複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.15 )
- 日時: 2014/11/17 10:08
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Ft4.l7ID)
結局、この水晶の正体も、謎の少女と離れることも叶わなかった。
確かに、よく考えてみれば普通には信じがたいものだよな。少女が水晶の中にいて、俺にしか聞こえないとか、見えないだとか。分かっていたけれど、現実として声は俺に届き、見えてしまったり実体化まで可能となったところを目撃したのだから俺が存在を否定することは出来ない。
「本当に、お前は一体何者なんだ……」
不意に呟く。時刻は昼休みの終わりを迎えているせいか廊下には人の姿はあまり見えず、教室の中が騒がしい感じだった。
『私が知りたいぐらいだけど……でも、何となく私は自分の存在が何か、分かってきた気がするよ』
「へぇ? それは是非とも聞いてみたいところだな」
すると水晶が光り、少女が目の前に幽霊として出てきた。これで数回目だけど、未だに慣れないな……。
『思うんだけど、私は君の——』
「うん? あれは……」
少女の言葉よりも外に見えた一人の男子生徒の姿が気になった。
生徒は、最初にクラスで話した古谷 静。昨日とまるで違った今日の態度といい、雰囲気といい、彼にはどこか違和感のようなものを感じる。
『ちょっと! 話聞いてるの!?』
「うるさいな、少し静かにしてくれ。……少し気になるな。もうすぐ昼の授業が始まるのに……」
少女は俺の言葉に文句をぶつぶつと言っている最中、俺は考えていた。迷うことなく、彼は校門の方に向けて歩いていく。その後姿がどこか自分と似ているような気さえもする。あれは劣等感、いや……まさかな。
その時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。本当にサボる気なのか、それともまた別の用事なのか。
何故こんなに気になるのかも分からない。いつもの変な正義感のせいなのか、俺は下駄箱のある方へ自然と歩いていた。
————
早く終われ。憂鬱な顔を窓の外に向け、燐は思っていた。今日の予定はまだ、入学したばかりなので実戦的なことも何もしない。ただ単純に魔法学園の魔法科の生徒として守るべき秩序などを説教されるぐらいだ。この辺りは基本的に普通科の座学とそう変わらない。
昼休みも終わりを迎え、次の授業がもうすぐ始まる。授業といっても、またどうせ部隊の勧誘だ。
部隊というのは、これから実戦的に魔法を駆使して任務にあたる際に行動を共にするチームのことだ。単独行動は厳重に禁止されているゆえに部隊が存在する。
また、部隊にはそれぞれ顧問教官がおり、その顧問教官が自分の部隊に授業の時間を潰して勧誘しに来るのである。
「失礼するぞー」
騒がしかったクラスが途端に沈黙し始める。総勢30名ほどしかいないAクラスに颯爽と登場したのは黒髪ロングで長身の女性だった。その美貌にクラスの中の数人の男子か小さくため息を吐くほどだ。
女性は教壇に立つと、クラスを見回した。そして、一言。
「……なるほどねぇ、今年はなかなかして何とも言えないような雰囲気醸し出しちゃってるな」
何が言いたいのか、黒髪の女性はそんなことを言い出した。にやりと口元が歪んだ表情にはどういう意図が含まれているのか分からない。
「おっと、自己紹介を先にするべきだったな。私の名前は黒石 美鈴(くろいし みれい)だ。まあよろしく頼む」
腕を組み、辺りを挑発するかのような笑みで見ている黒石に対して、燐はさほど興味もなく、窓を眺めるばかりだった。
興味がない。部隊なんて、どこも同じだ。特に何も変わりはしない。部隊や何かよりもまず先に——
「えっ……?」
目を疑った。窓の外に見えた見慣れた人影の姿に思わず驚愕の言葉を発してしまっていた。
どうして、あんなところに。今日の朝不審な感じがしたから"アレ"をつけておいたが、こんな形で役に立ちそうになるとは思わなかった。
というより、今は授業中のはず。普通科も魔法科と同じぐらいには座学を受けるはずだ。それなのに、何故。
「そんなに外を見つめて、何か良いものでもあったか? 佐上 燐」
そこでようやく教室の一番左端の後ろの席である燐の傍まで黒石が来ていることに気付いた。夢中になっていたせいか、今の今まで近づいてきていた気配すら感じなかった。
「……いえ、別に」
「ははっ、素っ気無い奴だな。……今にも授業を抜け出したくてたまらない、と言いたげな顔をしているが」
「っ……なら、抜け出させてくれるんですか?」
見抜かれている、だからこそ挑発するつもりで聞いてみる。
「ああ、構わんぞ」
だが、予想外の答えが返ってきた。その返答に、周囲の生徒もざわつき始める。
「ただし、条件がある」
「……何でしょうか?」
すると、黒石は先ほどの笑みとはまた別の、意地悪そうな笑みを浮かべて、
「私の部隊に入れ」
