複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.12 )
日時: 2014/10/15 11:46
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
参照: やっとコメディチックにもっていけた……。

 チュン、チュン、と小鳥のさえずりが聞こえる。
 あぁ、心地いいなぁ。これがまともな朝か。静かだ。
 けれど、時刻はいつもの時間とは程遠い、昨日燐が来た時刻より2時間は早い。ぶっちゃけ、太陽が昇ったのはついさっきの話だ。
 それで、今何をしているかというと。

「ふん、ふふーん、ふーん♪」

 軽快な鼻歌が聞こえてくる。シャワーの音があるにも関わらず、その女の子らしい高めの声は俺のいるリビングまで届いていた。
 あぁ、心地いいはずなのになぁ。なんでだろ、どうしてこうなったんだろ。
 振り返っても、よく分からない。どうしてあの女の子は——テレス・アーカイヴと名乗るあの少女は俺の家の、それも俺の部屋で寝ていたのか。

「……ダメだ、思い出せない」

 何度頭の中を駆け巡っても、少女と会った形跡がない。それどころか、思いっきり初対面なはずだ。
 なのに、何であの子の方は俺のことを知っていたんだ。本当にこれ、色々と俺やらかしてしまっているんじゃ……。

「なんでや……なんでこうなったんや……」

 思わず普段は全く口にしないし、全く地元でもないのに関西弁が出てしまうほど俺は動揺してしまっていた。

「とにかく……聞くしかない、よな……」
「あっがりましたー!」
「だあああああああ!! だから服を着ろっ!!」

 全裸でリビングに入ってきた自称テレス・アーカイヴに傍にあったクッションを投げつけた。





第2話:天才と落ちこぼれ





「ず、ずずずず……」

 うん、静かな朝だよ。うん。
 俺の目の前で即席の味噌汁をすする銀髪の少女。しばらくそうしてすすった後、ぷはぁと声を出して器をテーブルに置いて俺と顔を合わせる。

「美味しい!!」
「そうか。そりゃ何よりだ。外人っぽいから、和食が合うか不安だったんだけど」
「おかわり!」
「うん、図々しいな!?」

 はぁ、とため息をついてまた即席の味噌汁を入れに行く。ちなみにこれが初めてじゃない。かれこれ味噌汁だけで三杯目突入だ。
 給湯器の中身もなくなってきたので、新たにお湯を沸かすために水を入れ、蓋を閉じる。その一連の動作を少女は見ていたようで。

「それは何?」
「見れば分かる通り、給湯器だよ。水をお湯に変える魔法の道具さ」

 とか、冗談を言ってみると。

「ふむ……魔法の道具……」

 ってな感じで考え始めたので、冗談だと言ってやったら「なんだ、そうなのか……」とちょっと落ち込んだ様子を見せた。
 味噌汁を目の前に差し出してやると、再び目を光らせて飲む。そんなに美味しいか、この即席味噌汁が。

 俺の服を一時的に着させているため、サイズは合わずによれよれの状態だが、裸でいられるより全然マシだろう。ていうか、そこに対して恥じらいってものはないのだろうか。

(あぁ……こんなことしてる場合じゃなくて。とりあえず聞いていかないと……)

 頭を左右に振って思い起こすと、決意したように俺は少女に向き直る。

「あのさ、聞きたいことが——」
「ぷはぁ、おかわり!」
「もうねぇよ!!」

 思わず机を叩くと同時に言い放っちまった。それを聞いて少女はしょんぼりとした表情を見せる。
 即席の味噌汁ばっかり飲みやがって! それだけの為に俺の家に来たのかよ! とか何とか思いつつ、気を取り直してもう一度。

「聞きたいことがある!」
「うん? 何かな?」
「どこから来て、何で俺の家にいたんだ?」

 とりあえずこれ。本当にこれ。ぶっちゃけこれを聞くのが一番怖かったけど、俺の家にいる理由がまず知りたかった。
 でないと、俺の過ちとか色々あった場合が……。

「あぁ! それなら、ずっと"見てたんだよ"!」
「え、見てた?」

 どういうことだ。あれか、エスパー的なやつか。魔法の中にも相手の心を読み取るものがあることはあるけれど、そういうやつか? でも遠くの対象のものを読み取るとかってのは聞いたことがないぞ。

「うん、"あれの中"で見てたんだよ」

 "あれの中"?
 色んな考えが渦巻いていたのにそれらを一瞬で溶かし、代わりに少女は俺の手元に置いてある例の青い水晶を指した。

「え、これ?」

 と、持ち上げてみせる。少し重みを感じる。しかし、昨日より輝きが減ったような気がするのは気のせいだろうか。

「うん、その中に私は入ってて、君のことを見てたんだよ」
「い……いやいやいやいや! そんなまさか、聞いたことない」

 ぶんぶんと手を左右に振って少女の言葉を否定する。
 だって、本当に聞いたことがないのだから仕方ない。水晶の中に人が入っているだなんて、確かにそういった閉じ込める系の魔法はあるが、それ相応の、閉じ込める対象ほどの大きさを持たなければそれは可能にならない。
 それなのに、この少女は俺の人差し指ほどの大きさの水晶の中に入っていたというのだから、そりゃ信じられるはずもないだろう。

