複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.66 )
- 日時: 2017/12/16 23:15
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
†第一章†──索漠たる時々
第四話『探求』
アーベリトの初代領主、ドナーク・レーシアスは、元は診療所を営む医師であった。
彼は、内戦や飢饉があったと聞けば、自らその地に赴き、一ゼルも払うことができないような貧しい人々を、治療し続けた。
そして、それが原因で自分の診療所の経営が苦しくなっても、その活動をやめることは、決してなかった。
サーフェリア歴、一二五二年。
やがて、その手腕と活動が時の国王に認められ、ドナークは、伯爵の爵位を授けられることとなる。
土地を与えられ、貴族の仲間入りを果たしたのだ。
ドナークを領主としたその街は、アーベリトと名付けられ、医療技術に特化した街として、瞬く間に名を挙げた。
しかし、それでもドナークが慈善事業をやめることはなく、シュベルテからの援助はあったものの、アーベリトの貧しさはいつまで経っても変わらない。
加えて、貴族の大半は、人が良いだけの平民出の医師ごときが、自分たちと同じ階級になったことを快く思わず、レーシアス家は長年苦汁を舐め続けることになる。
そんな中、転機が訪れたのは、十一代目領主、アラン・レーシアスの時代であった。
彼は、実弟であるサミルと共に慈善事業に取り組む傍ら、医療魔術の研究に没頭し、遺伝病の治療法を確立したのである。
この治療法に食いついたのは、リオット族を奴隷として雇っていた、サーフェリア中の宝石商や武器商であった。
当時、南方のココルネと呼ばれる森に棲む、特殊な地の魔術を操るリオット族は、鉱物の採掘に大いに役立つと注目され、沢山の商会に奴隷として取引されていた。
しかし、リオット族は多くが短命で、おまけに身体中の皮膚が焼け爛れたかのように変形しており、不気味な容姿をしていた。
その原因が、リオット族のみに発症する遺伝病──リオット病だったのである。
リオット病は、劣性の遺伝病と言われていたが、リオット族の半分以上にその症状が見られた。
もし、アーベリトで治療を受け、リオット族の寿命が伸ばすことで、長く労働力として使えるようになり、かつ見た目も改善されるならと、商会の人々は目の色を変えて、アランに遺伝病の治療を求めたのである。
これにより、莫大な財力を得たレーシアス家は、ついに下流貴族を脱却。
他の貴族達の不満など、簡単に蹴散らせるような地位と名誉を、手に入れたのであった。
だが、その数年後、事件は起きた。
奴隷として不当な扱いを受けていたリオット族達が、シュベルテにて暴動を起こしたのだ。
肉体の発達したリオット族達の騒擾は、騎士団の動員も余儀なくされる大事となり、最終的に、手に負えないと判断した王宮、及び商会の人々は、リオット族を追放。
彼らを、南方のノーラデュースと呼ばれる険しい谷底に、押し込めた。
それと同時に、リオット族を手放した商会の関心はアーベリトから離れた。
加えて、リオット族の力に未練のあったいくつかの商会が、ノーラデュースの様子を見に行った際、治療により幾分か整っていたはずのリオット族の皮膚の変形が、元の化け物のような形状に戻っていたことを発見する。
商会は、揃ってアーベリトを非難した。
「レーシアス家の医療はでたらめだ。遺伝病の治療法は、確立などできていなかったのだ」と。
あっという間に広まったこの噂は、アーベリトの栄華を途端に没落させた。
レーシアス家は、再び下流貴族の烙印を捺され、シュベルテからの僅かな援助金で慈善事業を繰り返す、哀れでお人好しな一族というレッテルを貼られることとなる。
更には、この年、領主であったアランが出先で死亡。
こうして、アーベリトの地位や名誉がみるみる失われていく中。
街を背負って立つことになったのが、アランの実弟であり現領主の、サミル・レーシアスである。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.67 )
- 日時: 2016/05/15 00:40
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
* * *
ルーフェンとオーラントは、施療院の診察室に通された。
薬をとってくるから、少し待つようにと言われて、用意された椅子に腰を下ろす。
その間、ルーフェンは、終始ぼんやりとした様子で、窓の外を眺めていた。
