複雑・ファジー小説

Re: 黄昏のタクト ( No.2 )
日時: 2014/09/27 11:34
名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)

 白い光に包まれ、消えた後に見えた景色は、タクトにとって最も馴染み深い場所であった。
 年中溶けることのない、僅かに降り積もった雪。ひんやりとした空気が肌に心地よい外気。大きな木造建築物の奥から立ち上る湯気。適度な雲がかかった空。ここは紛れもなく、彼の故郷である"温泉郷ルミズ"だ。

「……」

 しかし、当のタクトは何か違和感を感じていた。
 いつもと変わらぬ気候。いつもと変わらぬ住民達。いつもと変わらぬ山間部ならではの景色。
 なのに、何かが違う。率直に言えば、この温泉郷ならではの風情が、まるで欠片も感じられない。
 一体どういうことだと、彼は無意識的に考え始めた。

「ここは貴方の故郷でしたね、タクトさん」
「……」

 故に、殊更のんびりとした風に会話を望んだミスティだが、現状のタクトにそんな言葉が届いているはずもなく。

「タクトさん?」
「へっ? あぁ、いや。なんでもないよ」
「そうですか」

 二度彼女に呼びかけられるまで、彼の意識は飛んでいた。
 こんなことで心を乱していてはならない。彼は件の神殿へと赴くべく、自ら会話を切り出す。

「この地を北へ少し行ったところに確か、さっき見た神殿の1つがあったはずだ」
「よくご存知ですね」
「まあ地元だし、幼い頃に護身術だけでも学ぼうかと思って、山道へ赴いたこともあるから」
「そうですか。では、準備を整えて出発しましょう」


    ◇  ◇  ◇


「ところで」
「はい?」

 温泉郷を後にして、2人が山道を登り始めた頃の事。
 若干吹雪いている中でタクトは、予てより疑問に思っていたことをミスティにぶつけてみた。
 曰く、何故僕なのか、という問いである。

「この世界には約1億人の人が住んでいる。そんな途方もない数の人間がいる中、どうして僕を選んだ?」
「ふふっ、勿論理由はありますよ」

 世界の滅び方を変える。そんな重役を何故自分に任せたのか。その問いに対して、ミスティは只笑った。
 しかし、全く以って読めない人である。目の前で笑う、このミスティという女は。
 最初からタクトの事を知っていたのは、それなりの理由があるのだろう。今になってみれば納得できそうなものが。
 ただ、だからといって謎がないわけではない。元々ミスティがどういう存在なのかも分からない。差し詰め、あの"時の空間"にて番人的な役割を果たしているのだろうが、やはりそれも憶測の域を出ない。
 こんな人間を信用している自分がまるで馬鹿みたいだ——そう思ったタクトだが、今は彼女と行動せざるを得ない。
 だったらせめて、知りたいことは全て知ろう。彼はそう思って、今の疑問をぶつけた。

「簡単に言えば、貴方はこの世界において重心となる存在だからです」
「重心?」

 謎が増えた。
 やらかした、と言わんばかりの表情は見せなかったが、心の中では、聞かないほうがよかったかなとも思ったタクト。
 ただこれも、何れまた聞けばいいだけの話だ。そう思って彼は、ミスティに話の続きを促した。

「まあ、今はお気になさらず。少なくとも、今の私は貴方の味方であり、寝食を共にする仲間であり、同じ戦場の土を踏みしめる戦友であり、互いの悩みを聞き入れて相談に乗れる。そんな間柄だと思ってくだされば結構ですから」
「……分かった」

 ならば、これ以上言うまい。
 タクトは身内の心配もしつつ、ミスティを背後に控え、只管に山を登った。