「本当だよー。えーと、確かそれを拾ったのって図書館、みたいなところだよね? 確か周りに本が見えたからそんな感じしたんだけど」
「え……い、いや、確かにそうだけど……なんで知ってるんだ?」
「だから、この水晶の中から見てたんだよ! ここに帰って来た後、わけわかんないほどパニックになって、それから本を開いて何か書き始めたと思ったら何か唱えだすし!」

 そんなまさか。少女が言ったことは、昨日俺が覚えている内容だった。つまり、水晶の中から見ていたということは、視界みたいになっていたってことなのか。
 ……ということは俺の魔法発動の瞬間も知っている?

「そ、それじゃあ、俺は……」

 ぐっ、と喉に言葉が詰まる。聞きたい。けれど、怖い。でも、確かめたかった。"俺は魔法が使えたのかどうか"。
 結果として、水晶はここにあるから、成功はしなかったのかもしれない。けれど、あの魔法の発動する瞬間を見たのなら。
 自分に、魔法の才能が残されているのかもしれない、と思ったのだ。

「俺は……魔法を使えていたのか……?」

 おそるおそる、初対面に等しい少女に尋ねる。どういう答えが返ってくるのか——

「わかんない!」
「……は?」
「君が何かを唱えた瞬間、意思の存在だけだった私に肉体が出来て、まぶしい光に包まれて、気がついたら君の部屋にいたんだよ」

 つまり、俺が感じた魔法発動の瞬間の時にこの子も何かしら異変が起きていたのか。
 そして、俺と初対面ではないような口ぶり。その原因は水晶の中から俺のことを見ていたから、ということか。
 確かに辻褄が合う。違和感も特にない。けれど、水晶の中に入っていたという信じられない内容と、俺の魔法発動、そしてどうしてこの子はかの有名な魔術師テレス・アーカイヴの名を名乗るのか。

「君は、テレス・アーカイヴ……さん、なんだよな?」

 本人だったら怖いので、一応さん付けしてみる。

「うんうん、そうだよ! テレス・アーカイヴ……だと思う!」
「え?」

 何だ、今の確信を得ない言葉は。

「君が唱えて、私に肉体が宿ったとき、思い出した名前がテレス・アーカイヴって名前だったんだよ。だから、私の名前だと思います!」

 どや顔でそう言われても。ということは、この子はテレス・アーカイヴじゃない、よな? でも確証は持てない。
 なぜなら、テレス・アーカイヴは魔術を営むものなら誰しもが知るほど有名なのに対し、外見は勿論、性別さえも不明なのだから。

「……本当のテレス・アーカイヴなら、自分の魔法ぐらい、言えるよな……?」
「うん?」

 いつでも読めるように備え付けてあるテレス・アーカイヴの魔学書をすぐ傍の本棚から取り出し、少女に見せた。

「この魔法! 使ってみせてくれ。本物なら出来るはずだ」
「あー……出来ないよ」

 俺がなんで、と言葉を交わすよりも先に、少女が原因を言う。

「だって、記憶喪失みたいだから」
「記憶喪失……?」
「うん。自分が本当にテレス・アーカイヴかも分からないし、それ以外の人物かもしれない。ただ、私はその水晶の中で目を覚ましただけ。何者って自分で分かっていたら苦労はしないだろうし……」

 すごい軽い感じで言われたけれど、まあ確かにそうだよな。自分が何者か分かるなら、すぐにでも自分の居場所に戻りたがるはずだし、見知らぬ男の即席味噌汁を三杯もいただいてないだろう。

「でもって、多分だけど、分かったことがあるんだよ」
「分かったこと?」
「うん、それは——」

 ピンポーン。
 俺にはこの音が、地獄の呼び鈴かと錯覚してしまうほどだった。
 時刻を見る。何でこういう時に限って時間が過ぎるのって早いんだろうね。残酷にも時計の針は燐が訪れる時間帯を差していた。

「ちょ、ちょぉおおおお!」

 パニくりすぎてわけ分からん雄たけびと共に立ち上がる。どうしよう、マジでどうしよう。そうだ、考えてなかった。燐のことを。
 昨日の出来事があったから今日は来ないかと少し油断してたらこれだ。多分、昨日のことなんて何てことなかったかのように来る。これが燐さんですよぉぉおお! うわあああ、分かってたのに気付けなかったあああ!
 この状況、なんて思うだろう。燐なら、説明したら——無理か。言い訳無用で手持ちの太刀で一刀両断ってとこだろうな。どうしよう、マジでこれどうしたらいいの。

