰があのような女を寵愛するというのだ。シルヴィアの化けの皮に騙される男共と、エルディオを一緒にするでない。エルディオはただ、側に置いて夫婦の真似事をしていたほうが、シルヴィアも大人しくしているだろうと踏んで、あの女に妾の地位を与えたのだ」
予想外の答えに、ルーフェンは顔を強張らせた。
シルヴィアとエルディオは、相思相愛なのだと思い込んでいた。
しかしエルディオは、ただシルヴィアの恋情を利用していただけだったのである。
バジレットは、静かな声で続けた。
「……皮肉なことに、民衆達がシルヴィアのことを支持しているのは、紛れもない事実。あの女も、いくら我らが探りを入れようと、ぼろは出さなかった。そもそも、どのような理由があろうと、サーフェリアは召喚師を失うわけにはいかぬ。故に我ら王族は、シルヴィアを王宮から出すことなく、あくまで国の誇る召喚師として、監視していなければならなかったのだ。……これまではな」
ふと、バジレットが立ち上がる。
その顔には、微かな笑みを浮かべていたが、瞳には、冷徹な光が宿っていた。
「……状況が、変わった。召喚術の才は、ルーフェン、そなたに移ったのだ。つまり、シルヴィア・シェイルハートはもう要らぬ。あの女、こうなることを恐れて、召喚師の次は国王の座に居座ろうとでも考えたのだろうが、そんなことは、余が認めはしない……」
そう言うと、バジレットは懐から白い包み紙を取り出し、ルーフェンの目の前に置いた。
包みに覆われていたのは、きらりと光る、緋色の耳飾りであった。
「ランシャムの、耳飾り……」
息を飲んで、耳飾りを見つめる。
このランシャムという緋色の魔石は、魔力に敏感に反応し、その出力量を制御するという、特殊な性質を持っている。
この魔石で作られた耳飾りは、サーフェリアの召喚師に、代々受け継がれているのである。
これを受け取ること──それはすなわち、召喚師を継ぐ、ということを意味する。
召喚師の座をルーフェンに譲り、次は王座に君臨しようと考えているシルヴィアから、バジレットが預かったのだろう。
バジレットは、鋭い声で告げた。
「──本日、この場をもって、そなたを正式に召喚師とする」
「…………」
心臓が、どくんと収縮する。
バジレットの言葉が、自分に向けられているのだと自覚しながら、ルーフェンは、ゆっくりと顔を上げた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.270 )
- 日時: 2018/02/03 17:51
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
バジレットは、続けた。
「明朝、余はエルディオが遷都を望んでいる旨を、家臣達に知らせる。その知らせが出回った頃に、ルーフェン、その耳飾りをつけ、シルヴィアの元へ行け。そして、王位継承者たちの死の真相を、聞き出すのだ。明日、シルヴィアは召喚師の座を奪われ、国王への即位という逃げ道すらも絶たれることになる。追い詰められたシルヴィアが、召喚師となった今のそなたに逆らうことはできない。ようやく、あの女に罪を認めさせることが、できるやもしれぬ」
「…………」
淡々としたバジレットの声を聞きながら、ルーフェンは、ぐっと拳を握った。
これで、良いのだと思った。
シルヴィアを、次期国王にしてはならない。
バジレットたちもそう考えているならば、好都合ではないか。
ルーフェン自身、たとえどんな手段を使うことになっても、シルヴィアの即位を阻止しようと動いてきたのだ。
バジレットやエルディオが加わることで、より確実にシルヴィアを陥れられるというなら、何も迷う必要はない。
(……そうだ。シルヴィアは、私欲のために王位継承者たちを殺し、オーラントさんまで巻き込んだ。俺だって、あの女が、憎い……)
ふわりと笑う、シルヴィアの顔を思い、ルーフェンは歯を食い縛った。
同時に、アンナやバジレットの言葉が、次々と脳裏に浮かんでくる。
──……シルヴィア様は……ただ、陛下の隣で、召喚師として、在り続けたかっただけなのです……。
