複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.13 )
日時: 2015/05/07 01:24
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
参照: 参照200突破ありがとうございます;

「はぁ……」

 ようやく教室の前に辿り着いた俺はため息を吐いた。

『何か疲れてるね?』
「お前のせいだよ!!」

 思わずつっこんでしまうほど、苦労をした登校だった。こいつの存在は言ってしまえば、俺からすると相当しんどいもので、なおかつ隠すことに必死なわけで……。

「何か隠してない?」

 何度この言葉を燐から言われただろう。そのたびに俺は焦り、動揺し、答える。

「い、いや、別に何も——!」
『あっ、初めまして!』
「うるせえええ!」
「……やっぱり何か隠してるでしょ!?」
「隠してねえええ! あ、いえ、隠してないです、ごめんなさい。だからその右手に握り締めた太刀をどうか下ろしてください」

 ……という会話を繰り返していたわけだ。
 どうにも、この結晶の中にいるこいつの声は俺以外の他人には聞こえないようで。それを試すかのようにこいつは何度も燐に声をかけようとする。
 そのたびに俺の脳内に鳴り響く高い声色に頭が痛む。それを含んだうえでの燐からの質問と疑念。それらを誤魔化して誤魔化して……ようやく逃げるように学校に辿り着くや否や、俺は自分の教室へと全力失踪してきたというわけだ。
 急いできたってこともあったし、俺が既に起きていたってことも併せて普通科の生徒はまだ誰も登校していないようで、辺りには誰もいない。

「何で朝からこんなに疲れないといけないんだよ……! お前な、少しは静かにしててくれよ、頼むから」
『そんなことを言われても、つい言葉を交わしちゃいたくなるものなんだよ? 今まで見れなかった景色が見れて、伝わらなかった言葉が伝わると嬉しいものだよ!』
「俺にしか伝わってないけどな……」

 諦め気味に呟き、手に握り締めたままの結晶をポケットの中にしまおうとする。

『あぁっ! 手に持っててよ!』
「はぁ? ずっと持っていれるわけないだろ」
『景色が見れないじゃない!』
「景色って……あぁ、そうか。水晶の中から視界として見れるのか。……今さっきまでよくも俺を悩ませてくれた罰として、ポケットの中に入れようかなぁー……」
『ええ! ちょっと! それだけはやめてー!』

 なるほど、つまりこいつにとっては周りの景色が見れなくなることほど辛いものはないと。まあ確かにそうかもな。暗闇の中でずっといろとか、俺なら絶対嫌だね。
 だからこそ、俺はこれがこいつへの"抑止力"になると思った。教室に入れば、多分こいつは色んなことを口に出すと思うからな。同じように頭の中ではこいつの声で周りからは他の声、なんて俺の頭がイカれちまう。

「よーし、まあとりあえず……暗闇の中にいたら黙るだろうし、やってみるのもありかなー?」
『えええ!』

 予想通りの反応。よしよし、このまま焦らしていけば——と、考えていた。

『こうなったら……!』
「さーて、どうしたものか……って、うん?」

 こうなったら、って言葉が微かに聞こえたから嫌な予感がした。けれど、そんな疑念を抱くのは既に遅くて。

『うりゃあっ!』

 そんな掛け声と共に、水晶が一瞬光る。

「うぉっ! 何だっ!?」

 思わず水晶を手放してしまうところだったが、それよりも驚いたのは。

『わ、すごーい! 幽霊みたいに透明になってる!』

 俺の目の前に現れたのは、うっすらと背景に混ざるように半透明化した銀髪の少女の姿が立っていた。いや、"浮いていた"。

「お、おま……! な、何したんだよ!」
『うーん、水晶の中に入れるってことは、外に出ることも可能だよねって思って、念じてみたら出れちゃった!』
「出れちゃった、じゃねぇよ! これ他の人に見られたら——!」