「何をそんなに焦ってるの?」
「大変な状態なんだよ今!」

 ピンポーン。もう一度鳴り響く地獄のカウントダウン。あ、そういえばあいつ合鍵持って——
 ドアが、開く。その時、少女から「仕方ないなぁ」という言葉が聞こえたけど、それはどういう意味か分からず、とにかく俺は走る。

「はぁ、本当に懲りな——」
「うおおおおおおおおお!!」

 ドアにほとんどタックルするような形で俺は廊下を駆け抜ける。驚いた表情の燐。そして止まらぬ俺の脚。

「なっ——にっ、してんのよっ!!」
「ひでぶっ!!」

 思ったとおり左手に持っていた太刀を俺の頭上に振り落とし、俺はノックダウンする。ごちんっ、と凄い音が俺の額と床の間で響いた。
 あぁ、終わった……俺の服を着た見知らぬ少女の姿とか、もう何も言い訳……あぁ……。

「一体何をして……って、脱いだら脱ぎっぱなしだし……どんだけ味噌汁飲んでんの?」
「いや、本当……そこにいる子は違うんです……」
「はぁ? 何言ってんのよ。ったく、ちゃんと片付けなさいよね」

 ……あれ? 何か会話が噛み合ってないぞ。
 俺の予想だと、リビングを見るや否や、俺に斬りかかってくるかと思ったのに。どういうわけだか、燐は全く少女のことに関して触れない。
 不思議に思い、激痛の奔る頭を抱えながら無理矢理体を起こし、リビングへ。

「あれ……?」

 少女の姿が、ない。おかしい。どこにも隠れるスペースはないというのに。
 玄関からリビングまですぐだから、隠れる時間さえもなかったはず。なのに、どうして少女はいないのか。

「一人でこんだけ味噌汁飲んで、もっと他に食べ物あったでしょ……」

 誰が一人でそんだけ味噌汁飲むかよ。と、つっこみたかったが、それは紛れもなく少女がいた証だ。なのに、どうして少女の姿が——
 と、目に映ったのは青い水晶だった。輝きを帯び、綺麗なそれを見る。
 ——もしかして。

「珍しく起きてると思ったのに、奇声あげながらタックルしてきたり……そんな暇があるなら、さっさと用意してきなさいよ」

 呆れた様子で言われる。それに従い、洗面所に向かう。青い水晶を持って。
 洗面所に到着し、俺はいちかばちか、言ってみた。

「おい……もしかして、聞こえてるか?」

 独り言のように、水晶に向けて話しかける。少し虚しい感じがしたが、そういえば水晶から俺の方に干渉は出来ないんだっけ——

『聞こえてるよ!』
「うおっ!!」

 突如、少女の声が頭の中に響いた。なんだこれ、テレパシーみたいな感覚か?

『びっくりした? さっき言おうと思ったんだけど、気付いたことっていうのは……私は肉体を持っているようで、そうじゃない存在だってことだよ!』
「あぁ? どういうことだ?」
『つまりね、この家の中だけに限ると思うけど、実体化することが出来るみたい!』
「いや……なんでそんなこと言い切れる? まだ外に出た試しもないのに」
『うーん……なんでだろ? 理由は分からないけど、私はなんだろ……人間、生命体、ううん、それとはまた別の——』

 コンコン、と軽いノックが遮る。

「咲耶? 誰かと話してるの?」
「え、い、いや? 何言ってんだよ」
「いや、何か一人で喋ってるから……独り言なら相当だと思うんだけど……」
「だ、大丈夫だから! すぐ用意するから待っててくれ!」

 燐がこちらの部屋に入ってくるのを阻止し、胸を撫で下ろす。

『あはは、心配しなくても、私の声は君以外には聞こえないと思うよ?』
「だから……どうしてそんな言い切れるんだよ」
『君としか私は干渉してないから。この水晶は特別なものみたいで、君と私を繋ぎ止める媒介みたいな役割をしてるんじゃないかな』
「媒介……」

 その言葉は親しみのある言葉だ。媒介を通して魔法を具現化するわけだが、それにあてはめるとこの水晶を介して少女は具現化出来てるってことか?

「そうなると……一体、何者なんだ」
『それは、私にも分からないよ。けれど、こうして君と繋がることが出来たってことはその一歩にも繋がったってことじゃないかな?』
「まあそれはそうかもしれないけどな……」

 何だか、えらいものを拾ってしまった気がする。この水晶、返さないといけないはずなのに、どうしてだかこのままこれを手放さない方がいい気もする。
 少女が中に入ってます、なんて紅さんたちに言っても気付かないだろうし、第一昨日の夜に何が起きたのかまだ定かでもない。
 とりあえずのところ、俺と少女が繋がることが出来たその原因を探るか。それからでも、返すのは遅くないはずだ。

「っと、やばい、このままだと燐に殺される!」

 時刻を見て焦った俺は急いで学校へ行く準備に取り掛かった。