アーベリトに来たのは、六年前にサミルに救われた、あの時以来である。
外からは、楽しげに騒ぐ子供達の声が聞こえてくる。
ルーフェンは、その声に耳を傾けながら、ぽつりと呟いた。
「近くに、孤児院があるのかな……」
独り言のようなそれに、オーラントは、返事をするべきかどうか悩んだが、一瞬間をおいてから、そうかもしれませんね、と答えた。
梁(はり)部分には、沢山の薬草が吊るされて干されており、その独特の香りが、そよぐ風に乗って部屋に充満している。
ルーフェンは、その匂いを嗅ぎながら、アーベリトのどこか寂れた雰囲気を、確かに感じ取っていた。
(……六年前も、こんな感じだっただろうか)
かつて、サミルと暮らしていた白亜の屋敷を思い出しながら、ふと、考える。
あの時は、ヘンリ村から移ってきて最初に見たのがサミルの屋敷であったから、とても豪勢で綺麗な屋敷だと思ったけれど、アーベリトは本当は、こんなにも廃れた街だったのだろうか。
それとも、ルーフェンが離れたこの六年間で、廃れてしまったのか。
どちらにせよ、今のアーベリトは、ただ人の気配がするだけの廃墟のような、物寂しい雰囲気に包まれていた。
──もはやアーベリトでは、これ以上受け入れられません……施療院も、養護施設も、資金も、何もかもが足りないのです。
王宮でのサミルの言葉が、脳裏に蘇る。
ルーフェンは、無意識に窓から白亜の屋敷を探しながら、しばらく、その言葉を頭の中で繰り返していた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.68 )
- 日時: 2017/08/18 17:31
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ふと、人の歩いてくる気配がして、ルーフェンとオーラントは扉のほうを見た。
すると、小さな薬瓶を二本、お盆に乗せて、先程の女性が入ってきた。
「お待たせしてしまって、ごめんなさい。これ、一応切り傷とか擦り傷用のお薬なんですけど、日持ちもしますし、創傷面の消毒作用もありますから」
そう言って渡された薬瓶を手に取ると、ルーフェンはオーラントのほうを見て、小声で言った。
「……いつか立て替えるので、とりあえず薬代払ってください」
「えっ」
「手持ちがないんです。お願いします」
オーラントは、不審そうな目付きでルーフェンを見たが、こんなことで言い争うのも大人げないと思ったのか、渋々といった様子で、女性に金を手渡した。
女性は、それを会釈してから受け取り、懐に大切そうにしまいこむと、オーラントのほうを見た。
「行商ということですが、そのご様子だとほとんど売れたのですね。どうでしたか、シュベルテは」
オーラントやルーフェンの手荷物の少なさから、そう判断したのだろう。
女性はにこりと笑って尋ねると、自分も近くの椅子に腰かけた。
「ああ、えーっと、相変わらず賑やかでしたよ。やっぱりいいもんですね、中心部は。華がありますから」
あはは、と笑いを浮かべながら、オーラントが答える。
この女性には、ルーフェンが先程、自分達はシュベルテまで行商に出ていた、と説明しているのだ。
おそらく彼女の中で、ルーフェンとオーラントは、地方から出てきた商人の親子か何かだと思われているに違いない。
ルーフェンが頑として、頭巾で銀髪や表情を隠している辺り、次期召喚師と明かす気はないようだから、きっとこの設定で押し通す気なのだろう。
そう予想して、自分も宮廷魔導師の腕章をさりげなく外すと、オーラントは話を合わせた。
女性が、きらきらと目を輝かせて言う。
「いいですね、羨ましいわ。シュベルテなんて私、もう何年行ってないのかしら。若い頃に一度、花祭りに参加したことがあったのですけれどね。街中が色とりどりの花々に装飾されて、本当に綺麗だったのを、今でも覚えてますわ」
オーラントが同調して、うんうんと頷いた。
「花祭りは、まあ名物みたいなものですしねー。あの行事の人気っぷりは、衰えを知らないと言いますか。とにかく毎年、すごい盛り上がりを見せますから」
「ふふ、変わらないんですね。機会があれば、是非また見に行きたいものです」
女性は、昔を思い起こすように目を細めて、楽しそうにそう言う。
その横で、不意に、ルーフェンが呟いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.69 )
- 日時: 2017/12/16 23:19
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……アーベリトは、変わりましたね」
