複雑・ファジー小説
- Re: 黄昏のタクト ( No.3 )
- 日時: 2014/09/27 22:33
- 名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)
山登りを開始してから数十分後。見える町も小さくなり、吹雪も若干の強さを持ち始めた頃だ。
2人が、目的地である神殿がある場所——この山の中腹、標高1000メートル付近までやってきたのは。
「あ、ほらあそこ」
そう言ってタクトが指差したのは、山の斜面にポッカリと穿たれた大きな穴。
神殿らしき外観は一切ないのだが、実際に中に入ってみれば、内装は如何にも神殿らしい造りをしているのである。
そんなこの神殿には"アドリビトム"という、古代文明の言葉で"自由"を意味する名前がついている。
「ふふっ、到着ですね」
「うん」
意気込んだ2人は早速、その穴の中へと足を踏み入れる。
————中は広々としていて、それでいてまさしく神殿だった。
鍾乳洞であるこの場を、鍾乳洞ならではの風情を損なうことなくあしらわれた石碑の数々。一定の間隔で道の両隣に並べられた、何も支えていない白い支柱。その支柱1本1本に、まるで飾るように設置された走馬灯。
全ては、古の文化を象徴する装飾だ。古くて汚れているそれらのはずだが、何故かとても美しいと感じられる。
「あ、ラッキー!」
そうしてミスティが神殿の内部を観察していると、そう言って笑みを浮かべたタクトが唐突に走り出した。
「ふぇっ? な、何でしょうか?」
戸惑いつつも、彼の後を追いかけるミスティ。だが彼の足は、思いの外早い段階で止まる。
その足を止めた目の前。見ると、僅かに淡い緑の光を放つ小さな樹が、この固い地面を突き破って生えていた。
不思議な光を放つその樹。見ているだけで、ミスティは不思議と心が安らぐのが分かった。
「これは……?」
「あぁ、これは生命の神木。この樹の近くにいると、獣が襲ってこないんだ」
「あら、便利な樹ですね」
「うん。冒険者とか、いつもこの木に助けられてるらしいよ。ま、僕はお世話になったことないけどね」
タクトはポケットからライターを取り出した。
「ここで暖を取りつつ、一息入れよう」
◇ ◇ ◇
薪を集め、タクトは慣れた手つきで火をつけ、小休止をとっていると。
「タクトさん」
「?」
ぱちぱちと木が燃える音と、水が流れる音だけがこの鍾乳洞に反響している中、ミスティがその静寂を破った。
突然話しかけられたタクトは、串に刺した、先ほど釣りで調達してきた魚を落としそうになった。
手に入れた食材を逃すまいと、何とか串を掴みなおし、再び焚き火の炎で焼きながら改めてミスティに向き直る。
「どうしたの?」
「いえ。少し、言わなきゃいけないことがありまして」
「————」
————沈黙が流れ始めた。
現状は只、躊躇いを感じつつも、何かを話し出そうとしているミスティがいるだけ。
その表情は、不思議と暗い。
タクトは何を言い出すのかと考えつつ、彼女が再び口を開くのを待った。
「——っていうか、タクトさんってお人よしなんですね」
「い、いきなりどうしたんだ?」
どうしたんだ。そこまでタクトが言い終える前に、ミスティはキッと眼差しを強くして、彼の瞳を睨む。
それで怯んでか、タクトの言葉の最後辺りは少し調子が弱くなった。
「ダメですよ? こんな、不躾にも他人を意味不明な世界に連れ込んで、大した理由や状況の説明もしないままに貴方を連れ回そうとする私の言うことを聞いては。良い子は変な人にはついて行ってはいけないと、教わりませんでしたか?」
「——」
言いたいことは沢山あるが、タクトは何も言わなかった。否、言えなかった。
何故かは分からない。ミスティの瞳を見ると、どうしても言い出せないのだ。
「全く。現実味のない、それも唐突過ぎる今の状況。世界がもう直ぐ滅びる? 滅び方を、世界の重心となる貴方に変えてほしい? 全部私の言っていることが出鱈目かもしれないのに……それなのに貴方はついて来ている。馬鹿なんですか?」
「——」
たとえ、罵倒を浴びせられても。
「もしこれが夢だったとしても、こんなことありえません……何度も言いますが、これは唐突過ぎる現実です。私には、貴方が現状を上手く飲み込んで、その上で私の我侭に付き合ってくれているとは思えません……」
たとえ、涙を流されても。涙で濡れた指先が、焚き火の炎で儚く輝いたとしても。
彼女が涙を流す理由が分からなくても、分かっていたとしても、だ。
「……なのに、貴方は……こんな不審者も同然の私に付き添って……」
「——」
だが、何も言い出せなくとも、出来る事はある。そんな中でも、確かに言えることはある。
「えっ……」
「ミスティ」
タクトは、ミスティの肩に手を置いた。
「君はさっき言ったでしょ? 今の君は少なくとも、僕の味方だって。だったら話は簡単。僕も君の味方だ」
「……」
「君が言っていた、世界が滅ぶ云々の話。正直に言うと僕、全く理解できてない。信じてないし、信じたいとも思わない。確かに現実味がないし、唐突だし、まずそんなことありえない。僕らの"常識"と"普通"で考えたらね」
肩に置かれたタクトの手は、冷え込む山でも暖かい。
その温もりに、ミスティは甘えていたかった。
——今まで感じていた孤独感を、全て解消してほしくて。
「でもね、君っていう存在やあの世界、あの世界で見た黒い歯車が、これが現実だって僕に教えてくれてる」
「……だから、何だって言うんですか……」
「だから僕は、信じることにした。君の言うことを全てと、君という存在を」
「……」
「君がどういう存在なのか。君の過去に何があったのか。大体もう予想がつくけど、僕は訊かない。君が自ら話してくれるときまで。だから、僕は君の言いなりになって動くことにするよ。君が味方なら尚更だし、現実味なんて、これから感じていけばいい。今はとにかく、考え、行動するべきだと、僕は思うんだ」
迷いのない言葉だ。
ミスティからしてみれば、このようなお人好しには今まで出会えたことはなかった。
故に。
「だから、僕は君の味方だ」
彼からそう言われてしまった時は、もう言葉さえも出なかった。