複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.1 )
日時: 2015/07/03 19:14
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
参照: この欄は作者の話したいことやあとがき的な要素で使います!

 人によって、好みや得意分野が異なる。
 仕方ないことなんだろうけど、それでも人並みに出来ることが出来ないことだってある。そして、それは好みや得意分野なんてカテゴリーじゃない。
 いわゆる、"落ちこぼれ"ってやつだ。


—プロローグ—


 気持ちの良い朝は清清しい太陽の光から始まる。
 カーテンの隙間から漏れる光によって目を細めて唸る。そうして何度か身を左右に揺らし、寝起きの間を彷徨うのだ。
 こうしている間がとても気持ちが良い。いつまでも寝たい気分になる。ふかふかの布団に抱きついて、今日もまた平和な一日を俺こと桐谷 咲耶(きりたに さくや)は過ごすのであったとさ。

「起きろーーッ!!」

 ……こんな騒々しい声が響くまでは、そう思っていたさ。
 いつの間にいたんだお前は、と言わんばかりに俺の顔は声の元、丁度ドア付近の辺りへ向いた。
 仁王立ちをし、腕を組み、イライラとしているのが寝起きでも理解できるようなご不満な顔で綺麗な黒髪をした少女が立っていた。

りん……お前、不法侵入だぞ……」
「合鍵、あんたの親から渡されてるからご両親の了解は得てるわよ」

 あぁ、畜生。せっかくの一人暮らしがこいつのせいで全部台無しになりそうだ。
 彼女の名前は佐上 燐(さがみ りん)。俺の幼馴染だ。今の今までいわゆる実家暮らしだった俺はつい一週間ほど前から一人暮らしをスタートさせた。何せ、これから通うことになる学園は実家からでは遠いし、両親から一人暮らしを経験しろと仰せつかったことも一人暮らしの理由の一つだ。
 さて。それで、昨日からこのお邪魔な奴である燐は俺の暮らす家の隣にあるアパートに住むことになった。
 その理由は燐も俺と同じ学校に通うことと、もう一つ"俺の近くに住む理由"があるわけなんだが……。

「そろそろ起きないと、お前に殺されそうだな」

 燐の右手には刀身の長い刀が握られて俺の方に向けられている。模造刀とは違う、綺麗な直刃の切っ先が俺の視界の丁度中心を圧倒的な存在感でそこにある。ああ、これはまさしく本物の太刀だ。
 分かってはいるものの、そこに本物の刀があるとなれば、溜まった唾を飲み込む力が不意に強くなる。これはさっさと起きた方が良さそうだ。最悪の目覚めではあったけどな。

「よく分かってるじゃない」

 俺が布団から急いで這い出るのを見て刀身を慣れた手つきで鞘に納める。

「お前な……仮にも"幼馴染"に対してその態度はないんじゃないか?」
「うるっさい。早く用意して下に降りてきて。でないとあんたの持ち物全部切り刻んでやるから」

 と、それだけ言い残すと燐は俺の部屋から出て行った。
 
「全く、朝っぱらから物騒な奴だな……」

 ため息混じりに呟き、昨日の晩に畳んでおいた今日から何年もお世話になる学生服を手に取る。
 ずっしりと重く感じる。それもそのはずで、この学生服には防弾性、ナイフなどの刃物から身を守るカット性。そして何よりも重要な"耐魔法性"の三種類を兼ね備えた優れものなのだ。
 そんな学生服はこれから俺や燐が通う学園である、魔法を使う者たちが集まる世界有数の魔法学園にしか完備されていない。

「意外と軽いな……」

 手に持った感触よりも、着てみれば意外と軽い。すんなりと着こなすことが出来、どっからどう見ても普通の高校生っぽい。
 藍色を基調としたブレザーによく似たものなので、本当に防弾性やら色々な耐性があるのかこれ。とか、本気で思ってしまう。

「しかし……憂鬱だ」

 いつの間にか呟いた言葉は、学生服を着たことによる新しい学園生活の憧れの念でもなく。ましてや、魔法を学べるという学生ならではの発想も頭の中には浮かんでなどいない。
 それどころか、本当に学校に行くのが嫌な、一日の始まりを寝起きとは一変して恨むような——不機嫌な顔を浮かばせた自分の姿がふと自分の部屋に備え付けた鏡に映った。

「あぁ、さすが俺だ。いい顔してる」

 自分を見つめて皮肉を言うと、ネクタイを首元へと軽く締め上げた。



 それから部屋を出て一階へ降りると、既に仕度を整え始めている燐の姿があった。

「ほら、急いで! 初日から遅刻しちゃうわよ!」
「そんな焦らなくても……」

 俺が一通り顔を洗ったりする内に燐の仕度は終わり、玄関でぶっきらぼうに俺を待っている。律儀に待ってくれてる辺りがなんというか……。
 用意を終えて燐の元へ行く。そして自分の手荷物を確認した後、燐の手荷物へと目を向けた。その中身は至って簡単。肩からかけるバッグに、左手には桜の模様が入った鞘に納められた太刀を手にしている。
 たったこれだけの、とはいってもバカみたいに物騒な太刀を左手に抱えている辺りでなかなか異常なのかもしれないが。

「やっぱり燐は魔技専攻か」
「当たり前じゃない。それ用の魔法しか使えないし」
「そっか」

 事前に準備していた荷物を拾い上げるようにして右肩にかける。

「……咲耶なら大丈夫よ。魔法なんてのは才能なんてものでも、何でもないんだから」
「あぁ、いいよ。全然気にしてないしな」

 多分、燐なりに励まそうとしていたのか。昔からの付き合いだから分かるだけの話だけど、まあ何となく俺は学園生活の予想が出来ていたのもこのせいだった。

「俺は落ちこぼれだからさ」

 ドアを開く。新しい生活が始まる。どんな生活か。俺にとってはまず、良いスタートではなかったはずだ。
 "魔法を全く使えない"桐谷 咲耶は魔法学園に入学する。