オーラントと女性の視線が、ルーフェンに移る。
女性は、不思議そうな表情を浮かべると、ルーフェンに向き直った。
「前にも、アーベリトに来たことがあるのですか?」
「……はい、六年前に。といっても、短期間しかいなかったので、記憶も曖昧なのですが」
困ったように笑って、答える。
次いでルーフェンは、窓の外を一瞥してから、何か決心したように真剣な顔つきになると、女性を見つめた。
「……付かぬことを伺いますが、貴女は、賑やかだった頃のアーベリトを、知っていますか?」
「え……?」
思わぬ問いに、女性が瞬く。
「賑やか、というと……?」
「アラン・レーシアス伯が、領主だった時代。彼が、遺伝病の治療法を確立した頃の話です」
その瞬間、女性の目が揺れる。
この質問には、オーラントも驚いたらしく、どういうつもりだ、というようにルーフェンに視線を送った。
先程までの、楽しげな表情を暗いものに変えて、女性が問うた。
「……貴方、いくつなの?」
「十四です」
「そう……」
女性は、浅く息を吸った。
「若いのに、よく知ってるわね。もう、アラン様が亡くなってから、十年以上も経つのよ」
「……少し、興味があるんです。表面的な史実は、歴史書を読んで知りました」
そう、表面的な史実は。
だが、ルーフェンの仕入れた知識は、あくまでそれだけだった。
アレイドに借りた教本と、図書室の歴史書をかじった程度である。
だから、サミル以外の当事者の話を聞きたかったのだ。
今日、アーベリトに訪れたのも、そのためである。
女性は、小さくため息をついた。
「……知っています。あれは、誰もが革新的な医療魔術の進歩だと思ったわ。遺伝病に治療法が存在するなんて、今ですら信じられないでしょう? だから、アーベリトはあの時、サーフェリア中の注目を集めたのよ。考えられないくらい、莫大なお金が流れ込んできてね。街中の建物がすべて一新されたんじゃないかってくらい、施療院も孤児院も、とにかく大きく立派になった。患者も増えたけれど、慈善事業に協力したいっていう商会や貴族も、次々に名乗り上げてきて。でも……」
女性は、微かに俯いた。
「そんな時代、すぐに終わってしまったわ。本当に、あっという間に。……その様子じゃ、知っているのかもしれないけど、遺伝病の治療を主に受けていたリオット族が追放されて、しかも、あの治療法はでたらめだ、なんて噂が流れてしまったのよ」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.70 )
- 日時: 2018/01/22 13:17
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
女性が、再び顔をあげて、ルーフェンを見る。
「途端に、アーベリトは全てを失ったわ。慈善事業を続けてはいたから、シュベルテからの資金援助は継続して受けられたけど、それ以外の後援者はすべて失った。患者も、それなりにお金のある家の人達は、皆、騙されたみたいな顔をして、アーベリトを去ったわ。……ほら、外に見える建物。大きいけれど、崩れた壁は修繕出来てない。あれは、あの時代の名残なんだけどね。実際、お金がない状態では、大きい建物なんて負担なだけだわ」
「…………」
「しかも、不幸なことって続くものでね。その頃、アラン様は度々王宮に召集されるようになっていたのだけど、シュベルテからアーベリトへ帰る途中、馬車ごと崖に転落して、亡くなってしまったのよ。それで、アーベリトは一層活気を無くしてしまったの。こんな、はずではなかったのにね……」
ルーフェンは、しばらく黙って女性の話を聞いていたが、女性が話を終えて息を吐くと、口を開いた。
「その、遺伝病の治療法というのは、本当に失敗していたんですか?」
女性は、首を振った。
「失敗なんかじゃない。アラン様は、とても研究熱心で、それこそ睡眠や食事の時間もほとんど摂らずに、必死の思いであの治療法を完成させたのよ。それに、あの人は天才だったもの。失敗なはずがないわ。リオット族の病状だって、確かに改善されていたし……」
女性は、瞳にきつい光を宿して、言った。
「ノーラデュースで病状が復活していたなんて、そっちの方こそでたらめなんじゃないかって、私は思うのよ。きっと、商人が見間違えたか、腹いせにそんなこと言ったんだわ。リオット族もリオット族で、なんて野蛮なことを仕出かしたのかしら。これじゃあ、アラン様が蛮人を救った逆賊のように思われてしまって、報われないじゃない……!」
ルーフェンは、女性を見つめて、静かに言った。
