複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.16 )
- 日時: 2014/11/18 23:41
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
- 参照: 参照300越えありがとうございます!
そろそろ隠れるのにも飽きてきた頃だった。
"人を喰わなければ"力の温存も難しい。今までよく逃げ回ってこれたものだ。
人ではない、が人のようである。人に似ているが、人ではない。魔物のようであるが、人に見える。人に見えるが、その本性は魔物そのもの。
矛盾した存在である魔人と呼ばれる己の存在はこの世界のどんなものからも迫害される者である。"知恵がまとまっていない"下級の者も中にはいるが、そんなものは放っておいても死ぬだけだ。自らに漲る魔力を扱いきれずに理性が吹っ飛んだもの。それは人間たちからは魔獣と呼ばれている存在であることはつい最近知った。
そしてそれらを駆逐するのが、"魔法を扱う子供"というのも。
前に見た光景は、一体の下級の魔人に5,6人がかりで群がって倒していた。あの程度のレベルで、駆逐しようなどとは考えが甘すぎる。
今、その者たちと同じような服装をした人間が目の前にいる。そういえば腹が減った。魔力の質も落ちている。このままだと"我が身"を滅ぼしかねない。
あぁ、早く喰いたい。こいつは一体どんな味がするんだろうか。
見た目が完全に老人の"魔人"は滴り落ちそうになる涎を必死に耐えて古谷に話しかけたが、もう我慢ならなかった。
————
待て待て待て、何だこの展開は。
少し近くで見ていた俺は突然の出来事にテンパるばかり。ていうか誰だあの爺さん。いきなり現れたような気がするけど……。
『あれは……!』
「なんだ、何か言いたそうだな」
俺は能天気にも少女の言葉に反応していた。けれど、次に繰り出した少女の言葉は俺の想像を遥かに超えた——
『このままじゃ、危ない!!』
「え?」
突然の少女の言葉に耳を傾けるとほぼ同時。古谷と爺さんのいた方から衝撃音が奔る。
「な、なんだっ!?」
俺が見た時には既に、爺さんなんて生易しいものはそこに存在していなかった。ただの、"化け物"。
体が何十倍にも膨れ上がり、既に人間のそれじゃない。紫色の肌を露出し、全てが筋肉質になっている。腕一つで人間何人分かの太さを誇ったそれを振り払った後か。
古谷は間一髪避けたのか、離れた距離で左腕を右手で押さえていた。——というよりも、"左腕がそもそも存在していなかった"。
べちゃ、と何かが俺の目の前まで吹っ飛んでくる。それは、"古谷の千切れた左腕だった"。正確に言えば、古谷は左腕が千切れたその箇所を押さえている。だがしかし、そんなもので出血が止まるはずもない。とめどなく流れていく血はあっという間に古谷の周りを染めた。
「な……」
絶句する。あまりの出来事に、俺は何も喋ることが出来なかった。どうすればいい。こういう時、俺は——
「他にも、まだいましたか」
「ッ!!」
俺の方へ向いている化け物。グルグルと目が気持ち悪く廻り、俺を恍惚の表情で見つめている。口元が歪み、そこからは鋭い牙と透明な唾液が流れ落ちているのが見えた。
殺される。俺は、殺される。このままじゃ、この化け物に殺されてしまう。どうすればいい。逃げろ。そうだ、逃げるんだ。逃げなければ殺られる。このまま翻して、全力で逃げ——
「う、ぅ……」
古谷のうめき声が耳に入る。古谷の表情は、死を諦めているようなものじゃない。懸命に、必死に痛みを堪えている。生きようとしている。
「……俺は、逃げない……!」
握り拳に力が入る。相手は、化け物。俺は、無力。そんなものは分かってるけど、このまま古谷を放って自分一人逃げるわけにはいかない。それこそ、俺はただの"落ちこぼれ"だ。
「ほほぉ、ワタシを見てモ、逃げナイのデスカ? オモシロい少年だ……お前モ、私が喰っテやろウ!!」
重そうな巨体がゆっくりと俺の方に近づき、俺の何十倍はある腕を俺に目掛けて振り落とそうと——
『に、逃げて!!』
あぁ、逃げたいよ。けど、足がすくんじまって動かねぇんだよ。怖すぎて、無力すぎて、威勢張ったのはいいものの、逃げないのはいいものの——何も救えない。
