複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.14 )
- 日時: 2014/11/14 00:04
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
- 参照: やっと更新出来た……。お久しぶりです;
「もう一度、魔法を唱える……?」
「ええ、そうすれば……何か分かるかもしれません」
確かにそうかもしれないけど、もし唱えて何も無かったら……俺の言っていたことは嘘だということになりかねるんじゃないか?
『それ、私も思ってたよ!』
突然の声。その声の主は勿論、銀髪の少女からだった。
『もう一度唱えてみれば、何か発展があるのかもしれないし、どんな魔法かも分かってないし! 今はこうして他の人が見ててくれてるから、どういう効果があるのかも分かると思うよ!』
そりゃそうだ。そりゃそうなんだけどさ。
何故だか、魔法というものに対して億劫になっている自分がいる。一人でいる時は、あんなにもノリノリで——というか、皮肉たっぷりに唱えていたというのに、いざ人前でとなると、嫌な思い出も蘇るってものだ。
「どうした? ……"震えてるぞ"?」
紅さんが俺に声をかける。無意識の内に体が震えていたようだ。情けない。なんて情けないんだ、俺は。
「だい、じょうぶです……! 唱えてみます……!」
何とか根性でトラウマを跳ね返す。蘇る、魔法が使えないことによる周りからの残念そうな表情。何ともいえない表情。そして期待されたことによる、落ちこぼれになった途端の手のひら返し。
あぁ、沢山だ、魔法なんて。こんなにも魔法に対して恐れを抱いていたのか。どうしてこんなに震えてる。治まれ、落ち着け。落ち着くんだよ、俺。
震えた手で魔法書を開く。あの時は普通に唱えることが出来たのに。なんで。
こんなにも躊躇いながらも、俺は少女と俺の奇妙な関係をぶっ壊したいと思うと共に、自分のトラウマが重なる。逃げたい、けど、向き合わなければ、俺は何も踏み出せない……。
「いきます……!」
決意を固める。
魔法書を構えて、紅さんとニールさんの目の前で魔法書を掲げ。
「魔術式……第百番を、開放する……ッ!」
その瞬間、まぶしい光が俺を——
……あれ? 包み込ま……ない?
「何も、起こらない……?」
目の前には、変わらない、紅さんとニールさんの姿。俺はただ、魔法書を構えているだけ。
「ふむ……まあ、そうですね……残念ながら貴方が本当のことを言っていると確証は今の現状では……」
——あぁ、これだ。懐かしいこの気分。罪悪感、劣等感、期待をぶち壊した感覚。こんなもの飽きるほど浴びてきた。何度も、何度も。それでも拭えないこの強烈な雰囲気。俺の中の何かが崩れていきそうな感覚。
ただのそこらの劣等生程度ならまだしも、俺は正真正銘の"落ちこぼれ"だ。そんな俺がこの程度のことで崩れ去るわけもない。落ちこぼれの格が違うんだよ、格が。
「で、出来なかったですけど……! と、とにかく、この水晶はここのものなんですよ! だから、返しにきたっていうか……」
『待ってよ! 本当に返しちゃうつもり!?』
「うるせぇ! キンキン鳴り響くからやめろ!」
はっ、とここで気付く。二人の白けた視線を感じ取ったのだ。
「ニール……こいつはあれか? ほら、巷で流行りの厨——」
「違います違います! 何とかそこには陥らないように頑張ってきた努力を踏みにじらないでください!」
紅さんが超絶白けた表情をしていて、ニールさんは確証が得られない以上はどうも出来ない、といいたげな申し訳なさそうな表情をしていた。
俺が一番申し訳ないんだけどな……ありのままに起こったことを伝えるっていうのは難しいよなー。落ちこぼれだからってお前じゃ絶対出来ないって何事も決め付けられたのはいつの話だろうか。——まあ本当に出来なかったんだけどな。
『失敗しても、状況によって変わるかもしれないし! 私が二人に見えてないだけで、私はここにいるよ!』
だから、見えてないことが問題なんだよ。お前がいるって証拠も何もない。ただお前は幽霊っぽい状態で俺に憑いているに過ぎないんだよ。
「貴方の話が本当ならば、それはアーティファクトになり得るほどの代物に値しますが、そうでないとするなら、僕の研究対象にもなりませんし……」
「え、ええ! じゃあ受け取ってくれないってことですか!?」
「こう見えてもな、キリギリス君だかなんだか知らないが、私たち二人は忙しいだ」
「桐谷です! キリギリスって最初のキリしか名前あってないですよね!? わざとですよねそれ!?」
くっそ、このままじゃこのうるさいやつから離れることが出来ない……。受け取ってももらえなかったらぶっちゃけかなり困る。どうにかして、何とかして……!