 半透明化したこいつと話してる最中、俺は近づいてきている人影に気付くことが出来なかった。

「あれ、桐谷君……だよね?」
「えっ……! 羽鳥さん!?」

 そう、ふと気付くと、近くに羽鳥さんの姿があった。昨日と同じように栗色の髪で、綺麗で大きな瞳のおかげで際立つ童顔が特徴的な羽鳥さんが——

『あはは、大丈夫だよー。私の姿は見えないし、多分私から干渉も出来ない』
「ちょっと待て、お前何をする気だ……!?」

 半透明化した銀髪の少女、自称テレス・アーカイヴが羽鳥さんへと近づいていく。

「え? 何が?」
「あ、いや! 羽鳥さんとは関係な——って待てお前! 何をしようと……!」
「どうしたの? 桐谷君。何だかおかしいよ?」

 ふふっ、と笑い声を出す純粋な羽鳥さん。そしてそれに近づいて何をしようとするかと思えば、羽鳥さんのその小柄な体を触ろうと——!

「や、やめ……ッ!」

 と、俺が制止の言葉を発する前に、その結果は既に出ていた。
 銀髪の少女の体は羽鳥さんを貫通し、通り抜けていた。

『ほらね? だから私は君以外の人に干渉出来ないし、それどころか、幽霊化できても君が感知できない範囲には一人で行けないみたい』
「お、お前は本当に一体何なんだ……」
「え? は、羽鳥 優です、けど……桐谷君、私のこと覚えてくれてないの?」
「あ……! ち、違うんだ! これは羽鳥さんに向けた言葉ってわけじゃなくてその!」
『うわー、それにしてもこの子、凄い可愛いねー』
「………」

 何度も羽鳥さんに触れようと何度も試みるこいつを見て、俺は絶句する。
 自己紹介の日から、翌日。既に俺は羽鳥さんに変な人ポジションを与えてしまった。


————


 本当に勘弁してくれ。こいつはどれだけ好奇心旺盛なんだ。
 入学式から次の日、早速自己紹介を始めることになった。俺と羽鳥さんの二人、いや半透明化の奴を足すと三人で教室にいたわけだけど、誤解をしていないか羽鳥さんに何度か問いかけてみると

「ふふ、桐谷君って面白い人なんだね」

 との言葉が。それだけでハートブレイクだよね。
 もう俺の心はズタズタだ。そんなわけで、俺は羽鳥さんの不思議がる表情を避けて、自分の椅子に座り落ち込み、居てもたってもいられずに男子トイレへ——。

「ってちょっと待て」
『どうしたの?』
「お前は中を覗いたらダメだろ!」
『どうして?』
「………」

 とまあ、男子トイレというものを指南する必要もあり。何かと難癖つけてはこいつを結晶の中に引っ込ませたりと俺はえらくしんどい思いをしたのよね。
 ただ、分かったことがある。こいつはずっと幽霊化できないってことだ。
 何故だか今のところ分かっていないけど、こいつが幽霊化するには条件か何かがあるようで、ずっと出っ放しというのも無理なようで。

『まだ自分の正体も分かってないから、仕方ないなぁ……』

 というのがこいつの見解だが、それは俺なりにはほっとしている。だからこうしてこいつを結晶の中に入らせ、今はおとなしくしてくれている。
 これはもう、正直お手上げだ。こいつが名乗ったテレス・アーカイヴとか、もうどうでもいい。今はただ、こいつを元の場所に返そう。そうしたらこんな大変な日々を送らないで済むんだ。

「えーと……次は、君かな」

 教師に見られ、俺は立ち上がる。あぁ、自己紹介の途中だったな。俺の番か。

「桐谷 咲耶です。趣味は……読書です。一年間、よろしくお願いします」

 とまあ、こんな程度で留めておいて。俺は着席する。周りのクラスメイトたちからのささやかな拍手を浴びて、俺は安堵した。
 今の頭の中は、こいつを早いこと元の場所に返すことだ。もう紅さんに怒られようが斬られようが関係ない。とにかく、戻す。