「ッ、の……! バカァッ!!」
俺はたった一つの鋭い風を感じた。
一瞬の出来事だった。俺に振り下ろされたはずの腕は切り裂かれ、地響きを起こしながら地面へ肉の塊として落ちる。肉の塊を斬ったはずなのに綺麗な白の刃、綺麗な黒髪がふわりと風で煽られる。
目の前には、いつも俺の傍にいてくれる幼馴染の姿があった。
————
教室内が静まり返る。燐に向けて言い放った黒石の言葉のせいだ。
燐が考えた時間は数秒、いや数十秒だろうか。ようやく、というには早すぎるが体感した時間は十分なぐらいに、燐は口を開いた。
「……分かりました」
「おお! 本当か!」
「はい。……その代わり、本当に今すぐ出て行って構わないんですよね?」
「ああ、安心しろ。この契約書を書いたらいいぞ。ちゃんとこの授業と次の授業も出席扱いするように私が特別に計らおうじゃないか」
契約書を書かせる、とはまた用意周到な。そう周りの人間は思ったに違いないが、それとはまた別に。そこまでして佐上 燐という逸材を評価しているのだろうか、と一同は思った。
実際に実力を見ていないせいか、一生徒にそこまでするとは聞いたことがない。
「それじゃあ、契約書を貸してください」
「ん、ほら」
どこからともなく紙を黒石が取り出す。受け取るや否やすぐにサインを終わらせる。
すると、すぐ近くの窓を開け、縁に手をかけた。
「おい、まさかそこから行く気か? ここは5階だぞ?」
「……急ぎなので。魔術式、1番開放」
ぼそっと魔術式を開放すると、薄い赤色のオーラが燐の体を包み込む。一目でこれが身体能力底上げの魔法だと何人が分かっただろうか。それをかけるとすぐに窓から飛び降りた。
何人かの生徒が窓を開けて燐の無事を確かめる。燐は綺麗に音もなく着地し、何でもないようにとんでもない速度で校内を駆けて行った。
ざわつくクラス。誰もが、すげぇ、やら、何がしたかったのか、と色々騒いでる中、黒石は満足したように頷いた後、教壇の方に戻る。
「さ、私の目的は以上だ。後は自習でもしてなさい。はっはっは」
そんな風に言い放つと、ざわついたクラスメイトを取り残して教室から退散しようとする。
「待ってください」
が、黒石を止める声が教室内に響いた。先ほどまでざわついていたクラスメイトたちが何故か一斉に黙りだす。
「……東雲か。何だ?」
声をあげたのは、東雲。そして、東雲は真剣な表情で言う。
「僕も、黒石先生の部隊に入れてください」
————
速く、速く。もっと速く、嫌な予感がする。
こんなこともあろうかと、咲耶に内緒でGPS機能をつけておいて良かった。おかげでどこにいるのか大体分かる。
確か、この方角は過去に荒廃地区となった地域。記憶では、正体不明の魔人が突如現れ、そこに暮らしていた人々やその他大勢の人間を惨殺した事件があったからだそうだ。
未だに魔人という存在がどうして生まれ、またどこから発現するのかも分かっていない現代では魔法学園の方でも手一杯だった。勿論、今もそうだが、昔は今よりも発展していなかったので更に対応は遅れたのだろう。
「そんな危険なところに、どうして咲耶が……?」
身体強化を使っているとはいえ、ギリギリ追いつけるか追いつけないかぐらいにまで距離が空いている。
何も無ければ良い。それにこしたことはないが、何故だか胸騒ぎがする。嫌な予感が迫る。そう思うたびに力強く足を踏み込み、ようやく荒廃地区にたどり着いた頃には、危機一髪の状態だった。
もう少し遅れていたら、どうなっていたことか。
「あの……燐、これは」
「話は後。今は……こいつを片付ける」
助けられたからいいものの、燐は魔人とこれまで戦ったことがない。この魔人がどれほどの実力なのかも未定であり、正直咲耶を守りながら戦うことは出来るのか全くの未知数だった。
「オマ、え……よくも、俺のウデを斬り落トシヤガッテェエエエ!!」
激昂している。冷静な判断をとれていないようだ。しかし、これが魔人なのか。とんでもない迫力に呑み込まれそうになる。けど、やるしかない。
「魔術式、"焔刃"……!」
刀に赤色の光が纏わりつく。
それが燐と魔人の戦いが始まった合図となった。