「ほ、他の魔法なら発動するかもしれないです!」
「えー……っと、それなら君がただ単に魔法が使えるよっていうだけにしかならないですけど……」
確かに言われてみればそうだった……。この水晶がアーティファクトだっていう証拠を見せないといけないんだったよな……。
……ダメだ、何も思いつかない。この場に少女の姿が召還できないことには、俺はどうしようもない。手の施しようがないとはこのことだ。何も、出来ない。
「すみませんが、また方法を考えたら、でよろしいですか? 少し用事がありますので」
「あ……はい……わかりました……すみません……」
「はい。それでは、失礼します」
図書館の奥へ立ち去っていくニールの後を追う紅。残された俺はただ落胆するばかりだった。
————
「ていうか、いいのかニール。方法を考えたら、ということはまたあいつをこの図書館に招くことになるぞ」
歩きながら先頭を歩くニールに問いかける紅。ニールは軽く微笑んで歩きながら言葉を繰り出した。
「紅は、あの子が嘘を言っているように思えましたか?」
「え? ……いや、どうだろうな。ただただ必死……という印象ぐらいか」
「まあ、確かにそうですね。彼はただの幻聴を聞いているだけなのかもしれない。おかしな話ですが、それもあります。けど、何よりも"彼が本当のことを言っているという証拠"ならあります」
「ほう、それは何だ?」
「そうですね、まず簡単なことで言いますと……彼はどうやら、"特別"なようですよ?」
「特別?」
「ええ。この図書館、アンノウンへ来たことも、ただの偶然ではなく……必然のような気がします。彼が……いや、彼の言う"少女"が呼んだのか……それとも」
そこで言葉を切り、紅は不審そうにどうしたと声をかけた。
立ち止まり、振り向き、ニールは言う。
「彼は会うべくして我々と……会ったのかもしれないですよ?」
「うん? ……私にはよく分からんなぁ」
紅が頭をわしわしと掻きむしる最中、発信音のようなものがニールの方から漏れる。
ポケットから取り出したのは、小型の端末でその画面に映し出された内容を見つめて呟く。
「……"魔人"が付近で発見されたようです」
「何? どこのどいつだ?」
「名称はありません。ただの野良ですが……どうも特徴が掴めないようです」
「ふむ。上手くやり過ごしてんのかねぇ」
「……少し嫌な予感がしますね。誰か向かわせましょう」
「誰かって、活動時間じゃないのにそんな都合よく——」
紅が言葉を留める。その原因は、薄暗い研究室のような部屋から出てきた一人の少女の姿を見たからだった。
————
絶対何か隠してる。
何年の付き合いだと思っているんだろう、と佐上 燐は考える。
「何かに巻き込まれたりだとか……」
そう考えてもおかしくない。また、あの"バカ"は迷惑をかけたくないなんて思っているのか肝心なことを教えてくれない。頼ればいいのに、頼ろうとしない。
頬杖を高級そうな木の机でついていると、いつの間にか自分の周りに人が集まってきていることに気付いた。
「あ、佐上さん。昨日はちゃんと話せなかったよね」
とんでもないイケメンスマイルと共に、一人の青年及びその他の面子がわらわらと寄ってきた。数は5,6人辺りだろうか。
このイケメンスマイルを放つ美青年の名は東雲 春人(しののめ はると)。茶髪の王子様な雰囲気を放つ彼は入学初日からそのカリスマ性を放っていた。
勿論、魔法の才能も長けている。このAクラスに所属しているということ自体だけでも魔法の才能がそれほど長けているということになるのだが、一部その中でも飛びぬけた生徒がいる。その一人が燐でもあり、東雲もそれに当てはまるらしかった。
「昨日は忙しかったみたいで自己紹介出来なかったけど、僕の名前は——」
「東雲 春人でしょう? 知ってる」
「あぁ、覚えてくれてたんだ。ありがとう!」
「……それで、何か用なの?」
「え、いや……」
「考え事してるから、あまり関わらないで」
燐の言葉に東雲を除いた取り巻きが顔を強張らせる。
「おい、お前……!」
「いいんだ、大丈夫。……ごめんね、邪魔しちゃったみたいだ。また後で話せたら嬉しいな。同じAクラスとして、仲良くしていきたいからさ」
そう言い残すと、しつこく付きまとうわけでもなく東雲はその場から去っていった。悪態をついた取り巻きもそれに続く。これでいい。別に慣れ親しむ必要はない。そんなものは特に必要もないからだ。
そんなことよりも、燐の頭の中には咲耶のことでいっぱいだった。
(変な胸騒ぎがする……)
何故こんな気持ちになるのだろう。何か良からぬことに巻き込まれていたとしたら、私が助けなくて、誰が咲耶を助けるというのか。
早く放課後になって、今すぐにでも咲耶の元に駆けつけたいと、そう思っていた昼の終わり頃だった。