複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.50 )
- 日時: 2021/04/13 13:34
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)
†第一章†——索漠たる時々
第三話『曙光』
城下の、王宮へと続く一本の本通りには、何十軒もの露店が並んでいる。
売られている主な品は、他の地域から入ってくる干された果実や肉、毛皮などで、つまりは輸入される故に保存のきくものばかりであり、常に新鮮な物々が売られる港町ハーフェルンの者達から見れば、この通りの市場はいくらか味気ないのかもしれない。
それでも、辺境の南の地で大半を過ごしているオーラントにとっては、久々のシュベルテの市場は、やたらと豪勢な品揃えをしているように見えた。
「あー、三年ぶりかあー」
ぐっと伸びをして、多少白の混じる黒髪をがりがりと掻きむしると、ぽろぽろと古い頭皮が飛び散る。
その汚ならしい行為に、周囲の人々から冷ややかな視線が送られてきているのを感じて、オーラントは苦笑いした。
王宮に程近い城下ともなれば、商人の姿はあっても、旅人の姿などはほとんどない。
明らかに長旅をしてきたという風体のオーラントは、ひどく目立ってしまっているようだった。
王宮に顔を出す前に、少し身綺麗になった方が良いかもしれない。
自分の纏っている擦りきれた外套を見ながら、オーラントはそう思った。
そして、周囲を見回していると、ちょうど前方に衣類を扱っている店を発見した。
露台の上には、色鮮やかでありつつも派手すぎない、品の良い多くの衣が並べられている。
それでいて、値段もそれほど高くはなく、なかなかの店を見つけたとオーラントは満足げに唸った。
店の主人は、衣を選び始めたオーラントを、しばらく怪訝そうに見つめていた。
このいかにも胡散臭そうな男に、代金が払えるとは思えなかったのだ。
そして、オーラントがついに深い碧色の衣を手にとった時、主人は、眉間に皺を寄せて、声をかけた。
「……お客さん、あんた、旅人だろう。その衣は質は良いが、少々重い。旅にゃあ向かないよ」
客相手とは思えないほど、素っ気ない声であったが、オーラントは満面の笑みで答えた。
「あ、いーのいーの。俺、明日王宮に行くからさ。そのための衣選んでんの」
王宮に行くという言葉に、主人は、ぎょっとしたように瞬きをした。
続いて、オーラントの腕の宮廷魔導師の腕章に気づくと、その顔色がみるみる青くなっていく。
「きゅ、宮廷魔導師様……! 申し訳ありません、ご無礼を……!」
「んあ? ああ、別に気にせんでいーよ」
オーラントは、快活に笑いながら、主人の肩をばしばしと叩いた。
しかし、主人の顔色は青いままである。
宮廷魔導師を相手に、一瞬でもあのような口を利いてしまったことを、後悔しているようだ。
サーフェリアは、召喚師を筆頭に、魔導師団と騎士団の二大勢力によって守られている国であるが、宮廷魔導師といえば、その魔導師団の中でも特に能力の高い者のみを集めた、国王直属の武官である。
地位でいえば、貴族と同等。
平民階級の者が、そう簡単に話しかけられる相手ではないのだ。
店の主人が慌てふためくのも、無理はなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.51 )
- 日時: 2017/12/16 23:45
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「本当に、申し訳ありません。どうぞお許しください」
深々と頭を下げる主人に、オーラントは肩をすくめた。
「いやいや、本当に気にすんなって。実際、俺怪しいだろ? しかも今、汚いし臭いだろ? 三日くらい風呂入ってねーんだわ」
何故か、実に愉快そうなオーラントに、どうすればよいか分からないといった様子で、店の主人は狼狽した。
「いえ……その……あ、その衣は、どうぞお持ちください。お代は要りませんので……」
「えっ、いや、いいよ。遠慮すんなって! 五千ゼルだろ? 出す出す!」
主人の言葉に、オーラントはぶんぶんと首を振ると、懐から巾着を取り出す。
しかし、その巾着を開けてすぐに、あっと声をあげた。
「しまった! 換金するの忘れてたわ! 俺金持ってないじゃん!」
「…………」
騒がしい男だ、と内心呆れながら、主人は苦笑を浮かべた。
「は、ははは……いえ、ですからお代は──」