「……では、あの治療法は本当に確立されたものだったんですね? アランさん以外に、施せる人はいますか」
「ええ。私の知る限りだと、サミル様なら」
ルーフェンは、確信的な女性の目を見て、胸の底が冷たくなるのを感じた。
領主であるだけでなく、遺伝病の治療法を扱える数少ない人物の一人だとすると、今後アーベリトをどうこうするには、少なからずサミルがその鍵を握ることになるだろう。
(とすると、どうしても巻き込んでしまうことになるか……)
出来れば、ルーフェンの思惑にサミルを巻き込みたくはなかったのだが、やはりそれは難しそうである。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.71 )
- 日時: 2016/01/15 20:21
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)
ルーフェンが何かをじっと考えていると、同じく黙りこんでいた女性が、はっと顔をあげた。
「いえ、そういえば、もう一人。レック・バーナルドという人が、治療法について知っているはずよ。アーベリト出身の方でね、サミル様の古いご友人らしいわ。といっても、今は宮廷医師をやられているそうだから、到底お会いできる方ではないけれど……」
「レック・バーナルド……」
呟いて、ルーフェンは記憶の糸を手繰った。
どこかで、聞いたことのある名前だったからだ。
しかも、宮廷医師ということなら、探しだして話を聞くことも可能だろう。
有力な情報を入手できたと、その名を記憶に留めると、続けて女性が言った。
「貴方、本当にこの街に関心があるのね。もし、更に詳しく聞きたいというなら、サミル様をお呼びしましょうか? 今すぐは無理だけれど、今夜なら……」
女性のその言葉に、ルーフェンは、一瞬焦ったように目を見開いた。
しかし、すぐに落ち着いた表情に戻ると、小さく首を振った。
「いえ、領主様のお耳に入れるほどのことではありません」
「そうですか? サミル様はお優しい方ですから、きっと貴方のお話も聞いて下さると思うけれど……」
「……はい。きっと、そうですね」
ルーフェンは、ふっと目元を緩めて、穏やかに言った。
「でも、いいんです。ありがとうございました。色々と教えてくださって。あと、薬も」
軽く頭を下げて、礼を言う。
すると、女性も少しくすぐったそうに微笑んだ。
「いいえ、いいんです。今のアーベリトを気にかけてくださる方なんて、そうそういないもの。私も、お話できて嬉しかったわ」
ルーフェンは、椅子から立ち上がって、もらった傷薬を外套の内側に入れると、再び女性に会釈して、別れを告げた。
オーラントも、ルーフェンの意図が全くわからないまま、とりあえず女性に改めて礼を述べ、部屋を出る。
そして、施療院の外で周囲を見回していたルーフェンに追い付くと、呆れたように言った。
「……目的は達成されたんですか? 俺には、あんたが何をしたかったのか、全然分からなかったんですけど」
「はい。来た甲斐はありました」
ちょっとくらい説明しろ、という皮肉を込めて言ったのだが、ルーフェンはそんなこと一切気にしていないようで、返ってきたのは淡々とした答えだった。
(……ほんと、なに考えてんだ、こいつ)
多少の苛立ちを、顔に出さぬよう気を付けながら、ばりばりと頭を掻く。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.72 )
- 日時: 2016/01/19 13:11
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: 3KWbYKzL)
遺伝病の治療云々ももちろんだが、特にリオット族については、サーフェリアの汚点といっても過言ではない存在であり、あまり軽々しく口に出すものではないのだ。
それを、このルーフェンは、平然と口走り始めたものだから、先程は正直驚いた。
ルーフェンは、相変わらず何やら考えている様子で、施療院の周囲の建物を見つめている。
うっすらとひびが入った状態で、放置されている白亜の壁。
雑草に覆われた、崩れたままの石積みの塀。
かつては鮮やかな青であったと思われる、灰色の風化した瓦。
どこもかしこも、昔の栄華の面影が見えるほどに、痛々しい。
オーラントは、それらを呆然と眺めるルーフェンを見ながら、長いため息をついた。
「まだ、なんか気になることでも?」
「いえ……」
ルーフェンは、短く返事をすると、そのままリラの森の方へと歩き始める。