 それから順当に自己紹介は進んでいき、勿論羽鳥さんも自己紹介を行った。

「え、えっと……羽鳥 優です。趣味は……お料理と裁縫です。よ、よろしくお願いしますっ」

 緊張気味に言う羽鳥さん超可愛い。そんな風に思いながら拍手を送るが、俺と同じ考えをしているのか、周りの男共もにやけ顔で拍手を。畜生が、くたばれ。

「えーと、次は——」
「はいはい! 俺でーす!」

 高いテンションで立ち上がるのは、予想通り堺 怜治だった。

「堺 怜治っていいます! 趣味は……友達作りですかね! まあ友達いっぱい作れたらなって思います! よろしくぅっ!」

 やべえ、こいつ強いわ。色んな意味で。
 キャラが濃いせいか、皆も若干引いた部分はあったが、やはり何せあのコミュ力。既にクラスメイト全員に話しかけ終えたのか、拍手は他の人よりも多く聞こえた。

「えー……次は」

 と、教師のだるそうな声に従って立ち上がったのは、俺がこの教室を訪れて、初めて話したあの子だった。

「古谷 静(こたに せい)です。趣味は……特に、ありません」

 それだけ伝えて、すぐに着席した。その表情は、俺の位置からは見えにくい。どうにも、昨日話した時とは別人のような雰囲気を醸し出していた。
 その異変に気付いたのはどうやら俺だけで、他の人からのまばらな拍手を浴びるのにも気にせず、古谷はただまっすぐと、何を思っているのか分からないまま、前を見つめていた。


————


『ねぇ、そろそろ話してもいいかな?』
「あぁ、いいぞ」

 俺は許可を出しつつ昼休みになるや否や、速攻で教室を飛び出し、例の図書館へと向かった。
 その道中、入れっぱなしだった水晶を手に持ち、ずんずんと迷うことなく進んでいく。あれ、こんなに俺この学校の位置取り理解してたかな、というぐらいに、もうずんずんと。

『どこに向かってるの?』
「あぁ、それはな。お前が元いた場所にだよ」
『あの図書館のこと?』
「よく分かったな。まあ名残惜しいとは思うけど、残念ながらお前はお前で色々よろしくやってくれ。俺を巻き込むな」

 そこまで言葉のやり取りをしたところで、例の教室のドアを開く。ていうか、無防備に空いているんだよな、ここ。
 機械仕掛けの扉を押し開け、気持ち悪い感覚を乗り越えてから、ようやく例の図書館にたどり着いた。

『巻き込むって言われても、私はただ自分が誰か分かろうとしているだけだよ?』
「その結果、俺を巻き込んでるんだよ。俺の体に干渉か何かしたのか知らないが、そのせいで俺に迷惑がかかってるんだ」

 そこで、図書館の内部に見たことのなる後姿を見かけた。紅さんだ。

「紅さん!」

 少し遠目から声をかける。すると振り向いてから、訝しげな表情をした後、こっちに近づいてきた。

「お前……昨日の普通科の奴か。お前に紅さんと呼ばれる筋合いはないが……もうここには来るなと言ったよなぁ?」

 声色がちょっと怖い。けど、俺はひるまずに目的と用件を言う。

「あの! これなんですけど……」
「うん? 水晶か? いや、それにしては綺麗すぎるな……」

 紅さんに水晶を手渡すと、それを目の前まで持っていってじっくりと凝視する。

「これ、実は……」

 事の顛末を一通り話す。
 俺がこの図書館に来て、テレス・アーカイヴの本を手に取ったこと。それを不注意で落としてしまって、その中からこの水晶が出てきたこと。紅さんたちが来て、慌てた俺は水晶を無意識の内にポケットに入れて隠れたこと。それから家に戻ってから水晶の存在に気付き、どうにかして返そうとして自分の書いた魔術式を唱えたら……