「いや、待て待て! 言ったからには払う!」
オーラントは大声でそう言って、どんっと背負っていた荷を下ろした。
そして、何かを引っ張り出すと、それを主人に差し出した。
「これ、やるよ。結構値打ちもんだかんな。足りるはずだ」
ころり、と掌に転がされた、銀白色の石。
それを見た途端、主人は、あまりの衝撃に口をぱっくりと開いて叫んだ。
「こっ、これは、シシムの磨石じゃ──」
「うん、そうそう。御守りにするなり、質屋に出すなりしてくれや」
主人は、口を何度も開閉しながら、言葉にならない感動と共に、磨石を握りしめた。
シシムの磨石は、暗闇に持ち出すと光る性質を持っており、最近はほとんど採れなくなったという理由で、貴重とされている石である。
オーラントから渡されたものは、かなり小さいものではあったが、一商人である自分が易々とお目にかかれるものではない。
主人は、信じられないという思いからまだ覚めぬまま、何回もオーラントに礼を述べた。
「いやはや、しかし……シシムの磨石をお持ちということは、貴方はノーラデュースからお越しなのですか?」
宮廷魔導師と会話をする緊張など吹き飛んだ主人は、磨石を握りしめたまま、そう尋ねた。
ノーラデュースとは、奈落を差す言葉である。
サーフェリアの南西端にある、深い峡谷の連なる地を、一度地下に落ちてしまえば二度と地上には戻れない、という意味を込めて、人々はノーラデュースと呼んでいるのだ。
また、シシムの磨石を含め、貴重な鉱石のいくつかは、ノーラデュースでしか入手できない。
主人の問いに、オーラントは頷いた。
「そーそー、俺、ノーラデュース常駐の宮廷魔導師だからな。リオット族の見張りが仕事ってわけ」
「なるほど……」
主人は、神妙な面持ちで頷いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.52 )
- 日時: 2015/11/19 19:26
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: gF4d7gY7)
リオットとは、古語で『地の祝福を受ける民』を意味し、その名をもつリオット族は、文字通り、特殊な地の魔術を操る民である。
彼らは二十年ほど前から、ノーラデュースの谷底に棲んでおり、度々王都からの旅人や行商人を襲うため、南方常駐の宮廷魔導師団、及び魔導師団に監視されているのだ。
オーラントは、どこか得意気に鼻をならしてみせると、次いで、他にも聞きたそうな顔の主人に、にやりと笑って言った。
「おっと、これ以上は聞かないでくれよ。こっちも仕事なんでね」
主人は、焦ったように顔の前で手を振った。
「いえ、申し訳ありません。決して、詮索しようと思ったわけでは……」
「あはは、分かってるよ」
オーラントは、それだけ言って再び主人の肩を叩くと、店を出た。
久しぶりにシュベルテに帰ってきて、その町民に触れ、つい話し込んでしまった。
けれど、任務地の暑苦しい面々では、こんな会話はできないのだから、たまにはこれくらい仕方がないとも思う。
オーラントは、近くの宿に入り、湯浴みを済ますと、早速買った碧色の衣に着替えた。
南西端のノーラデュースに比べ、シュベルテは幾分か肌寒かったが、長旅の疲労が身体に蓄積している。
今夜はよく眠れるだろう。
翌朝、オーラントは宿で朝食を食べると、その足で王宮に向かった。
通りの市場の賑やかな雰囲気とは一変、巨大な白壁で囲まれた王宮は、やはり静かな迫力がある。
呆然と、その傷一つない白壁を見つめていると、こちらに気づいたらしい門衛が、鋭い声で言った。
「何者か」
オーラントは、大股で門まで近づき、腕章を見せた。
「ノーラデュースから参った、宮廷魔導師のオーラント・バーンズだ。ガラド・アシュリー卿にお目通り願いたい」
それを聞くと、門衛はかしこまり、すぐさま二重になっている門を開いた。
「失礼いたしました。どうぞ、お通りください」
「どうも」
オーラントは、敬礼の姿勢をとった門衛に軽く会釈を返すと、門をくぐった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.53 )
- 日時: 2021/04/20 08:35
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: EVwkkRDF)
オーラントは、ガラドの仕事場である執務室に通された。
今、ガラドは不在であるために、少し待つように言われたのだ。