本当は馬車で帰りたいところだが、行きがそもそも移動陣で来たため、待っている馬車などない。
一日に二回も移動陣を使うなんて、なかなかに無謀だと自覚しつつも、諦めたようにオーラントも歩を進める。
すると、突然ルーフェンが立ち止まって、こちらに振り返った。
「帰り、もう一ヶ所行きたいところができました。行き先は、王宮の裏口ではなく、シュベルテの東門付近の移動陣にしてください」
「は?」
驚く間もなく、ルーフェンが駆け出す。
オーラントは、それを追いかけながら、叫ぶように尋ねた。
「行くって、他にどこにいくんです! もう日暮れ過ぎてるんですよ!」
「多分間に合うので、平気です!」
今日一日で分かったこと。
それは、次期召喚師がいかに身勝手で奔放なやつか、ということだ。
オーラントは、このことを他の魔導師連中にも言いふらしてやろうと心に決めて、前を行くルーフェンを恨めしそうに睨み、再度ため息をついた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.73 )
- 日時: 2017/12/16 23:25
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
シュベルテに存在する三つの移動陣の内、東門近くにある陣に到着するや否や、ルーフェンは、王都とは反対側の、山の方に向かって再び走り出した。
時刻は、もう夕刻を回っているだろう。
既に、お互いの顔がはっきりとは見えないくらい、辺りは薄暗くなっている。
オーラントは、ひたすらルーフェンを追いかけながら、彼がどこへ行こうとしているのか、徐々に検討がついてきていた。
東門から、隣山に向かって、かつ短時間で到着する場所と言えば、一つしか浮かばない。
(──ヘンリ村の跡地か……?)
何故、というのが真っ先に浮かぶ疑問であった。
詳しい事情は知らないが、ヘンリ村なんて、もはやルーフェンにとっては、思い出したくもない土地ではないのか。
行き先は検討がついても、ルーフェンの考えていることは、一切分からなかった。
小半刻(約三十分)ほど走って、ついに、低い丘を登りきったとき。
眼下に、かつてヘンリ村が存在していた、狭い平地が見えてきた。
六年前にはあったはずの瓦礫も、風に流されたのか、あるいは撤去されたのか、そこにはもう何もない。
唯一広がるぱさついた土も、もはや褐色というよりは黒に近く、まるで灰のようだ。
ここは、人が住んでいたとは到底思えない、虚無の空間であった。
ルーフェンは、上がった息を整えながら、乾燥した唇を一嘗めした。
空気がひどく冷たく、風も強い。
この土地自体が、ルーフェンの訪問を拒んでいるようだと思った。
ただ広がる黒い土が、日暮れの闇と入り交じっている。
そうしてそこにわだかまっている暗黒が、ふと、見覚えのある人の顔に見えた。
それは、昔、自分を食い殺そうとした父親の顔にも、母親の顔にも、また、兄弟達の顔にも似ていた。
暗闇は、様々な色の点となり、形を変えて、煙のごとく這い回っている。
そして、ただじっとルーフェンを見つめて、何かを訴えかけてきているようだった。
本当は、この丘も下って、もっと近くでヘンリ村の跡地を目に焼き付けたかったのだが、その蠢く暗闇が恐ろしくて、ルーフェンにはそれ以上進むことはできなかった。
「ああ、もう……ちょっと、おっさんの体力を考えて動いてくださいよ……」
はあはあと微かに息を乱しながら、オーラントが追い付いてきた。
ルーフェンは、彼の方を見なかったが、やがて、眼下に広がる光景を見たオーラントが、微かに息を飲んだのはすぐに分かった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.74 )
- 日時: 2017/12/17 00:15
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
オーラントは、少し気まずそうにルーフェンを一瞥して、黙っていた。
しかし、沈黙に耐えられなくなったのか、しばらくすると、軽い口調で話しかけてきた。
「今更、こんなところに何しに来たんです? 墓参りですか?」
「…………」
ルーフェンは、無表情のままオーラントに視線を移すと、言った。
「ここ、また人が住んだりできると思いますか?」
オーラントは、ちらりと眼下の景色を見ると、肩をすくめて言った。
「……無理でしょうね、この荒れようじゃ。第一、こんな曰く付きの場所、住みたいなんて人いるわけないでしょう」
ルーフェンにとっては、随分と棘のある言い方であったが、さして気にはならなかった。