————
あぁ、俺何してるんだろ……。
何で尾行なんかしてるんだ、俺。普通に話しかけて、どこ行くんだよ、とかでも良かっただろ。
王道に電信柱の後ろに隠れてこそこそとマークする俺。学園は住宅街よりも離れにある為、あまり人目につきにくいのはつきにくいのだけれど、俺的にはなかなかして恥ずかしい。
しかしどこに行くんだろう。時々立ち止まったりして、何だか怪しい動きを見せている古谷。どうにも話しかけにくいし、でも気になるし……っていうか、もうすぐ環境の揃った地区を抜けて"荒廃地区"に行きそうになってるけど、これってやばくないか。
荒廃地区とはその名の通りに荒廃となった地区のことで……その原因は魔法のせいである。
魔法は利害をもたらすが、土地や環境に被害を加えることが多々あり、そのせいで地区は荒れ、まだ修復に至っていない、つまるところ人間が住める環境でない地区のことだ。
そういった地区はどういう者が暮らすかといえば、例えば行くあての無い人や……それならまだいい。一番恐れているのは魔法を使う凶悪犯罪者や一般的に"魔人"と呼ばれる"人ではないが似ている別の生物"などが住み着いている恐れがある。
危険度があまりに高い為、荒廃地区は誰も近づきたがらないし、まず立ち入り禁止とされているので入ることも容易ではないはず。
「何しに行くんだよ、そんなところに……」
間違いない。古谷は完全に荒廃地区の方へ向かっている。何かを確かめるかのようにして時々立ち止まってはまた歩き始めるの繰り返し。
『何か、嫌な予感がするよ……』
初めてこいつの弱気な言葉を聞いた気がした。確かにそれは俺にもあるけど、でもこのまま一人で行かせるっていうわけにもいかないだろ。
検問所のような場所まで辿り着く。しかし、荒廃地区と目と鼻の先のせいか、門番のような役割の人間はいない。白い壁に覆われ、金網でコーティングされている。門番がいなくてもここから先に行くことを拒めている。
立ち入り禁止、と大きく赤文字で書かれた壁の少し下まで行って古谷は立ち止まり、周りをキョロキョロと見渡し始めた。
「あっぶね……」
何とか間一髪隠れることが出来た。隠れる場所が少ないから結構焦ったが。
それにしても、魔法学園からなかなか近い場所に荒廃地区はあるんだな。逆に魔法学園があるからここまで警備されていないのか。
魔法学園からここに来るまでに他人と出会ってない。やはり疎外されているのだろう。
ところで、古谷は何をしているのかと思えば、突然壁をゆっくり蹴り押した。すると、その部分の壁がごっそりと抜け、通り道が出来た。まさかそんなところに通り道があるとは思わなかった。
初見の俺でこれってことは……
「あいつ、これが初めてじゃない……?」
怪しい。怪しすぎる。これは、追いかけるべきか。いやでも、何かあったらどうする。
拳に力が入る。いつもの変な正義感か今回も行ってやれと俺を招いていた。
————
何度も何度も来たことがあるけれど、ここは絶対に慣れることはない。来るたびに嘔吐しようになるものを飲み込みながら、息も絶え絶えに訪れている。
訪れている、いや訪れなければいけない。何も出来ない、自分の贖罪の為にここにきているのだ。
古谷 静はこの荒廃地区にかれこれ何度も来たことがある。初めてここに訪れたのは、家族とだった。まだここは荒廃地区だといわれてなく、人もまだ住んでいた。
家族構成は父親、母親、妹を含めた4人家族だった。仲の良い家族で、楽しい毎日を過ごしていた。
ここは花が綺麗なことが有名で、その花畑を見る為に訪れていた。丁度幼い妹が見たがっていた花の咲くシーズンだったのでその日を選んだのは自然なことだった。——ただ、それが一生の後悔になるとも知らずに。
程なく歩いて、目的の場所に辿り着く。誰もいないが、その代わりにここで起きた悲惨な様子がまだあの時のまま残っている。
削り取られた壁、至るところにこびりついた血の痕。まだこれでもマシな方だ。あの時、地獄というものを始めて見た。
「ただいま……父さん、母さん、美樹……」
床が赤で染められた場所に向けて、虚ろな表情で呟く。何を思うわけでもない。ただ、そこには深い後悔と悲しみが取り残されていた。
あの時の記憶のまま。あの惨状は今でも残っている。いつまでも、胸の中にあり、そしてこの場に残されている。
——助けて、お兄ちゃん。
最後に聞いた妹の言葉が離れられない。妹が無残に殺される姿を、ただ——見ていた。
「なんで……なんでもっと、早く……」
なんでもっと早く、駆けつけてくれなかったのか。でも、自分の命を助けてくれた彼らに不満を言うべきではないことは分かっている。一番責めるべきなのは、自分の無力さだ。
何も出来ずに、ただ家族を殺された。握り拳に力が入る。口元からは血の味がした。
古谷 静は、魔人に家族を皆殺しにされた"被害者の生き残り"だった。
「こんなところに、お一人ですか?」
そこに訪れた一つの影。古谷を見つめ、微笑みを浮かべながら近づいてくる老人の姿。
ぞくり、と古谷の中の何かが危険を感じていた。