部屋の真ん中には、書物がどっさりと乗った机があり、オーラントはその向かいに置いてある長椅子に腰かけると、荷物を投げ出した。
部屋の中は、相変わらず紙と墨の匂いが充満している。
そうしてしばらく寛いでいると、人が歩いてくる気配がして、オーラントは入り口の方を見た。
扉を開けて入ってきたのは、目的の人物──ガラド・アシュリーである。
「お待たせしてすまない。よく無事に帰還した、バーンズ殿」
「アシュリー卿、お久しぶりです」
一度長椅子から立ち上がり、ガラドに頭を下げる。
ガラドは、それに対して満足げに頷くと、再び長椅子に座るよう促して、自分は執務机の椅子に腰かけた。
「シュベルテには、何日ほどいられるのだ?」
「一月ほど。王都での仕事も含めて、多少休暇を頂きました」
ガラドはふむ、と頷くと、静かな声で言った。
「……そうか。かの地までは、移動だけでも一月はかかるからな。お主が長期間空けるわけにはいくまいて……。せめて、シュベルテにいる間は、ゆっくりと休むが良い」
「はい、ありがとうございます」
オーラントが、再度礼をする。
ガラドは、息を吐いて、細く伸びた顎髭を撫でた。
「……して、ノーラデュースはどうだ。リオット族の様子は?」
オーラントは、大きな溜め息をついた。
「大きな変化はなし、といったところでしょうか。しかし、奴等の移動圏が把握できてきましたから、その周辺に魔導師を配置することで、かなり被害は減っているように思います」
ガラドは、そうか、と返事をすると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……穢らわしい害虫共め。これ以上被害が拡大する前に、我々の手で駆逐したいものだが……」
オーラントは、首を振った。
「それは、簡単には叶いますまい。奴等は強靭な肉体を持っているからこそ、あの奈落の底から這い上がれるのです。私達では、あの谷底に入って帰ってくることはそう簡単にできません。それに、いくらリオット族相手でも、大義というものがございます。特別な理由もなしに大規模な争いを起こすことはできません」
ガラドの顔が、さっと曇った。
聞きようによっては反論にも聞こえるオーラントの発言が、気に入らなかったのかもしれない。
しまった、と内心焦りながら、次の言葉をどうしようかと考えていると、不意に、扉の外が騒がしくなった。
扉の前に配置されていた騎士と、誰かが言い合っているようだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.54 )
- 日時: 2017/08/18 17:04
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ガラドは顔をしかめて、扉の方に視線をやった。
「何事だ」
一言、厳しい声で尋ねると、扉越しに騎士の困ったような声が聞こえてきた。
「ああ、えっと、その……」
くぐもったその声と同時に、ばんっと扉が開かれる。
入ってきたのは、銀髪の少年と、彼を止めようとする一人の騎士であった。
ガラドが目で騎士に下がるように合図すると、騎士は怨めしそうに少年を一瞥して、扉を閉めた。
ガラドは、執務机から立つと、少年の前で正式な礼をし、呆れたように言った。
「次期召喚師様、このようなことをされては困ります。恐れながら、私に御用がある場合は職務時間外にと何度も申し上げているではありませんか。それに、宮廷医師から了承を得たとはいえ、まだ本調子ではないのでしょう」
説教じみたガラドの言葉を、少年はさして気にする様子もなく聞いている。
そんな彼に、オーラントは思わず笑いそうになった。
王宮内の影の権力者、政務次官ガラド・アシュリーの小言を聞き流す者など、なかなかいない。
続けてオーラントは、じっと少年を見つめた。
母譲りの整った顔立ちと、色素の薄い肌、そして銀の髪と瞳。
(……ああ、こいつが噂の次期召喚師様ってやつか……)
存在は当然知っていたが、間近で見るのは初めてだった。
六年前、何故かヘンリ村で発見され、しかもわずか八歳で召喚術を使い、村一つ吹き飛ばしたという前代未聞の経歴をもつ召喚師の子。
有智高才、社交性も問題なし、しかしその実かなりの変わり種だという噂が、ノーラデュース常駐の魔導師団の中でも話題になっていたものだ。
(なるほど、執務室に押し入ってくるなんざ、こりゃあ確かに変わり種だ)
くくっと、笑いを漏らして、再びルーフェンを見る。