オーラントが、発言してから、少し後悔したようにこちらを窺っていたからだ。
ルーフェンは、微かに苦笑を浮かべると、すとんとその場に腰を下ろした。
「……この場所、俺の土地に出来ないかな。一応、俺の故郷だし……」
「……住みたいんですか?」
「そういうわけじゃないけど、あったら使えそうだなって……」
オーラントは、ためらいがちにルーフェンの横に座ると、ふうっと息を吐いた。
「でも、残念ながら、ここは無法地帯ってわけじゃないらしいですよ」
驚いて視線を動かすと、同じくこちらを見たオーラントが、肩をすくめた。
「確か、ヘンリ村の跡地はカーノ商会の所有地になってたはずです。だから、自分の土地にしたいなら、買い取らないといけません」
「……そうなんですか。知らなかった」
数回瞬きをして答えると、ルーフェンは、しかし、再び苦笑いした。
「でも、それにしたって、安く売ってくれると思いません? なんせ、曰く付きだから」
多少おどけたようにそう言うと、オーラントも口元を歪めた。
「いやいや、それはどうでしょう。相手は金にがめついと有名なカーノ商会ですからね。とんでもない額を提示されるかもしれませんよ」
「あの商会、そんな悪どいことするんですか?」
「まあ、そうですね。あそこは、売り上げ一位の座を狙って、必死ですから」
「へえ……じゃあ、取引する場合は気を付けないと」
「全くです。特にあんたは、次期召喚師ですから、きっと狙われちゃいますよ。世間知らずだろうから簡単に騙せるさ、ってね」
そうふざけた口調で言ってから、オーラントはふいっと笑みを消して、目を細めた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.75 )
- 日時: 2016/01/30 23:02
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: Z/MkaSMy)
「……で、そんな次期召喚師様が、結局、何を企んでるんですか? 今日一日、ついて回りましたけど、あんたの目的がさっぱり分からない」
「…………」
ルーフェンは嘆息すると、目を伏せて、はっきりとした口調で言った。
「オーラントさんには、関係ありません」
すると、オーラントはなんとも言えない表情になって、はあっと肩を落とした。
「随分と素っ気ないですねえ……こう、十四って歳は、みんなこんな感じなんですかね……」
「……はい?」
急に年齢のことを出されて、訳が分からないと言ったように、ルーフェンが首をかしげる。
オーラントは、ふてくされたように唇を尖らせた。
「いやね、俺にもあんたと同い年の息子がいるんですけど、これまた無愛想っつーか、素っ気ないっつーか。あんたほどひねくれてはないですけど、とにかくあんた以上に愛想がないんですよ」
「はあ、そうですか」
「なんなんです、あれ? 父親が面倒で仕方ないんですか?」
「……いや、俺は分かりませんけど……」
「臭くて不潔な父親は嫌だと?」
「それは嫌でしょうね」
オーラントは、肺中の空気を出しきったのではないかというほど、盛大に息を吐いた。
「あー、世の中は頑張る父親に冷たいですね」
「……お疲れ様です」
「……って、いや、違う違う。俺はあんたの真意を聞きたいんですよ。勝手に話をそらさらないで下さい」
「俺はそらした覚えありませんけど」
そんなルーフェンの突っ込みを無視して、オーラントはぐいと顔を近づけると、真剣な顔つきで言った。
「……言っておきますけどね、俺だって無関係だと思ったのなら、無理に詮索しようとなんてしません。関係あるかもしれないと思ったから、こうして聞いてるんですよ」
ルーフェンが、微かに眉を寄せる。
「……関係あるとは?」
問うと、オーラントはルーフェンを指差して、強く言った。
「あんたはアーベリトで、やたらと遺伝病の治療法とやらを気にかけていましたね? あの医療に深く関わっていたのは、リオット族です。そして、そのリオット族に深く関わる人間の一人なんですよ、俺は」
「……どういう意味ですか?」
「どうもこうも、あんたは知らんでしょうが、俺は、ノーラデュース常駐の宮廷魔導師ですよ。リオット族の牽制が、俺の仕事です」
胡散臭そうにこちらを見ていたルーフェンの目が、驚きで見開かれる。
相当の衝撃だったのだろう。
何に対しても淡々と返していたのに、ルーフェンは珍しく絶句していた。
「……本当ですか?」
「嘘ついてどうするんですか」
オーラントは、頷いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.76 )