──普通の女性としての幸せを、許されないお立場なのです。
──召喚術の才は、ルーフェン、そなたに移ったのだ。つまり、シルヴィア・シェイルハートはもう要らぬ。
(…………)
冷たいものが心に触れて、全身が痺れたように、動かなくなった。
召喚師一族として生まれ、過酷な運命を呪いながらも、国王エルディオに付き従うことで、己の価値を見出だしていたシルヴィア。
そのエルディオからも、本当は見放されていたのだと知ったら、シルヴィアは、どうなるのだろうか。
それでも美麗に笑って、立っていることができるのだろうか。
召喚術の才さえなくなれば、もう用済み。
そうして捨てられる、シルヴィアの有り様は、召喚師の在り方を、改めてルーフェンに見せつけているようだった。
しょせん召喚師など、使い捨ての道具に過ぎないのだ、と──。
「…………」
ルーフェンは、深く息を吸うと、微かに震えた声で、問うた。
「……そこまで、する必要があるのでしょうか」
バジレットの眉が、ぴくりと動く。
ルーフェンは、血の気のない顔で、バジレットを見つめた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.271 )
- 日時: 2018/02/04 17:32
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「シルヴィアが、王位継承者殺害の罪を認めようが、認めまいが……どちらにせよ、陛下が遷都を望まれている以上、王都と王権は他の街に移ることになるでしょう。彼女に残るものは、もう何もない。地位も力も失い、シルヴィアにできることは、なくなるはず。ですから……」
「──だから、そのまま見逃してやれ、とでも言うつもりか?」
ルーフェンの言葉を遮って、バジレットが言う。
彼女の厳しい表情には、はっきりと怒りが滲んでいた。
「我が娘も同然であったユリアンやクロエ、孫のリュートやフィオーナすらも、無惨に殺された。今、息子エルディオの命までもが、あの女の手によって奪われようとしている。シルヴィア・シェイルハートは、この王宮を蝕む“呪い”そのものだ。余は、この命が尽きるその時まで、あの女を許しはしない。召喚師一族として国の象徴になっている以上、投獄することはできぬ。しかし、罪を認めさせ、我ら王族、カーライルの名の下に屈服させてやるくらいはせねば、この怒りは収まらぬ……!」
憤怒に顔を歪ませ、バジレットは、ルーフェンを睨んだ。
「ルーフェン、そなたも、あの女を恨んでいるのだろう。そなたら二人の間にある溝も、エルディオから聞いておる。
第一あの女は、己の息子であるルイスらが死んでも、薄ら笑いを浮かべているような女だ。仮に、王位継承者たちの死に、シルヴィアが関わっていなかったのだとしても、あのような気味の悪い女に、情けをかけてやることはない。そうは思わぬか」
「…………」
口を開き、閉じる。
ルーフェンは、唇を噛むと、俯いて黙りこんだ。
シルヴィアの気持ちも、またバジレットの気持ちも、双方理解できてしまうことが、とても辛かった。
バジレットは、込み上がってきた怒りを無理矢理抑え込むように、震える手で額を覆った。
そして、ゆっくりと息を吐きながら、再び目に冷たい光を浮かべた。
「余とエルディオは、この命をかける……。あの女を止めたいと思うならば、その耳飾りをとれ、ルーフェン」
強くて、真っ直ぐな、迷いのない声。
揺れ動くルーフェンの瞳を見つめながら、バジレットは言った。
「シルヴィア・シェイルハートを、地の底へ引きずり下ろすぞ」
激しかった雨足が、一層強まって、忙しなく窓を叩く。
「…………」
ルーフェンは、握り締めていた拳を解くと、ゆっくりと手を伸ばしたのだった。
サーフェリア歴、一四八八年。
ルーフェン・シェイルハートは、召喚師に就任した。
当時、十四歳だったルーフェンの台頭は、後のサーフェリアの命運を、大きく左右することになる──。
To be continued....