「銀髪の少女が出てきたんです!」
『そうだよ! 私が出てきたんだよ!』
「……ほお?」

 だめだ、完全に信じてない目だわこれ。紅さんは何言ってんだこいつ、と言わんばかりの表情でいる。——ていうか、勝手に喋るんじゃねぇよ自称テレス・アーカイヴ。

「俺にしか干渉出来ないみたいで、こいつは俺にしか見えないんですよ!」
『そうだそうだ! 見えないんだぞー!』
「お前は黙ってろ!」
「うん……お前は私に殺されに来たのか、それとも……」
「いや、違うんです! これはその! 銀髪の少女が……!」

 ああああ、やばい、ややこしくなってしまった。こんなことなら、紅さんに相談することなく勝手に元の場所に戻したらよかった。
 紅さんは今にも俺にぶちキレそうな雰囲気を醸し出してるし、どうしたらいいんだこれ。ていうかどうしてこんなことに巻き込まれたんだよ俺は……!

「——なるほど、興味深い話ですね」

 そこに颯爽と現れたのは、ニールさんだった。

「おい、ニール何しているんだ。こんなところにいる場合じゃないだろ?」
「まあそうですけど、桐谷君の話がとても興味深かったので……あ、また会っちゃいましたね、桐谷君」

 笑顔を見せて俺に語りかけてくるニールさんが天使に見えた。良かった、まともに話が通じそうだ。ていっても、俺がもし紅さんの立場だとしたら、紅さんと同じような反応をしたと思うんだけど。

「ちょっとそれ、貸してください」

 水晶が紅さんからニールさんへと手渡される。輝きを放つその中には未だに少女が存在しているのだから、不思議に思う。

「ふむ……なるほど。これは——」
『わ、凄い童顔!』

 じっくりと水晶を見つめるニールさんに、あいつの声。さっきから反応ないな、とか思っていたら、やっぱりまだ水晶の中にいたのか。

「何か分かったのか? 私にはただの"綺麗すぎる水晶"にしか見えないんだけどな」
「それですよ。綺麗すぎる……これは、"この時代のもの"ではありませんね」

 水晶を俺に返しつつ、ニールさんは言葉を続ける。

「つまり、それはこの時代に存在するのは"有り得ない"もの、ということになりますね」
「この時代に存在しない……? そんなものが、どうしてここに?」
「それは分かりかねますが、恐らくその水晶はただの水晶などではありません。アーティファクト(文化遺物)……それも昔に失われた魔法が関連しているような気がします」

 そんなまさか、とは思ったが、言われてみれば見たことも聞いたことも無い。
 こんな小さな結晶の中に人間サイズのものが入ったり出たり、それも完全な人間じゃない。俺の家の中だけ人間で、外に出たら幽霊化する? 意味が分からない。そんなものは聞いたことがない。

「長年、魔法学について研究をしていますが、このようなものは初めてです。それも、この"アンノウン"と呼ばれる図書館の中で発見されるとなると、なおさら……」
「おい待て。アーティファクトって簡単に言うが、もしこれがそれだけの代物ならこれまでの発見の中で最大の発見になり得ることだぞ?」
「ええ。桐谷君の言うことが事実だとすれば、それは本当かもしれません、が……まだそうとは言い切れない部分もあります」

 と、ニールさんは真面目な表情で俺を見つめてきた。真剣な表情をされると、俺の心が萎縮されてしまうから、少しやめて欲しいと思いつつ。

「貴方が唱えたというその魔術式……見せていただけませんか?」
「あ、はい……これです」

 こんなこともあろうかと持ってきていた自作の魔法書をニールさんに手渡した。それから問題の術式が書かれているページを提示する。

「……なるほど。これは"物を別の場所に転移させる魔法"としての構築ですか」
「あ、そうです……けど、一度も発動したことがなくて、というのも俺に魔力や魔法を扱う才能がないからだと思うんですけど……」
「……もう一度、唱えてみましょう」
「え?」

 ニールさんは魔法書を俺に返し、再び言い放つ。

「この魔法をもう一度、唱えてみましょう。今ここで」