- 日時: 2016/02/02 20:04
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: PNMWYXxS)
ルーフェンは、沈黙したまま、ただじっとオーラントを見つめていた。
しかし、何かを心に決めて目を閉じ、開くと、ゆっくりと言った。
「理由を話したら、協力してくれますか……?」
オーラントは、眉を潜めた。
「そりゃあ、理由によりますけど……」
「じゃあ話しません」
「…………」
オーラントは、うっと言葉を詰まらせて、憎らしそうにルーフェンを見た。
だが、すぐに諦めたように肩をすくめると、口を開いた。
「分かりました、分かりましたよ……。少なくとも、反対はしないと約束しましょう。あんたのやろうとしていることが、どんなに突拍子のないことでも、絶対に邪魔はしません。聞かなかったことにします」
「…………」
その言葉に、ルーフェンはどうしようか迷っているようだったが、同じく諦めたように息を吐くと、言った。
「……アーベリトを、昔のように戻したいんです」
「…………」
「昔の、裕福だった時代に」
オーラントが、微かに顔をしかめる。
「見た通り、今のアーベリトは何に関しても余裕がない。あんな壊れかけの施設、設備で、今後も変わらず慈善事業をしようなんて、無謀にも程がある。だから……」
「いや、ちょっ、ちょっと待った!」
オーラントは、慌てて口を挟んだ。
「なんで、突然そんなこと思ったんです。確かに、アーベリトが切羽詰まってるのは分かりますよ。でも、あそこはシュベルテの援助も受けているし、最悪慈善事業を一時的にやめれば、生活していけないほどではないでしょう」
「いいえ。サミルさんは、きっと慈善事業をやめようとはしません。難民がいると知ったら、絶対受け入れようとするし、もし受け入れられなかったら……悲しみます。それに、必ずしも援助されるわけじゃないんです」
ルーフェンは、少し声をあらげて言った。
「いや、まあ、仮に何か事情があったとしても、ですよ? 次期召喚師であるあんたが、手を出すことじゃないはずです」
「違います。俺も関わらないといけないんです」
オーラントは、興奮した様子で、目を光らせてこちらを見上げてくるルーフェンを、唖然として見つめていた。
まさか、こんなに必死に食らいついてくるなんて、思いもしなかったのだ。
しかし同時に、この少年がここまで執着する理由に、頗(すこぶ)る興味が湧いてきた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.77 )
- 日時: 2017/12/17 00:09
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
オーラントは、一つ咳払いして姿勢を整えると、ルーフェンに尋ねた。
「関わらなきゃいけないって、どういうことですか?」
ルーフェンは、ぴくりと唇を震わせた。
諸々の理由を詳しく理解してもらうには、自分とサミルのことや、サンレードのことをオーラントに話さなければならない。
それは、なんとなく躊躇われた。
だが、急かすこともせず、ただ返事を待っているオーラントを見て、ルーフェンは観念すると、静かに語り始めた。
六年前、ヘンリ村から運ばれてきた自分を、サミルが救ってくれたこと。
国王エルディオの命で、サンレードの集落を焼き付くし、多くの人命を奪ったこと。
また、つい先日、サミルと王宮で再会を果たし、そこで、サンレードの生き残りである子供たちが、行き場を失っていると知ったこと。
流石に、悪魔がどうこうという話まではしなかったが、ルーフェンは、これまでの経緯の大部分を、オーラントに話した。
オーラントは、半ば口を開けて、その話を聞いていた。
そして、最終的には、だんだんと血の気をなくしたような顔になっていったが、ルーフェンが話し終えると、ゆっくりと言った。
「……つまり、そうか。あんたは、サンレードを焼き払ったのが自分だから、責任をとって、その生き残りたちの居場所は、自分が確保するべきだと考えてるわけですね? そのために、アーベリトを復興させて、彼らの居場所を作り、かつ、レーシアス伯の助けになろうと?」
「……まあ、そんな感じです」
オーラントは、想像以上の話に、思わず言葉を失った。
それと同時に、とんでもない、とも思った。
口には出さないが、サンレードを焼き払ったというのは、悔いるべきことではないのだ。
言ってしまえば、反乱分子の駆逐は召喚師一族の仕事な訳で、ルーフェンは当然のことをしたに過ぎない。
