複雑・ファジー小説
- Re: 黄昏のタクト ( No.1 )
- 日時: 2014/09/26 21:25
- 名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)
- 参照: 2910文字!
ここは何処だと問えば、真っ白な空間。あるのは何かと問えば、独りでに回るいくつもの歯車。
少年"タクト"はいつの間にか、そんな不思議な空間で瞬きと呼吸だけを繰り返しながら、周囲を模索していた。
何故自分はここにいるのだろうか。何時からここにいたのだろうか。
答えは簡単。ここにいることに理由なんてきっとなく、あったとしても自分が気付いてないだけ。そして、何時からここにいたのか。その質疑にはただ一言、目が覚めたらここにいた、と、それだけだ。
たった2つの自問自答。繰り返すうちにタクトは、自分がよく分からなくなってきた。そもそもこれは、夢なのか現実なのか。空想なのか正夢なのか。それさえはっきりとしないのだから。
「ようこそ、タクト様」
「!?」
ふと、涼しげな少女の声がタクトの鼓膜を揺らす。
あまりに唐突な出来事に、彼は寿命が縮んだんじゃないかと思いつつ、震える身体を叱咤して無理矢理動かし、恐る恐る背後——正確に言えば右斜め後ろを振り向く。
そこにはやはり、少女が立っていた。
「ふふっ、こんにちは。お目覚めですか?」
「……」
少女は深い緑の瞳で、タクトの藍色の瞳を見据えながら、にっこりと笑いつつ小首をかしげる。
かしげると同時に若草色の短髪が揺れ、揺れたと同時に耳に掛かっていた髪が落ちて、再び掛けなおす。
その一連の動作をしている間に、タクトは蒼い髪を持つ後頭部を掻きながら、尋ねた。
「誰?」
その純粋な問いに、少女はいとも容易く答える。
「私ですか? 私はミスティ・レイシスと申します。ミスティ、とお呼び下さい」
その純粋であどけない笑顔を見たところ、敵意はなさそうだ。
だがタクトは、まだ気になる事があった。いや、山ほどある気になる事の中、最も疑問に思っていることが。
ようこそ、タクト様——少女"ミスティ"が、一番最初に言い放ったこの言葉の言い回しである。
「——」
タクトにしてはミスティに、知っている情報を少しでも多く話してほしいところだ。
それを、無言を以って彼女に訴えた彼だが。
「如何なさいました?」
返ってきたのは、最も想定外の返答。
タクトは「あぁ、もう」と悪態を吐きつつ、仕方なくその旨を伝えることに。
そうでなくては、この天然少女とはアイコンタクトが取れないだろうから。
「君がミスティっていうことは分かったけど、ここはどこなの? 何で僕はここにいるの?」
「ふふっ、まずは落ち着いてください。全部説明してあげますから」
そうして徐に、ミスティはまるで昔話を語るように話し始めた。
「ここは時の空間。あらゆる世界が混在しているこの宇宙で、全ての"時"を司っているのです」
「時?」
「えぇ。そして時を象徴しているのは、この無数の歯車——」
歯車。大小様々で、その上で色も若干違っている、この真っ白な空間で浮いて回っているやつか。
「歯車の大きさは、その世界が滅びるまでの長さ。回転の速さは、その世界の時の進み方。色は、時間経過によるその世界の滅び方を表しています。それを知った上で、あちらの歯車をご覧下さい」
そう言ってミスティは、虚空へと右手を差し出す。
右手が指している場所を見ればいいのか。そう看破したタクトは、つられてまた背後を振り返る。
「っ!」
そうして真っ先に視界に飛び込んできたのは、凡そ歯車とは呼べない代物。
大きさこそほぼ他のそれと変わらないが、歯車の歯が所々欠けており、その上亀裂も入っていて、色はこの空間に置いて非常に目立つ黒に染まっている。回転の仕方も、速さは普通に周囲とあまり変わらないが、どこか弱々しい。
訝しげに眉根を寄せるタクト。ミスティが言った言葉のニュアンスが合っているならば、今にも滅びそうだ。
「滅びそうだね……とでも言っておくべきかな?」
「えぇ、そうです。そしてそれは、貴方が暮らしている世界でもあるのです」
「!?」
驚いた。いや、本当の事を言えば、事の成り行きがあまりに現実的でないため、半信半疑状態だというべきだろう。
しかし、ミスティは言う。これは夢でも空想でもない現実であり、近未来にタクトが暮らしている世界が滅びる、と。
現実味がないといえば嘘になる。しかしその予兆は、彼が知っているところでも確実におきているのだという。
故に現実味がなくとも、現実だと信じざるを得ない。
「滅びは避けられません。ですが、望まぬ形で滅びがやってくることは阻止出来ます」
「そこで僕に、僕の世界の滅びを変えてほしいと?」
「仰るとおりです」
ミスティはタクトに、タクトが住んでいる世界の滅び方を変えてほしいと訴えた。
しかしタクトからしてみれば、そんな突拍子もない、しかも世界が絡むなんて大事に関わったところで、自分に何かが出来て何かを残せるのか、そもそも何をするべきかもわからない。何が出来るのかもわからない。
だがミスティは「大丈夫です」とだけ呟くと、まるで何かを掲げるように両手を頭上へと挙げ、どこかから零れた純白の光と共に何かの虚像を映し出す。映し出されたのは、遺跡のような建造物。中にはタクトにとって、見覚えのあるものもある。
「この映像に映っているものは、貴方が暮らしている世界にある遺跡です」
「……1つだけ、見たことある」
「えぇ、きっと貴方にとっても見覚えのあるものがあるでしょう」
虚像が消える。ミスティが両手を下げたのと同時に。
「これより貴方には元いた世界まで戻ってもらい、世界各所に散らばる先ほどの神殿を回ってもらいます。そこで何をするのかは、追々説明いたしましょう。勿論、私も付き添いますので、ご安心を」
いまひとつよく分かっていない——とどのつまり情報が飲み込めていないタクトだが。
とにもかくにも、自分が暮らしていた世界にある件の神殿まで赴けばいいわけだ。それでとりあえず、どうにかなる。
滅びが近いとされる世界にしても、自分の事にしても。
そうしてこれから何をするべきかが分かったタクトは、立ち上がってミスティに向き直る。
「えっと……よく分からないけど、今は君の言うことに従うよ。よろしくね、ミスティ」
「えぇ、それで十分です。ありがとうございます、タクトさん」
微笑んだミスティはこれまた何処かから、タクトの前にいくつかの武器を出現させた。
出現させたのは、剣、拳、銃、弓、槍、杖、斧の7つ。どれも白を基調に洗練されていて、デザインは近未来風である。
「お好きな武器をお選び下さい。お望みとあらば、この場にない武器もございますよ」
「——いいや、僕はこれに決めるよ」
暫くの沈黙の後。そう言ったタクトが迷うことなく手にしたのは、真っ直ぐで長い一振りの剣。
柄をしっかりと握り締め、その手中へ収める彼。適度な長さと軽さが、不思議なほど手によく馴染む。
シュッと一振りしてみせると、ミスティはまた微笑んで小さく拍手をして見せた。
「ふふっ、お似合いですよ。かっこいいです」
「ありがとう」
「では、参りましょう」
ミスティも、自前の獲物——色や雰囲気、全体的なデザインはタクトの剣と同じであるダガーを2本手に取る。
やがて2人は、この空間にも似た白い光に包まれていった。