ルーフェンは、そんなオーラントを一瞥すると、釈然としない顔つきでこちらを見るガラドに向き直った。
「来客中にすみません。一瞬で終わる要件なので、聞いてください」
ガラドは小さく肩をすくめると、ルーフェンに続きを促した。
すると、ルーフェンは、はっきりとした口調で言った。
「外出許可を下さい。三日……いえ、二日でいいので」
「なんですって?」
ガラドは、とんでもない、といったように目を見開いた。
遠征ならともかく、私的な事情で次期召喚師が外出するなど、あり得ないことだ。
ガラドは、低い声で返した。
「いけません。外出などして、何か問題が起こったらどうするのです」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.55 )
- 日時: 2021/04/13 14:23
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)
ルーフェンは、その返答を予想していたのか、すぐに切り返した。
「問題とは、具体的になんですか? 私は、そこらの騎士や魔導師よりも腕が立ちます。大抵のことは自力で切り抜けられますから」
「いいえ、いけません。万が一イシュカル教の暴徒たちに襲われでもしたら、大問題ですよ。貴方は、ご自分の立場をまるで分かっていらっしゃらない」
「分かってますよ、次期召喚師だって。召喚師一族はこの国で一番力があると騒いでるのは、貴方たちでしょう」
「そういう問題ではございません!」
「では、どういう問題ですか」
ああ言えばこう言う状態に陥り、ガラドは頭痛の起こる頭を抑えながら、目を閉じた。
そして、再び目を開けると、弱々しい声で言った。
「……ちなみに、理由をお伺いしても?」
ルーフェンは、間髪入れずに答えた。
「城下に下りて、街の人々の様子を見ようと思います。私は、これまであまり街に下りたことがありません故。己が守るべき人々の姿を、この目で見定めようかと」
ガラドは、胡散臭そうに顔をしかめた。
「……それは、立派な志ですな。しかし、要は城下に行きたいだけでしょう。無意味な外出に、許可を出すことは出来ません。見定めるとは言いますが、最近の貴方様は、すぐ感情的になって、駄々ばかりこねる子供のようですよ。次期召喚師としての立ち振る舞いが、全くなってらっしゃらない。街の様子を見たいというなら、一層教養を深め、相応の弁別と所作というものを身につけて下さい。今の貴方様では、外部に赴こうとも、物事を正しく見定めることなど出来ませぬ」
「…………」
ルーフェンは、つかの間俯いて、何か考えているようだった。
だが、すぐに顔をあげると、堂々と言った。
「実際、私はまだ子供ですよ。感情的で何が悪いんですか」
開き直った様子で、ルーフェンは続けた。
「それに、正しく見定めることと知識が深いことは、必ずしも結び付きません。人の土台を形作っていくのは、机上の空論などではなく、子供の頃に見聞きした多くの経験と感情だとも言います。私は、利口なだけで人の心も分からないような、精巧なお人形にはなりたくありません」
ガラドは、面倒くさそうに黙りこんだ。
そうしてしばらく、ルーフェンを凝視していたが、やがて、大きな溜め息をつくと、口を開いた。
「わかりました……外出許可を出しましょう。ただし、二日はいけません。一日です。あと、護衛はつけさせて頂きます」
「……一人で平気です」
「いいえ! 絶対につけます!」
多少声を荒げたガラドに、流石のルーフェンも引き下がって、反論はしなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.56 )
- 日時: 2017/12/16 22:27
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ガラドは、執務机に戻り腰かけると、苛立たしそうに貧乏ゆすりをしながら、しばらく何か思案していた。
そして、顔をあげると、オーラントの方を見た。
「バーンズ殿、すまないが、次期召喚師様の護衛を引き受けてはくれまいか」
「えぇっ、俺!?」
思わず素っ頓狂な声をあげて、オーラントは立ち上がった。
冗談じゃない。俺は休暇に来たのだ。
こんな可愛いげのないガキのお守りをしに、シュベルテに帰ってきたわけではない。
そう心の中で叫んで、オーラントは首を振った。
「い、いやいや、他にもいるでしょう。魔導師団の奴等とか、騎士団の奴等とか……」