実際、そういった召喚師の一方的で強大な力が、一部の反発を招いていることも確かだが、だからといって勅命だった以上、ルーフェンにはどうしようもできなかったはずである。
もし拒めば、王の意向に背いたことになるのだから。
オーラントは、顔をしかめると、かすれた声で言った。
「……あんたの、心がけも立派だとは思いますよ。ですがね、それは仕方のないことなんですよ。国に反抗する輩が出て、そいつらが聞く耳持たずな状態なら、攻撃するしかないんです」
「分かってます、そんなこと。でも、子供や女性を殺す必要なんてないでしょう」
「そりゃあそうですけど……そんなこと、召喚師がいちいち気にしてたら──」
「俺は! 召喚師のことなんて、どうでもいいと思ってます」
思いがけず、ルーフェンが大きな声を出したので、オーラントは押し黙った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.78 )
- 日時: 2017/12/17 00:12
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「召喚師なんてなりたくないし、召喚師がどうあるべきだとか、サーフェリアのために何をすべきだとか、そんなこと、知ったことじゃありません。だけど──」
ルーフェンは、一度息を吸って、言った。
「だけど……。もし、仕方ないで済ませたら、帰る場所を失った人達は、どうするんですか」
「…………」
「着る物もなく、食べる物もなく……死に物狂いで地を徘徊して、常に隣り合わせの死に恐怖しながら、生きるんですか……」
ルーフェンは、微かに悲痛の滲んだ瞳で、オーラントを見た。
オーラントは、その銀の瞳に吸い込まれそうになるのを感じながら、密かに息を飲む。
「……俺は、そんなのおかしいと思う。行き場を無くした人たちを放置して、反乱分子を力でねじ伏せているだけなら、そんなのは、国の守護者なんかじゃない。偽善を語る、ただの人殺しだ……!」
年若い次期召喚師が、理想を夢見て語っているのだと思いたかったが、思えなかった。
ルーフェンの言う、難民を救いたいという思いは、きっと安っぽい哀れみでも、正義感でもないのだ。
家もない。親もいない。
そんな絶望的な状態で、唯一手を差しのべてくれたサミルと共に、居場所を探すサンレードの子供たち。
彼らは、紛れもなくルーフェン本人なのだと、オーラントはそう思った。
オーラントは、ルーフェンの瞳をぐっと見つめ返すと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……具体的には、どうするつもりなんですか」
ルーフェンは、首を左右に振った。
「まだ、思い付いてません。でも……サミルさんの兄、アランさんの無実を証明して、あの遺伝病の治療法の需要を、再び高めるのが一番確実かと。そうすれば、アーベリトの財政は再び潤いますから」
「……一体、どうやって?」
「もう一度、リオット族の納得する形で、彼らに王都に戻ってきてもらいます」
予想していた通りのルーフェンの返答に、オーラントは、深い落胆が湧いたのを感じた。
心のどこかで、ルーフェンに期待する自分がいたのだが、こればっかりは、否定せざるを得なかった。
「それは、無理です」
オーラントは、顔を歪めて言った。
「あのアーベリトのご婦人は、リオット族の病状が戻ったのは嘘だと仰ってましたがね。残念ながら、本当なんですよ。つまり、もし遺伝病の治療法とやらが本当に成功していたのだとしても、その潔白を証明するには、リオット族の奴らに症状が戻った原因を突き止めなきゃいけないんです。しかも、リオット族がどれくらい狂暴な奴らなのか、あんたは知らないでしょう? あいつらは、本当にとんでもないんです。あんなのを王都に戻そうなんて、誰も望んじゃいない。望まれていないことを、やろうっていうんですか?」
「…………」
ルーフェンは沈黙したが、すぐにオーラントの言葉を否定し返した。
「リオット族は、つい二十年ほど前までは、その能力を見込まれて、多くの商人たちの注目を浴びてたんですよ。王都に戻すと言えば、きっと目をつける商会はあるはず……。それに今、貴方は誰にも望まれていないと言いましたが、少なくともリオット族たちは、あの奈落の底から出ることを、深く望んでいると思います」
ルーフェンは、次いで、強い意思を瞳に宿した。
「全てがおさまるように……上手くいくような方法を……。思い付くまで、考えます。必ず──」
To be continued....