「一介の魔導師や騎士に、次期召喚師様の護衛など勤まりはせぬ。今、空いている宮廷魔導師はそなたしかおらん」
オーラントの額に、びっしりと細かい汗が浮き上がる。
先程までルーフェンとガラドのやりとりを面白おかしく眺めていただけなのに、とんでもないことを押し付けられてしまった。
しかし、だからといって、何か逃れられる言い訳も思い付かない。
オーラントは、ぎゅっと拳を固く握ると、ルーフェンの方に振り返った。
「いや、えっと、ですがねえ……ほら、この通り、次期召喚師様も嫌そうなお顔を……」
そう言って見たルーフェンの表情は、無表情だった。
必死に嫌がれと視線を送るが、それに気づいているのか、いないのか、ルーフェンは、淡々とした様子でガラドの方を向いた。
「……護衛をつけなければ、外出許可は下りませんか」
「無論です」
ガラドが、厳しい口調で言う。
ルーフェンは、それを確認すると、オーラントに視線を戻した。
「……そういうことらしいので、出来ればお願いします」
「…………」
ああ、今日はなんて運の悪い日なのだろう。
折角の貴重な休暇だというのに。
そう嘆きながらも、ガラドとルーフェン、双方の視線に挟まったオーラントには、大人しく頷くことしかできなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.57 )
- 日時: 2017/12/16 22:30
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
翌日、腑に落ちない気分のまま、集合場所である王宮の裏口に向かうと、ルーフェンは既にその場所にいた。
一応、立場的にはルーフェンの方が上であるため、オーラントは自分が先に着くようにと早めに出たのだが、その試みはどうやら失敗したらしい。
(……全く、次期召喚師のお守りなんて、立派な要人警護の任務じゃねえか。ぜってえ今日のことは勤務時間に含めてやる)
そう決心して、ルーフェンに近づく。
ルーフェンは、大きめの外套の頭巾で銀髪を隠し、ぼーっとした様子で壁に寄りかかっていた。
「おはようございます。随分とお早いですね」
そう声をかけると、ルーフェンは、頭二つ分ほど高いオーラントを見上げて、ぼそりと答えた。
「……早く目が覚めてしまったので」
「ふーん……」
味気ない返事を聞きながら、オーラントは、ふと、ルーフェンの無表情を壊してみたくなって、からかうように言った。
「なんです? 今日が楽しみすぎて、興奮して目が覚めちゃったみたいな?」
「…………」
「冗談ですよ……」
子供らしく憤慨してくると思ったのに、思いがけず冷たい視線を返されて、オーラントは肩を落とした。
本当に、恐ろしく可愛いげのないくそガキである。
どうせ護衛をするなら、もっと可愛らしい子供がよかった。
オーラントは、はあっとばれないように嘆息した。
すると、ルーフェンが目を細めて、抑揚のない声で言った。
「……別に、着いてきたくないのなら、着いてこなくて良いですよ。ガラドさんには、貴方はちゃんと護衛の任を果たしたと伝えておきますから。俺も、一人で大丈夫ですし」
ルーフェンの言葉に、オーラントは、げっと顔を強張らせた。
そんなに露骨に態度に出ていただろうかと反省して、気まずそうに頭を掻く。
「ああー、いや、まあ……でも、引き受けちゃったもんは、最後までちゃんとやり遂げますよ。俺だって、そこまで落ちぶれちゃいません」
「……そうですか」
ルーフェンは、淡々と答えると、そのまま目線を下げる。
その横で、身悶えするほどのやりにくさを感じながら、オーラントは再び、頭をばりばりと掻いた。
この次期召喚師の少年は、きっと自分にとって、一番苦手なタイプだ。
冗談は通じないし、会話も続かない。おまけにくそガキだ。
プライドばかり高い、取っつきにくい奴なのだろう。
こういう奴とは、極力関わりたくない。
次期召喚師ということは、将来的にはこのルーフェンが、魔導師団の統括を担う──つまりは宮廷魔導師の上司にもなるわけだが、その頃にはオーラントも、年齢的に引退しているだろう。
とにかく、こいつとは今日限りでおさらばだ。
今日だって、さっさと用事を済ませてしまおう。
そう結論付けると、オーラントは、ルーフェンに向き直った。
「ま、ちゃっちゃと行きますか。城下ですよね。馬だと目立つんで、歩きでいいですか?」
早口で尋ねると、ルーフェンは、小さく首を振った。
「……城下には、行きません」
「へ?」
突然の告白に、オーラントが硬直する。